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  将棋


○はじめに・謝辞
○約束や禁じ手・文字など
○いろいろなモード(レベル、手合割り)と盤面の様子
○裸の王様(1)
○裸の王様(2)
○雪隠詰め(せっちんづめ)
○手に汗握る
○手順の記録
○勝負の再現・反省と回顧
○対局設定など
○わかったこと
○有りがたいゲームである。
○相手に駒を持たすと、とてもかなわない
○攻めるも守るも
○待ったができる
○負けて、投了
○同じことの繰り返し(千日手)
○自分自身のゲーム方法の確立(rik式戦法=歩成り戦法)
○少ない手数で詰ましたパターン
○初級角落ちで勝った例
○上級二枚落ちの例
○わからない判定と変な動き
○坂田三吉
○その後の私の将棋の世界
○王国を作る(あなぐま)
○何とも愚かな持久戦
○勝つ方法のまとめや思いついたこと


○はじめに・謝辞

 ここでは、将棋について考えてみましょう。
 以下に私が取り上げた将棋は、かなり本格的なもののようですよ。
 なぜかやっているときに、ときには人の気配思惑なども感じさせます。とくに、相手の王様がアウトになる直前には、考慮をしているアルゴリズムの長さの関係なのでしょうか。沈思黙考をしているような間があって、実際にやっている将棋の感じを受けたり、何となく相手の狡猾さなども思い知らされます。
 さらに、相手が不気味にさえ感じることもあるから不思議です。

 この素晴らしい「バリュー将棋4」というソフトを製作したのは、MAGNOLIA社の皆さまです。
 ほとんどエラーを生じない高度な論理になっているようで、つくづく感心します。そして、このような高度なソフトを無料で使わせていただけるので、関係者の皆さまに私は心から感謝をしています。
 ぜひ、皆さんも確かめてみてはいかがでしょうか。
 私は、自分自身が趣味でするのではなく、高齢者が自宅や福祉センターで行う楽しみとして採用する検討をしています。したがって、ここでは無料版を使っていますが、もしも趣味で行う人は実際の製品版を購入されるほうがよいでしょう。

 もしかしたら、「パソコンで将棋などをやっても、仕方がないだろう」などと考える人がいるかもしれません。
 実は、私も以前はそのように考えました。
 しかし、最近になってコンピュータの性能が飛躍的に向上しました。そして、コンピュータ側の思考時間(つまり、プログラムで何手か先まで、そのアルゴリズムを確かめるために実行する時間)が、以前と比べて大幅に短くなりました。
 その結果、有段者クラスをプログラミングした場合でやっても、さほど待つ時間は必要がなくなり、かなり人がするような感覚になっています。

 また、もともと将棋やチェスはインドがルーツなのではないでしょうか。
 インド的な「ゼロの概念」や「数の広がり」などを考えると、「ハノイの塔」などのように機械や器具を使うほうが、むしろ自然の道理にかなっているのかもしれません。
 私は、ここで行った将棋のプログラミングによる自動化を考えるときに、なぜか「オートマトン」という言葉を思い出します。また、ポー(ポオ)の短編で『メルツェルの将棋指し』に書かれていたことを思い出したりもするのです。

(注) なお、「オートマトン」とエドガー=アラン=ポオの『メルツェルの将棋差し』については、『RKOホームページへようこそ!』一行目にある「インターネット入門」を参照してください。



○約束や禁じ手・文字など

 あなたも実際にやってみると、なかなか奥行きが広く、かなり高度なものとおわかりになることでしょう。
 私は、あまり将棋について知りません。「詰めの細かい約束」や「禁じ手など」将棋の論理も、改めてこのソフトから教えてもらえる内容ではないかと思います。
 「定跡」なども、まったく知らないからです。
 例えば、相手の王様を最後に「歩兵」(ふ)を頭に打って摘まそうとすると、




のようなメッセージが出て、逆に負けたことになります。
 おそらく「打ち歩詰」は「うちぶづめ」と読んで、禁じ手の一つではないでしょうか。
 うっかりするとやってしまうので、しっかりと覚えておかなければなりません。もっとも、そんなことは「将棋の常識」であると言える人には、その必要はないでしょう。

(注) 犯罪を犯したり、ルール違反をしても、儲(もう)かったり、勝てばいいと考える混乱をした現代の風潮には、もしかしたら「禁じ手」などという言葉は馴染(なじ)まないかもしれません。私は、この将棋というゲームに、まだ「武士の世代の名残(なごり)」が残っているのではないかとも思います。
 歩行兵(かちへい)つまり歩兵(ほへい)ごときが、王将の命を取るなどということは、恐れ多いと考えていた時代があったのかもしれません。『平家物語』の木曾義仲の最期のくだりなどには、そのようなことが書かれていました。

 しかし、西洋の思想ではどうなのでしょうか。
 すでに息絶えていたとはいえ「ユダヤの王」と標識を付けた身体を槍で刺した兵卒が受けた罰のことを、かつて何かで読んだことがあるような気がしますが、……

 また古戦法では、大将どうしが勝っても負けても、お互いに尊敬しなければならないのかもしれません。そんなために、歩兵が王将のとどめを刺すことを禁じているのかもしれません。
 最後まで、乃木大将とステッセル将軍のように、……

 さらに、「ルール違反をしてはいけない」ということが現代の試合や勝負の常識なのかもしれません。
 プロレスなどは、あたかもルール違反をしているように見えます。しかし、それもショウの一部なのでしょう。なぜならば、試合中に救急車で運ばれたり、出血多量で死亡をしたりしないからです。
 もしかしたら、血などもトマトケチャップなどを使っているのかもしれません。


 将棋に書いてある文字は、おそらく由来のあることでしょう。
 しかし、最初のころに現実の問題として私が困ったのは裏側の文字で、相手の成った駒を取るまでそれが何かわからないことです。そんなことは、ゲーム以前の常識の問題かもしれませんが、よく見ても「銀」と「桂馬」は、文字がそっくりなのです。その上、大きさまで同じですから、つい間違ってしまいました。




 私が使っている駒の実際の裏側は、左から「歩兵」「香車」「桂馬」「銀将」、そして「角行」と「飛車」です。
 「歩兵」「香車」「桂馬」「銀将」の裏の文字は、いずれも「」という字の草書や略字じゃないでしょうか。また、「角行」の裏は「龍馬」、飛車の裏は「龍王」と書いてあるようです。そう言えば、テレビの解説の時間で「歩の成った」のを「ときん」、「角の成った」のを「うま」と言っていました。

 実際の勝負に使う駒か、あるいは解説用の大きな盤面かわかりませんが、将棋・囲碁チャンネル(270ch)を見ていたときに、成ったときに「リチ銀」と書いてある駒があったので、何のことだろうかと思いました。「リチ」という文字が、「銀」の上に小さく書いてあるのです。
 しかし、考えてみたら「ナ」の上の画(かく)が大きくて、「チ」に見えたことがわかりました。
 つまり、一画目(いっかくめ)の筆に力が入ったので、天辺(てっぺん)の部分が大きくなったようです。そして、さらに文字が右から左に書いてあることがわかったのです。
 結局のところ、「リチ銀」でなく「ナリ銀」だったのです。また、別な種類の駒の盤面ですが、「成香」というのもありました。
 上記は、いずれも表(おもて)に一文字しか書いていない駒でした。実際に有段者の対局を見ていると、最近はそのような駒が多いようです。(ナリ銀と書いてある駒ではなく、表に一文字しか書いていない駒のこと。)

(注) 「龍王」は、仏教などで言う人物(?)です。
 教典にも出てきますが、源実朝『金槐和歌集』にも「八大龍王」として出てきます。
 「ときによっては、あまり雨を降らすと民の嘆きになるので、ほどほどにしてやめてください。何人かの龍王さん。」と言った内容のものです。


 しかし、駒の裏の文字については、いずれも正式に調べたわけではないので、もしかしたら私が間違っているかもしれません。
 そのようなときには、どうぞメールでご注意をしてください。

 なお、上記のようなことをここに書いたので、バカにされるかもしれません。
 実際には、自分の駒が成ったときにそれが何という駒なのか、また相手の何という駒が成ったのかなど、そのようなことを忘れてしまうようならば、もしかしたら勝負以前の問題かもしれませんね。


○いろいろなモード(レベル、手合割り)と盤面の様子

 「初級」というレベルでやってみると、3回に1度は勝てるようです。
 このゲームをやっていると、その最中になぜか

 <人の一生は重荷を負って遠き道を行くが如し、いそぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。心にのぞみおこらば困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基。怒は敵と思え。勝つことばかり知って負くる事を知らざれば、害、その身に至る。己を責めて人を責むるな。及ばざるは過ぎたるより勝れり。慶長八年正月十五日 家康>

という言葉が、脳裏をよぎったりもします。
 なお上の言葉は、上野の東照宮で求めた「東照神君徳川家康公御直筆写」にあった言葉です。

 でも自信のない人は、最初「初心者」で勝負をするとよいでしょう。
 やってみてわかったことですが、初戦で角(かく)をわざと落として(取られて)くれたり、ポカのような手をしてくれたり、なるべく勝たせてくれるようになっているので安心です。
 さらに、わざわざ「王手飛車取り」などの「」(すき)を作ってくれたりもするようですね。
 このアルゴリズムをプログラミングした人は、実際に有段者のような力量を持った優秀な人なのでしょう。

 むろん、手合割りというのでしょうか、「飛車抜き」(飛車が最初からない)など多くの「駒を落としたモード」が各レベルごとに用意されています。そして、レベルは「初心者」「初級」の他に「中級」「上級」とあるのですが、上のほうにいくと有段者でもかなわないそうです。
 私は、まだ確かめていませんが、……

(注) 後で確かめたら、
    「コンピュータ・レベル」には、「初心者」「初級」「中級」「上級」の4つがあります。
    「手合割」には、「平手」「香落ち」「角落ち」「飛車落ち」「飛香落ち」「二枚落ち」「四枚落ち」「六枚落ち」の8つあります。

 そして、それぞれのコンピュータ・レベルに手合割ができるようです。つまり、32通りの組み合わせが可能ということです。
 すると、初心者から、セミプロ級までをカバーできるのではないでしょうか。
 何とも素晴らしいことです。






 上の画面で、手前(下)が自分です。そして、奥(上)が相手側(パソコンのプログラム)です。つまり、それぞれの駒(こま)に書いてある文字が正しく読めるほうが自分の駒、文字が転倒しているのが相手側の駒です。
 実際の駒よりも私のディスプレイでは小さいようですが、とてもわかりやすく駒に影まで付いているので、何とも実感が出ています。
 細かい配慮のできている優れたゲームだと思います。


○裸の王様(1)

 勝負が白熱をしてくると、危ない目に会います。
 それでも、そんな中を切り抜けて勝とうとするのですから、なかかな油断ができません。




 余裕をもって勝負に望むと、上のように相手を裸同前にしてつますこともできるでしょう。
 駒を持たせないのが、完膚までに勝つ秘訣です。なぜならば、相手が駒を持ったときの活用法は、おそろしいほどのものです。とくに、「」(ふ)の有効な使い方には驚かされました。

 相手は「勝っている」ときはめっぽう強いが、丸腰になってしまうとダメになってしまいます。それは「強い」と言っても、持ち駒を有効に使う「定跡をくまなく知っている」ということなのでしょう。
 つまり、逆に私が弱いために負けるということは、「定跡を知らない」ためなのです。
 そのようなことが、相手の側近(金や銀)がいなくなったり、持ち駒がなくなったときにわかります。なぜならば、そんなときに相手はともすると愚かしい動きをするからです。

 相手(コンピュータ)には、駒のいちばん有効な使い方がプログラムに組み込まれているのでしょう。盤面の駒以外にも、取った持ち駒の活用法については油断も隙もありません。相手が優勢なときは、めっぽう強いのです。つまり、優勢のときは破竹の勢いで、強さがますます加速するような案配です。一欠片(ひとかけら)の情け容赦もありません。
 しかし、駒がなくなって丸腰になると有段者クラスのアルゴリズムや知識をもっていても、作戦ができないためでしょうか、ぐんと弱くなってしまいます。

 それは、ちょっと極東軍事裁判のときにMP(憲兵)によって法廷に引き出されてくる元大将たちのようです。こつかれても、素直にそれに従うしかないのです。丸腰では。
 皆さんも私と同様に、「勝てば官軍」とか「敗軍の将」などという言葉さえ思い出されて、何とも哀れを催す幼稚な動きを相手に見るときもあるでしょう。
 つまり、丸腰兵力・武器不足では戦いにならないことは、将棋の盤面でも同じ。

 戦うときは、兵站(へいたん)をよほどしっかりとさせて、戦局に臨まなければいけないことは常識のようですね。そんなことはわかりきっているのですが、当初の計画通りにいかないのが、この小さい盤面においても言えるようです。


○裸の王様(2)

 私は、ちょっと変わった考え方で、将棋をすることがあります。
 それというのも、「脳の活性化」の「一つの方法の試みのケース」の「将棋の盤面の中で行う体験」の手軽な実験だからです。
 相手は上級(有段者クラス)。ただし、飛車と角行の二枚落とし。
 非常に変わった一つの戦法。その結果を見てください。




(1) 守る陣形などは、いっさいしない。だから「穴熊」などにはなりません。
 攻めてきても、必要最小限しか動かない。王様は、できたら最後まで動かない。
 こちらからは、とくに相手の陣に攻めていかない。

(2) 取った駒は、歩以外は使わない。
 桂馬や香車が使えて、例えば「王手金取り」など二枚の何れか取りになるときでもしない。
 それでも、相手が投了時にはこちらの持ち駒がご覧の通り。

(3) 最後は、双方ともに添付のとおりの陣形になる。
 しかし、こちら側(画面の下方)は、さんざん痛めつけられた結果。
 上記(1)(2)(3)の考え方によって進めた結果、最後に上記の画面になったのだが、終盤戦まではすべて相手が有利。むろん、こちらの陣地に攻め込んで、けちょんけちょんに食い荒らした。
 ガマンに我慢をして、最後は上記のようになったわけで、私がとくに相手を次々と取っていったというわけではない。


○雪隠詰め(せっちんづめ)

 下の棋譜を見てください。




 慣れてくると、相手をどこに追いつめようかなどということも計画できるようになります。
 ちょっと汚ないビロー(尾籠)な言葉で恐縮ですが、「雪隠詰め」(せっちんづめ)などという言葉があるくらいです。計画的に駒(こま)を進めていくのですが、考えが不十分ですと思わぬアキシデントが生じます。そして、とことん負けてしまうので、大いに「頭の訓練」にもなるのではないでしょうか。

 このソフトでは、相手を「裸の王様」にしても、「雪隠詰め」にしても、つまりどのような攻め方をしても感情を持ちませんし、根に持たないようです。相手は「捨て台詞」(すてぜりふ)を言ったり、愚痴ったりしません。コンピュータ将棋の素晴らしいところです。
 それは、機械が感情をもたないのですから、当然のことです。

 しかし、相手が攻めてくるときは情け容赦がないので、私は思わずドキドキとしたスリルを味わったり、その挙げ句(あげく)にけちょんけちょんにやられてしまうことがあります。そして当然のことながら、自分の未熟さに対して、あまり愉快ではありません。
 こちらに対して行われる相手の一連の手順は、まさしく殲滅作戦のようです。かつての米軍が日本軍にしたパターンに何となく似ています。次々と弱みにつけこんで、攻め込んできます。

 したがって、この相手方の殲滅作戦に対して、定跡をマスターするまでこちら側は(後に述べる)「rik式戦法」(リックしきせんぽう)で行かざるをえません。
 つまり、なるべく歩兵以外の駒を持たせない消耗戦となるのです。


○手に汗握る

 「初級」でも、やっているうちには思わず「手に汗握る」ような熱戦があります。
 相手は、強いときはめっぽう強い。破竹の勢いで攻めてきます。

 下の盤面は、非常に危ないところを何とか切り抜けて、私が勝ったところです。相手の堂々たる持ち駒を見てください。一手(いって)空けたら、こっちがアウトになることは必然です。
 そこで、考えて、考えて、ようやくこの結果になりました。
 下の画面をコピーしてここに貼り付けている現在も、今しがたの緊迫した空気を感じます。まったく、このゲームを熱心にしていると、頭が衰えるどころではありません。





○手順の記録

 盤面を示したような自分なりに印象深かった勝負は、終了をしたときに「一連の手順」を忘れずに記録しておくとよいでしょう。
 ゲームを続けるときも、この将棋ソフトを終了するときも

    無題への変更を保存しますか?

と表示がなされます。

 そこで、[はい]として適当なファイル名をつけて保存します。
 ファイル名を付けないときは、「無題」というファイル名になるようです。私は、上記の「手に汗握る」には

    syokyu_hirate_nessen070521.vsg

とファイル名を付けて、セーブしました。
 「.vsg」は、自動的に付けてくれる棋譜ファイルの拡張子です。
 なお、この勝負は飛車を二枚も取られてので、詰め切れなかったら(一手空かしたら)アウトかと思ったのですが、再現をしてみると何とも考えてがんばったことが我ながらわかります。

(注) 実際に、最初からの手順をすべて再現するには、
(1) まず、起動してある将棋ゲームで、セーブした棋譜ファイルを読み込む。その盤面は、最後に終了をした状態(ふつう、片方の王様がつんだ状態)で示される。
(2) メニューバーの「棋譜再現」にある「最初に戻す」(左向きの三角形が二つあるアイコン)
(3) 「棋譜再現」にある「自動再現」(右向きの三角形)
とします。

 すると、自動的に駒が交互に動いて、実際にしたときの感動が甦ってきたり、手順の反省をすることができます。そのときの速さは、設定ができるようです。むろん、途中で止めたり、一手ずつ進めることも可能です。
 しかし、考えた時間(持ち時間との関係)などはどうでしょうか。


 非常に「可能性のあるゲーム」ですから、各自で工夫をしてみるとよいでしょう。
 やってみると、いろいろなことがわかりますよ。


○勝負の再現・反省と回顧

 勝敗の分かれ目を振り返ってみることも必要でしょう。
 このゲームでは、一連の手順が再現できます。
 したがって、再現をして反省をすると「あのときには、ああやったらよかったのに!」などということに気が付く。むろん、再現のステップの途中で止めて考えることもできます。
 小さな盤面でする勝負でも、一連の手順を再現すると誤った判断に気づく。
 そして、それは実際の歴史などにも通じるような感慨を受けることさえある。

 記録した手順を再現してみると、大いに反省することがあります。自分のしたことは、後になってみると「とても興味深い」ことだからです。なぜならば、その局面で気軽に考えていたことが、重大な結果に至ることがあるからです。
 何も将棋の場面だけではなく、人生にもそのようなことがあるでしょう。そんなわけで、日々一手に細心の注意が必要なのです。
 あるときは、ぐっとガマンをして臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の気構えが必要かもしれません。

 いずれにしても一勝負が終わったら、とくに負けたときは「敗軍の将兵を語る」ではありませんが、もう一度「将棋再現」をして、自分自身の手を反省することも、ときには必要なのではないでしょうか。そして、そのようにすることが、実力を高めていく秘訣だと思います。
 さらに大げさに言うと、私はこの将棋の中に何となく「人生のシミュレーション」があるような気がします。


○対局設定など

 まず、対局の始めです。「握手」の形をしたアイコンをクリックすると、いろいろな設定ができます。

(注) ついでながら、この「握手」のアイコンはよくできています。作った人の人柄が偲(しの)ばれるからです。
 もしも、握手ではなく「双方が刀をもった真剣勝負の立ち会い」のようなアイコンでしたらどうでしょう。戦いに臨(のぞ)んで、もしかしたら心が荒(すさ)むのではないでしょうか。

 私は、この「握手」をクリックするたびに、相手がプログラムであっても「よろしくお願いします。」という気持ちになさざるをえません。


 一例ですが、下記のように「対局設定」をするのもよいでしょう。

 なお、私は「勝つことが目的」つまり「相手を攻め滅ぼすために」このゲームをするのではありません。また、単に時間を持てあましているというわけではないのです。
 このゲームの中で、困難や危機を逃れて、何とか「生き延びる」ことを練習しようと考えているのです。さらに、老化予防のためにいわゆる「頭の体操」「脳のトレーニング」をしておきたいのです。
 ですから、常に「後手」になっているんです。積極的に相手に向かっていくのではなく、実は「飛んできた火の粉は払いのける」というような姿勢なのです。




 この「対局設定」画面では、「先手・後手」のほかに、「コンピュータ・レベル」と「手合割」が設定できます。
 上の画面は、「初心者」と「平手」を選択した例です。

 「コンピュータ・レベル」には、「初心者」「初級」「中級」「上級」の4つがあります。
 「手合割」には、「平手」「香落ち」「角落ち」「飛車落ち」「飛香落ち」「二枚落ち」「四枚落ち」「六枚落ち」の8つあります。
 私は「初心者」の場合は、「平手」以外をしたことはありません。

(注) ついでながら、「初級」「中級」「上級」では、「二枚落ち」つまり飛車と角行を抜いてもらう。それで、何とかなる程度の実力なのです。もっとも、「初級」で「飛車落ち」としたケースで、何回か勝ったことはありますが。


 「香落ち」は相手の「香車」つまり「やり」を最初からなくして、ハンディを付けてもらって戦うことではないでしょうか。
 私は、あまり将棋の専門用語は知りません。「四枚」とか「六枚」について知りたい人は、実際にやってみてください。おそらく最後の「六枚落ち」は、碁の「全目(正目だったかも)風鈴」のような「超初心者向きのハンディ」ではないでしょうか。

 さらに、「その他」の画面にすると、下のような画面が出ますから、これからの勝負について設定をします。私は、最初に設定されていた「竹風作錦旗書」「背景1」としてあります。
 しかし、駒音は「パシッ」と出るようですが、「王手を告げる」というのが何を意味することかわかりません。つまり、うまくいかないようです。相手は王手をしても、まったくダンマリのままだからです。

 「筋・段を表示する」というのは、駒の進める升目に色を付けてくれるサービスのことでしょう。角行のように遠くへ進むときに便利な方法です。




 いたれりつくせりの将棋ゲームで、実際の盤面の勝負にも、興味深いものがあります。


○わかったこと

 やってみて、わかったことを以下にメモしておきましょう。
 する度に、いろいろな発見があって、何とも有りがたいことです。
 この素晴らしい「バリュー将棋4」というソフトを製作したMAGNOLIA社の皆さまに、心から感謝をしています。

 今後、以下に自分なりの感じ方をいろいろと書き足していくつもりです。
 あるいは、間違っていることもあるでしょう。そんなときは、どうかご注意やアドバイスをしてください。
 よろしく願います。


○有りがたいゲームである。

 複雑な世相の現代においては、趣味が同じで互いに楽しめる相手は少ないようです。
 また、勝敗の結果によって、人間関係が悪くなることもあるでしょう。中には悔しさのあまり、捨て台詞(すてぜりふ)を言ったり、啖呵(たんか)を切る人がいないとも限りません。

 しかし、このゲームでは名人や有段者クラスが、何時間でも何回でもていねいに相手をしてくれます。もはや老人などの相手をしてくれる人が少ない時代なのに、このゲームの中ではそれが実現します。
 曾野綾子の『戒老録』という本には、そのことがしみじみと書いてあります。たとえプログラムと言っても、有りがたいことです。そんな意味で、私はこのゲームに心から感謝をしています。

 まだ、定跡を知らないレベルで、有段者クラスを相手にできるということは、正しい手ほどきをしてもらえるというメリットでしょう。なぜならば、定跡を知らないで物事をする愚かさと空しさは、何ともいたしかたないからです。将棋でなくても、そのようなことが言えるのではありませんか。

 このゲームをやっていると、テレビの対局などが何となく理解できるようになりました。
 前には見なかった「NHKのBS放送」の番組やケーブルテレビ局の「囲碁・将棋チャンネル」を見るのが楽しみになりました。(もっとも、囲碁のほうは知らないので見ません。)
 例えば、佐藤棋聖と渡辺竜王の盤面などが、解説者の話とともに朧気ながら(おぼろげながら)わかるようになったから不思議です。


○相手に駒を持たすと、とてもかなわない

 相手、つまりコンピュータのプログラムは、盤面のどこにどの駒を打つといちばん効果的かを瞬時に判断して、情け容赦なく打ってくる。人が考える速さなどとは、比較にもならないほどの素早さ。間髪を入れずというようなときもあります。
 「そんなこともできるのか」と驚いてしまうようなことさえ、相手が瞬間に打ってくるので脅威。
 それは、素人の知らない定跡(囲碁の定石にあたる言葉)をすべて記憶していて、ちょっとした隙(すき)を見つけて、見逃さずに打ってきます。その速さに、私はとても太刀打ちができません。

 「苛斂誅求」(かれんちゅうきゅう)という言葉は、租庸調(そようちょう)について言われる言葉ではあるが、相手の駒の使い方には、かなり厳しい取り立てがあるようだ。やっていて、思わず「むっ」としてしまうようなときが、何回かあった。
 そんなことを避けたいというのは、対局者は誰でも考えるのではないでしょうか。例え、知識がないということがわかっていても、けちょんけちょんに負けるのはあまり気持のいいものではありません。

 そんなわけで、「初級」で対戦しても、なかなか大変です。
 むしろ、対局の前のほうの段階で、わざわざ飛車や角行を取らせてくれる「初心者」でやったほうが、気楽に対戦できるかもしれません。「初心者」モードでは、ときには見逃してくれたり、ポカもやってくれるので、何とも楽しい雰囲気です。
 設計した人は、「初心者」モードでこのゲームの利用者が諦めてしまわないような配慮をしてくれているのでしょう。


○攻めるも守るも

 戦法は、それぞれの人の性格によっても異なるでしょう。
 攻めるのが得意な人、守りに強い人など様々です。私は、どちらかというと勝負事が好きではないので、どうしても「守りのパターン」になりがち。
 しかし、戦局後に勝敗の結果を反省すると、自分に見合ったレベルで勝負をしたときは、勝つも負けるも一手違いのことが多いようです。(まだ、初級・中級ですが) つまり、「一手空けたために負けた!」とか、もしも「自分の番が回ってきたら勝てたのに」ということです。
 また、ちょっとした不注意が「攻めきれなかった」とか、「守りきれなかった」ということが多いようです。

 しかし、ときには自分の王将が先端に出て戦うのも一つの方法でしょう。
 相手が「二枚落ち」をしてくれるときなどは、盤面の駒が少ないためでしょうか、王将が前面に出てきたりします。また、自分の陣地に閉じこめた相手の駒を取るときなど、王将が自ずと動いてきます。

 アレキサンダー大王ではありませんが、王(ぎょく)自ら(みずから)先陣を争うのも、一つの試合方法でしょう。『平家物語』などにも、大将がまっさきに敵陣に向かって行くような記述があったのではないでしょうか。
 ともかく、そのように王将がすいせんそっぱん(? 本当は率先垂範のつもり)して戦うのも、スリルがあって脳に刺激を与えるようです。何となく、はらはらドキドキするからです。そして、そのような気持は「脳をリフレッシュ」して老化予防の効果があるかもしれませんよ。


○待ったができる

 「手」の形のアイコンがあって、「待った」ができます。
 私は、めったに「待った」をしない。しかし、マウスが引っかかってしまい、駒を進める途中で止まってしまったり、思ってもいないところに駒を進めてしまうことがある。また、間違った駒を打ってしまったりする。そんなときには、その操作に対する「やり直し」として待ったをする。
 しかし、待ったの仕方によっては「コンピュータの勝ち」になってしまい、勝負が終了することもあるようだ。

@@@
 「相手がどんな手でやってくるか」を確かめたいときには、相手に駒を打たせてから「待った」をすることもできます。いちばん便利なのは、「まだ初手の段階」(私の場合は後手ですから、相手が最初の一手を打つ)で、相手の戦法がわかることです。
 「初級」「中級」「上級」ともに、いくつかのパターンがあって、右から攻めてくるか、左から攻めてくるかわかりません。とくに、決まった順序はないようです。負けたときになどは、反省の意味を持たせてあるのでしょうか、同じパターンがもう一度続くようです。

 私の場合は、「上級二枚落ち」にしても、相手が左(つまり下側の私の角行上方)から攻めてきたら、まったく歯が立たないのです。相手を崩せなくて、けちょんけちょんに負けてしまいます。まだ、それに太刀打ちできる力量がないからです。
 そこで、そんなときは相手の最初の一手の後で、すぐに「待った」をします。自分は、一手も指さないときにです。すると、相手は戦法を変えてくるようです。
 さっき左側から攻めてきたのを今度は右側に変えたりするのです。もしかして一回で変わらないときは、二・三回すれば戦略変更をするようです。


○負けて、投了

 負けたとき、またはとてもかなわないと思ったときに、「白旗」のアイコンがある。
 とてもダメだと思ったら、白旗を掲げて、もう一度最初からするほうがよいかも。


○同じことの繰り返し(千日手)

 言ってしまえば、ゲームなど勝負自体が同じことの無意味な繰り返しかもしれない。旧約の『伝道の書』ではないが、戦争や個々の人生自体さえも、もしかしたらそうかもしれないのだ。

 将棋では、相手同士が同じ手を繰り返して指すときは「千日手」と言って、勝負が中断されてしまうようだ。キリがないからであろう。そんなことが、一回あった。
 確か「千日手です。」と出て、終わってしまった。その場合は、おそらく引き分けになるのであろう。
 実際には、結果的に仕掛けたほうが負けになるのかもしれない。その辺の詳しいことに関しては、まだ知識がないのでわからない。後で、次の画面のようなこともあった。




 私は「5三」龍王、コンピュータ側は「7三」玉将といる。そこで、「6二」と龍を進めた。すると、相手は「8二」と玉が逃げる。持ち駒に金将を二枚も持っているので、張るんじゃないかと思っていたので、何回か繰り返してみた。すると、「王手の千日手です。コンピュータ側の勝ちです。」と出て、負けとして終わってしまった。一つのパターンを覚えた次第である。

 また、相手側(コンピュータのプログラムのほう)の指し方を見ていると、同じ動作を繰り返して何回か続けることがある。例えば、銀が斜めに「行ったり来たり」する。おそらく、トランプなどで言うパスに相当する動きではないか。
 それでも、そんなときは相手(こちらがわ)の動きを見ていて、隙(すき)を窺(うかが)っているような感じがするので、何となく気味が悪い。


○自分自身のゲーム方法の確立(rik式戦法=歩成り戦法)

 そんなわけで私の場合、「rik式戦法」(リックしきせんぽう)というような兵法を確立しておかないと、この将棋プログラムを作ったエンジニアの能力とコンピュータの処理能力には、まず敵(かな)わない。相手は持ち駒の使い方が非常に上手で、一手間違うとアウトになるような盤面が、次々と続いてしまう。

 そこで、相手になるべく駒を持たせないのがよい。つまり、相手に駒を持たせないためには、自分の持ち駒をなるべく使わない。「rik式戦法」などと偉そうに言うことではなく、「相手に駒を使わせない戦法」すなわち「自分の持ち駒を使わない戦法」になる。いきおい、勝負はみみっちく、何となく見苦しい。
 一例をあげると、下図は相手が投了をした瞬間。
 「歩成り戦法」(ふなりせんぽう)という意味がおわかりでしょう。




 これは、二つ目に示した終局の盤面とも似ています。いきおい、自分の持ち駒が増えていき、反対に相手の持ち駒は少なくなる。上の画面で相手の持ち駒がほとんどないのに反し、こちらの持ち駒はどうでしょう。ずっと右のほうをスクロールして見てください。

 ほとんどの駒を持っていることがおわかりでしょう。相手から取った駒をなるべく使わないので、ちんき(珍奇)でもあり、みみっちい戦法になってご覧の通り。したがって、あまり緊迫感を持たずに勝つには、相手を「裸の王様」にするのが確実です。

 そのようにすると、何となく太平洋戦争末期のわが国がおかれた状態と似ているようですが、……。そして、アッツ島やラバールに残った「連隊の最期」のことをつい考えてしまいます。
 アッツ島や硫黄島の玉砕などに想像が移って、やはり愚かしい思念が生じます。ただ、将棋の場合は王様がアウトになると終わりです。全部の駒が玉砕する必要はありません。いずれにしても、終盤戦では王様がわずかな兵とともに逃げ回ることになります。何とも「哀れな逃避行」というしかありません。やはり、最初のほうの(注)で述べた、「木曾義仲の最期」を思い出します。

 しかし、絶対に勝つための方法を正直に告白すると、そんなことになるのではないか。
 いちど上級の後手でやったことがあります。必死になって考えたのですが、やはりコンピュータの中の論理にはかないません。そして、相手は一手を打つために思考をかなりするようです。「どうすればどうなる」などを評価しているのでしょう。行き当たりばったりの手では、どうにもならないことがわかりました。
 初級で何とか勝てるようになったので、今後は中級、そして近い将来は上級で対戦できるようになりたいと考えている今日この頃です。

 戦法と言っても、何もケチって飛車と角行を絶対に使わないという意味ではありません。
 負けそうになったんで、苦労して取った相手の飛車と角行を二枚とも使ってみました。
 次の画面を見てください。




 上の画面は、「初級」「平手」として、下方の私が「後手」で行った例です。
 「形成グラフ」というのを見るとわかるように、最初はコンピュータが有利でした。相手は、持ち駒の使い方が巧みだったからです。そこを私は何とか耐え抜いて、後半戦になりました。そして、240手(私が指したのは、その半分)で、ようやく相手が投了しました。
 そのときの私の持ち駒は、右のほうを見るとわかるでしょう。取った三枚の金と三枚の銀は、すべて右上端(九9)にいた玉将の回りにありました。それを成り歩で崩していって、ようやく詰んだところなのです。だから、相手のほうには歩がずらずら〜っとあるんです。


 最初は、「初級・二枚落ち」でしていましたが、うんと考えれば「初級・平手」でも何とか勝てるということがわかりました。もっとも、それは紛れ(まぐれ)だったかもしれません。さらに最近になって、ある程度の定跡がわかってきました。
 すると、何となく「いい勝負」になってきます。そこで、「中級」や「上級」ですることを始めたところです。
 もっとも「平手」でしたら、千回やっても現在の私の力では無理でしょう。
 相手が飛車と角行をもつと、それこそ雲霞(うんか)のごとくに攻めてきます。つまり、相手が全駒(平手)の場合は、シェークスピアの『マクベス』ではありませんが、(名前はダンシオンだったかバーナムだったか忘れましたが)「森が、じわじわと攻めてくるような恐怖を覚えます。つまり、森ごとというか全体がシステムとなった一体の様相でこちらに向かってくるのです。

 とても、太刀打ちできるものではありません。何回やっても、かなわないでしょう。
 実際にやってみると、戦術を知らないということが、よくわかります。こてんこてんというか、けちょんけちょんにに負けてしまうからです。
 だから、「二枚落ち」またはせいぜい「角落ち」でするんです。
 それでも、いわゆる「手に汗を握る」ような緊迫感のある勝負になって、お恥ずかしいことだが、三回に一回くらいしか勝てんのが現在の事実です。

 また、この間「囲碁・将棋チャンネル」(多摩ケーブルテレビで270ch)を見ていたら、プロ・アマ戦というのがあって、六段の人とアマチュアが戦ってアマチュアが勝ちました。そのときプロは「角落ち」で、持ち時間も半分くらいだったようです。

 この将棋を始めて1ヶ月ほどになるが、ここに最近の成果を3つほど示しておきましょう。


○少ない手数で詰ましたパターン

 下記は32手で詰ました例です。下図の棋譜(きふ)からおわかりのように、相互に指すのですから、自分自身の差し数は16回でしょう。飛車と角行を取ったものの使わないままに詰ましました。いくら高度なアルゴリズムによっているとはいえ、このような隙(すき)もあるのでしょう。





○初級角落ちで勝った例

 初級の場合は、油断ができません。ちょっと注意を怠ると、負けてしまうからです。それこそ、神経を張りつめていなければダメなのです。したがって、相手が「角落ち」になると私はどっこいどっこいの勝負ができるようです。現時点では。





○上級二枚落ちの例

 いちばん難しい上級です。おそらく平手では、何回やっても勝てないでしょう。そこで、二枚落ちにしてもらいます。つまり、最初から相手には「飛車と角行」がありません。それでも、ちょっと油断をするとやられます。したがって、相手に駒を持たせるとアウトになるでしょう。そこで、やはり「rik式戦法」なのです。
 名人クラスの論理で組み立てる上級と言いながら、勝敗決定後の双方の持ち駒を見てください。





○わからない判定と変な動き

 さっき、頭のトレーニングとして次の条件でやってみました。
    上手(かみて)位置は上です。(駒に書いてある文字が反対のほうが先手、つまりコンピュータ側)
    中級
    二枚落ち(コンピュータ側に、飛車と角行を落としてもらう)
    上手(かみて): 0:59  下手(しもて): 6:51
 (なお、蛇足ながら私には「中級・二枚落ち」にしてもらって「何とか勝つ」ことができるくらいの実力しかありません。その条件で、上級にするとやられちゃう。4行目の上手・下手は使った時間です。いかに、沈思黙考をしたかがおわかりでしょう。でも、この回はご覧のようにメチャメチャにやられちゃって、詰まされる寸前。)

 それが、下図のような場面になってから、突然に判定が出で終わっちゃったのです。念のために「形勢グラフ」も示しておきましょう。不思議なのは、私はもはや詰まされる寸前。王将は裸一貫で、相手は飛び道具である飛車と角行を持っているのに、「コンピュータの負けです。」と出て終わってしまいました。
 もしかして、持ち時間か何かの規定があるのでしょうか。あるいは、誤動作なのでしょうか。




 将棋は王将がアウトになったら、負けです。
 つまり、他の駒は本来ならば王将を守るためにあるのです。また、逆に相手の王将を攻め取るためにあるのです。それが、ともすると自分の王をほっておいて逃げてしまうことがありました。もっとも、それは終盤戦になって、相手の王将が裸同然になったときのことですが。
 何となく、かつての戦争において南方の島々で行った兵の動きに似ているようで、殲滅作戦に出会ったときなどは、統制が乱れてしまうものなのでしょう。
 また、王将は兵があってこそ、堂々としています。丸腰になってしまうと、いくら上級の王様でも不格好です。もっとも、最初から二枚落ちでしていて、私がrik式戦法を行うのでそうなるのかもしれません。最後のほうは、極東軍事裁判に丸腰で出席する元元帥や大将のような感じです。MPに言われたとおりに動くしか、他に方法がないのです。


○坂田三吉

 将棋の世界は、他のこととは異次元であるらしい。
 私は、天才棋士と言われた坂田三吉の逸話を思い出す。

 坂田三吉は、生涯まったくといっていいほど字が書けなかったという。
 書くことができたのは、将棋の駒の「角行」の裏にある「馬」という字と、自分の名前の「三吉」だけ。その名前の書き方は、書家の中村眉山に教わったのである。

 「まず一を上から下に七つ並べて書け。それから四つ目と五つ目の一の真ん中に頭を出して一を縦に一本。そして、六つ目と七つ目の両側に縦の一を一本ずつ。」

 この際、書き順などは問題にしない。そして、彼は一生その筆順で書名をした。
 東京に対局に行くことになった。しかし、駅名が読めないので後援者は、

 「坂田はん、あんたの名前の三の字が縦に書いてある駅で降りや。そこで、車掌に聞いて三田へ行く電車に乗り換えな。そして、三が書いてある駅で降りるんや。」

と教えたのである。
 それで、彼は品川で乗り換え、三田で下車することができたのである。


○その後の私の将棋の世界

 このゲームは、やってみるとなかなか面白く、また奥行きの深いものがあります。
 そしてまた、その分野にはいわゆるプロがたくさんいることがわかります。将棋の場合には、有段者解説者です。(もっとも、たいがいの場合は「解説者が有段者」であることが多いみたい。)
 私はこの将棋を始めてから、まだ3ヶ月になりませんが、実にいろいろなことを知りました。

 また、テレビで「将棋の時間」があると見ていても、以前と異なって興味を持ちます。ありがたいことには、ケーブルテレビに「囲碁・将棋チャンネル」というのがあって、半日は将棋をやっているのです。また、NHKのBS放送でも、ときどき将棋の対局があります。
 今までは見ていても、何がなんだかわからなかったのですが。
 それが最近では、いずれもかなりの実力のある人のようですが、次の一手が私の考えと同じときには、なるほどと思ったりするようになりました。そんな意味で、「テレビの将棋」を見るのが面白くなったのです。楽しみが増えて、有りがたいことです。

 いろいろと学べるので、このゲームには感謝をしています。
 本当は、有段者クラスの人が「二枚落ち」(最初から、飛車と角行を抜く)などで、相手をしてくれるとよいのですが、そのようなことを実現することは、まず不可能でしょう。このゲームでは、それが簡単に実現できるので素晴らしいことです。
 つまり、上手(かみて=相手)をコンピュータにして、「中級・二枚落ち」ですると、ふつう5分ぐらいの勝負になります。私は、常に相手を先手にして、自分を後手にしています。ただし、その時間は私が勝つときの場合で、中級でも3回やって2回くらいは勝てるようになりました。
 しかし、同じ条件で「上級」にすると、なかなか勝てません。相手の持ち駒の使い方は、定跡があるのでしょうか、まったく見事なものだからです。

 「上級」にすると、相手が駒の先行きを読む時間が増えるようです。
 例えば、「上級・二枚落ち」でようやく私のほうが勝ったのですが
    時間 上手(相手=コンピュータ) 9:57  下手(私) 9:24
というようなことがありました。
 つまり、コンピュータ側のほうが「思考時間が長く」なってしまった例です。

 ふつう、「上級」にすると「二枚落ち」でもかないません。(2007年6月30日現在)
 相手の思考時間が増えるので、こちら側の待ち時間も多くなります。そして、思いもよらないような手でやってきます。そんなわけでは意表を突かれて、結果的には「総身傷だらけ」というような負け方をしてしまいます。上級のアルゴリズムには、定跡を知らない不勉強なものが勝てるわけがないのです。

 しかし、それでも「勝つ方法」はあるのです。
 それは、なるべく相手に「駒を取られない」ようにするのが秘訣と言えるでしょう。本当は「なるべく」どころではなく「絶対に」と言いたいところです。したがって、じっと「ガマンの子」にならなければいけません。初盤の段階では、絶対に攻めてはいけません。守りに徹するしかないのです。焦って攻めていくと、たいがいは大敗するからです。

 持ち駒をもっていないときに相手が攻めてくる定跡には、今のところ何とか対処できます。
 しかし、駒を打たれたときの対処ができません。とくに、相手が桂馬を取って、その桂馬で銀を取る、そしてたまたま近くにくっついていた飛車・角行取りをする、さらに角行を取った場合、それで王手・飛車取りをする……
 などと、けちょんけちょんに負けてしまいます。

 でも、それも「自分を危ないところに置いてスリルを楽しむ」とか、「脳に危機感の刺激を与える」のにはよいかもしれません。


○王国を作る(あなぐま)

 最近になってテレビの将棋を見るのであるが、そこで初めて知った手。
 それは「あなぐま」と言い隅に王将を置いて、そのまわりを金銀などでびっしりと囲む。まったく、考えられない陣地である。守りには強いであろうが、そこに用いられた駒は攻めには利用できないようだ。
 しかし、何となく流行であろうか。実際の試合で、よく見る戦法である。

 何となく最初の布陣を見ていると、「ゲルマン民族の大移動」というような感じを受ける。次々と駒をぞろぞろ動かし、やがてそれなりの一つの大国になっているから。
 隅に大国を作って、自分の一族を安泰させようということか。


○何とも愚かな持久戦

 相手に駒を使わせないようにすると、最後は何とも愚かな持久戦になりがちです。
 次の棋譜(きふ)を見てください。




 これは、手順を
    上級_2mai_oroka070703.vsg
ファイルに収めてあります。
 つまり、上級二枚落ちで勝負をしたときの何とも愚かしい終盤戦なのです。なぜならば、相手が互いに反対側に行ってしまったために、正攻法が効かないからです。
 最後は、私の駒が盤面にすべて残りました。また、持ち駒は歩兵以外のほとんどです。

 つまり、最後に相手は王将と銀成りの二枚になってしまいましたが、その前は十数枚を伴って、私よりも先に盤面左下に逃げ込んで、横から私を攻めてきました。そこで、長期戦を考えて歩成り隊を編成したのです。そして、その歩成り隊が一兵たりとも失われなかったので、最終的には上のような愚かしい場面になったわけです。

 まだ初めて数ヶ月ですが、上級に対しては「二枚落ち」右攻めで、ようやく勝てる段階なのです。
 上は、そのような工夫をしてようやく相手を投了(とうりょう)させたところなのです。
 使用時間は、
    上手(駒の文字が反対になっている方=コンピュータ側) 30分18秒
    下手(成り歩の多い方=私) 27分30秒
で、何とコンピュータ側のほうが多いのです。

 上記とはちょっと違ったケースですが、こんな思い出があります。それは、「将棋のコマを全部取られてしまう話」です。私が、まだ小学校に上がる前、鎌倉の扇ガ谷に住んでいたときのこと。お隣の金子太郎さんと将棋をしたことを思い出します。
 太郎さんは、代々の流鏑馬(やぶさめ)の嫡子(ちゃくし)だったためであろうか、とても厳格で正義感の強 い躾(しつけ)をされていたようだ。

 ある日、将棋をしたら私のほうが調子が悪く、駒をどんどんと取られてしまった。そして、最後は、王様だけになったのである。その私の王様をすべての駒で追ってくる。子どものころの何とも憐れな思い出だ。


○勝つ方法のまとめや思いついたこと

 最後に現時点で気づいたことや勝つ方法について、改めてまとめておきましょう。
 さらに、わからないことや疑問点などもここにメモっておきます。

・ 序盤戦では、確実なパターンをマスターしておく必要がありそうです。
 なぜならば、相手は組み合わせを熟知していますから、こちらが思いつきで指していくと、こてんこてんにやられてしまいます。定跡や基本的なパターンを知っていないと、なかなか太刀打ちができません。

・ 何となくひっかけ挑戦的な手には、絶対に乗らないようにする。
 例えば、相手の歩兵が自分の金などの前に来たときは、いったん下がったり横にずれたりすることも検討するほうがよい。一歩(いっぽ)控えて、相手の動きを待つ姿勢も、ときには必要。

・ まだ定跡を知らないうちは、どんどん攻めていったらダメ。相手の思うつぼにならないように注意。
 ときには、無駄な動きをしながら相手の様子を見ることも必要でしょう。
 そのような段階では、本文
    ○自分自身のゲーム方法の確立(rik式戦法=歩成り戦法)
に書いたrik式戦法がよいだろう。

 そのrik式戦法(リックしきせんぽう)のまとめは、次のとおり。
    (1) 歩兵(ふ)以外は、なるべく取られないようにする。
    (2) 数枚の成り歩を作って、陣形を組んでで攻める。
 つまり(1)は、相手に桂馬や香車を取られると、実にうまい使い方をされて、金や銀、さらには飛車や角行まで取られてしまうのを防ぐ。
 そして(2)は、そのようになることを未然に防ぐためである。

文字で読めないものもある。
 例えば、香車(きょうしゃ)の裏に書いてある文字。「重」や「糸」にも見えるが、桂馬(けいま)や香車の駒の裏には「金」の草書体などが書いてあるのではないか。すると、歩兵の裏にある「と」は何という文字のことだろうか。日本将棋連盟のテレビの解説では、歩の成ったものを「ときん」と言っているようだ。

・ 「下手」と「上手
 私はいつも「下手」(しもて、「へた」でない)を選択。つまり、下手を人間とする。
 そして、「上手」(かみて、「じょうず」でない)をコンピュータ。

・ 「」と「
 「下手」を人間、つまり自分とすると「上手」がコンピュータ。
 でも、盤面では「上手」の王将の「王」は「玉」になっている。
 前に聞いた話では、「王」は強いと思われるほうや先輩が、「玉」は弱いほうや若輩がもつのだと思ったのであるが、……
 なお、どちらが先に指すか、つまり先手は振り駒によって決めるようである。

・ 駒を「がめくる」ことについて
 いくら相手に駒を使われたくないからと言って、取った駒を大切に持っていても、負けてしまっては仕方のないことです。つまり、いくら金・銀などの持ち駒を多く集めても(がめくっても)、それ自体の数では勝敗が決まりません。勝敗は、いずれかが王将を取られることで決まります。
 このことは、人生において「お金をためる」ことにばかり力を注いで、何らかの理由で死んでしまった人の愚(ぐ)を何となく私に思い出させるのです。つまり、そのときに貯めたお金は、いったい何を意味しているかなのです。

・ コンピュータ将棋について
 ケーブルテレビ「囲碁・将棋チャンネル」(270ch)で、羽生善治(はぶぜんじ)三冠と二宮清純スポーツジャーナリストの対談があった。(2007年7月23日、月曜日) そして、対談後に会場の聴衆から質問を受け付けた。その中に、「コンピュータ将棋をどう思うか?」というのがあった。
 羽生三冠は、「最近のコンピュータ将棋は、よくできているのでプロも大変である。」というような意味内容のことを言っていた。

・ 現時点で、何とか「初級」「中級」「上級」すべての

    「二枚落ち」で相手の向かって右側を攻めた場合、つまり角行や飛車で相手の左陣

を攻撃したときは、何とか勝てるようになった。(2007年7月12日現在)
 しかし、最初から相手が(こちらから見て)右側を守って、その右側を攻めた場合には、まだ勝敗が半々くらいになってしまう。


    


Kuroda Kouta (2007.05.15/2007.12.11)