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  独り宗教のすすめ(自己宗教の確立)


○はじめに
○天上天下唯我独存
○冷静な傍観者
○自分の中の自分=天敵
○ものを求める自分
○原因の原因、結果の結果
○マルチン=ルター
○分裂・分派
○自己宗教(システム教)の確立


○はじめに

 このような考えを書き綴っていくと、互いに意見が異なってくることは自明の理です。
 「ここには、思いついたメモをしておいて、後で少しずつ書き足していきましょう。」


○天上天下唯我独存

 天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)という言葉があります。
 釈尊がお生まれになって、臍の緒を切ったか切らないうちに数歩歩いて、この言葉を言ったという伝説です。しかし、馬や鹿などの動物であればともかく、人間の赤ちゃんが生まれてすぐに歩くということは、何となく信じられません。
 また、まして「独尊」などということはないでしょう。おそらく、言ったとしたら「独存」、つまり「人間は元来孤独なものである」というような意味内容ではなかったのでしょうか。

 立川市柴崎町四丁目にある普済寺に参拝に行ったときです。下のようなお像がありました。伊藤ノブさんという人が奉納をした像なのでしょう。タイトルには、「釈迦誕生仏」とあります。タイトルもさることながら、問題は左下の石柱第一行目です。




 文字が小さくてわかりにくかったので、少し大きくしてみました。その第一行目です。そこには、何となく「天上天下唯我独身」と書いてあるように、私の目には思われます。虫眼鏡(ルーペ)で見ても、そんな感じ。しかし、どう見ても存在の「存」に字には見えないので、ちょっとがっかり。





○冷静な傍観者

 自分自身は心を安定させて、冷静な傍観者にならなければならない。
 その中に巻き込まれると、平静を失ってしまう。また、具体的な結果を期待すると、そうならないときに激しい葛藤を生じる。つまり、結果に捕らわれて、それを直接の動機として行動をすると、冷静な傍観ができなくなる。


○自分の中の自分=天敵

 自分の中に、もう一人の自分がいる。つまり、自分自身の中にも敵がいる。
 自分でない自分があることを忘れてはいけない。つまり、偽我の存在に注意する必要がある。

 天敵は、自分自身の身体の中にいる。獅子身中の虫と言ってもよい。つまり、それが心である。


○マルチン=ルター

 マルチン=ルター(ルッター、ルーテルともいう Martin Luther 1483〜1546)は、ドイツの宗教改革者です。
 1517年に、教皇庁による免罪符発行を批判して、「九十五か条の提題」を提出。その結果、破門されました。しかし、これが宗教改革運動に発展。聖書に基づいた福音主義を守った。そして、信仰者は祭司であるとした万人祭司思想を主張。


○ものを求める自分

 あまりものを求めすぎるのはどうか?
 「知足」という言葉がある。そのことを忘れないようにすべきであろう。
 幸福を求めていくと、不幸に陥ることもある。また、金や物を求めると、思わぬ結果が待っていることがある。『三つの願い』のように。

 必要以上のものは、いらない。物への執着をなくすことは、物の支配から逃れることである。
 行為をするが、あまり結果を求めてはいけない。


○原因の原因、結果の結果

 原因と結果の関係を「因果関係」という。しかし、それ以前に、「原因の原因」があることを忘れてはいけない。同様に、「結果の結果」もある。
 「三毒」という仏語がある。それは、三種の煩悩であって、「貪」(とん)と「瞋」(しん)と「痴」。その三つが悪い原因を醸造する。

 痴……無知、妬(ねた)んだり、恨(うら)んだり、怒ったり。
 瞋……妄想、妬み、疑心暗鬼、被害妄想。
 貪……欲から出る、恨みや嫉妬。


○分裂・分派

 下の表は、文化庁宗務課の調査による都道府県知事に届出のあった宗教団体。
 単立宗教法人(単位ではない)とは、どの宗派にも属さない宗教団体。

宗教法人団体数 宗教法人の人数 単立宗教法人数 単立宗教法人の人数 総人数
1960年(昭和35年) 18万0089団体 1億3840万3188人 3218団体 1504万3273人 1億5344万6461人
1965年(昭和40年) 18万0491団体 1億5590万5520人 3849団体 1584万1632人 1億7104万7152人
1970年(昭和45年) 18万1517団体 1億7897万1327人 3914団体 1714万9855人 1億9612万5375人
1975年(昭和50年) 18万1561団体 1億8821万1201人 4445団体 2101万3172人 2億0922万4373人
1980年(昭和55年) 18万2746団体 2億0039万5255人 4835団体 2637万4557人 2億2676万9812人




○自己宗教(システム教)の確立

 いろいろな宗教があって、どれに参加をしたらよいかわかりません。
 そこで、私は自分自身にあうように宗教を作成しました。宗教というとちょっと大げさですが、自分自身の生きるための考え方と死後の安心のためです。しかし、それは単に自分の心の慰めかもしれません。
 そうは言っても自己宗教ができてからは、それまでの考え方と大きく異なって、日々何とか安心をして暮らせるようになりました。その宗教というか考え方を以下に示しますので、ご参考にしてみてください。そして、あなたもあなた自身の考え方、つまり宗教を確立してください。

 名前は、仮に「システム教」と呼びましょう。つまり、それは「死」と「捨」と「無」の概念を何となく示しているからです。
 「死」は「生」に対する言葉です。しかし、その二つは互いに別なものではなく、生の中にも死があり、また死の中にも生があるのではないでしょうか。
 『葉隠』に、

 <武士道とは、死ぬことである。生か死かのいずれかを選ぶときは、まず死をとることである。それ以上の意味はない。>

というようなくだりがあります。
 これは、「武士はじゃんじゃん死んでしまえばよい」ということではありません。
 死を覚悟することによって、自ずと生が開けてくるという心の持ち方を言っているのです。つまり、死を覚悟した毎日が、生きていくうえに大事なことだというのです。

 「捨」は、「計らいを捨てる」ということです。

 そして、「無」は「空」の概念とほぼ同じです。

 なお、全体の体系に関するあらましの説明は、

     私のシステム

を参照してください。


Kuroda Kouta (2008.01.27/2008.06.02)