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 あなたがいつも若々しいために!

 老化予防のページ(2)脳の活性化をしましょう


    音楽(BGM)は大庭加奈子が演奏をした「子守歌」です。
      左のスライド
音を小さくしたり、止められます。


 このページの内容

     メビウスの帯(おび)
     抽象と具体の間(はざま)
     直感と錯覚の周辺
     考えるということ
     考えることの大切さ・直感の大切さ
     脳の活性化=老化の進み方を遅くする
     文帝の『典論』と嵯峨天皇
     読書の効用
     チンプンカンプン
     言葉を使う=脳の活性化
     手も使う=脳の活性化
     言葉を自由自在に使う快感
     脳のリフレッシュ=脳の活性化
     どこに何があるか?
     やりっ放しをしない
     回文
     アナグラム
     脳を活性化するためのいろは歌
     日常いろはかるた
     千字文への挑戦
     二通りに読める文章
     脳を活性化するためのゲーム
     「脳へのインプット」と「脳からのアウトプット」
     言葉の空間を広げて創造性を豊かにする=日本語改造案
     自分史の作成
     ボケ老人の困った問題
     笑いの大切さ
     寺社巡り(1)
     寺社巡り(2)
     簡単な寺社巡り(1)
     簡単な寺社巡り(2)
     簡単な寺社巡り(3)
     ボケ封じ像のある寺
     蓮を見る楽しみ


 脳の活性化をしましょう

メビウスの帯(おび)


 いったい、裏のない面などが存在するのでしょうか?
 この無限大の記号のような形をした輪に含まれる意味は、意外に大きいようです。この輪の裏面は、一周して元のところで表面になっています。この面を一回ねじった構造を「メビウスの帯(おび)」といいます。
 これは、紙で簡単に作ることができます。作ったら、帯のまん中を続けて、初めのところまで切ってください。ふつう、物を二分すれば二つになります。この場合は、どうなるでしょうか。

 実際に、この簡単なしくみがドット式プリンタのリボンなどに利用されました。回転する帯状のカーボン面が、一様に打たれるための工夫です。
 メビウスの帯と似たものに、内側のない容器「クラインの壺」があります。
 トポロジー(位相幾何学)的に考えて可能でも、常識では異次元世界のように見えます。容器の内側がいったん外へ出て、さらに外側に続いていたりすることは、どうも現実的ではありません。

 裏のない面や、外側のない容器などは、はじめから考えなければ気楽です。しかし、一方では何とか実現する方法を考えることも必要でしょう。


抽象と具体の間(はざま)



 もしも、
(1) 「平面上に存在する3個の点A、B、Cを、それぞれ対応する点A’、B’、C’と連続した線分で結べ。ただし、線分は直線の必要はないが、平面上で互いに交差してはいけない」
という問題が与えられたらどうするでしょうか。
 記述がぎこちなく、また「与えられ」たりすると、何だか幾何の問題を思い出し、どうもおっくうになりがりです。

 それでは、
(2) 「ここにコンピュータの回路を作る1枚の基盤があります。基盤の表面の端子間を、それぞれ対応するように布線設計をしてください」
といえばどうでしょう。
 ICなどをセットする板を基盤といい、その基盤上の配線を布線といいます。布線設計は、素子間の接続をどのようにしたらよいかを考えることです。その配線はプリント方式ですから、互いに交わることができません。
 つまり、そこにもう他の線があれば、それを回り道して交差しないルートを探します。これで、幾何の問題から何とか、現実の回路製作のテーマになりました。

 さらに、次のようなのはいかがでしょうか?


(3) 「むかし、北の地方に小さな国がありました。そこに、王様とお后と王子さまが住んでいました。長い冬が去った暖かい日に、3人は外出なさいます。それぞれ、多くのお供を連れて遊山(ゆさん)です。
 王様は、山の斜面にある宝物がしまってある倉に、お后は垂水(たるみ)のさわらびの新芽を見に、そして王子さまは、冬眠をしていた兎がはい出してくる西の野原に、それぞれ向かいます。
 夫婦、親子でも互いに気位が高く、お供も一緒です。他のものが通った道を避けて進みます。他人の歩いたところを自分が行くことは、自尊心が傷つくと考えたからです。
 王様、お后、そして王子さまは、どのように進めばよいのでしょうか?」

 これら(1)(2)(3)は、同じことを意味しています。
 ただ、その表現が抽象と具体で異なっています。むろん、初めから物事を抽象で考えることができれば、応用もできて好ましいことです。しかし、慣れないうちから抽象的に考えるのは、なかなかめんどうでしょう。
 今後、具体と抽象との間を思索がスムースに移行できるように、しっかりと習慣づけることが大切です。


直感と錯覚の周辺



 子供のころ、どこかの旧家へ母に連れられて訪問したときの思い出です。
 そこで出されたのは、扇形をした落雁(らくがん)でした。それは、お皿に2つのせてありました。そのとき、手前にあるほうが大きく見えてなりませんでした。
 こっそりと重ねて大きさを確かめたことを、今でもよく覚えています。
 人間の目は、欺かれやすいものです。非常に精巧なその機能も、ともすると誤判断を平気でします。

 わたくしたちの目は、物があまり近すぎても、また遠すぎても見えません。
 非常に近い対象は、盲点に入ってしまうからです。また、距離が遠いと識別できないほど、ぼやけてしまいます。
 それでは人間の目は、どのくらいの距離まで見えるのでしょうか。
 肉眼で、いちばん遠くに見えるものはアンドロメダ星雲です。それは、この地球から光が200万年もかかって到着する距離なのです。わたくしたちの目は、すばらしいものですね。

 もしも、対象を正しく見ることができない目なら、くりぬいて捨てなさいと激しいことをいった偉人もいます。
 目が欺かれてしまわないように、正しく事物を見ることが大切です。


 冬の曇った日に、閑静な住宅街を歩いていたときのことです。
 たどたどしいタッチのピアノ曲が流れてきました。私は、とっさにその曲が「雪やこんこ」だと思いました。そのとき、私は雪が降りそうだと考えていたのです。
 そして次は、「あられやこんこ、降っても降っても……」と続くのだろうと考えました。でも、進むにつれてちょっと違うようです。やがて、ふとわかりました。
 それは、バイエルのピアノ教則本内88番の練習曲だったのです。

 このようなことはよくあります。シューベルトの「アルペジオーネソナタ」も出だしのところで、てっきりこれは「未完成交響曲」だと思ったりします。その部分の旋律が互いによく似ているからです。
 似たようなことは、何も音楽にかぎらず、日常の会話にもあります。
 実際に、どちらの意味にもとれる言葉があったり、抑揚で意味が異なることもあります。例えば「結構」という言葉は了承したときも、辞退するときにも用います。
 お見合いなどで「結構でございます」といわれて待っていると、あのときに「お断りしたはずなのに」ということがあります。
 耳も、自己本位で聞き違いをしないようにすることが大切です。


 新進の研究員が、助手とともに実験をしています。
 はじめ、ビーカーに1匹の細胞がいます。それが、1分間隔で2匹になり、4匹になり、8匹になるというように、次々と2倍に分裂をします。そして、ちょうど24分でビーカーが一杯になりました。
 研究員は、助手にいいました。
 「君、ちょうどビーカーの半分になった時間数を書いてくれたまえ」
 見るからに利発そうな助手は、
 「はい」
といって、機敏に12分とノートに記入しました。
 そのようにして、細胞がビーカーの半分になる時間の測定を続けました。
 しかし、結果がどうも思わしくありません。彼女の手慣れた作業の中にも、何か重大な誤りがあるのでしょうか。

 驚くことですが、科学者が0乗した数を0と勘違いをしたり、電気技術者が電源スイッチの「○」をONと間違えたりするそうです。何気なくすることの中に、思い違いがあるのは困ったことです。
 考えずに動作するのは、誤りのもとです。必ず、逆の場合にどうなるかも思い出してみる必要があります。
 論理や約束を、直感で思い違いしないようにすることが大切です。


 日常生活にも、結構思い違いがあります。私の父は自分の額にかけた眼鏡を、しばしば探していました。

(注) 石川啄木の『悲しき玩具』p89に、次のような短歌
 <笑ふにも笑はれざりき−−長いこと捜したナイフの手の中にありしに。>
というのがありました。


 私も、かつてコンピュータの専門家の一人でした。
 コンピュータ技術で生計をたてていました。いままで、ずいぶんとプログラムを作りました。しかし、いかに思い違いやミスが多かったかを思うと、恥ずかしくなります。
 そのたびに、自信をなくして暗い気持ちになりました。それは、湯川秀樹博士が書いておられる「この道を離れたならば、何の取柄のない人間であることを、思わねばならぬ」ということです。
 だから、一生かかっても何とか間違いを減らしていこうと思います。自分ができないと思ったら、もうそれが最後です。

 いちばん思い違いで困るのは、能力があるのにないと思ったり、さらには、自分を「ダメ」と思い込むことです。「老化予防」を難しいと考えたりしないで、もっと自信をもってください。
 「健康」や「老化予防」の問題は、思ったよりも簡単です。
 図形を見るときには平面的な広がり、話や音楽を聞くときには時間的な広がりに注意できる視聴覚をもっていればよいからです。そしてさらに、それらの情報を処理する脳そのものの判断を慎重にすることで実現が可能になるでしょう。


考えるということ

 「Pascal」というコンピュータ言語を開発したヴィルドは「考える」ということを大切にしました。現在では、「Pascal」という言語はあまり用いられませんが、その表記を簡便化した「C」が広く用いられています。つまり「Pascal」は「C]に置きかわった感じです。

 ロダンの彫刻『考える人』は、頬杖(ほおづえ)をしていかにも深く思索をしている様子です。しかし、考え方によっては何となくトイレでウンコをするときの形にも似ています。そんな愚かなことを考えるのは、私だけでしょうか。美術や音楽、そして文学などは解釈をするよりも、直感で事実を知ることが大切なのかもしれません。

 だいぶ前(1987年)のことですが、蒲田の学校の情報通信科卒業生のアルバムに私も何かを記述するようにと言われて、
 「考えることから、始めてください。」
と書いたのを覚えています。
 なぜならば、そのころから私自身がそのようにしているからです。

 『パパラギ』という本にある酋長ツイアビの演説に、「考えるという重い病気」というのがあります。
 しかし、一般的には「考える」ということは「脳の活性化」をうながします。そして、「脳が活性化」をすれば老化予防に関しても好ましいことでしょう。


考えることの大切さ・直感の大切さ



脳の活性化=老化の進み方を遅くする

 ここでは「脳の活性化」、つまり「老化の進み方を遅くする」ことを考えてみましょう。老化の進み方を遅くする。いったい、そんなことができるのでしょうか? それが、やりかたによっては、ある程度はできることがわかったのです。老化という現象自体は、いたしかたないでしょう。それは自然の摂理ですから、それに逆らうことはなかなかできません。ただ、その進み方をゆるやかにすることは、ある程度は可能なのです。それでは、どうすればそれが実現できるのでしょうか。
 問題は、この脳の活性化なのです。

 栄養価の高いものを食べることは、確かに身体にはよいことでしょう。しかし、高齢者の場合にはちょっと考え物なのです。
 私の知人で、奥さんを亡くされた人が長男夫婦のお宅に厄介になっています。そして、ある日その長男の奥様が相談に見えたのです。話によると、その知人、つまり奥様からいうと義父にあたる人が、最近ボケてきて亡くなった妻、つまりその奥様からいうと義母にあたった人と自分を勘違いすることがあるということです。そして、夜になって布団の中に……

 いくら脳の働きが活発であっても、妻と息子の嫁を勘違いするようなボケでは困ります。また、日々の活動に不必要なほど栄養価の高いものを食べていることも問題です。なぜならば、精力だけが盛んでも意識が呆けてしまうと、おかしな行動になって回りに多大の迷惑がかかるからです。
 よく考えてみると、脳といえども身体全体をコントロールするための器官ですから、身体のほうに問題があっては支障をきたします。やはり、身体が衰えていく中で脳がしっかりして、後から衰えていくのでなければ困ります。それは、ちょっと身体が無政府状態のようになってしまうからです。

 そこで、脳を活性化するための方法として、自分自身の問題や自分が置かれた回りの問題を次々に解決していくことが効果的だということがわかります。むろん、自分の能力をかなり超えたテーマに挑戦することもよいでしょう。しかし、それよりも「筒いっぱい」というところで、次々と問題を解決していくのがよいのです。
 つまり、重量挙げでしたら一つずつバーベルを大きくしていくやりかたです。いっぺんに重くすると筋肉を痛めたり、怪我をしてしまったりするからです。そのようにムリのない方法で、脳の活性化を図らないと、ダメージを受けてしまう危険性があります。


文帝の『典論』と嵯峨天皇

 かつて、日本でも言葉を非常に大切にした人物がいました。
 中国の文帝があらわした『典論』にあるくだり「文章は経国の大業にして、不朽の盛事なり」を国家的なスローガンにした嵯峨天皇です。天皇自身も佳作を残し、臣下や女人たちもこぞって唱和したといいます。
 なお、嵯峨天皇の后が檀林皇后で仏教に関しても功績のあれれた人です。
 しかし、檀林皇后は
 <自分が死んだら、葬式などしないで死体を庭に放り出しておいて、犬の餌にしなさい。>
とおっしゃいました。


読書の効用

 読書もある程度なら、老化予防のためによいでしょう。
 なぜならば、本は自分のまったく知らない世界へ誘(いざな)ってくれるからです。さらに、ときには書物が自分とまったく異なる空間や時間に連れて行ってくれる。現代は、社会情勢や科学技術の変化が早すぎて、各自の精神がそれについていけないために、病気や老化が進んでいるようだ。したがって、ときどき新聞の社説などを読んでみたり、科学雑誌をひもとくのもよいでしょう。
 文字で書かれたものを読むというのは、一般に脳の活性化につながるかもしれません。


チンプンカンプン

 高等学校のときに使った漢文の教科書です。
 内田泉之助・林秀一・吉田賢坑共編の『新編高等漢文 巻一』というテキストで、明治書院発行のものでした。実にすばらしい内容で、その初めの「漢文の構造」というところで学んだ言葉は、一生にわたって思い出され、いまでも記憶に鮮やかです。むしろ、今になって理解が深まってきた言葉さえあるのです。
 そんな意味で、老化予防の一環として学生のころの復習をしてみましょう。


・ 日月運行す。(易経)

・ 天は長く、地は久し。(老子)


・ 文章は経国の大業、不朽の盛事なり。(典論)

・ 豹は死して皮を留(とど)め、人は死して名を留む。(五代史)

・ 良薬は口に苦く、忠言は耳に逆(さ)かふ。(孔子家語刪(さん)修)

・ 君に事(つか)へて礼を尽くせば、人以(もっ)て諂(へつらい)と為す。(論語)

・ 倉廩(そうりん)実(み)つれば則(すなわ)ち礼節を知り、衣食足れば則ち栄辱(えいじょく)を知る。(管子)

・ 君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る。(論語)


・ 君子は其の言の其の行に過ぐるを恥づ。(論語)

・ 恒産無くして而も恒心有る者は、惟(た)だ士のみ能くすることを為す。(孟子)

・ 今王必ず士を致さんと欲せば、先ず隗よりより始めよ。(十八史略)

・ 財を治むるの道、其の禁ずべき者三あり。貪・吝(りん)・費なり。(慎思録)


・ 君子の交(まじわり)は淡きこと水の如く、小人の交は甘きこと醴(れい=甘酒)の若(ごと)し。(荘子)

・ 人遠き慮(おもんばか)りなければ、必ず近き憂ひあり。(論語)

・ 玉琢(みが)かざれば器を成さず。人学ばざれば道を知らず。(礼記(らいき))

・ 少年老い易く学成り難し。一寸の光陰軽んずべからず。(朱熹(しゅき) 偶成(=詩歌などがふとしたことからできあがる))

・ 善人と居るは、芝蘭(しらん)の室に入るが如く、久しくして自ずから芳し。悪人と居るは、鮑魚(ほうぎょ)の肆(し)に入るが如く、久しくして自ずから臭し。(顔氏家訓)


・ 悪の小なるを以て之を為すこと勿(な)かれ、善の小なるを以て為さざること勿かれ。(小学)

・ 君子は其の人を養う所以(ゆえん)の者を以て人を害せず。(孟子)

・ 顔淵・季路侍す。子(し)曰(いわ)く、「盍(なん)ぞ各々の爾(なんじ)の志を言はざる。」と。(論語)

・ 伊藤仁齋、常に子弟を警戒して曰く、「汝等(なんじら)志を立つるには、須(すべから)く第一等の人と為らんことを期すべし。」と。(角田簡 近世叢語)


・ 過ちは不敬に生ず。能く敬すれば、則(すなわ)ち過ちは自ずから寡(すくな)し。儻(も)し或いは過ぎたば、則ち宜(よろ)しく速やかに之を改むべし。速やかに之を改めるも亦(また)敬なり。(佐藤坦 言志四録)

・ 歳暮(さいぼ)に、菅得庵、羅山に謂(い)ひて曰く、「余未だ通鑑綱目(つがんこうもく)を読まず。請ふ、先生明春を以て、余の為に之を講ぜよ。」と。羅山曰く、「子の心誠に之を求めば、何ぞ来年を待たん。」と。則ち除日を以て講起せり。(原善 先哲叢談)

・ 人性の善なるは、猶(な)ほ水の下きに就くがごとし。(孟子)

・ 范(はん)文正公、少なくして大節あり。嘗(かつ)て自ずから誦(しょう)して曰く、「士は當(まさ)に天下の憂いに先だちて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむべきなり。」と。(小学 刪(さん)修)


・ 天の将(まさ)に大任を是の人に降さんとするや、必ず先ず其の心志を苦しめ、其の筋骨を労す。(孟子)

 
それぞれの言葉の内容にかしては、後日まとめてみようと思います。


言葉を使う=脳の活性化

 言葉や言語を使うということは、自分自身が呆けないための大きな要素になっているのです。言語は、思考や行動に役立つからです。もしも、その辺に興味がある場合は、
   S.I.ハヤカワ/大久保忠利訳『思考と行動における言語』(岩波書店)
を読んでみてください。
 つまり、すべて言葉のイメージで人間社会が構成されているといっても過言ではありません。

 文章自体は自分自身を写した鏡と考えて、自分を見つめ直すことができます。古い記録書に「……鏡」となっているのは、そのような意味も含まれているのでしょう。つまり、何回も見直すことができるのです。そしてそれは、客観になれるということですから、脳の活性化にも大いに役立つことでしょう。
 物事をフィードバックさせて、別の観点から見ると、脳をいつまでも若々しく保つことができるからです。

 脳の活性化ということで、テレビを見ている人がいます。しかし、それではあまり効果がありません。なぜならば、テレビのような受け身の情報では覚えていられないからです。むしろ、作文のように自分自身が自発的に行うもののほうがよいのです。つまり、言葉をうまく使う−−これが脳の活性化にとって重大なことなのです。そして、言葉を使うために文章を作るのです。

 記憶の最小単位は、言葉つまり単語です。その単語を組み合わせて考えるということは、意外に脳の活性化になるのです。それは、積極的に自分が参加をした作業ともいえるからでしょう。そこで、次に簡単な方法で活性化のプラスになるテーマを探してみました。数ある方法の中から、現実に可能なもので、手近なものをいくつか考えてみましょう。それらは、一通り実際に私が自分でやって確かめたものです。

 やってみて驚いたのですが、言葉を使いこなすというよろこびは、かなりのものです。満足感もあるので、趣味や好みの段階よりも奥が深いかもしれません。もしかしたら、「やり出したら、もうやめられない」とか「ちょっと中毒症状になってしまう」というような人もいることでしょう。
 人によって異なりますが「盆栽を作る」「切手を集める」「日本刀を持つ」などといった趣味と同じくらいの面白さもあるのではないでしょうか。なぜならば、言葉を使って組み立てるよろこびは、漢字・カタカナ・ひらがな・アルファベット(ABC)などを用いると、英文の場合と異なって日本語は要素が多いので、それらを組み合わせることによって、かなり面白いことができるからです。


手も使う=脳の活性化

 脳の活性化と言うと、脳を使うことが必要なことはいうまでもないでしょう。しかし、その他に手を補助的に使うことにも大きな意味があるようです。手で文字を書いたり、手でカードを並べ替えたりすることは、かなり効果的な脳のリフレッシュになるでしょう。頭だけで考えるのではなく、手も用いるということが効果的なのです。

(注) カントは<手は外部の脳である>と言ったといいます。
 日本珠算連名の広告には、「手は体の外に出た脳である−−カント−−」とありました。(1999年のころ見たポスターです)


 最近になって、手を動かすことで脳梗塞が予防できると言われるようになりました。そして、逆に手の動きを見ることによって、脳の状態がわかるともいいます。シナプスが関係しているためでしょうか。そんな意味で、まず「言葉遊び」のような脳と手を使うことを考えてみました。
 具体的には、「回文」や「アナグラム」などです。


言葉を自由自在に使う快感

 私自身は、まだあまり言葉を自由自在に使えるわけではありません。しかし、「言葉を自由自在に使う」という快感や満足感は、非常に大きいと聞きました。それは、私も「疑いもない事実」だと思います。
 『荘子』などの文章を読むと、その内容の微妙さにつくづくと感心をします。むろん、和訳をしたものですが、それでも大いに驚嘆をします。例えば、原富雄『現代語訳 荘子』(春秋社)などを読むと、荘子が実に巧みに言葉を使いこなして、饒舌にそこで言いたいことを、そこで言い尽くしているからです。

 金を自由自在に使ったり、競馬や競輪などで儲(もう)けたり、パチンコで大当たりするよりも、それはずっと大きな楽しみかもしれません。もっとも、私は「文章」も「金儲け」もあまり体験をしたことがないので、それはちょっと無責任な発言かもしれませんが、…… とにかく、ここでいう「言葉を使う」ということは、かなり深い味わいのある楽しみで、かつ快感や満足感が得られるもののようです。
 そんなわけで、私もそれをこれから大いに確かめてみたいと思うとります。

 さらに、「快感や満足感」を味わうだけでなく、ボケ防止もその結果できるということですから、何とも素晴らしいことではないでしょうか。もしかしたら、脳に対するフィードバックの機能も働かせて、自由自在に時代を行き来したら若返るかもしれないのです。つまり、まず考えてから頭(心といったほうがよいでしょうか)のなかでイメージをふくらませ、そして決定をしたら文字にするのです。そして、それを読み直してから、書き直したりもするでしょう。
 そんな楽しみがあるとは、若いころには一度も考えたことがありませんでした。
 あなたは、いかにお考えでしょうか?


脳のリフレッシュ=脳の活性化

 あるできごとと、別なできごとを結びつけてみます。そして、さらに変化を持たせてみましょう。そのようにしていくと、文章の可能性を追求していくことができます。それは、脳のリフレッシュにもつながるのです。
 私たちは、「回想創造法」という一種の試みとしてのメソッドを考えました。それは、記憶の中から一まとまりの物語を紡(つむ)ぎ出していく方法なのですが、やってみるとなかなか面白く、楽しいものであることがわかったのです。

 自分自身が主人公になるということは、かなり大切なことです。本を読んでいても、音楽を聴いていても、ときには「早く終わらないかなぁ」などと考えることがあります。それなら、やめればよいのですが、なかなかそうはいかないところに問題があります。ちょっと不真面目な例ですが、それは「株の取引などを始めて、あまりにも損失が大きいのでもうやめよう」と思ったときに、担当者から「いまやめたら、いままでの投資がすべてムダになりますよ。」といって脅かされる心理と似ているのではないでしょうか。

 何事も一方的に与えられるのでは、飽きちゃったり、無関心になったりするものです。いかに素晴らしい名作でも、偉大な音楽でもそうではないでしょうか。
 私は、若いころに読んだトルストイの『クロイッチェル ソナタ』を読み直そうと思いました。しかし、面倒になって途中でやめてしまったのです。学生時代には情熱もあって、我慢強かったので一冊を一気に読めました。還暦を過ぎたころからは、目も悪くなっているせいか、面倒くさくなって投げ出すのです。

 実は、大岩先生がくださったドヴォルザークの交響曲全集CDの7枚組みもそうです。途中で退屈をしてしまい、「早く終わればよいなぁ!」などと考えている自分に気が付いて、我ながら驚いてしまいます。やはり、チマローザやスカルラッティのピアノソナタのほうが、私にはよいのでしょうか。
 チマローザはCD2枚組み、スカルラッティのピアノソナタCD20枚くらいのうち7枚を購入済みです。それらを聞いているほうが気分的にも楽なのです。なぜならば、1曲がせいぜい3分程度でいつでもやめられるという安心かあるからでしょう。でも、たいがいは興味をもって最後まで聞いてしまいます。

 人生についても、そのようなことが言えるのではないでしょうか。平凡な同じようなことの繰り返しの中に、新しい発見や工夫があるのだと思います。くどくどと同じことを繰り返しているのが、人間社会の現実ですから文章においても、音楽においても、そのような方法でかまいません。少しずつ整理をしていけばよいのです。

 なお、このホームページがだらだらと長かったり、重複があったりするのは、思いついたときに思いついたことをインプットしているからです。しかし、後日に全体の見直しをして重複箇所や不要箇所を削除しようと考えています。まだ、原稿の段階ですからムダが多いのです。


どこに何があるか?

 実際に脳の活性化をするために、文学などをやってみようというわけです。
 しかし、その前に準備や整理をすることがあります。それは、「どこに何があるか?」ということを自分自身が知っておくということではないでしょうか。物事でも知識でも、「どこに何があるか」をしっかりと覚えておく必要があります。もしも、覚えきれないのでしたらメモをしておくべきでしょう。そして、そのメモがどこにあるかを知っていて、すぐに取り出せればよいのです。
 あなたは、「そんなことは、わかっている」とお考えでしょうか?


やりっ放しをしない

 なるべくやりっ放しをしないようにします。ふつう忙しいときは、中途で別な仕事にかかりがちです。しかし、高齢になると記憶力も衰えて「百舌(もず)の生け贄」になりがちです。つまり、区切りをつけておかないと中途半端になってしまうのです。ひととおりの区切りを付けておくと、気分が新たになって次の仕事にかかれるようです。
 ちょうど、プログラムのサブルーチンのような考え方でよいでしょう。
 あなたは、そのようにはお考えになりませんか?

 もっとも、こんなことをインプットしながら、このホームページのことが気にかかって仕方ありません。何となくやりっぱなしであるからです。(^_^)


回文    

 回文(かいぶん)は廻文とも書き、上から読んでも下から読んでも同じに音(おん)なる言葉や文章です。

 やってみると意外に難しく、例えば次のような変な作品
(1) 妻(つま)の松(まつ)
(2) 私(わたし)ねんねしたわ
(3) キ印(きじるし)は とぼとぼと走(はし)る時期(じき)
(4) いつもするタイマー巻(ま)いた留守(るす)もつい
(5) 「無」の故(ゆえ)に煮湯(にえゆ)飲(の)む
などが、私にも何とかできました。
 しかし、難しい割には出来映えがあまりよくありません。作品というか、こじつけの感じがあったり、文章自体が幼稚でもあるからです。
 なお、(5)は私が考えた「システム教」の「無」に関して発生をした事件を言ったものなのです。私の理論展開に対して、ある宗教学者から厳しい批判をいただいたことを大いに反省して、そのときの気持ちを正直に自分なりに綴ったものなんです。

 いずれにしても、かなり作るのに苦労をします。いっそ、反対から読んでも意味がわかる内容であればOKというのはどうでしょうか。例えば、

  誰(だれ)か付(つ)いていた

というのです。これは、反対から読むと「たいてい 疲れた」となって、何とか意味が通るのではないでしょうか。
 回文や反対言葉などでも、あまり厳密なことは言いません。つまり、濁点(゛)や半濁点(゜)、促音の大小(「あ」「ぁ」や「つ」「っ」など)は無視をしたらよいでしょう。


アナグラム

 そこで、次にアナグラムを考えてみました。
 アナグラムは、与えられた文字をすべて使って文章を作るものです。実際にやってみると、あまり文字の少ないときは完成しにくいようです。人によって異なるでしょうが、50音くらいが何となくできやすいようです。
 例えば、
   あいうえお かきくけこ
という10音の場合は、ちょっとムリをして

(1) 青い柿食う稽古(けえこ)
(2) 追いかけ声 浮く秋

という二通りの文章を作ってみたものの、いずれにしても何のことかはっきりしません。
 やっと作った(1)にしても、そんな稽古がいったい何になるのでしょうか。さらに(2)では、いったい何が言いたいのかもわからない有様です。仕方ないのでそんな場合でも、自分自身がわかれば、それでいいんだと考えるのです。
 このアナグラムは、発展と展開がかなり自由ですから、次にもう少し具体的に考えてみましょう。

 初めに与えられる文字は、「あいうえお かきくけこ」でなくても、何でもかまいません。あまり価値のない言葉から、偉大な情景を作ったりするのも面白いのではないでしょうか。
 例えば、

   目やに 鼻くそ 耳だれ(めやに はなくそ みみだれ)

という問題です。
 どう考えても、何となく汚ならしいイメージを連想する言葉が3つ並んでいます。私たちが身体で生産をした老廃物ですから、とくにそのように不潔などと考える必要はないかもしれません。

 この11文字を入れ替えてみましょう。次のようなのは、どうでしょうか。
   弥陀 目に見れば 耶蘇 泣く(みだ めにみれば やそ なく)
 弥陀(みだ)は阿弥陀仏のことです。阿弥陀如来ともいって、西方浄土にいて私たちを救ってくださる偉大な仏さまなのです。そして、浄土真宗のご本尊でもあられます。いっぽう耶蘇(やそ)は、イエス・キリストのことです。また、いっぱんのキリスト教徒をかつて耶蘇といいました。
 つまり、上の文章は「寺に安置してある阿弥陀如来像を見て、見学者の中にいたキリスト教徒も涙を流した」というのです。目やにではなく、涙ですから少しは浄化されたのではないでしょうか。
 あなたも、いろいろとやってみてください。そして、面白い作品ができたら、お互いに発表をしましょう。


脳を活性化するためのいろは歌

 何でもいいんです。とにかく言葉を用いた簡単な思いつきでかまいません。
 例えば、お正月に「いろはかるた」をしたら、自分でも「いろは歌」を思い出し、さらにそれを作ってみようと考えるのです。とても、空海の「諸行無常」のようにはできないでしょう。しかし、それでもよろしい。

 ここに、その一例を示してみましょう。
    健康(けんこう)で 豊(ゆた)かな毎日(まいにち)、
    努力(どりよく)すれば 自(おの)づ来(き)ぬ。
    朝日(あさひ)誉(ほ)め 空(そら)見(み)る、
    不平(ふへえ)わ止(し)せ 病(や)むも寝(ね)ろ。

 半日がかりで作った『健康いろは』ですが、なかなか上手にはできません。
 アナグラム(anagram)というのでしょうか、いわゆる字謎の一つです。
 例えば、「emit」という4文字のアナグラムは「time」「item」「mite」などがそうです。
 また、漢字の字謎としては「偏」「旁(つくり)」「冠(かんむり)」「脚」などを離したり、合わせたりして作った謎もあります。例えば、「人は草木の間にあり、目竹木の傍(かたわ)らにある」と言って「茶箱」を意味するような按配です。
 ここでは、五十音のアナグラムを考えてみましょう。

 つまり、
     あいうえお かきくけこ さしすせそ たちつてと なにぬねの
     はひふへほ まみむめも やゆよ らりるれろ わをん
の46文字をそれぞれ一回だけ用いて、何とか文章を作るのです。

 そのときに、あまり細かいことは言いません。例えば、
(1) 濁点、半濁点などを付けてもよい。つまり、「ば」も「ぱ」も「は」と同じとする。
(2) 促音も一文字とする。つまり、「活発(かっぱつ)」は「かつはつ」と同じとする。
(3) 「づ」と「ず」なども、厳密に言わなくてもよい。
(4) 「……は」は「……わ」などとしてもよい。
(5) 常用読みで表記をしてもよい。つまり「不平(ふへい)」を「ふへえ」と読んでもよい。
などのかなり緩い基準でかまいません。

 なぜならば、ここでは芸術作品を作るのではなく、老化予防の効果やいわゆるボケ防止を目的としているからです。
 そうは言っても上記の『健康いろは』では、あまりにもお粗末です。そこで、さらにワ行に「ゐ」と「ゑ」を追加して高守先生のご指導を仰いだのが下記の作品です。


       健康いろはうた

    朝日誉め 空を見ろ
    不平なし つれて病(やまゐ)も
    健康に寝る 知恵豊か笑(ゑ)む
    努力せば 和おのず来(き)ぬ

 何回やっても思ったようにはできませんが、それでもまず作るときの手順を考えましょう。
 原稿用紙に五十音のすべてを書いておいて消していく方法、五十音すべてのカードを作っておいて次々に並べて行く方法などがあるでしょう。まず、自分にあった方法を探し出して決める必要がありあます。そんなことも、やってみると脳をかなり活性化させてくれるようです。
 今までの知識や経験を総動員して、方法論を確立するということが、どうしても必要になってきます。なぜならば、そのような確立をしておかないと、後でする実際の作業が効率よく進まないからです。
 とてもできないなどとは、決して言わないでください。やってみれば、かなり実現性のあることなのです。かつて万朝報という新聞社が募集したときに、いくつかの歌があったといいます。そして、下記が最優秀になっていました。「ん」まで入っていて、なかなかのできばえです。

 <とりなくこゑすゆめさませ みよあけわたるひんがしに そらいろはえて おきつへを ほふねむれゐぬもやのうち>

 これをわかりやすく漢字を交えて書きますと、
 <鳥鳴く声す夢さませ、見よ明け渡る東に、空色映えて沖つ方を、帆舟群ゐぬ靄の内>
のようになります。ご参考のために。

 やってみれば、何とかできるという証明に私の作った変な作品を下にいくつか記しておきましょう。

       いろは二『とんじんち

    むさぼりをやめ 世論(よろん)聞け
    眉は押せ 皮膚笑(え)み与(あた)う
    布袖(ぬのそで)怒(いか)ることなし
    愚痴(ぐち)も減(へ)らす 常に我(われ)


       いろは三『老いて酒

    歯・目・骨・血・身を病(やま)いて老人になりたる
    飽きもせず酒おのづから問(と)われむ
    冬食えぬ日こそ酔へ


       いろは四『元気な日

    病むまえに注意をすればおのづから
    朝飯(あさめし)もとり 元気な日くる
    障(そ)わぬ骨見せ食べてよろこぶ

 いったい何のこっちゃい。でも、考えながら頑張って文字を並べたことに意義があるのです。内容については、自分がわかっていればいいんです。さらに本当のことを言えば、実際には自分自身でもかなり意味不明なところがあるんですが、……
 どうぞ、あなたもなさってみて、素晴らしいのができましたら、発表をしてください。

 お互いに、
(1) 健康で、日々こころが安らかでありたい
(2) いつまでもフレッシュで、老化予防・ボケ防止をしたい
(3) 安心立命(あんじんりゅうめい)を確立してから、この世にグッドバイしたい
などと、常々考えていれば少々の恥は気にしなくてもよいでしょう。
 あなたは、いかがでしょうか。

 いろは歌については、こんなことも言われています。

   いろはにほへ「と」
   ちりぬるをわ「か」
   よたれそつね「な」
   らむうゐのお「く」
   やまけふこえ「て」
   あさきゆめみ「し」
   えひもせ「す」

のように区切って、最後の文字を拾います。すると、「咎なくて死す」という隠しフレーズが出てくるというのです。そしてこのことについて、柿本人麻呂が刑死をさせられたことを意味しているのだと述べている人もいるようです。例えば、篠原央憲氏、梅原猛氏、井沢元彦氏たちも、その著書でも触れています。

 英語にも、この「いろはにほへと」のように、アルファベット26文字のすべてを使った文があります。それは、完全に1回ずつではないんですが「すばしこい茶色い狐が、のろまな犬を飛び越えた」という意味の文章です。
   <A quick brown fox jumps over the lazy dog.>
 しかし、これでは「o」が3回、「a」「e」「u」「r」などが、重複してしまいます。そこで、もっといいのを作りたいですね。でも、英語に自信がないんです。あなたは、いかがでしょうか?

 最後に、涅槃経(ねはんぎょう)第十三聖行品の偈(げ)「諸行無常 是生滅法 寂滅為楽」を和訳したものを示しておきましょう。

 <色は匂へど散りぬるを我が世誰ぞ常ならむ有為(うい)の奥山今日越えて浅き夢見し酔ひもせず。>


日常いろはかるた

 いろは歌はちょっと難しいようです。なぜならば、文字単位で、すべてを使わなければならないからです。
 それでは、いろはかるたはどうでしょうか? つまり、各文の先頭に「い」「ろ」「は」と付けていくのです。あまり上手ではありませんが、私が作った「日常いろは」を次に示してみましょう。


     日常いろは

 い いつも にこにこ
 ろ 魯鈍なふりする
 は はいと答える
 に にっこり笑う
 ほ ほんとのことを言う
 へ へりくつは言わない
 と 歳に関係なく
 ち ちっとも えばらない
 り りこうをかくす
 ぬ ぬらりくらりと言い訳しない
 る 留守番電話は使わない
 (を)
 わ わかりましたと答える
 か 勝手なことをしない
 よ よく考えてからする
 た 足らないときは工夫する
 れ 例をあげて説明する
 そ そわそわ しない
 つ つねに ゆとりをもつ
 ね 寝る前に明日のことを考える
 な ないものは がまんする
 ら 来年のことも考える
 む むりを言わない
 う うそは絶対につかない
 (ゐ)
 の のろのろと歩かない
 お 怖じけつかない
 く  苦労して つまらなくてもする
 や やめておけば よかったかな
 ま また次と諦める愚
 け 毛が抜けたら老いのはじめ
 ふ ふと思うこと 若き日のこと
 こ 今年こそと思い毎年始まる
 (ゑ)
 て 手と足がだるいときは風呂
 あ あまりにも短いのが人生
 さ さよならバイバイ自尊心
 き きのうまでは若者
 ゆ 夢のまた夢
 め 飯は少な目に
 み みんな いい人
 し 知らない人にもあいさつ
 え 絵を描く楽しみ
 ひ 一人だけでも生きよう
 も もっと勉強
 せ 先生は馬鹿
 す 済んだことは悔やまない

 あまり出来はよくないようですが、脳のリフレッシュですからかまいません。
 「五十音」つまり「あいうえお」で作ってもよいでしょう。
 また、現役の人は「経営いろは」などを作ってもよいでしょう。

 例えば、
 ち 小さくとも事業家
 な ならぬ堪忍するが堪忍
 は 発展よりも維持継続
などのようにです。


千字文への挑戦

 千字文はちょっと大物です。でも、それだけにやりがいがあるでしょう。
 しかし、文字は教育漢字を用いるようにします。なぜならば、千字文は非常に古く、その中には現在では用いられていない漢字がかなりあるからです。
 この『千字文』は、応神天皇の15年(285年)に朝鮮から渡ってきた王仁(わに)という学者が『論語』とともに持ってきたという記録が残っているそうです。

 『千字文』が作られたいきさつは、次のように伝えられています。
 梁の武帝の臣であった周興嗣が勅令により、わずか一日で千文字を綴ったという。そのために周興嗣は、一夜で髪も髭も真っ白になってしまったということです。
 (上記は、三村秀竹著『五体千字文』の解説にありました。実際には、書名の「体」の字は「骨」偏(へん)に旁(つくり)が「豊」となっている旧字でした。)

 なお、千字文については作左部幸秋先生のご指導があって、私はそのつきせない魅力を覚え、自分自身で挑戦をしてみようと考えた次第です。

  

■私の疑問点にいろいろと説明をしてくださる作左部先生(左)と書展で何かを考えている私(右)


【千字文】(□はJISコードにない漢字)

天地玄黄 宇宙洪荒 日月盈昃 辰宿列張 寒来暑往 秋収冬蔵 閠余成歳 律呂調陽 雲騰致雨 露結為霜 金生麗水 玉出崑岡 剣号巨闕 珠称夜光 果珍李奈 菜重芥薑 海鹹河淡 鱗潜羽翔
竜師火帝 鳥官人皇 始制文字 乃服衣裳 推位譲国 有虞陶唐 弔民伐罪 周発殷湯 座朝問道 垂拱平章 愛育黎首 臣伏戎羌 遐邇壱体 率賓帰王 鳴鳳在樹 白駒食場 化被草木 頼及万方
盖此身髪 四大五常 恭帷鞠養 豈敢毀傷 女慕貞□ 男効才良 知過必改 得能莫忘 罔談彼短 靡恃己長 信使可覆 器欲難量 墨悲糸染 詩讃羔羊
景行維賢 剋念作聖 徳建名立 形端表正 空谷伝声 虚堂習聴 禍因悪積 福縁善慶 尺壁非宝 寸陰是競 資父事君 曰厳与敬 孝当竭力 忠則尽命 臨深履薄 夙興温清 似蘭斯馨 如松之盛
川流不息 淵澄取映 容止若思 言辞安定 篤初誠美 慎終宜令 栄業所基 籍甚無竟 学優登仕 摂職従政 存以甘棠 去而益詠
楽殊貴賎 礼別尊卑 上和下睦 夫唱婦随 外受傅訓 入奉母儀 諸姑伯叔 猶子比児 孔懐兄弟 同気連枝 交友投分 切磨箴規 仁慈隠惻 造次仏離 節義廉退 顛沛匪虧 性静情逸 心動神疲 守真志満 逐物意移 堅持雅操 好爵自縻
都邑華夏 東西二京 背芒面洛 浮渭拠□ 宮殿磐欝 楼観飛驚 図写禽獣 画綵仙霊 丙舎傍啓 甲帳対楹 肆筵設席 鼓瑟吹笙 升階納陛 弁転疑星 右通広内 左達承明 既集墳典 亦聚群英 杜稾鐘隷 漆書壁経
府羅将相 路侠槐卿 戸封八県 家給千兵 高冠陪輦 駆穀振纓 世祿侈富 車駕肥軽 策功茂実 勒碑刻銘 □溪伊尹 佐時阿衡 奄宅曲阜 微旦孰営 桓公匡合 済弱扶傾 綺廻漢恵 説感武丁 俊乂密勿 多士寔寧
晋楚更覇 趙魏困横 仮途滅□ 践土会盟 何遵約法 韓弊煩刑 起翦頗牧 用軍最精 宣威沙漠 馳誉丹青 九州禹跡 百郡秦并 嶽宗恒岱 禅主云亭 雁門紫塞 □田赤城 昆池碣石 鉅野洞庭 昿遠綿□ 巌岫杳冥
治本於農 務茲稼穡 淑載南畝 我芸黍稷 税熟貢新 勧賞黜陟 孟軻敦素 史魚秉直 庶幾中庸 労謙謹勅 聆音察理 鑑貌弁色 貽厥嘉猷 勉其祇植 省躬譏誡 寵増抗極 殆辱近恥 林皐幸即 両疏見機 解組誰逼
索居閑処 沈黙寂寥 求古尋論 散慮逍遥 欣奏累遣 □謝歓招 渠荷的歴 園莽抽条 枇杷晩翠 梧桐早彫 陳根委翳 落葉飄□ 遊□独運 凌摩絳霄
耽読翫市 寓目嚢箱 易□攸畏 属耳垣牆 具膳餐飯 適口充腸 飽飫烹宰 飢厭糟糠 親戚故旧 老少異糧 妾御績紡 侍巾帷房 □扇円潔 銀燭□煌 昼眠夕寐 藍筍象床 絃歌酒宴 接杯挙觴 矯手頓足 悦予且康
嫡後嗣続 祭祀蒸嘗 稽□再拝 悚懼恐惶 箋蝶簡要 顧答審詳 骸垢想浴 執熱願涼 驢騾犢特 駭躍超驤 誅斬賊盗 捕獲叛亡
布射遼丸 □琴阮嘯 恬筆倫紙 鈞巧任釣 釈粉利俗 並皆佳妙 毛施淑姿 工□研咲 年矢毎催 □暉朗曜 旋□懸斡 晦魄環照 指薪修祐 永綏吉□ 矩歩引領 俯仰廊廟 束帯矜荘 徘徊瞻眺 孤陋寡聞 愚蒙等誚
謂語助者 焉哉乎也                  (二○○三・○一・二八)

(注) 上に「悦予且康」という句があります。「よろこびやわらいで、またやすんじる」つまり「喜び和らぎ、心を慰め安んじること」という意味です。
 なんでこの句が私の注意を引いたかというと、わたくしごとで恐縮ですが、妻の「悦子」と私の「康太」という名前の文字が含まれていたからです。
 なお原文では、「予」という字は「豫」になっています。


【千字文に含まれていない教育漢字】(JISコード順=ほぼ音のアイウエオ順)

圧暗案囲胃遺医域一印員飲院泳衛液駅延沿演塩央応億屋恩

価加科花課貨芽賀回快械灰界絵開貝害街各拡格確覚角閣革額割活株刊巻完干幹慣看管間関館岸眼岩顔危喜寄希揮机旗期汽季紀規技議客逆久休吸弓急救泣球究級牛許漁供共協境強教橋胸郷鏡局勤均禁筋句区苦係型径系計警劇激欠決穴血件健券憲検権犬絹険験元原減源現限
個呼固庫湖午誤護候厚向后校構港紅耕考航講鉱鋼降告黒骨今混

差査砂妻採災細裁際材財坂昨桜冊刷札殺雑皿三参山産算蚕賛酸残
司姉支死氏私至視詞試誌飼歯寺磁示式識七失室質捨社借種授就拾衆週住十縦祝縮熟術述春準純順署序除勝商小昭消焼笑証障乗状織森申進針数勢整晴製昔責折雪絶舌先専戦泉浅洗線船選銭前然全祖創倉層巣争窓総装走送像臓側測速族卒孫損村

他太打待態貸隊代台第題単担探炭誕団断暖段値置築竹茶着仲柱注虫著貯兆庁潮町頂賃追痛低停底堤程敵笛鉄展店点電徒努度党刀島灯糖統討豆頭働導童銅毒届

肉乳認燃脳

波派破馬俳敗肺配倍梅買売博麦畑判半反板版犯班番否批皮秘費備鼻俵標氷票評病秒品貧付負部風副復腹複奮閉米変片編辺返便保補墓暮包報放訪豊暴望棒貿防北

妹枚幕末味未脈夢迷模

役薬訳油輸勇由郵預幼様洋翌

乱卵覧裏里陸略留旅料緑輪類例冷練六録

話(以上四九八文字)
                           (二○○三・○一・二九)


【実際に使用する教育漢字】




二通りに読める文章

 高 信太郎著『マンガ傑作落語大全』(講談社1998)という本に、
      <漢詩

     遠仁者疎道
     不苦者干智>
というのがありました。

 これは、各文字の音で読めば、「おにはそと ふくわうち」となるのでしょう。また、文字をそのまま読み下せば、「仁に遠き者は道に疎く 苦しまざる者は智にうとし」となるようです。ただし、私には最後から二文字目にある「干」という文字の意味が、ちょっとわからないのですが、……
 それでも、なかなか面白い文字謎になっています。
 あなたも、チャレンジしてみてはいかが?


脳を活性化するためのゲーム

 ゲームをすることは、確かに脳の活性化にもなるでしょう。
 例えば、碁や将棋、花札やトランプなどをすると老けないといいます。なぜならば、それらの空間には規則や制限があるので、いろいろと工夫をしなければならず、脳を刺激するからです。しかし、もっと有効なのは自分でゲーム空間を作ることです。そのようにすると、そのゲームで遊ぶ前に、あらかじめそのゲームの空間が見渡せるからです。つまり、自分がどこにいるかを高い立場から鳥瞰できるのです。
 世の中のことは、当事者になって苦情を言ったり、憤慨をすることもありますが、そんなときには客観的に高い立場から自分自身を眺めて、冷静になることも必要でしょう。

 ここでは、「ロマンゲーム」というタイトルで、簡単なゲームをいくつか作ってみましょう。
 プログラム言語として、Javaを利用していますから、ホームページ自体との整合性もよいので、いろいろと楽しめることと思います。むろん、いままでにプログラムを作成したことなどがない人でも、ちょっとすれば何でもないことがわかりました。なぜならば、私もJavaを始めてから6ヶ月もなっていないのですから、……
 とにかく、まずがんばってゲームを構築して、それからそれで遊ぶのです。したがって、あまり複雑なことはできません。時間がないからです。そこで、最初は人物も「@」や「&」で代用をしてしまいます。そして、それが横に移動をしたら、歩いていると考えるのです。
 しかしきっと、やっていくうちに物足りなくなるでしょう。そのときに、もう少し工夫をします。そしてさらに物足りなくなって、次々と段階的にシステムを完成させていくというような考え方なのです。つまり、自分の能力に合った方法を少しずつ確認しながら進めていくうちに、自己の能力が開発されてレベルアップするというわけです。それが、決してムリのないように進められれば、そのこと自体が非常に楽しいということが、きっとおわかりになるでしょう。


「脳へのインプット」と「脳からのアウトプット」

 具体的な結論から言うと、「脳に対する情報のインプット」と「脳からの情報アウトプット」とのバランスが、非常に大切ということです。なぜならば、それが不釣り合いだと病気になったり、老化を早めたりするからです。とくに気が付いたことは、インプットの過多が老化を早めるようです。つまり、詰め込み過ぎは結果的に悪い状態を引き起こすことが多いのです。
 そのことは、おいしいものなら次々に食べてしまって、後になって消化不良を起こすようなものです。また、学生が詰め込み主義で勉強をして、試験の結果があまりよくないのと似ています。自分の限界を超えたインプットは、ふつう無意味でムダなことが多いからです。

  したがって、今後は
(1) 言葉の空間を広げることにより、創造性を豊かにする
(2) 言語空間の凝縮により、脳の活性化トレーニングをする
(3) 各自のシステム空間を構築し、自分自身をその中に位置づけて安心立命を得る
のような順序で行いましょう。

 そうすることによって、脳へのインプットと脳からのアウトプットのバランスとを保つように注意をすることができます。つまり、入ってきた情報の付加価値を増すような加工をするわけです。

 一所懸命になって情報を蓄積しても、それを使わなかったら何にもなりません。一生てくてくと働いて金を貯めても、使わないままにポックリ死んでしまったら、何にもならないでしょう。また、預金の額がとてつもない数になったとしても、そのパスワードを忘れてしまったら、引き出せないので困ります。つまり、使うためのお金であったり、利用するための知識なのです。
 ときには、財産、つまり「持ち物」や「知識」の整理をする必要性もありましょう。お金がどこの銀行にあるのか、そのパスワードは何であったか、すぐにわかるのと同様に、蓄えた知識や資料もすぐに取り出せないといけません。とくに、高齢になった場合にはそのことが大切です。ど忘れをしたり、記憶が次第に薄れていくのがふつうですから、……


言葉の空間を広げて創造性を豊かにする=日本語改造案

 まず、そのために作品形態の選択をします。
 そのときに、私は「言葉は単に媒体でしかない」という立場をとります。ジョイスの『フィネガンの追悼会』のような言語遊戯を織りまぜた作品も、ある意味では面白いかもしれません。しかし、そのようなものを作ろうとすると、どうしてもストーリから離れた末節な部分に注意力が割(さ)かれてしまいます。それならば、むしろ『荘子』のように自由自在に言葉を駆使するほうが、よほど楽しいでしょう。

 私は、日本語が使えるという幸福感で、いつも満たされています。
 戦後に行われたJHQの日本語に関する意見や政策は、まったく当を得ないものと考えているからです。また、志賀直哉の「フランス語を国語とする意見」や、さらにさかのぼって森有礼の「日本語を英語に替える演説」などは、いま考えると馬鹿げていると思います。なぜ「小説の神様」などといわれる作家が愚かしい意見を言ったり、文部大臣が軽蔑される発表をしたかは、その時代の背景を考えると何となくわかるようです。

 そういえば、田中舘愛橘(あいきつ)はローマ字を国字にしようとしました。また、ホールというGHQの言語簡略化担当官も同じようなことを考えたようです。つまり、日本語の将来性や能率の悪さを、それなりに真剣に考えたのです。しかし、彼らは「脳の訓練」のことにまでは、考えが及ばなかったのでしょう。
 頭脳の優れている中国人の場合を考えてください。26文字のABCとは、大いに違う。それぞれの字が持つ意味があるからです。アルファベットでは、一文字の意味は「a」と「I」くらいです。そして、それが唯一に近い表現になっています。日本語でいう「私」「オレ」「自分」「我」などの区別が、ほとんどありません。
 しかし後になって、日本人の読み書き能力がアメリカ人よりも優れているということがGHQの調査でわかったのです。つまり、GHQ自体やポールなどが考えたよりも、日本人は識字力は中国人のように優れていました。そんなわけで、ローマ字化は実現しなかったのです。

 日本語の発音に関しても、いろいろと考えた人がいます。例えば、「生」という字には発音が「13通り」あります。いっぽう「鸞」は「らん」だけで、一つの読みしかありません。そこで、山下芳太郎は「カナモジカイ」という団体を作って、「漢字を使っていたら、西洋の文明に追いつけない」と言いました。そう信じていたからです。その当時は、旧仮名遣いでしたからなおさらです。例えば、「顔を洗ふ」(かほをあらふ)は「カオオアラウ」となります。つまり、「てにおは」を除くと現代仮名遣いと近い表現にしています。「高利」(かうり)は「こうり」、「氷」(こほり)は「こおり」のようにです。

 さらに、保科孝一は「漢字の廃止」と「表音文字の採用」を提案しました。
 「……を」を「……お」、「……は」を「……わ」というようにです。
 しかし、いずれの提案もすべては現実化していません。そして、現在の形になっているのです。

 このことに関して述べれば、キリがないのでこの辺で日本語改造案についての私(黒田康太)の意見は終わりにしましょう。私は、「言葉が難しいと脳を生き生きさせる」との考えています。ただ、そう言っても実用的な「名詞のサ変活用」や「ら抜き」などには、私も賛成です。

 とにかく言葉を使いこなして、私小説などをフィクションでもあるような書き方をした場合が、老化予防に対しては効果的です。そんなことが、体験的にわかりました。しかし個人差もあるし、好き嫌いもあるでしょう。ここでいうのは、一般的なことであることを最初に理解しておいてください。
 そんなわけで、短編小説を作ること自体の作業が老化予防として考えられるわけです。できたらその作品は、文学的な鑑賞にも堪える作品のほうがよろしいでしょう。しかし、事実だけを次々と述べていく推理小説でもよいかもしれません。松本清張のように、あまり文章自体に凝らない作家もいます。

 いずれも簡単な手順と身近な道具で、かなり効果的に実現できることがわかります。中でも、言語の空間を広げることによる老化防止は、すぐに実現できるからです。つまり、文章を作成することによって、脳のもつ創造性を豊かにするのです。それは、人間の思考が言葉によってなされていることを考えれば理解できます。例えば、「空が青い」という場合には、「空」という概念と「青い」という状態がわかっていないといけません。しかし、実際には「青い」と言っても、厳密には人によって千差万別でしょう。だから、必ずしも「青い」が「ブルッシャンブルー」でなくてもいいんです。

 しかし、問題は一連の思考や作業です。それを最初から面倒と考えたり、意味がないと考える人もいるでしょう。その場合は、改めて上の「人間社会のすべてが言葉のイメージによって構成され、運営されている」ということを思い出してください。また、文章を作るのが苦手という人もいるでしょう。それでも、まったく話ができないという人はめったにいません。書くということも慣れてしまえば、あたかも話と同じことなのです。ここで、もしも身構えてしまうと、なかなか実現ができません。気軽になさってください。

 その理由は、いざ改まると話せなくなるのと同じです。例えば、たくさんの聴衆がいるところで、まとまりのあることを話せと急に言われたりすると、ふつう躊躇をしてしまいます。そして、そんなときはあわててしまい、内容のないことや支離滅裂のことをしゃべってしまうではありませんか。
 気楽な姿勢で、発想の転換をするのが「脳を活性化」させるようです。例えば、男であれば女の立場で書く。そして、女として回りを見た状況を想定したりもします。また、老人であれば若い世代の主人公になってみるのもよいでしょう。
 そのようなことは、想像力を必要とするからです。


自分史の作成

 還暦を過ぎたら、客観的に自分の半生を反省してみるのもよいでしょう。もしかしたら、私の場合のように恥の歴史に耐える必要があるかもしれません。また、過去に書いたものがあれば、それを読み直してみるのもよいでしょう。音声読み上げができると、さらに効果的でしょう。そのようにすることによって、自分の再発見ができるかもしれません。
 このホームページにある「プロフィール」を参考にしてください。

 なお、自分史を作るときは生まれる少し以前からの年表を作っておくと便利です。なぜならば、あいまいな記憶が整理できるからです。少なくとも、そんときに自分の年齢がいくつであったかを知っておく必要もあります。
 一例として、私のものを示しておきましょう。


   西暦・昭和・平成早見表
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年齢 西暦 昭和・平成  覚え
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  1930 5
  1931 6
  1932 7  満州国建国宣言
  1933 8  国際連盟脱退
  1934  9
  1935 10
  1936 11   2.26事件
  1937 12  日独伊防共協定
  1938 13
0 1939 14  第二次世界大戦勃発
1 1940 15
2 1941 16  太平洋戦争勃発
3 1942 17
4 1943 18
5 1944 19
6 1945 20  ドイツ降伏、日本敗戦
7 1946 21
8 1947 22  日本国憲法施行
9 1948 23
10 1949 24
11 1950 25  朝鮮戦争勃発
12 1951 26
13 1952 27
14 1953 28  NHKテレビ放送開始
15 1954 29
16 1955 30
17 1956 31  国連に加盟
18 1957 32  ソ連、人工衛星打上げ
19 1958 33  (早稲田大学入学)
20 1959 34  EEC発足
21 1960 35  安保反対闘争
22 1961 36
23 1962 37
24 1963 38
25 1964 39  東海道新幹線開通
          東京オリンピック開催(社会人になる)
26 1965 40  ベトナム戦争激化
27 1966 41  (Y41.02.11)
28 1967 42   資本自由化開始(A42.10.04)
29 1968 43
30 1969 44  アポロ11号月面着陸
31 1970 45  万国博、大阪で開催
32 1971 46
33 1972 47  沖縄返還(Y47.09.21)
34 1973 48
35 1974 49
36 1975 50  ベトナム戦争終結
37 1976 51  ロッキード事件
38 1977 52  (52.01.21 会社設立)
39 1978 53
40 1979 54
41 1980 55
42 1981 56  (56.12.16 三鷹市から調布市に本店移転)
43 1982 57
44 1983 58
45 1984 59
46 1985 60
47 1986 61
48 1987 62  (1987.03.20 図解入門データ通信 発行)
49 1988 63
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
50 1989 64  11月8日から平成元年
51 1990 2
52 1991 3  ソ連共産党解散
53 1992 4
54 1993 5  (鶴川・町田辞める)
55 1994 6  (蒲田を辞め4月から完全フリー)
56 1995 7  (6月から子供全員別居になる)
57 1996 8  (富士通 PowerCOBOL85 発行)
58 1997 9  (大ママ1997.02.12死去)
59 1998 10
60 1999 11
61 2000 12
62 2001 13
63 2002 14
64 2003 15
65 2004 16
66 2005 17

 自分の年表というよりも、「西暦・昭和・平成早見表」といった感じのものです。それでも、あるのとないのでは自分史を作るときに大いに違ってくるでしょう。
 どうぞ、あなた自身のものを作っておいてください。


ボケ老人の困った問題

 前の「脳の活性化=老化の進み方を遅くする」というところで言いかかったのですが、ちょっと助平の話になるので、やめてしまいました。しかし、そのことは、やはりどうしても理解をしていただきたいことなので、ここに改めて書いておきましょう。

 以前から「ガスのスイッチを消すのを忘れる」というような危険な行動が、とくに老人にはありがちでした。しかし、そのようなこととは別な問題が起こっているのです。それは、食生活の不適切からくる問題なのです。最近は、高齢者でも栄養価の高い食べ物を毎日とっている場合が多いようです。スーパーなどで、簡単に高カロリーの素材が手に入るからです。それに、昔のような野菜を中心とした食事ではなくなってしまいました。
 家族のある家庭では、とくに老人食などと考えないで、ただ分量を減らすくらいしか考慮をしなくなったのです。そして、同居をしている老人も、その食事に甘んじなければならないのです。そこで、いろいろな問題が生じるのです。

 まず、問題は老人も高カロリーの食事を取ることになってしまったということです。
 そして、いちばん困ったことは、老人がボケてしまって意識がはっきりしないのに、まだ性欲だけは盛んなのです。食べ物が淡泊でない脂っこいものですから、どうしても肉体がそうなるのでしょう。その結果、自分の子供の妻をすでに亡くなった自分の妻と勘違いをしたりして、夜中に布団に入っていくというようなことが、しばしば聞かれます。
 私はそれを聞いて、まったく恐ろしいことだと思いました。自分も、いつかそうなるのではないかと思ったからです。

 もっとも、いまは妻と二人だけの生活ですが、今後はどうなるかわかりません。そこで、ある程度の予防策を考えることにしました。それは、日々の食べ物をカロリーの高い脂っこいものから、比較的に淡白のものに変えたことです。高齢になると、新陳代謝が若い時代と比べて大幅に弱くなっているので、あまりカロリーを必要としないからです。そんなときに、若い人と同じ内容の食べ物を採るのは、精力ばかりが衰えない原因になるからです。
 そして、その精力が大きな問題になるのです。自分では意識のないままに、身体を持てあましているのでしょう。子の嫁を死んだ妻と勘違いするようなことも、まったく笑い話ではありません。したがって、淡泊な食事をするとともに、精神的な活動をするように心がけます。
 そのような方法の一つとして好ましいのは、例えば何事にも興味を持つことです。そしてそれが、老化を遅くする一つの手段でもありましょう。老化予防の方法として、その他の細かいことなどの考え方を次にいくつかまとめておきましょう。


笑いの大切さ

 日々の生活に、笑いの効果は大きいものです。古来、「笑う門には福来たる」などといいます。また、くよくよ考えないことも大切です。そうすることによって精神的な問題は、ダメージが大きいからです。
 身体的な老化はやむを得ないかもしれません。しかし、気持ちが若いと何事も前向きに処理ができて、よい方向に向かうことが多いのも事実でしょう。さらに、再発見の喜びは高齢になってから味わう喜びの一つです。今までに見過ごされていたものを改めて見直すことの面白さ。そんな中には、誰もが気づかなかった「コロンブスの卵」のような発見があるかもしれなません。
 とくに、物事のなかに「おかしみ」を発見することは、高齢になってよくあることです。

 そのように考えていくと、日々の考え方や心がけによって、かなり老化の進み方が違うようです。それは、私だけのことではありません。誰でもそうでしょう。あなたも、いろいろと工夫をしてみてください。

 季節の移り変わりに関心を持つ。それだけでも大きな生き甲斐を感じることができるでしょう。西行の花(桜)に対する感情などは、その一つの表れではないでしょうか。四季の風景や植物、例えば木や花や草などを誰かと再会したときのような感動をもって眺めること。それは、大きな生き甲斐につながるようです。
 次節に、一例を示してみましょう。


寺社巡り(1)

 高齢になると、どうしても足が弱ってきます。そこで、歩く必要があるのですが、なかなか気が進まずに面倒です。そんなわけで、近場の寺社巡りなどをするのもよいでしょう。なぜならば、次々と興味に惹かれて歩くつらさを忘れてしまうからです。

 東京の郊外に住んでいる人は、「八王子の七福神巡り」などはどうでしょうか? 七福神とは、七柱の福徳の神さまをいいます。つまり、大黒天・恵比須天・毘沙門天(びしゃもんてん)・弁財天・福禄寿・寿老人・布袋(ほてい)のことです。
 ご参考までに、私が実際に体験をした七福神巡りを述べておきましょう。

 回った7カ所は、京王八王子駅から
(1) 毘沙門堂(毘沙門天)  八王子市元横山町3丁目
(2) 善龍寺(大黒天)  八王子市元本郷町1丁目
(3) 了法寺(弁財天)  八王子市日吉町
(4) 信松院(布袋)  八王子市台町3丁目
(5) 郷土資料館
(6) 金剛院(福禄寿・寿老人)  八王子市上野町
(7) 成田山伝法院(恵比寿天)  八王子市南新町
の順に参拝・見学し、ふたたび京王八王子駅に戻ってきました。

 二柱の神さまがおられるお寺がありましたので、実際には6つのお寺でした。そのかわり、金剛院の南にある市の郷土資料館を見学したのです。資料館には休憩所や手洗いがあるので、くつろげるようです。しかし、せっかくうかがったのに神さまがお出ましではなく、実際にはお正月の15日間だけご開帳なさるというところもありました。

  
■毘沙門天(上左)と大黒天(上右)のおられる寺

  
■弁財天(上左)と布袋(上右)のおられる寺

  
■金剛院の本殿と庭の白いハス

      
■恵比寿天のおられる寺(上左)と郷土博物館にあった二宮金次郎像、そして老人ホーム前の路傍にあった像

 それでも、歩くことが目的ですから、こだわらなくてもいいのです。
 その歩いたおおよその距離は、
  京王八王子駅←1.4km→(1)←1.3km→(2)←1.1km→(3)←1.1km→(4)←0.5km→(5)←0.4km→(6)←0.7km→(7)←1.4km→京王八王子駅
で、合計7.9キロメートル、所要時間は2時間少々でした。したがって、半日コースとすればじゅうぶんでしょう。


寺社巡り(2)

 観音巡りと大黒巡り、そしてドラゴン寺巡りをしてみました。
 杉並区の郷土博物館で入手した史跡散歩地図にもとづいて、この一連の計画をたてたのです。全69寺院(観音堂などを含み、新興宗教を除く)の中から、関係のありそうなところ20寺院をピックアップしました。なお、神社関係は全部で27ありますが、その企画については後日いたします。

 回ったところは、かなり多くて
(1) 長泉寺(杉並区上高井戸1−18−11)
(2) 竜泉寺(杉並区下高井戸2−21−2)
(3) 栖岸院(せいがんいん)(杉並区永福1−6−12)
(4) 永福寺(杉並区永福1−25−2)
(5) 竜光寺(杉並区和泉3−8−39)
(6) 理性寺(杉並区永福3−56−29)

(7) 井草観音堂(杉並区井草1−3−14)
(8) 蓮華寺(杉並区本天沼2−17−8)
(9) 光明院(杉並区上荻2−1−3)
(10) 松林寺(杉並区高井戸東3−34−2)

(11) 世尊院(杉並区阿佐谷北1−26−2)
(12) 高円寺(杉並区高円寺南4−18−11)
(13) 長竜寺(杉並区高円寺南2−31−2)
(14) 松応寺(杉並区高円寺南2−30−1)

(15) 天桂寺(杉並区成田東4−17−14)
(16) 清見寺(杉並区梅里2−11−17)
(17) 西芳寺(杉並区梅里1−4−56)
(18) 蓮光寺(杉並区和田3−30−20)
(19) 福相寺(杉並区掘ノ内3−43−27)
(20) 東円寺(杉並区和田2−18−3)
の20カ所でした。

 最寄り駅から、寺間はすべて徒歩ですから、ちょっと一日ではムリです。私はスローテンポなので、4回にわけて達成をしました。それぞれの回は、やはり半日がかりになるでしょう。

1回目

 一回目は、京王線の芦花公園駅から長泉寺、竜泉寺、栖岸院(せいがんいん)、永福寺、竜光寺、理性寺、そして井の頭線の西永福駅に至る(1)から(6)までの6つの寺院です。その歩行距離は、すべてで7.7キロメートルありました。
 (1)から(6)までのアルバムを見るときは、ここ をクリックしてください。

(注) なぜ直接、ここに写真を貼り付けないかという理由です。
 それは、すでにこのホームページが容量いっぱいになってしまいました。そこで、入りきれない画像などを他のホームページに置かざるをえなかったためなのです。
 つまり、上にあるアンダーラインした「ここ」をクリックして、他のホームページから呼び出すようにしたからです。

 回った寺院について、簡単な説明をしておきましょう。
 長泉寺は大日如来が本尊ですが、観音堂の板絵があって、杉並区の指定文化財になっています。
 竜泉寺の本尊は、釈迦如来です。
 栖岸院(せいがんいん)は本尊が聖観音で、杉並区指定文化財です。老中安藤津島守が開基で、江戸時代には非常に格式が高い寺であったといいます。
 永福寺の本尊は、十一面観世音です。なお、この寺は「永福寺村」から「永福町」そして「永福」、さらに井の頭線の駅名にもなった寺院です。
 竜光寺の開山は竜観といわれ、本尊は薬師如来です。
 理性寺は本尊が十界諸尊ですが、日蓮が作ったといわれる大黒天があり、「火伏せの大黒」といわれるそうです。


2回目

 二回目は、西武線下井草駅からはじめて、井草観音堂、蓮華寺、光明院、松林寺と4つの寺院を巡り、井の頭線高井戸駅で終わりました。なお、最初の西武線下井草駅には聖蹟桜ヶ丘駅から京王線で高幡不動駅に行き、モノレールで玉川上水駅まで行って、そこで西武線に乗り換えました。4つの寺院ですが南北に距離があって、全歩行距離は9.1キロメートルでした。
 (7)から(10)までのアルバムを見るときは、ここ をクリックしてください。

 回った寺院について、簡単な説明をしておきましょう。
 井草観音堂には、如意輪観音と地蔵菩薩の2石塔があります。「久保の観音様」と呼ばれて人々に信仰されました。
 蓮華寺は、本尊がやはり如意輪観音です。境内には切支丹灯籠などもあります。
 光明院は、通称「荻寺」とも言います。本尊は千手観音です。
 松林寺の本尊は、やはり千手観音です。多くの石塔が残っています。


3回目

 三回目は、中央線の阿佐ヶ谷駅から世尊院、高円寺、長竜寺、松応寺と4つの寺院を参拝してメトロの新高円寺から地下鉄に乗って、新宿経由で戻りました。世尊院から高円寺までは、川を埋め立てた緑道を歩きました。阿佐ヶ谷駅から高円寺駅までを歩いたことになりますが、全歩行距離はわずか3.5キロメートルで楽でした。
 (11)から(14)までのアルバムを見るときは、ここ をクリックしてください。

 参拝をした寺院について、簡単な説明をしておきましょう。
 世尊院の本尊は不動明王です。しかし、聖観音があり杉並区の指定文化財になっています。
 高円寺は、中央線高円寺駅の由来になっている由緒のある寺院で、本尊は観音菩薩です。境内には開運子育て地蔵堂がありました。
 長竜寺の本尊は、釈迦如来です。境内にある「豆腐地蔵」は杉並区の指定文化財になっているそうです。
 松応寺の本尊は、聖観音です。


4回目

 最後の四回目は、メトロの南阿佐ヶ谷駅から、天桂寺、清見寺、西芳寺、蓮光寺、福相寺、そしてちょっと離れた東円寺の6つの寺院でした。そこからは、神田川沿いに井の頭線の永福町駅に出ました。全歩行距離は8.8キロメートルでした。なお、神田川に沿って歩いていて永福町駅へ出る水道道路の手前で、1回目に参拝をした竜光寺の山門を右手にふたたび見ることができました。
 (15)から最後の(20)までのアルバムを見るときは、ここ をクリックしてください。
 (ただし、蓮光寺まで撮ってデジカメの電池が切れちゃったので、残りは後日に追加をする予定です。(^_^;))

 参拝をした寺院について、簡単な説明をしましょう。
 天桂寺の本尊は、聖観音です。「杉並」という名前の由来は、ここに墓があるもと領主の岡部氏が、杉並木を植えたことによるそうです。
 清見寺の本尊は、千手観音です。
 西芳寺には、杉並区指定文化財の石像観音六面幢(はた)があります。なお、本尊は阿弥陀如来です。
 蓮光寺の本尊は十界諸尊ですが、日蓮作と伝えられる大黒天があります。通称「土富店の大黒」と言います。
 蓮光寺の境内には、なぜかネタジ・スバス・チャンドラ・ボーズの胸像がありました。その由来については、とくに記述がありませんでした。(実はあったらしいのですが、サンスクリット語のような感じで、私には何が何だかわかりませんでした。)
 ついでながら、新宿中村屋に寄宿して婿となったのは、ビハリ・ボーズで別人です。
 しかし、二人ともインドの革命に関与していたことは広く知れ渡っています。
 福相寺は、本尊が日蓮上人像です。そして、伝教大師が作ったといわれる満願大黒天が安置されています。
 東円寺の本尊は、薬師如来です。境内には観音堂があります。

 以上で今回の寺社巡りは終わりです。
 杉並区内から
   観音関係の寺社  14ヵ所
   大黒関係の寺社  3ヵ所
   ドラゴン関係の名称のある寺社  3ヵ所
を抽出してみました。
 なぜそのようなことに興味があるかは、改めて別のところで説明をするつもりです。

 1回目から4回目までの全歩行距離は29.1キロメートルです。強行軍をすれば1日でも歩ける距離ですが、私にはちょっとムリでしょう。なぜならば、「素足にゴム草履」ですから10キロメートルくらい歩くと、すでに足の裏がやられてしまうのです。したがって、厚めの靴下でスニーカなどを履くと、おそらく大丈夫ではないかと思うのですが、最近になって試したことはありません。
 20年くらい前には、鶴見川を水源から海まで1日がかりで歩いたことがありましたが、そのときはかなりの完全武装をしていた記憶があります。むろん、靴もしっかりしたものだったと思います。でも最近は歩行時になるべく靴を履かないようにしているので、今回は細かく分けてぶらぶら歩きをしてみました。


簡単な寺社巡り(1)

 歩くのが苦手な人がいます。とくに高齢になると、膝の関節が痛んで、足が弱くなったりするからです。そこで、あまり歩かなくてもよい簡単な寺社巡りを3つほど用意しました。杉並区の寺社巡りと2つの寺院(竜泉寺と栖岸院)が重複していますが、京王線下高井戸駅北300メートルほどのところに、まとまって8つの寺院があります。それらは、
(1) 竜泉寺
(2) 永昌寺
(3) 栖岸院(せいがんいん)
(4) 法照寺
(5) 浄見寺
(6) 善照寺
(7) 託法寺
(8) 真教寺
です。

 これらのアルバムを見るときは、ここ をクリックしてください。
 また、竜泉寺と栖岸院については「寺社巡り(2)の1回目」アルバムもご覧ください。さらに、ちょっと東に少し行くと築地本願寺の和田堀廟所がありまから、ついでに行ってみるとよいでしょう。


簡単な寺社巡り(2)

 京王線千歳烏山駅の北1キロメートルほどのところに、まとまって
(1) 妙高寺
(2) 乗満寺
(3) 入楽寺
(4) 幸龍寺
(5) 称住院
(6) 宋福寺
(7) 妙寿寺
(8) 淨因寺
(9) 善行寺
(10) 万福寺
(11) 妙善寺

(12) 多聞院
(13) 常栄寺
(14) 源正寺
(15) 存明寺
(16) 妙裕寺
(17) 永隆寺
(18) 専光寺
(19) 永願寺
(20) 高源院

(21) 順正寺
(22) 西蓮寺
(23) 常福寺
(24) 玄照寺
(25) 妙揚寺
(26) 源良院
などの26の寺院があります。

 なぜそのように密集をしてあるのかというと、都内の寺が災害にあったときに、まとまってこの地区に移転をしたからです。しかし、その環境はなかなか落ちついていて、ちょっと「小京都」とでも言えるような雰囲気です。したがって、私は気持を落ち着けるためにも、そのいくつかの寺院を参拝しながら回ることがあるのです。
 これらのアルバムを見るときは、ここ をクリックしてください。
 なお、アルバムのデジタルカメラ写真については、そのうち数枚を「ゲスト用ギャラリー」から再利用しました。


簡単な寺社巡り(3)

 京王線仙川駅の南500メートルくらいのところに、浄土真宗の本願寺派の寺がまとまって6つあります。すべて、築地から移転をしてきたということです。それらは、
(1) 西照寺
(2) 光西寺
(3) 安養寺
(4) 光徳院
(5) 正善寺
(6) 明西寺
です。

 ただし、中には個人の家のようになっていたり、犬が吠えて入りにくい寺もありました。駅の看板には、「いつでもどなたでもお参りいただけます。」とあるのですが、……
 それらのアルバムと看板の地図を見るときは、ここ をクリックしてください。


ボケ封じ像のある寺

 ボケ封じの観音や地蔵のある寺があります。例えば、京王線分倍河原駅周辺にある高安寺です。「南無ぼけ封じ地蔵菩薩」の足元に、老夫婦がいるのが印象的です。


蓮を見る楽しみ

 私は、毎年蓮を見るのが、とても楽しみです。ここでは四季の移り変わりのうちに、花を見るよろこびについて「蓮」の場合の例を示しておきましょう。あなたは、蓮や睡蓮には興味がおありでしょうか? 蓮は、実に不思議な植物です。
 私が毎年見にいくのは、小山田の「大賀ハス」や修養池の「白万々(はくまんまん)」などです。

■下小山田町桜ヶ谷の蓮池の大賀ハス群(左)と下小山田町のアサザ池(右)

  

 5年くらい前に、蓮についてインターネットで調べてもらったことがありました。そのころ、まだ私はパソコンを持っていなかったからです。その人は府中に住んでいるのですが、千葉県の試験所の蓮について教えてくれました。そして、詳しい資料まで送ってくれたのです。しかし、調べていくうちに遠くへ行かなくても、身近なところにあったのです。
 私はなるべく近所で、行きやすいところがよいと考えました。つまり、身近に楽しみを求めるのです。そのようにして楽しみを求めると、長続きがするでしょう。だから、せいぜい遠くても上野の不忍池ハスを見に行く程度になりました。

 私の近くに、府中の「郷土の森」があります。そこには、暑い季節に桃色・ピンク系の漁山紅(ぎょざんこう)、嘉祥蓮(かしょうれん)、藤壷蓮(とうつぼれん)、ネール蓮などが咲き誇ります。藤壺蓮は、『源氏物語』の藤壷(ふじつぼ)から命名をしたのでしょうか? しかし、「とうつぼ」と読むそうです。また、ネール蓮は、インドのネール首相から贈られたたものと言います。

 いつも私は、ふとインドやスリランカ(元のセイロン島)との友好関係に思いが馳せます。講和条約の賠償金のことや、なぜか『ビルマの竪琴』という本に書いてあったことなども思い出すのです。おそらく、セイロン島がスリランカになったことと、ビルマがミャンマーになったことの連想ではないでしょうか?
 想像が、次々と膨らんでいく楽しみ。私の場合、それに勝るものは、あまりないでしょう。

 白いハスの白眉は、何と言っても「白万々」(はくまんまん、しかし「しろまんまん」という人もあるようです。)です。その気品のある姿と大きさには、いつも凌駕されます。毎年、会えるという楽しみ。芥川龍之介の小説に「白百合の花だったか。ずっと待ち続ける」という短編がありました。もしかしたら、芥川龍之介ではなく夏目漱石の『夢十夜』だったかもしれません。そして、芥川龍之介は『尾上の信』で、待っても来なかったように、何となく覚えているんです。
 白いハスとして魯山白蓮(ろざんぱくれん)も素敵です。これは、「ろざんPakuren」と読みます。「Hakuren」や「Bakuren」
ではありません。また、舞妃蓮(まいひれん)というハスがあります。このハスは、白いのですが少しばかり紅(ピンク)が混じっているので、何となくはなやかな感じがします。

 蓮の花の季節には、水面上を飛ぶギンヤンマが見られる楽しみもあって幸福です。ギンヤンマについては、幼いころの思い出もあって、いつまでも飽きずに旋回を見ていられます。ついでながら、「郷土の森」には蒸気機関車、電気機関車、都電、バスなどの実物も屋外展示されています。私は、ハスを見る楽しみと、その池の上を旋回するギンヤンマを見る楽しみ、そして鉄道車両を見る楽しみの三つがあるので、毎年いつも朝早く意気込んで見に行くのです。

 蒸気機関車は、いわゆるデコイチが1両(D51 296)で、別に珍しいものではありません。しかし、その製造年月日が「昭和14年」(1939年)とあるので、とくに親しみを感じるのです。なぜならば、それは私の生まれた年と同じ年に作られたからです。
 また、電気機関車はEB101です。これは凸型の小さな機関車です。昭和2年に作られ、はじめ蓄電池で走ったそうです。東京北部の沿線に武器などの火薬工場があったため、蒸気機関車を走らせるのが危険であったからです。
 戦後、物資が不足した時代にEF13の車体を凸型にして、重量を増して牽引力を強くするためにコンクリートブロックを積んだ時代がありました。そのようなことを考えると、いかにものんびりとした時代の背景を感じます。しかし、このEBが作られたときには、まだ私は生まれていませんでした。そんな意味で、先輩とさえ思えるなつかしさなのです。

 新宿御苑の中の池に、白い睡蓮を見にいきます。そして、モネの絵などを思い出します。また、蓮と睡蓮を区別しない国があるのを不思議に思ったりします。
 小山田のアサザ池にも行ってみます。アサザは、黄色い小さな花ですが、やはり蓮の一種なのでしょうか?
 さらに仏典の『正しい教えの白蓮』などに思いが馳せて、何とも楽しくなってしまいます。
 どうぞ、あなたもそんな趣味を持ってください。

 高幡不動尊の中にある小さい池では、白・黄・紅(あか)のハスが見られるといいます。
 紅は、「大賀蓮(おおがはす)」です。そして白は「白万々」でしょう。しかし、黄色のものは咲いているのを見ましたが、残念ながら蓮ではなく熱帯系の睡蓮(すいれん)なのです。もっとも、まだふつうの蓮で黄色いものを見たことがないのですから、自信はないのですが実際に黄色の蓮があるのでしょうか。
 そんなことに着目点をもつと、人生において単に金儲けだけを考えている人たちと比べて、ちょっと変わった知的空間に自分自身を置くことができるかもしれませんよ。高齢になったら脳を活性化して、あらゆることに生き甲斐を見出そうではありませんか?
 そのようにすることが、若さを保つための一つの方法でもあるからです。
 昔から「病は心から」と言います。心は心臓ではなく、脳にあります。そして、その脳を適度に活用することによって、いつまでも若々しくいられるのです。

 昔は心臓を心の有り場所と考えたようです。しかし、現代では脳に心があるということになっています。しかし、「琴線に触れる」という言葉などは、何となく心をイメージして言われたのではないでしょうか。脳を絶えず生き生きとさせておくと、時間が充実して病気にもなりにくいようです。そのことは、誰もが経験をされていることでしょう。何かをしていて、あっという間に時間が過ぎていったというような体験は、その時間がとても充実していたことを物語っているからです。

 さらに想像は、次々と広がっていきます。知的空間とでもいうのでしょうか、私は「もしかしたら、脳は人間に寄生した別の生き物かもしれない。」などとさえ考えてしまうのです。そして、そのことを裏付けるためにミトコンドリアや大腸菌(腸内細菌)、さらに水虫や虫歯・歯周菌のことまで考えるというような有様なのです。
 そしてそれは、いつまで経ってもキリがない楽しい空間なのです。


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Kuroda Kouta (2003.07.04/2015.07.16)