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  聖徳太子十七条憲法



 先日、三鷹駅南口前の三鷹市美術ギャラリーで行われた作左部先生の書展に行ったら、「以和為貴」の掛け軸がありました。
 私は、その書がとても気に入ったので、譲っていただき部屋に架けたのです。

■「以和為貴」がある私の部屋(左)とお書きになった作左部幸秋先生(書展にて、右側は私)

   



 教育勅語で思い出すのは、聖徳太子の十七条憲法です。
 まず、返り点や送り仮名を除いた原文とその読み下し文をかかげてみましょう。


・ 原文(読み下し文)


一曰。以和為貴。無忤為宗。人皆有党。亦少達者。是以或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦。諧於論事。則事理自通。何事不成。

(一に、曰く。和(やわらぎ)を以て貴しと為す。忤(さから)うこと無きを宗と為す。人皆党(たむら)有り。亦達(さと)れる者少し。是を以て或は君父に順(したが)はず。乍(たちま)ち隣里に違ふ。然れども上和(やわら)ぎ下睦(むつ)びて、事を論(あげつら)ふに諧(ととの)へば、則ち事理自ら通ず。何事か成らざらむ。)


二曰。篤敬三宝。三宝者仏法僧也。則四生終帰。万国之極宗。何世何人非貴是法。人鮮尤悪。能教従之。其不帰三宝。何以直枉。

(二に、曰く。篤く三宝を敬へ。三宝は、仏法僧也。則ち四生(=胎生・卵生・湿生・化生。すべての生物)の終のよりどころ、万国の極めの宗なり。何(いづれ)の世、何の人か是の法を貴ばざる。人、はなはだ悪きもの鮮(すくな)し。能く教ふるをもて従ふ。其れ三宝によりまつらずは、何を以てか枉(まが)れるを直さむ。)


三曰。承詔必謹。君則天之。臣則地之。天覆地載。四時順行。方気得通。地欲覆天。則致壊耳。是以君言臣承。上行下靡。故承詔必慎。不謹自敗。

(三に、曰く。詔(みことのり)を承りては、必ず謹め。君をば則ち天とす。臣(やつこら)をば則ち地とす。天覆ひ、地載す。四の時、順り行き、方気通ふを得て、地天を覆へさむと欲するときは、則ち壊を致さむ耳(のみ)。是を以て君のたまふときは、臣承る。上行へば下靡く。故に詔を承ては、必ず慎め。謹まずは、自に敗れむ。)


四曰。群卿百寮。以礼為本。其治民之本。要在乎礼。上不礼而下非斉。下無礼以必有罪。是以君臣有礼。位次不乱。百姓有礼。国家自治。

(四に、曰く。群卿(まちぎみたち)百寮(つかさづかさ)、礼を以て本と為(せ)よ。其れ民を治むるの本は、要礼に在り。上礼なきときは下斉(ととのほ)らず。下礼無きときは以て必ず罪有り。是を以て君臣礼有るときは、位の次乱れず。百姓礼有るときは、国家(あめのした)自(おのづか)ら治まる。)


五曰。絶饗棄欲。明弁訴訟。其百姓之訟。一日千事。一日尚爾。況乎累歳。須治訟者。得利為常。見賄聴○(「言」+「獻」)。便有財之訟。如石投水。乏者之訟。似水投石。是以貧民。則不知所由。臣道亦於焉闕。

(五に、曰く。饗(あぢはひのむさぼり)を絶ち、欲を捨て、明かに訴訟(うつたえ)を弁へよ。其れ百姓の訟は、一日に千事あり。一日すら尚爾(しか)り。況んや歳を累(かさね)るをや。すべからく訟を治むべき者は、利を得て常と為す。賄(まいない)を見ては、○(ことわり)を聴(ゆる)す。便ち財有るものの訟は、石をもて水に投るが如し。乏き者(ひと)の訟は、水をもて石に投るに似たり。是を以て貧き民、則ち所由(よるところ)を知らず。臣道亦焉(ここ)に於て闕(か)けむ。)


六曰。懲悪勧善。古之良典。是以無惹人善。見悪必匡。其諂詐者。則為覆国家之利器。為絶人民之鋒剣。亦侫媚者。対上則好説下過。逢下則誹謗上失。其如此人。皆无忠於君。無仁於民。是大乱之本也。

(六に、曰く。悪を懲(こら)し善を勧むるは、古の良き典(のり)なり。是を以て人の善を惹(かく)すこと無く、悪を見ては必ず匡(ただ)せ。其れ諂ひ詐(いつわ)る者は、則ち国家を覆へすの利器たり。人民を絶つの鋒剣たり。亦侫(かたま)しく媚ぶる者は、上に対ては則ち好みて下の過を説き、下に逢ては則ち上の失ちを誹謗(そし)る。其の如此(これら)の人は、皆君に忠(いさおし)きこと无(な)く、民に仁(めぐ)み無し。是れ大きなる乱の本也。)


七曰。人各有任掌。宜不濫。其賢哲任官。頌音則起。奸者有官。禍乱則繁。世少生知。尅念作聖。事無大少。得人必治。時無急緩。遇賢自寛。因此国家永久。社稷無危。故古聖王。為官以求人。不求官。

(七に、曰く。人各任掌(よさしつかさどること)有り。宜しく濫(みだ)れざるべし。其れ賢哲官に任(よさ)すときは、頌(ほ)むる音(こえ)則ち起り、奸者官を有(たも)つときは、禍乱則ち繁し。世に生れながら知ること少なけれども、尅(よ)く念じて聖を作(な)せ。事大少と無く、人を得て必ず治む。時急緩と無く、賢に遇て自(おのづか)ら寛(ゆたか)なり。此に因て国家永久、社稷(しゃしょく)危きこと無し。故れ古の聖王、官を為て以て人を求む。官を求めたまはず。)


八曰。群卿百寮。早朝晏退。公事靡○(「鹽」の右上の「鹵」が「古」)。終日難尽。是以遅朝不逮于急。早退必事不尽。

(八に、曰く。群卿百寮、早く朝(まい)り晏(おそ)く退(まか)でよ。公事○(いとま)靡(な)く、終日(ひねもす)にも尽し難し。是を以て遅く朝(まい)れば急に逮(およ)ばず。早く退(まか)れば必ず事尽(つく)さず。)


九曰。信是義本。毎事有信。其善悪成敗。要在于信。君臣共信。何事不成。君臣無信。万事悉敗。

(九に、曰く。信は是れ義の本なり。事ごとに信有れ。其れ善悪成敗、要は信に在り。君臣共に信あるときは、何事か成らざらん。君臣信無ければ、万事悉く敗る。)


十曰。絶忿棄瞋。不怒人違。人皆有心。心各有執。彼是則我非。我是則彼非。我必非聖。彼必非愚。共是凡夫耳。是非之理。誰能可定。相共賢愚。如鐶无端。是以彼人雖瞋。還恐我失。我独雖得。従衆同挙。

(十に、曰く。忿(いか)りを絶ち、瞋(いか)りを棄て、人の違ふことを怒らざれ。人皆心有り。心各執ること有り。彼是なれば我は非なり、我是なれば則ち彼非なり。我必ずしも聖に非ず。彼必ずしも愚に非ず。共に是れ凡夫のみ。是非の理、誰か能く定むべき。相共に賢愚、鐶(みみがね)の端无(な)きが如し。是を以て彼の人は瞋ると雖も、還(かえっ)て我が失(あやま)ちを恐る。我独り得たりと雖も、衆に従ひて同く挙(おこな)へ。)


十一曰。明察功過。賞罰必当。日者賞不在功。罰不在罰。執事群卿。宜明賞罰。

(十一に、曰く。功過を明察(あきらかに)して、賞罰必ず当てよ。日者(このごろ)賞功に在らず、罰罰(つみ)に在らず。事を執れる群卿、よろしく賞罰を明にすべし。)


十二曰。国司国造。勿歛百姓。国非二君。民無両主。率土兆民。以王為主。所任官司。皆是王臣。何敢与公賦歛百姓。

(十二に、曰く。国司(みこともち)国造(くにのみやっこ)、百姓を斂(おさめと)ること勿れ。国に二の君なし。民に両の主無し。率土の兆民、王を以て主と為す。所任官司(よさせるつかさみこともち)は、皆是れ王臣なり。何ぞ敢て公と百姓に賦歛(おさめと)らむ。)


十三曰。諸任官者。同知職掌。或知職掌。或病或使。有闕於事。然得知之日。和如曾識。其以非与聞。勿防公務。

(十三に、曰く。諸(もろもろ)の任官者(よさせるつかさびと)、同じく職掌(つかさごと)を知れ。或は病し或は使ひして、事に闕(おこた)ること有り。然れども知るを得ての日には、和(あまな)ふこと、曾(さき)より識(し)るが如くせよ。其れ与(あづか)り聞くに非るを以て、公務(まつりごと)を防(さまた)ぐること勿れ。)


十四曰。群卿百寮。無有嫉妬。我既嫉人。人亦嫉我。嫉妬之患。不知其極。所以智勝於己則不悦。才優於己則嫉妬。是以五百之。乃令遇賢。千載以難待一聖。其不得聖賢。何以治国。

(十四に、曰く。群卿百寮、嫉(そね)み妬(ねた)むことあるなかれ。我既に人を嫉めば、人亦我を嫉む。嫉妬(しっと)の患、其の極りを知らず。所以(ゆえ)に智己れに勝れば、則ち悦ばず。才己に優れば、則ち嫉妬(ねた)む。是を以て五百(いほとせ)にして、乃ち賢(さかしびと)に遇はざれども、千載(ちとせ)にして以て一聖を待つこと難し。其れ聖賢を得ざれば、何を以てか国を治めん。)


十五曰。背私向公。是臣之道矣。凡夫人有私必有恨。有憾必非同。非同則以私妨公。憾起則違制害法。故初章云。上下和諧。其亦是情歟。

(十五、に曰く。私を背きて公に向くは、是れ臣の道也。凡そ夫人(ひとびと)私有れば必ず恨み有り。憾(うら)み有れば必ず同(ととのほ)らず。同らざれば則ち私を以て公を妨ぐ。憾み起れば則ち制(ことはり)に違ひ、法を害ふ。故に初の章(くだり)に云へり。上下和諧(あまなひととのほれ)と。其れ亦是の情(こころ)なるかな。)


十六曰。使民以時。古之良典。故冬月有間。以可使民。従春至秋。農桑之節。不可使民。其不農何食。不桑何服。
(十六に、曰く。民を使ふに時を以てするは、古の良典(よきのり)なり。故れ冬の月には間(いとま)有り。以て民を使ふべし。春従り秋に至ては、農桑(なりはひこがひ)の節(とき)なり。民を使ふべからず。其れ農(なりはひ)ならざれば、何をか食はむ。桑(こが)いせずば何をか服さむ。)


十七曰。夫事不可断独。必与衆宜論。少事是軽。不可必衆。唯逮論大事。若疑有失。故与衆相弁。辞則得理。

(十七に、曰く。夫れ事は独断(ひとりさだ)むべからず。必ず衆(もろもろ)とともに宜しく論(あげつら)ふべし。少事は是れ軽し。必しも衆(もろもろ)とすべからず。唯大事を論ぜんに逮(およ)びては、若し失(あやまち)有らんことを疑ふ。故に衆と相弁(わきまふる)ときは、辞(こと)則ち理を得。)>


 古い文章ですが、なかなか味わいのある内容ではありませんか。
 なお、私は冒頭の「以和為貴」を学生時代から、「和(やわらぎ)を以(もっ)て貴(たっと)しと為(な)す」と読んでいました。しかし、もしかしたら「和(わ)を以て貴(とうと)し為す」と読んだほうがよいのかもしれません。

 なぜならば、平成19年(2007年)9月下旬のNHKニュースで、知ったことです。
 福田氏が総理大臣になったときに、先輩の元総理中曽根氏に挨拶に行きました。そのときに、中曽根氏が
 「『和(わ)を以て貴(とうと)し』と言うから……」
と福田氏に言ったら、福田氏が応(こた)えて
 「私も『和(わ)を以て貴(とうと)し』で行きますから、……」
と言っていました。
 総理クラスの日本の知識人が言うのですから、私もそのほうがよいのではないかと思った次第です。

 また、必ずしも原文と同じ形で人口に膾炙(かいしゃ)されているとはかぎらないでしょう。
 私は、「十曰。」を学生時代から
 「我かならずしも是ならず、彼かならずしも否ならず。」
と覚えていました。
 しかし、もしかしたら他の文献だったかもしれません。


Kuroda Kouta (2003.07.04/2007.12.11)