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 あなたに心豊かな日々を!

 安心立命のページ(3)宗教と信仰について


      音楽(BGM)は、大庭加奈子が演奏をした「母に抱かれて聞いた歌」です。
      左のスライド
音を小さくしたり、止められます。


 このページの内容

     人はどこから来てどこへ行くのか?
     有漏路と無漏路
     宗教の起源
     信仰の力
     他宗派のことは互いに知らないらしい
     摩訶止観について
     最澄
     空海
     空海と日蓮=『三教指帰』と『立正安国論』
     日蓮
     法然
     親鸞
     道元
     釈尊
     フランチェスコ
     パウロ
     イエス
     Qの福音書=『Q資料(くーしりょう)』=『先生の言葉』
     仏教かキリスト教か?
     信仰を薦められたり、教団に加入を誘われたときに
     どのような信仰につくか?
     過去の聖人が憑依する場合
     人生の考え方や宗教に関する素朴な疑問


 宗教と信仰について

人はどこから来てどこへ行くのか?

 ここでは、「人はどこから来てどこへ行くのか?」というような、かなり本質的な、そしてあいまいな問題について考えてみます。
 しかし、「考える」といって「考え」を次々と綴っても脈絡のない文章になってしまうでしょう。そして、だれも読んでくれないのではないかと心配です。そこで、いちおういくつかの「考え」の中から「仏教的な考え」と「キリスト教的な考え」を一つずつ作品のような形で、ここに示しておきましょう。何らかの参考になるのではないかと考えたからです。
 いずれも創作であって、仏教そのものでもないし、キリスト教の教義でもありません。ただ「人はどこから来てどこへ行くのか?」というテーマをそれぞれが追求して、それなりにまとめたものです。

 いちおう責任を示すために、作者を示しておきましょう。
    黒田康太作『春の雲』
    大庭加奈子作『ジューダスの福音書』

 『春の雲』については下記に示しますので、主旨がわかっていただけるのではないでしょうか。しかし、『ジューダスの福音書』についてはわかりにくいので、ちょっと補足をしておきましょう。



 「ジューダス」は「ユダ」の英語読みです。そして、おそらく当時もその発音に近い呼び方をしていたのではないかと、私には思われるのです。そんなわけで、「ユダの福音書」とはしないで、わざわざ「ジューダスの福音書」としてあります。そして、Googleで検索をしますと現時点(2006.04.12現在)では8件しかなく、そのすべてが私の(大庭加奈子というペンネームの)作品なのです。
 したがって、通俗的に「ユダの福音書」と言われるものが、ここでは「イスカリオト・ジューダスの福音書」となっていることにご注目ください。


  春 の 雲

遠くより来たりしもののかたちして雲流れゆく春の日の空

 ある春の日の昼下がりです。
 青い空に雲が流れ、遠い連山までかすかに続いています。山頂に残った雪がところどころ鋭く輝きます。山から村のほうへ細々とうねった道が、まるで生き物のように下りてきます。
 その道が、村へ入ろうとして大きく曲がったところに、小さなお地蔵さまがぽつんと立っていました。
 よく見ると、お地蔵さまの前に10歳ぐらいの女の子が、しゃがんでいます。目に涙をいっぱい浮かべ、小さい掌(たなごころ)を合わせ、何かを一心にお祈りをしているようです。
 お地蔵さまの石の皿には、蓬(よもぎ)の葉にのせた小さいお団子が、3つおそなえしてありました。
 ちょうどそのときです。
 がんじょうな体つきの鋭い目をしたお坊さまが、じっと前方を見すえて山のほうから足早に歩いてきました。そのお坊さまは、山上の寺で3年間きびしい修行を続け、今日が満願の日だったのです。

 修行は、とても苦しい日々でした。
 自分で自分に言い聞かせ、不自由な生活の中で心を清浄に保つ訓練をするのです。心が清浄になれば、何事にも迷いがなくなり、幸福になるのです。
 そのようにして、お坊さまは人生の多くの問題を解決しました。
 ただ未解決の1つの疑問を別にすれば、心は平らかで、怒りもなく、ぐちも言いません。まして、物を欲しがる気持ちなどまったくないのです。そして、いよいよ自分が世の中に奉仕できると思うと、心は充足感で満たされ、体には自ずと力がわいてくるのでした。
 お坊さまは見るみるうちに、お地蔵さまと女の子のところに近づきました。女の子は一心にお祈りをしていましたから、お坊さまが立ち止まったのに気がつきません。
 お坊さまは、女の子にやさしく声をかけました。
 「女(め)の童(わらわ)よ、どうしたのですか」
 女の子は、びっくりして振り返りました。
 目が涙であふれ、髪が肩のところで大きく波うち、むせび泣いています。
 それでも、すぐに気をとりなおした様子で、お坊さまに向かい深くおじぎをしてからいいました。
 「おかあさんが死んでしまったの」
 女の子の大きな目から、また大つぶの涙が落ちました。

 その子は、この村の外れで母と二人で細々と暮らしていました。母が病気になっても、貧しくてお医者さまにもかかれず、また葬式も満足にできなかったのです。お坊さまは、しばらく黙祷をささげました。
 そして夢心地になり、数年にわたる苦しい修行を昨日まで続けた山の生活を思い出し、思わず嘆息するとともに感慨無量でした。3年という歳月は、長いようでもあり、また一瞬のようでもあります。
 やがて、お坊さまは女の子にやさしく言いました。
 「かわいそうに、それでは私が亡くなったおかあさんに、お経をさし上げましょう」
 女の子は、黙ってうなづきます。
 「母のふところを寝床となし、母の膝を遊び場となし、母の乳を食物となし、母の情けをいのちとなす。母、飢えにあるときも、含めるを吐きて子に食らわしめ、母、寒さに苦しむときも、着たるを脱ぎて子に被らす。母にあらざれば養われず、母にあらざれば育てられず、……
 なむ死捨無、有悟理厨無、浮露愚羅無」
 このように、お坊さまは長いお経を力強くとなえ終え、女の子を振り返ってやさしく、
 「これでおかあさんも成仏しました。さあ、お家へお帰り」
といいました。

 だいぶ斜めになった陽が、お坊さまの背に注いでいます。
 路傍に生えた雑草の緑が目にすがすがしく、どこまでも続いています。女の子はすっかり元気になり、お坊さまに心からお礼を申しました。
 そして、明るい声でお坊さまに尋ねました。
 「お坊さま、これからどこへ行かれるのですか?」
 このときです。お坊さまの日焼けをしたたくましい顔に、暗いかげりが一瞬よぎりました。女の子は、それをとても不思議に思いました。お坊さまは放心したように、あどけない子の顔をじっと見つめたままです。
 夕日を正面に受けた女の子の瞳には、自分の姿がそれはそれは小さく写っています。じっと見続けていると、深く吸い込まれていくような気がします。
 山中で苦しい修行を続け、人生のあらゆる問題を思索し、試行錯誤を何回も繰り返し、自問自答を続けてきましたが、ただ「人間はどこから来て、どこへ行くのか」という大切なことを、まだ解決できなかったのです。
 夕日を背にしたお坊さまの顔は暗く、反対に女の子の顔は明るく照り映えています。やがてお坊さまは、ふと我にかえりました。そして苦しそうに、
 「さようなら」
といい、また山の方へ戻って行きました。太陽はもう山にかくれ、山際が赤く光っています。
 女の子は、元気そうに村のほうへ走っていきました。


 大庭加奈子作『ジューダスの福音書』は、ここ をクリックしてください。


 ただし、この作品に関しては現在のところ未完成で未発表のものです。もともと「人はどこから来てどこへ行くのか?」というテーマを追求して、それなりにまとめようとしたものですが、いまだにまとまっていないのです。そんなわけで、あくまでご参考という内容のものです。
 私は学生のころからイスカリオテのユダについて、それなりに考えていました。どうも納得がいかないのです。しかし、そんな中で太宰治の『駆け込み訴え』を読んだり、映画『ジーザス・クライスト・スーパースター』などを見て、私と似たような解釈をする人もあると思って安心をしました。そして、この度いささか覚悟を決めて『ジューダスの福音書』として、大庭加奈子の名前でまとめることにしたのです。

 しかし、そうは言っても「すべて神の手の中で動いている」ということを知らないわけでもありません。ちょうど、「孫悟空がお釈迦様の手の平の中をフルスピードできん斗雲(きんとうん、「きん」は「角」偏に「力」)に乗って飛んでも、手の中を出られなかった」という話と同じことなのでしょうか。

 なぜ、孫悟空が力いっぱいに飛んだかというと、
  <おれはもう、下界がせまくなっていやになったから、天界をうばって、その主になろうとしただけじゃ。世界はえらいもの勝ち、強いもの勝ちではござらぬか。>
と言っています。(呉承恩作、伊藤貴麿編訳『西遊記 上』)

 また、『コヘレットの書』に
  <知恵が多くなれば、悩みも多くなる。知識を増すものは、悲しみも増す。>
とあります。

 そして とどのつまり、この『ジューダスの福音書』を作成すること自体も、もしかしたら「神のご配慮」なのではないかと、何となく考えざるをえないのですが、…… なぜならば、私自身が何かに文章を書かされているような感じさえするのです。不思議な「神の摂理」を考えると「マリハムのお告げ」から、ふつふつとこみ上げる情熱のようなものを感じて、それが今までにない経験だとわかるからなのです。

 なお、ついでながら言っておきますと、上の作品は「Word」によって作成され、そのまま「ホームページビルダー」で作成したこの本文から「新しいウィンドウ」で呼んでいます。したがって、終わるときはその「新しいウィンドウ」の「閉じる」ボタンをクリックしてください。さらに言いますと、作品の一部分は記述が「メモ」の部分もあります。つまり、創作の過程が「私たちのグループの数人の学習者のために」ある程度わかるようにしてあるのです。そのようなことも、どうぞご理解ください。


有漏路と無漏路



宗教の起源

 なぜ人類に宗教が始まったのでしょうか。

 その大きな理由として、私なりに、次のようなことが考えられます。
(1) 人類は、食料を得るために努力を続けてきた。その過程で、大自然の中に超自然的な力があるのではないかと考えるようになった。
(2) 人間は、ことごとく生まれて、やがて死ぬという事実を知った。そこで、生の不思議と死の恐れが人間の中に超自然的な世界を思い描くようになった。
 そして、この2つの要素から生まれた宗教ではあるが、やがて人間のこころを規制して、人間を治める力を持つようになったようです。さらに、その超自然的な力や存在が、あたかも人間と似た姿を持つものとして擬人化・人格化されたり、神聖化されるようになったのでしょう。

 しかし、ここで宗教を考える人たちの間に、大きな考え方の違いがあることを知らなければなりません。例えば、西洋人と日本人との考え方は、一般的にかなり異なっているようです。
 「人間は理性的な動物である」と言ったアリストテレス、そして「我思う。故に我あり」という有名な言葉を残したデカルトを考えてください。それは、まず自分を意識して、次に自分自身が自分以外の相手を知ろうとするギリシア的、ヨーロッパ的なアプローチです。つまり、主観が対象を知ろうとしているのです。
 いっぽう日本人は大自然の中に渾然一体として溶け込んでいて、主観も客観も明瞭でないことが多いのです。自然の中に溶け込んで、さらに無の境地に向かっているとさえいえるようです。
 このようなことも、宗教の起源に大きく関係をしているように思えるのですが、……
 ここで、仏教とキリスト教について私なりの知識で概要をまとめておきましょう。

    私の仏教(サマリー)

    私のキリスト教(サマリー)

 つまり、ひととおり全体の体系を簡単に調べてみたものなのです。したがって、自分がどこに置かれているかなどを知りたいときには参考になるかもしれません。
 さらに、私自身が考えている無について、

    無の研究

も示しておきましょう。まだ、未完ではありますが。


 

信仰の力

なぜ今さら信仰なのか?

 信仰というものには、ものすごい情熱が必要なようです。私は無信仰ですから、とくにどの宗派ということもありません。また、新興宗教にも、入っていません。かつて誘われたことはあるのですが、教義の説明を聞くと、何とも煩わしく不可思議だったので、断ってしまいました。私には、とても理解のできない異なった遠い次元の場だったからです。

 今まで無信仰だったものが、なぜ今さら信仰を勉強するかを説明しておきましょう。
 それは、安心立命のためなのです。つまり、正直に言うと還暦を過ぎたころから、死んだ後のことが気がかりになってきたということです。むろん、もしかしたら死後のことを考えること自体が杞憂であるかもしれません。しかし、安心をして死ぬためには、いちおう可能性として考えておかなければならないのです。

 西田幾多郎の『善の研究』「第四編 宗教」の「第一章 宗教的要素」に、
 <世には往々何故に宗教が必要であるかなど尋ねる人がある。併しかくの如き問は何故に生きる必要があるかといふと同一である。宗教は己の生命を離れて存するのではない。その要求は生命其者の要求である。かかる問を発するのは自己の生涯の真面目ならざるを示すものである。真摯に考へ真摯に生きんと欲する者は必ず熱烈なる宗教的要素を感ぜずには居られないのである。>
のような記述があります。

 また、「第二編 実在」の「第十章 実在としての神」には
 <数理を解し得ざる者には、いかに深遠なる数理も何等の知識を与へず、美を解せざる者には、いかに巧妙なる名画も何等の感動を与へぬ様に、平凡にして浅薄なる人間には神の存在は空想の如くに思われ、何等の意味もない様に感ぜられる、従って宗教などを無用視して居る。真性の神を知らんと欲する者は是非自己をそれだけに修練して、之を知り得るの眼を具えねばならぬ。かくの如き人には宇宙全体の上に神の力なる者が、名画の中に於ける画家の精神の如くに活躍し、直接経験の事実として感ぜられるのである。之を見神の事実といふのである。>
とさえ記述されています。

 私は、西田幾多郎を尊敬していますので、ここで大いに考えさせれれてしまうんです。


 また、本多顕彰『歎異抄入門』(光文社)に次のようなことが書いてありました。本多氏が高校一年生のときに聞いた東大教授村上専精(むらかみせんしょう)博士の「霊魂論」という講演の内容です。

 <霊魂はあるかもしれないし、ないかもしれない。もしかしたらあるかもしれないから、あったばあいの用心をしておかなくてはならない。それは、雨が降るかもしれないし降らぬかもしれないというばあいにカサを持って出かけるのと同じことだ。>(本多氏の文章のまま)

 ここで、本多氏は<博士こそ、来世の往生を説く宗派(浄土真宗)の長老でなかったか。>と腹を立てたと書いておられる。その気持ちは、私(黒田康太)も大いにわかるような気がする。しかし、いっぽうではこのくだりを読んで、「大学者にしても冗談的なイントロダクションしか言えない事情」をかいま見た思いもしたのである。私が、どっちでもよいように安全側で考えておきたいという気持ちが生じたのは、上のような西田幾多郎の意見があったり、村上専精の講演記録を読んだからでもあります。

 ただ、私は10年くらい前から「雨降りの傘」ではなしに「火災保険」で考えてきました。そして、ターゲットは西田幾多郎のような「宗教の必要性」「神の存在」または村上専精のような「霊魂」ではなく、もっと具体的に「自分自身の死後の世界」というものでした。そして、そのことを「火事になって焼け出されるかどうかはわからない。でも、安心のために保険をかけておきましょう。火事にならなかったときは、その費用は安心料と考えればいいのですから、……」と考えるようになったのです。


信頼のできる資料が残っている聖人

 イエスのように、全人類の罪をあがなったといわれる偉大な人もいます。しかし、ここでは実際には手紙などを多く残している人たち、例えば日蓮やフランシスコの場合を考えてみましょう。すでに伝説の範疇に入った聖人の偉業伝や、数多くの手直しされた文書などよりも、直筆の手紙が多く残っている近年の人のほうが、最初はわかりやすく身近に感じられるからです。
 したがって、釈尊とイエスについては仏教とキリスト教の総括といった意味で、まとめてあるのでご承知ください。

 直筆が残っている聖人の調査をすると、私たちにとって学びやすく、また理解しやすくなることにも繋がることでしょう。なぜならば、なるべく孫引きをしないで、自分自身で直接に閉じた形で文献に当たることができるからです。そして、そうすることによって、かなり詳細に人物を理解することができるのです。なぜならば、資料と自分の間に第三者の考えが入らないからです。ここでは、そのようにして間違った先入観を除き、正しい判断を自分なりにすることが有意義でしょう。

 宗教と言っても、かつて政治のツールとして用いられたこともあるようです。政治上の争い、つまり政争というのでしょうか。そのような観点で考えても、私にとっては仕方のないことです。支配階級が民を支配する道具として考えた宗教などは、一方的で何とも理解しがたいからです。
 「信仰の力」と言っても、考えてみればそれはその宗教の教義が信者に与える影響力なのです。ここで、間違って伝わったら大いに困ります。そのためにも、的確な意味で原典を理解しなければならないのです。したがって、信頼性のある原典が残されている聖人たちの考え方や行動を取り上げてみたいと思いました。

 その場合には、読む人の理性で納得ができるばかりではなく、感性でも同感が得られることが大切です。それは文章に書かれた意味以外にも、何かを語っていることがあるからです。あまり突飛な論理性や飛躍した価値観をもっていると、その内容が理解できないために、自分にとっては意味がなくなってしまいます。
 私のような凡人が、いわゆる聖人に近づくのですから、ちょっと大変です。よくよく注意をしなければ、信仰の力まで得られるとはかぎりません。それでも、大いにがんばってみましょう。


他宗派のことは互いに知らないらしい

 いくら仏教の僧侶であっても、またキリスト教の神父であっても自分の宗派のことだけしか知らなければ、それが人間を救済する信仰だと言えるでしょうか? また、他の宗派のことを知らない人が、自分の信仰をしている宗派が最善であると自信をもって他人に勧めることができるのでしょうか? 私は、そのようなことを私はいつも不思議に思っています。

 こんなこともありました。
 カソリックの姉から、司祭である人(この人は日本人です)の『死と永遠』という本をいただきました。そして、とても内容の奥深い本だと思って読んでいました。ところが、その「文字と文章」という節に、在俗の維摩詰(ゆいまきつ)が偏狭な弟子を啓発するために説いたといわれる維摩経(ゆいまぎょう)のことが書いてあったのです。
 そして、維摩経の「維」という字の振り仮名が「すい」となっているのです。つまり「すいまぎょう」なんです。私は、まったく驚いてしまいました。少なくとも、それはどの宗派であれ、宗教に関わる人の常識だと考えていたからです。そんなことを考えるのは、私だけでしょうか。


摩訶止観について

 「摩訶不思議」などと言います。非常に不思議なことです。摩訶とは「マハー」のことでしょうか、すると大きいという意味です。智が集大成した「摩訶止観」と弟子の淨弁がまとめたと言われる「小止観」があります。

 詳細については、
     摩訶止観考
をご覧ください。


最澄

 最澄の残した願文(がんもん)には、いろいろと教えられることがあります。

 <愚の中の極愚(ごくぐ)、狂(おう)の中の極狂(ごくおうう)、塵禿(じんとく)の有情(うじょう)、底下(ていげ)の最澄。上(かみ)は諸仏に違し、中は皇法に背き、下(しも)は孝礼を闕(か)けり。>

 この最澄の願文(がんもん)の言っていることは、「馬鹿な人間の中で最も馬鹿な人間、狂った人間の中で最も狂った人間、汚れた生臭坊主(なまぐさぼうず)、最低の最澄である。仏にも君にも親にも背いているからである。」というような意味でしょう。この願文は「自分が悟りを開くまでは、決して山(比叡山)を降りない。つまり、俗界に戻らない」という覚悟を示したものです。
 しかし、思い違いをしてはいけません。決して、この決心が実現できると最澄が自信満々であったわけではないだろうということを。


空海

 空海の『秘蔵宝鑰』(ひぞうほうやく)のはじめにある韻文
  <生れ生れ生れ生れて、生の始めに暗く、死に死に死に死んで、生の終りに冥(くら)し。>(空海『秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)』)
には、度肝を抜かれます。

 また、
  <夫(そ)れ仏法は遥かにあらず、心中にして即ち近し。>(空海『般若心経秘鍵』)
も、よく考えられた言葉のようです。
 その意味は、「およそ仏(ほとけ)の正しい教えは、はるか彼方にあるのではなく、私たちの心の中にあり、ごく近しいものである。」という意味でしょう。これは、日蓮の「地獄は私たちの体内にある」と言ったのと、同じ言い回しです。


空海と日蓮=『三教指帰』と『立正安国論』

 なぜか、空海と日蓮を敬遠する人がいます。わかりにくいのでしょうか。それぞれの人格が、常人とは非常に異なって優れていたためかもしれません。非常に偉大な人でも、正しく理解されないことがあるようです。
 空海(弘法大師、774−835)は、平安初期の僧。真言宗の開祖。唐の長安で学んで、帰国して高野山に金剛峰寺を建立。詩文に長じ、達筆であった。
 日蓮(立正大師、1222−1282)は、鎌倉時代の僧。日蓮宗の開祖。

 空海の『三教指帰』(さんごうしいき)は、儒教・道教・仏教の三つの教えを対話形式で比較をしています。そして、仏教をもっとも優れたものと結論づけるのです。
 日蓮の『立正安国論』(りっしょうあんこくろん)は、Q&A形式の物語で、鎌倉幕府の執権であった北条時頼に送ったものと言われています。その内容は、客と主人の10の問答で法華の正当性を述べています。当時の天変地異は、浄土宗などの邪法が広がったためと結論づけて、法然のことについてはぼろくそに悪く言っているのです。

 最後に、私(黒田 康太)の個人的意見。二人の大聖人に対して不遜かもしれませんが、『三教指帰』も『立正安国論』もともに、何となく手前味噌の感じがしないでもありません。なぜならば、他の立場をまったく認めていないからです。


日蓮



法然

 法然も、非常に魅力のある人物です。
 その『一枚起請文』には、
 <南無阿弥陀仏とは、多くの学者たちの論じている観念でもなく、また学問をした結果で悟った念仏でもありません。往生極楽のためには、ただただ南無阿弥陀仏と言って、疑いなく往生すべきだと思います。
 釈尊の教えをよく学んでみたとしてもちょっとムリ、そこで愚鈍の身になりきって、知恵のふるまいをすべて捨て、一心に念仏をするのがよろしい。あらゆることを捨てて唱える念仏こそが、阿弥陀仏の本願にかなうものだからです。
 すべて生きているもの、さらに山川草木、吹く風、立つ波などにいたるまで念仏でないものはないのです。
 このように言う私の言葉が理解しにくいと言うのでしたら、そのまま私の言葉を忘れて、あれこれと推察をしないでただ本願に任せて念仏をしてください。つまり、愚かな者の心に立ち返って念仏するのがよろしい。>
とあります。


親鸞



道元

 わが国の曹洞宗の祖である道元も、なかなか興味ある人物です。『正法眼蔵』(しょうぼうげんぞう)のような膨大な内容の文章を残されました。思想的に素晴らしいものがあるいっぽうでは、歯の磨き方からお尻の拭き方まで書いてあるので、驚きです。一つの宗派を律していくためには、微に入り細に入る必要があったのかもしれません。

 さらに、弟子の一人が『正法眼蔵随聞記』を残しています。
 『歎異抄』も、この『正法眼蔵随聞記』も、ともに弟子が師を語ったものである。前者は、弟子が師の境地に達していないようであり、後者はある点では弟子が師よりも優れているように、私(黒田 康太)には思われる。

 『正法眼蔵』・『正法眼蔵随聞記」の中から、少し言葉を抜き書きしてみましょう。
  <仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。>(正法眼蔵)
  <ただわが身をも心をも、はなちわすれて、仏の家になげいれて、仏のかたよりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからもいれず、こころもつひやさずして、生死をはなれ、仏となる。>(正法眼蔵)

  <学道の人はもっとも貧なるべし。>(正法眼蔵随聞記)
  <学道の人はまずすべからく貧なるべし>(正法眼蔵随聞記)
  <人の心もとより善悪なし。善悪は縁に随って起こる。>(正法眼蔵随聞記)
  <玉は琢磨によりて器となる。人は錬磨によりて仁(ひと)となる。…… 自ら卑下して学道をゆるくすることなかれ。>(正法眼蔵随聞記)

 ここで、空海の『秘蔵宝鑰』(ひぞうほうやく)のはじめにある韻文<生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに冥(くら)し。>よりも、道元の『正法眼蔵』の「生死」の巻にある
  <生は生に任し、死は死に任す>
のほうが、私(黒田 康太)には何となくわかるような気がします。

 また、道元は死生観について
  <生は全機現なり、死は全機現なり。>
とも言っています。私も、一瞬一瞬を生は生として全力投球し、死は死としてやはりそうするというのが何となく真実であろうとも思います。
 なぜならば、道元は
  <生より死にうつると心うるは、これあやまり也。>
とはっきり書いているからです。
 空間の中に時間の進行が加わると、すべてのものが無常に見えます。しかし、道元のように時間を空間の中に包括してしまうと、無常もまた常住になるのです。


釈尊

 釈尊が、直筆で書き残されたものはないらしい。
 「如是我聞」と言うが、実際には「如是我聞」ではなく、『「かくのごとく我は聞いた」という人から「かくのごとく我は聞いた」という人から、……、「かくのごとく我は聞いた」』ということになるのでしょう。そして、さらにまずいことにそれが口承でなく、文書による伝達であることです。そして、私たちが聞くお経はパーリー語やサンスクリット語から漢訳をされたもので、どうしても原文の意味内容とは異なったものになっているらしいのです。
 したがって、実際に釈尊が仰(おっしゃ)ったこととニュアンスなどが異なってしまったことも多いでしょう。さらに、文の大意まで異なってしまったこともあるのではないでしょうか。そんなわけで、初期の仏典『スッタニパータ』『サンユッタニカーヤ』『大パリニッパーナ経』『ダンマ・パダ』などを考えてみることにしましょう。

 まず、『スッタニパータ』からいくつかの言葉を拾ってみましょう。ご承知のように『スッタニパータ』は釈尊の言葉を収録した最も古いテキストです。後の教典のような煩雑な教理は含まれておらず、譬えを用いてやさしく説かれています。また、一部が『大蔵経』に含まれてはいるものの漢訳のものがなかったために、日本では直接的には知られませんでした。
  <蛇に噛まれたときに毒が身体に広がらないようにするのと同じように、怒りが起こったときに修行者は現世と来世をも放棄してしまう。あたかも蛇が古い皮を脱皮してしまうように。>(1)
  <人間の生活やしがらみの原因である愛執から生じるものをもたない修行者は、現世と来世をも放棄してしまう。あたかも蛇が古い皮を脱皮してしまうように。>(16)
  <貪ることなく、詐ることなく、渇することなく、他人の徳を邪魔することなく、濁りと迷妄を捨て、世間に対する愛執を捨てて、ただ犀の角のように独りで歩め>(56)


フランチェスコ

 フランチェスコは、非常に興味のある人物です。物語や映画になる背景が、じゅうぶんにあるようです。私はかつて、ミッキーロークという人が演じた映画を見たことがあります。それ以前には、「ブラザーサン・シスタームーン」という美しい映画も見ました。


パウロ

 実に不思議な人生を送った人と思います。私(黒田 康太)は、ふと「パウロの手紙は、もしかしたらヴァチカンで大々的に書き直されているかもしれない。」などとも思いました。なぜならば、……


イエス

 やはり、その人物は新約聖書から知る以外にないでしょう。ローマの史書には、「義の人という内容」でバブテスマのヨハネの後にわずかに書かれているそうです。また、プロトタイプにアポロニウスとの関連などもあるかもしれません。
 私は、そんな意味でクー(Q資料)の見直しをしてみました。


Qの福音書=『Q資料(くーしりょう)』=『先生の言葉』



仏教かキリスト教か?

 日本の宗教は、仏教系かキリスト教系が多いようです。むろん、その他にも世界三大宗教の一つと言われるイスラム教があります。しかし、私(黒田 康太)は不勉強でそのすばらしさについて紹介ができません。そこで、貧しい知識ではあるものの、仏教とキリスト教だけを取り上げます。また、その他の宗教や新興宗教についても知識がありませんので、何も申し上げられません。
 ご参考までに、
    仏教かキリスト教か?
という資料を用意しました。ご関心があったら、ご覧ください。


信仰を薦められたり、教団に加入を誘われたときに

 よく信仰を薦められたり、教団に加入することを誘われることがあります。おそらく、その人は好意で言ってくれるのでしょうが、そのようなときはよく吟味をしなければいけません。なぜならば、言われるままに軽い気持ちで参加をしてしまうと、後で問題が生じることがあるからです。
 下記は、私が指導をいただいている先生から度々パンフレットをいただいたりしているときに、はっきりと参加の意思がないということをご連絡したメールの内容です。もしも、そのような場合に遭遇して断るときには、ご参考にしてください。むろん、内容は一例ではありますが、気まずくならないように断る場合のヒントがありましょう。


 「大倉謙二先生へ

 いつもご心配くださり、有難く思っています。また、昨日は郵便受けに美しい冊子を届けてくださり、感謝をしています。実は、ここのところ考えがあり、井上哲学堂(現在は中野区立哲学堂公園と言う)に行って、一日中留守をしていました。
 お届けいただいた日本基督教団の冊子ですが、手島さんの記事などがあって、なかなか内容の濃いものですね。でも、私はほとんど読みません。豪華写真のページをチラリと見るだけです。本を読むのは、あまり好きじゃないからです。

 確かに先生が日曜日いらしている日本基督教団は、戦前からあって戦時も国に積極的に協力をしたフレキシブルな素晴らしい教団です。しかし、今さら大手の宗教や新興宗教に入って救われようというような気持ちが、私にはありません。
 むしろ、その反対に教義内容に疑問をもっているのです。前に先生にお尋ねして、回答いただけないままになっている「十二使徒のうち女性は誰か?」「ピーターが鶏の鳴くまでに「知らない」と三度言ったのは、知らなかったからではないか?」

 そして「ジューダスが福音書に書いてあるような人ではなかった」のではないでしょうか。つまり、会計をまかされていた人で、学問も他の弟子たちよりあった人が、なぜ裏切ったりするのでしょうか?」など、お尋ねしたときの疑問のままです。
 つまり、ヴァチカンで2000年近くもこねくりまわしたような内容は、物語としてならばともかく、私にはあまり興味がないのです。グノーシスと言われても「グールモンなどが言った言葉」のほうに、むしろ親しみを覚えるのが正直のところなのです。

 むろん、私もプラトンやカントが言った意味の「神」はあると思います。それは、私たちの意識を超えた無限大に離れたところにある一つの思考の基準点なのでしょう。今のところ、それを「無」または「空」というような表現をしとりますが、……
 最初は「創造主」と呼んでみたのですが、誤解が多いようなので仮に「無」と言ってみました。そして、福音書は自分用に『先生の言葉』を作成しました。下記の「安心立命とは?」の「宗教と信仰について」にある「Q(クー)のオリジナル版」です。

 私には、それで十分なのです。なぜならば、仏教でも「如是我聞」を続けているうちに、臍の緒を切ったばかりの子供が、はいはいではなく立って歩いて「天上天下唯我独尊」などと言ったりするとは、私にはとても信じられないからです。そんな意味で、仏教の経典も「スッタニパータ」「サンユッタニカーヤ」からせいぜい「ダンマパダ」くらいまでを主体に研究をしているのです。キリスト教のことばかり言うと、先生の悪口みたいになっちゃうんで、ちょっと参考までに仏教も、……

 実は、ここのところ妙なことに気がついて、昨日付けで哲学のサイトを作ったんです。誰か指導をしてくれる人がいるんじゃないかと考えたからです。そんな意味で、記憶の整理などをしようと考え、新井薬師にある井上哲学堂へ行きました。
 慣れというのは恐ろしいもので、私たちが見ている物体や聞いている音は、ごく一部分なのです。それでも、トーマスのようにそれを頼りにしようとするのです。新幹線の屋根にしがみついている以上の過酷な状態に、日々すでにいるのですが、……

 あと私に残された大きなスケジュールは「死」なんです。そこで、「死後の用心」を少しばかりしておこうと考えました。でも、それ以外にも前にお話をしたスケジュールも進めています。昨日は新宿でフンメル「ファゴット協奏曲」CDを買いました。
 エッカーマン「ゲーテとの対話」に、「フンメルがモーツアルト、ベートーベンと対等に述べられている」からです。また、別の箇所には「ナポレオンとフンメルが、同じくらい偉大であった」と書き残しています。だから、ヴィヴァルディと同じパターンなのです。

 ちょっと、ここのところゆっくりとお話をしていませんので、思いついたことをだらだら並べました。
 先生も今年のお誕生日で、88歳(傘寿)になられるのではないかと思います。ご健康で、素晴らしいことと思いますが、いつまでもお元気で、……。
 インターネットになる前の多摩健康会の人たちにも、よろしくお伝えください。
 rik(黒田 康太)」


どのような信仰につくか?

 なかなか信仰には、ダイレクトに入れない人が多いようです。何となく自分の理性や間違った通念・経験が抵抗をするのでしょう。ここでは宗教や信仰というよりも、むしろ「人生の考え方」とでもいったほうがよいかもしれません。前に述べたトルストイが「ある日突然にキリスト信者になった」という話などが、実際の事実かもしれないとも思われてくるのです。
 さらに「宗教はアヘン」、つまり一時的な救いであるとさえ考えた人もいたようです。そんなことを考えると、最終的には一人一宗教に分化するでしょうか?

 キリスト教についても、「クムラン文書」と「死海文書」の発見などは大きな事件でもあり、発展でもあります。また、「クー」(Q資料)の正当性などを疑う人も多いようです。さらに、ダビンチの描いた『最後の晩餐』には、十二使徒の中に女性がいます。イエスにしなだれかかっている人物です。ふつう、ヨハネとも解釈されているが、私はどうもマリハム(マグダラのマリア)らしいと直感的に思いました。
 ダビンチのように修道院の院長でもあった人が、十二使徒を間違ったりしません。少なくとも当時は、そのような見解ではなかったのでしょうか。

(注) 『最後の晩餐』の有名なものは、
 ジョットー(1266?−1337? フィレンツェ派の祖。)
 フラ・アンジェリコ(1387−1455 画家でもあり、僧侶でもあった。)
 レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci 1452−1519) イタリアの画家・建築家・彫刻家。詩人・思想家としても多くの業績がある。生涯独身。シオン修道院の院長だった。)
などです。


 また、新約の最初の五作に「福音書」という名称が付いているのも不思議なことです。「福音」とは「幸福の音信(いんしん)」を短くした言葉で、元来は手紙形式であったはずです。それが、新約聖書に今日ある伝記風記述になっているからです。1000年以上の年月をかけて、その内容が変化をしてきた幸福の音信。
 仏教にもそのようなことが言えましょう。原始仏教と大乗仏教は、原始キリスト教と現在の教義の違いに似ています。いったい、どちらが小乗であったり、グノーシスなのでしょうか? もしかしたらパウロは、そのことを知っていたのかもしれません。


過去の聖人が憑依する場合

 神や過去の聖人がある特定の人に現れることがあります。イスラム教のアラーの神はマホメット(ムハンムド)に現れたと言います。また、チベットのダライ=ラマは輪廻転生をすると言われています。最近、ラムサという教えやマリア=ヴァルトルタの言葉が話題になっています。

 まず、「ラムサの教え」を少し引用してみましょう。
  <……。見えない力とは何なのかということが閃いたのは、そのときだった。マスターよ、私は風のことに思いを巡らせた。その捉え所のなさ、軽さ、不思議さ、そういったものと一体になった。(未知なる神に)なるという探求の中で、私が風に思いを巡らすについれ、私は風になったのだ。>
 ここで言う「マスター」とは、ラムサが学校の生徒に対して呼びかけるときの言葉なのです。ラムサは、マスター、主よ(Lord)、存在よ(entity)などと呼びかけます。

  <存在よ、私が自分が誰なのかに気付いて行く過程で、私はまず拒否、否定から始め、憎しみ、戦い、そして、死にかけ、それから不安になり、自分の周囲に答を見つける時間を持つようになった。私は決して誰かに尋ねたりしなかった。>
などとわかりやすい言葉でラムサは神の啓示を述べてくれます。しかし、「ラムサの教え」は、ここまでとしましょう。

 マリア=ヴァルトルタの言葉は、もっと具体的です。イエスが直接に現れて、マリアに告げたと言います。しかも、その内容は「死の準備」だというのです。
 イエスの言葉として、
  <あなたが書き取った褒美として、私のゲッセマニの臨終を見せました。友達どうしの深い愛のしるしは笑いや接吻ではなく、自分の悲しみを見せ合うことにあるのです。いま、あなたは十字架の上にいて、死の苦しみを感じています。私が「死の準備」を語る間、私に寄りかかっていなさい。>
とあります。


人生の考え方や宗教に関する素朴な疑問

 人生の考え方から発展をした「宗教・信仰に関する疑問」は、

     雑学辞典

の「宗教・信仰」を参照してください。また、もしかしたら「安心立命」や「哲学・思想」という箇所も参考になるかもしれません。
 ご覧いただく「雑学辞典」は別ホームページへジャンプして、別ウインドウで開きます。したがって、右上の赤い「閉じる」ボタンで戻ってください。
 ついでながら、雑学(ぞうがく)の意味を説明しておきましょう。「宗教・信仰に関する疑問」が雑学(ざつがく)では、ちょっと不思議でしょう。しかし、雑学(ざつがく)ではないのです。雑学(ぞうがく)なのです。つまり、このホームページは「健康」と「老化予防」と「安心立命」の3つがメインテーマなのです。ただし、具体的な宗教や信仰について「安心立命」のページでも、直接には触れないようにしました。そこで、「宗教・信仰に関する疑問」はメインテーマでなく、「雑」(ぞう)に入っているのです。

 そして、その他に付帯をして
(1) 「インターネット入門」
(2) 「ホームページの作り方入門」
(3) 「基礎人間関係入門」
(4) 「ロマンゲーム入門」
などの「入門コース」のページがあります。

 また、「質問と回答」(Q&A)形式のページには、
(1) 「健康Q&A」
(2) 「パソコン110番」
(3) 「雑学Q&A」
などがあるのです。

 つまり、メインテーマに含まれる「健康Q&A」とサブテーマ「パソコン110番」があって、それ以外はすべて「雑学(ぞうがく)Q&A」に分類されて、そこに記述されているのです。「雑」が「ぞんざいな有様。まとまりがない」という意味ではなく、ここでは「分類がしにくい」という意味で用いられていることに注意をしてください。『万葉集』の「雑歌」が「ぞんざいな和歌」ではなく、「分類がしにくい和歌」であることと同じなのです。


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Kuroda Kouta (2003.05.03/2015.07.16)