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  安心立命のための「無」と「無意味」の意味?

 無の研究


 このページの内容

     三ノ宮の乞食  三ノ宮の乞食縁起
     先生との再会  先生との再会縁起
     先生の道場
     時間について
     人生の目的について
     人はどこから来て、どこへ行くのか?
     富んだ人が豊作で倉を建てる話
     人間の脳がもたらした幻影
     ないものはない?
     無限を有限で求める愚
     いろはにほへと
     先生の最期  先生の最期縁起
     

 三ノ宮の乞食

■朗読(読み上げ)を ON にしたら、その画面を「最小化」してください。朗読を停止するときは、その画面を閉じます。


 魚崎にある高校へ、私がまだ通っていたころのことだ。
 よく三ノ宮まで本を買いに行ったが、その帰りにメリケンパークを散策したり、海洋博物館を見学したものだ。その頃、三ノ宮の海岸広場には多くの浮浪者が住み着いていて、ぶらぶらと手持ちぶさたにしているのが、いつも見受けられたのだ。
 その当時は景気も悪く、港湾の仕事にあぶれるものもかなりいて、その上、住宅事情もあまりよくなかったからだ。そんなわけで、今日のホームレスとでも言ったような感じの人たちが、ずいぶん多かったようだ。

 その中でも、彼はとても目立つ存在であったので、私はすっかり驚いてしまったことを今でもよく覚えているのだ。
 その乞食は、いつも大声で精力的に喋っていて、その日も
 「敵を愛せよ。汝を哀れむものを愛せよ」
などと執拗にくり返し、怒鳴っていたのだ。
 人通りも少なく、ちょっと立ち止まって聞くものもいることはいたのだが、あまりにも彼が気違いじみていたので、かかわり合いになりたくないと考えたためだろうか、恐れをなして行ってしまうものが多かったようだ。
 彼は、私が立ち止まると、ますます激しい口調になるのだ。
 それでも私は、彼にいっそうの親しみを感じるとともに、
 <互いに無関心の世の中になった。なのに、私に対して関心をもってくれる。それは、ありがたいことではないか>
などと、そんなふうに考えるようになっていたのだ。

 さらに不思議なことは、彼が胸に、学生のズックの背負いカバンくらいの大きさの石をしっかりと抱いていたことだ。
 それはかなり大きな平べったい感じの黒くつるつる光った石で、私は、最初その行動が何かの修行の一部ではないかと思っていたので、それをとても奇異に感じながらも、見慣れてしまっていたのだ。
 それでも、その目的がいったい何であるかを常に知りたいと思っていたので、ある日、彼におそるおそる聞いてみたのだ。
 「おじさんは、いつも石を持っているが、どうしてなの?」
 すると、その乞食は不思議そうな顔をしたのだ。つまり、
 <君のような学生が、なぜそんなこともわからないのかが理解できない>
というように、怪訝な顔をして、
 「この石を抱いていると、とても暖かいんだよ」
と、びっくりするようなことを言ったのだ。
 私は、その意外な返答に驚いて
 「えっ、石は冷たくないの」
と聞くと、
 「このようにしていると心が和んできて、とても暖かいのだよ」
という彼の説明が、直ちに返ってきたのだ。
 そしてさらに、会話は続き、
 「はじめは石を抱いているのだが、やがて石に抱かれているような気分になって、心が石と一体になって和んでくるんだ」
 「えっ、石に抱かれているんだって?」
 「この石が胸のところにあると、何となく充足感が得られるんだよ」
なぜかそう言われてみると、私は何となく直感的にその説明が説得力をもって真実であるような気持ちになり、それで納得をしたものだ。
 そして、何回か公園に出かけて話をするうちに、その乞食と親しくなったのだ。

 彼は、仲間たちから<西洋乞食>と呼ばれていたようだ。
 なぜならば、頻繁に英語を使うからだ。そしてその英語は、片言でちょっと怪しげでもあったけれども、主に聖書からの引用のようだ。
 私は、日本聖書教会の共通訳聖書を用いているので、彼の言葉をそれに置き換えて理解し、ここでもそれで示すのは、彼の発音が何となくおかしかったからだ。
 何回か会っているうちに、彼のことが次第にわかってきたが、断片的に彼が自分自身の過去を語ったことから、私なりに話を要約してみると次のようになるのだ。

 その乞食の父は、裕福な貴族の生まれだったが、戦後の混沌とした時代に没落をしてしまい、やがて食うに困って病に倒れ、両親とも相次いで亡くなってしまったそうだ。だから、その乞食が幼かったころは、親戚の間を転々としていたらしいが、私が海岸の道ばたで見かけたころは、すでに大人になっていて親類からも追い出され、すっかり乞食になってしまっていたのだ。
 いっぽう私は、そのころまだ社会人ではなく高校生であったので、世間のことはあまりよくわかっていなかったのだ。そんな事情から、私にとって乞食の言うことがとても斬新で、興味があったのは当然のことだ。いつも私は彼の話に感心をして、やがてすっかりその乞食が好きになってしまったのだ。

 乞食は『駱駝(ラクダ)の苦心』というテーマで、福音書にある「金持ちが天国に入るよりも駱駝が針の穴を通るほうがやさしい」という話をよくしていたようだ。しかし、ある日乞食は私のために『駝鳥(ダチョウ)の試み』という説教をしてくれたのだ。
 それは、
 <空を飛んでみたいと考えた駝鳥がいたという前提から始まり、その駝鳥は自分が鳥であるのに飛べないことを嘆いて、何回か飛ぶことを試みた。しかし、何度やってもうまくいかずに、とうとう最後は高い山に上って、その断崖から羽ばたいた。むろん、その駝鳥には何一つ奇跡は起こらずに、そのまま落ちて死んでしまった>
というのだ。
 そして、その落下の最中に駝鳥は自分の考えの誤謬に、初めて気付いたということだ。
 そんな話をして、乞食はしみじみとその駝鳥がかつての自分に同じだったと言い、また彼自身にとっても、ようやくそのようなことが何となくわかってからは、気持ちがとても楽になったと、私に内心を吐露したのだ。

 私は、そのときなぜか学校で学んだ
 「燕雀(えんじゃく)安(いずく)んぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや」
という『史記』や『荘子』にある言葉を思い出したことを今でも覚えているのだ。
 そして、駱駝が針の穴をくぐり抜けようとしたり、駝鳥が飛ぼうと試みたりすることは、人間が悟ろうと努めることなどよりも、ずっとたやすいであろうなどと自分なりに乞食の言ったことに対して賛同をしたり、心から感心をしたものだ。

 ある日、私は死後の世界について、彼にしつこく聞いてみたのだ。
 しかし不思議なことに、私の無理な質問に対して、彼は絶対に興奮をしなかったし、険しい顔さえしないのだ。むしろ、私を哀れむかのように、また諭すかのように諄々(じゅんじゅん)と教えてくれたのだ。
 「天国と地獄がある。天国は空高く、地獄は地下にあるなどと、つい思ってしまう」
 「極楽というのは、どういうところなの」
 「西方にある夢のようなところと経には書いてある」
 「インドの方なの?」
 「実際には、そのようなところはないのだよ。想像をしただけなんだ」
 「ほんと?」
 「もっと正直に言うと、天国と地獄も自分の身体の中にあるのだよ。死んでから行くというところではない」

 いつもはキリスト教ベースの彼の話が、そのときに限って、立正大師の『御書全集』を何となく思い出させたので、私は驚いてしまったが、やがて彼のことを聖人ではないかとさえ思うようになったのだ。
 風采も、その言葉
 「生きるために食うのではなく、食うために生きている偽善者よ!」
 「食わなくても生きていることができる」
などによってもわかるように、その乞食は骨と皮だけといってもよいような貧しい身体をしていたからだ。

 何日か過ぎて冬のある日、久しぶりに彼に会おうと海岸公園にいったら、いつもの岸壁に人だかりがしていたのだ。胸騒ぎがしたので急いで駆けつけてみると、彼が海に落ちたというのだ。
 私は、大急ぎで岸壁から覗いたのだ。すると海底に、うつ伏せた状態で乞食は石を抱くような格好で沈んでいたのだ。満足な食事さえもしていなかったので、何かの拍子にふらふらと倒れ、そのまま石とともに落っこちてしまったらしいのだ。
 誰も騒ぐばかりでどうしようもなく固唾(かたず)を呑んでみていると、やがて水底で力が尽きたのであろう、手をだらんと開いた形て浮かんでくる、掴んでいた石を放したからだ。
 屈強な男が引き上げて仰向けにすると、噴水のように水を吐いたが、その顔は和やかで苦しそうな様子はまったくなかったようだ。それは高徳の僧侶の涅槃といっても過言ではない死に顔のようだ。
 もっと早くその石を離しさえすれば、おそらく苦しくもなく、すぐに浮き上がって助かったのではないかと私は考えていたのだ。なぜ、溺れるまで石を離さなかったのであろうかなどと思いめぐらしていると、驚いたことに彼は息を吹き返したのだ。
 私は彼の言った言葉をふっと考え、五分以上も水中にいた乞食の気持ちを察して、心の中で彼の言った言葉、
 「石を抱いていると心が和むのです」
を反復せざるをえなかったのだ。

 一連の彼の話したことと、その石を抱いたまま沈んで死にかかったということは、私の人生にとって、後で考えると想像さえもしていなかった驚くべきことであったのだ。
 その後、私は希望した東京の大学へストレートで入り、何とか無事に卒業をし、官庁に就職して二年がすぎた春のことだ。三宮の税関事務所に転勤する辞令が出たのだ。
 着任をして、さっそく次の休日に波止場に行ってみたら、かつて乞食が座っていたところには、すでに倉庫が建っていたのだ。さらに突堤の先のほうに行ってみて、労務者ふうの男に聞いてみると、あの西洋乞食が市街地に道場を開いているということだ。
 その後、信者が何人かできて生活も安定したというのだ。
 私はなつかしくなって、その道場を尋ねてみると、やはり彼は昔の口癖のようなことを大勢の信奉者を前にして、大声で言っていたのだ。
 「偽善者よ。もっと素直な気持ちで生きなければならない」
 私は道場をちょっと覗いただけで、その日は引き上げることにしたのだ。
 どんな立派な宗教でも、自分がその教義を自分なりにでも理解ができなかったら、それこそ猫に小判というものだ。
 私は、学生時代に聞いたことをいろいろと思い出し、懐かしさとともに、ようやくあのときに彼が言ったことが、何となくわかってきたような気がしたのだ。

(一九九八・○三・二○)

■ここでの朗読は、サウンドレコーダーで作成した「s01_sannomiya.wav」というファイルを利用しています。その大きさは、約14メガバイトあり、実際には11分ほどの長さです。
 おそらく、Windows Media PlayerやQuick Timeなどで音声を出すでしょう。その画面を最小化すると、ここにある本文を見ながら、朗読を聞くことができます。なお、朗読を停止するときは、その朗読画面を閉じてください。
 ただし、この朗読は「FUJITSU 音声合成」(2003年版)を用いています。実際に誰かが朗読をしたわけでなく、単に一文字ずつを音声化しただけのものですから、ちょっと発音や抑揚に不自然な箇所があります。
 それでも、実際に作成をした文章を校正するために、目のあまりよくない私がいつも利用している方法なのです。ここには、そのファイルをそのまま添付した次第です。
 そんなことを、どうぞご了承ください。

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 三ノ宮の乞食 縁起

 芥川龍之介の作品に『六の宮の姫君』というのがある。
 お読みになった人もおられると思うが、素晴らしい名作ですね。
 私は中学生のころに読んで、大いに感激をした。なぜならば、内容が素晴らしいほかに、文のリズムが素敵だったからだ。会話以外のすべての文が、「……た」で終わっていて、非常に軽やかな響きで歯切れがよいからです。
 その後、高校時代、そして社会人になってからも何度か読んだ。
 しかし、一度も飽きてしまったり、内容に期待はずれを生じたりしたことがない。『邪宗門』などとともに、芥川龍之介の短編の中で、今でも大好きな作品である。
 内容自体の展開のほかにも、文自体に非常に優れたリズミカルな余韻があったり、また「未完」かとも疑いたくなるようなストーリ自体の吹っ切れがあって大きな余韻を残す作品は、それなりにものすごい魅力があるのではないでしょうか。
 そこで、何とか真似をしてみようと思ったのだ。

 菊池寛の「新今昔物語」の中に『六宮姫君』という短編がある。
 ストーリは、芥川のものとほぼ同じである。つまり、姫君の出自や境遇などは同じであるが、顛末がちょっと異なっている。

 その姫君の物語の内容に関して、菊池寛のほうを私なりにまとめて、下記に紹介をしておこう。


 今は昔、六の宮に皇族の女性を母にもった姫君が住んでいた。
 父は殿上人(てんじょうびと、でんじょうではない)ではあったが、下っ端なので貧しかった。その父も、風邪が因(もと)で死に、父の跡(あと)を追うように母もあっけなく死んでしまった。

 それからが、である。貧乏な女を相手にする男は少ない。また、付き合いがなかったので、その女がいることさえも知られていない。
 それでも乳母(うば)の努力で、結婚の候補者が一人見つかった。上達部(かんだちべ)の長男である。

 二人の間は、水も漏れないほどに細やかだった。が、二人の幸福は長く続かなかった。なぜならば、男がその父とともに、地方に転勤をしたからである。そして、任期の五年間が過ぎたら帰ってくるということで、ようよう姫君を納得させて出発をした。
 任地では、父もそうであったが、長男と姫君の関係を知らなかったので、国司が見合いの話などを進め、なかなか都に帰れなかった。

 ようやく八年目に、男は京都に戻ることができた。
 女に対する思慕の情は、減じていなかった。ますます募(つの)っていたほどだ。男は、六条西洞院(ろくじょう にしのとういん)にある六の宮へ駆けつけたのである。しかし、そこにはすでに姫はいなかった。それから、男は女の捜索を始めて、すでに三ヶ月半が空しく過ぎた。

 そんあある日、朱雀門(すざくもん)の廊下に乞食になった姫君が垢だらけでボロボロになって寝ている。男は、無我夢中で女を抱き起こした。女は喜びのすすり泣きをしたが、やがて病苦のうめき声に変わって、男の腕の中で息を引き取った。そこにあった手箱には、

    手枕の隙間(すきま)の風も寒かりき 身は慣はせの物にぞありける

と書いた薄汚れた懐紙があった。
 姫が自分に迫ってくる貧苦に耐えるために、自分自身に言い聞かす心構えとして作ったものだ。
 男は、その場で髪を切って、愛宕山に上(のぼ)って出家をした。


 芥川龍之介の『六の宮の姫君』は、菊池寛の『六宮姫君』よりも、ストーリーがちょっと込み入っている。
 それは、最後の箇所で男がついに姫に巡り会ったとき、そこに貧しげな法師がいて、
  <御仏(みほとけ)を念じておやりなされ。−−>
と叱る部分などである。
 そして、その僧について
  <慶滋(よししげ)の保胤(やすたね)、世に内記の上人と云ふのは、空也(くうや)上人の弟子の中にも、やん事(ごと)ない高徳の沙門(しゃもん)だった。>
と結んでいることである。

 このように、芥川龍之介の博覧強記は素晴らしいのではあるが、私のような読者には精神的な負担をかけるのも事実だ。
 『邪宗門』を読んでいるときなどもそう。やはり最後で、有名な「横川の僧都」がイメージと異なるでっぷりと太った形で出てくる。そして、その高徳の僧でさえ摩利信乃法師にあっけなく負けてしまう。
 そこで次に、堀川の若殿が
  <應。>
と言って出てくるのであるが、なぜかストーリはそこでふっきれている。物語の余韻を残すためであろうか。
 芥川中期の作品であるが、何となく未完のような気がするのは、魯鈍な私だけであろうか。

 芥川龍之介の博覧強記については、例えば『好色』である。
 冒頭に、小さい文字で引用が三つあるんだが、その中で『今昔物語』の記述については、私も知っていた。しかし、『宇治拾遺物語』と『十訓集』にも平中(へいちゅう)の原典があるとは、まったく知らなかった。つまり、私の読書量などは非常に狭いものということを知らされたわけである。

 ここで、思いついたことがある。ついでに、書いておこう。
 前に『羅生門』という映画を見た。私は、てっきり芥川龍之介の『羅生門』かと思ったのだが、そうではなかった。それは、まったく内容が異なる『藪の中』を脚色したものなのだ。興行成績などを考えて、そのようなタイトルにしたのであろうか。しかし、芥川龍之介や読者には失礼なことかもしれないし、映画とはそんなものかもしれない。

 なお、「三ノ宮の乞食」というタイトルについてである。
 この題名は、内田百閧フ『菊の雨』の中にもある。その内容は知らないが、ちょっと心配でもあるんだ。しかし、むしろ内容を知らないほうが、先々無難であろうと考えて、敢えてそれを読まないことにした。もしも、何らかの不都合があったらご連絡をしていただきたい。
 『菊の雨』は、昭和14年(1939年)10月刊であるから、私の生後2ヶ月目である。しかし、その中の作品はおそらく私の生まれる前に作られていたものと考えられるのだが、……

 私ははじめ、ここに作った自分の作品の中で、芥川の『六の宮の姫君』のように、やはり文末を「……た」にすることを考えたのだが、どうもユニークでないような気がした。
 そこで、思い切って「……だ。」にしてみたのだ。
 文法的に言うと、「だ調」は「です・ます調」などと比べると、ぞんざいで作品になりにくいとも考えたからだ。実際に、多くの「文法書」や「文章の書き方」もしくは「小説の書き方」などにも、そう書いてあったのをかつて読んだことがある。そこで、一つの試みとして、さらに大げさに言うと一つの挑戦として、やってみることにした。

 それはともかく、上の作品で乞食が海に落ちたときに、主人公に
 「もしかしたら、先生はご自身で『ダチョウの試み』を岸壁から海中に向かってしたのではないか?」
と言わそうとも考えた。
 しかし、そのようにすると非常にくどくなって、文自体の余韻がますますなくなってしまうんじゃないかと考え、やめたのである。
 何もかも、「これでもか、これでもか」というように書いてしまうのは、読むほうの側に対して負担を増やし、興味を薄らげてしまう心配もあるからです。
 つまり、そのようなことを読者が気づけばよいわけである。また、気づかなければ、気づかなくてもよいのである。
 何が何でも「すべてを言い切ってしまう」というのは、この「回想創造法」や「自己福音書」を含む『rikwhiの創作シアター』のシリーズには、ちょっと好ましくない態度とも考えた次第である。

 ここで、このシリーズに関する全体的な問題。メメントモリなのである。
 それは、「ほんとうに死ねばすべてが無に帰するのだろうか?」ということ。
 この問題について、この短編は終始するのである。
 この第一作では、「私(まだ、高校生)」が先生である「西洋乞食」とする会話の中に、少しばかりモチーフを形成してある。以後の展開のプロローグと言ったような意味である。
 ふつうの一般的な社会人と、宗教家たちでは「死の概念」が大きく異なっていることも、現代社会における不思議な現象の一つでもあるようだ。
 あなたは、そのことをどのようにお考えでしょうか?

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(2005.05.03/2007.03.12)

 先生の最期

 先生の最期について、ぜひ聞いてください。
 ……
 ほんとうに、先生は天国に昇天したのだろうか?

(二〇〇四・〇八・三一)

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 先生の最期 縁起

 いったい「無」なんなんだろうか?
 人は死ねば、すべて無に帰するのだろうか?

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(2005.05.03/2005.05.03)

Kuroda Kouta (2004.08.31/2007.08.17)