総トップページにジャンプ

-

 笑いの話題・健康訓


 「笑う門には福が来る」などと言います。もしかしたら、笑うことは、健康によいのかもしれません。
 ここに、私が「笑いの話題」として味わったり、ある意味で「健康訓」として勉強をした言葉のいくつかを参考までにまとめておきましょう。
 すでにこのホームページのどこかに書いてあるものもありますが、ここにだけしかないものもあるはずです。そして、その言葉に私なりの感想や考え方を添えてあるものもあります。しかし、もしかしたら間違って解釈をしている場合があるかもしれません。そのようなときは、どうぞご指摘・ご指導をしてください。また、ここにある文章は私のメモや覚えとしたもので、厳密な意味では原典と異なっているかもしれません。そのような心配がある場合は、どうぞ参考文献などにあたってください。
 いずれにしても「笑いの話題」や「健康訓」は私にとって、ときどき読み直しては笑ったり、考えなおすことが多くある言葉なのです。


■このページの内容一覧

     ■もう寝ている(与太郎と管理人)
     ■文字学(王安石と蘇東坡=「波」と「滑」)
     ■なぞなぞ(王安石と王吉甫=「日」)
     ■薪割り(親子三代=祖父と父、父とその子つまり祖父の孫)
     ■私の幼いころの勘違い(海の彼方に臼が住む……帰ってみれば恐い蟹)
     ■私の小学生のころの勘違い(箱根の山は天下の険……)
     ■命長ければ辱(はじ)多し(『徒然草』第七段の笑い)
     ■良覚僧正(『徒然草』第四十五段の笑い=榎木の僧正)
     ■盛親僧都(『徒然草』第六十段の笑い=里芋を食べたり、「しらうりろ」と言う)
     ■蟻のごとく集まりて(『徒然草』第七十四段の笑い)
     ■『摩訶止観』(『徒然草』第七十五段の笑い=生活や学問などもやめちゃえ!)
     ■小野道風(『徒然草』第八十八段の笑い=小野道風が作曲をした『荒城の月』?)
     ■付帯物(『徒然草』第九十七段の笑い=……法は僧をダメにする)
     ■友達(『徒然草』第百十七段の笑い=悪いパターン7つ、よいパターン3つ)
     ■資朝卿(『徒然草』第百五十二段の笑い=歳をとっただけ)
     ■狛犬(『徒然草』第二百三十六段の笑い=子どもの悪戯(いたずら))
     ■市の健康・福祉担当者と私の会話(夫婦で二百歳?)
     ■コロンブスのあたま?(キューバのハバナにある博物館)
     ■人生(ウイリアム・ハズリット=上手に騙(だま)される技)
     ■製品(もの)の役割(人と製品=ニコラス・ジョンソンの言葉)
     ■言葉のリズム?(ミミズクはミミズ食う? ……)
     ■蛇の話題三つ(頭と尾、猛毒、互いに飲み込む)
     ■新しくないものはない? ふさわしくないもの?(新築をした長者)
     ■毛がなくなって禿げてしまった男
     ■タイ(鯛)を食べたい?
     ■放尿
     ■こんにゃく問答
     ■日と月と雷の三人旅
     ■


もう寝ている

 与太郎が、アパートで昼間もごろごろと寝ていた。そこへ管理人が来て、注意をする。
 「起きて働けば、よいことがあるぞ」
 「どんなよいことが、あるんですか?」
 「お金が貯まって、豊かになる」
 「豊かになって、どんなよいことがあるんですか?」
 「豊かになると、昼間でも寝ていられる」
 「もう、寝ている!」

(注) この話は、落語の枕に使われていたと思います。しかし、何という落語か忘れてしまってわかりません。また、誰が作ったものかも知らないのです。一説には、「フランス小話」から立川談志が採用したともいうのですが、……
 もしも、知っている人がいたら、教えてください。

 私も、実はまだ若くて仕事が忙しかったころに、よく考えたことがあった。それは、将来ゆとりができたら、一日中本を読んだり、音楽を聞いたりしてゆっくりと過ごしたいということだ。そして、それが現実に可能となったのである。
 しかし、何となく物足りないことも事実ではなかろうか。つまり、希望が実現すれば、もはやその時点で夢ではなくなるのかもしれない。


文 字 学

 王安石が、仲間を集めて文字学の講義をしていた。
 「波は、水の皮である」
と言えば、すぐに蘇東坡は
 「しからば滑(カツ・コツ・すべる・なめらか)は、水の骨か?」
と言った。

(注) 中国では、さすが文字に関する関心が高く、いろいろなところで利用されている。
 劉義慶の『世説新語』の中に、次のような話がある。
 魏の武帝がヨーグルトの蓋(ふた)に「合」という文字を書いて、お付きの者たちに渡した。それは、「ここにいる人たちは、一口ずつ飲んでよろしい。」ということであった。
 また、李公佐の『謝小蛾の物語』には、もっと複雑な字謎が用いられている。
 小蛾が14歳のときに、父と夫が盗賊に殺された。犯人はわからなかったが、ある日父が夢に現れて「わしを殺したのは、車中の猴(さる)、門の東の草じゃ。」と言い、さらに数日して夫が夢で「わしを殺したのは、禾(いね)の中を走る一日の夫だ。」と言う。
 その謎は、「父を殺したのは申蘭」「夫を殺したのは申春」ということであって、やがて小蛾は犯人を突き止めて復讐をし遂げたということである。
 なお、「車中の猴」とは「車という字の上下の一画を取り去って申」、また「禾の中を走る」とは「田を突き抜けるので申」ということのようです。
 さらに蛇足ながら、「門の東の草」は「門構えに東を書いて、草冠(くさかんむり)を付けると蘭」、そして「一日の夫」とは「夫の二本棒を三本にして下に日を書くと春という字」になるですね。


なぞなぞ

 王安石が、言った。
 「絵に描けば丸く、字に書けば四角、冬は短く夏長いものは何か?」
 すると直ちに王吉甫は、
 「東海に魚あり、頭もなければ尻尾もない。さらに背骨を抜けば、それになる」
と答えた。

コメント

 最初の問いは「日」という文字でしょう。
 そして「東海に魚あり、……」は、ちょっと難しいですね。
 私は、「申」という字ではないかと思うんですが、どうでしょうか?


薪 割 り

 親子で、薪割りをしていた。
 父親が振るった斧が、間違って息子の指に触れて軽い怪我をさせてしまった。息子が、怒って
 「老いぼれめ、お前の眼(まなこ)は節穴か?」
と言えば、そばで見ていた孫が、
 「馬鹿野郎、父親に悪態をつくんじゃない!」
と言った。

コメント

 面白いですね。
 確かに怪我をさせたのは、親子です。父親が、息子に怪我をさせたのですから。
 そして、孫が自分の父親に言うことは、その口調から考えても、先の子が父に言った言葉以上なんですから。


私の幼いころの勘違い

 何という曲か忘れてしまったが、
 「海の彼方に薄霞(うすがす)む……帰ってみればこは如何に」
というのがあった。
 まだ小学生のころ、私は
 「海の彼方に臼(餅をつくときの木製のうす)が住んでいて、……帰ってみれば恐い蟹がいた」
のだと真剣に思っていたんです。


■私の小学生のころの勘違い

 やはり曲の歌詞による勘違いであった。
 歌詞はうろ覚えであるが、「箱根の山は天下の険、函谷関もものならず。……雲は山を登り、霧は谷を巡る」をラジオで聞いた。いわゆる『箱根の山』の唱歌である。
 中国河南省にある函谷関(かんこくかん)に行ったことがないので、「ものならず」かどうか、むろん小学生のときは知らない。しかし、「雲は山を登り」というところは、ちょっと早かったので聞き違いをしたのだ。もしかしたら、そこは三連符になっているのかもしれない。
 私の耳には、つまって「久我山登り」と聞こえたのである。
 当時私は、三鷹市の牟礼(現在の井の頭4丁目)に住んでいたので、久我山はすぐ近くであった。
 そして、真剣に久我山のどの山を登ったのであろうかと考えたものだ。久我山や浜田山には「山」が付いているが、山らしきものはなかったからだ。


■命長ければ辱(はじ)多し(『徒然草』第七段の笑い)

 日々に飽きがこなかったら1000年を生きていても、一夜(ひとよ)のようなもんだ。そして、老いさらばえた醜い姿で、いったい何をしようというんだ。命が長ければ、恥をかくことが多いだけだ。

コメント

 かなり意味深長な言葉ですね。
 もはや笑いというよりか、ぐさっとくる言葉かもしれません。とくに、とっくに還暦を過ぎた私のような老人にとっては、……。そして、次にある「長くとも、四十(よそじ)にたらぬほどにて死なんこそ、めやすかるべけれ。」とあるので、そこでもがくっときます。いくら当時は平均寿命が現在よりも短かったと言っても。なんです。


■わが亡き後は、大洪水も何のその。

コメント

 一般に、ルイ15世の言葉と言われています。しかし、実際には側近の女性が補った言葉ではないかとも考えられているようです。ケセラセラ(なるようになる)よりも、もっとすごい言葉で、さすがルイ15世ですね。


■良覚僧正(『徒然草』第四十五段の笑い)

 良覚僧正の家には榎木(えのき)があったので、「榎木の僧正」と皆が言った。それを嫌って、その木を切り倒してしまった。でも、根の部分が残っていたので、今度は「きりくいの僧正」と言われた。それも気に入らないので、根を掘り返して捨ててしまった。すると誰彼なく「堀池の僧正」と言うようになった。なぜならば、掘り起こした後が、大きな池のようになっていたからだ。

コメント

 兼好は僧に対して批判的でもあったらしい。
 この他に、仁和寺の僧が一人で石清水を参拝に行ったものの、本尊を間違えて帰ってきてしまったくだりがある。そこでは「何事も先輩が必要なんだ」と揶揄している。また、稚児が法師になるお祝いで鼎(かなえ)を被って踊る有名な話なども、淡々と述べられている。淡々とというよりか、何となく冷ややかな感じではないでしょうか。
 僧の話を次にもう一つ続けよう。


■盛親僧都(『徒然草』第六十段の笑い)

 盛親(じょうしん)僧都という変わった僧がいた。里芋しか食べないんだ。そして、いつも茹でた里芋を身近に置いて、講義をするときも読書をするときも食べながらした。さらに、病気になっても里芋を薬の代わりにしたんだ。
 その僧都が、ある法師に「しらうりろ」というあだ名を付けた。それを聞いた者が、何のことだと尋ねたら
 「実は私も知らないんだ。そんなものがあったら、この法師の顔に似ているだろう」
などと、ふざけた答が返ってきた。


■蟻のごとく集まりて(『徒然草』第七十四段の笑い)

 蟻みたいに集まっちゃって、あくせくと東西に急いでる。また、せわしげに南北に走ってる。しかし、そんなことをしても結局は、歳をとって死んじゃうだけなんだ。馬っ鹿みたい。


■『摩訶止観』(『徒然草』第七十五段の笑い)

 友達を求めて、楽しくやっていたと思ったら、やがて言い争いをして互いに恨む。何のことはない、酔っぱらいが夢を見てるみたいなもんだ。まったく人生などは面倒だ。いっそのこと生活や学問などもやめちゃえ! そんなことが、『天台摩訶止観』にも書いてあるぞ。


■小野道風(『徒然草』第八十八段の笑い)

 ある人が、小野道風が作曲をしたという『荒城の月』の楽譜を持っていた。しかし、誰かが「時代の異なる滝廉太郎の曲を小野道風が書いたというのはおかしい。」と言った。すると、その人は「だからこそ、お宝なんだ。」と答えたという。

コメント

 『徒然草』に実際に書いてあるのは、『和漢朗詠集』の四条大納言であったが、時代感覚がはっきりしないので、上のように改めさせてもらった。
 なお、これと似たような時代が逆になった話が、シェークスピアの『コレオレーナス』にもあったと思う。


■付帯物(『徒然草』第九十七段の笑い)

 あるものに付帯して、そのものをダメにするものはいっぱいある。虱(しらみ)は身体をダメにし、鼠(ねずみ)は家屋をダメにし、盗賊は国をダメにし、仁義は君子をダメにし、法は僧をダメにする。


■友達(『徒然草』第百十七段の笑い)

 友達にしないほうがよいパターン7つ。身分の高い人。若い人。丈夫で病気をしない人。飲んべえ。猪突猛進タイプ。嘘つき。欲張り。よい友達3パターン。物をくれる人。お医者さま。賢い人。

コメント

 何となく打算的なくだり。しかも、時代が異なる現代では、ちょっと通じないところもある。そんなことに、ご注意!


■資朝卿(『徒然草』第百五十二段の笑い)

 静然(じょうねん)上人は高齢で、腰が曲がり、眉が白く、徳があるご様子であった。それを見て、西園寺内大臣が「ああ尊いお姿だ。」と言って、拝もうとした。すると資朝(すけとも)卿は「歳をとっただけだよ」と言った。
 そして後日、よぼよぼになって毛の抜けた老犬を連れてきて「この姿、尊く見えるか?」と尋ねたのである。


■狛犬(『徒然草』第二百三十六段の笑い)

 聖海上人がグループで出雲に行ったときのことである。狛犬の向きが反対になっていたので、さぞ由緒があることと思って随喜の涙を流した。さらにその因縁を聞こうとして、神官を呼んできて尋ねた。すると、その神官は「そのことですが、子どもたちが面白がって悪戯(いたずら)をするんで困ります。」と言って、反対向きに直して帰った。そんなわけで、聖海上人の感激はムダになってしまった。


■市の健康・福祉担当者と私との会話

 私と妻は、同じ昭和14年(1939年)生まれなんです。
 知らぬ間に、ずいぶん歳をとったものと思います。しかし、100歳までには、まだかなりの間があるようです。

私 「こんにちは」
市の担当員 「相変わらず元気ですね。そうそう私、提案があるのですが」
私 「えっ。それは何ですか。いつのもセミナーのこと?」
市の担当員 「そうじないの。あなたを表彰するの」
私 「何で? いつ」
市の担当員 「いまじゃないんだが、あなたが100歳になって、奥さまも100歳。
 二人とも元気だったら、ぜひ市で表彰をしようと考えているのです」
私 「う〜ん」
市の担当員 「でも、私はそのころ退職しているので、はっきり約束できない」

とまぁ、こんな塩梅で私のことをからかって、馬鹿にするんです。


■コロンブスのあたま?

 キューバのハバナにある博物館には、コロンブスの頭蓋骨が二つあった。
 一つはコロンブスがまだ子どものころのもの、そしてもう一つは大人になってからのものだ。

コメント

 マーク・トゥエイン(Mark Twain)が言った言葉だそうだ。
 日本でも源義経について、同じような話があったと思うが、ご存じの人は?


■人生

 人生とは、上手に騙(だま)される技なのです。

コメント

 イギリスの評論家ウィリアム・ハズリット(William Hazlitt)の言った言葉。
 そのように考えると、欠陥商品などに憤らなくなるのは、私一人でしょうか。なぜならば、上手に騙されるとは「関心をもったふうをしても、絶対に買わない」ことなのです。


■製品(もの)の役割

 かつては、人が生きていくために製品(もの)を必要とした。しかし現在は、製品が生き残るためには人が必要になった。

コメント

 アメリカの作家であり、大学講師のニコラス・ジョンソン(Nicholas Johnson)の言葉です。現代の私たちの生活も、まったく同じ状態なのでしょう。消費のための生産ではなく、生産のための消費だからです。


■言葉のリズム?

 「ミミズクは、蚯蚓(ミミズ)食う?」「蚯蚓喰う」
 「モグラは潜らない?」「土中に潜る」
 「ジャガーもじゃがいも食べる?」「じゃがいも食べない」
 「今までに3回、参会したことある?」「今までに5回、誤解したことがある」
 「いるかはいるか、いないか?」「(蘇我入鹿は、どこにいるか?……なかのおおえののおうじ(?)の言葉」)


■痣と傷

 顔の中の些細(ささい)なできごとです。
 頬(ほほ)にある痣(あざ)が、新しく顎(あご)にできた傷(きず)をあざ笑った。すると、そのきずはいたく傷ついた。


■蛇の話題三つ

(1) インドの山奥に、とても大きな年老いた賢い1匹の蛇が住んでいました。ある日、思案していた尾が、静かに頭に言いました。
 「今日まで後ろだったが、これからは自分が前だ!」
 頭は、びっくりして言いました。
 「急に、いったいなぜだ! 今までどおりで、いいじゃないか?」
 そして、尾は後ろ向きに進もうとします。しかし、頭の行こうとする方向と逆なので動きません。互いに譲らなかったので、動けずにとうとう飢え死んでしまいました。

(2) 仲のよい2匹の蛇がいました。
 いつも困ったことやわからないことがあると互いに相談をしたり、アドバイスを求めました。
 ある日、一方が他方に言いました。
 「俺たちには、毒があるのだろうか?」
 他方が答えました。
 「猛毒があるので、恐れられているんだ。」
 「本当に噛まれると死んでしまうんだろうか?」「そりゃ、当たり前じゃないか」
 「すぐに死んじゃうだろうか?」「それは、当然だよ。どうして、そんなにくどくどと聞くんだ?」
 「さっき、舌を噛んじゃったんだ!」

(3) 南洋のジャングルに、獰猛で狡猾な仲の悪い2匹の蛇がいました。
 互いに相手を飲み込もうと、隙を窺っていました。そんなある日、ばったり出会いましたので、一期到来とばかり、どちらの蛇も相手の尻尾に食いつきました。そして、互いにぐいぐいと相手を飲んでゆきます。
 最初は輪のような形でした。
 しかし最後は、いったいどうなるのでしょうか?

(注) (1)の蛇の頭と尻尾(しっぽ)の話は、インドの古い説話にあったと思います。しかし、まったく同じ内容がユダヤ教の『タルムード』にもあるんです。
 別々に考えたものとすると、賢い民族は同じようなことを考えることと、つくづく私は思います。


■新しくないものはない? ふさわしくないもの?

 ある長者が、莫大な費用をかけて大きな屋敷を新築した。そこで、多くの人を招待して披露をすることになった。
 その披露宴で、多くの客に豪華な食事を出して挨拶をした。
 「すべて家具や調度も新しくしました。新しくないものはありません。もしも、この家で古くてふさわしくない物があったら、どうぞ言ってください。」
 すると、貧しいなりをした聖人のような男が言った。
 「およそこの家にふさわしくないのは、あなた自身だけだ!」


■毛がなくなって禿げてしまった男

 ある男が奥さんの他に若い女性とも親しくなった。そこへ行くと、白髪交じりの男と自分がいるのを恥ずかしく思って、若い女性は男の白髪を少しずつ抜いた。
 しかし、家では髪が白くなった奥さんは亭主の黒髪をうとましく思って、やはり少しずつ抜いた。
 そうこうしているうちに、しばらくして男の髪の毛はなくなって、禿頭になってしまった。

 こんな小話を聞いたことがあるでしょうか。もしかしたら、落語の枕で聞いたことがあるかもしれません。
 しかし、この話はイソップの中にもあるので、ご存じの人もいるでしょう。イソップでは、日本のように二号さんではなく、二人ともヘタイラ(高級遊女)になっている。つまり、ダンディの富豪が間もなく禿げになってしまう話なんだ。
 イソップの日本語訳は「伊曽保(いそほ)物語」として、文禄二年(1593年)に天草でキリシタン版のローマ字で発行されている。したがって、それがやがて日本で馴染んだのか、別に独自の小話がすでに存在したのかはわからない。いずれにしても、自分の都合のよいように相手を変えるというのは、地域や時代によっても変わらない方法であったことと思う。

 なお、昭和天皇がお若かった時代に、側近が「イソップの中でどの話が面白かったですか?」と聞いたときに、この禿げてしまった男の話だとお答えになったということである。もしかしたら、お立場上の自由にならないというお考えであられたのかもしれない。


■タイ(鯛)を食べたい?

 ジャワへ観光で行った日本人が、ホテルに着くと「タイを食べたい!」と言いました。
 するとフロントの女性は、びっくりして「タイをほんとうに召し上がるのですか?」と聞いたのです。
 なぜでしょうか?
 ちょっと尾籠な話で恐縮ですが、マライ語で「タイ」とは「クソ(糞)」のことだからです。

(注) そんな話が、李家正文著「厠まんだら」(雪華社)(p78)にありました。


■放尿

 寒い日に路を歩いていたら、銀貨が落ちている。拾おうとしても、凍(い)てついていて取れない。尾籠な話だが、小便をかけてみることを思いついた。放尿すると銀貨の回りが溶けて、わけなく拾うことができた。
 そこで、目が覚めたのである。銀貨はなく、寝小便だけが現実であった。
 そんな夢を見たという話を聞いた。

(注) 長野県小泉郡、その他全国的にある民話。


■こんにゃく問答

 ある田舎の寺に、永平寺の僧が問答をしようとやってきた。その寺の和尚は、問答の経験がない。そこで、門前の豆腐屋の六兵衛が袈裟を着て代わりに対面。
 僧は、問いかける。しかし、六兵衛は黙っている。
 僧は六兵衛が「無言の行」中であると勘違いをして、指で輪を作って見せる。すると、六兵衛は大きく輪を描いた。
 次に、僧は指を一本突き出す。すると六兵衛は手を開いて五本出した。
 さらに、僧は三本の指を示す。六兵衛は「あかんべえ」。すると、僧はとてもかなわないと悟って、逃げ出したのである。

 僧は、「日輪は?」と問うたのに「大きな輪、つまり三千世界を照らす。」と相手が応え、「仏法は?」の指一本に対し「五戒で保つ。」、そして「三仏は?」に「眼下にあり。」と即座に応えたので、かなわないと思ったらしい。
 実際は、「お前の店のこんにゃくは、これくらいか?」と指で小さい輪を示したので、もっと大きいぞと答え、一ついくらかと聞いたので五文。そして、三文にまけろと言ったので「あかんべえ」をしたのだと六兵衛は言う。

(注) 有名なこんにゃく問答。全国的に分布している話。永平寺は道元が開いた寺で、坐禅や禅問答が有名。


■日と月と雷の三人旅

 日と月と雷とが三人で旅に出て、宿屋に泊まった。
 その晩は、雷の鼾(いびき)がゴロゴロとうるさくて、日も月も寝られなかった。そこで二人は朝早く、宿を発(た)った。
 雷が起きると、二人はいない。そこで、宿屋の主人に聞く。すると「もうお発ちになりました。」と言うので、雷は「なるほど、月日のたつのは早いものだ。」と納得する。
 主人は、雷に「いつお発ちになりますか?」と聞いた。雷は、「わしは夕立にしよう。」と応えた。

(注) 落語にも「雷夕立」というのがあるらしい。



(以下工事中)

■ベルグソンの笑い


■自分自身に対する笑い


○嘲笑的な笑い

 単なるおかしみ、前後の理由や深い洞察をもたない笑い。
したがって、一時的なものと言ってよかろう。

○自虐的な笑い

 あまり健康的なことではありませんが、自分自身に対する笑いがあります。

○諦めたときの笑い

 ホームで走ったけれど電車に乗れなかったときに、ニヤリと笑う人がいます。照れ笑いとでもいうのでしょうか。


■社会に対する風刺

○スイフトの『ガリバー旅行記』


○夏目漱石の『我が輩は猫である』



Kuroda Kouta (2003.05.15/2006.12.15