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この資料に関するコメント

  歎老辭(歎老辞・嘆老辞) 横井也有 



 芭蕉翁は五十一にて世を去り(さり)給ひ(たまい)、作文に名を得し難波の西鶴も、五十二にて一期(いちご)を終り、見過しにけり末二年の辭世を殘せり。わが虚弱多病なる、それらの年もかぞへ(数え)こして、今年は五十三の秋も立ぬ。

 爲頼の中納言の、若き人々の逃かくれければ、いづくにか身をばよせましとよみて歎かれけんも、やゝ思ひしる身とはなれりけり。さればうき世に立交らんとすれば、なきが多くもなりゆきて、松も昔の友にはあらず。
 たまたま一座につらなり(連なり)て、若き人々にもいやがられじと、心かろく(軽く)うちふるまへども、耳うとくなれば咄(はなし)も間違ひ、たとへ聞ゆるさゝやきも、當時(当時)のはやり詞(ことば)をしらねば、それは何事何ゆへぞと、根問葉問(ねどいはどい)をむつかしがりて、枕相撲も拳酒(けんざけ)も、さはぎ(騒ぎ)は次へ遠ざかれば、奥の間に只一人、火燵(こたつ)蒲團(蒲団・ふとん)の島守となりて、おむかひ(お迎かい)がまいりましたと、とはぬに告る人にも忝しと禮はいへども、何のかたじけなき事かあらむ。

 六十の髭を墨にそめて、北國の軍(いくさ)にむかひ、五十の顔におしろいして、三ヶの津の舞臺にまじはるも、いづれか老を歎かずやある。

 歌も浄るりもおとし咄も、昔は今のにまさりしものをと、老人ごとに覺えたるは、をのが心の愚なり。
 物は次第に面白けれども、今のはわれが面白からぬにて、昔は我が面白かりしなり。
 しかれば、人にもうとまれず、我も心のたのしむべき身のをき所もやと思ひめぐらすに、わが身の老を忘れざれば、しばらくも心たのしまず。わが身の老を忘るれば、例の人にはいやがられて、あるはにげなき酒色の上に、あやまちをも取出でん。されば老はわするべし。
 又老は忘るべからず。二ッの境まことに得がたしや。

 今もし蓬萊の店をさがさんに、不老の藥はうり切たり、不死の藥ばかりありといはゞ、たとへ一錢に十袋うるとも、不老をはなれて何かせん。不死はなくとも不老あらば、十日なりとも足ぬべし。
 神仙不死何事をかなす、たゞ秋風に向て感慨多からむと、薊子訓(けいしくん)をそしりしもさる事ぞかし。

 ねがはくは、人はよきほどのしまひあらばや。兼好がいひし四十たらずの物ずきは、なべてのうへには早過たり。かの稀なりといひし七十まではいかゞあるべき。こゝにいさゝかわが物ずきをいはゞ、あたり隣の耳にやかゝらん。

 とても願のとゞくまじきには、不用の長談議いはぬはいふにまさらんをと、此論こゝに筆を拭(ぬぐい)ぬ。

Kuroda Kouta (2012.01.01/2012.01.01)