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  Qの福音書



○はじめに
○Qの福音書(rik版本文)


○はじめに


 ここに、「Qのオリジナル版」を示しましょう。
 それは、ふつう「Q資料」と言われることもありますが、私は「先生の言葉」と呼んでいます。
 なお、「Q」は「クー」と読みます。なぜならば、ドイツ語ですから。
 したがって、ふつう「キューの福音書」ではなく「クーの福音書」と言うのです。

 このテキストは、バートン・L・マック博士が書かれた原文を秦剛平教授が翻訳をした「Qの教本(オリジナルの版)」を人生の指針とするために、私が簡略化・写本したものです。
 つまり秦教授のご承諾を得て、読みやすくするために段落や文を短くしたり、言葉をやさしく置き換えたりなど大幅にいたしました。
 さらに、原文の一部を省略させていただいたりもしました。

 いちおう、秦教授との間の申し合わせのサマリを示しておきましょう。
   文 書 名  『先生の言葉』
   原 文 名  Qの教本(オリジナルの版)
   写 本 日  平成一三年(二〇〇一年)四月二三日
   文 責 者  黒 田 康 太(くろだ こうた)


○Qの福音書(rik版本文)


【何と幸運だ】

 <「何と幸運だ、貧しい者は。彼らには、神の王国がある。
 何と幸運だ、飢えている者は。彼らは、腹いっぱい満たされるだろう。
 何と幸運だ、泣いている者は。彼らは、笑うだろう。」


【敵を愛する】

 「あなたに言っておこう。
 敵を愛し、呪う者を祝福し、侮辱する者のために祈ってやれ。
 あなたの頬をピシャリと打つ者には、反対の頬も向けてやれ。
 上着を奪いとろうとする者には、シャツもくれてやれ。
 求める者には、与えてやれ。
 あなたの持ち物を奪う者がいても、返してくれなどと言うな。
 人さまにしてもらいたいと思うことを、彼らにもしてやれ。

 あなたを愛してくれる者たちを愛したところで、それが何だというのだ。罪深き人たちでさえ、彼らを愛する者たちを愛しているじゃないか。
 兄弟たちだけに挨拶をしたところで、ほかの者より何か善いことでもしているというのか。誰でも、そうするじゃないか。
 返してもらうことをあてにして貸すのなら、それが何だというのだ。悪人どもでさえ、返してもらうことをあてにして、身内の者に貸している。
 しかし、あなたたちは敵を愛し、よいことを行い、何も期待しないで貸してやれ。そうすれば、あなたたちの受ける報酬は大きく、あなたたちは神の子らとなる。
 なぜなら神は、邪(よこ)しまな人間の上にも、善良な人間の上にも太陽を昇らせる。また、正しい者の上にも、正しくない者の上にも雨をお降らせになるからだ。」


【あなたたちに望む】

 「あなたたちの父が憐れみ深いように、あなたたちも憐れみ深い者になれ。
 裁くな、そうすれば、裁かれないですむ。あなたが裁きに使おうとする物差しが、逆にあなたを裁く物差しになるからだ。」

 「盲人は、盲人の手を引けるか。二人とも、穴に落ちはしないか?
 弟子は、先生に勝(まさ)らない。先生に似ていれば、それでじゅうぶんだ。」

 「あなたは、兄弟の目の中にある大鋸屑(おがくず)は見えるのに、なぜ自分の目の中にある丸太に気づかないのだ? 自分の目の中にある丸太を見ないで、兄弟に向かって、『あなたの目にある大鋸屑を取らせてください』と、どうして言うことができるのだ?
 偽善者よ、まずあなたの目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきりと見えるようになって、兄弟の目の中にある大鋸屑を取り除くことができる。」

 「よい木は腐った実を結ばず、朽ちた木はよい実を結ばない。
 茨(いばら)からイチジクが採れるか? アザミから葡萄が採れるか? どの木もその結ぶ実によって知られる。
 善良な人間は倉から良い物を取り出し、邪しまな人間はいかがわしい物を取り出す。
 なぜならば、口は心から溢れ出るものを語るからだ。」


【なぜ私を信じないのか】

 「私(わたし)を『先生、先生』と呼びながら、なぜ私の言うことを行わないのだ?
 私の言葉を聞き、それを行う者はみな、岩の上に家を建てた者に似ている。雨が降り、激流が襲っても倒れなかった。岩が土台だったからだ。
 しかし、私の言葉を聞いてもそれを行わない者は、砂の上に家を建てた者に似ている。雨が降り、激流が襲うと、倒れてぺしゃんこだった。」

 ある人が、先生に向かって言った。
 「あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります。」
 すると、先生は答えた。
 「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない。」
 別の者が、
 「まず、私の父を葬りに行かせてください」
と言うと、先生は彼に言った。
 「死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせるがよい。」
 また、別な者も言った。
 「先生、私はあなたに従います。しかし、まず家族にいとまごいをさせてください。」
 先生は、彼に言った。
 「鍬(すき)に手をかけてから振り返る者は、神の王国にふさわしくない。」


【弟子を遣わす】

 先生は言った。
 「収穫は多いが、人手が足りない。だから収穫の主に、刈入れのために働き手を送ってくれるよう願うのだ。
 さあ、行け。私は、あなたたちを遣わす。それは、子羊を狼の群の中に送り出すようなものだ。
 金(かね)も、バッグも、サンダルも、杖も携えてはならない。道中では誰にも挨拶をするな。

 どこかの家に入ったら、開口一番、
 『この家に平安があるように!』
と言ってやるのだ。
 もしも平安の子がそこにいるならば、あなたたちの挨拶は受け入れられる。もしいなければ、その平安はあなたたちに戻ってくる。

 同じ家にとどまり、そこで出される物を食べ飲むがよい。働く者が、報酬を受けるのは当然だ。家から家へと渡り歩くな。
 町に入り、迎え入れられたら、そこで出される物を食べるのだ。病人たちの世話をし、そして彼らに、
 『神の王国は、あなたがたに近づいた』
と言ってやるのだ。
 しかし町に入っても、そこで迎え入れられなければ、出て行くときには、足についた埃(ほこり)を払い落として、
 『だが、これだけは確実だ。神の王国は近づいた』
と言ってやれ。」


【祈りと求めの方法】

 「祈るときには、こう言うのだ。
 『父よ、あなたの名が崇(あが)められますように。あなたの支配がありますように。私(わたし)たちに毎日、日々のパンを与えてください。
 私たちの負債を赦(ゆる)してください。私たちも、私たちに負債のある者をみな赦しますから。
 私たちを誘惑に遭わせないでください。』」

 「求めよ、そうすれば与えられる。探せ、そうすれば見つかる。叩け、そうすれば開かれる。求める者は受け、探す者は見つけ、叩く者には開かれるからだ。
 あなたたちの中に、パンを欲しがるわが子に石を与え、魚の代わりに蛇を与える父親がどこにいるだろうか?
 あなたたちは、よい人でなくても、わが子にはよい物を与えることを知っている。
 もしそうならば天にいる父は、どんなに多くのよき物を、それを求める人に与えてくださることか!」


【神は見通しておられる】

 「隠されているもので知られずに済むものはなく、明るみに出ない秘密はない。
 私が暗闇で言うことを、光の中で言うのだ。耳にささやかれたことは、屋根の上で言い広めるのだ。」

 「体を殺すことができても、魂(たましい)を殺すことのできない人を恐れるな。
 五羽の雀は二アサリオンで買えないか? だがその一羽でさえ、あなたたちの父が知ることなしに、地に落ちたりはしない。あなたたちの頭髪までも、一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたたちは、たくさんの雀よりも勝(まさ)っている。」

 群衆の一人が言った。
 「先生、私にも遺産を分けてくれるように、兄弟に言ってやってください。」
 先生は、彼に言った。
 「なあ、誰が私をあんたたちの裁判官や調停人に立てたのだ?」


【金持ちが豊作で倉を建てようとした話】

 先生は、たとえで彼らに語った。

 「ある金持ちの土地が豊作だった。金持ちは、
 『どうしよう、作物を蓄えておく場所がない』
と思いをめぐらし、やがてこう言った。
 『よし、こうしよう。倉を壊してもっと大きなやつを作り、そこに穀物や財産をみなしまい、わが魂にこう言ってやる。魂よ。あんたさまには何年分もの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだり、陽気にやってくれ。』
 しかし、神は彼に言った。
 『大ばか者! 今夜あなたの魂は取り上げられる。あなたが生産したものは、いったい誰のものになるのか?』
 自分のために富を積んでも、神の目に豊かでない者は、これこのとおりだ。」


【思い煩うな】

 「あなたたちに言っておく。何を食べようかと、命のことで心配などするな。何を着ようかと、体のことで思い悩んだりするな。
 命は、食べ物よりも大切じゃないか。体は、衣服よりも大切じゃないか。
 カラスのことを考えてみるのだ。種蒔きもせず、刈入れもせず、納屋に穀物を貯(た)めもしない。それなのに、神はカラスを養っておいでだ。
 あなたたちは、鳥(とり)よりも価値がないというのか?
 あなたたちのうちのいったい誰が、思い悩んだからといって、寿命を一日たりとも引き伸ばすことができようか。

 なぜ、服のことで思い悩んだりするのだ?
 百合がどのようにして育つのかを考えてみるがよい。働きもせず、紡(つむ)ぎもしない。
 だが、栄華をきわめたソロモンでさえ、これほどには着飾っていなかった。
 もし神が、今日は野にあっても明日は炉に投げ込まれる草でさえも、このように美しく装われるなら、信仰心の薄いあなたたちには、なおさらのことじゃないか。

 だから、何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかなどと考えて、思い悩んだりするな。それは、この世の誰もが切に求めているものだ。あなたたちの父は、あなたたちがこれらの物を必要としていることを知っている。
 ただひたすらに、あなたたちへの神の支配を確信するのだ。そうすれば、これらの物はすべてあなたたちのものになる。
 自分の持ち物を売り払って、施しをしてやれ。自分自身のために、富を天の口座に積み立てるのだ。そこでは虫が食うことも、錆(さび)つくこともなく、盗人(ぬすっと)が忍び込んで持ち去ることもない。
 あなたたちの富のある所に、あなたたちの心もある。」


【神の国】

 先生は言った。
 「神の王国は、何に似ているか。それを何にたとえよう。
 それは、一粒のからし種に似ている。これを取って庭に蒔(ま)くと、成長して大木になり、空の鳥がその枝に巣を作る。」
 先生は、こうも言った。
 「神の王国は、パン種に似ている。女がこれを取って三升の粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

 「偉そうにふんぞり返っている者は赤恥をかくが、へりくだる者は褒められる。」


【宴会をしようとした男】

 「ある人が盛大な宴会を催そうとして、大ぜいの人を招いた。宴会の時刻になったので、彼は僕(しもべ)を客人のもとに遣わして言わせた。
 『さあ、もう用意が整いましたので、お越しください。』
 するとみな、言い訳を口にし始めた。最初の者は彼に言った。
 『畑を買ったので、見に行かねばなりません。どうか、失礼させてください。』
 別の者は言った。
 『牛を二頭ずつ五組買ったので、調べます。どうか、失礼させてください。』
 また、別の者は言った。
 『新婚ホヤホヤなので、行けません。』

 僕(しもべ)は帰ると、このことを主人に報告した。
 すると、家の主人は怒りを爆発させて、僕に言いつけた。
 『さあ、すぐに町の通りに出て行き、見かけた者を手当たり次第連れて来るのだ。』
 そこで、僕は通りに出て行き、見かけた者を集めて、連れてきた。こうして、その家は客人でいっぱいになった。」


【私の弟子】

 「父や母を憎まない者は、私から学ぶことはできない。娘や息子を憎まない者は、私の弟子になれない。
 十字架を受け入れて私に従わなければ、私の弟子の一人にはなれない。
 自分の命を守ろうとする者は、それを失う。しかし、私のために命を失う者は、それを保つ。


【塩】

 塩はよいものだ。
 だが、塩味を失えば、いったいどのようにして元の味に戻るのだ?
 もはや土地のためにも肥料のためにもならず、外に投げ捨てられるだけだ。」>



Kuroda Kouta (2007.06.07/2007.09.29)