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 『徒然草』 私的研究



○資料の内容

 学生のころに読んだ『徒然草』を思い出して、もう一度じっくりと読んでみたくなりました。
 そこで、まず全巻の「電子テキスト」を用意しました。なぜならば、文庫本の小さい活字よりも、ホームページ上のフォントほうが、何となく私にとっては読みやすいからです。また、全文の検索や他の作業がしやすいということも、ホームページのメリットでありましょう。
 本当ならば、縦書きのほうがよいのですが、いまのところ私のホームページビルダー(V.9)では、ちょっとムリなようです。また、PDFファイルにするのも、何となく大げさですから ひとまずHTML形式で用意をしました。
 現時点では、

(1) 『徒然草』 私的研究  このページです。
(2) 原文『徒然草』 全巻 …… 何とかできました。
(3) 意訳『徒然草』 抜粋 …… まだ、抽出をしただけで、現代文にはなっていません。

があります。(2004.10.24現在)

 しかし、これはあくまで私的な研究なので、学校の問題の解答や試験などに利用するときは、注意をしてください。
 もしかしたら、誤った記述があるからです。また、同様に学問的な研究の資料に用いるときも、配慮をしていただかないといけません。

 (2)は原文と言っても、いわゆる「漢字かな交じり文」に過ぎません。ふりがなを該当漢字の直後で、括弧に入れて示したのですが、その部分は口語表記になっています。(ただし、第二百十四段のように「か」をわざわざ「くゎ」と読ますような説明のときは、例外です。)

 また、原文自体の表記も現代かな遣いになっているところがあります。つまり、学問的な評価をするときわめて怪しげなものになっているのではないかと思います。
 また、かなり大きなテキストとなっています。(と言っても225KB程度。2005.10.25現在) しかし、この大きさ程度でも、編集が大変です。なぜならば、文字の処理に関する動作が大幅に遅くなってしまうからです。1文字を削除したり、追加をするのに、私のパソコン(DELLのDIMENSION8400)では、数秒がかかってしまうのですが、それでもあえて全体を一つにしました。その理由は検索などをするときに、テキストを分割しておくと手数がかかって面倒だからです。
 結局、後で利用をするときの横着を考えて、便宜をはかったことになるのでしょうか。

 (3)は意訳ですが、 いわゆる「漢字かな交じり文の口語表記」に過ぎません。
 段の中の「……」とある箇所は、原文が省略されていることを示します。その部分がどうなっているかを必要とするときは、(2)を参照してください。

本文に関する補足

 フォーマットの都合で、縦書きを横書きにしてしまったが、それでも句読点を増やして、読みやすくしました。
 読みにくい漢字には、その直後にふりがなをかっこの中に記した。例えば、括弧(かっこ)のようにである。ただし、その場合に旧仮名遣いではなく、現代の読み方を示した。
 わかりにくい意味の言葉については、その直後に「簡単な説明」を括弧内に「=」を附けて示した。

 その他、いろいろな観点から読みやすくする工夫をしてある。したがって、原文の様子と異なってしまった箇所があるかもしれない。
 漢字はいちおう当時の書体にしたが、常用漢字にしたところもある。 原則としては読みやすくすることを目的とした。そのために、かなりの箇所を常用漢字に改めた。
 読みやすくするという観点から、漢字をひらがなに改めたり、ひらかなを漢字に置き換えたりした箇所があります。
 例えば、「時」「事」などを「とき」「こと」と書き換えたところもある。そのようにしたほうが、すらすらと読めるのではないかと考えたからである。

 原文にある「く」字の長い形の反復記号を用いず、すべて文字に置き換えた。
 例えば、「つれづれ」「なかなか」などである。

 会話などのカギカッコ「」の中の文章の最期にある句点「。」は、省略をした。ただし、途中の句点はある。

 文字が続いてしまって、読み間違いをしそうな箇所には、読点「、」や中丸「・」あるいは半角のスペースなどを置いた。例えば、和歌の中にある区切りなどには、読点や中丸が利用できないので半角のスペースを置いて、読み間違いのないような配慮をした。
 中丸「・」は、主に言葉が同等で並ぶときに用いた。

 思い切って、段落なども読みやすくするために増やしてしまった。つまり、段の中の改行の箇所を多くしたのである。そして、さらに一行の空き行を設けて、読みやすくしてしまった。
 そのような観点で、文章を読みやすくするために、原文にない送りがなども加えた。
 つまり、自分のテキストとして目の負担が小さく、読みやすいようにしたのです。

・ 『徒然草』の研究

 この部分は、現在制作中です。
 別のページになっていて、まだホームページからは見れません。

・ 『徒然草』の評価

 自分でよければ、それでよい。自分なりに学ぶべき所だけを、学べばよい。
現代となっては、もはや必要のない雑学的な箇所は読み飛ばせばよいのである。
(今日においては、雑学の類になってしまったと考えられる知識。  第六十一段、第六十四段、その他

 単なる知識のメモ程度の内容もある。おそらく、『徒然草』が現代においても読まれるなどとは、卜部兼行は考えなかったのではないか。
 「誰々が云った」「誰々から聞いた」というような、いわゆる又聞きを記した段も多い。おそらく、兼好の備忘であったのではないか。
 芥川龍之介の『侏儒の言葉』
 安良岡先生の言葉。

・ 懸念と想像

 内容は、玉石混淆である。中には、後世に書き加えたようにうかがえる段もあるようだ。
 もしかしたら、兼好は自分自身用の覚え書きとして手慰みに書き残したのではないか。
 第二段にある「きよら」という言葉である。これに因んで、楳図かずおは『14歳』の女の子が産んだ赤ちゃんに、その名前を付けたのであろうか。
 最終段(八つになりし歳)は、後日に筆写した人が付け加えたのではないだろうか。

・ 和歌の引用

 第六十二段  ふたつ文字 牛の角文字 直ぐな文字 ゆがみもじとぞ君はおぼゆる
のほか、「やさしい短歌入門」に記述。

・ 食べ物と薬

 第段  常時いもがしらを食べた僧
 第六十八段  ダイコンが薬用になる?

・ 関連シソーラス

 第二百三十一段  『荘子』の包丁を思い出す。
 度忘れ  二百三十八段  ?
 そのた検索  「若き人」など。

 なお、この『徒然草』に関する一連の資料は、私の研究用として作成した資料なので、学問的な解釈ではありません。
 したがって、間違っている箇所がかなりあることでしょう。
 ご指摘やご注意をいただければ、幸いです。

○私的研究の意味

 あくまで個人的の私的研究ですが、インターネットに接続されている環境で誰でも見ることができますから、あまり身勝手なことはできません。なぜならば、下記のような検索結果が出てしまうからです。

 上はGoogleで「『徒然草』私的研究」として検索をしたところです。
 しかし、単に「徒然草」というキーワードにしたときも、多くのものの中に混じって出てきてしまいます。

 上は「原文『徒然草』全巻」とした場合です。むろん、全巻分のテキストがあります。
 しかし、そのテキストは私が理解をしやすいように、独自な解釈で書き直してしまったところがあるのです。したがって、そんなことに関する心配があります。それをそのまま利用していただくと、学会で通用しているケースと異なってしまうことがあるからです。

 この「意訳」という言葉も問題があるかもしれません。
 なぜならば、自分なりに作者の立場になってみて、想像なども含めて解釈をしているからです。
 どうぞ、そのようなことも、あらかじめご理解をしていただくことをお願いしておきます。

Kuroda Kouta (2005.10.19/2006.01.20)