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   RIKOのいわれ



 なぜ「RIKO」などというのでしょうか?

 また、なぜ私たちの健康に関する注意を「理工式健康法」というかおわかりですか?

(注) 最初は、「青空のホームページへようこそ!」というタイトルでしたが、「RIKOホームページへようこそ!」のように変更をしました。なぜならば、「青空」ですと抽象的な意味になってしまって、責任の所在を明確にできないと考えたからです。


 ここで「理工式」とは、簡単に言ってしまえば「理性で工夫した方法」のことです。 また、それを「整理・工夫」の略と考えていただいてもよいでしょう。
 なぜそのような名前を付けてあるかというと、ただ都合のためだけなのです。他にも数多くある健康法と、私たちの開発した独自な健康法とを区別するために、必要な場合にわざわざ責任をも含めて「理工式」というのです。

 その言葉の拠り所は、『西郷南洲遺訓』の中にあり、「手抄言志録」の
  <心理是竪工夫、博覧是横工夫。 竪工夫、則深入自得。 横工夫、則浅易汎濫。>
によっています。


 むろんこれは西郷隆盛が、佐藤一斎著『言志四録』のうち「言志晩録」の六十三番目の文章を抽出したものです。
 ついでながら、その意味は
   「内面的なことを追求するには、深く掘り下げてようやくわかる。いっぽう、外面的に調べるのは、浅いためにこぼれ出てしまう。」
といったことでしょう。

(注) 西郷隆盛は、晩年に「人間を相手にせずに、天を相手にしろ」と言ったそうです。人間の「離合集散」や「毀誉褒貶」(きよほうへん)の空しさが、つくづくと身に浸みたからでしょう。それが、晩年の「一つの至った境地」かもしれません。
 また、上の上野の銅像の除幕式に参列をした子孫の女性が、「ちょっと違うようだ!」と言ったそうです。
 以上二件は、私のうろ覚えですから、もしかしたら間違っているかもしれません。
 「天を相手にしろ」というのは、西郷隆盛の時代でなくても、私たちの現代も同じでしょう。個別の人間は実に意味不明なことをしているからです。私(黒田康太)は、現代の科学や工業、そして医学の恩恵などは有りがたく利用させていただきます。しかし、人間のすることに関しては、なるべく「干渉を少なくする」という工夫をしています。



 西郷隆盛の『逸題』という漢詩の中に、
    <丈夫は玉碎恥甎全>
というのがあります。
 おそらく、「じょうぶは、ぎょくさいせんぜんをはず。」と読むのでしょう。そして、その意味は
   「何ら世のために尽くすことなく、ただ生きながらえることは恥ずかしいことだ。」
となるようです。
 私は、いつも後ろめたい気持ちでこの漢詩に接してきました。


 ふつう「健康」というと、「ある人が健康なこと」をいいます。たとえば、「あなたが健康である」とか「私も健康だ」というようにです。そして、そのようにして一人一人が健康であれば、その結果として国中が健康な人で満ちあふれていることになりましょう。
 しかし、近年になって「1億総病人」ともいわれるように、ほとんどの人が何らかの病気をもってしまいました。
 いったい、それはどうしたことなのでしょうか。

 国や行政が健康の問題を重視したり、NHKテレビなどで健康番組を数多く放映したりしているのに、逆に健康な人は急速に減っているように思います。ここのところ、救急車の出動回数が増えたり、病院のベッドの空きがないというような事実を聞くと、事態が何となく悪化しているような気配です。それも、急速にガタガタと悪い状態に進んでいると感じるのは、単に私だけの杞憂でしょうか。

 私にとっては、そのような背景を感じざるをえないのですが、本来ならばそれこそ「国中が健康な人で満ちあふれて」いなければならない状態のはずなのです。
 そうならない理由は、私なりに明白です。

 それは、身体の構造は誰でも似ているが、機能や特徴が千差万別であることによります。胃が生まれつき弱い人もいるでしょう。また、心臓に欠陥のある人もいるのです。さらに、胃や心臓の位置さえも個人によって微妙に違っています。そんな事情にあるのに、一律に国が「健康」を問題として取り上げたり、NHKテレビなどが「健康法」で騒いでも仕方のないことなのです。
 つまり、個人差が大きいので一般的なことはいえないからでしょう。

 そんなわけで、一人一人が「自分自身の健康法」を確立する必要が生じます。
 国やNHKテレビなどのように、国民を一律に扱おうというような方針によっては、実際にやってみると逆に身体の具合が悪くなってしまう人もいるはずです。そんなことまでも考えて、正しい方法でやっていただいていたら、今ごろは「国中が健康な人で満ちあふれて」いたことでしょう。
 まぁ、過ぎたことをグチってもしかたがないので、「自分自身の健康は自分自身で守る」ということにして、私たちはそれを実行して、何とか日々元気にやっている次第です。

 私たちの健康法は、むろん「内面的にも深く掘り下げて」研究をしたことがらです。そして、その多くは会員の中で「実際に行って確かめた」ことがほとんどなのです。つまり、単なる意見や理論だけではなく、実践をした結果なのです。
 そのときに、私たちは「治療」に関しては何もしませんでした。なぜならば、なってしまった病気を治すのは専門の病院や開業医に頼ればよいからです。私たちは、「治療」でなく「予防」に力を入れてきました。つまり、「病気にならない」ように予防をしたり、注意をしようというものなのです。
 そして、正しい「予防」や「注意」をすると、病気になりにくいということがわかりました。

 しかし、それでも個人差や予想外のトラブルがありました。
 「誰にでも一律によい」とか「万人にOK」などというのは、むしろその中に「危険が潜んでいる可能性」さえあることがわかった次第です。したがって、個人ごとに「安全な方法」で「確実に効果」があるということが、具体的な方法で実現できるということを互いに確かめて、発表をしているのです。

 そのような意味でも、「理工式」なのです。
 これからの健康を保つためには、個人ごとに全体的な知識が必要になります。しかしそれらは、いわゆる常識的なことですから、覚えるというよりも、ここで改めて認識を新たにするだけでもじゅうぶんでしょう。
 あなたは一日も早く、手遅れにならないうちに、あなた自身の健康法を確立してください。そのときに、あなたにマッチした部分の多くは、この理工式健康法を採用していただくとよいでしょう。
 なぜならば、それがご自分の健康法を確立する最短コースなのですから。


Kuroda Kouta (2004.07.03/2015.07.27)