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○同義反復(トゥトロジー)


 我慢のよい人とそうでない人との個人差はありますが、ふつう同じことを何回も繰り返すと、くどいと感じるでしょう。とくに、老人の繰り言は聞いていてうんざりします。しかし、よく考えてみると、反復自体が人生であると思うことがありませんか。

 同義反復(トゥトロジー)という言葉があります。
 例えば、「白馬(はくば)とは、白い馬である。」などという文章がそうです。何だか中学生のときの試験を思い出します。「民主主義とは何か」という質問に、「それは、民主の主義である。」と答えるようなものです。つまり、全体がわかっていないので、その部分だけで説明をするのです。

 前置きが長くなっちゃいましたが、ここで私は「同義反復」ではなく「動事反復」を言いたいのです。人生を考えてみれば、「同じことの反復」だからです。もっとも、「動事反復」という言葉があるわけでなく、便宜上ここで仮に私が名付けただけです。
 よく、同じことを繰り返して言うと、「くどい」という人がいます。(この文章自体が、どうやらそうですが、……) それが、確認であったり、念押しであっても、聞いているほうは反復されると煩わしくなって、くどいと思ってしまうようです。

 しかし、元来人間の生命は同じことの繰り返しなのではないでしょうか。
 今日は朝飯を食ったから、明日からは食わない。とか、さっきオシッコをしたから、今後はくどくなるのでトイレにはもう行かないなどと言ったら、困ったことです。
 さらにひどく、私は「今日生きた」から「明日は面倒なので生きない」などと言って自殺をしたらどうでしょう。まれにはそんな徹底的な人生観をもった人もいることは事実でもありますが、……。

 本当は、やはり旧約聖書の『伝道者の書』にあるように「日はまた昇る」なのです。
 そして、人生のどの瞬間にも、健康で若々しくありたいものです。


Kuroda Kouta (2007.02.14/2007.05.23)