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 『枕草子』 私的研究



はじめに(『枕草子』の困難)
なぜ『枕草子』なのか?
テキスト文献について
資料の内容
文体について(振り仮名や送り仮名)
段と段落
文字と記号
その他の覚え
似たような文章
余ってしまった文章


はじめに(『枕草子』の困難)

 最初にお断りしておかなければならないことがあります。
 それは、私が国語学者でも古典研究家でもないということです。私は、現役のころはエンジニアでした。そして、年金生活者になってから、時間を自由に使えるようになり、古典などに興味を惹かれていったのです。
 そして、この『枕草子』のほかに『方丈記』『徒然草』の三つの古典随筆を「青空のホームページ」にある青空ライブラリ(RIKO文庫)にアップロードしたのが、数年前のことです。最初は、単に自分自身の勉強用考えていました。しかし、公開したホームページ上にあるので、今までに多くの方々が利用されたようです。
 そして、しばしば問題になるのが『枕草子』でした。

 実は、最初にテキストを作るときに一苦労したのです。『枕草子』には、多くの異本があったからです。千年も昔の作家の作品に、後の人の書写間違いや改変があるのは当然だからです。そこで、それらを自分の解釈で、何とかつなぎあわせました。したがって、他のテキストと「段の配列」や「文章の記述」が異なる箇所があったのです。何とも不統一なことで何人かの方から、「学校で用いている教科書と異なる」というご連絡をいただきました。
 そこで、全体を見直すとともに、今回は全体の内容を「能因本」(正しくは「伝能因所持本」)の段落と合わせてみました。しかし、内容に関しては、「前田家本」や「堺本」などの異本についても参考にしました。

 読みやすくすることをモットーとして、細心の注意をして編んだのですが、間違っているかもしれません。
 今後も誤りを訂正して、少しでも標準的なテキストにしようと考えています。
 よろしく願います。


なぜ『枕草子』なのか?

 多くの人にとって、『枕草子』は非常に興味深い古典随筆です。清少納言は、我が国で女性の随筆文学の嚆矢(こうし)だったのではないでしょうか。清少納言は、考えていたことを書いたり、思いついたりして書いたものでしょうが、その中には現代においても大いに考えさせられるような記述があって驚きます。また、斬新な感じ方なども見いだされるので、とても興味深い内容です。これが、千年もの昔に一人の女性によって書かれたものだと思うと、読むたびに新たな驚嘆をします。

 清少納言は中宮(皇后の御所。転じて、皇后の別称となる)定子に仕えていたので、定子の目を持って、物事をとらえていたふしがあります。定子は清少納言よりも十歳ほど若く、賢い女性だったようです。そこで、二人の性格が折り重なったような感じになっています。しかし、そんな期間は長く続かず、定子は二十四歳で生涯を閉じました。

 むろん、『枕草子』や清少納言に対する批判や悪口もあります。
 例えば、『紫式部日記』には、かなり露骨な意見が書いてありました。そこには、「清少納言こそ、したり顔に いみじうはべりける人、さばかりさかしだち、真名(まな)書きちらして はべるほども、よく見れば、まだいとたらぬこと多かり、……」などのようにです。
 また、近年になって玉上琢哉氏は「枕草子は、文章の何たるやを知らない女のおしゃべりだ」(『源氏物語と枕草子』昭和31年)と言っております。

 『枕草子』本文には、非常に長い段があったり、また数文字の短い段があったりして、なかなか読みにくいものです。短い段はわかりやすくていいのですが、いっぽう長い段はどうしても文の構造が複雑になっていて、なかなか読みにくいものです。そこで、このテキストではいろいろな工夫をしてみました。

 このテキストは、『枕草子』に非常に多く含まれている「笑いの部分」に接したいと考えて、研究を始めたというのも動機の一つなんです。そして、私たちが、いつまでも若々しくあるためにも、このわかりやすいテキストで、少しずつ『枕草子』を読んでいくのがよいのかもしれません。


テキスト文献について

 かなり大きな随筆ですから、自分でも本になった一冊をもっていたほうが何かと便利です。
 そこで、下記を用いました。

  日本古典文学全集 枕草子  校注・訳 松尾 聡 永井和子
    小学館・刊 昭和49年(1974年)4月30日 初版発行(A5版 526ページ)

 しかし、この「原文『枕草子』全巻」の内容は、上のテキスト文献と同じではありません。他の能因本・三巻本や異本などと比較して、妥当であると私が考えた箇所は、そのように変更をしたからです。
 段落の構成などは、整理の都合上テキスト文献と同じにしてあります。


資料の内容

 現時点で、このホームページには、

(1) 『枕草子』 私的研究 …… このページです。
(2) 原文『枕草子』 全巻 …… 何とかできました。しかし、いくつかの段が未確定のままで、いまだに残っています。
(3) 意訳『枕草子』 …… 原稿の段階です。(リンクをしていないので、見られません。)

があります。(2005.12.08現在)

 これらは、あくまで私的な研究なので、もしもこれを学校の問題の解答や試験などに利用するときは、ちょっと注意をしてください。もしかしたら、誤った記述があるからです。また、同様に研究の資料などに用いるときも、配慮をしていただかないといけません。


原文『枕草子』 全巻の確定

 意外にも、インターネットで調べると『枕草子』の原文が少ないのです。(2005.12.20現在)




 「原文」と「枕草子」と「全巻」の3語をキーワードとして検索をすると、上のような結果が出てきます。
 最初の「原文 枕草子 全巻に対する検索の履歴」というのは、データではありませんので、実際には2つ目のところから検索結果が始まっています。
 しかし、213件の該当資料の最初の1つ、つまりこのホームページにある

   原文『枕草子』全巻

を除くと、ほとんどのデータが単に「原文」と「枕草子」と「全巻」という言葉を使っている文書ということなのです。
 例えば、2つ目と3つ目

   『枕草子』私的研究
   Lホームページへようこそ!

などは、そこに実際の原文があるというわけではありません。そこの文書に、単にそれらの言葉が含まれているということなのです。
 上の検索の結果(緑色の文字の最後)からわかるように原文の大きさ自体が「357k」もあるのに、「23k」や「14k」では文書そのものが含まれていないということが、当然のことながら、おわかりでしょう。
 なお、「L」 とあるのは、そのホームページの左サイトに、それらの文字列があるということなのです。
 また、[PDF] とあるのは画像のような形式のドキュメントのことです。したがって、ちょっと文字のテキストとしては扱いにくいので、注意をしてください。単に見るだけならば縦書きになっていたりして、都合がよいかもしれません。

 そんなために、つまり、『枕草子』の関連テキストがインターネット上に少ないので、実際の図書を調べて調整をせざるをえませんでした。(2005年12月08日現在)
 またその際に、底本に使ったテキストの他にも、他の異本・流布本から私の好みや判断で、置き換えた箇所などがかなりあります。そんなために、読みやすいかもしれませんが、いっぽうでは学問的な価値が少なくなってしまったかもしれません。いずれにしても、自分自身が愛着をもって、何回も読み直している文章ですから、私なりにそれでよいと思っています。

 異本が多いということは、書写をするときに、書き換えたり、追加をしたり、あるいは削除をしたりするのでしょう。
 それぞれの版で、かなり異なった部分があります。そこで私は、なるべく最初に清少納言が書いたと思われる状態に戻してみました。つまり、かなり適当なやりかたで、学問的な考証などがないままに、想像や感性で行った作業がほとんどなのです。そんなわけで、このテキストも各異本の延長上にあるのかもしれません。

 原文の中で、一部が現代文の送りがなになっているところなど、まったく手前勝手で申し訳ありません。パソコンのキーボードからインプットするときに、いちいち旧仮名遣いに調整するのが面倒だったからでもあります。
 そんなことも、ご理解をしていただけなければいけません。

 ここで、(2)は原文と言っても、いわゆる「漢字かな交じり文」に過ぎません。ふりがなを該当漢字の直後に、括弧に入れて示したのですが、その中は口語表記になっています。また、原文自体の表記も現代かな遣いになっているところがあります。繰り返しますが、学問的な評価をすると、きわめて怪しげなものになっているのではないかと思います。

 『枕草子』は、かなり大きなテキストとなっています。(と言ってもHTML形式で262KB程度。2005.12.07現在) しかし、この大きさ程度でも、やってみると編集がかなり大変です。なぜならば、文字の処理に関する動作が、大幅に遅くなってしまうからです。1文字を削除したり、追加をするのに、数秒がかかってしまうのですが、それでもあえて全体を一つにしました。その理由は、後で検索などをするときに、テキストを分割しておくと、そこで手数がかかって面倒だからです。
 結局、利用をするときの横着を考えて、便宜をはかったことになるのでしょうか。

 なお、原本には大別して、雑纂本と類纂本があって、その中にも異なったものがいろいろとあります。ここでは、雑纂本の三巻本の二類本を原典にしたのですけれど、わかりにくいところは他の原本を大幅に利用しました。そんなわけで、学問的には統一がなされていないテキストかもしれません。もっとも、いずれの本も互いに内容が大きく異なっているということは、清少納言が初めに書いた内容を大きく変更をしたということでしょう。

 ふつう、加筆によって内容が追加されているようですが、内容が削れれている箇所もあるので、注意が必要です。もっとも、三巻本のなかには、最初の部分がざっくりと失われているものもありました。そんな背景の事情の中で、なるべく清少納言が書いたであろうと私なりに思われる形の文章に改めたのです。したがって、いずれの原本に忠実であったかなどとは、とても言えない状態になってしまいました。
 もはや、原本が実際にはどれかわからないのが実情です。

 さらに、筆記者によって、いったん削除をされてしまったような部分が、ふたたび加筆されたような場合もあるでしょう。そのような場合には、後で追加されたものとの区別がつきにくくなってしまいます。そこで、私は自分自身の感性によって清少納言が書いたであろうという文章は残し、後日の蛇足的な追加であろうと考えられる部分は、思い切って除いてしまいました。

 (3)は意訳ですが、 いわゆる「漢字かな交じり文の口語表記」に過ぎません。
 段の中の「……」とある箇所は、原文が省略されていることを示します。その部分がどうなっているかを必要とするときは、(2)を参照してください。
 しかし、現時点ではまだ原稿の段階です。(このホームページから、まだリンクをしていないので、見られません。原稿が完成したら原文の次に貼り付ける予定です。(2005.12.08現在)


文体について(振り仮名や送り仮名)

 原文は、むろん縦書きです。しかし、ここではフォーマットの都合で、その縦書きを横書きにしてしまいました。そしてさらに、句読点を増やしたり、送りがなを補ったりして、読みやすくしました。
 読みにくい漢字には、その直後にふりがなをかっこの中に記した。例えば、

   括弧(かっこ)

のようにです。
 ただし、その場合に「かっこの中のふりがな」は旧仮名遣いではなく、現代の読み方を示しておきました。
 わかりにくい意味の言葉や年代などについては、その直後のかっこの中に簡単な補足説明を「=」を附けて示したりもしました。

 また、原文にある縦書きの「へ」の長い繰返し記号は、すべて繰返し文字に置き換えました。
 全体的に、句読点を増やしたり振り仮名を増やして読みやすくしてあります。
 また、送り仮名についても「書き留める」「書留め」「書留」のように使い分けであります。「書き留める」は、動作を示す場合です。「書留め」は、その対象。さらに、当時の常用語になっていたものは前の動詞にも後の動詞にも、送り仮名を付けませんでした。
 その他、いろいろな観点から読みやすくする工夫をしてあります。したがって、原文の様子とは異なってしまった箇所が、かなりあるかもしれません。

 原文になくても、読みやすくするために「・」を用いました。言葉を同格に並べるためです。(二段)にある

 「頃(ころ)は、正月、三月、四・五月、七・八月、九・十一月、十二月。すべてをりにつけつつ。一年ながら をかし。」

のようにです。「・」がないと、「四五月」「七八月」「九十一月」などが読みにくいことは事実です。
 単に読みやすくするために原文にない「、」を補った箇所もあります。また、「、」や「・」はちょっと厚かましいと考えたところは、単に「 」(半角のスペース)を用いました。(二〇段)にある

  「昔はえせものも皆數寄 をかしうこそありけれ。」

のような場合です。「をかし」の「を」を前の名詞につけて読んでしまうからです。


段と段落

 後で自分自身が勉強しやすいように、段の番号を例えば(一二三段)などのようにして冒頭につけました。もともと、原文にはなかったようなので、括弧でくくってあります。また、ゴシック体にしてあるのは、探すときにそこを目立ちやすくするためです。

 また、段の中の段落は、改行をして1行の空き行を付けてあります。
 『枕草子』には、非常に息の長い文章があって、そのような長文の場合は読みにくいからです。さらに、段落の中にも同じスタイルの改行と空き行をもうけたので、意味段落と形式段落の区別が付きにくくなっております。しかしいずれも、画面上で目に負担をかけないようにやさしくして、読みやすくしたためです。

 いちおう原則として、格段の中にある意味段落には、その前に「1行の空き行」を入れて、「1文字の字下げ」を行いました。しかし、読みやすくするための段落は「1行の空き行」があっても、「字下げをしない1文字目から始まる文」にしてあります。

 段落の最初にある、例えば

  山は
  小倉山。……

のような記述については、最初の「山は」の部分で改行しています。多くの本が、そうなっているからですし、テーマがわかりやすいからです。しかし、何となく一行を用いるのが惜しくなって、私は

  山は  小倉山。……

のように全角二文字分の空白を用いて、続けることにしました。むろん「、」も、用いません。
 何回も繰り返しますが、読みやすくすることをモットーとしているからです。
 ただし、

  春は曙。やうやう白くなり行く、……

などのように言い慣れていたり、完結した文章で後に続く場合には、必ずしも改行はしませんでした。
 なお、段の取り方については

  渡辺実 校注「枕草子 新日本古典文学大系25」(岩波書店)

を参考にしました。ここに、学ばせていただいたことについて感謝の意を示しておきましょう。

 段の区切りについては、従来の方法に従いました。例えば、(七五段)

 「また、冬のいみじう寒きに、埋もれ臥して聞くに、鐘の音の、ただ物の底なるやうに聞ゆる、いとをかし。鶏の声も、はじめは羽のうちに鳴くが、口を籠めながら聞けば、いみじうもの深く遠きが、明くるままに近く聞ゆるも、をかし。」

などは、「また、……」で始まっているのは、何となく失われた部分があるのではないかと思ったりします。
 同様に、(七九段)の冒頭

  「まして、……」
もそうです。
 さらに、(八三段)のように本文が、「、」で終わっているのも理解できません。

 「心ちよげなるもの  卯杖のほうし、……。また、御霊会のふりはた、」

のようにです。


文字と記号

 漢字はいちおう当時の書体にしましたが、常用漢字にしたところもあります。
 また、字体がないものや表現できないものについては、パソコンでできる範囲に置き換えてしまいました。その場合の原則としては、読みやすくすることを第一の目的と考えました。そのために、かなりの箇所を常用漢字に改めたのです。インプットのときに、変換できない漢字は仮に「○」としておいて、後で置き換えていきますので、もしかしたら「○」がまだ残っているかもしれません。

 また、読みやすくするという観点から、漢字をひらがなに改めたり、ひらかなを漢字に置き換えたりした箇所があります。「こころ」と「心」などです。
 さらに、「時」・「事」などにことさらに漢字を用いずに、「とき」「こと」などと書き換えたところもあります。そのようにしたほうが、すらすらと読めるのではないかと考えたからです。また、逆に「かたがた」は「方々」、「をりをりに」は「折々に」などとしたところもあります。

 原文にある「く」字の長い形の反復記号はいっさい用いず、すべて繰り返しをする文字に置き換えましたた。例えば、「つくづく」「ほどほど」などです。
 また、「あめれ」と原文にあるのを「」を取って「あめれ」とした箇所もあります。現代の表記では、必要がないからです。

 会話などのカギカッコ「」の中の文章の最後にある句点「。」は、省略をしました。ただし、途中の句点は、ちゃんと残っています。
 文字が続いてしまって、読み間違いをしそうな箇所には、読点「、」や中丸「・」あるいは半角のスペースなどを置きました。
 中丸「・」は、主に言葉が同等で並ぶときに用いました。
 また、短歌などの中にある区切りには、読点や中丸が利用できないので半角のスペース「 」を置き、隙間を空けて読み間違いのないような配慮をしました。


その他の覚え

 意訳『枕草子』は、現在制作中です。別のページになっていて、まだホームページからは見られません。リンクをしていないからです。
 『枕草子』を読むと、言葉の可能性についてつくづくと思い知らされます。いかに言葉を工夫して使っているかについても、大いに学びたいと思いました。千年も過去の時代の女性が、このように言葉を巧みに使いこなしたかと思うと、心から敬意を表したい気持になるのは私だけでしょうか。おろらく、どなたも『枕草子』を読めば読むほど、そう思うのではないでしょうか。
 『論語』で、孔子が言っているように「言葉は意味が通じさえすればよいのである」とか「巧言令色少なし仁」などという常識とは異なった、また別な次元での内面的な発展性が考えられるようです。

 『枕草子』の評価については、「自分でよければ、それでよいのではないか。自分なりに学ぶべき所だけを、学べばよい」というような無責任で進めてきました。現代となっては、単に文献の研究でしかないような もはや実際には必要のない箇所については、そこを読み飛ばせばよいのです。
 テキストにはいちおうすべての段を上げておきましたものの、現時点で、どこに入れてよいかわからない箇所が、まだかなり多くあります。その分量は、まだテキスト形式のままに、かなり多量に残っちゃっているのです。少しずつこのホームページのテキストに、追加や修正をしていきたいと考えています。

 三二三段は、能因本だけに存在すると言われています。
 もしかしたら三二二段と奥書も、そうかも知れません。
 現在、調査中です。

 橋本治氏の『桃尻語訳 枕草子』(上・中・下)(河出書房新社)なども、参考にさせていただきました。
 いちおう、そんなこともお断りしておきましょう。なぜならば、私もそのような現代語訳を手がけているからです。ただし、上に言いますように、現代になって意味が失われた箇所については省略をして、抜粋のような感じで準備をしているからです。

 繰り返しますが、このホームページにある『枕草子』に関する一連の資料は、もともと私の個人的な研究用として作成したものなので、学問的な解釈ではありません。したがって、勘違いをしたり、間違っている箇所がかなりあることでしょう。
 ご指摘やご注意をいただければ、幸いです。


似たような文章

 同じ作者が、かなりの時間を隔てて書いた文章です。当然、似た記述があります。
 例えば、八九段と一一二段です。前者を書写して、後(あと)で後(うし)ろのほうに追加・挿入したことが何となくわかります。時間を隔てていますから、前にあることを忘れてしまったのかもしれません。

(八九段)  物のあはれ知らせ顔なるもの  鼻垂り、間もなくかみて物言ふ声。眉ぬく。

(一一二段) 物のあはれ知らせ顔なるもの  鼻垂り、間もなくかみつつ物言ひたる声。眉ぬくをりのまみ。
 ただし、上の二段の表現は、この「原文『枕草子』全巻」の文章でなく、テキスト文献による。

 したがって、重複させるのも残念ですから後者は「(八九段 )と、ほぼ同じ。」としておきました。
 また、同じようなことが長い段を構成する文章の中にもあります。そのようなときは、仕方がないのでそのままにしておきました。


余ってしまった文章

 コピー機やパソコンのない時代に、多くの人々に書写されたので、次第に全体が大きくなったみたいです。現時点で、どこに置いてよいかが、私にはわからなかった文章があります。いちおう下に、それらを示しておきましょう。なお、もしかしたら本文に繰り入れた似た形態の別の文章があるかもしれません。字体が異なっていたり、ちょっとだけ表現が異なっていたりするからです。また、一部が漢字だったり平仮名だったりしても、全体を見逃すこともあります。


 館(太刀)は  玉造り。

 雑色、随身は、すこしやせて細やかなる。よき男も、なほ若きほどは、さる方なるぞ、よき。いたく肥えたるは、寝ねぶたからむと見ゆ。

 わろきものは  詞の文字あやしくつかひたるこそあれ。ただ文字一つに、あやしくも、あてにも、いやしくもなるは、いかなるにかあらん。さるはかう思ふ人、萬の事に勝れてもえあらじかし。いづれを善き惡しきとは知るにかあらん。さりとも人を知らじ、唯さうち覺ゆるもいふめり。難義の事をいひて、「その事させんとす」といはんといふを、と文字をうしなひて、唯「いはんずる」「里へ出でんずる」などいへば、やがていとわろし。まして文を書きては、いふべきにもあらず。

 ちごは、あやしき弓、しもとだちたる物などささげて遊びたる、いとうつくし。車など、とどめて、抱き入れて見まほしくこそあれ。
 また、さて行くに、薫物(たきもの)の香、いみじうかかへたるそ、いとをかしけれ。

 大路近なる所にて聞けば、車に乗りたる人の、有明のをかしきに、簾(すだれ)あげて、「遊子、猶(なお)残りの月に行く」といふ詩を、声よくて誦(ず)したるもをかし。

 馬にても、さやうの人の行くはをかし。さやうの所にて聞くに、泥障(あふり=泥のはねるのを防ぐ馬具)の音の聞こゆるを、いかなる物ならんと、するわざもうちおきてみるに、あやしの物を見つけたる、いとねたし。

 馬は、いと黒きが、ただいささか白き所などある。紫の紋つきたる。蘆毛。薄紅梅の毛にて、髪、尾などいと白き。げに、ゆふかみとも言ひつべし。黒きが、足四つ白きも、いとをかし。

 職におはします比(ころ)、八月十よ日の月あかき夜、右近の内侍に琵琶ひかせて、はし近くおはします。これかれ物いひ、笑ひなどするに、廂(ひさし)の柱によりかかりて、物もいはでさぶらへば、「など、かう、おともせぬ。物いへ。さうざうしきに」と仰せらるれば、「只(ただ)、秋の月の心を見侍(みはべ)るなり」と申せば、「さもいひつべし」とおほせあらる。

 弘徽殿とは、閑院の太政大臣の女御とぞ聞ゆる。その御方に、うちふしといふ者の女、左京といひてさぶらひけるを、「源中將かたらひて思ふ」など人々笑ふ頃、

 宮の職におはしまいしに參りて、「時々は御宿直など仕うまつるべけれど、さるべきさまに女房などもてなし給はねば、いと宮づかへおろかにさぶらふ。宿直所をだに賜りたらんは、いみじうまめにさぶらひなん」などいひ居給ひつれば、人々げになどいふ程に、「誠に人は、うちふしやすむ所のあるこそよけれ。さるあたりには、しげく參り給ふなるものを」とさし答へたりとて、「すべて物きこえず。方人と頼み聞ゆれば、人のいひふるしたるさまに取りなし給ふ」など、いみじうまめだちてうらみ給ふ。「あなあやし、いかなる事をか聞えつる。更に聞きとどめ給ふことなし」などいふ。

傍なる人を引きゆるがせば、「さるべきこともなきを、ほとほり出で給ふ、さまこそあらめ」とて、花やかに笑ふに、「これもかのいはせ給ふならん」とて、いとものしと思へり。「更にさやうの事をなんいひ侍らぬ。人のいふだににくきものを」といひて、引き入りにしかば、後にもなほ、「人にはぢがましき事いひつけたる」と恨みて、「殿上人の、笑ふとていひ出でたるなり」との給へば、「さては一人を恨み給ふべくもあらざめる、あやし」などいへば、その後は絶えてやみ給ひにけり。

 心かけたる人は、誠にいみじと思ひ歎き、人知れぬ中などは、まして人目思ひて、寄るにも近くもえ寄らず、思ひ歎きたるこそをかしけれ。いと麗しく長き髮を引きゆひて、物つくとて起きあがりたる氣色も、いと心苦しくらうたげなり。うへにも聞し召して、御讀經の僧の聲よき給はせたれば、訪人どももあまた見來て、經聞きなどするもかくれなきに、目をくばりつつ讀み居たるこそ、罪や得らんとおぼゆれ。

 すきずきしくて獨住する人の、夜はいづらにありつらん、曉に歸りて、やがて起きたる、まだねぶたげなる氣色なれど、硯とり寄せ、墨こまやかに押し磨りて、事なしびに任せてなどはあらず、心とどめて書く。まひろげ姿をかしう見ゆ。白き衣どものうへに、山吹紅などをぞ著たる。白き單衣のいたく萎みたるを、うちまもりつつ書き立てて、前なる人にも取らせず、わざとたちて、小舎人童のつきづきしきを、身近く呼び寄せて、うちささめきて、往ぬる後も久しく詠めて、經のさるべき所々など、忍びやかに口ずさびに爲居たり。奧のかたに、御手水、粥などしてそそのかせば、歩み入りて、文机に押しかかりて文をぞ見る。おもしろかりける所々は、うち誦じたるもいとをかし。

 いみじう暑きひる中に、いかなるわざをせんと、扇(おおぎ)の風もぬるし、氷水(ひみず)に手をひたしもてさはぐほどに、こちたう赤き薄様(うすよう)を、唐撫子の、いみじう咲きたるにむすびつけて、とり入れたるこそ、書きつらんほどの暑さ、心ざしのほど、あさからずおしはかられて、かつ使いつるだにあかずおぼゆる扇も、うちおかれぬれ。

 南ならずは東の廂(ひさし)の板の、かげ見ゆばかりなるに、あざやかなる畳をうちをきて、三尺のき丁(ちょう)の帷子(かたびら)、いとすずしげに見えたるをおしやれば、ながれて、思ふほどよりもすぎてたてるに、しろき生絹(すずし)の単衣(ひとえ)、紅(くれない)の袴(はかま)、宿直物(とのいもの)には、こき衣(きぬ)のいたうは萎(な)へぬを、すこしひきかけてふしたり。

 灯籠(とうろ)に火ともしたる、二間ばかりさりて、簾(す)たかうあげて、女房二人ばかり、童(わらわ)など長押(なげし)によりかかり、また、おろいたる簾にそひてふしたるもあり。火とりに火ふかう埋(うづ)みて、心ぼそげににほはしたるも、いとのどやかに心にくし。

 よゐうちすぐるほどに、しのびやかに門(かど)たたくをと(音)のすれば、例(れい)の心しりの人きて、けしきばみたちかくし、人まもりて入れたるこそ、さるかたにをかしけれ。かたはらに、いとよく鳴る琵琶の、をかしげなるがあるを、物語のひまびまに、音(ね)もたてず爪(つま)びきにかき鳴らしたるこそ、をかしけれ。

 飛鳥井、みもひも寒しと譽めたるこそをかしけれ。玉の井。少將の井。櫻井。后町の井。千貫の井。

 物へもいき、寺へもまうづる日の雨。つかふ人などの、「我をばおぼさず、某こそ只今時の人」などいふをほのききたる。人よりは少しにくしと思ふ人の、おしはかりごとうちし、すずろなる物怨し、われさかしがる。

 かしこき物は、乳母(めのと)のをとここそあれ。帝、親王たちなどはさるものにて、おきたてまつりつ。そのつぎつぎ、受領の家などにも、所につけたるおぼえ、わづらはしきものにしたれば、したりがほに、わが心ちもいとよせありて、このやしなひたる子をも、むげにわが物になして、女はされどあり、男児(おのこご)はつとたちそひてうしろみ、いささかもかの御ことにたがうものをば、爪たて讒言し、あしけれど、これが世をば心にまかせていふ人もなければ、所えいみじき面持ちして、ことおこなひなどす。

 むげに稚(おさな)きほどぞすこし人わろき。おやの前にふすればひとり局(つぼね)にふしたり。さりとてほかへいけばこと心ありとてさはがれぬべし。しゐて呼びおろしてふしたるに、「まづまづ」とよばるれば、冬の夜などひきさがしひきさがしのぼりぬるが、いとわびしきなり。それは、よき所もおなじこと、いますこしわづらはしきことのみこそあれ。

 こころづきなきもの  物へゆき、寺へも詣づる日の雨。使ふ人の我をばおぼさず、「某こそ只今の人」などいふをほの聞きたる。人よりはなほ少しにくしと思ふ人の、推量事うちし、すずろなる物恨し、我かしこげなる。心あしき人の養ひたる子、さるはそれが罪にはあらねど、かかる人にしもと覺ゆる故にやあらん。「數多あるが中に、この君をば思ひおとし給ひてや、にくまれ給ふよ」などあららかにいふ。兒は思ひも知らぬにやあらん、もとめて泣き惑ふ、心づきなきなめり。おとなになりても、思ひ後見もて騒ぐほどに、なかなかなる事こそおほかめれ。わびしくにくき人に思ふ人の、はしたなくいへど、添ひつきてねんごろがる。(一二五段に同形)

 世の中に猶いと心憂きものは、人ににくまれんことこそあるべけれ。誰てふ物ぐるひか、われ人にさおもはれんとは思はん。されど自然に、宮づかへ所にも、親はらからの中にても、思はるるおもはれぬがあるぞ、いとわびしきや。

 よき人の御事は更なり、げすなどのほども、親などのかなしうする子は、目だち見たてられて、いたはしうこそおぼゆれ。見るかひあるはことわり、いかが思はざらんと覺ゆ。ことなることなきは、又これをかなしと思ふらんは、親なればぞかしとあはれなり。

 親にも君にも、すべてうちかたらふ人にも人に思はれんばかりめでたき事はあらじ。

 九月廿日あまりのほど、長谷にまうでて、いとはかなき家にとまりたりしに、いとくるしくてただ寝(ね)に寝(ね)いりぬ。

 夜ふけて、月の窓よりもりたりしに、人のふしたりしどもが衣の上に、白ふて映りなどしたりしこそ、いみじうあはれとおぼえしか。さやうなるおりぞ、人歌よむかし。

 清水(きよみず)などにまいりて、坂もとのぼるほどに、柴たく香の、いみじうあはれなるこそおかしけれ。

 男こそ猶いとありがたく、怪しき心地したるものはあれ。いと清げなる人をすてて、にくげなる人をもたるもあやしかし。おほやけ所に入りたちする男、家の子などは、あるが中に、よからんをこそは選りて思は給はめ。及ぶまじからん際をだに、めでたしと思はんを、死ぬばかりも思ひかくれかし。人のむすめ、まだ見ぬ人などをも、よしと聞くをこそは、いかでとも思ふなれ。かつ女の目にも、わろしと思ふをおもふは、いかなる事にかあらん。

 かたちいとよく、心もをかしき人の、手もよう書き、歌をもあはれに詠みておこせなどするを、返事はさかしらにうちするものから、寄りつかず、らうたげにうち泣きて居たるを、見捨てて往きなどするは、あさましうおほやけはらだちて、眷屬の心地も心憂く見ゆべけれど、身のうへにては、つゆ心ぐるしきを思ひ知らぬよ。

 古代の人の、指貫きたるこそ、いとたいだいしけれ。前にひきあてて、まづ裾(すそ)をみな籠(こ)めいれて、腰はうちすてて衣の前をととのへはてて、腰をおよびてとるほどに、後ろざまに手をさしやりて、猿の、手ゆはれたるやうに、ほどきたてるは、頓(とみ)のことにいでたつべくもみえざめり。

 よろづの事よりも、情ある事は、男はさらなり、女もこそめでたく覺ゆれ。なげの詞なれど、せちに心にふかく入らねど、いとほしき事をいとほしとも、あはれなるをば實にいかに思ふらんなどいひけるを傳へて聞きたるは、さし向ひていふよりもうれし。いかでこの人に、思ひ知りけりとも見えにしがなと、常にこそおぼゆれ。

 必ず思ふべき人、訪ふべき人は、さるべきことなれば、取りわかれしもせず。さもあるまじき人のさし答をも、心易くしたるは嬉しきわざなり。いと易き事なれど、更にえあらぬ事ぞかし。

 大かた心よき人の、實にかどなからぬは、男も女もありがたきことなめり。又さる人も多かるべし。

 人のうへいふを、腹立つ人こそ、いとわりなけれ。いかでかはあらん、我身をさし置きて、さばかりもどかしく、いはまほしきものやはある。されどけしからぬやうにもあり。又おのづから聞きつきて恨もぞする、あいなし。また思ひ放つまじきあたりは、いとほしなど思ひ解けば、念じていはぬをや。さだになくば、うち出で笑ひもしつべし。

 成信の中將こそ、人の聲はいみじうよう聞き知り給ひしか。同じ所の人の聲などは、常に聞かぬ人は、更にえ聞き分かず、殊に男は、人の聲をも手をも、見わき聞きわかぬものを、いみじう密なるも、かしこう聞き分き給ひしこそ。

 男は何色のきぬも。ひとへは白き。ひの裝束の紅のひとへ。袙などかりそめに著たるはよし。されどなほ色

 きばみたる單など著たるは、いと心づきなし。練色のきぬも著たれど、なほ單は白うてぞ、男も女もよろづの事まさりてこそ。

 左右の衛門の尉(ぞう)を判官(ほうがん)といふ名つけて、いみじうおそろしう、かしこきものに思ひたるこそ。夜行し、細殿などに入りふしたる、いと見ぐるしかし。布の白袴(しろばかま)、き丁(ちょう)にうちかけ、うへの衣の、長くところせきをわがねかけたる、いとつきなし。太刀のしりに、ひきかけなどしてたちさまよふは、されどよし。

 青色をただつねに着たらば、いかにおかしからん。「見し有明ぞ」とたれいひけん。

以上

Kuroda Kouta (2005.10.19/2011.05.16)