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 あなたがいつも若々しいために!

 老化予防のページ(3)知的空間への飛翔


    音楽(BGM)は大庭加奈子が演奏をした「子守歌」です。
      左のスライド
音を小さくしたり、止められます。


 このページの内容

     知的空間とは何か?=情報の多すぎる時代
     退屈の原因
     自分の可能性を追究する=可能性を知る
     手紙やメールなど文書の交換
     クロイッエルソナタとオセロ
     時間の有効利用
     学ぶということ
     知的空間とは何でしょうか?
     文章作品の種類
     文学の世界
     小説を書くということ
     短歌を作るということ
     絵の世界
     音楽の世界
     橘曙覧の『独楽吟』
     長生きの秘訣
     独りでも楽しみ、キリのないことをしない
     清貧のすすめ
     理工式回想創造法
     回想創造法のありまし
     スペーストレック
     女の一生

 知的空間への飛翔

知的空間とは何か?=情報の多すぎる時代

 知的空間とは、いったい何のことでしょう?
 「知的空間」は、文字通り「知的」な「空間」なのですが、そんなことを言っても仕方がありません。もっと簡単に言ってしまうと、自分自身の「考えることができる範囲」なのです。そして、その範囲のなかで充実をした楽しいことがらを確実に実現しようというのです。自己の知的空間を拡げていくという努力は、楽しみや相当な生き甲斐を作ってくれます。とくに高齢になって、なすべくもない日々を送っている人々には、非常に有意義なこととなるでしょう。
 あなたも、あなた自身の知的空間を少しでも拡げて、豊かな毎日の生活を実現してください!

 現代は、「情報過多の時代」といいます。あるいは「情報量の多すぎる時代」といってもよいでしょう。歴史上、いまだかつてないような時代なのです。したがって、そのような時代には新しい基準の「生き方」が必要になってきます。そのためにも、自分自身の知的空間を構築する必要があるのです。つまり、あまりにも多い「情報の中に自分が置かれている」のではなく、自分の「知的空間の中に必要な情報だけを一時的に閉じこめる」というような考え方なのです。それは情報に振り回されるのではなく、情報を有効に利用するための方法に過ぎません。

 そうは言ってもすべてのものは、やがて歴史の中に埋もれてしまい、忘れられてしまうでしょう。
 「金持ちになりたい」とか、「有名になりたい」というような欲望は、病的に発達をした脳の至らしめる一時的な幻影であり、あがきなのであるということが知的空間を拡げていくとわかってくるでしょう。そして、やがて自分自身の生き甲斐や価値観が確立されてくるでしょう。それは、同時に自分自身の「安心立命が確立」されてくるという意味なのです。

(注) 「金持ちになりたい」とか、「有名になりたい」というような欲望については、このホームページの「自己福音書」にある『黒い革袋』を参照してください。それは、私が作った一つの知的空間なのですが、それでも作らないよりかはよかったと思っています。
 もしもお時間があったら、あなた自身のアプローチの方法も、できたら作っていただきたいのです。


退屈の原因

 アーニー=ゼリンスキーは「退屈の原因」について次の5つをあげています。
(1) 満たされない期待を持っている。
(2) やりがいのない仕事をしている。
(3) 運動不足である。
(4) 傍観者であることが多すぎる。
(5) 参加者となることがまれである。
 とくに(4)(5)については、注意が必要です。

 何となくテレビを見ているということは、傍観者の立場に近いと言えるでしょう。そして、テレビでは参加者の立場になることはなかなかできません。そこで、文章を書いたり、短歌や短編小説を作ったり、絵や動画を作ったり、音楽を作曲したりするのです。それらは、創作活動ですから参加者というよりか、むしろ自分が当事者になったのです。
 したがって、退屈をしないようになるでしょう。


自分の可能性を追究する=可能性を知る

 人生に退屈をしてしまったらいけません。
 常に自分で自分の可能性を追求するようにしてください。つまり、自分の能力をチェックするのです。やってみると、なかなか面白いことで興味がつきないものです。プロになるのではありませんから、最初はそれなりにできればいいのです。恥ずかしいような内容であっても、自分自身にとって意味があればいいのですから、あまり他人の評価などは気にすることはありません。
 ただ、自分が納得をすればいいんです。

 そんな意味で、
    文章を書く
    俳句・短歌や小説を作る
    絵や動画を作る
    音楽を作曲する
などをやってみるのもよいでしょう。

 また、肉体的な可能性をチェックすることも必要ではないでしょうか。高齢になると、どうしても体力が衰えてくるからです。
 私は40歳代のころは、20キロメートルくらい歩いても何でもありませんでした。しかし、還暦を過ぎたころから4キロメートルほど歩くと、もうへたってしまいます。それでも、自分の限界を知っておけば、その範囲で活動ができるので、何となく安心でしょう。『孫子』にある<己を知れば、……>ということでしょうか。


手紙やメールなど文書の交換

 老けないためには、脳を活性化することが大切です。脳を活性化するには、ものを書くことが有効です。ものを書くことは、著作などが大いに効果的なのです。しかし、ちょっと入りにくい分野であることも現実です。そこで、文通などはどうでしょうか。日本でも、手紙による学問的な対話がなされた時代がありました。南方熊楠なども、その一人でしょう。
 インターネットのフリーメールなどは、趣味を同じくする数人のグループでメールを交換します。一人に出すのではなく、自動的にメンバー全体に同じ内容の文章が届くのです。このシステムを利用すると、かなり効果的な脳のリフレッシュが可能でしょう。

 まだ、電子メールなどのない時代に数多くの手紙が交換された例を示しておきましょう。
 音楽家のマルティーニとキイテイとの間では、6000通ほどの手紙を交わして、音楽理論の論争をしたといいます。さらに、マルティーニには別な相手が500人以上もいたのです。そして、その中にはクヴァンツもいて、マルティーニの文通相手だったのです。
 現在の電子メールのことを考えますと、大変な手数だったとつくづく思います。その時間や費用も、かなり必要だったのではないでしょうか。


 

クロイッエルソナタとオセロ

 若いときの情熱には、素晴らしいものがあります。
 また、老いてもゲーテなどのように若々しい人もいるでしょう。エッケルマンによると、ゲーテは老年になっても少女に恋をしたといいます。何ともすばらしいことではありませんか。
 しかし、心の醜さがむき出しになると、何がどう進んでいくかわかりません。人生の経験が豊富な人も、ときには大きな過ちをするものです。間違って人を殺したり、怪我をさせたりもすることもあります。高齢者の場合は、常に心の冷静を保って、事故のないようにしたいものです。

 シェークスピアの『オセロ』は、イアーゴの奸計によって妻デズデモーナを殺すに至ります。妻のしていないことを妄想したからです。また、トルストイの『クロイッエルソナタ』の男は、やはり自分の妄想で妻を殺します。つまり、「妄想」ということは事件の発端になることが多いようなので、大いに注意をしてください。


時間の有効利用

 時間が長いか短いかと言うことは、相対的な問題になるでしょう。

 白楽天の次の詩を見てください。
 <自有延年術
  心閑歳月長
  此外復何求
  楽天心不憂>
 これは、「自ずから延年の術有り、心閑なれば歳月長し、この外また何をか求めんや、天を楽しみ心憂えず。」と読むのでしょう。

 心がゆったりとしていれば、年月が長くなると言っています。そのことは、あくせくしていると時間がムダに過ぎ去ってしまうということを意味しているのではないでしょうか。「楽天」という言葉があるのも面白いですね。


学ぶということ

 自動車王と言われたヘンリー=フォード(Henry Ford)は、
 <20歳だろうが80歳だろうが、とにかく学ぶことをやめてしまった人は老人である。学び続ける人は、みな若々しい。人生においていちばん大切なことは、頭を若々しく保つことだ。>
と言いました。

 人生とは、「学習の連続」と考えたらよいのでしょうか。何となく、サムエル・ウルマンの詩などを思い出させます。

(注) サムエル・ウルマンの『青春』という詩は、このページの「なぜ人は老化をするのでしょうか?」にありました。


知的空間とは何でしょうか?

 簡単にいうと知的空間とは、自分が考えている世界なのです。実際には、そのような世界が存在してもしなくてもかまいません。少なくとも自分自身の中に一つだけでも有ればいいのです。だから、あなたは、あなたご自身の知的空間をできうる限り拡げてみてください。すると、今まで見えなかったものが見えたり、感じなかったことを感じたりするようになるでしょう。
 つまり、感性が豊かになるのです。視力がよくなったり、皮膚の感覚が敏感になったりするのではありません。むろん厳密には、それも起こりえますが、もっと全体的なことなんです。何と説明をしたらよいかわかりませんが、例えば今の状態を「人間」とすると「超人間」に近づくことができるのではないでしょうか。

 そのお手伝いを、このホームページがいたします。
 一度ご自身で、自分の能力が無限に続いていることを確かめてください。つまり、何らかの方法で、ご自分の知的空間を可能なかぎり拡げていくのです。実際にやってみると、かなりのことが実現できます。今までに考えていなかった驚くほどの潜在能力が、自分にあることがはっきりと自覚してわかるでしょう。

 冗談と思って聞いてください。
 私の知人に時計の「秒針が停止している。またあるときは、分針の動きが見える」ようになった人がいます。シーター波との関係でしょうか。その人は、いわゆる悟りに近い境地にあるそうです。なぜならば、秒針は動いて見えるのが当然ですし、分針の動きなどは遅くて気付かないのがふつうだからです。
 あなたも、ぜひ確かめてそのように信じてください。
 なぜならば、昔からいわれる高僧の記録などに、それに似た事象が多くあるからです。一言にインチキだというのは、あまりにも軽率で迂闊だからです。私は、いつも目に見えない光があったり、耳に聞こえない音があることを思い出して、何となくさもありなんと思うのです。
 潜在能力は思ったよりも大きいものです。例えば、ふつうでは持ち上げることもできないほど重いものを、火事のどさくさのときにひょいと抱えて運び出したというような話があります。
 よく聞くことですが、あなたはご存知でしょうか?


文章作品の種類

 老化予防がしたいときに、文章にすれば何でもよいというわけではありません。事実をそのまま書くのではなく、むしろ文学的な展開が脳の活性化につながるのではないでしょうか。下記の作品例では、下にいくほど創造性が高まって、脳の活性化に好ましいように思うのですが、……
 もっとも、人によって考えが異なるので一概には言えません。

(1) 新聞記事
(2) 解説記事
(3) 評論
(4) 論文
(5) 大衆小説
(6) 随筆
(7) 純文学
(8) 詩歌

 ここで、論文と大衆小説の間くらいが、「事実的」と「文学的」の中間になるのではないでしょうか。職業で何を書かなければならないというような場合でなく、老化予防の目的で新たに始めるのなら、(6)(7)(8)くらいが好ましいことしょう。

 身近な創作活動として、「自伝」(「自叙伝」ということもある)です。また、「日記」などがあります。しかし、それらも立派な文学に違いないものの、何となく創作としてのゆとりが少ないので、脳の活性化には効果が少ないようです。なぜならば、「何がどうした」というような事実のみを記していく新聞記事や解説記事などの範疇に入るからです。さらに、評論の範囲まで拡げたとしても、やはり純文学や詩歌のたぐいには及ばないのではないでしょうか?


フィクションの世界

 つまり、虚構の世界にまで入り込んだフィクションのほうが楽しいし、想像の自由が効くからです。小説のように時間や空間を自在に設定することによって、脳のトレーニングになることは間違いないでしょう。さらに、男性が女性になってみたり、あるときは犯罪者の立場になったりするのもスリリングで、人生のシミュレーションが楽しめるので効果的です。主人公を選ぶことによって、視点を変えることもできるでしょう。そんな意味で、若返ることも可能なのです。
 事実を書くのと異なって、イメージを次第にふくらませていく楽しさが味わえるでしょう。素材を組み合わせて、複雑な変化を求めるのも面白いものです。それは、ちょうど料理を作るときの体験と似ているのではないでしょうか。


随筆の世界

 随筆は、かなり自由な書き方ができる文学です。むろん、創作の場としてもよいでしょう。
 『方丈記』や『徒然草』の世界を思い出してください。作者の鴨長明や卜部兼行の面目が、作品の中に余すところなく自由自在に現れているでしょう。しかし、当時には叙情性の表現という点では、ちょっと不自由だったようです。なぜならば、当時は叙情詩としてすでに和歌があったからです。
 したがって、和歌の中で自分の思いを述べることができたので、随筆が古代においてことさらに流行をしたり、発達をしなかったのです。むろん、今日でも短歌や詩はあります。しかし、随筆の世界から見ると短歌や詩の世界は、まだ人が少ないみたいです。
 つまり、あなたも随筆の世界では、大いに活躍をすることができるでしょう。


文学の世界

 古くから文学の世界は、奥行きの広いものでした。ここでは、それなりに文学を作る楽しみを味わおうということです。つまり、荒っぽい言葉で言ってしまうと、文学と娯楽の両立を図りながら進めようというわけなのです。そして、ここでは一例として「短歌」と「短編小説」を取り上げました。それが、やってみると老化予防の効果が、かなりあると考えたからです。作品によって自己内部の再発見、それは知っているようでも知らない自分自身、そんなことがわかってきて楽しいのです。

 「健康のページ」では私たちの身体、つまり内臓をはじめとして、それらが効果的に働いて日々楽しく元気であることを考えました。しかし、ここでは精神面のほうも健康的に活発な働きをさせて、老化予防を実現しようという計画です。したがって、ここでいう短歌や短編小説などの文学は、可能性を文章に盛り込むという考えです。そして、それは重大なことでもあるのです。

 つまり、文学の世界では、単に本を読んでも「現実から離れて仮想の世界」に入っていきます。読むだけでもそうですから、自分自身で作品を書いていけば、もっと強烈なインパクトを得られると考えたのです。そして、それが事実であるということも実際に確かめてみてわかりました。その意味においても、「文学は自己の可能性の追求」という場となって、その活動のなかで脳のリフレッシュにもつながるのです。


小説を書くということ

 小説を書くということは、自分の作品を一つの空間に閉じこめることといってもよいでしょう。
 その知的空間を構築していくのが、実際には楽しみとなるのです。それは、あたかも手芸をしたり、模型を作ったりするのと同じ体験なのかもしれまえん。とにかく、完成品を目指して作るという楽しみなのです。
 また、小説の中では空間と時間を自在に移り回ることが可能です。このことは、小説の極致でもあろうか。やってみるとなかなか面白いものです。ちょっとオーバーな例えでいうと、いわゆる空中飛行などと同じような効果の体験ができるのではないでしょうか。

作中人物への投影

 自分を作中のいろいろな人に投影することによって、若々しくフレッシュでいられます。男性であれば、あるいは女性に、また女性であれば、あるいは男性に変身することも作品の中であれば可能です。さらに、支配者や犯罪者にさえも、小説の中でなら簡単になれるのです。


可能性の追求

 短編小説を作るということは、「自己の可能性」の追求でもあります。なぜならば、そこでは「自己の再発見」「生きるよろこび」「生きていることの証明」などとともに、自己の可能性の追求を主人公に対する仮託として包含することができるからです。


短歌を作るということ

 宮柊二先生は、短歌を作るということを
  <生きている証明>をすることだ
と言っておられました。それは、短歌雑誌『コスモス』の創刊号に出ていた文章にもあった言葉です。


絵の世界

 絵の世界も、なかなか楽しいものです。
 水彩画や油絵、そして水墨画などいろいろな種類があります。ここでは、パソコンをツールとして絵や動画を作ってみましょう。やっていみると、思ったほどはむずかしくありません。また、絵を描くことによって気持ちを落ち着けることもできるようです。

 ブータンでは、砂マンダラを描くことが僧の修行にもなっているといいます。つまり、精神を集中することによって作品が初めて完成できます。そのような心構えを大切にしているのでしょう。砂マンダラは、仏の世界を五色の砂で現実の世界に描き出そうというものです。しかし、最後には川にながされてしまいます。
 なお、ブータンでは釈迦よりも、ブータンに仏教を伝えたパドマ=サンバマのほうが人気があって、尊敬をされているようです。私は、報道番組や記録映画でブータン僧の修行や瞑想を見ると、人の一生は何かを考えてしまうのです。


音楽の世界

 音楽の世界も、それなりに楽しいものです。ふつう、音楽を聴く楽しみがあります。さらに、ここではそれを作る楽しみを味わおうというのです。つまり、作曲をして楽しもうという次第です。


橘曙覧の『独楽吟』

 橘曙覧(たちばな あけみ)の『独楽吟』(どくらくぎん、「こまぎん」と読む人もいます)にある短歌に、
 <たのしみはまれに魚煮て子等みながうましうましといひて食うとき>
というのがあります。
 貧しくても、一家が実に楽しげにしている様子が窺(うかが)われます。

 また、次も『独楽吟』の一首です。
 <たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時>
 これは、平成6年(1994年)7月にアメリカのクリントン大統領が来日して、大統領自身が歓迎レセプションで引用しました。

 そのことを聞いて、日本人でも橘曙覧を知らない人が多いのに、さすがだと私は思いました。
 その歌自体の出来不出来に関しては、さすが大統領もわからなかったのでしょう。ただ、意味内容の点で選び、調べの巧妙などは考えなかったのだと思います。他の歌に、もっと適当な作品がたくさんあるのですから。
 しかし、この精神を選んだのだと思います。

 『万葉集』や『金槐和歌集』などの中から選ばずに、あまり有名でもない橘曙覧の歌から選んだのでしょうか。それは、それなりの理由があることだと思います。また、ほとんどの日本人が忘れてしまった家庭の内部をことさらに歌ったものを引いているのはなぜでしょうか。むろん、橘曙覧は貧しかったのですが、それでも今では忘れられてしまった家庭の幸福がその家庭には、まだあったようです。

 『独楽吟』には、私の大好きな
 <たのしみは まれに魚煮て 児等(こら)皆が うましうましといひて食ふ時>
 <たのしみはそぞろ読みゆく書(ふみ)の中に 我とひとしき人を見し時>
などがあります。

 貧しくても、心が豊かであった人々に、西行、鴨長明、兼好、木阿弥の母などもいました。また、ヨーロッパ(イタリア)にはフランチェスコなどがいたようです。

(注) 橘曙覧の作品は、「やさしい文章技法1」の「1 文の基本」にある「周囲のストレスとキリのない追求」にもあります。


長生きの秘訣

 笑うことが健康や長生きに影響をするのかもしれません。淀川長治(よどがわ ながはる)という映画評論家は、生前に
 <一日に一回 笑わないと損ですよ。>
と言っていました。

 元国会議員の加藤シヅエは、2000年3月で103歳だったが、
 <一日に10回感動することが、長生きの秘訣>
と話していた。

 ついでながら、加藤シヅエは日本が「品位ある国」であり、日本国民が「品位ある国民」であるようにと、娘の加藤タキにいつも話していたという。現在の日本国と日本国民は、いかがなものであろうか?


独りでも楽しみ、キリのないことをしない

 ある程度の高齢になったら、キリのないことをあまり求めないようにしたいものです。
 なぜならば、残る人生があまりないのですから、自分自身ができる範囲にしておくことが必要だからです。「知足」、つまり「足ることを知る」という言葉がありますが、物がありすぎると高齢者の場合には、かえって煩わしいものです。
 例えば、おめかけさんの二号さんと三号さんがいたとしたらどうでしょうか。自分の妻だけでも、うんざりしているのに、まったく愚かしいことなのです。
 かつてそのような大臣がいましたが、そうなると人を愛するのではなく、そういうことが財力的にできるのだという愚かな誇示にすぎないのです。高齢になったら、
    名誉欲
    金儲け
    趣味の蒐集
などは、ほどほどにするべきでしょう。そうすることが、老けないために大切な心構えにもなるようです。

 独りで楽しむというのは、誰とも付き合わないというのではありません。同年齢の親しい人が次々と死んでいく中で、友達はかなり減ってしまいます。また、お互いに行ったり来たりできる健康状態にある人も少なくなってしまいます。手紙やメールなどを利用する方法もありますが、やはりお互いに顔の見えない付き合いというのはビジネスででもないかぎり、効果的ではありません。
 そんな環境にあるのですから、独りでも楽しみができるよういしておかないとダメなのです。
 そこで、このホームページでは独りでもできる楽しみをいろいろと模索・ご紹介しているのです。


清貧のすすめ

 とくに高齢になると、必要以外のものは持たないほうが気楽です。また、貯(たくわ)えない、ため込まないという注意も必要でしょう。なぜならば、若いころと違って行動力や記憶力が衰えてくるので、蒐集ができなくなってしまうからです。あまり意味のない物事に日々追われて過ごすのは、まったくナンセンスではないでしょうか。物があればあるほど、利便性は増すものの、煩わしさも増えてくるようです。
 そして、物はあるべきところにあればよいと考えるようになります。そんな中で自分自身は執着欲をなくし、自然に溶け込んだ心豊かな日々を送れるようになりたいものです。

 私は自動車もやめましたし、テレビも新聞もほとんど見ません。また、携帯電話も持ったことがないのです。さらに、腕時計などもふだんはもって外出をしません。なぜならば、仕事をやめてからは、とくに必要ではないからです。しかし、携帯電話がなくても日常の生活には困りません。
 ただ、携帯電話がないとmixiの加入ができないので、その代わりYouTubeやTwitter、そしてFacebookを楽しめばよいのです。

 何となくキリスト教のアモン派(アーミッシュ)の人たちの生活と似た環境になってしまいました。それでも、日々充実した心が豊かな生活を楽しんでいます。清貧はやってみると、最初に思ったほど不便ではないことがわかりました。もしかしたら「捨てぜりふ」や「負け惜しみ」のように思われるかもしれませんが、経済ばかり発達して、文化の進歩が遅れがちな日本では、私にとってちょうどよい生活法なのかもしれません。
 『方丈記』にも、そのような記述がありました。
 嘘だと思ったら、あなたも確かめてみるとよいでしょう。


理工式回想創造法

 この「理工式回想創造法」は、ロールシャッハテスト、TAT、そして砂療法、箱庭療法などの論理や手法をさらに発展・展開させたものです。さらに、この回想創造法は、ちょっとサイコドラマにも似ています。サイコドラマ(psychodrama)とは、アメリカの精神病医モレノの考え出した精神療法の一種です。つまり、同じような神経症の患者を集め、あるテーマの劇を演じさせて、その中で心の内部を自然に表現できるようにします。
 非常に簡単な手法で、高い確率で老化予防が実現できるので大いに利用価値があるでしょう。しかし、いわゆる学問ではありません。また、体系や理論として完成をしていても堅苦しいものでなく、気軽に入っていけるものです。
 あまり危険もありませんので、どうぞ確かめてください。

 ロールシャッハテスト……
 TAT……
 砂療法……
 箱庭療法……


 従来は、老人ホームなどで老人が回想をするのを忌避しました。なぜならば、管理者や経営者側から考えると、それはあまり生産性がなくて、後ろ向きだと判断したからです。しかし、最近になって単に回想ではなく創造の世界を取り入れることによって、大いに高齢者の健康にも意義があることがわかってきたのです。ヒトは、単に物理的な肉体をもっているだけではないからです。そして、そこが非常に難しい問題となるわけで、そのような観点に立って問題を考えなかったほうが、不思議なくらいです。
 そこで私たちは、早くからそのことに注意をして、回想創造法というメソッドを確立しました。

 この理工式回想創造法は、一種のメソッドですからそれ自体、つまり創作した作品は幼稚であっても、未熟であってもよいのです。それで、それなりに体験したメリットがあれば、何も問題はありません。自己の可能性を追求しているのですから、他人の評価などを気にすることはまったくないのです。作品は自分自身で評価をする、つまり自分が納得できるものであれば、それでよいでしょう。

 「猫に小判」とか「豚に真珠」という言葉があります。いくら程度の高いものでも、自分にとって理解のできないものであれば、それは何にもならないでしょう。つまり、「消化不良しない程度」で自分のレベルに合ったものが、いちばんよいのです。そのために、すでにある作品よりも自作をした作品のほうが、自分自身にはぴったりと合うことは当然なことではないでしょうか。
 それは、極端に言ってしまえば、ちょっと宮沢賢治の『どんぐりと山猫』のストーリの展開とも似ているんではないでしょうか?


回想創造法のありまし

 ここに、理工式回想創造法のあらましを説明しておきましょう。
 「老いたくない」という気持ちは、むろん誰にでもあるようです。そこで、そのようなテーマの物語が昔から今までに数多く作られたようです。例えば、有名な『浦島太郎』の物語です。時間のパラドックスになっています。また、オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレーの肖像』という小説も作者の「老いたくない」という気持ちの反映かもしれません。老いるのではなく、絵の中の人物が次第に若くなっていくのです、…… いずれにしても、そのような話の中には、あるいは高齢になってから初めてわかるというような鮮やかな経験や発見もあることでしょう。

 しかし、ここでは「脳の活性化」を目的としていますから、必ずしも実際に体験をしなくてもよいのです。なぜならば六十歳を過ぎると、現実問題としては恋人などを作れないのがふつうです。そこで、脳の中でそのような疑似体験をするのです。そんなことでも、やってみると脳の機能が実際に働いて、大いに満足をするのです。そこでは若い時代に戻って、かなり無理な体験さえも可能なのです。そして、それは単なる自己満足でなく、昇華の状態にさえなることがあるので、大いに意義のあることかもしれません。

 また、還暦を過ぎてから恋をすることはともかく、罪を犯したり恥をかくのには、ふつう生活と将来に大きなダメージが伴います。しかし、そのようなむずかしい背景の中にでも、小説や物語を構築することによって、精神作用が伸び伸びとして、「脳の活性化」が可能になるでしょう。そして、そうすることによって老化予防の実現もできるのです。
 とくに効果があるのは、登場人物の選択です。つまり、登場する主人公を誰にするかという問題です。

 自分と反対の立場を登場人物にセレクトして、脳の活性化を図ることができます。
 具体的にいうと、つまり「男ならば女」、「高齢者ならば若い人」いった具合です。そのようにすると意識の世界で、新たな空間が構築できるのです。それは一種の仮想空間ではあるが、かなりの強烈な効果がありましょう。
 ちょっと恥ずかしい気持ちをいだくことは、脳の活性化に大いにつながるといいます。例えば、すでに病院で「看護婦さんにおしめを替えてもらっている」人は、そのようなことを理解されているのではないでしょうか。

 『土佐日記』という古典の書物があります。これは、紀貫之という男性が、女性のスタイルで書いたものです。「男というもの……すなり」とわざわざ断っているので、やはり作者は、そのスタイルに初めは躊躇をしたのかもしれません。しかし、太宰治や芹澤光次郎の「女性が主人公になった」小説は、実に優れています。『斜陽』や『愛と死の書』などを読むと、自分まで作中の人物に釣り込まれてしまうので不思議です。
 私は、それらを読むたびに、著者の心の中を垣間見たような感じになって、大いに感心をしたものです。

 しかしこの「理工式回想創造法」は、必ずしも文学的な作品に回帰する必要はありません。例えば、自分の知っている知識だけで構築する物語であってもかまわないのです。さらに未体験の空間、例えば宇宙旅行や死後の空間などを想像するのは、いかがなものでしょうか?
 また作品を客観的に見直すためにも、朗読をしてもらうのがよいでしょう。自分でするときは、録音をしておいて聞き直す必要があります。また、パソコンのソフトで行う自動音声読み上げでもかまいません。いずれにしても、他人の目で読んでもらうと、自分の欠点に気が付くことが多いからです。


スペーストレック

 実際の回想創造法の資料を示しておきましょう。
 その一つに、『スペーストレック』という安易なタイトルが付いているものがあります。それは、いくつかのタイトルテーマの中の一例ですが、この画面を見ただけでは目的がわからないかもしれません。あなたも、何をどのようにするかの想像をしてみてください。
 次に示す何枚かの画面は、どこから始めてもよいでしょう。

 しかし、時間の推移に合わせようとお考えでしたら、教授が黒板で説明をしているところからお始めください。その構図が「最後の晩餐」に似ているという印象をお持ちでしたら、そのこともストーリに持ち込んでもかまいません。実は上の絵については、まだ手が回らなくてカラーを付けていないんです。
 実際には、宇宙の画面などはカラーを付けると、美しい仕上がりになるのではないでしょうか。また、同時にBGMを鳴らすと効果が上がるかもしれません。いろいろと工夫をしてみてください。


女の一生

 次の『女の一生』については、どのような物語が構築できるでしょうか?
 やはり、タイトルについては安易さが目立つようです。もしも気に入らなければ、タイトルも画像自体も別なものに変えてしまうとよいでしょう。この4枚も、現時点ではカラー未着色です。やはり、少しずつ完成をさせていきたいと考えています。トライアンドエラーをしながら、この教材も豊かな内容にしていくので、ご意見があったら言ってください。


 しかし、必ずしもまとまったストーリでなくてもかまいません。画像から、自分自身の想像力を引き出せばよいからです。つまり、ここにある画像は単にイメージを出すためのトグルなのです。したがって、断片的なモチーフだけでもよいのです。短編というか、小品というか、さらにまとまりのない断片でもよいのです。むろん、連続をした画像でなくて一枚だけであっても、一向にかまいません。
 そんな回想創造法の作例の実際が知りたいときは、
     回想創造法
をご覧ください。


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以下は、「老化予防のためのメモ・覚え」(編集を容易にするために、ひとまず(一時的に)ここに置く)

ソネットのパスワード  427……ww

青空の創作ページ パスワード  riko123 として[OK]
 memo_oboe.html にある

富士通パスワード  kk19390812

古いパスワード  kk1939 としたのもあった。

橘 信男 池田 クマモト  長男 調布 吉野(農家)
橘さんの共同墓地 フラワーメモリアル国立府中 042−360−1451

光ファイバー 交換 神保さん

高齢になるといつしか病の器
体力の衰えていく身体やむなし
余分なことは なるべくしない

ジオラマ 鶴見の花月園にある幼稚園にあった。当時のケーブルカーの様子。
きさがたラーメン
本宮啓子
津川雅彦

こんりんざい 金輪際?

JustSystem  User ID ご連絡  40−5754−7202

ヤフーのプロバイダ(サーバー)への接続
 サーバープロファイル名  新しいサーバー1
 プロバイダの選択  yahoo!ジオシティーズ
 FTPサーバー名  ftp.geocities.jp
 FTPアカウント名  rikwhi
 FTPパスワード  kk1939
上記は、ホームページ・ビルダーなどで、アップするときに用いる。

「老化予防のためのメモ・覚え」おわり
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Kuroda Kouta (2003.07.04/2016.03.10)