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  高齢者の楽しみ(橘曙覧の『独楽吟』)


○はじめに
○なぜ楽しみが必要なのか?
○橘曙覧の場合

○はじめに

 「高齢者の楽しみ・老人の楽しみ」などと言っても、人それぞれでしょう。
 ここでは、「高齢者=老人」とは考えないでください。分けて書いてあるのは、それなりに意味があるのです。おわかりでしょうか。


○なぜ楽しみが必要なのか?

 人生の終わりに近づくと、どうしても生きがいが、必要なのです。なぜならば、高齢になると何事も面倒くさくなったり、飽きやすくなる傾向が強いからです。おそらく、孤独死をする人たちは身体の不調とともに、生きるのが面倒になってしまったのではないでしょうか。
 そんなときには、曽野綾子が『戒老録』で言っているように、「着の身着のままで行き倒れになるまで、どこまでも歩いていく」というような気力は、疾(と)うに失(う)せているのでしょう。
 つまり、とくに高齢になると日々「生きている証明」が必要なのです。
 そのためには、いろいろな具体策があります。
 プチさん(プティ散策)をしたり、それをまとめたりすることも一つの方法でしょう。
 その一例として、橘曙覧の場合を考えてみましょう。


○橘曙覧の場合

 橘曙覧(たちばなのあけみ)をご存知でしょうか?
 橘曙覧(1812〜1868)は、江戸時代末期の歌人・国学者です。越前の人。号は、「志濃夫廼舎」(しのぶのや)と称しました。国学を学ぶとともに、『独楽吟』(どくらくぎん)のような清新で自由な歌風を生みました。
 その『独楽吟』は、次の五十二首です。
 なお、括弧の中の言葉は読みやすくするために私(黒田康太)が付けたものです。


1 たのしみは草のいほりの筵敷(むしろしき)ひとりこころを静めをるとき

 「筵敷」(むしろしき)とは土間に直接筵(むしろ)が敷いてあったのでしょう。筵は、藺(い)という植物や藁(わら)などを編んで作った敷物のこと。貧しいことを意味します。しかし、筵は「宴(うたげ)の筵」などと言って、「風流な会合などの席」を言うこともあります。


2 たのしみはすびつのもとにうち倒れゆすり起こすも知らで寝し時(とき)

 「すびつ」は火鉢(ひばち)。


3 たのしみは珍らしき書人にかり始め一ひらひろげたる時

 「書人」ではありません。「書」を「人」に借りたのです。「かり始め」でもありません。「借りて」「初めの」一ページを広げたといくことです。区切りを考えて読んでください。


4 たのしみは紙をひろげてとる筆の思ひの外に能(よ)くかけし時



5 たのしみは百日(ももか)ひねれど成らぬ歌のふとおもしろく出てきたる時



6 たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時



7 たのしみは物をかかせて善き価惜しみげもなく人のくれし時



8 たのしみは空暖かにうち晴れし春秋の日に出てありく時



9 たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時



10 たのしみは心にうかぶはかなごと思ひつづけて煙草すふとき



11 たのしみは意(こころ)にかなふ山水のあたりしづかに見てありくとき



12 たのしみは尋常(よのつね)ならぬ書に画にうちひろげつつ見もてゆく時



13 たのしみは常に見なれぬ鳥の来て軒遠からぬ樹に鳴きしとき



14 たのしみはあき米櫃(こめびつ)に米いでき今一月はよしといふとき



15 たのしみは物識人(ものしりびと)に希にあひて古(いに)しへ今を語りあふとき



16 たのしみは門売りありく魚買ひて烹(に)る鐺(なべ)の香を鼻に嗅ぐ時



17 たのしみはまれに魚煮て児等(こら)皆がうましうましといひて食ふ時



18 たのしみはそぞろ読みゆく書の中に我とひとしき人を見し時

 「そぞろ」とは「何ということなしに」というような意味。


19 たのしみは雪ふるよさり酒の糟(かす)あぶりて食ひて火にあたる時



20 たのしみは書よみ倦(う)めるをりしもあれ声知る人の門たたく時



21 たのしみは銭なくなりてわびをるに人の来りて銭くれし時



22 たのしみは世に解きがたくする書の心をひとりさとり得し時



23 たのしみは炭さしすてておきし火の紅くなりきて湯の煮ゆる時



24 たのしみは心をおかぬ友どちと笑ひかたりて腹をよるとき

 「友どち」は「友だち」と同じ。


25 たのしみは昼寐(ひるね)せしまに庭ぬらしふりたる雨をさめてしる時



26 たのしみは昼寐目ざむる枕べにことことと湯の煮えてある時



27 たのしみは湯わかしわかし埋火(うずみび)を中にさし置きて人とかたる時



28 たのしみはとぼしきままに人集め酒飲め物を食へといふ時



29 たのしみは客人(まろうど)えたる折しもあれ瓢(ひさご)に酒のありあへる時



30 たのしみは家内(やうち)五人(いつたり)五たりが風だにひかでありあへる時

 「風」は「風邪」。


31 たのしみは機(はた)おりたてて新しきころもを縫ひて妻が着する時



32 たのしみは三人(みたり)の児どもすくすくと大きくなれる姿みる時



33 たのしみは人も訪ひこず事もなく心をいれて書を見る時

 「訪」は「おとずれること」つまり「訪問」。


34 たのしみは明日物くるといふ占(うら)を咲くともし火の花にみる時



35 たのしみはたのむをよびて門あけて物もて来たる使えし時



36 たのしみは木芽煮やして大きなる饅頭(まんじゅう)を一つほほばりしとき



37 たのしみはつねに好める焼豆腐(やきどうふ)うまく烹(に)たてて食はせけるとき



38 たのしみは小豆(あずき)の飯の冷えたるを茶漬てふ物になしてくふ時



39 たのしみはいやなる人の来たりしが長くもをらでかへりけるとき



40 たのしみは田づらに行きしわらは等が耒鍬(すきくわ)とりて帰りくる時

 「耒」と「鍬」は、ともに農耕の道具。しかし、「鍬」も「くわ」でなく「すき」と読むことがある。


41 たのしみは衾(ふすま)かづきて物がたりいひをるうちに寝入りたるとき



42 たのしみはわらは墨するかたはらに筆の運びを思ひをる時



43 たのしみは好き筆をえて先ず水にひたしねぶりて試るとき

 「ねぶる」は「舐(な)める」の方言。


44 たのしみは庭にうゑたる春秋の花のさかりにあへる時々



45 たのしみはほしかりし物銭ぶくろうちかたむけてかひえたるとき



46 たのしみは神の御国の民として神の教をふかくおもふとき



47 たのしみは戎夷(えみし)よろこぶ世の中に皇国(みくに)忘れぬ人を見るとき



48 たのしみは鈴屋大人(すずのやうし)の後に生れその御諭(おさとし)をうくる思ふ時

 「鈴屋大人」(すずのやうし)とは、本居宣長(もとおりのりなが)。


49 たのしみは数ある書を辛くしてうつし竟(お)へつつとじて見るとき

 「とじて」の「じ」は「ち」に濁点。


50 たのしみは野寺山里日をくらしやどれといはれやどりける時



51 たのしみは野山のさとに人遇(あ)ひて我を見しりてあるじするとき

 「あるじする」とは「客の接待役」をすること。


52 たのしみはふと見てほしくおもふ物辛くはかりて手にいれしとき

 『独楽吟』最後の歌です。


 以上の五十二首を見るかぎり、橘曙覧は貧しい生活をしていても、心が豊かであったのでしょう。そんなふうに私は思うのですが、あなたはどうお考えでしょうか。


Kuroda Kouta (2008.01.12/2008.01.13)