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   青空の創作ページいわれ



 「青空の入門ページ」と「青空の創作ページ」は、最初に総トップページであった『RKOページへようこそ!』の内容を補完するために、次々と作成をしたものです。したがって、何となく応急的なページ多く、後になってみるとその体系が整っていないことに気づきます。

 そのような事情の中で、高齢になって職を必要としなくなった人たち、つまり私も含めてですが、そんな人たちの「日々の楽しみ」を追究するために、さらに大げさに言うなれば「生きている証明」をするために、テストケースやガイダンスのような内容として、各自がやってみたことをメモとしてまとめておいたのです。

 「青空の入門ページ」で言いましたように、高齢になると多くの人が自分の意見に対して「そうだ。そうだ。」とか「そうだろう。そうだろう。」と言ってくれる人が欲しいようです。配偶者に死に別れた人の場合には、とくにそのような傾向が強いようです。しかし、現代において親身になって聞いてくれる人が身の回りにいる人は、ほとんど少ないことが現実です。いきおい、自分の生活に不満が生じたり、政治や社会情勢に目が向くことになるでしょう。
 しかし、そのようなことにならないようにこの「青空の創作ページ」が考えられたことも事実です。それぞれの人が自分なりに、気持ちを昇華できるようなきっかけや工夫も考えたからです。


 だから、「青空の創作ページ」などと大げさに言っても、大(たい)したことはありません。
 なぜならば、非常に優れた作品を一方的に鑑賞するのでは、あまり面白くないからです。つまり、作品の受け側でもなく、そうかと言って送り側でもありません。その両方の立場にいることが、創作の楽しさでもあるからです。つまり、ここにあるのは高度のものではなく、自分に見合ったレベルの作品群なのです。
 おそらく、あなたは

    文学エクジビション
    美術エクジビション
    音楽エクジビション
    創作シアター(こころみ)

などといういかめしい言葉が並んでいるので、びっくりなさることでしょう。
 しかし、文学と言っても「小学生の作文よりは、ちょっと増し」くらいの内容であったり、美術とは言いながら単にデジカメで撮った写真などであったりするのです。
 さらに、ここで言う音楽などは、正直言って「気分のよいときに歌う鼻歌」の程度かもしれません。

 いったい、なぜそんなことになってしまったのでしょうか。
 初めは大いに意気込んで、皆さまからの芸術作品を募って載せたり、また古典などを皆さんと現代語訳にして発表しようと考えました。しかし、どうしたことか当初の計画と異なって、このサイトには訪問者がほとんどいないのです。

 最初は、ことさらに同人という言葉を用いました。
 その理由は、文学賞などに選考される場合に、応募作品方式でないときは世間に作品を発表しておく必要があるからです。つまり、その内容を一般の人たちに知らせるためには、仲間どうしの印刷物などにしておかなければなりません。
 そして、そのメディアとして、ここではホームページを利用しようと考えた次第なのです。

 また、古典の新しい解釈をしようという仲間が、この三年間には一人もいませんでした。
 そんなわけで、まったく寂しいかぎりです。当初に考えたご利用者が、計画の百分の一にもならなかったのです。したがって、個々に独立をしていた「青空の創作ページ」が「青空の入門ページ」といっしょになりました。

 しかし、大きくなってしまって、所有のデスクトップパソコン(DELL DIMENSION 8400)では、編集などが実際にはムリな段階にきてしまいました。ノートパソコンも持っていますが、それなどはとても能力不足。遅くて、仕事になりません。
 やはり、インターネットに接続をしていないと、大きなファイルの操作などはムリなようです。
 例えば、「青空ライブラリ」に置いた「古典研究」にある旧約聖書の『創世記』などのように、新しい意訳をして研究をする場合です。

 ただ、インターネット上では検索などは素早くできても、編集ができません。
 (Wordを利用したら、書き込みモードに「.htm」ファイルでなく「.doc」としてできるようですが、実際には確かめていません。プロバイダのハードディスクに対してアップロードするのではなく、自分自身のハードディスクに再書き込みをするのかもしれないからです。いずれにしても、その必要がないから実際には、まだそれを確かめていないんです。)

 とにかく、内容がつまらないせいか、利用者がほとんどありません。したがって、公開をしたホームページというよりは、個人のメモに近い形になっている心配があります。
 ご覧になるときは、そんな心づもりで当たってください。間違って、ここに偉大なる芸術性などを期待すると、大いに失望をなさることでしょう。

 また、「創作シアター」とは文学や美術、そして音楽などを組み合わせて、皆さんと作ろうとした一連の作品群のことを言います。そのような作品で互いの意見を交換したり、世に問うていきたいと考えたのですが、……
 しかし、それも投げ出してしまった今となっては、総合芸術などという言葉から、ほど遠いものでしょう。
 いろいろな事情から、仕方のないことです。

 そんなわけで現時点になってみると、当初の目的とはだいぶ違ってきました。そこで、このホームページは私を含めた関係者の

    お互いに自分の可能性の追求の場である

と考えたら、どうでしょうか?
 以上のことをご理解した上で、どうぞご利用ください。



Kuroda Kouta (2004.07.03/2007.12.28)