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  生きている証明


○はじめに
○人生の目的
○生きている証明


○はじめに

 高齢に成ると日々「生きている証明」が必要です。
 この「生きている証明」という言葉は、宮柊二さんがお使いになっていました。宮柊二さんは、北原白秋の系統を引く歌人です。

 しかし、ここでは安心立命のための一つの手がかり、さらには永遠の問題として取り扱います。
 つまり、私(黒田康太)は日々の「生きている証明」を短歌ではなく、心の問題として考えました。しかし、それを表現するために短歌でもなく俳句でもない新しい短詩形の新句(十九音)という形式を考えたのです。

 したがって、短詩形することによって心の問題を具現化することができます。


○人生の目的

 いったい人生の目的とは何でしょうか?
 その奥義を一言で述べてしまうと、そのようなものは存在をしないのです。むろん個人差もありますが、幼いころからの教育によって植えつけられた一つの概念と言えましょう。煎じ詰めれば「脳のもたらす幻影」にすぎません。

 人間の原始的な本能、例えば「食べる」とか「眠る」などが満たされた後は、それは個人個人によって大きく異なってきます。したがって、一概には言えないのです。


○生きている証明

 日々生きているということを他人に証明する以前に、自分自身の問題として考える必要がありそうです。そして、その習慣が安心立命を確立する一つの手立てになるかもしれません。大きな問題は、死のための準備教育というような意味合いもあるからです。


Kuroda Kouta (2008.01.13/2008.03.25)