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 御書要文 私的研究



○御書要文関係テキスト

(1) 御書要文私的研究  このテキストです。
(2) 意訳御書要文 全巻
(3) 意訳御書要文 抜粋  まだ完成していません。(2005.12.27現在)

(4) 『法華経』 私的研究
(5) 漢訳『法華経』 全巻

○なぜこの研究をするか?

 『御書』が読めたなどと、愚かな私は、つい思ってしまう。とんでもないことである。
 十回も二十回も、読み直す。そして、百回目くらいに、少しはわかるかもしれない。
 この『御書』は、立正大師がご自身でお書きになったもので、あまり追加や訂正がなされていないように私には思われる。そんな意味で、有難い文書である。考え方や生い立ち、そして人間関係などの記述にも触れているからである。例えば、ご自分がせんだらのご出身とか、四条金吾との関係などである。
 それにしても、少し古い時代に書かれた文書は読みにくい。まして目の衰えた私には、非常に困難なことで、苦痛でもある。
 そこで、まず読みやすい形にすることを考えた。読めなければ貴重な文献でも仕方がないからである。
 そんなわけで、少しずつひもといていきたい。

 人生の行程もだいぶ進んでしまって、先行きも短く持ち時間が少なくなったときに、私がなぜ立正大師の『御書』の研究をするかというと、だいたい次のような理由があげられる。

(1) 原典が、原作者の書いた内容をとどめているように、私には思われるから。
 つまり、「大乗仏教の経典」や「新約聖書の福音書」などのような原典に対する意図的な変更がなされていないので、書いた人の意志や考え方が直接に伝わってくると考えたからです。

(2) 隆盛を極めた仏教も、インドではチャンドラ・ブッタ以後に衰えてしまった背景を知りたかった。
 その仏教が予言をされたとおり、日本において開花したということの不思議な経緯を自分なりに考えてみたい。
 現代の社会情勢が、生前の立正大師の置かれていた時代背景と、何となく似ているようにも感じるのは私だけであろうか。

(3) 宮沢賢治が強烈な法華経信者であったことは、文献以外にも弟(宮沢清六)さんと親しかった須川 力氏から聞いたことがある。
 そこで、実際に日蓮が書いた文章に自分自身も触れてみたいと前々から考えていた。
 今までは、なかなか時間が取れずに、そんな機会がなかったのである。

(4) 日本においても、日蓮宗以外にも多くの真宗が法華経をよりどころにしているらしい。
 それなりの素晴らしい内容だと思うが、実際には読んだことがないので知らなかった。テキストがご厚意で入手できたので、丹念に読んで、自分自身で確かめてみたい。

(5) 自分なりに御書から抽出した文章が、
   『RIKOホームページ』の「安心立命とは?」
にあることはある。
 それをもう少し掘り下げてみたいと考えていた折りに、2004年9月11日に山口大樹さんから資料をいただいた。

 あまり自分自身には自信がなく、何事につけても中途半端な性格の私は、立正大師の御書の中にある「ものすごい自信をもった力強い文章」に、何とも魅力を感じた。そして、もしかしたら自分自身もそれにあやかることができるのではないかという期待の気持があるのかもしれない。
 また、今までに「空海と日蓮は、何となく近づきがたい」などと不謹慎にも思って学ばなかったことを、人生も最後のほうになったので、大いに反省するという気持もあるのかもしれません。

○資料の内容

 現時点において、まだ「意訳 御書要文 全巻」は完成していません。(2004.10.24現在)
 以前に、山口大樹さんからお預かりした「メモ帳の資料」を全体的に読みやすい漢字かな混ざり文にしようという計画なのです。
 メモ帳では、文字が詰まって読みにくいからです。

 したがって、あくまで私的な研究なので、宗教上や学問上の観点からは、かなりの問題があるかもしれません。そんなわけで、この内容を学校の問題の解答や試験などに利用するときは、注意をしてください。もしかしたら、誤った記述があるからです。
 また、同様に研究の資料に用いるときも、配慮をしていただかないといけません。
 しかし、原文をくださった山口大樹さんには心から感謝をしています。

○自分自身の考えで読ませていただく

 この素晴らしい内容の文章について、私は自分自身の考えで読ませていただこうと思います。
 また、世間の評価や既定概念、つまり特定の宗教などで行っている考え方には、拘束されない立場で読み進めていきたいとも考えています。例えば、次のようなこともです。

 日蓮は、「立正大師」とも言われます。
 それは、空海が「弘法大師」、最澄が「伝教大師」、そして親鸞が「けんじん大師」というようにです。
 しかし、その諱(いみな)は身延では有難く用いられるようですが、大石寺では賛否両論、そして大手の新興宗教などでは「好ましくない呼び名」と考えているようです。しかし私は、そのようなことに詳しくありません。そこで、自分自身の考えで用いざるをえません。
 そんなわけで、お読みになった方で、もしもお立場の違う方は、どうぞご自分のよいように読み直してください。

○インターネット上での問題

 下記は2005年11月07日にGoogleで、単に「御書要文」と検索をした結果です。
 420件あった該当データの中の5件目と6件目に私のホームページが出てきました。出るのはかまわないのですが、もしかしたら原文をご利用する人がいるのではないかという心配です。なぜならば、上の4つは書籍の案内(広告)であったり、その書籍のオークションのような企画で、いずれも立正大師のお文章がそのURLで直接に見られるわけではありません。

 また、その本を買ってもパソコンで利用するためには、インプットをしなければなりません。しかし、6番目の私のものは、すでにホームページ上にあって、テキストとしてそのまま利用ができます。ですから、そのようなときには注意をしていただきたいのです。なぜならば、私は宗教に関しても、また日蓮大聖人に関しても専門家ではないからです。
 つまり、もともと自分が勉強をしたいがために作成をした資料なんです。

 ですから、学問的に過ちを犯しているかもしれないのです。つまり、そのチェックをしていないのです。もしも、ご利用いただくときには、そんな事情を事前にご理解しておいてください。


○一般的な覚えとコメント

 このホームページ内におけるフォーマットの都合で、縦書きの文章が横書きなっています。

 原文には句読点(「、」「。」がないので、適当な場所に句読点を置いて、読みやすくしました。
 つまり、原文の段落を増やして、読むときの呼吸を楽にしたのです。なぜならば、何回も拝受して読むときは、文が短いほうがよいからです。
 また、疑問文の最後には疑問符「?」、感嘆文の最後には感嘆符「!」などを置いてみました。もしかしたら、立正大師に対して大変失礼なことになるかもしれませんが、とにかく読みやすくしないと先に進まないので、そのようにさせていただきました。

 つまり、全体的に読みやすくするためには、文章を短く切る。句読点を入れる。読みにくいひらがな表示を漢字にする。逆に読みにくい漢字表示をひらがなにする。段落を増やす。などなど工夫をしてみました。
 例えば、「いでぬ」を「出でぬ」、「乃至」を「ないし」とするなど。また、「種種」「日日」「念念」などは、「種々」「日々」「念々」などのようにしちゃいました。そのほうが、読みやすいと考えたからです。

 例えば、原文で
<上は非想の雲の上下は那落の炎の底まで所有一切衆生の備うる所の仏性を妙法蓮華経とは名くるなり>
などとあるのを、わかりやすくするために
「上は、非想の雲の上。下は、那落の炎の底まで。所有一切、衆生の備うる所の仏性を妙法蓮華経とは名くるなり。」
のようにさせていただきました。
 つまり、文章が続いていても、ニュアンスが失われない限り、句点「。」を入れてしまったのです。そのようにしても、意味を取り違えないと考えたからです。

 読みにくい漢字には、その直後にふりがなをかっこの中に記しました。例えば、括弧(かっこ)のようにです。ただし、その場合には旧仮名遣いではなく、現代の読み方を示しました。
 わかりにくい意味の言葉については、その直後に簡単な説明を「=」を附けて示しました。

 (166)にある次の文章なども、読みやすくさせていただきました。
<そのうへをとこにもすぎわかれたのむかたもなきあまのするがの国西山と申すところより甲斐国のはきゐ(波木井)の山の中にをくられたり、人にすてられたるひじりの寒さにせめられていかに心ぐるしかるらんとをもひやらせ給いてをくられたるか、父母にをくれしよりこのかたかかるねんごろの事にあひて候事こそ候はね、>

 古い文章では、「つ」と「っ」の区別をしていないものが多いようです。しかし、促音の場合などは、読みやすいように小さく改めました。

 その他、いろいろな観点から読みやすくする工夫をしてある。したがって、原文の様子と異なってしまった箇所があるかもしれません。
 漢字はいちおう当時の書体にしましたが、常用漢字にしたところもある。 原則としては、読みやすくすることを目的としました。そのために、かなりの箇所を常用漢字に改めてしまいました。

 読みやすくするという観点からも、漢字をひらがなに改めたり、ひらかなを漢字に置き換えたりした箇所があります。
 例えば、「又」または「亦」「之」または「是」「其」「唯」「時」「事」などを「また」「これ」「その」「ただ」「とき」「こと」と書き換えたところもあります。なぜならば、そのようにしたほうが、抵抗がなく、すらすらと読めるのではないかと考えたからです。その主旨の延長で、「斯の」「是の」なども「この」としました。

 縦書きの原文にある「く」字の長い形の反復記号を用いず、すべて文字に置き換えました。
 例えば、「返す返す」「つくづく」「ほどほど」などです。

 本文中のカギカッコ「」のない会話部分や強調をする部分に、カギカッコ「」を用いた場合もあります。
 なお、ゴシック体にして強調してある箇所は、とくにその箇所が重要であるという意味ではなく、単に私の覚えなのです。
 会話などのカギカッコ「」の中の文章の最後にある句点「。」は、省略をしました。

 文字が続いてしまって、読み間違いをしそうな箇所には、読点「、」や中丸「・」あるいは半角のスペースなどを置きました。例えば、和歌の中にある区切りなどには、読点や中丸が利用できないので半角のスペースを置いて、読み間違いのないような配慮をしたのです。
 熟語が続いて読みにくいときなども、その間に半角のスペースを入れた箇所もあります。
 例えば、「日本月氏」を「日本 月氏」のようにです。

 中丸「・」は、主に文章や言葉が同等で並ぶときに用いました。語句でない文章を中丸「・」で繋げるのは、目で見ると奇異な感じがしないでもないが、やってみると非常にわかりやすく、読みやすくなるので敢えてそのようにしました。ただし、あまり長い文については、ふつうの用法のように読点「、」にしてあります。

 思い切って、段落なども読みやすくするために増やしました。つまり、段の中の改行の箇所を多くしたのです。
 また、読みやすくするために、原文にない送りがなも加えました。
 あくまで自分自身の研究用のテキストであるから、学問的には問題が生じるかもしれません。
 もしも何らかの形で、このテキストをご利用いただく場合は、そんなことをご承知してください。

 なお、このテキストは非常に大きいので、私のパソコンではページ全体を読み込んだ状態で編集するのがムリでした。
 むろん、すればできるでしょうが、1文字を削除するのに10秒くらいかかっちゃうことがふつうです。したがって、私は1段落ずつを別のページにいったん移してそこで行い、そして編集後に戻すという方法を採用しました。ディスプレイ(画面)が「1280×1204ピクセル」のものですから、横に2つ並べても何とか効率よく作業ができたからです。
 そのようにすると、段落ごとの「前後の移す」という作業だけにしか、多大な時間が取られることがないからです。

 本来ならば、この『御書要文』のように大きなテキストは(と言っても、たかだか180KB程度。2005.10.25現在)分割をしたページにすると、サクサクと作業ができるはずです。しかし、私は後で調べるときに検索作業を楽ちんにするために、最初の手数を厭(いと)いませんでした。
 なぜならば、いったん作成してしまうとブラウザ側では、かなり応答が速いからです。

Kuroda Kouta (2005.10.19/2005.12.19)