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 戯れ言1 2006年04月から2006年06月分


○年半ば
○小学生の遠足
○何か、大きく変わる
○馬引沢に住んでいる人
○アルツハイマー検査
○スパムメールのこと
○葬儀をしないこと?
○「生きている」というより「生かされている」
○「先ほどは、ありがとう。」
○「写真をありがとう!」
○「病の器」から脱出しよう!
○自殺者の増加=自殺をしようとしている人にお願い!
○「気と心」「ブロイラー」
○病は気から・気は病から
○「ご連絡、ありがとう!」
○疲れる話
○「資料、ありがとう!」
○「知る>考える>感じる」
○飢饉とは?=飽食の時代の落とし穴
○脳なし昆虫の不思議?
○浅き夢みし=火の玉せんせいとぎぼ女史
○「アトピー気味の方へ」
○最適な運営規模
○「未来物語=プロローグ」
○牛とニワトリ
○梁と柱
○釈迦の子孫とイエスの末裔?
○妊婦や乳幼児に緊急なお願い
○不注意や無知によって病気になる?
○「今からでも遅くはない!」
○無農薬と無添加
○教育勅語の見直し
○ニッポニア・ニッポン
○攻めるも守るも……
○聖書のことば
○ダヴィンチのテレビ
○日々の目的と将来の見通し
○モナ=リザと最後の晩餐
○出演俳優と観客
○「デジカメのムービー」
○「牛乳とヨーグルト」
○「髪と髭と爪」
○「オシッコとウンコ=貴重な情報」
○「やまいこうこうにいる前に対策を考えよう」
○「カメレオンの女?」
○「はかばかしくばかばかしいはか」
○「久慈・民家園・岡本太郎」
○『オズマ隊長』
○「金を貯める方法と金儲けの近道?」
○「甲子さんのこと」
○「戦艦大和と零戦」
○「ブレンデルとへブラー」
○東西本願寺とSL館
○合計残高試算しょう
○短歌の世界
○風の協奏曲
○笑いの日!
○「IQについて」
○桜・楽器・蹲い・土器(多摩の楽しみ)
○空間時間間間事
○「卒業者名簿」
○現代楢山節考募集!
○yokoさんとrikoについて
○被害者でなおかつ加害者である関係
○戦慄すべき予言
○「よい本は心の友だち」
○浅井忠 展と浅草界隈
○道具の道具
○たまたまたま?
○「早すぎたツール?」
○ユダの福音書?
○嘘か真か?
○トマトはトマト
○神はわれらの避け所
○獅子吼苦々、娯苦後?
○安心立命の先生?
○「青空ブログ」という名称?
○化学薬品症候群
○多摩森林科学園
○エッセーの書き方?
○「無常観?」
○ブログのトラックバック
○ホームページとブログ


○年半ば


 あっという間に、半年が過ぎた。
 今日から、私の「第三・四半期」である。この「夏の第三・四半期」には、私の誕生日もあるので、何となく楽しく毎年うれしい。

 ついでながら、私は月を3ヶ月の四半期で意識するのと同様に、時間も四半時で考える。つまり、15分を1単位としている。それを、かつて「コータ」と呼んだが、どうも自分の名前「康太」を呼ばれるようで気になって仕方がない。

 そこで、10年くらい前からは、「Q」と呼ぶようになった。「クー」ではなく、「キュー」である。
 つまり、15分間が私の「1Q」なのである。それは自分にとって、四半期よりももっと実感のできる身近な現実の単位である。

 それはそうと月でも時間でも、さらに量でも感覚でも、こんな体験をしたことはないだろうか。わかりやすくするために、バーナード=ショーだったかの譬喩によって書いてみよう。

 高級ウイスキーのボトルをもっている。
 毎日、少しずつやって半分くらいになった。
 そこで、どう考えるか。

(1) もう、半分も飲んじゃった。やがて、なくなっちゃう。どうしたらよいだろうか。

(2) まだ、半分も残っているではないか。まだまだ、楽しめるぞ! なくなったときは、また考えればいいじゃんか。

 いかがなものであろうか。(2006.06.30)


○小学生の遠足


 多摩動物公園へ行くと、小学生の遠足グループによく出会う。
 大型バスを数台あつらえて豪勢な到着である。

 そんなとき、私は動物を見るというよりも、その動物を見る小学生を観察する。また、その小学生を引率している若い先生たちを観察するんだ。気づかれないようにするのであるが、実に興味深いことがいろいろとわかる。そんなことをしていると半日など、あっという間にすんでしまう。

 おそらく各家庭では、父兄は前日から用意をしたのであろう。お弁当や水筒など、実に用意周到である。

 そして、さらに動物園には何がいるか、何を見るのかなどという小さい帳面のようなものまでもっている。そこには、例えば次のようなことが書いてあるようだ。

 バク
 身体のツートンカラーが、ちょっとパンダと似ていないでしょうか?
 身体の構造は、ゾウに進化をする途中のようではありませんか?
 夢を食べるなどというのは、本当でしょうか?

 そして、実際には驚きの目で、彼らは次のような対象を見るのであるが、……

 子どもたちを眺めていると、なかなか飽きない。
 その身体には、たった一日の動物園の見学にも、情熱をもって燃焼をしている感じが身にしみるからだ。

 さて、私は高齢になってしまい、やがて死の国に旅立つことになろう。
 そんなときに、そこはどんなところであろうか、そこに何があるであろうか、などをまったく知らないままに行くというのは、どういうことなのか。
 行き先のことがわからないままに出かけるのは、小学生の遠足よりもまだ愚かなことではないか。

 ビジネスマンだった時代に、新しい都市に赴任をしたり、外国に出張するときに、まったく先方のことを知らないままで赴くであろうか。まして、そこに永住をするような場合に、その場所のことを調べないなどということがあろうか。

 明日行くところが、未知の場所であっていいんだろうか。
 少なくとも小学生の遠足くらいの用意があったほうが、よいのではないでしょうか。(2006.06.30)


○何か、大きく変わる


 訪問をしたブログに

 「近く、変動が起こりそうな予感がする。
一身上か社会的か? 解らないが、天災か、人災か?」

とあって、何となくおっかない。
 アリなどの昆虫やネズミなどの小動物は本能があって、危険が迫ると一団となって、すべて逃げてしまう。しかし、人間は異常に発達した脳をもつために、逆に鈍感になっていつまでももたもたしている。

 いったい脳とは何なんだろう。

 一身上の大きな変動と言えば、自分がこの世からグッドバイすることであろう。社会的な変動とは、クーデターや戦争が考えられる。
 天災にしろ人災にしろ、自然のコントロールを外れていろいろな災害が起きている。くわばらくわばらである。(2006.06.29)


○馬引沢に住んでいる人


 いまでこそ区画整理がされて住宅地になっていますが、多摩ニュータウンが開発される前は、大変なところでした。それこそ、馬でさえ脚を取られて進めないような所だったのです。
 また、今の京王線と小田急線がパラレルに走っていて、トンネルで別々な方向に分かれていこうとしているところを「幽霊坂」と言って、荷車を引いて行くうちに荷物を失ってしまうことが多かったと言います。狸が、品物を盗ったからです。
 その他、今のカナディアンの辺りに、「アパッチ砦」というのがあって、小さいながらもなかなか壮観でした。野猿街道のほうにあった「ピンペット山」などとともに、今ではすっかり平らにされて面影はありません。

 地名についても、昔の「落合」は非常に広く、現在の多摩センターから唐木田くらいまで広がっていたのです。いっぽう「豊ヶ丘」などという地名は団地を造るために、新たにもうけられたものでしょう。

 あなたは、あの博学な大岩先生が「Googleのグループ」を作ってくださったときからの私と同じく初期メンバーの一人です。

 Googleのグループについては、私もあまりよくわからんのですが、例えば下記で最近の記事が見られるでしょう。

http://groups.google.co.jp/group/chukouken/browse_thread/thread/bbcbff36d96955bb/?hl=ja#

 Googleは世界的な権威のあるソフト会社なので、あまり高度すぎて、私には何となくわかりにくいことが多いようです。

 私は、外国の地図を見るときにGoogleをよく利用をします。
 例えば、長谷川さんが教えてくださいました「浅井忠展」です。私は、画伯のフランス留学時のそこのことを知りたくて、

http://www.google.co.jp/maphp?hl=ja&q=&ie=UTF8&ll=50.336915,3.060379&spn=0.053907,0.092697&t=k&om=1

などとして見ます。
 パリの郊外に寄宿をして「グレーの洗濯場」などを描いた辺りです。
 なお、地図は「航空写真」と「普通の地図」の選択ができて、さらに拡大なども広範にできるので、とても実用的です。
 いろいろとやってみてください。(2006.06.28)


○アルツハイマー検査


 アルツハイマー検査のメール、ありがとうございました。
 とても参考になって、うれしく思います。
 でも、言葉をさかさまにする問題はともかく、目の前のものの記憶については、どうも自信がありません。なぜならば、私はここのところ、捜し物やうろ覚えによる度忘れをしばしばしているからです。

 ひどいのは、すでに使ってしまったものを捜したりするんです。まったく、お恥ずかしい限りです。使ったという記憶が薄らいで、その物がないという現実だけが浮き上がってくるのでしょう。

 さらに、自分が夢に見たり、単に思い込んだりしたことなどを現実と取り違えることもあるようです。そんなときには、当然のことながら相手は何のことか理解できないでしょう。
 よく、真面目な顔で「お貸しした百万円を返してください」などと言う症状があるようです。つまり、自分では考えたことと現実とが、すでに区別ができなくなっているそうです。

 まったく笑い事ではありません。脳が機能を失いかかるということは、滑稽でもあるが恐ろしいことなのです。

 また、「血圧に気をつけろ」ということも、大いに考えさせられます。加齢によって、血圧は上がる傾向にあるからです。おそらく、血管の抵抗が増えるためでしょう。

 まだ、私はアルツハイマーなどの検査を受けてはいませんが、そろそろその時期になるようです。しかし、あらかじめ覚悟だけはしておきたいと思っています。
 大岩先生や大倉さんが倒れたことを思えば、私が元気でいることのほうが、何となく不思議なくらいだと感じるのです。

 どうぞ、皆さまもお大事に。(2006.06.24)


○スパムメールのこと


 先日、お問い合わせのありましたスパムメールなどのことについて、私なりの考えを述べておきましょう。もしかしたら、あなたの参考になるかもしれないと考えたからです。

 本来の通信とは、『RKOホームページへようこそ!』の『インターネット入門』にあるように、送信者と受信者の間で意義のある内容を交換するものです。
 しかし、人間のモラルや常識を越えたところで発達をした技術ですから、大きなちぐはぐを生じて、滑稽な意味のないことを露呈してしまった分野の一つが、いわゆるパソコン通信なのでしょう。

 もう一度、「データ通信」や「インターネット」を上記で考えれば、実にくだらないことまでを日々していることがおわかりでしょう。そして、事故や事件が起きてから社会的な問題になって、そこで法律や規制で取り締まるまで、その愚かさはやりたい放題、何となく続くようです。

 それは、ともかく現実の問題を改めて次に考えてみましょう。

(1) メールの着信
 現在、一日に1000通以上の異常なメールが来ます。500通くらいになったときに、面倒なのでスパムメールや出会い系のメールなどは、すべて利用メーラーの「メッセージ」メニューで「送信者を禁止する」としました。

 問題は、それでもプロバイダ側の受信ボックスを開封するまでの間、そこに待機してしまうことです。もたもたしていると容量をあふれてしまいますので、一日に2回ほど、その処理をしなくてはいけません。何とも意味のない面倒くさいことです。

(2) 掲示板などにも、多量にいかがわしい内容の連絡がありました。しかし、それはプロバイダ側でもチェックを始めましたので激減をしました。したがって、ここのところ自分自身で削除をする手数が大幅に減ったのは事実です。
 ほんとうに、有難いかぎりです。

(3) それでも、貼られたURLを迂闊に開いてはいけません。
 私は、『RKOホームページへようこそ!』の「知的空間」にある「検査をするソフト」で安全を確かめてから見ることにしています。

(4) メールの送受信
 メールは、送信時と受信時ともにノートンのチェックが入ります。
 したがって、そのままの形ではOKでしょう。ただし、テキスト形式で送信して、添付ファイルもしないほうが間違いは少ないようです。

(5) いずれにしても、このように書いていきますと(20)くらいまでになっちゃうでしょう。
 3年前に、『青空の入門・創作ページへようこそ!』にある「HP(ホームページ)の作り方入門」の「ウイルスチェックについて」などに何となく考えたことが、すべて事実になってきました。

 やはり、世の中は考えた方の悪い方向に進んできたようです。
 細かいお問い合わせは、個別に願います。(2006.06.24)


○葬儀をしないこと?


 還暦をとっくに過ぎ、ぼつぼつ体力にも自信がなくなってきた。
 そこで、そろそろグッドバイのことも考えておく必要が生じてきたのではないかと考える時期になってきたようである。

 かって多摩市の市議で葬儀組合の委員長でもあった人に、「葬儀をしないこと」について聞こうとしたことがある。その人は、数期も市議を続けて、一見立派そうな人であった。しかし、私の問い合わせを無視してしまう失礼な人であった。
 そして、その次の期に落選をして、市議を辞めた。したがって、その後どうされているかを存じ上げない。

 いま、その人のことを言っても仕方がないだろう。
 話題を本論に戻そう。

 死後の世界などを信じてはいないが、別のもっと恐ろしいことが数年前からわかり始めた(ような気がする)。それは、科学的に証明をしたりできるようなことではないので、誰に話してもしかたのないことでしょう。
 しかし、次のようなことを実際にして欲しいのである。

 私が死ぬと、遺体になります。しかし、その時点でも私は意識がまだあって、自分自身になされる一連のことがわかるような気がするのです。それは、自分自身で自分の死体と死後しばらくは対峙をしているとでもいう状態なのでしょうか。
 そこで、次の一連の処置をしていただきたいのです。

(1) 通夜や葬式などを一切しない。
 当然のことながら、死んだという連絡を誰にもしない。
 死体は医師の検診が必要なので、救急車で病院に運ばれるでしょう。そして、後は手続きとして市に死亡届を出すくらいです。

(2) 死体そのものは、葬儀屋の手数をかけずに焼き場に運びたいのです。
 この辺がなかなか難しいところなのかもしれません。

(3) 焼き場では、妻が一人立ち会って荼毘に付す。
 その遺骨を瓶にいれて、いったん持ち帰る。

(4) そして、数ヶ月後に自分の好きだった場所に撒いてします。
 私の場合は、多摩川の流れですから簡単です。
 この辺も、従来の考え方と違うので問題があるかもしれません。

 そして、そのようなことを市民から有志を募り、実際にグループでやっていこうと言おうとしたのだが、わかってもらえませんでした。つまり、例えば葬式などで故人の悪口を言ったりしたら、すべてそれが本人に聞かれてしまい、亡くなった人はますます暗い気持ちで、黄泉(よみ)の国に下っていかなければなりません。

 そのような奥義を理解していただくには、アドルフ=シュタイナーなどを学習していただく必要があるようです。しかし、そこまでは求められないことですし、市議であっても葬儀屋さんでしたから、利権などの問題もあって、従来の当然のことで行きたかったのかもしれません。

 そこで、実際にセットになってないスケジュール「葬儀をしないこと」について知っている人がいたら、ぜひ教えていただきたいんです。(2006.06.23)


○「生きている」というより「生かされている」


 私は日々「生きている」というよりも「生かされている」という感じがする。皆さんは、どうであろうか。
 そんな中で、私は日々の生活が、物に不自由をしなくて、健康で楽しいのは有難い。いつも私は、そのことについて○○に感謝をしている。
 自殺者が多い時代だと言う。また、ひっきりなしに走っている救急車。そして、毎日報道される不可解な事件や驚くべき事故。

 私は、不思議に思う。
 例えば「お昼のニュース」などで、「今日はとくに皆さまにお伝えすることがありません。そこで、日本に残っている名曲などを聴いてください。」などということがないことだ。
 それは、モーツアルトの曲であってもいいじゃないか。

 さらに、省略をしてしまって次のあのひどくのどかではあるが、大げさな抑揚ではじまる「昼のいこい」というローカル便りの番組にしてしまってもいいんじゃないか。もしも、以後の時間の調整が取りにくいというのであれば、視聴者からのお便りを増やせばよいでしょう。

 それはそうと、私は健康について調べてきた。そして、それが誰にも一律に言えないところに、大きな問題があることに気付いた。そこで、自分自身や妻の場合の健康法というようなことに限って、まず関心を集めた。
 しかし、私の健康法はいわゆる「予防」であって、まったく「医学」ではない。むろん「予防」を心がけると病気になることが少なく、病院のお世話もめったにならない。

 それでも、身体の機能を保つために通院をしている。
 例えば、歯である。サラリーマン時代の不摂生で失った場所には、大きな入れ歯が入っている。その奥歯は、当時にちょっと注意をすればご来臨しなかったと思う。しかし、もうそこには入れ歯が鎮座ましましているので、有難く日々使わせていただく。

 その他、現代の医学は素晴らしい。
 人工心臓やペースメーカー、各種臓器の開発、人工肛門から人工尿道まである。それが、石原軍団のダンディー親分がしているというのに、外面からはまったく気づかない。かなり快適なもののようである。

 そういえば義手や義足なども、最近のものはコンピュータのチップが入っていて、素晴らしい性能があるという。いろいろあるが、これからは多くの機器にお世話になるでしょう。もしかしたら、私の場合、それはいちばんいかれかかっている脳かもしれない。

 だから、さらに私は不思議に思う。
 なぜ、人工脳や脳の交換手術がないのか。ワダ先生の心臓のときのように、話題になることがないのでなぜかとも思う。おそらく、脳という器官について、まだよく知られていないので、脳がそのようなことを考えさせているのかもしれない。
 詳しい人がいたら、教えていただきたいところだ。(2006.06.21)


○先ほどは、ありがとう


 先ほどは、VITAの7階にお越し下さり、ありがとうございました。

 義姉がすっかり恐縮をして、お礼を言ってくれということです。
 話題になりましたイエズス会司祭の荻原晃さん著「死と永遠」をさっそくに手配しておくとのことでした。届いたらすぐに、持っていくと言っております。

 著者は石神井のロヨラハウスに住んでいるようなので、疑問点があったら聞きに行こうと思います。
 なお、ロヨラとはイグナティオ=ロヨラで、前に映画で見たフランチェスコと対応して、カソリック2大分派を作った中継の祖です。

 お互いに健康で、心安らかな日々を。


○写真をありがとう


 写真を送ってくださり、ありがとうございました。
 さっそくに、そのうち数枚をVITA7階の人に差し上げました。とても、よく写っていると感謝をしておれらました。
 しかし、もう一人の人には週末にしか会えません。そこで、いつもカバンに入れて渡せるように準備をしておきましょう。
 いずれにしても、ご厚意を感謝します。

 でも、考えてみれば不思議なことがあります。
 たまたま機会があって画像として映し出された二人のことです。もしも、どちらの人も知らない人は何がどうしたのかを想像するでしょう。さらに、片方の人を知っている場合は、どんなふうに思うのでしょうか。
 偶然に人生のある時期に巡り会えて、スナップで取られた不思議なめぐりあいとも言えるようです。もしもそれが恋人、さらには夫婦や親子などでしたら、当然のことでしょう。

 しかし、時間を断片的に捕らえた写真には、かなり深い意味までをもたすことができます。かつてご一緒した、向ヶ丘遊園の岡本太郎美術館で催されていた写真展の内容を思い出してください。
 そこにあった東北地方で飢饉のときに行われた即身成仏です。
 もしかしたら、あの形相を見て成仏していないかもしれないかと恐れたのは私だけでしょうか。
 あのリアルな写真には、かなりの説得力があったように思いませんか。(2006.06.20)


○「病の器」から脱出しよう!


 私たちの身体は、ともすると「病の器」になってしまいます。
 正直のところ、私もかつて重度の糖尿病、高血圧などに冒され、大学病院の先生から「あと三年は保たないでしょう。そして、その前に失明をしているかもしれません」などと、自信たっぷりに言われたものでした。

 つまり、目が見えなくなって暗い状態で死ぬというのです。
 そこで、仕方なく会社を辞めることにしました。
 たまたま、そのときは一部上場の電機メーカーの部長職をしていましたので、妻が驚いてしまって、将来に対してずいぶんと悲観的になったことを思い出します。

 しかし、今考えてみるとそれでよかったと思っています。
 なぜならば、その後は健康や老化予防などの勉強ができたからです。
 また、さらに安心立命の研究までできるのですから、収入のことを考えなければ、これほど幸福なことはありません。(2006.06.20)


○自殺者の増加=自殺をしようとしている人にお願い!


 6月17日のNHKニュースで、自殺者が一年間で32,500人になって、過去最高の記録になっているという。また、ここ8年間はずっと3万人を超える自殺者が出ているそうだ。
 そこで、寝たきりの人の自殺や尊厳死などを除くと、3,000人に一人くらいが自殺をしていることになる。
 もしも、これから自殺をしようという人がいたり、またそういう計画の知り合いがあるときは、お願いをしたい。

 なるべく自殺をしないようにしてほしいのだ。
 いろいろと都合もあるでしょうが、自殺をしても決して楽にはならないと思うからです。キリスト教などで自殺を禁じているのは、その奥義に何となく信じられることが隠されているからではないでしょうか。

 いくら愚鈍な私でも、天国や地獄などは信じていないし、まさか復活などがあるとは思いません。しかし、別な意味で自殺を禁じる大きな理由がキリスト教にもあるようです。
 どうぞ、思い直してください。(2006.06.19)


○「気と心」「ブロイラー」


 前の文章に「気と心」そして「ブロイラー」と二つもコメントをいただいて、何ともうれしくなっちゃったので、段落をここに改めましょう。

 私は、似而非菜食主義者かもしれませんが、それでも菜食主義者の無神経を感じます。
 玄米の発芽試験をしたのですが、ちゃんと稲が育ちました。つまり、釜に入れる時点では、生きていたんです。また、納豆にしても一粒一粒が納豆菌にまみれていても、やはり生きているようです。

 問題なのは、毎日大量に食べる「こうなご」です。小女子と書くのですが、メダカよりもちょっと小さい魚です。私はシラス干しが高いので、ここ30年ほどこうなごにお世話になります。

 そして、問題は食べるときです。
 ときどき蛸などと交じって、ちょっと大きめなものがいます。蛸といっても1cmくらいの小さいものです。こうなごは、むろん冷凍で来るので、死んではいるのですが、まだ身体などは光っています。

 そして、よく見るとその死んではいるが澄んだ目で、私を見ているのです。不気味になって妻に聞くと、いつも鈍感な妻は「かつてあなたと会ったこともないので、気にする必要はありません」と言います。

 しかし、その目は「どこかで、いつか見たような」気がしてならんのです。また、中国の話で「自分が魚になって俎板の上に乗せられる」というおっかないのを思い出したりもするんです。 …… (2006.06.18)


○病は気から・気は病から


 昔から「病は気から」と言われる。
 そして、その誤用である「気は病から」とも言われるようになった。
 しかし、いずれも真実であろう。
 いったい、「気」とは何なのであろうか。単に「気持ち」とか「気分」、さらには「こころ」と考えると、何となく意味がわかる。

 親しい人も、多くが倒れてしまった。
 ここ数年で、亡くなった人が数人、また現在療養中の人が数人もいる。
 療養と言っても、植物人間になったり、アルトハイマになった人がいるので、もはや話をしてもまったく通じない。回りの人が次々とそうなるのは、やはり私自身にも大きな可能性があるようだ。

 死んでしまうのは仕方がないが、どうもよいよい状態になったり、植物人間やアルトハイマは、ごめんこうむりたい。生命維持装置だけで生きているのも耐え難いであろうし、記憶がなくなるのも滑稽でさえある。
 何となくなりたくない状態に結局はなってしまうのが、これまでの私の人生であった。さて、老後というか近い将来にはどうなることやら。

 いま「気」や「こころ」のことについて調べている。
 そのような研究をすることによって、「安心立命」に少しでも近づきたいからだ。でも、ふと「こころ」が脳にあるのではないと思うようになった。そのような疑念は、かなり以前にトキザネ氏やヨウロウ氏の本を読んだときに始まって、最近ではまったく驚くべき結果になってしまった。
 そして、旧約聖書の記述が恐ろしい現実として迫ってくるのではあるが、……

 もう少しはっきりしたら、改めて発表をしたいと思う。(2006.06.17)


○ご連絡、ありがとう!


 サザンクロスの「サマーギグ2006へのご招待」と松木さんの「サンゴ礁の昼下がり」をありがとうございました。でも、演劇場に出かけて行ってまで意見を言うほどの力もありませんし、また時間もないんです。だんだん死が迫ってくるので、しなければならないことがたくさんあるからです。

 また、いまのところ脳以外の肢体がとくに不自由ということを自覚してはいませんが、松木さんのお作品、私にはどう考えても芸術品という感じがしないので、見解のわかれるところなのでしょうか。
 松木さんを存じ上げないので、はっきりはしませんが、仮に小学生であったとしても、ちょっと作品に物足りない感じが否めません。もしかしたら、回りの商業主義がからんでいるのかもしれませんが、……

 また、私は青空ライブラリなどと言って「文学」「美術」「音楽」などとしていますが、いったい展示物の「何が文学か?」「何が美術か?」「何が音楽か?」などと糾弾されるのと同じ事情かもしれません。
 そのようなことは、その方からとくに依頼を受けたわけでないので、私にとってはどうでもよいことでしょう。それよりも、すでに自分自身のことが大きな問題になりかかっているのです。

 それは、いろいろと考えてみると、今までの私の一生はどうも無意味でムダの多かったように思うからです。そんなために、大いに反省をして短い残りについてはそうならないように、何とか注意をしたいと考えている次第です。
 いくら法華経に自分のことが書かれているからと言っても、そのとおりにして、他人のお節介ばかりをしているわけにはいかんのです。(^_^;)(2006.06.16)


○疲れる話


 久しぶりに唐木田の厚生会館に行った。
 だいぶメンバーが変わっていたが、元気な人は元気、病みがちの人は病みがち、中には来られなくなってしまった人も数人いた。

 しかし、元気な人と話をしても、何となく様子が変わっている。
 その人たちが言うには、ここのところ身体が非常に疲れるという。何となく、基礎代謝が増えてしまったと言えるような状態である。むろん、加齢とともに体力が衰えていくのであるから、疲労をしやすいのは確かである。でも、そのようなこととちょっと違うみたい。

 私は、よほど「食べているものが悪いんじゃない?」と言おうとしたが、黙っていた。そこで、談義をしてしまうと、せっかくの晴れ間に戦車道路を歩いて、多摩美大まで行けなくなってしまうからだ。
 それに、私のは予防を行うのであるが、実際に学問的な分析をしたわけでない。たまたま私も妻も、そして義姉も30年ほど内科系の病院のお世話にはなっていないだけだ。
 しかし、私は月に1回、歯科にかかっている。歯周菌を増殖させてしまわないためだ。歯周菌が、歯茎の血管が弱くなって出血しているようなところから血液に入りこむと大変なことになるので、注意をしている。

 加齢によって、体調が悪くなるのは困ったもんだ。(2006.06.15)


○資料、ありがとう!


 大倉先生、昨日は資料をお届けくださり、感謝をしています。
郵便ポストに入っていた大型封筒内一式、確かに拝受。
 晴れ間があったので、多摩川の流域を散歩していて、留守をしてしまってすみません。ここのところ生活が何かと忙しく、ついご無沙汰気味です。

 ぼつぼつ「死に関すること」なども、調べておこうと考えはじめた次第です。問い合わせやメールも忙しく、昨日で2800通を超えたところです。
 そんなわけで、今後は先生に対するご報告も、このような形式にさせていただきます。ブログというものですが、VITAの7階の情報公開室で無料でご覧いただくことや、多摩サロンでも見ることができるでしょう。

 よろしくお願いします。
 先生のご健康を祈っています。(2006.06.14)


○「知る」>「考える」>「感じる」


 先ほどは貴重な時間を割いてお寄り下さり、感謝をしています。
 昼食がおいしくなくなってしまうので、黙っていました。そこでここに、ご質問にあったことを私なりに回答しておきましょう。

 現代は知識の集約した時代です。ともすると、知識がある人間たちが勝者になって、私のような何も知らない人は負け組のような感じです。そして、人よりも多くの情報をもっている人が金儲けをしたり、大企業や一流校に合格をします。そして、そこの構成員になり、社会を一時的に支配するのです。

 私は、単に「知る」ということよりも、「考える」ということが大切だと思います。そして、さらにその「考え」を集約大成して「感じる」ことができるようになりたいと前々から思っていました。

 ご質問にあったように、私たちは驚天動地の空間にいるのです。とても知識を集約してもダメで、素直に感じなければわからないことでしょう。
 地球の内側のほうが外部よりも大きいなどということは、誰も信じません。また、バカバカしいと思うでしょう。しかし、トポロジー的に言うと「クラインの壺」のようなことが、現実にはあるのではないでしょうか。

 それは、科学が進んでいない時代には、地球の裏側の人たちが天に落ちていかなかったのを不思議に思ったようにです。
 具体的なことは、この次にお目にかかったときにでもいたしましょう。(2006.06.13)


○飢饉とは?=飽食の時代の落とし穴


 長谷川さんのメールにあった「天保の飢饉(てんぽうのききん)」の話が、私にはものすごくおっかなかったので、飢饉とはどんなものであったかを調べてみようとした。
 はじめ手持ち資料の紺野嘉左衛門が天保四年に書いたものを考えたが、それは「天明の飢饉」の記録であった。そこで、もう少し古く「方丈記」にある「世の不思議四(養和の飢饉)」を読んでみた。

 むろん、交通の発達した今日では世界的な協力があるので、それほどまでひどい状態にはならないであろう。しかし、もしも世界的な規模で飢饉が発生したら、どうであろうか。食料争奪合戦に核兵器まで出てきて、大変なことになるかもしれない。
 何となく、身がすくむ思いである。

 次は「方丈記」の記述で、イメージを代用する。ながあきらという人の文章である。

 <養和のころだと思う。二年も続いて世の中が飢渇して、あさましきことがあった。天候が不順で穀物が実らなかったからだ。
 そのため人々は地を捨てて、山などに住んだ。そして、祈祷などをしたが、効果はなかった。

 持っている寶物などは何にもならない。交換をするとしても、金(きん)と粟(あわ)を同量でする。乞食が道にあふれて、わめき叫んでいる。
 前の年は何とか暮れて、翌年は立ちなおるかと思っていたが、さらに疫病が発生して、跡方もない。

 そんなわけで人々は次々と病死をした。ちょうど、水たまりに残された魚のようなものだ。乞食をしても、よろよろして倒れてしまう。道ばたにごろごろと飢え死ぬ人が、数えられないほど。

 それを片づける人がいないので、臭(くさ)い臭(にお)いが周囲全体に満ちあふれ、死体が腐り崩れていく形は、目もあてられない状態。さらに河原などには、馬・車が通れないほどだ。母親の死んだのも知らないで、幼児がなお乳に吸いついていたりもした。

 仁和寺の慈尊院に隆曉法印という人がいた。多くの人々が死ぬことを悲しんで、死者の額に阿字(あじ)を書いて、その往生を祈った。書いた人を数えたら、京の中(うち)一條より南、九條より北、京極より西、朱雀より東、道のほとりにある頭は四萬二千三百以上もあった。

 そんなわけで、河原・白河・西の京・もろもろの邊地などを数えたら、際限がないはずだ。日本全国では、いかなることであろうか。>

 以上は、私(rik)がサマリーを現代文にしましたが、実際の文章は「青空ライブラリ」にある「方丈記」を参考にしてください。「方丈記」には、他にも「世の不思議」というタイトルで、いくつかが記されている。なかには、人災とも言える「首府移転」のくだりもあって、大いに参考になるでしょう。

 現代、私たちは非常に危ないところにいるのです。飽食の時代にも、落とし穴がぱっくり開いているからです。そして、「わずかな備えがあっても、大きな憂いが潜んでいる」からです。(2006.06.13)


○脳なし昆虫の不思議?


 昆虫には、とくに脳と言った器官がなく、単に脊髄のようなものなのに、どうして群全体が一糸乱れぬ行動などができるのでしょうか。アリやハチの世界を考えると、不思議でしかたがない。
 そこで、多摩動物公園の昆虫園の先生ほかrossiさんに教えていただいた。その内容。

 神経の一部とも言える脊髄でも、情報伝達や空間認識、記憶など社会生活がかなりできるのです。ハチやアリ、ゴキブリなどは、優れた学習能力があるようです。

 そして、さすが多摩動物公園の先生は言わなかったが、rossiさんは以下のような見解を述べてくれました。

 <人類は高度に脳を発達させることで繁栄したが、種として生き残るためには、他の方法もある。
……
 単純な反射神経と情報処理能力だけでも、それを効率的に機能させれば、充分に繁栄することができる。身体を小型化できるので、効果的で大量繁殖という点において非常に有利です。
 種になんらかの意思があるのかわかりませんが、実は昆虫は地球で最も成功した種族と言われています。人類をも含めた全ほ乳類が絶滅した後は、昆虫の時代が来るでしょう。>

 この説明を聞いて、私(rik)はうれしくなってしまった。
 数年前に書いた

 『水棲人

が、考え方としては間違っていなかったことがわかったからです。
 rossiさん、ありがとうございました。(2006.06.12)


○浅き夢みし=火の玉先生と宜保女史


 ここのところ老人になったせいか、朝早く目が覚める。
 前日の午後10時ころに就寝をすると、3時には起きてしまう。それ以上は、とても眠れないからだ。その代わり、午後1時頃に遅い朝食をして、大瓶のビールをニール=ドルフのように一本飲むと、ぐんにゃりしちゃって昼寝を2時間近くしてしまう。ランの手入れなどは、まったく必要ないからだ。
 何のことはない、結局は1日に7時間も眠っていることになるではないか。

 しかし、その眠りである。
 どうも、若いときほど深くはないようだ。だから、ひっきりなしに走っている救急車の音や、妻がもそもそと起きてトイレに行ったりするのがわかる。もしかしたら、自分自身が寝ていないのじゃないかと思うほど。
 寝ているにしても、それはとても浅い眠りじゃないだろうか。

 それでも、日中は健康で楽しい時間が過ぎていく。
 親しい人と会って話をしたり、多摩川に行ったり、また足を伸ばして多摩動物公園や高尾の公園までも行く。都内にはあまり行かないが、美術館などにはときどき行く。
 夜寝ているときに考える。もしかしたら、「死」は「眠り」に近い状態ではないかということを。そして「生死」、仏教では「しょうじ」というそうだが、鈍い私にも何となくその概念がわかってきたみたい。

 そのうち本番のときに、今考えていることが正しかったことを確実にわかるかもしれない。U先生や妻は、死んでしまったら何も考えないなどとのたまわく。それは、牧場にいる牛や養鶏場のニワトリのように愚かなことだと気付いていないからだろう。それでも、そのことを彼らに注意するのは、説明が面倒なので諦めてしまった。

 どうして「今日は雨が降るか降らないのかわからないような曇った日に、傘をもって出かける」ようなことができないのであろうか。最近になって、科学が進んだので用心をしない人が多い。天気予報のとおりにして、雨に濡れたら気象庁やNHKのせいする。そして、文句を言うのである。

 これだけ科学が進んだ時代にも、「科学で考えられないことは、信じません」などと言う人がいるので驚きである。大学の教授でもテレビにまで出てきて、そんなことを言うので不思議な時代だと思う。ぎぼさんのことを考えると魔女狩りよりも、もっと恥ずかしい野蛮なことをしているという自分に対する配慮や反省がないので「工学部の後輩ではあってほしくない」などと思ったりする。

 しかし、いくら学問の優れている学者でも、テレビに載せられて猿回しの猿のほうの分担をさせられているのかもしれないので、私などがとやかく言うことでもあるまい。私は、自分自身の死を真剣に考えているのだから、人のことなどを言ってもしかたないだろう。(2006.06.10)


○アトピー気味の方々へ


 アトピーはいったん始まると、なかなか治りにくいものです。
 体内の問題や食べ物の化学薬品症候群による症状など、いろいろあると思いますが、ここでは空気について考えてみます。

 まず、室内の換気をすることです。おそらく、室内よりは外気のほうが清浄であるからです。空気清浄器の付いているものが望ましいのですが、ふつうの換気扇でもかまいません。換気扇が付いていない部屋は、ときどき窓を開けるのもよいでしょう。

 私は、「熱交換式換気扇」を利用しています。外気を室内に入れるときに、室内の温度にしてくれるからです。冬には、部屋の温度が下がらないので重宝をしています。

 とにかく、肺に入る空気は清潔なほうがよいでしょう。
 もしも、アトピーでしたらタバコとはしばらくご無沙汰を願います。
 お大事に。(2006.06.10)


○最適な運営規模


 組織でも個人でも最適の運営規模がある。したがって、大きくなればよいというものではない。大きくなりすぎて、滅びてしまうこともあるのだ。

 会社や政治団体、宗教などの組織は発展途上、つまり大きくなろうとするときに無理が生じ、挫折をすることが多い。なぜだろうか。おそらく、その周囲と利害関係が対立するからであろう。

 そのことは、最適規模を常に考えていないと問題を生じるという事実を認識することによって、ある程度避けられるのではないか。(2006.06.09)


○「未来物語」=プロローグ


 西暦二六○○年である。
 紀元ではなく、西暦である。つまり、これを読んでいるあなたから考えると、六百年ほど先の物語ということになる。

 「過去は記録できるが、未来は記録できない」と言った宇宙物理学者がいた。ホーキングという人である。しかし、実際には未来も記録できるんだ。だって、ここにあなたから考えた未来の記録をしているんだから、……

 まず自己紹介をしよう。
 私は、アイである。男と考えても、女と考えてもよろしい。この時代になると、男も出産ができて、とくに男女の区別はないからだ。
 それでも、いちおう家族としては父がケイ、そして母がアール。そして、祖父にあたるオウがいる。つまり、四人家族なのである。

 こんな内容で、今後のストーリを展開していこう。
 家族以外の登場人物は、その回ごとに颯爽と、あるいはいやいやのこのこと出てくるので、その都度紹介しようと思う。

 さてさて、いったいどんな展開になるのやら、……
 あなたたちから見れば、ミレナリアニズムの半分ほどの期間ではあるが、常識では考えられない世界になっているのではないだろうか。(2006.06.04)


○牛とニワトリ


 牧場に飼われている牛や養鶏場にいるニワトリたちは、自分たちがやがてビフテキや牛丼になったり、フライドチキンにされるのを知っているのでしょうか。また、牧場主や養鶏場の経営者が、何の目的で自分たちを大切にして、飼っているのかを知っているのでしょうか。

 おそらく、牛やニワトリは自分たちが間もなくビフテキや牛丼、そしてフライドチキンになるとは思っていないでしょう。なぜならば、まだビフテキやフライドチキンを知らないからです。また、彼らは吉野家やケンタッキーのおじさんの店で、食事をしたことなどもないと思います。
 つまり、知らない世界のことだから、想像さえできないのです。

 その存在を知らないということは、思考範囲を非常に狭めることなのです。牛やニワトリを飼育して、その目的を知り、目的を求めて生きてゆけるのは、飼う方の人類だけです。飼われる方がそれを知らないというのも、何となく哀れなものですね。
 しかし、牛がとさつ場に連れて行かれるときに、なぜか自分の運命を察してしまうということを聞いた事もあります。

 人類だけが高度社会ではないと思いますが、何となくわかるような気がします。そして、人間が牛やニワトリと同じ立場にあるような気もして、恐ろしくなりました。(2006.06.03)


○梁と柱


 昨日は、そうえん茶房で楽しい話ができ、うれしく思います。
 また、おいしいレアチーズケーキとプレーン紅茶をご馳走になり感謝をしています。大岩さんが倒れる前に、よく一緒に行ったお店で、植物がたくさんあって気持ちが和みます。そんなわけでその後は、妻と週一回くらい通っているのです。

 あなたのような現業のお医者さまを前にして、ズケズケと思うことを言ったので、帰ってから大いに反省をしています。興奮をして、ちょっと失礼なことを言ったかという心配です。そんなわけで、ここに改めて、私なりの弁解をしておきましょう。

 私たちは現生人類のころから、「半立ち」で歩いていたようです。
 したがって、本来ならば梁にあたる背骨を、柱として用いざるをえませんでした。それは、赤ちゃんが歩き出すときに「タカバイ」という動作をすることからわかります。「タカバイ」は「高這い」とも書いて、手足を伸ばして這い上がる動作なのです。

 そんなわけで、どちらかというと、ヒトは俯(うつぶ)せて寝るのがより自然なのです。仰向けに寝るのがよいという常識は、少し間違っているのではないでしょうか。

 確かにお釈迦様のご臨終のときは、右を下にした右向きの姿勢でした。寝釈迦と言って、文章や絵画・彫刻の記録に残っているからです。そして、そのような姿勢がいちばん楽だとも言うのです。

 フランスでは「王様は仰向け、貴族は横向き、乞食は俯(うつぶ)せ」などと言います。しかし、それは健康の問題じゃなくて、身分の状態を言ったものでしょう。
 つまり、仰向けで寝ているということは、野生の場合には「どうぞ、私を召し上がってください!」ということにもなるのです。だから、ふつう背が固く、腹がやわらかいのです。

 山川惣次の「少年王者」がワニと戦ったときの話です。はじめ背にナイフを立てたのですが、なかなか刺さりません。そこで、次に腹のほうを刺したら、簡単に刺さってしまったというくだりがありました。
 私も、そのことを何となく知っていたので、

   『食用がえる

という短編に、そのことを書いてみたのです。

 私は、そんなことを確かめることもあって、あまり硬くない形状記憶布団に、すでに10年ほど寝ています。そのためでしょうか、腰痛や肩凝りなどは出ません。つまり、フランスの諺(ことわざ)や私たちの常識は、別の意味内容であったことに気付いたのです。

 しかし、個人差や布団などによって、大いに異なるところです。本当は赤ちゃんも俯せに寝かせるのが健康や成長によいのです。しかし、呼吸に支障を起こして死んだケースがあったので、最近になって禁止をしたり、保育園では俯せ寝を避けるようになりました。

 本来ならば梁(はり)であるべきものをヒトが直立したために、柱として使わざるをえないところに、現代人の身体の問題があるのではないかと私は考えたのです。つまり、腰痛や肩凝りなどはヒト固有の病気で、野生のライオン、さらに飼われている犬などには、ないのではないでしょうか。

 そんな意味で、つい茶房で意見を申し上げました。
 私の場合は自分自身で考えたことで、医学会の意見や医学の常識とは、かなり異なっているかもしれません。それでも自分自信の責任で、いままでにずっと確かめてきたのです。

 したがって、お話したことは他人に勧める内容のものではありません。そのことを改めて、ここでお断りしておきましょう。しかし、ずいぶんと自分自身の寿命を縮めるようなことが、常識になっているので驚きでもあります。(2006.06.02)


○釈迦の子孫とイエスの末裔?


 釈迦には、ラーフラという子どもがいたことが経典に書いてある。『妙法蓮華経』序品第一に出てくる「羅ご羅」である。「ご」は「目へん」に「候」。釈迦とヤショーダラ妃との男子で、漢訳で「らごら」と呼ばれる。
 しかし、その後の釈迦の系図については、残念ながらはっきりわからない。そのようなことについては、調べていないからである。もしかしたら、あなたが釈迦の玄孫(やしゃご)の玄孫くらいにあたるかもしれない。結構、子孫というのは広がるものらしいから。

 しかし、イエスの末裔(「まっしょう」でなく「まつえい」)がいたなどとは、聖書のどこにも書かれていない。私が書いた「ユダの福音書」には、その末裔が話す物語で構成をしてみた。カソリックの義姉が、しぶい顔をしたのにもかかわらず、……

 仮に、加奈子という名前にしよう。
 加奈子は、幼いころに母から聞いたのである。「最後の晩餐」のときの一連の出来事などを。そして、母はその母からやはり聞かされたのだ。そのようにして、順次遡っていく。

 実際には、「最後の晩餐」に出席をしたマリハムが一部始終を見ていたのである。ユダが、途中で出ていくのも。しかし、ユダはイエスを裏切って出ていったのではない。イエスがぎゅっとパンを押し付けたのは、「駆け込み訴え」に言われているような当てつけではなく、イエスがユダに時期をうながすためのサインだったのである。

 その後、イエスとユダがいなくなって、他の女たちはマリハムにつらく当たるようになった。マリハムをイエスがいちばん愛していたからだ。そこで仕方なく、マリハムは一団から去っていった。後に、マグダラのマリアなどと言われるようになったが、お産のことなどで事情があったからだ。

 そして、しばらくして女の子を産んだ。やはり、マリアと名付けた。
 マリハムは、マリアが物心が付くようになると、「最後の晩餐」の物語をよく語って聞かせた。自分自身がイエスの横にいて、皆からも大切にされていたことなどを。

 さらにその子が大きくなって、自分の娘にも同じ話をした。そのようなことが何代も続いて、加奈子にも「最後の晩餐」のときの様子が伝わったのである。だから、加奈子のでっち上げではなく、むしろrikの勝手な想像かフィクションなのかもしれない。(2006.05.30)


○妊婦や乳幼児に緊急なお願い


 あなたが妊婦であったり、またあなたの回りに妊婦であられる人がいたら、注意をしてあげてください。
 また、乳幼児をもっておられる人にもお願いをいたします。
 後で、取り返しがつかないからです。

 妊婦や乳幼児には、絶対に食べてもらいたくないものがあります。
 それは、

(1) ダイオキシン
(2) 水銀やカドミウム
(3) 残留農薬
(4) 合成ホルモン剤や残留抗生物質
(5) 環境ホルモン
(6) 食品添加物
(7) アルコールやたばこ(とくに妊娠・授乳中)
(8) 遺伝子組み換え食品

などです。
 むろん、それがそのままという形のものはなく、野菜や他の食べ物に含まれていて、それと同時に摂取をしてしまうのです。つまり、汚染した食べ物を食べないようにしなければなりません。
 これらのものは、思いもよらない結果をもたらすことがあるので、あらかじめ注意をしておく必要があるでしょう。(2006.05.30)


○不注意や無知によって病気になる?


 私たちの身体は、風邪などのような軽い病気ならともかく、ふつう病気にかかるとなかなか治りません。
 病気になってしまったら、専門の病院で正しい治療に当たるのがよいでしょう。それでも、完全に治るとは言えないのです。もしかしたら、それが一生の持病になってしまうかもしれないのです。
 そこで、いつも病気にならないような予防に配慮して、日々を過ごす必要があります。
 ちょっとした知識を得ることによって、「不注意や無知によって病気になる」ことを避けようではありませんか。

 私たちの健康については、各自の個人差があって一概には言えないことが多くあります。
 そんな中で、間違った常識も多く行われていることも事実です。また、勘違いも多くあるでしょう。さらに、いまだに古い学説が信じられていることがあるかもしれません。
 つまり、身の回りには危険がいっぱいなのです。いきおい健康になるどころか、逆に身体をこわしてしまうようなことが不注意で行われます。近代社会における『複合汚染』について、それぞれがほとんど無防備に近い状態だからです。その辺の事情を知っているのと知らないのでは、毎日が大きく変わってくるでしょう。

 意外にも「常識の非常識」といったことや間違った「現代の神話」などのようなことが多くあります。よく調べてみると、健康に関してもそうなんですが、考え方や信仰にまで誤った常識や根拠のないことがらが、かなり多く存在しています。
 そんなわけで、無知から病気にならないようにしようではありませんか。
 仏教では、「無明(むみょう)」と言って「知らないことさえも罪」であると考えるようです。
 また、古い中国の書である『孫子』には、

 <自分のことがわかっていて、相手のことも知っていれば万全だ。>

というようなことが書いてありました。
 とにかく必要最小限のことだけでも、知っておいて健康な日々を過ごしましょう。(2006.05.28)


○「今からでも遅くはない!」


 最近になって、体調の優れない人が私の知人の中にも多くなっています。
 むろん、加齢による体力の衰えなどもあるでしょう。そのために疲れやすくなって、何事も億劫(おっくう)になるのです。
 でも、よく考えてみると身体の基礎代謝が増えたために、疲労が激しいのかもしれません。なぜそんなことになったかというと、体内に化学薬品などの毒物や老廃物が蓄積をしてしまったためです。
 毎日「重き荷を負うて遠き道を行く」ようなことをしていると言ってもよい人が、あまりにも多くなってしまいました。

 今からでも遅くはありません。
 あなた自身の体質改善をして、あなたも日々軽やかな身体で過ごし、いつまでも若々しく、フレッシュであってください。サムエル・ウルマンの『青春』という詩に書かれていることを実際に日々行っている高齢者もいるからです。(2006.05.27)


○無農薬と無添加


 多摩健康会の会員が週に一回、体内の毒物を除くために野菜ジュースを飲みに来られる。アロエを主にした、季節ごとのいわゆる青汁である。アロエは、むろん食用のもので花屋で売っている「観賞用」ではない。「観賞用」は健康に有害であるが、そうでないように配慮をして育てたものである。

 先日、たまたま配達されたばかりの米が置いてあるのを見て、質問をした人がいる。米の袋に貼ってあるラベルについてである。



 そこに表示をしてあった「アイガモ」の意味がわからなかったらしい。
 「アイガモ」はカモの一種で、水田内に数匹を放しておくのである。すると、稲に付いた虫などを食べてくれるので、農薬を散布する必要がなくなるということ。つまり、無農薬米が簡単にできるわけである。
 難点は、コストがだいぶ高くなることである。
 しかし、非常に安全な米であるから、以前から私はできるかぎりアイガモ米にしている。
 なお、上に書いてあった文字はカットをしてしまったが、「農薬育ち」ではなく「無農薬育ち」であったので、念のため。

 ついでながら、「無農薬」と似た食品「無添加」の例を一つ。



 竹輪である。ふつう、竹輪は店頭でも常温で売られている。
 しかし、魚の練り物は多量の防腐剤を入れないと常温では保存できない。すぐに腐敗をしてしまうからである。したがって、多量の防腐剤を入れるのがふつうである。
 そんなわけで私のところにくる無添加の竹輪などは、ドライアイスを入れた冷凍容器で配達されてくる。そこに書いてある原材料名を、あなたの食べる竹輪と比較をしてみていただきたい。ふつうの常温で売られている竹輪には、いかに多くの発ガン物質が入っているかがおわかりになると思う。(2006.05.26)


○教育勅語の見直し


 教育勅語と言うと、戦前の暗いイメージをもっている年配者や若い人もいることでしょう。
 しかし、いま読み直してみると、大いに教えられることが多いと考えるのは、私だけでしょうか。そして、何となく最近の社会がぎこちないのは、敗戦と同時に教育勅語を時代錯誤と考えて投げ出してしまったことによる社会全体のモラル低下などがあるのではないかと秘かに私は思います。
 そんなことを考えながら、現代語風に訳してみました。

 <私(明治天皇)は、考えています。
 私たちの祖先は、国を建て始めたときから、ずっと道徳を大切にしてきました。そして、国民が国家と家庭のために協力して、見事な成果をあげたのは、優れた国がらおかげで、教育によるところが大きいのです。
 皆さんは、両親にやさしく、兄弟は仲よく、友達どうしは信頼関係を保って、つつしみ深くして他人に対しては礼儀正しく、すべての人々に親切にして、学問に励んだり、職業を身につけ、知恵や能力を伸ばして、憲法を守って法律や規則に従い、一度(ひとたび)重大な事件が起こったら、正しい勇気でもって当たり、国の運命を助けなければなりません。
 これらの教えを守ることは、立派な国民であるばかりではなく、同時に祖先の風習を明らかにするでしょう。
 このようなことは、先祖が残した教えですから、皇室の子孫も国民とともに守っていかなければならないことで、昔も今も通用するのです。そして、このことは国内や外国で行っても、道理にそむきません。
 国民の皆さん、いっしょになって守っていって、立派な人になることを切望します。
 明治二十三年十月三十日  御名御璽>

 私なりに簡単な意訳をしましたが、実際には「爾(なんじ)臣民(しんみん)、父母に孝に、……」のように始めていますから、「孝」の概念がまず最初に大切なのでしょう。しかし最近では、子が親を大切にするなどということは、非常に珍しくなってしまいました。

 もっとも、最近でなくとも『仏説父母恩重経(ぶっせつ ふも おんじゅうきょう)』などでも、親が嘆いているところが長々と続いています。また、民間伝説の「姥捨て山」や深沢七郎の『楢山節考』などを考えると、古い貧しい時代にあったからかもしれませんが、必ずしも親は大切でないのかもしれません。

 戦後の教育が何となく「敗戦によって自信を失った親たち」を疎んじることによって、さらに大きく変わってきたのではないかと私は思います。幼いころからの教育が、一生の価値観を築くことは確かですから。
 中国や韓国などは、親に対してどのように考えているのでしょうか。

 東京都杉並区宮前3丁目にある慈宏寺の境内に、「孝」についての石碑がありました。
 『開目鈔(かいもくしょう)』は立正大師(日蓮)の著ですが、日蓮は「自分自身が釈迦の使者」と考えていたようです。そして、そこで一連の抱負を述べたものです。中でも「孝」に関しては、「天よりも高く、地よりも厚い」と最大級のことを言っています。
 なお、このような教育勅語や日蓮に関してなどの私の考えについて、もしも誤った箇所がありましたら、どうぞ指摘・ご修正をしてください。(2006.05.26)


○ニッポニア・ニッポン


 この美しい響きをもつ学名の動物は、かつての朱鷺(とき)です。
 その鳥は、いまでは絶滅をしてしまいました。私は、残念でたまりません。
 中国産のものをもってきて、交配をしたりしてトキの保護を国でしているとも言います。
 しかし結局は、何もしないのがいちばんよいのかもしれないのです。それで、滅ぶものは仕方がないでのしょう。いまさら莫大の予算を投じてするのなら、もっと別の火急の問題があるように思うのですが、やはりそれぞれの立場があるのでしょうか?

 トキが人間の愚かさを指摘して、その思上がりを警告しているようにも思われます。いくらかでも後世の役に立つかもしれないから、私もこんなことを書いているのでしょうか?
 絶滅をしていく動物のことを考えると、人間自身の行く末を暗示しているようで、何となく恐ろしい。さらに、オゾン層の破壊、産業公害の続出などは、いったいどうなるのでしょうか。
 自然にあまり関係のない年金制度の崩壊なども、何とかしないといけないようです。
 そんなことを考えると、この先が問題だらけであることに、うすうす気付かざるおえません。

 本当は、経済的利益よりも健康が第一なのです。しかし多くの場合、実際には逆であることが多いのはなぜでしょうか。
 楳図かずおのマンガに、人類最後の一人になってしまう作品がありました。しかし、それは単に笑い事ではないようです。その作品の構成がすばらしいので、つい釣り込まれて当事者になったような気がするからです。
 一人になったら、何にもできないのです。

 人間は脳が高度に発達をしてしまったために、いろいろなことを考えたりしたりするようです。
 例えば、体操や運動をするのも人間だけらしい。また、病院に行ったり、薬を飲むのも人間だけでしょうか。
 何だか自分で調子を悪くしておいて、互いに治しているという構図が見えてくるようです。そして、愚かなためにムダなシステムが構築されているようです。
 言葉が発達をしすぎたために、かえって混乱があるのは困ったことです。

 道元(実際にはえじょう)の『正法眼蔵随聞記』に、

 <語言文章はいかにもあれ、思うままの理を顆々(かか)と書きたらんは、後来も文はわろしと思うとも、理だにも聞えたらば道のためには大切なり。>

とあります。
 言葉の堂々巡りになってしまう危惧をいだいているものの、このページでは「死の考え方」なども取り上げてみました。
 また「滅びの哲学」として実朝や『平家物語』もテーマとするでしょう。実朝に関しては、太宰治の優れた考察なども参考にしてみましょう。

 さらに「無駄なものをやめる」「現代の隠遁術」などもテーマになるでしょう。
 また、便利さの追求が自然の破壊につながるということは、朱鷺だけの問題ではなく、やがて人間の未来を暗示しているのではないでしょうか? そんなことも取り上げてみました。
 考えてみれば、

   自動車 冷暖房 新聞 書物(図書館) ダイニングテーブル
   借家(公団の賃貸住宅) 風呂

などの問題もあります。

 しかし、何事も慣れるとあまり不自由を感じないようです。したがって、昭和の初期に生活をしていると考えればよいくらいではないでしょうか。
 仮に「健康になる方法(肉体)」が「肉を食べない」ことと「塩を食べる」ことだとします。
 すると、「幸福になる方法(精神)」は「物をもたない」ことと「金を多く欲しがらない」ことかもしれません。何事も逆説的に考えて、そこに事実があったりすることがあるからです。(2006.05.25)


○攻めるも守るも……


 パチンコ屋の音楽で「攻めるも守るも」だったか「守るも攻めるも」だったか忘れてしまったが、「黒金(くろがね)の……」と続く曲がある。いつも思うのだが、攻めるのは簡単であるが、守るのは大変だ。
 企業などでも拡張時は何となく進んでしまう。しかし、撤退をしたり縮小をするとなると四苦八苦の出血状態になってしまうようだ。

 それは、先の大戦でも言えるのではないか。
 ハワイの真珠湾はよかったが、最後のサイパン・沖縄などは悲惨である。最初に、ラバウルやアッツ島のことなどを考えただろうか。
 2発見舞われた原爆も、考えてみれば幸福であったかもしれない。もしも、100発あったら100発全部をいただくことになっていたろう。あのルーズベルトだからである。愚かしい日本人を少なくとも男だけはすべて抹殺するつもりであったらしい。つまり、「旧約聖書」にある毎度のパターンの続きになりかけたわけだ。

 なんちゃって、そんなことはどうでもよい。
 いまから言いたいのは、私のインターネットに関する「守り」なのである。

 多摩健康会の会長や仲間にケシカケられたり、ソソノカされて、脳天気な私はホームページを始めた。しかし、内容が多かったために、次第に大きくなって、1メガバイトを超えてしまった。むろん、一つのホームページエリアで入りきれないので、5つのホームページをハイパーリンクすることによって全体を構築した。

 その後、フリーメールなるものを始めた。
 しかし、情報を多く集めたいと言った人がいたので、私のパスワードを皆で使ったのがいけなかった。ヤフーとゴーグルに次々とサークルを作ってくれたからである。その結果、何がいくつあるのかが、すでに私にはわからないという状態である。

 ここのところメールがなくなっちゃったので、あまり問題はない。最初のころは、各サークルごとにメンバーリストを手書きで作っておいて、返信などをしたものである。誰が誰だか、忘れないようにするためであった。本当は、分担をしてすればよいのであるが、パスワードを使ってくれた人たちは、すでにあの世に行っちゃったり、寝たきりになったりしちゃったのだ。

 考えてみれば、管理人がひょこひょこ投稿をするようなサークルは少ないのである。しかし、一覧には週に何回投稿があるかを表示したり、あまり投稿のないサークルは休眠サイトになっちゃうらしい。
 そんなわけで、最低でも1日に1通を出すことになった。

 「よかろう」とか「いいかげんな気持ち」で始めたことであっても、自分自身のしたことは最後まで責任を取らないといけないらしい。もっとも、もしかしたら私も間もなく鬼籍に入るかもしれない。しかし、糖尿病や高血圧で倒れることはないだろう。いちばん想定できるものは、やはりガンである。何とかしてガンにはなりたくないんだが、……
 なぜならば、ガンで死ぬのは攻めてきた一生を守りきれなかったことになるのではないかと思うんで。

 そんなために、ぼつぼつ身の回りの整理を始めている。家や車などの物はほとんど持っていない。しかし、本や情報を記した資料などがべらぼうにあるので、困っちゃっている。そんなものは捨ててしまえと妻は言うのであるが。私にとっては、正直言うと妻よりも未練のあるものなのだ。

 自分が死んだ後に、何とか文章などを残したいと考えるようである。古くは、文帝の「典論」などにも、そのような記述がある。しかし、いっぽうではフランツ=カフカのように、自分が死ぬ直前に作品をすべて焼却したいと考えた人も多かったらしい。
 いったい、私はどのように考えたらよいのだろうか。
 守るも攻めるも、いずれも愚かなことかもしれない。(2006.05.23)


○聖書のことば


 聖書はなかなか難しい。その上、膨大な内容であるから全体的に精読することはムリ。聖職者でもない限り、私生活にそんなバカバカしい時間をもっている人は少ないであろう。芥川龍之介が「侏儒の言葉」に言っているとおりである。
 そこで、一部分の拾い読みをする。もしも、拾った部分が意味のない範囲であったら、それこそムダなことを人生でしているという心配が、いつも心中をよぎってつきまとう。

 私は、自分なりに考えて「青空ライブラリ」にまとめたように、

 「旧約聖書」……冒頭のモーセ五書。つまり、 「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」。
 「新約聖書」……ルカの文書。つまり、 「ルカによる福音書」と「使徒行伝」。

を抽出して、何とか精読をしている。

 しかし、我流の読み方があってはいけないので、例えば

  森 一弘著「聖書のことば」(平凡社)

なども参考のために読んでいる。
 その本は、副題として「愛と祈りをめぐる20章」とあり、帯には「喜びを伝える便り 生きることがつらいすべての現代人に」と書いてある。
 さらに、帯の裏には五木寛之が「これまでにない聖書の読み方」などという大げさな推薦のことばを載せている。
 森氏はカトリックの司教で、私の知り合いのそのまた知り合いだ。
 そんなわけで、この本の内容については、改めて別なところに書こうと思う。

 いつも聖書を読んで、考えることがある。
 とりとめのないことであるが、喩えのような形でメモをしておこう。

 まず、牛が飼われている牧場や鶏のいる養鶏場を考えていただきたい。
 そこで、彼らは自分自身が飼われている意味や自分自身の最後を考えているだろうか。おそらく、本能的にある程度はわかるであろう。しかし、厳密な事実認識や思考のようなことはなされていないのではないか。
 そこでである。

 「あなたたちは、食肉にするために飼われていて、いついつにとさつされ、出荷されるのです」ということを教えようとする。ビフテキになったり、フライドチキンになるということを自覚させるためである。そのためには、牛や鶏に、まず言葉を教える必要があろう。

 ロゴスを理解するには、言葉が最短コースだからです。
 ほんとうは言葉ではなくインスピレーションで伝わればよいのだが、それはなかなか難しく、ときには内容が大きく間違えられてしまう。モーセに反して、アロンが取った行動のようにである。

 このようなことを何回家畜に行ったとしても、なかなか目的が達せられないでしょう。また、そのようなこと自体が意味のないことかもしれない。「旧約」を読むと、何となくそんなことを考えてしまうのである。
 家畜が人間で、神が牧場主または養鶏所の経営者と考えたら、……
 あなたの場合、いかがでしょう。(2006.05.21)


○ダヴィンチのテレビ


 

 義姉から電話がかかってきた。
 「午後8時からダビンチの番組があるから、見ておけ」というような内容。自分自身で見ればいいじゃないかと思ったが、義姉は敬虔なカソリックのクリシチャンなので見ないらしい。そこで、私に見させて結果だけを聞こうということらしい。
 しかし、その時間には妻が「外国の犬のドラマ」を見ていたので、私は言われた番組を見なかった。

 義姉に聞かれたら、次のように答えるつもり。
 一時的な流行で、あたふたとしないほうがよい。宗教でなくても、いろいろと騒がれる内容をもっているのがふつう。実際にその番組を見ていないので、偉そうなことは言えないが、今回のダヴィンチコードで話題になっているようなテーマは、聖書を読んでちょっと考えれば、誰でもわかること。目新しいことは、何もない。

 時代の流れの中で、見方が少し変わっただけであろうか。あまり騒ぐことはない。「源氏物語」なども、いかがわしい内容ということで、学校のテキストにならなかった時代があった。日本の優れた古典と考えないで、ふしだらな私小説と判断されていたからだ。

 私は、ダヴィンチコードの内容などは、どうであってもかまわない。
 むしろ、それよりも聖書に書かれている奥義について知りたいことがある。そのために、聖書の勉強をしている。それは、カソリックでも枢機卿より上の信者でないと、明かされてはいないようだ。

 その奥義を求め続けて、すでに20年くらいになる。
 いっそ、高位の聖職者を訪ねて聞こうかなと考えたこともある。しかし、おそらく教えてはもらえないだろう。つまり、その奥義が社会を混乱させるからである。

 かつて、私がまだ小学生のころ姫新線の本竜野というところに少しいたことがある。本籍がそこにあるからだ。そして、津山から安田のおかめさんというクリシチャンがよく来た。かなり年配であったが、布教に来たのではなく、やはり親戚であったからだ。

 その安田のおかめさんには、私と同い年くらいの男の子がいた。ずっと、忘れていたのだが、聞くところによると、枢機卿になったか、ならないかである。日本には数人しかいない高位の聖職者なことは事実のようである。

 しかし、私が考えていることはちょっとグノーシスがかっている真実の奥義だから、カソリックの人に直接に聞くわけにもいかない。かつて、教会関係の下級の聖職者に聞いたら、まったく知らなかったので驚いたことがあった。

 そこで、その辺のことについて知っている人に教えを乞い続けて、善財童子のようなことを始めて10年ほどになる。しかし、まだ奥義に関する回答は得られない。おそらく、「コロンブスの卵」ではないが、思ってもいないところに回答があるのだろう。

 何とか、死ぬまでに解決をしたいものである。
 おそらく、私だけでなくすべての人の価値観が変わってしまうほどのものであるからだ。でも、最近になって身体が衰えてきたので、少しばかり知識欲も減り、自信もなくなってしまった。(2006.05.21)

 


○日々の目的と将来の見通し


 現代社会において、私たちは激しく変化・進歩をするあわただしい日常に追われ、つい何のために何をしているかを見失いがちです。
 ソクラテスやキケロの言葉を思い出すときに、つくづく反省をさせられます。
 キケロは、

 <君は生きるために食うけれども、食うために生きるのではない。生きていても、同じ原因で何回も失敗したら、世間の笑いものになって恥ずかしいことである。>

と言っています。
 さらに、『方丈記』や『徒然草』の世界に入っていくと、何となく自分が愚かしいことをしているのではないかというような不安感に苛まれるのです。

 ともすると現代は「無関心・無感動の時代」ともいえるでしょう。それが、古典などを読んでいるうちに本来の自我を取り戻すのでしょうか。忙しく慌ただしい時代ですから「琴線に触れる」とか「意気に感じる」などという体験も、非常に少なくなったようです。
 誰もが自分のことしか考えていないように思えることさえもあるのです。そして、何となく「無関心・無頓着の時勢」とさえもいえるように思えてくるのです。

 無関心ならまだよいのですが、さらに「非常識がまかり通る時代」になってしまったようにも思えてなりません。自分自身のことならともかく、将来を担う子供たちの躾(しつけ)などにも、あまり頓着しないのですから。
 つまり、「将来はどうなってもかまわない」という兆(きざ)しがあるのです。

 そんなために、見て見ぬふりをするのが、ふつうになってしまいました。将来の国を築く子供の躾などに関して、先進国ともいえる外国ではどうなっているのでしょうか。食べ物に関しても、そのような考え方の結果による弊害が、少しずつ生じているのはお分かりでしょう。


○モナ=ザと最後の晩餐


 レオナルド=ダ=ヴィンチ(Leonardo da Vinci 1452-1519)は、イタリアの画家・建築家・彫刻家。さらに、詩人・思想家としても多くの業績がある。生涯独身で、シオン修道院の院長だったという。
 ここに「モナ=リザ」と「最後の晩餐」について、私(rik)が考えていることを恐る恐る書いてみる。

 モナ=リザの微笑には、不思議な魅力がある。
 しかし、モナ=リザがモデルをしていたときに、まだ30歳まえだったということを考えると、私にも何となく想像できることがある。彼女はフレンツェの貴族の3度目の妻で、飽食の日々であったのであろう。左側の目頭にあるしこりは、過食のために血中コレステロールが盛り上がったのではなかろうか。
 つまり、モナ=リザは高脂血症だったのではないか。そして、さらに高脂血症だけでなく、糖尿病や高血圧、そしてかなりの肥満も患っていた可能性があると思うのだが、……。

 肥満のほうはダヴィンチのやさしい心遣いで、ふくよかな程度で何とかなったのではあるが、顔の目頭は鋭い観察力のために描き残ってしまったのではないかと、私は推測する。
 なぜならば、貴族のフランチェスコ=ダ=ジョコンダの依頼で婦人を描いたのであるから、極端なデブには描けなかったのであろう。ついでながら、フランスではモナ=リザをジョコンダということが多い。

 ということや、後に「マグダラのマリア」と呼ばれたマリハムが、ダヴィンチの「最後の晩餐」にいることなどを「私のキリスト教」「ユダの福音書」などに書き始めた。そして、進めるうちにマリハムが十二使徒の一人でイエスとどんな関係にあったかなどは、さすが鈍感な私にもことの重大さがわかって、途中で発表をやめてしまった。しかし、安全のために書き始めたものはレポート形式ではなく、小説のような形にしたのではあるが、……
 つまり、事実を言うのでも「今年の夏に、大災害がある!」などとは言わないで、小説の中で主人公が同じことを言えば問題がないのである。
 それでも、命が惜しいから投げ出してしまった。(2006.05.19)


○出演俳優と観客


 「アマデウス」や「ダヴィンチコード」のような小説(脚本)は、誰にでも簡単に書けるでしょう。
 しかし実際に、その「アマデウス」を最初に見たときは、仰天をしてしまいました。なぜ、映画会社が私の原作を知っていたのかといくら考えてもわからずに、不思議だったからです。
 宮廷の音楽会で、コンサートマスターから指揮を引き継ぐところや、最後に死んで墓にどさっと捨てるように落とされる場面は、私の文章をただそのまま映画化していたからです。

 でも、「アマデウス」を見終わって、ほっとしました。ストーリのほとんどが同じような進め方ですが、私のはモーツアルトではなく、ロラン=ド=カンデが近年になって研究を完成したヴィヴァルディの資料に基づいていたからです。
 また、ナラタージュやカットバックのしかたが、サリエリのしていたようなわかりにくいものでなかったからでもあります。私のは、ヴィヴァルディが死の直前、最後に言った言葉を楳図かずおの「イアラ」に置き換えたのです。つまり「また、いつか、どこかでお目にかかりましょう」という復活とも言える含蓄のある言葉なのです。

 そのために、近年になって「イ短調とト短調の協奏曲2曲だけがヴァイオリン教則本に紛れ込んでいた」という事実上のヴィヴァルディの曲という現実に対して、イムジチが素晴らしい演奏によって「四季」などを次々と復活させたのを裏付けるように配慮したのです。
 ついでながら、ファゴット協奏曲全37曲が私のヴィヴァルディのモチーフになっています。そして、RV464ホ短調をBGMに用いました。

 それはともかく、無名の人が書いた作品には誰も関心を持たないし、また読みません。読もうともしないのです。それでも、観客がたった5人などという変なことにはならないでしょう。演劇をしている人だけの思いこみと違う観点から、内容をしっかりと考えた作品だったからです。

 いま騒がれているダヴィンチについても同じです。
 1ヶ月くらい前、私たちの最初の話題になったときに、私は黙っていましたが「モナ=リザの微笑」はともかく、「最後の晩餐」のイエスの横にいて、しなだれかかった人を女だと言ったら、誰もバカにして信じませんでした。なぜならば、十二使徒の中には女性などいないと安直に考えていたからでしょう。

 学問や知識と違う素直な直感で物を見ないからです。
 私は、かなり以前に気付いたのですが、あまり大声では言いませんでした。義姉がカソリックの敬虔な信者だったからです。そのことの他に、私自身が臆病だったからでしょう。
 その少し前に、タチバナさんがタナカさんの批判を始めて、その身に危険が迫って文春の編集部の一室に籠城をしたようなこともあったからです。私が対峙したのはタナカさんの数百倍も大きな相手だったから、おっかなくなって口をつぐんでしまったのです。

 さらに、詳細はここに記すとやばくなります。
 次にお越しいただいたときにでも、お話をいたしましょう。(2006.05.18)


○デジカメのムービー


 京都の自衛隊でデジカメを写すために預かったとき、あなたのデジカメが手に和んだ感じがしました。私のものと同じ製品だったからです。
 そして、駅前の喫茶店でお話をして、また不思議な思いをしたのです。なぜならば、せっかくのムービー機能をあなたが利用なさっていないからです。

 デジカメにはムービー機能が付いているものが多く、15秒ほどの動画が簡単に撮れます。さらに、Udaiさんのデジカメのように音声まで同時に収録できるのもあります。
 鉄橋を渡る電車、森の木々にいる小鳥などを撮影するときに、静止画にはない効果が得られます。しかし、私たちのデジカメには音声まで収録する機能が、残念ながらありません。したがって、音声が必要なときは別に用意をすればいいんです。

 ソフトは、お互いに新たに購入する必要はありません。つまり、金をかけずに現時点であるものだけを利用して、楽しむことができるのです。その方法として見本を、『青空の入門・創作ページへようこそ!』に記しておきました。
 どうぞ、参考になさってデジカメのムービーも利用をしてみてください。
 やってみると、なかなか面白いですよ。(2006.05.16)


○牛乳とヨーグルト


 この間、牛乳とヨーグルトについてメールをしてくださった人がいた。
 日本人は牛乳を消化する能力が発達していない場合が多く、あまり飲まないほうがよいというご意見だったと思う。
 確かに、そのことは言えるでしょう。しかし、あと200年くらいするとヨーロッパの人やアメリカ人並の消化ができる身体になると思います。では、現時点ではどのように考えたらよいか?

 ふつうの日本人でしたら、牛乳よりも乳製品を多く摂取するとよいでしょう。
 例えば、ヨーグルトです。そしてそのヨーグルトは、「プレーンヨーグルト」というのを利用します。身体に有害な添加物が、いっさい入っていないものです。
 とくに、成長期のお子さんには、そのような配慮をしてください。

 牛乳を飲むときは、「低温殺菌」でかつ「無調整」のもの、つまり「低温殺菌・無調整牛乳」です。
 私は、牛乳を牛乳として飲みませんが、それでもコーヒーや紅茶などの恋人として、その手の牛乳をとっています。週に、1リットルくらいを必要とするからです。

 とても傷みやすく、冷蔵庫に保管しても、せいぜい5日くらいが利用期間です。
 ついでながら、ホモライズした牛乳は、すでに化学製品のような感じがするので、私は絶対に利用をしません。また、ロングなどと言って机上に1ヶ月放置して大丈夫などという品種には、とくに注意が必要です。
 なぜならば、かつてビンで配達されていた時代に、お昼頃までしまい忘れて放置したときに、すでに饐(す)えていた思い出があるからです。

 さらに蛇足かもしれませんが、「饐える」などという言葉は「防腐剤」が利用され始めてから、あまり言われなくなってしまいました。私たちは、防腐剤入りの食べ物を多量に摂取していますので、死体を段ボール箱にしまっておいても、昔のように臭気ふんぷんとなることがないようです。中には、私のようにすぐに腐ってしまう人もいるでしょう。しかし、その両方のパターンを実際に確かめたわけではないので、詳細はわかりません。

 とにかく、身体の中に防腐剤などを多量に入れると、ガンなどを誘発しやすいようです。そこで、入れないように注意をしてください。すでに入っている人は、体外に排出をする努力をしたほうがよいと思います。
 『青空の入門・創作ページへようこそ!』にある「化学薬品症候群」が参考になるかもしれません。
 お大事に。(2006.05.15)


○髪と髭と爪


 最近になって、髪と髭(ひげ)が伸びるのと、爪の伸びるのが何となく早くなったみたい。老人になると、そうなるのだろうか。皆さんは、いかがですか。
 新陳代謝がいいので、好ましいこととは思いたいのだが、実際には身体全体にあまり養分が必要なくなったので、それが髪・髭と爪などに出てくるのかもしれないという心配もある。

 先輩につるつるに禿げてしまって、ドイツ製の鬘(かつら)をしている人がいる。
 風呂もそのまま入れるので、違和感もなく便利だという。それでも、何となく刑務所に入ったときは外さなくてはいけないらしい。もしかしたら、自分自身が知らない間に犯罪者になって、刑務所に入れられることの危険なども考えておかなければならないような時代になったみたいなので、心配だ。カフカの小説にあるような不条理の時代に、何となく進んでいるからである。

 禿げないのはありがたいが、白髪が増えてくるのは困ったものだ。
 それでも、私の年代で真っ白な人もいるから、ごま塩程度では幸せなのかもしれない。頭を使う人や、くよくよと物事を考える人は白髪になるという。そんな意味では、あまり考えないし、物事を煩わしいほどには心配しない。また、人間関係などの苦労もない。だから、なかなか白髪にはならないのではないだろうか。

 道元の『正法眼蔵』には、爪を5日おきに切るという記述があったように思う。あまり、栄養価の高くないものばかりを食べていた時代のほうが、爪は早く伸びたんじゃないだろうか。

 また、爪にある三日月が小さくなってしまったみたい。三日月のあるなしは、健康には関係がないと言うが、やはりあったほうが何となく生き生きとしているみたいだ。私のはなくなりかけているが、妻はまだまだ大丈夫のようだ。女は心配が少ないらしく、髪や爪はなかなか衰えないようだ。(2006.05.14)


○オシッコとウンコ=貴重な情報


 私は男で、すでに還暦をとっくに過ぎた。
 したがって、前立腺に問題があったり、腎萎縮の事実があるのかもしれない。男性ならば、誰もが避けて通れないからです。あれほど健康に留意をした西勝造という人も、最後のころはどうもそうであったらしい。
 ここのところオシッコが近くなった。体温の維持がしにくくなったせいかもしれない。そこで、オシッコ観測をすることにしたんだ。

 その方法。
 計量カップで一回ごとに量る。計量カップは料理用の500CCを利用する。料理用のを共用するのではなく、それを一個専用に用意しておくのである。
 おそらく、老人になったので、身体が枯れていくのであろう。オシッコの量が少なくなった。1回に200CCを切ると、何となく頻尿ではないだろうか。

 カップの中の量と色、そして香りなどを調べて、いつもとの違いを目聡く見極める。ここ10年ほどしているが、ずいぶんと貴重な情報じゃないかと思う。
 ウラビリノーゲン(ウロビリノーゲン)の関係で、ちょっと淡い色のほうが、よいみたいである。寝覚めのときに出る濃くて茶色に近い色は、次第に薄くなっていくようである。
 水を補給して、血液中の毒素を除くことが大切なのかもしれない。

 ウンコは、オシッコが清潔であるのに比べて菌がうようよいて危険である。実際にはやったことがないが、オシッコは飲んでも大丈夫だが、ウンコを多量に食べると死ぬという。

 そんなわけで、ウンコはしたあとに、便器の中のものをチラッと見るだけである。そして、そこに黄金色のバナナくらいの大きさ、そして悪臭のまったくないのを見て、いつも安心をする。
 浮かぶでもなく、そうかと言って沈みきっていないくらいの比重がよいらしい。もっとも、その前に食べたものにもよるらしいが、……
 もしも、黒いウンコ、ものすごく臭(くさ)いウンコ、汁のようになったウンコが続いたら、おそらく人生が終わろうとしているのではなかろうか。

 いずれにしても、なるべくウオッシュレットの付いたトイレであって、その都度にお尻の回りを清潔にしたほうがよいみたい。なるべく便の飛沫を身体にかけないようにして、……
 皆さんは、どうしていますか?(2006.05.11)


○「やまいこうこうにいる」前に対策を考えよう


 「病(やまい)膏肓(こうこう)に入る」という言葉があります。
 膏肓は横隔膜のあたりにあるのでしょうか、とにかく身体の奥深いところのことでしょう。
 だから、そうなってしまうともはや治らないという意味です。
 これは、まだ「化学薬品症候群」などが問題にならなかった時代の言葉ですが、それでも真理を突いています。

 私の所属していた健康会の会長が亡くなってから、すでに3年になります。その後も、馬淵沢の肝硬変だった人、鶴牧団地におられNASでいっしょだった人、その他の数人。
 みんな次々と死んでしまいました。当時の健康会の人は、私と妻、そして姉以外には大倉さんとUdaiさんだけになってしまいました。

 何でも初期のうちに改めないと、後になっては取り返しがつかないことになってしまいます。お互いに自分自身のメンテナンスを心がけて、身体の健康な運営を図っていきましょう。(2006.05.10)


○カメレオンの女?


 『カメレオンを飼う女』の「最後をもう少し聞きたい」と言ってくださった人がいた。それは、現在のストーリを「何とか納得ができる文章に書き直せ」という意味ではないだろうか。

 しかし実は、このシリーズは「若い人で創作意欲のある人」「高齢で孤独な人」「老人ホームなどに入れられて、とくにすることもなく、日々手持ちぶさたになってしまった人」たちのための文章サンプルとして、かつて苦労をして何とか作成をしたものなんです。

 その後、FM放送局から「朗読の時間」に連続して用いられたりはしたが、そうかと言って、私が「小説家」になったり、「文筆業」になろうとして作った文章ではありません。そんなわけで、文学としての細かい配慮をあまりしていないのです。
 ただ、「ちょっとした工夫をすれば、誰でも文章が書ける」という見本にすぎないのです。

 そして、もしも原作の半分以上を書き換えたならば、あなたのお名前で発表をしていただいてもかまいません。つまり、初心者の創作の手がかりになるようにとの意図から、文章を作成したいわゆる「雛形」ですゆえに、そのような方針をとっているのです。

 ついでながら、「音楽」や「美術」についても、私は同じ考えで進めてきました。一人でも多くの人が、その分野でも大いに楽しめればよいと考えているからです。そして、そのようになさっている人もわずかではありますが、すでにおられるようです。
 そんな次第ですから、今後が非常に楽しみなんです。(2006.05.07)


○はかばかしくばかばかしいはか


 高尾にある墓とみころも霊園と多摩陵に行った。

 私の本籍は、兵庫県たつの市(もとの龍野市)である。そして、そこには先祖代々の墓があることはある。しかし墓参に遠いので、私の母が分骨をして高尾に新しく墓を分譲で買った。まったく、つまらないことをするものだと思ったが、老いた母には逆らわないで黙っていた。

 私は、そこへ入るつもりはない。焼き場で焼いたら、骨壺に入れてしばらく家に置いてもらう。
 そして、1年くらい過ぎたら大好きな多摩川に流してもらいたいと妻に言い含めてある。おそらく、そうなるであろう。

 しかし、妻が妻自身のことも考えて言うには、みころも霊園でもいいんじゃないかと遠慮がちな提言。
 そこで、実際に見に行った。なかなか近代的でよい感じがした。しかし、親鸞や檀林皇后のことを考えると、多摩川のほうが私にはいいみたい。

 御門の御位や竹の園生ならば、陵もよいであろう。しかし、いとやんごとなき際でないふつうの人ならば、入るところばかりがでっかくては、逆にみっともない限り。
 そんなふうに、あなたは考えませんか? (2006.05.05)


○久慈・民家園・岡本太郎


 南武線の久慈に、妻と墓参りに行った。
 その帰りに登戸で下車をして、日本民家園と岡本太郎美術館を見学した。ともに川崎市の施設であって、満65歳以上は無料ということで、有難い。

 日本民家園には神奈川県の村のほかに、信越の村や東北の村などの建物が移築されていて非常に興味深い。全部で20棟以上あるので、それ自体がタイムスリップをした空間とも言える。何とも素晴らしい体験ができた。初めて行った妻も、大喜びである。

 岡本太郎美術館は、大物の作品が置いてあった。私は、その意味がわからないものばかりではあったが、何となく素晴らしい芸術品であると思った。妻から聞かれても、何が何だかわからないというのが正直のところ。やはり、芸術や美術に対する理解が薄いためであろうか。

 とにかく、生田の緑地は素晴らしいところである。プラネタリウムもあったが、若い人がたくさん並んで開場を待っていたので、妻と見合わせて入りそびれてしまった。その代わり、久々に外食をしてみた。
 楽しい一日であった。(2006.05.04)


○『オズマ隊長』


 5巻になって、以下の物語から構成されている。

(1)
 プロローグ
 第1話 ユダ結社 
 第2話 ヒューマノイド・チル 

(2) 
 第3話 放射能ヤドカリ 
 第4話 モンテ・クリスト星
 第5話 オバケ植物事件
 第6話 超音波車ミリー

(3) 
 第7話 8888号衛星 
 第8話 電子頭脳ゴルゴン
 第9話 地底探検

(4) 
 第10話 奇術王ムリダー 
 第11話 ドッグ・マン
 第12話 宇宙オリンピック

(5) 
 第13話 ワンザ王国 
 第14話 消えた富士山
 あとがき

 なつかしい手塚治虫の作品である。
 ふつうのマンガとは違って、絵物語とでも言おうか。絵のほかに10行ほどの解説か付いている。したがって、早くは読めないが内容のイメージが深くなるので、印象的である。

 山川惣治の『少年王者』や島田啓三の『冒険ダン吉』などもそうであった。まだ、「読む」ということが「見る」ということに対して、大きな意味がある時代の作品でもあった。

 この『オズマ隊長』をすべて読み返してみると、ずいぶんと勉強になる。すでに、半世紀に近い昔に書かれた内容と思えない斬新さがあるからだ。優れた作者が書いた優れた作品は、いつになっても私には斬新なのである。

 むろん昔に読んだものがある。それは、この文庫のシリーズではなく「少年雑誌」などの紙面であった。いずれの巻がそうであったかを忘れてしまっているが、とにかく私が若かった時代であり、興奮をして読んだことを思い出す。(2006.05.02)


○金を貯める方法と金儲けの近道?


 先日は、お目にかかれてうれしく思います。そのときには、面と向かってお話をしにくかったことですから、お問い合わせのこと、ここに改めてメモをしておきましょう。
 ご存知のように、かつて私は情報産業を始めたことがあります。順風満帆でしたが、その途中で身体をこわして、泣く泣く経営をバトンタッチしたんです。そのときに考えたことをお教えしましょう。

 まず、金をためる方法の大原則です。

(1) 収入を増やす。
(2) 支出を減らす。
(3) 収入を増やすと同時に支出も減らす。

 上のような三つの基本をふまえて、組織や経費など内部の見直しをすれば、企業の資産は増えて、営業成績も上がっていくでしょう。むろん、個人の家計でも同じことがいえるはずです。

 次に、ほぼ確実に金儲けができる方法です。
 それは、「金儲けをしたいと考えている人から、自分が金儲けをする」ことなのです。そのためには、少々の詐欺行為に近いことをしないといけないかもしれません。

 そして、かなり図太い神経がないとダメのようです。そのようにして、それをやって大きくなったところをたくさん知っています。また、途中でへまったり、仲間割れをして検挙されちゃったところもあるようです。

 でも、私は身体の具合を悪くして、上の両方とも実際には確かめられませんでした。今になってみれば、それでよかったと思っています。(2006.04.30)


○甲子さんのこと


 私は満州で生まれ、棄民になるずっと以前に台湾を経て、鎌倉に帰国できた。むろん、まだ幼かった時期で、両親とともに戻ったのである。
 それでも還暦の少し前から、多摩市にある満蒙開拓団の慰霊塔には年に数回は参拝に行く。開拓途上や戦後捕虜になってシベリアその他で亡くなった方々の霊を祀(まつ)るためである。

 そこで、よく甲子(かしさん)という名前の方にお目にかかる。
 名字のほうは問題がないのではあるが、この名前は何となく女性のように思う人がいる。しかし、甲子郎(かしろう)や甲子乃介(かしのすけ)などと同じように、その年に生まれた人には多い名前なのである。なぜならば、十干と十二支の第一番目の記念すべき年なのだ。

 十干は、ご承知のように
  甲・乙・丙・丁・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)
 十二支は、
  子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未(ひつじ)・申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)・亥(い=いのしし)
である。

 その人の生まれた年は、実は1924年(大正13年)なのである。
 だから、私よりはずっと高齢ではあるが、やはりよく参拝に来ていてお目にかかることが多い。(2006.04.28)


○戦艦大和と零戦


 Tamaさんのブログに行ったら、戦艦大和と武蔵のことが書いてあった。
 武蔵については、四十年くらい前に吉村昭が書いた『戦艦武蔵』を読んで感激したことがある。その本について、丹羽文雄が「帝国海軍落日の賦」と書いてあったことも印象的である。
 また、簡単な設計図も載っており、阿川弘之が「後世につとうべき記録」と言っている。大和については、さらにいろいろな情報がある。

 私は、『戦艦武蔵』を読んで感激をしたのではあるが、やりきれない気持ちにもなった。なぜか?
 ご面倒でも、『RKOホームページへようこそ!』のプロフィールをご覧いただきたい。そこにある、

 ○戦艦大和と零戦

というところである。
 国家の存亡をかけた千載一遇のときにさえ、愚かなエゴと依怙地を貫いた当時の軍人や国務大臣の考えが子供心にわからなかった。
 そして現在も、安全や健康について、というよりか建築関係や食料品に関して同じような疑問をもち続けているのはなぜだろうか。
 愚かさのエントロピーは増大するほかには、方向がないのであろうか? (2006.04.26)


○ブレンデルとへブラー


 anrococoさんのブログに行ったら、アルフレート=プリンツのモーツアルトが好きで、涙がこぼれそうになると書いてあった。私は、演奏家のことに詳しくない。もしかしたら、アルフレッド=ブレンデルのことかもしれない。私の盤は英語で書いてあるので、正式な読み方を知らないのです。
 また、anrococoさんのブログにあるジャケットの文字は、老人になって目が悪くなった私に、虫眼鏡をもってしても読めなかった。(^_^;)

 私のもっているブレンデルが弾いた曲はモーツアルトではなく、シューベルトの「即興曲」8曲と「楽興の時」9曲である。いつ聞いても、しみじみとした味わいを体験する。

 アルフレッド=ブレンデルとイングリッド=へブラーは私の大好きなピアニストである。なぜかというと、あまり派手なぎらぎらとしたものが演奏にないからです。また、技巧をひけらかすということもまったくありません。

 いつか、ブレンデルの演奏会の録画を見ていたら、指がちょっと写ったことがあった。何気なしに見ていて驚きました。どの指にも、テープというか絆創膏のようなものが貼ってあったからだ。
 やはり、演奏回数が多いと指も痛んでくるのであろうか。

 モーツアルトと言えば、へブラーの演奏も大好きだ。ピアノソナタを全曲もっていて、ときどき通して聞く。
 実際には、東京の郊外にある調布公会堂に2回ほど聞きに行った。ジャケットに印刷してあった若いころの白いドレスではなく、かなりのおばちゃんで普段着のような姿だったので、妻がびっくりしていた。
 もうかれこれ20年くらい前だろうか、小品ばかりではあったが、素晴らしい演奏でした。

 その後、素人ながらに音楽に興味をもつようになった。
 そこで、妻の要求で「ピアノ小品集」や知人の求めで「ギター教本」などを作ってみた。
 何ともみっともないものではあるが、誰でも簡単に弾けるというような工夫をしたものは少ないので、それなりに意味があるんじゃないでしょうか。(2006.04.24)


○東西本願寺とSL館


 Tamaさんにご教示いただきたいことがあって、お目にかかることにした。わからないことは、直接に尋ねるのがよいと思う。私は、善財童子ではないが、真理を知りたいと思うと、外国までも行く。
 新幹線ののぞみが思ったよりも早く、京都で時間が余ったので、東本願寺と西本願寺の参拝、そして梅小路にある蒸気機関車の動態保存館を見学することができた。

 善哉童子で思い出した東海道五十三次であるが、私が卒業をして関西の会社に赴任するときは、東京から大阪まで特急で8時間くらいかかったのを覚えている。
 現在は、すばらしい時代である。

 東本願寺も西本願寺にも、大伽藍が並んでいる。まったくすごい。東本願寺の本堂は修復工事中なので、囲いがしてあった。その仮屋の大きさがでかいので、驚いた。

 信者の控え室のようなところがあって、ビデオをかけていた。アングリマーラの物語であったが、登場人物の顔がすべてギリシア風であったので、ちょっと奇異に感じた。しかし、チャンドラ=ブッダがインドを統一するまでは、アショーカ王やミリンダ王が支配をしていたので、むしろそのほうが自然でもあるように思えた。

 二つの本願寺で、私たちのサークルの発展と皆さんのご健康を祈願した次第である。

 蒸気機関車館には、C56があった。貴婦人ではないだろうが、私の大好きな機関車だ。動態保存がしてあるC56160は、私の生まれた年に製造されているので印象深かった。
 また、まだ学生のころ姫路から郷里の本竜野駅まで、姫新線に乗った。そのときに、C56が牽いていたのを思い出す。
 そんな楽しい数時間が過ごせたことも、感謝をしている。
 Tamaさん、ありがとう。(2006.04.22)


○合計残高試算しよう


 今日は1日なので、本来ならば「健康がテーマの日」です。そして本当は、「科学薬品症候群」という内容で書くつもりでしたが、取り急ぐ【重要なお知らせ】がありますので、計画をちょっと変更します。
 また、明日と明後日も「京都へ行った報告」を2回に分けて追加いたしましょう。そんなことをあらかじめご承知いただきたい次第です。

 「銀行の預金通帳」や「郵便局の貯金通帳」をもっている人は、毎月ごとに必ず記帳を行い、出入りの合計金額・その日の残高などを試算して、念のために確認をしてください。
 なぜならば、ここのところ銀行や郵便局に関係する不明朗な事件が多いからです。その原因は、内部社員や職員の「モラルの低下」という人がいます。しかし、モラルではなく各人の「脳の異変」が始まっているのです。つまり、現代は各自の価値観が大幅に変化をしている時代なのです。

 さらにひどいパターンは、例えば人を殺しても悪かったと反省さえしない人が増えているようです。被害者の遺族が怒り狂うほどの犯人のふてぶてしい態度と発言が印象的です。つまり、いろいろな方面で「脳がすでに正常に機能しない」ために、判断がおかしくなってしまった人が増えているのです。

 また、ここのところ内部告発、つまりタレコミも増えています。ちょうど、それは人間の身体の中である器官が、他の器官のことを批判するようなものではないでしょうか。平家物語の「大野に火を放った気持ち」と言った多田の蔵人行綱などの例がありますが、かつて企業内ではあまりなかったことです。それは、中国の『顔面問答』という小話にあるように「鼻が目を不要だ」と言ったりするのと似ています。

 いままでの犯罪は、だいたい私が考えたパターンなので驚きません。
 むしろ、いままでに想像をしたもので、まだ表面化していないせいか、問題や事件になっていないケースが残っていて不思議です。
 それは、下記にある「落ち穂拾い」の事例なのです。

落ち穂拾い

 もしかしたら、そのようなことが実際には現実に行われているのかもしれません。しかし、まだ事件としての報道は聞かないようです。おそらく、10円とか100円単位で控除する犯罪が増えるのではないでしょうか。そのようにすれば、発覚をするまでに期間がかかるからです。

 ポーに「貸本屋組合」という作品があります。それは、死ぬまで集金に来るというストーリでした。なぜならば、金額が小さいし発覚をしにくいからです。そうは言っても、銀行内部の人が仮に顧客全員にやったら、月に1億円近くの金をだまし取ることができると思います。

 話はちょっと違いますが、1000万円以上の預金をしないほうがよいかもしれません。なぜならば、そのような顧客リストが闇市場で販売されているということだからです。電話セールスなどは、そのリストがもとになっているらしく、しつこくて困ります。

 とにかく、こまめに通帳の合計と残高の試算をして、不明確な数字のないようにしてください。(2006.04.21)


○短歌の世界


 三木アヤさんの歌集から、わかりやすい秀作100首ほどを選んで、解説・入門書を作りたいと思う。
 歌集は4冊あって、それぞれ

  『地底の泉』
  『白蝋花』
  『夢七夜』
  『茜の座標』

という名前が付いている。
 そして、いちおう『青空の入門・創作ページへようこそ!』にある

  「三木アヤの宇宙花」

というタイトルを付ける予定ではあったが、ここのところ私は忙しくて、ちょっと手が回らない。
 おそらく、今やっているテーマが死ぬまでかかってしまいそうなので、完成をする自信がないのです。

 そんなわけで、どなたか短歌がわかる人がいたら、代わって作って欲しい。
 アドバイスくらいはできると思うが、あなたが著者として思ったように企画をしてもらえないだろうか。したがって、その書名なども改めて考えていただけるとありがたい。

 私は、この同人から新刊の図書を出して、世間に広めていきたいと思っている。つまり、その前準備のためのホームページなのであり、青空ライブラリなのである。
 そしてさらに、何とかして新人賞をいくつか取っていきたいと考えているのだが、…… (2006.04.20)


○風の協奏曲


 ギターのための『風の協奏曲』という作品を作ろうとしたのではあるが、ここのところ忙しくて時間がとれません。そんな中でも何とか頑張って作ろうとはしたんですけれど、やはり気持ちの上でムリでしょう。
 最初、yok先生に弾いていただこうとしたんですけれど、忙しいからと仰有って、断られてしまいました。

 そこで、前に三鷹市の管弦楽団で協演をした樫本滋郎さんにお願いをしようとも考えてみました。しかし、考えてみると樫本さんは、もはや90歳くらいなのでムリかもしれません。お弟子さんになると、気心がわからないので私のほうが小心ですから億劫なのです。また、最近はお目にかかっていないので、もしかしたら亡くなっておられるかもしれません。

 そんなわけで、演奏会の予定が立たないので、ひとまず計画を中止にしてしまいました。そして、おそらく私の余生では完成をすることがないでしょう。
 そんな事情ですから、どなたかギターが弾ける人で、作曲もする人がいたらやってごらんになったらいかがでしょうか。

 イ短調の曲で、開放弦が効果的に使えます。
 単一楽章ですが、アラフェンスの協奏曲よりも、さらにギャランティーです。また、二管編成のオーケストラ伴奏をギター1本が受け持つイントロダクション部分のところは、チャイコフスキーのピアノ協奏曲のようなドラマティックな感じになることでしょう。

 それでも、当初から下記の

晩学者のためのギター教本

の技術程度で弾けるように、何とか工夫をしたものです。
 もしかして、第二弦と第三弦をスコルダトゥーラすると、さらに簡単に弾けるようになるかもしれません。そのアッコルダトゥーラ(調弦法)については、アドバイスをいたします。(2006.04.19)


○笑いの日!


 きょうは「笑いの日」のテーマ。しかし、私は心配性なのか、ここのところ笑いどころではない。いつ地震がくるか、また北からミサイルが飛んでくるかなど、心配でたまらない。

 万泉さんは身近にも「笑い」がたくさんあるとおっしゃるが、どうも私は正直言って笑えない。
 オオイヌノフグリに今年も会えたし、やはり美しい多摩の桜にもお目にかかった。また、もうじき見事な連光寺の藤棚で紫の花房も見るだろう。しかし、そんな楽しみは、私にとって一抹の笑いでしかない。

 なぜだろうか。どうも気持ちが沈むのである。
 健康に関しても、10年も前に多摩市のサークルで私がやったことが、理解されることはなかった。それどころか、市民を脅かして「ムダな心配をさせる不逞な輩(やから)」のように思われたものだ。私は論(あげつら)ったり、オーバーに言ったりはしない。当時は、正直に将来を憂いていただけなのだ。

 しかし、妻が言うには「高橋英樹さんの番組」で、私と同じことを言い始めたという。また、ミノモンタという人が、まったく同じことを言っていたなどとも教えてくれた。私は真剣に言ったのに、あまり信用されなかった。考えてみると、あたかもソドムとゴモラの人たちに、その終末を真剣になって警告したようなものである。

 すでに、ほとんどの人が各自の身体の中に、平均して年間4キログラムの割合で化学薬品を摂り続けて、蓄積をしてしまった。それが、アトピーや花粉症、その他皮膚の疾患、おできなどの症状から始まり、頭痛を通り越して精神障害にまで発展していることを考えると、何ともいたたまれない気持ちになるんだ。その結果、尋常ではない理解ができないような行動をする人は、今後ますます増えるであろう。

 下記のような私のおかしな行動はまだよいのであるが、そうでなくて犯罪になる行動も急増するであろう。やりきれない気持ちである。
 そんなわけで笑いの少ない私は、多摩川と大栗川の合流したバードウオッチング小屋のあるところから、是政方面に向かって大声で「わっ、はっ、は〜ぁ」と叫んでみる。鳥はびっくりするようだけれども、たいがい誰もいないので、注意をされたり、救急車が来たことはまだない。

 トランペットやサックスの練習をしていたり、ラジコンを飛ばしている人がいるときは、格好がわるいので「わっ、はっ、は〜ぁ」はしない。きょろきょろ見て、誰もいないということがわかると、安心してするのだ。もしも、市の健康サークルの仲間に見つかると、おそらく気が違ったと言われることが、はっきりとわかっているからです。(2006.04.18)


○IQについて


 IQは中国人が世界一、日本人はその次か?
 イギリス・アルスター大学のリチャード=リンエン名誉教授は、このほど「中国人・日本人・朝鮮人は世界で最も聡明な人種で、平均値が105にも達する世界一のIQを持っている」と発表をしました。

 これは、リンエン教授がおよそ30年かけて130の国の人々に対してIQテストを行った結論です。その発端は、「日本の高度成長の原因」を調査するのがきっかけでした。
 日本人の平均IQは105でしたが、もしかしたら中国人がそれを上回っているかもしれません。

 リンエン教授の調査結果は、東アジア人の105に続いて、ヨーロッパ人100、イヌイット(エスキモー人)91、東南アジア人87、アメリカ インディアン87、南アジア・北アフリカ人84、オーストラリア原住民62などとなっています。

 なお、IQは「インテリジェンス・クオーシェント」の略です。
 英語表記では「Intelligence Quotient」となり、「知能指数」とも略されます。(2006.04.17)


○桜・楽器・蹲い・土器(多摩の楽しみ)


 この時期は、毎年大きな楽しみがある。
 聖蹟桜ヶ丘駅前から10時発のデラックスバスで唐木田まで行く。バスガールが乗っていて、たいていは若くて素敵な人だ。そして、いつも無料なのでありがたい。

 唐木田の福祉センターで、ちょっと知人に挨拶をする。それから、自宅までを4時間近くかけて歩いて帰るのだ。まず、鶴牧の桜通りに出る。そこには、大きな桜並木があって素晴らしい。何て言うか、道の両側に植わっている並木が二つの道、つまりパラレルに4列もあるのだ。道の間は20メートルくらいだろうか、その間は芝生になっている。

 そして、その道に面して音大がある。
 私は、そこにいつも小一時間ほど寄る。楽器博物館があるからである。いつものお目当ては、ヴィヴァルディ時代の3穴式のファゴットだ。それを見ていると、それを演奏していたであろう人のことなども想像ができて、何となくなつかしい気持ちになる。不思議なことに、頬(ほお)をふくらまして音を出そうとしている姿までが、脳をよぎるのである。

 それからタウンハウスの間を通って、多摩センターまで出る。
 途中、ヴァイオリンを作る工房があったり、花をたくさん植えている店があったりもする。ときどき、冷やかしに寄ってみたりすることもある。また、厚生年金会館があるので、そこで休んだり、新聞を読んだりもする。新聞を取っていないからだ。また夏場は、風呂に入ったりすることもしばしば。500円だったろうか、温泉やサウナに入れる。

 そして、パルテノンの上にある「吾唯足るを知る」の蹲い(つくばい)をしばらく眺めていた。その蹲いの五文字は水の中にあるので、デジカメでうまく撮れない。
 屋上からエレベータで下って郷土館に寄る。

 そこも、時間を超越する楽しい場所だ。何回行っても飽きない。多摩ニュータウンが開発される前の風景などが、ビデオで残っていて簡単に見ることもできる。そこはいつ行っても、ガラガラに空いている。
 さらに、春日神社のところから土器保存館まで足を伸ばす。私の大好きな人面をした土器が展示されていて、それを見るのも楽しみである。

 そこから愛宕の山と多摩の横山を越えて、関戸の我が家まで歩いて帰る。
 その途中でも、楽しい場所がたくさんあるのだが、このコースは最近になって、ちょっと疲れが出るようになっちゃった。歳のせいかなぁ。…… (2006.04.17)


○空間時間間間事


 「空間時間間間事」は「くうかん・じかんかん・かんじ」と読み、宇宙に関する新しい考え方です。
 「間事」という言葉は、ふつう

(1) ひまつぶしにするつまらないことがら。
(2) 余計なこと。
(3) 秘密のことがら。

というような意味に使われます。しかし、ここでは(3)の内容なのです。
 つまり、空間と時間が分けられる概念ではないという新しい理論なのです。まだ、あまり知られていませんが、現代においては大いに考える価値があるのかもしれません。

 例えば、あなたは次のような経験をしたことがないでしょうか。

(1) 時計の秒針が、あたかも止まって見える。
(2) また、分針がゆっくりと動いているのを感じる。

 つまり、時間というのは一つの概念であって、それは物理学や数学で用いるツールなのです。「ある」というものよりも、「考えられたもの」と言ったほうがよいともいえる事象なのです。
 だから「幸福」や「健康」などという言葉のように、いまだに厳密な定義ができていないのです。

 したがって、同義反復(トゥトロジー)の言葉と同じように、せっかく定義付けても、するりと抜け出てしまう概念なのでしょう。
 時間とともに、空間も同じなのです。
 そんな中で、私は大発見をしたのです。
 概念を変えると価値観や人生観なども、それなりに変わってくることがおわかりでしょうか。

 だいぶ前に読んだグラハム=ハンコック著・大地舜訳『神々の指紋』という本に、ちょっと関連したことが書いてありました。私は、やれやれと思ったのを覚えています。

(1) アッシャー大司教は「世界は紀元前4004年に始まった」と言いました。
(2) マヤでは、2012年12月23日に世界が終わると計算をしました。
(3) 「ペトロの第二の手紙」に世界が崩壊する予言がある。

 私(rik)なりの考えを言いますと、アッシャー大司教の発言は完全に否定されましたが、始まりだけを言って終わりを言わなかったのは、手落ちではないでしょうか。
 また、そのアッシャーという名前はあまり聞いたことがありません。ポーに「アッシャー家の崩壊」というのがありますが、関係はないようです。

 マヤの数学は、現代の科学よりも進んでいたようです。だから(2)の計算結果については、私は恐れているのです。

 「ペトロの手紙」を第一・第二と読んでみますと、そのようでもあり、そのようでもない感じがします。一般に黙示録のような書き方は、私には何が何だかわからんのです。(2006.04.16)


○卒業者名簿


 EWEの名簿が送られてきた。
 CDに入っているので、このパソコンでしばらく眺めた。
 中には、前のときにあった住所の書いていないのがある。行方がわからなくなったのかなぁと思って、詳細を見たらそれらの人はすべて死んでいた。
 この名簿では、死ぬと住所不定者となるらしい。もっとも、天国とか地獄などと書くよりはましかもしれないが、……
 私も、そのうちに住所不定者になりそうだ。(2006.04.16)


○現代楢山節考募集!


 かつて、「現代楢山節考」というタイトルの小説を書こうとした。
 元NHKの鈴木嘉郎氏がプロダクションを作って、連続ドラマを企画していたときに、原作の依頼をされたからだ。しかし、鈴木氏が企画中にくも膜出血で倒れて入院をなされ、喉に穴を開けたりしたが、しばらくして亡くなった。そんなわけで、企画倒れ。そのまま面倒になって、投げ出したまま。

 本当は、今考えてみると、かなりヒットする内容であったのではないかと残念にも思っている。その一連のシリーズで、サブタイトルが「ホスピス物語」となっているからです。つまり、高齢者特別養護老人ホームのようなところに入れられた一人の老人の物語。

 その男の前職は警察官。ちょっとTamaさんの自衛官に似ているかもしれない。だからちょうど、黒澤明「夢」に出ていた人だろうか、寺尾 総がやった「夜回り先生」のスケールをでかくしたような物語である。
 具体的なストーリの内容の進め方は、

 「ある人が、くも膜出血で倒れて入院した。その間に、妻や子どもたちが数億円の財産を使い果たしてしまった。その経過は、…… そして、顛末は、……」

というようなものであったと思う。
 現役の警察官だった時代の事件が、カットバックとナラタージュの技法を効果的に用いて次々と出てくる、……

 しかしその企画書などは、すべて鈴木氏のところに出してあって、その原稿はMS-DOS時代のパソコンにあったのだが、そのまま廃品として捨ててしまった。したがって、梗概などは私の記憶にしか残っていない。それでも、実に哀れで愚かしく、そんな中にペーソスがある内容だったと思う。
 そして、誰でもがその場におかれる可能性が大きいと言うことも、慄然とする内容だった。

 確か、枕書きに『知恵の書』から引用した文を書いたことを覚えている。それは、さっき再び調べてみたら旧約聖書『知恵の書』の三章一七節、

   彼らは長寿を保っても、
   無価値なものとされ、
   その老年も不名誉である。

というくだりだった。
 前にこれを引用したときに「ほんとうにそうなのであろうか?」と自分自身で思ったことを今も覚えている。まだ、その企画があったのは、私が50歳代のことであったからだ。

 私は、もはや老人で大きなものを書く気力がない。また、書く意味もないだろう。実は、この「日々のお便り」さえも大変で、何とも億劫なんだ。ホームページを投げ出したように、何となく意味のないことを続けているようで、うんざりしているからだ。

 それはともかく誰か、そのような企画に賛同して、書いてくれる人はいないだろうか。おそらく、テレビドラマになったらヒットをして、あなたは一躍有名ライターになるかもしれないし、また収入もかなりあるようになるでしょう。(2006.04.15)


○yokoさんとrikoについて


 「yoko」さんという人がいる。「ようこ」と読むのであろう。いろいろとご指導をいただいた素敵な先生である。先日、ブログか掲示板を拝見していたら、ハンドルネームを「yok」にすると書いておられた。思慮深い先生のことだから、それなりの理由があるに違いない。

 私が「riko」というホームページを作ってから、すでに3年になった。
 最初、先輩から「お前は、まだ学校に執着をするのか?」などと言われた。いちいち反駁もしなかったが、とんでもない言いがかりだ。確かに、私は理工学部の出身である。しかし、そんな意味はまったくない。

 また、「riko」としていたころは何を思ったのだろうか、数人の男性から恋文もどきのメールを何回かもらった。「子」が付いているので、女性と思ったのかもしれない。中にはホームページの文章が、女性の書き方だから「私が女性であるべきだ」と言った人もいた。

 そんな勘違いでも、実際には相手が還暦を過ぎた男の老人と知ったときに、どうだったであったろう。それこそ、「百年の恋」どころではあるまい。怒り狂って、名称詐称だと言うかもしれない。また、紛らわしい名前を付けた私を殴りたいと思って、押しかけて来るかもしれない。

 そんなこともあって、「riko」から「o」を取って「rik」にしたのである。そして、「リック」と呼ぶようにした。この「rik」という名前は、あるようでも少ない。私が知っているのは、楳図かずお『まことちゃん』に出てくる魚屋の親父である。「スターの秘密」の蘭丸、つまりミスターブラウンほどではないが、なかなかの美男子である。

 tamaさんは、いまだに私のことを「riku」と言う。本当は、「リク」ではなく「リック」なのである。また、HJさんは「K」と言う。この「K」は、カフカのことなどを考えると、実際にはあまり好きじゃない。でも、自分自身を嘲笑するときには、つまり自嘲して使ったりもするが、……

 あっ、忘れるところであった。「理工」命名のいきさつ。
 その言葉の拠り所は、『西郷南洲遺訓』の中にあり、「手抄言志録」の

  <心理是竪工夫、博覧是横工夫。竪工夫、則深入自得。横工夫、則浅易汎濫。>

によっています。
 むろんこれは西郷隆盛が、佐藤一斎著『言志四録』のうち「言志晩録」の六十三番目の文章を抽出したものです。
 ついでながら、その意味は

  「内面的なことを追求するには、深く掘り下げてようやくわかる。いっぽう、外面的に調べるのは、浅いためにこぼれ出てしまう。」

といったことでしょう。(2006.04.14)


○被害者でなおかつ加害者である関係


 もはや人生の先も短くなってきたので、この辺で安心立命を確立したいと考える。当然の成り行きであろう。しかし、この世のことを考えれば考えるほど、奇妙な仕組みになっていることに気付く。
 私だけであろうか。

 簡単なことでも複雑になっており、ちょっと考えればわかるようなことを分からないという。また、科学的な証明がないことは信じないなどと言う人が、いまだにいるので不思議である。なぜ、これほど科学や技術が進んだ時代に、そんな頑迷なことを言うのであろうか。

 健康や幸福の問題についても、つくづく考えてしまう。
 誰もが被害意識で考えることが多くても、加害者の立場になって反省することが何となく少ないようだ。私自身も、やはりそうかもしれない。お恥ずかしい次第である。しかし、もっとすごい人が多いなかで、被害妄想になっていないだけでも、まだましではないか。

 何とかしなければならない。
 誰もが加害者であって、被害者でもある構造をしているのが実情のようであるからだ。それはもしかしたら、現代社会の宿命的構造かもしれない。安く買いたい、そのためには手抜きする。また、不燃物を可燃物として捨てる。有害ガスが出て健康を損なう。そんな負の論理が続く。

 ぐるっと丸くなって、前の人間を殴っているようなものだ。あたかも、それは家畜が飼われているみたいになっている。自分自身の意志はあるものの、それが歪められているから真実がわからない。
 そんな中で、安心立命の確立などはムリなのかもしれない。何とかしなければ、いけないのだろうか。
 安心立命については、まとめかかったのであるが、宗教の問題などを含んできてわかりにくい。そんなわけで、投げ出してしまった。(2006.04.13)


○戦慄すべき予言


 「ユダ」についての予言は当たったみたいだが、「1/π(パイ分のいち)」についてはどうであろうか?
 私たち自身の将来のことについて、ここのところ真剣に考えている。
 だいぶ前から、

  哺乳類 → 爬虫類 → 昆虫

という方向で研究をしている。
 そして、何とか初めの2つについての考えが、自分なりにまとまったのです。
 しかし、まだ仮説の範疇を出ていないが、ここに記してみましょう。

 あなたは、世界で最小の哺乳類は、いったい何だと思いますか?
 現時点で知られているのは、「トウキョウトガリネズミ」なのです。島田修三の『冒険ダン吉』とは違い、「東京都ガリねずみ」ではない。「トガリネズミ」なのである。

 偶然に北海道で発見された世界最小の哺乳類です。そして、その動物「トウキョウトガリネズミ」の実物を多摩動物公園で、私は幸運にも見ることができました。むろん、生きたままで元気に動いている数匹を見たのです。特別展示期間ですから、もう行ってもいないと思います。

 生息地が北海道なのに、なぜ「トウキョウ」などという名前なのかというと、その発見者が外国人で「蝦夷(えぞ)」を「江戸」と勘違いして命名して、それをそのまま和名にしたのだという。何とも困った名称である。

 まったく小さい。5センチもあるだろうか。
 おそらく厳しい自然条件の中で生き残るために、自分自身の身体を小型化していったの違いない。

 小型化と「1/π」については、下記を参考にしてください。10年以上前に行った予言ではあるが、「2006年の9月に大地震が起きて、日本は崩壊する」などと書くと、問題になるのと似ていて、内容が内容だから何となく物語風に仕上げてあるのです。

http://www1.ttv.ne.jp/~riko/otogi/j10_suisei.html

 次に、いちばん大きな哺乳類。
 やはり多摩動物公園の標識に、「地上で現在いちばん大きなアフリカゾウがいます」とある。「地球上」ではなく、「地上」なのである。実際には「シロナガスクジラ」がいちばん大きい哺乳類ではないでしょうか。
 上のような標識は、どういう意味であろう。動物園の学者は、来園する幼稚園の子供や小学生のことを考えていないのであろうか。

 それはともかく、爬虫類で大きなものは滅びてしまったと考えられる恐竜。実際に、かなり大きかったらしい。しかし、本当に恐竜のすべてが滅びたのであろうか。私は、疑問に思う。小型化をして、生き延びているのがいるかもしれない。それは、かなり知能が発達をしていて、人間のような愚かさはないらしい。そんなふうに、私は考えるのだが……

 いったい、何が言いたいのか。どうも、恐ろしくてうまく言えない。
 話は変わるが、最近のマイクロソフト社の広告、頭がドラゴンのビジネスマンは、何を意味しているのだろうか?
 さらに、昆虫のことまでを考えると気が動転してしまって、予言などとして、とても言えないことだ。例えば、『旧約聖書』の「レビ記」第十一章では「昆虫の足が4本」となっている。
 そのことは、いったい何を意味しているのだろうか?
 私なりに解決をしているのだが、これも恐ろしくて言えない。

 ここのところ私の心配をしていることが実現化している。
 「健康」の問題などもそうである。そして、さらに戦慄すべき事態に、次々とならないといいんだが。
 イスカリオテのユダのことも、想像通りになるようだ。
 しかし、そんなことは歴史的な問題で、大したことではない。その他のことで、自分の考えていることが実現するのではないかと思うと、何となく恐ろしい。(2006.04.12)


○よい本は心の友だち


 机の向こうの壁に「よい本は心の友だち」と書いた短冊が貼ってある。40年前くらいに書いたものと思う。残念ながら、日付を書かなかったので、いつ書いたかは明確でない。

 それでは、よい本でなかったら何なんだろうか。
 私は、いつも読んで納得ができない本がある。そのような場合は、自分自身で構成をしなおすのである。例えば、「ユダの福音書」である。10年くらい前に構想をたてて、その後ぼつぼつと書き直してみた。そして、いつしかそのまま忘れてしまっていたのだ。

 先日、NHKのお昼のニュースで私と同じ内容のものが発見されたというニュースを聞いた。驚いたとともに、とてもうれしかった。
 私のは、未完成ではあるが頭の中では完成に近い形になっているからである。それは、

http://www1.ttv.ne.jp/~riko/judas.htm

のような梗概になっている。
 しかし、上のは私がまとめ始めたころのものである。ホームページをWordで作っていたころのものであるから、かなり以前のものだと思う。機会があったら、また書き直してみよう。(2006.04.12)


○浅井忠展と浅草界隈


 HJさんから、「浅井忠展」の招待券を2枚いただいた。
 そこで、久しぶりに地下鉄に乗って、展示会場の日本橋 高島屋まで出かけたのである。
 はじめUdaiさんと行くつもりであったが、お母上の具合がたまたま悪く、私一人で行くことになった。それでも、久々に素晴らしい作品を見たので、私は大いに感激をした。

 浅井忠は、明治洋画壇で油彩画や水彩画を確立したという。その師フォンタネージから「天然を師として勉強せよ」と教えられたそうである。「師が『師を学べ』と言わなかった」ことについて、私は正直言って感心をした。その作風が、そのようであるからだ。

 「読書」という20号くらいのものを除くと、いずれも小振りの作品ばかりではあるが、なかなか素晴らしく見応えがあった。「フランスのパリ郊外グレー」のスケッチは、淡々としてなつかしい思いがした。

 また、「青梅街道」「八王子の農家」「千葉御宿の海岸風景」などは、やはりノスタルジャを感じさせるものがあった。昭和30年ごろ青梅街道を車で走ったり、八王子や御宿には何回か行っているので、やはり当時の面影までが残っているようにも、何となく見えるからであろうか。
 そのような農家はすでに八王子にはなく、御宿の海岸にも月の砂漠ができちゃっているのだが、……

 帰りに時間があったので、日本橋から地下鉄で浅草に出てみた。そして、浅草寺に参拝をして、さらに東本願寺の釈迦降誕祭にも参加した。それからさらに、てくてくと浅草通りを上野まで歩いてみた。
 浅草には150ほどの寺社があり、浅草通りには50件ほどの仏具やが並んでいる。いわゆる寺町なのであろう。

 帰ってから、どうしても忘れられない物憂い表情をした婦人の絵があった。
 そこで、余った1枚の招待券を持って、きょう(10日)一人でもう一度行ってみた。すると、その婦人の肖像は前回のときよりも、少しばかり疲れているみたい見えたが、相変わらずメランコリックな表情をしているように、私には思えたのである。
 HJさん、ありがとうございました。(2006.04.11)


○道具の道具


 パソコンを始めてから、何となく不思議な気がすることがある。
 それは、いつの間にか自分が「道具の道具」になっちゃっているのに気付いたことだ。本来ならば、自分が使いこなすべき道具に、振り回されてしまう。そして、次々と調べていくのに多くの時間がくわれる。その結果、自分自身が少しずつ変身をしていく。

 ちょうど、それはフランツ=カフカの『変身』にあるグレゴール=ザムザの場合と似ている。理由がわからないのである。私のはザムザほどの大変化ではないが、それでもかなりの「胸騒ぎのする夢」なのだ。今やっていることに対する不安である。つまり、自分のやっていることが「ばかでかい毒虫」と同じなのではないか?

 なぜならば、当時(1900年ころのチェコスロヴァキア)から「現代の資本主義社会は、その自覚者を罪人視する」からである。どうも、自分自身を失う作業は苦手である。
 また、私も小林よしのり氏のように勇気と才能があればよいのだが、生来もたもたとして怠け者である。市のサークルでうっかり「ホームページなどは簡単にできる」とやっちゃって以来、何とも大変な変身ぶりで、苦労の多い3年だった。

 結局、単なる情報伝達の道具であるパソコンやソフトがわからない。
 まず、Word、そしてホームページビルダーとやって、Flash や画像処理のアプリケーション、とくにCG関係のものは専門的でわかりにくい。それでも、がんばってわかろうとした。ムリかもしれないという不安を抱きながら。つまり、自分自身が大きな虫に変身をしたのである。

 次々と必要に迫られてダウンロードしたフリーソフト。
 わけのわからないままに行うWindowsのアップデート。
 おそらくハードディスクの中部は、フランケンシュタインのような姿になっているでしょう? そして、まだまだ不十分であるのが現実です。

 つまり、道具は揃ったが使い切れない。道具ばかりが立派で、時間が足りないという矛盾。学ぶばかりで、作るのはだいぶ先になりそうだ。何となくライスカレーを食べたいのに、ニンジンの畑を耕したり、ニワトリの飼育を始めるようなものではないか?

 なぜ、自分は虫なのか?
 私にとって最初パソコンは、<それが、まるで自分たちの新しい夢と善い意図とをたしかに保証してくれるもののように思われた>のだが、…… (2006.04.10)


○たまたまたま?


 蚤(のみ)のキンタマは人間のように二つではなく、生意気に八つもあるということですが、ここでは玉が三つあるという問題ではありません。キンタマとは関係がなく、私の個人的なことなんです。

 面倒なので、聞かれたときには「たまたま緑の多い多摩市に、引っ越してきた」と言う。そして、住んでいるところが多摩川に近いので、最初はときどき行った。しかし、最近になって、たまにと言うよりは、かなり足繁く通うようになった。川面を見ていると、静かに考えることができるからです。

 しかし、本当はたまたまではないのである。多摩市長だった先輩の誘いがあったから、わざわざ三鷹市から引っ越してきたのだ。大学の同じ学科の先輩で、私の卒論担当教授からの紹介であった。
 その人は、代々多摩村の庄屋であって、土地の顔役でもあった。しかし、最後は聖蹟記念館のことで汚職に問われ、市長を辞めてから失意のうちに死んでしまった。

 私は、最初市会議員に出ろといわれたが、どうも政治がわからなく、親分子分のような関係がいやであったので、うやむやにしてしまった。
 それはともかく、いつも多摩川の流れを見ていると、魂が現れるような気分がする。
 下の絵は、50年近く以前に書いた油絵である。食糧難時代の河川敷に作られた畑はいつしかなくなったが、対岸の景色は今も残っている。



 ここのところ、Tamaさんからのメールが、たまにしか来なくなった。
 Tamaさんには悪いが、私たちはもはや玉の顔(かんばせ)でない。お互いに身体や魂が、少しずつ疲れてきたようだ。つまり、「たまたままだ生きている」というのに過ぎない状態ではなかろうか。

 前に、私のT先生の場合がそうであった。久しく便りがないので、尋ねてみたら死んでいた。それを聞いて、私はたまげた。たまにしか会っていなかったのだが、たまさか尋ねると死がそこにあったので、次は自分の番じゃないかと思ったのをよく覚えている。

 何とも死と死後のことを考えると、たまらない気持ちがする。最後は、玉手箱を開けたときのように、魂が一気に衰えて、ガクッとして死ぬのではなかろうか。(2006.04.09)


○早すぎたツール?


 あまりにも科学が進んで、実際の生活を脅(おびや)かし始めているようです。その結果によると考えられる犯罪と危険性との増加などもあるでしょう。
 考えてみると、人間の精神面の発達に見合ったもの以上のものが、身の回りに溢(あふ)れてきたのです。ちょうど小学生にピストルを与えたり、未開発国が核兵器を保有するようなことと同じ理屈ではないでしょうか。
 使ってみたくなるのは、当然の成り行きです。いったいそのことは、人類全体にとって幸福なことでしょうか。

 私は、今でも身の回りの物で満足をするように心がけています。
 すると、「新聞もとっていなくて、テレビも見ないのに、じゃ、パソコンは何でやるのか?」と言われそうです。実は、仕事をやめてからパソコンも10年以上やっていませんでした。それが、3年前に仲間からケシカケられたり、ソソノカされて始めちゃったんです。

 バーナード=ショーの言葉に「多く知るよりも、少し考えたほうがよい」というのがありましたが、宜(むべ)なるかなと私も考えます。
 あなたは、いかがでしょうか? (2006.04.09)


○ユダの福音書




 いままでに聖書を何回読んだろうか?
 おそらく、旧約は100回以上、新約は500回以上は読んでいるだろう? 何回も読むと、ずいぶんと間違いがあるのに何となく気づく。

 そのうち「モーセ五書」と「ルカの文書」だけは、自分用に書き直してみた。全体を読むと、どうも内容がちょっと違っているように思い、仕方がないので自分なりに理解できるように改めたのである。

 ユダについても、「共観福音書」や「ヨハネ」、つまり四福音書の全部さえもおかしな形に書き換えられていると思って、下記に私が考える正しい形で書き始めた。しかし、カソリックの敬虔なクリシチャンに「それは間違いで異端だ!」と指摘されたので、中途で投げ出して、そのままになっている。

 どなたか、完成をさせてくださらないでしょうか?

 なお、「モーセ五書」と「ルカの文書」の私なりに正しいプロトタイプと思われる内容は、下記の「青空ライブラリ」にあります。
 「Q(クー資料)」についても、「先生の言葉」というタイトルで私が書き直したものでよろしければ、やはり「青空ライブラリ」をご覧ください。(2006.04.08)




○嘘か真か?


信じて疑わざるもの、疑いて信じざるもの、この世に多し。

「そのうち、どうしても私が信じられないことのいくつか。

□プラトンが描いたソクラテスという名の人物
□『パパラギ』の中のツイアビという名の人物

□日高訳『鼻行類』の中に書かれた動物が、存在したということ。
□楠田訳『新恐竜』の中に書かれた動物が、存在しなかったということ。

□死後の意識存在がないということ。
□『銀河鉄道の夜』に描かれている死後体験を単に物語と考えること。

□仏教経典の「如是我聞」という言葉の解釈。
□新約聖書でパウロが言っていることとパウロという人物。

などなど。
 その他、さらに数多(あまた)ありけり。」
 どなたか、ご教示を希(こいねが)う」(2006.04.07)


○トマトはトマト


 トマトはトマトでも、いまのトマトは昔のトマトほど栄養がないという。そういえば、私が幼いころに食べたトマトの味は、何となくえごかったように思う。それに比べて、現在のトマトは味がサッパリとしている。品種改良をしたためであろうか。言うなれば、トマト自体がとても淡泊になったのである。

 したがって、その結果、同じトマトでも栄養価のことを考えると3倍くらいの量を食べないといけないらしい。そんなことはムリでしょう。つまり、味が薄くなっただけ栄養分も少なくなっているからです。いきおい、サプリメントなどで、不足分を補給しなければなりません。

 また、自然な味という感じもなくなったようです。今ごろ、路地もののトマトを作っているところは少ないでしょう。私は、なるべく農薬を使わないものを3件の農家と年間契約をして、特注しています。

 むろん、農薬を使わないと育ちが悪い。そこで、人体に無害な米ぬかを使うということです。また、薬品を使わないのでトマトがすじくされ病になったりするという。いきおい、その価格は高くなってしまう。それでも、私は10年来トマトはむかしの味に似たものを食べている。

 それは、桃太郎コルトやサンロードといった銘柄のものである。そして、できたらなるべく露地物を手配する。露地物は、へたの部分を食べると、昔ながらの味がして何となく子どものころを思い出す。

 キュウリなども、やはり同じような事情にあるらしい。
 あなたは、どのようなものを食べていますか? (2006.04.06)


○神はわららの避け所


 会長と私を除くと、第1号のメンバーであった大倉さんが1月に心臓疾患で倒れて入院をしておられたが、2月末に退院された。危機を脱したので、お喜びを申し上げたい。
 大倉さんは、かつては福沢諭吉などと並び称せられた大倉喜八郎氏の孫にあたる人で、すでに傘寿を超えておられる。だから、もしかしたらアウトかなとも考え、香典の用意までしかかっていたのではあるが、……

 敬虔なクリシチャンでもあられ、退院をした後で私宛に毛筆で書いた詩をくださった。もしかしたら、今後の万一のことを考えられて、形見のおつもりなのかもしれない。
 そこには、

 「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け

とあって、落款(もしかしたら実印)まで押してある。
 有名な「詩篇」46編1節の言葉である。

 いままで、私は多くの愚問で大倉さんを悩ました。
 ちょっと、ふざけた態度であったかもしれない。大いに反省をしているところである。いくら、私が「政治」と「宗教」が嫌いと言っても、申し訳ないことをしたと思う。
 例えば、旧約では

(1) 父親が娘とセックスをして産んだ子の子孫は、どうなったか?
(2) オナニーの元祖である人の死に際は、どうだったか?

とか、新約では

(3) 十二使徒の中で、女性は誰だったのか?
(4) ペテロは、鶏が鳴いたときに、なぜ3回もイエスを知らないと言ったのか。本当に知らなかったのではないか?

などと聞いたものだ。
 また、教会に行って神父さんに

 「神さまは、ご自分よりも偉大な人間をお作りになることができますでしょうか?」

と聞くと、せいぜい

 「神を試みてはいけない。」

ぐらいの言い逃れ回答が帰ってくるだけではないか?
などとちゃかしたものだ。
 つまり、「はい」「いいえ」のどちらに応えても「神さまが己の限界を示す」という私なりのパラドックス、つまり屁理屈なのである。

 本当に、人生の大先輩をバカにしたものだと、大いに反省をして、つくづく申し訳なく思っている。
 しかし、そのようなことは一通り下記の

「私のキリスト教(サマリー)」

にまとめてある。

 ご用とお急ぎでない人は見てちょうだい。
 あなたが敬虔なクリシチャンならば、きっと怒り出すから…… (2006.04.05)


○獅子吼苦々、娯苦後?


 さっき見たら、ホームページのアクセスカウンタが44999になっていた。あまり物事について動じない鈍い私にとっても、何となく不吉な数字のような気もするんだが、……。

 それはそうと、昨日の「日々のお便り」について文句があった。
 私が、前にしたメールにあった3つの禁句の一つを言ったからである。
 それは、なるべく言ってはいけない言葉

 「どっこいしょ」
 「面倒くさい」
 「疲れた」

を言うようになると、老化が始まったということである。
 そして、それを「日々のお便り」でやってしまったわけである。そして昨日、サークルへの返信メールでもぐちったんだが、どうもホームページやブログ、そしてこのメールなども意味のないことをしているような気がしてならんのだ。

 「独り相撲」というか、「恥のかき捨て」とでもいうか、まったく「どっこいしょ」とかけ声をかけるまでもなく、「面倒くさい」作業でなくても、気持ちが「疲れた」のである。
 だって、健康に関して誰もが気付かなかった化学薬品のことなども、数10年前に知って、さらに人体実験までをした結果を発表をしたんだが、ほとんどの人は見てくれない。

 もしも見てくれて、誰もが実践をしてくれていたら、今ごろは日本国内が健康な人で満ちあふれていたことでしょう。

 44999としても3年になるのに、1ヶ月当たり1000人程度の訪問者で、我ながら恥ずかしい限り。
 また、研究用に始めた最初のブログは、半月にもなるのだがわずか595。

 そこで、訪問者の数を気にしないで済む方法を大発見した。
 ご覧いただいているこの「日々のメール」がそうである。つまり、アクセスカウンタを付けないのである。最後のところ(2月27日)に書いてあるような理由で、……

 今日は、いつになくグチってしまってすんません。(^_^;)
 「獅子吼苦々」と「娯苦後」のためだろうか? (2006.04.04)


○安心立命の先生?


 ここのところ、多くの知人がお陀仏になっているので、安心立命を真剣に考えている。そこで、かねがね研究をしている西行と長明と兼好についてまとめようと考えた。
 彼ら三人は、何となく落ち着いていて、安心立命の大先輩であるようにも、また安心立命の先生でもあるようにも思えたからです。

 でも、「前にもそんな気持になったことがあるなぁ」と思ってホームページを見たら、三年前に書いた記事があったんで、我ながら驚いてしまった。すっかり、それを忘れてしまっていたからだ。
 お恥ずかしい次第の「百舌のはやにえ」である。もしかしたら、そろそろ脳軟化のきざしがあるのかもしれない。仕方がないので、まず、それを読んでから書き足してみよう。


  西行・長明・兼好

 現実の社会が煩わしく、それを逃れるために出家をした時代があります。
 ここでは、西行(さいぎょう)と鴨長明(かものちょうめい、または「ながあきら」)と卜部兼行(うらべけんこう、「吉田兼好」という場合もある)を考えてみましょう。

 西行は武士でしたが、二十歳を少し過ぎたときに出家をしました。「西行」は「西へ行く」という意味で、おそらく「極楽浄土へ行こう」という意味でしょう。歌人として優れた和歌を多く残しましたが、感情的な起伏が激しく、何となく行動が唐突な感じもするようです。空しさを感じて出家をしたのですけれど、実際に死後の世界までを信じていたのかもしれません。当時の常識は、現代のものとは大いに異なっていたからです。
 出家をするときに邪険にした娘に対しても、後に尼にするなど細やかな愛情をそそいでいるようです。

 『日本書紀』に、
 <尾張に 直(ただ)に迎へる 一つ松 あはれ
一つ松 人にありせば 衣(きぬ)着せましを 太刀佩(は)けましを>
というのがあって、身近にある松の木を擬人化しています。そうならば「着物を着せたり、太刀を佩かしたりするんだがなぁ」というのです。後になって良寛なども、そのような考え方をしたようですが、西行の場合にははっきりしています。なぜならば、
 <ここをまたわが住み憂くて浮かれなば松はひとりにならむとすらむ>
があるからです。

 何となく西行には人間くささが残っていて、それが作品にもはっきりと現れています。和歌が『徒然草』のような理知的な記述ではないからです。次の
 <さびしさに堪へたる人のまたもあれな庵ならべん冬の山里>
はどうでしょうか。
 覚悟をして出家をした後でも、さびしさに堪えきれず相棒がいたらなぁと考えてしまいます。おそらく、それが実現不可能なことであると、自分自身でわかっているのではありますが。
 松に着物を着せても、太刀をはかしても、まったく仕方がないことですが、心の慰めにはなったことでしょう。
 うとましい社会から逃れて隠遁生活をしてみると、やはりそれはそれで心の懊悩がなくなるものでもないようです。

 長明は晩年になってから出家をしたようです。『方丈記』にも書いてあるように、自分自身の運がなかったというような感情で世を捨てました。ちょっと世間に対して拗(す)ねたような感じがないでもありませんが、『方丈記』や『発心集』の記述にはすばらしいものがあります。糸が張りつめたような感じの『方丈記』を書いたのは、60歳前後と言われています。
 また、歌人としてもかなり活躍をしたようで、作品が残っています。

 兼行は『徒然草』の内容からもわかるように、かなり機知に富んだ発想のできる人だったのでしょう。また、出家をしても俗世間の人たちとも、盛んに交わっていたようです。おそらく、第七十六段などは自分自身に対する戒めではないでしょうか。
 芥川龍之介は『侏儒の言葉』の中で、『徒然草』に対して何となく見下すような記述をしています。しかし、『徒然草』には人生の問題について深い洞察があって、奥行きの広い内容だと私は思います。最後の3つの段のうち、第二百四十一段と二百四十二段は、とくに安心立命の問題には深い関係があるのではないでしょうか。
 当時としては、後醍醐天皇の生き方に、真っ向から反対をするような記述内容なので、とても驚かされます。
 なお、最後の段(八つになりし年、……)は後で誰かが付け加えたものではないでしょうか。いかにも天真爛漫な内容ですが、前からの続きとしては、何となく自慢げで唐突だからです。もしも、兼行が書いたものでしたら、それは最後まで読んでくれた読者へのサービス的精神の記述としか、私には考えられないのですが、いかがなものでしょうか。

 いずれにしても、この三人は安心立命を求めるために出家をしたと思われます。それぞれ何となく西行の直情的、長明の厭世的、兼行の利発的な面があるにせよ、遁世をしたことには変わりがないのですから。そして、いずれも和歌や随筆などの作品を残してくれたので、私たちは大いに事情をかいま見ることができるわけです。
 世の中の些事を捨てることによって、安心立命を確立するという考えがあったのでしょう。


 ここまで、目を通して何となく面倒になった。
 そこで、ながあきらの真似をして、「念仏を三回となえて、うやむや」にしてしまった。つまり、今回は続けるのをやめにしたんだ。何となく億劫だからです。(2006.04.03)


○「青空ブログ」という名称?


 「青空ライブラリ」から始まって、「青空ブログ」になった。この「青空」という言葉である。

(1) 実は3年前に始めたホームページのトップページデザインに、「空の模様」を用いたのが初めである。それは、現在に至るまで『RIKOホームページ』と言う。

(2) 次に、現代人の最低必要限度の知識でもあろうと思われる「文学・美術・音楽」などを配信するために、「青空ライブラリ」なるものを作成した。そこに納めた作品は、例えば「青空文庫」のように膨大なものではなく、誰もがマスターできる必要最小限のものである。
 その「青空ライブラリ」は、上記のホームページ内にある。

(3) さらに、私が管理人をしている数個のサイトをまたがって、メンバーや外部の人が、意見を互いに言えるように配慮したものがこの「青空ブログ」。
 何となく紛らわしいのでサブタイトルとして「日々のお便り」とした。

(4) そして、外部の人やサークルのメンバーが作品を発表したり、互いに鑑賞をするための

 ●青空ライブラリ(文学)
 ●青空ライブラリ(美術)
 ●青空ライブラリ(音楽)

などの「投稿発表用ホームページ」である。

 そんなわけで、次々と「青空」が増えてしまった。
 でも、後で調べてびっくり。インターネット上に、多くの方々が「青空ブログ」という名前で、すでに始めておられたからである。

 そのうち5つに対して、トラックバックをさせていただく。後発したご挨拶のつもりである。
 なぜ5つかと言うと、こちらのトラックバック送信先の欄に「最大5件まで」と書いてあるからです。他の「青空ブログ」の皆さん、ごめんなさい。(2006.04.02)


○化学薬品症候群


 まず、身体の不具合を治しましょう!


 『化学薬品症候群』『化学薬品シンドローム』

 アレルギー・アトピーや花粉症の人、おできができたり皮膚に疾患がある人、いつも頭痛がする人、体調の優れない人、疲れやすい人は体内から化学薬品などの毒物を除いてください。

 また、肌の荒れる人、口臭や体臭のひどい人、手足がしびれたり、足がつったりする人も注意が必要でしょう。さらに、夜眠れない・日中にうつらうつらする、そのような場合でも症状が治るかもしれません。

 これらの症状は、体内に蓄積をした化学薬品・環境ホルモン・界面活性剤などが原因とも考えられるので、私は『化学薬品症候群』または『化学薬品シンドローム』と呼んで以前から注意をしています。

 その方法などを私が20年来やってきたことについて、ここに改めて皆さんにお知らせいたしましょう。現代人の置かれた宿命的な立場による問題なのです。それを、逃れるためには

(1) 体内に、毒物を入れない。
(2) 体内に入った毒物は、取り除く。

ことが、どうしても必要になるのです。
 そのような努力をしないと、

(1) 生きているうちは息が臭(くさ)い。
(2) 死んでも臭(くさ)くならない。

ようになってしまします。
 その理由は、この最後に記しておきましょう。

 なお、以下は10年ほど前に書いたものを3年前にアップロードしたもので、『RKOホームページへようこそ!』にある「健康のページ」からのコピーです。


 化学薬品を食べている現代人

 現代は、食べ物が豊富です。スーパーやコンビニなどに行くと、非常に多くの種類の食べ物が売られています。しかし、一方では加工や防腐のために、これまでになかった多くの科学物質が用いられるようになりました。そんなわけで、現代人はかなり多くの化学薬品を食べているのです。

 むしろ、「食べている」というよりか、「食べさせられている」と言ったほうが適当かもしれません。なぜならば、自分の意志で食べているのではなく、食べ物に伴って口に入ってしまうからです。

 化学薬品、環境ホルモン、界面活性剤などが人体に入ると、やがて身体のバランスが崩れてくるでしょう。つまり、誰もがそれまでに持っていたホメオスタシスが正常に機能しなくなるのです。その結果、人体の健康な状態が保てなくなってしまうのです。

 ある統計によれば、日本人一人当たり1年間に4キログラムの化学薬品を食べているともいいます。そんなに多量の化学薬品を食べれば、次第次第に体調が崩れてしまうのは、むしろ当然のことでしょう。

 化学薬品、環境ホルモン、界面活性剤などは人体にとってはまったくの異物であり、また毒物であるからです。

 直接に食材として食べる以外にも、洗剤が皿に残っていたり、また水道水さえも有害な異物を含んでいることがあるのです。さらに、身体を洗うときの石鹸やシャンプーなど、洗濯時の洗剤などにも有害な物質が含まれているかもしれません。むろん、化粧品などにも注意が必要でしょう。
 そして、衣服や建築材料など自体からも肌・皮膚・人体に悪影響をもたらす物質の影響があるようです。

 そのような人体に有害な化学物質は、体内から一刻も早く排出をする必要があります。

 なぜならば、有吉佐和子『複合汚染』のテーマのような問題が、すでに体内で発生をしてしまった人が見受けられるからです。そして、原因不明のアトピーやアレルゲン、おできや皮膚病にかかっている人が、かなりいるのです。

 その人たちは、なかなか治りにくく、医者に通っても原因が特定できないので、病状が長期化してしまいます。また、最終的にはステロイド剤などで非常に苦しむことになったりもするようです。
 まず、体内の毒素を取り除く のが先決でしょう。

そして、

(1) 体内に毒物を入れない。
(2) 体内に入った毒物は取り除く。

の具体的な方法なども、お互いに考えていきましょう。
 詳細は、『RKOホームページへようこそ!』の「健康のページ」にある「自己家畜化をしてしまった人類」にありました。

 なお、息が臭(くさ)いのは体内の滅菌力が減ってしまい、口腔内の微生物などが繁殖をしてしまうことが原因のようです。

 また、死んでも臭(くさ)くならないというのは、体内に蓄積された防腐剤が影響をするためです。アパートで孤独死をした老人が腐敗をせずに、ミイラ化してしまうのは、すでに身体がふつうではありません。

 葬儀屋さんも、最近はドライアイスが不要なほどであると言っています。そのような身体では、生きていても正常な活動ができないのは明白でしょう。
 何とかして、健康な身体に戻す必要があるでしょう。(2006.04.01)


○多摩森林科学園


 きょう(30日)、Udaiさんと高尾の多摩森林科学園に行った。
 いろいろな樹木が生えているが、中でも桜の種類は多い。全国から集められた1,700本ほどが植えられているという。その種類、およそ150種類以上もあるらしい。
 でも、ちょっと寒かったせいか五分咲きの程度であった。都内よりも5度くらい気温が低いようだ。しかし、寒桜や川津桜などはすでに咲ききって葉桜になっていた。

 鳥を何羽か見かけたが、園内には30種以上もいるという。聞きなしや鳴き声で、その種類がわかるそうである。と、入り口から入った正面の「森の科学館」に書いてあった。

 「ちょっと来い、ちょっと来い」と聞こえるコジュウケイ
 「てっぺん欠けたか?」と聞こえるホトトギス
 「土食って、虫食って渋〜い」と聞こえるツバメ
 「月日星、ホイホイホイ」と聞こえるサンコウチョウ
 「ほう、法華経」と聞こえるウグイス
 「超米、駐米、忠米」と聞こえるメジロ
 「源平ツツジ白ツツジ」と聞こえるホオジロ
 「お菊、二十四」と聞こえるイカル

などがいるそうである。
 しかし、個人差があるので必ずしもそのように聞こえない人もいるという。また、鳥ごとにも若干違うようである。
 とにかく、楽しい半日であった。(2006.04.01)


○エッセーの書き方?


 新聞社の名誉社員になっている親しい知人に言われた。お前の文章は、なっていない。読んでいて、恥ずかしくなるほどである。な〜んちゃったことを言われ、むろん不愉快であった。

 そこで、私はムッとして、「てんせいじんご」などは、私の「転生人後」(てんしょうにんご)のほうが、内容があって人生の智恵を含んでいるんだと弁解した。すると、内容じゃなくて文の構造、つまり文のもつ雰囲気だという。

 じゃ、何をすればいいんだと聞くと、彼は「エッセーを書くのならば、古典の三大随筆を読め」とのたまわく。そこで、私は『枕草子』と『方丈記』と『徒然草』を読むことにした。

 そんなために、読みやすい形にして、全文を下記にアップロードしたんだが、…… (2006.04.01)


○無常観?


 訪問先ブログで、
 「幾度かの春に巡りあえた、多くの友人が、櫛の歯が折れる様に亡くなる中で来年の春には生きているのか? というような、思いが年々、感じる様になった。桜も咲くだろう、良く眺めて置こう。」
という記事を読んだ。
 私も、まったくその通りだと思う。(2006.04.01)


○ブログのトラックバック


●トラックバックとは?

 トラックバックは引用をしたときに、その箇所を知らせるための記録なのです。つまり、URLを記憶しておく「お気に入り」などと違って、本文の内容自体にリンクをする機能と考えてよいでしょう。

 そして、その効果は抜群です。なぜならば、ふつう誰でも自分のことについての関心が、大いにあるからです。他人のことには無関心な人でも、自分のことが書かれていると必ずそこを見るので、お互いにアクセス回数が増えるわけです。そのような心理も考慮して、トラックバックは作られたようです。

 具体的な方法は、いったん相手のブログを見に行って、そこにあるトラックバックのアドレス(URL)をコピーしてくればいいのです。そして、それを自分自身の記事の下にある「トラックバックURL」に貼り付けてください。それで、自分の記事を発信すると同時に、相手のトラックバック欄に情報が伝わるので万事OKです。
 そのようにして相手も、相手のブログの中から、その情報を元にしてこちらのブログを見ることになるでしょう。

 しかし、まったく文章の引用などに関係のないトラックバックを用いたり、いかがわしい内容を隠して利用することによって、悪用をする人がいないともかぎりません。
 また、最近になってトラックバックなどに対して、わざわざ注意をしなくなった人もいるようです。さらに、大手のブログしか見ないという人も増えているのではないでしょうか。ちょうど、スーパーや大型家電店にばかり客が集まって、個人の小売店や電気屋には閑古鳥が鳴くのと似ています。
 もう少し、動向を見たいものです。

●このブログのトラックバックについて

 このブログのコメントやトラックバックについて、利用方法を簡単に記しておきましょう。ふつう、記事の下に「コメント」や「トラックバック」と書いてあります。英語で記述してあるものや、括弧を付けて利用した回数を付けてあるものもあるようです。

 記事についてコメントをしたいときは、「コメント」をクリックします。すると、そこにコメント欄がでますから、ふつうに記述をすればよいのです。「投稿者」「メールアドレス」の他に、「ブログやホームページのURL」もありますので、記しておいたほうがよいでしょう。

 すると、その記事は相手のブログにそのまま残ります。そうすることによって、ふつう訪問者は誰でもそれを見ることができるのです。つまり、自分のコメントが意見をそれなりに言ったことになるでしょう。

 トラックバックのときは、「トラックバック」をクリックします。
 すると、ふつう「トラックバックURL」が表示されます。それをコピーして自分自身のブログに帰ってきます。そして、自分の記事の下にあるトラックバック欄に貼り付ければよいのです。それだけで、相手先のブログに記録が残されますから、手数がかかりません。

 わざわざコピーをしなくても、「トラックバックをクリップボードに保存」などという箇所がありましたら、それをクリックするだけでコピーできるので簡単です。
 慣れてしまうと、何でもないことですから、いろいろとやってみるとよいでしょう。このブログを練習の場にお使いいただいてもかまいません。

 なお、ブログのトップページに戻るときは、いちばん上にある大きな文字のタイトルをクリックするとよいでしょう。(2006.04.01)


○ホームページとブログ


 最近は、ブログが大流行である。
 ブログは、ホームページと非常に似た内容になっている。しかし、平面的な広がりというよりか、時間的なつながりの記述のほうに適しているのではないでしょうか。例えば、日記のような利用には、どちらかというとブログのほうが簡単でしょう。

 ブログとホームページでは、その扱いが大きく異なっています。システムの構造としては、ホームページがふつう自分自身のイメージをハードディスクに作ってテストをしてから、それをプロバイダのサーバーにアップロードして、始めて閲覧ができるようになります。

 しかし、ブログは直接にプロバイダ側のサーバーに書き込んでいるので、アップロードをする必要がありません。したがって、手数がかからないので、簡単です。

 もっとも、ヤフーのジオシティーズにあるホームページなどのように、ホームページでも直接にプロバイダ側に書くこともできるシステムもあります。しかし、それをふつうのアップロードする方式で行ってもかまわいません。

 ブログは、逆にFTPなどを利用することができない。
 そのようなわけで、一般にブログはホームページに比べると、小回りの利く操作がしにくいことも事実のようです。

 ブログにはトラックバックという機能があります。(トラックバックについては、別項目を参照ください。) この機能のゆえに、互いに情報の交換が容易になって、訪問回数が増えるというメリットもあるでしょう。

 ブログの機能には、トラックバックの他に「RSS」と「PING」があります。
 「RSS」は、サイト情報を配布するためのフォーマットで、「RSS」を利用しているサイトから更新情報を集めたり、また逆に「RSS」で自分のブログ情報を提供することもできます。
 「PING」送信とはブログに投稿をしたとき、「PING」を受け付けているサーバに更新通知を送信して、ブログの更新情報をいち早く知らせる機能です。

 次に、もう一度ホームページとブログの特徴を整理して考えてみましょう。

(1) ふつうホームページは、いったん自分自身のハードディスクの中に原稿を作ります。そして、それをプロバイダのサイトにアップロードします。つまり、自分自身側に控えがあるわけです。
 しかし、ブログは直接にプロバイダ側に書込みをしますから、もしも何かの事情でプロバイダのサイトが故障をすると、控えがないのですべてのデータが失われます。
 無料のブロバイダを利用しているときは、契約上もとくに注意が必要でしょう。

(2) ホームページは、ふつう実際の画面と同じ大きさで編集ができます。しかし、ブログは小さい編集枠を用いて書込みをしますから、大きな文章のときには作業がしにくいものです。
 また、プレビューの機能もホームページの場合と異なって、ブログはちょっと貧弱のようです。

(3) ブログでは、細かい調整がやりにくいようです。なぜならば、あらかじめ想定をした範囲で、利用をするようになっているからです。しかし、ホームページの場合には、かなり細かい作業もできるようです。
 いずれも慣れの問題がありますので、一長一短ですが手数が少ないということで、ブログの利用者は増えているみたいです。

(4) このteacupのブログのように、記事をそのまま製本してくれるサービス(有料)があって、そのようなときに便利なものもあります。やはり、形のあるものに残しておきたいという人が多いからでしょう。(2006.04.01)


Kuroda Kouta (2006.04.01/2009.01.11)