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 配信メモ(7) 2006年01月から2006年03月分


○多摩森林科学園(サマリー)
○エッセーの書き方?
○ブログのすすめ
○重要なお知らせ
○長谷川さん、ありがとう!
○価値観の変移
○陽はまた昇る?
○HP3年間・ブログ3日間・mixiまだ
○安心立命の秘密
○記憶力で老化予防
○健康に関する関心?
○和歌と短歌
○BGMの作曲?
○久しぶり完爾。
○日野市郷土資料館
○哲学・宗教の日の知的所有権?
○小説の書き方?
○HP作成GU寸前?
○呆けちゃったらしく、安心立命どころでない!
○先生の変貌
○短歌四首
○趣味のガラクタ市
○笑いの原点?
○上から見ると?
○哲学と宗教の事始め?
○文学や小説について
○Flashのお勧め?
○老化予防と安心立命?
○やってみて、プログについての中間報告
○お子さん・お孫さんのいる人は?
○私の右足を治してちょうだい!
○いったい、これは何じゃい?
○多摩川と玉川上水
○満艦飾とヌートリアの思い出と
○『小説神髄』?
○デジカメ写真の整理?
○身体の衰えは仕方がないか?
○人口統計予測の危惧!
○健康の日の「青春」
○ホームページの「リンクの皆さま」
○MIDIの製作お願い!
○笑いの話題(^_^;)
○7つの川に沿った散歩
○物の外側と内側
○ホームページの検索
○安心立命に関する参考書?
○老化予防の方法?
○缶ジュースとペットボトル
○短歌入門
○ヴィヴァルディの曲
○笑いの原点
○多摩地区の「○」「凵v「トンボ」「チョウチョ」「トランペット」
○仏は3度、イエスは7回?
○軍人についての小説はいかが?
○「クッキー」はおいしいか?
○敵のない国?
○「最近の若い者は?」
○健康について目的と手段
○体内から毒物を取り除こう!
○金儲けしたい人から金を得る?
○異端なる芸術家の思い出?
○楽しかった半日
○面会日の補足事項
○多摩という土地(^_^;)
○新選組のふるさと歴史館
○電車の最前部で。
○ノートンの入れ替え
○聖書の研究?
○私のお経に関する文学的なる考察?
○1日1便。16小?
○地図三昧
○HP用のヴィオラ曲を作ってください!
○笑えない新しくないものはない? ふさわしくないものは自分だけ?
○多摩の横山、どこの山、連山なのか、丘なのか?
○哲学や宗教のない健康?
○小説の中の自分、自分の中の小説
○めしい寸前? あしなえ間近?
○何が安心立命か?
○いま切実に欲しいんだが、手に入らないよん(^_^;)
○自分自身の健康と『養生訓』
○メールの文章とホームページの壁紙
○「タンゴ・碧空・ゲッツイ」をご存知ですか?
○青空ライブラリからのお願い
○戦車道路一人歩き
○注文の多い利用利点
○ヤフーやゴーグルなどの検索?
○危ない場所?
○老化予防策?
○健康いろは?


○2006年3月31日(金) 多摩森林科学園(サマリー)


 きょう(30日)、臼井さんと高尾の多摩森林科学園に行った。
 いろいろな樹木が生えているが、中でも桜の種類は多い。……
 鳥を何羽か見かけたが、園内には30種以上もいるという。……
 「ちょっと来い、ちょっと来い」と聞こえる……
 ……
 「お菊、二十四」と聞こえる……
 とにかく、楽しい半日であった。


○2006年3月30日(木) エッセーの書き方?


 新聞社の名誉社員になっている親しい知人に言われた。「お前の文章は、なっていない。読んでいて、恥ずかしくなるほどである」 な〜んちゃったことを言われ、むろん不愉快であった。
 そこで、私はムッとして、「てんせいじんご」などは、私の「転生人後」(てんしょうにんご)のほうが、内容があって人生の智恵を多く含んでいるんだと弁解した。

 すると、内容じゃなくて文の構造、つまり文のもつ雰囲気だという。じゃ、何をすればいいんだと聞くと、彼は「エッセーを書くのならば、古典の三大随筆を読め」とのたまわく。そこで、私は『枕草子』と『方丈記』と『徒然草』を読むことにした。
 そんなために、読みやすい形にして、それら全文を下記にアップロードしたんだが、……


○2006年3月29日(水) ブログのすすめ


 「ブログ」が大流行!
 私も始めて、1週間になる。何とかわかってきた次第。やってみるとホームページなどよりも、ずっと簡単です。なぜならば、プロバイダ側を操作するので、いちいちアップロードが不要。もっとも、ヤフーのジオシティーズなどのHPも、そのような仕組みも可能であるのだが、……
 私は、ヤフーを2つ借りているが、その仕組みを理解するのが面倒なので、もっぱらFTPを使って慣れた方法ばかりしてきた。

 無料のブログが多く出回っているので、いずれか利用されることをすすめます。
 ずいぶんと利用価値があって、面白いからです。面倒になって、ちょっと投げ出してしまったものの、『青空の入門・創作ページへようこそ!』にある説明を参考にしてください。
 そこには、トラックバックなどの簡単な説明もあります。


○2006年3月28日(火) 重要なお知らせ


 作品を投稿したいという人が増えています。ご自分で作った力作をそれなりに、皆さんに見ていただこうということでしょう。

(1) 詩や短歌、そして小説など文学関係は下記にお願いをします。むろん、小話(しょうわ)や笑いの小話(こばなし)なども大歓迎!

(2) 絵やデジカメ写真、そしてビデオなどの映像。

(3) 作曲した作品や演奏をした曲、そしてM IDI作品など。

 ここのところ、ご希望が多いので、それぞれ個別にページを3つ用意しました。いずれのページも最大で1ギガバイトまで利用できるように、有料のサイトにしています。したがって、広告などはありません。
 よろしくお願いします。


○2006年3月27日(月) 長谷川さん、ありがとう!


 長谷川さん、いつも貴重で、興味深いメールをくださり、心から感謝をしています。

(1) 西行については、30年くらい前に、『方丈記』を書いたながあきらや『徒然草』の卜部兼好とともに研究をしました。しかし、わからないままに今日に至っております。

(2) 青空文庫を参考にしたという音楽ライブラリ、その後も何回か聞いて、私の「宝物」になりました。そんなわけで、「リンクの皆さま」に、記述をさせていただきました。

(3) 学生時代に「らんぶる」「田園」「古城」「第九」などという茶房によく行きました。いわゆる名曲喫茶なのです。今でも「らんぶる」はあります。新宿の都電の通りと高野の間くらいにあったのですけれど、道路拡張のために、角筈のほうに移転をしたのです。最近もときどき行きますが、雰囲気は昔のとおりです。
 「田園」「古城」は吉祥寺、「第九」は三鷹南口前にありました。「第九」は後に「第九書房」となって、それが今はビルになっています。そのずっと以前は「赤鳥居」があって、電車が突っ込んだ辺りです。電車の先頭が「ごきう書店」の辺りに突入して、連結器が外れた何台目かが「赤鳥居」のところに、折れ曲がって衝突をしたのです。

(4) ラロのスペイン交響曲、なぜか久しく聞かず40年ぶりです。演奏家の違う録音が3つもあるので、とてもなつかしいです。私がまだ、学生時代に聞いた盤のもあるようです。
 当時のことを思い出すと、ぞくぞくと鳥肌が立つほどに感情が甦ってきます。そのときに、茶房でその人に話した内容までが興奮とともに、戻ってくるのです。ちょっと、<目瞑りてひたぶるにありきほひつつ憑みし汝はすでに人の妻 宮柊二>という感じなのですが、……

(5) 素敵なライブラリですが、残念なことに調性の記述が、あまりありません。私は、曲を調性で記憶していることが多いからです。モーツアルトでは「ト短調」とか「小ト短調」などというようにです。とくに「小ト短調」は何番かを忘れていますが、大好きな曲です。「アマデウス」という映画に効果的に用いられていた交響曲です。別の意味でも、思い出などがあるからです。
 わずかな一部の曲に、調性が記述してあるのもありました。できたら、すべてに欲しいところです。

(6) 大好きなスカルラッティの曲が何曲かありました。全体のピアノソナタ555曲の5パーセント以下の数ですが、…… また、大好きなチマローザ88曲については、まだ1曲もありません。
 やはり、時代の流れでしょうか。私が学生のころは、知名度もないヴィヴァルディはヴァイオリンソナタが2曲だけでした。そのようなことを考えると、今さらに感慨が深いのです。

(7) このように、次々と書いていきますと、(100)くらいになってしまいそうですから、この辺でやめましょう。とにかく長谷川さんに、お礼が言いたかったんです。


○2006年3月26日(日) 価値観の変移


 「厭世」というタイトルのメールをサークルの人からいただいた。思わず、私はドキッとしたのである。私は、旧約の「コヘレット」を愛読しているが、いわゆるペニシズムではない。
 ただ、時代によって価値観が大きく変わってきていることを「知識層の人たちでも、あまり考えていない」ということを不思議に思うだけである。そんな気持ちで、次にインプットしてみた。

 いまやっていることが有意義で、どうしても必要なことだろうか? そんなことを考えることがある。何となく高齢になると、つまり死が近くなってくると、現代社会の中の価値観について、疑心暗鬼になってくる。

(1) 酒・禁酒法

 昭和35年(1960年)だったと思う。まだ、私は学生でしたが高田馬場で酒を5合ほど飲み、ぐでんぐでんになって車を運転して帰ってきた。三鷹に住んでいたころのこと。ご機嫌で青梅街道を走っていたら、荻窪警察の前で検問をやっていた。何かの事件があったのであろう。そのときの警察官と私との会話を思い出してみよう。

警官 「だいぶ、酔っているみたいですが大丈夫ですか?」
私 「はい、まだまだ平気です」
警官 「少し、休んでいったらどうですか?」
私 「急いでいますから、……」
警官 「それでは、よく注意して事故を起こさないようにしてください」

 アメリカでは、禁酒法の時代があって、その期間は酒を飲むこと自体が犯罪になったという。

(2) 麻薬

 シャーロックホームズが麻薬の注射をいつもするので、ワトソンが健康によくないのでやめるようにと注意をする。しかし、ホームズは推理力が増すと言って、いっこうにやめない。この部分は、最近の作品では本文から削除されているみたい。
 ある国にある国が麻薬を売って、戦争になったことがあった。その国民をダメにするというねらいではなく、単に経済利益のためだったらしい。

 もうかれば、何でもするという構図は、今も昔も変わらないようだ。とくに、自分自身の理屈だけを固執する国や個人の間では、…… また、マルクスは「宗教は、阿片なり」とも言ったという。そのような言い方をすると人間のすることはほとんど「阿片」なのかもしれない。

(3) 著作権侵害


 「のらくろタッチ」というのがある。当時のまんがを見ると、大城のぼる「愉快な探検隊」や謝花凡太郎「まんが忠臣蔵」などは、田河水泡の「のらくろ」に絵がとても似ている。やはり、それがその時代のはやりのスタイルだったのであろうか。まったく作者を見まがうほどのものであった。まだ、著作権や著作隣接権が問われず、JASRACもなかった時代のことである。

 さらに「のらく海軍」や「らくろ軍曹」などというのがあって、田河水泡が書いたと言っても疑う者がないくらい、絵のタッチが似ていた。


○2006年3月25日(土) 陽はまた昇る?


 違法かもしれんが、ダビングをしたVHSが300本ほどある。むろん、その中には違法ではなく新品で買ったものも100本くらいはあるだろう。
 しかし、もはやVHSなどは古くなってしまってダメである。そんなわけで、妻と休みの都度、1〜3本を見る。3本と言っても別々の作品では困難。例えば、「英雄物語(ナポレオン)」や「ゲームの達人」などの上・中・下の3巻組みである。若いころ見た3本立ての映画など、老人になったらもはや無理であろう。それでは、なぜ「ゲームの達人」などを続けて見るのだろうか。それは、間を置くと前のを忘れてしまうからである。

 先日、「陽はまた昇る」ちゅうのを妻と見た。ヘミングウエイの小説を脚色したもので、何ということはない、女の繰り返す愚かしさをスペインなどをロケして撮ったものだ。しかし私は、この原作である「コヘレットの書」が大好きだ。「空(くう)の空(くう)」で始まる詩があって、ペニシズムトとでも言えるだろうか、仏教のような印象の内容だからである。

 いつも思うんだ。自分自身が60年以上も愚かしいことの繰り返しをしているということがわかる。最近では、ホームページを始めたとき、そしてブログを始めかかったこと。その他、このメールなどである。
 この旧約聖書によってギターの曲を作曲してみた。『青空の入門・創作ページへようこそ!』にあるので、ご用とお急ぎでない方は聞いてちょうだい。その楽譜の表紙には下のように書いてあった。

          風(かぜ)

 −− ギターのための主旋律のないエチュード イ短調 −−

 風は南に吹き、また転じて北に向かい、めぐりめぐって再び
もとのところに帰る。(旧約聖書から『伝道の書』 第1章6)

 (1) 春のうららかな日の風
 (2) 夏の執拗に吹く風
 (3) 秋の木の葉を散らす風

 (4) 小春日和(こはるびより)に暖かくそよぐ風
 (5) 冬の粉雪(こゆき)を舞わす風
 (6) 積もった雪に吹き当たる風


○2006年3月24日(金) HP3年間・ブログ3日間・mixiまだ


 よく「mixi」の招待状が来る。「mixi」は、「ミクシイ」と読むらしい。メールのサークルなのであるが、互いに知った人を誘って、どんどん大きくなっていくみたい。
 でも、私は当初からの仲間との関係で、いままでのサイトやグループをやめるわけにいかない。なぜならば、やめると笑われるからである。始めて3年、そんな事情にあるなかで、……

 ホームページが何となく面倒で、わからないことも多く、うんざりしていたら、先輩が「ブログ」がやさしいと言った。
 そこで、ブログを始めて3日ほど、いろいろとやってみた。しかし、やっぱり「プログ」はそれなりの不可解な問題も多く、ちょっと大変だということが、わかったばかりのところ。
 やはり、歳をとってくると理解力が弱くなっちゃったようで残念なことである。でも、何となく「ブログ」や「mixi」などのほうが、ホームページを作るよりは手数がかからないような感じだ。
 あなたは、どんな感じですか?


○2006年3月23日(木) 安心立命の秘密


 安心立命と簡単に言うけれど、なかなか正体がわからない。とくに、老いてくると不安なことが次々と脳をよぎる。実際には、脳ではない別なところで感じているのかもしれないが、……。
 それはともかく、『RKOホームページへようこそ!』の「安心立命とは?」にまとめかかったのだが、やればやるほど迷いが増してくる。どうしてだろうか?


○2006年3月22日(水) 記憶力で老化予防


 鈴木  同窓会のお知らせ
 加藤  私のことを覚えていますか?

などというメールが来ることがある。
 ここのところ、いかがわしい内容のメールが多いのだが、方法が巧みになったので、上の2通など、削除をしないで、つい開いてしまった。実際に、その名前の親しかった同級生や幼友達がいたからである。いつも、慎重である反面、迂闊なところもある例。


○2006年3月21日(火) 健康に関する関心?


 健康に関する関心は、思ったよりも少ないようである。
 3年前に、高齢者を初めとして若い人たちが、少しでも健康であるようにという広報のためにHPを始めた。しかし、あまり訪問者はなく、アクセスカウンタも、当初考えたほど上がらない。

 私は、体内に化学薬品・環境ホルモン・界面活性剤などが入るとアレルギーや病気になることに、うすうす気付いた。そこで、下記の「健康のページ」にまとめてみた。残念ながら、ほとんどの人は見もしないようである。最近になって、ページごとにアクセスカウンタを付けたので、そんなことがはっきりとしたんだ。

 まぁ、大手ユニクロなどが健康関連産業を初めてもダメなのだから、健康に関心のある人が、意外に少ないのは事実であるとも思う。


○2006年3月20日(月) 和歌と短歌


 この間、多摩の健康のサークルで万葉集の短歌のことを言ったら、もと学校の校長だったという人が、万葉集では「短歌」と言わずに「和歌」と言いなさいと仰有った。本当だろうか?

 『青空の入門・創作ページへようこそ!』にある「やさしい短歌入門」の「万葉集の作品から」というところに、短歌の説明をだいぶ前にインプットしたのだが、……


○2006年3月19日(日) BGMの作曲?


 きのう、ピザの大食いとピッチャー1.8リットルを飲んで、早めに9時ごろ眠ったら、さっき起きちゃった。妻は、まだ死んだように眠っている。そこで、これから一人寂しくパソコンを始めるか。

 いままで、ホームページのBGM 用として、ピアノで作曲をした。しかし、毎日、増井先生がお作りになった「青空ライブラリ」にある学生時代によく耳にしたなつかしい『碧空』という曲を聞いていると、そのギターの音の素晴らしさに改めて気づいた。
 そんなわけで、ソルの「作品35No.2(月光)」やレニアーニの「36のカプリチオNo.26」、そしてモッツァーニの「ラリアーネ祭」などを楽譜にして、いま研究をしてるんだ。


○2006年3月18日(土) 久しぶり完爾。


 久しぶりに、にっこり笑ってしまった。我ながら、何ともよくできた似顔と思ったんだ。
 Udai さんは、まったく違った人の顔だと言う。そして、彼自身がちゃんとした私の似顔絵を作ってくれるともいう。
 すると、プロのデザイナーが1万円くらいの費用で作ってくれたものが、間違っているのだろうか。もっとも、その費用はメーカーが負担をしてくれて、無料だと言ったので私は作ったのだが、……
 そのときのいきさつは、

http://www1.ttv.ne.jp/~riko/sakusya.html

にまとめてある。


○2006年3月17日(金) 日野市郷土資料館


 新たに開館をした日野市郷土資料館に行った。高幡不動駅から歩いて、20分ほどのところである。アケボノゾウの牙なども展示されていて、なかなか面白かった。とくに、私が日々いただいている食事と「古代の食事」の復元模型の献立とが、非常によく似ているので驚いた。
 なお、デジカメ写真や詳細の説明については『青空の入門・創作ページへようこそ!』の「日野市郷土博物館」を参照してください。


○2006年3月16日(木) 哲学・宗教の日の知的所有権?


 きのう添付ファイルをしたら、さっそくご注意をいただいた。このメールの最後にあるイラストである。私が所有している著作権をもつ、私が作成をした絵であるが、…… その人が言うには、「マイフェアレディ」だと、言うのである。私は「マイフェアレディ」を見たこともないし、また読んだこともないのだ。
 見たこともないし、読んだこともないのに、何故書けたのかとも聞かれた。そこで、次のような弁解をしたんだ。その人が勝ち誇ったように言うので、黙っていられなかったのである。

 「この絵は、バーナード=ショーの『ピグマリオン』を読んで、私は大いに感激をした、その本には、絵はまったくなく、扉のところに、著者の映像写真があっただけである、そのイライザちゃんとヒギンズ教授の互いの気持ちの変化がすばらしく斬新に思えたからである、私は、この作品が数種の歌劇やオペラなどの原作になれる内容だとも思った」

 なお、音楽に関する著作権、その著作隣接権についても、取り扱いが厳しくなっている。私は、そんな意味で10年くらい前から、BGMは自作自演を原則としているのだが、…… でも、先日JASRACに行って、いろいろと聞いてきた。それをいま、下記にまとめようとしている。ホームページ用のエリアに、少し余裕ができたからである。そこの「ちょさあ」である。

 過去の模索や贋作の美術品を初めとし、バッハの作品の中に含まれているヴィヴァルディの協奏曲など、またパロディや似顔、そしてアイロニーが含まれた言葉なども探してみよう。さらに、アフォリズムやアポクリファの問題も、調べてみたい。とくに、アポクリファは本家顛末のような疑念が、私にはあった。「グノーシス」などという言葉は、「バロック」などと同じであろう。それは、仏教で「小乗」などと言い始めたような言いがかりなのではないだろうか、…… いずれにしても、この問題のために、下記のホームページを一つ(100メガバイト)用意したんだ。




○2006年3月15日(水) 小説の書き方?


 小説などの書き方の一例として、現実と違うことを書く方法があるという。そして、イマジネーションの世界に入っていくらしい。なるほど、やってみれば簡単だ!


【私の現実の生活のある日の一例】

 朝、起きた。腹が空いていた。飯が食いたい。…… 夜、早めに眠った。

【小説に構築をした一例】

 その日は朝、なぜか起きられなかった。腹は、ぜんぜん空かない。食欲もない。いったいどうしたのだろうか。…… やはり、その夜は、どうしても眠れなかった。

【書き上がった終わりの状態の概念図】




【書き始める初めの状態の概念図】




○2006年3月14日(火) HP作成GU寸前?


 皆さん、お元気ですか?
 メールをする以外にも、HPをしている人も多いと思います。
 このお雛様の月で、私も生まれて初めて始めた Windowsが3年になりました。何とか、わかりかけてきたところです。そのような事情で、今までいっぱいになっていたHPを増設しました。4つほど新しいプロバイダーに契約をして、今までのものと合計で5ギガバイトになりました。その他、投げ出したブログがあって、全部で10個のURLになってしまいました。

 あまり仕事熱心でない私は、何とも作業量が多いのでGU(ギブアップ)をしそうです。でも、いままでいっぱいで入りきれなかったものを1つずつ、改めて次々とアップロードをしているところです。
 今後とも、よろしく。


○2006年3月13日(月) 呆けちゃったらしく、安心立命どころでない!


 「百舌(もず)のはやにえ」という言葉をご存知でしょうか?
 百舌は、猛禽類とまではいかないが、なかなか果敢な鳥のようである。しかし、自分が取った餌をどの木に刺しておいたかを忘れる。

 最近になって、私は前に言ったことや書いたことを忘れちゃうんだ。誰に何を言ったかも、はっきりしないことが多い。そこで、メールなど控えておいて、検索が簡単にできるようにしておく。むろん、引用などもすることがあるので、そのための工夫も必要となるでしょう。

 ふつう、ホームページに貼り付けておく。私は、面倒だし方法がよくわからないので、バックアップを取らない。ハードディスクが安いので、そこにふつうは保存しておくだろう。しかし、私はヤフー・楽天などのサーバーにバックアップを入れて、それで代用をする。むろん、そのバックアップがアップロードする自分自身のハードディスクの内容でもある。つまり、逆なのである。

 メールは、『青空の入門・創作ページへようこそ!』の「HPの作り方入門」に説明があるように、特殊な形で保存されるので、それ自体を用いない。タグも、不都合に影響するので、いったんホームページに貼り付けてしまう。例えば、HPにある「日々のお便り」のようにである。そのようにすると、自分自身でも後で利用ができるので便利である。本当はブログにするはずであったが、ブログは難しくてわからない。プログは、

http://rik.blog.shinobi.jp/

までやったんだが、手に負えないので投げ出した。あまりにも「百舌のはやにえ」が多いので、お恥ずかしい次第。
 皆さんは、どのようにしていますか?


○2006年3月11日(土) 先生の変貌


 いくつになっても若いつもりでいる。それは、素晴らしいことではないか。しかし、現実を見なくてはいけない。どうしても、体力が衰えるからです。
 親しくしてくださっている先生が、ここのところ少し変わってきたのである。全人格的にではない。ちょっとだけ、脈絡のないことがあるのだ。そんなことは、よくあることだ。全体的にはウルマンの詩のようではあるが、ときどきひよっとしたことで、奇異に感じる所作をすることがあるのです。


○2006年3月10日(金) 短歌四首


(1) 執筆中!

 やってみて、何とはなしにできるかも? 自分がよければ、まぁ、いいじゃんか。

 詳細は、『青空の入門・創作ページへようこそ!』にある「やさしい短歌入門」を参考にしてください。また、「三木アヤの宇宙花」を現在執筆中です。三木先生の歌集四冊から秀作を100首ほど選んで、解説をするのですが分担をしてくださる人はいますか。
 なお、「宇宙花」とは、いわゆるコスモスのことです。
 よろしく。

(2) 確定申告


 先日、私と妻との確定申告をした。二人ともわずかな金額で、恥ずかしいくらいである。
 それはともかく、高幡不動の満願寺にある税務署からの帰りに、浅川沿いに堤防を歩いた。そのときの短歌三首。

 瑠璃(るり)色の輝き残しカワセミは 上流に向かい飛び去りてゆく

 オオイヌノフグリが咲きて この春も わがいのちあるを愛(いと)おしむなり

 立ち小便する男の背 何となく 罪の意識をあらわしており


○2006年3月9日(木) 趣味のガラクタ市


 このホームページが作られた最初の意図に基づいて 「老人」と言っては何だが、高齢者の余生を楽しむために趣味の講座、「文学」とか「美術」、さらには「音楽」などのガイドをしようというわけだ。高度な芸術性を求めるというよりも、それなりに余生を自分自身で楽しもうという会長の主旨だった。
 しかし、私は学校を卒業して以来、エンジニアとして過ごした。だから、例えば「小説」や「短歌」、「作曲」や「ギター」などのことについては、あまり知らない。それが、仲間にソソノカされるままに「平家物語」の新しい解釈などをやっている。そして、わがままな○○さんのお陰で、この度は「ギターの入門」なのである。

 いちおう、カルカッシやソル、タレガなどを参考にして、「教則本」らしきものを仕上げるのであるが、我ながらあつかましい考えであると思う。そこで、さすが「青空ライブラリ」には入れられないので、まだ隠しホームに入れてあるんだ。


○2006年3月8日(水) 笑いの原点?


 意表を突くようなものの組み合わせも、笑いの原因ではなかろうか。前に見た掲示板に、すばらしい作品があった。
 ご本人にも、またサイトの管理者にも、断りなしで紹介をするのであるが、もしかしたら、それはインターネット上の約束に違反しているのかもしれないが、……。

 そこにある「カブとスリッパ」の組み合わせである。
 それは、単に「大きさの紹介」だけでないおかしみを生じているように思うのは、私だけであろうか? ダリやマグリットの技法にも通じたところがあるのではないだろうか。ベルグソンが書いた笑いの本にも、そんなことが書いてあったように思う。

 また、本人には笑えないおかしみやブラックユーモアもあるのではないか。
 例えば、「黒いセールスマン」の喪黒福造氏である。題名を「笑うセールスマン」に改めてしまったのは、やはりおかしみのほうをわかりやすく、本人ではない側に出したかったのだろう。

 恵比寿・大黒のダイコクなんていうのも、とても笑えるようなやからではない。おっかなくて、近づくのも恐ろしいほどのキャラクターなのである。
 カブとスリッパに思わず笑ってしまった。私だけであろうか?


○2006年3月7日(火) 上から見ると?


 先週だったか、私の住宅の回りの川の話をした。しかし、誰かが何となくわかりにくいと言った。そこで、その鳥瞰図(サテライト)を、改めて次に示しておこう。多摩市の聖蹟桜ヶ丘駅周辺である。

http://map.yahoo.co.jp/beta/index.html?lat=35.38.47.019&lon=139.27.2.202&sc=3&mode=aero

 なお、見る範囲を広げるには、マウスでドラッグをしてください。


○2006年3月6日(月) 哲学と宗教の事始め?


 血圧が上がったり、身体が痺(しび)れるようになった。何となく、先が短いような気もする。命を長らえても、呆けてしまったり、アルトハイマになってしまうことを大いに心配する。また、よいよいや寝たきりなどもまっぴらである。そして、回りを見ると、それは他人ごとではない。すでに寝たきりで、襁褓(おしめ)をしている人がいるからだ。
 そこで、哲学と宗教を始めようと考えた。そんなわけで、「無の研究」というのを始めてみた。『RKOホームページへようこそ!』にある「三ノ宮の乞食」である。
 世界で初めてである芥川龍之介の試みをまねてみた。しかし、私には文才乏しく、みっともないものができてしまった。
 12本で、完結をする内容の1本目である。


○2006年3月5日(日) 文学や小説について


 学生のころは、「文学全集」などを読んだものだ。しかし、最近の若い人はどうであろうか。若くなくても、私の場合、あまり読まなくなってしまった。
 「法華経」や「聖書」も「小説」のような感覚で読んでみたんだが、それでもなかなか大変であった。そこで、簡単な方法で表現することにした。「恐怖のボール」とでもいうんだが、「左カーブ、右カーブ、まんなか通ってストライク」ではないが、まん中を行くと人生は堅苦しく、押しつぶされちゃうんではないかとも思うからだ?

http://www.geocities.jp/rikwhi/a4_gekijo/theater/ball_kyo.html

 そんな心配も、出てきたところだ。あと、人生の残りも少ないんだが、それでも……


○2006年3月4日(土) Flashのお勧め?


 ホームページを眺めていると、何となく飽きちゃう。文字ばかりが、ずらずら〜っと並んでいるのは、とくにそう。そこで、私は以前から劇場形式の情報伝達を考えていた。

http://www.geocities.jp/rikwhi/a4_gekijo/rikwhi_hajime/futari.html

 「創作シアター概念例」ということで、簡単な見本を作ってみたんだ。でも、面倒になって投げ出した。自分自身が、もはや老人で生きていることさえも、何となく億劫だからである。
 生きる情熱がある人は、無料で実体験できるFlashをやってみると面白いかも?
 『青空の入門・創作ページへようこそ!』にある「Flash MXのあらまし」ちゅうのが、なかなかわかりやすいと言った人が、ヤフーのサイトで、かなりいたようだ。


○2006年3月3日(金) 老化予防と安心立命?


 老化予防、つまり、いつまでも若々しくありたい、そんなことは無理なんだろうか。また、安心立命、それは修行でもしないとダメかなぁ。
 しかし、文章を書くことによって、ぼけないで若くいられるようだ。また、それなりに考えがまとまって、落ち着いていれるようにもなるみたい。とくに、あの世のことなんかは、なかなかわからないので、私は心配をしていたんだが、……

http://www.geocities.jp/rikwhi/nyumon/tenrankai_0002.wmv

 そんなことで、だいぶ前に文章を書いてみた。そして、その文にイラストなどを添えたりもした。音楽などもあるほうが、なかなか落ち着いて何となくいいみたい。


○2006年3月2日(木) やってみて、プログについての中間報告


(1) 前に、哲学のサイトがあって、そこの状態を見ていただきたいためにお願いをしたことがあります。あんなに、おしゃべり好きの連中が、なぜ黙ってしまったのかが、不思議でしたから。
 そこの連中は、皆ミクシイというブログに引っ越してしまったんです。それは、後でわかったことなんです。つまり、フリーメールなどのサイトよりも、簡単な会話の方式が可能だからです。
 互いにブログをもつと、トラックバックという方法を用い、返信を通知して、寂しくならないのです。メールやサイトでは、ダンマリを決め込んでしまったら、お互いに会話は終わりなのでしょう。しかし、ブログではお互いさまになるために、会話がいつまでも続くようです。そんな魅力があるのです。また、文章をいちいちアップロードする手数もいりません。
 なぜならば、プロバイダ側にすでに通信テキストがあるからです。そんなわけで、若い人にぴったりの、手軽なおしゃべり通信方法といえましょう。

(2) そこで、私たち高齢者です。若い人に阿(へつら)って、その通信方法まで変更をしようとしているのです。まったく、愚かしいことではないでしょうか。ホームページをやめてブログにするということは、その手数だけ考えると、確かに好ましいでしょう。しかし、流行についていくため、既製服を着るようなもので、その着こなしが大変なのです。
 そんなことも、言えるのではないでしょうか。
 ただ、わかりにくいのでブログにしなかったなどと考えられては、困ります。ある程度は、わかっていて利用をしないこともあります。

 例えば、自動車はだいぶ前にやめました。また、携帯電話など最初から持ちません。そんなことでは、不便なことだけはわかっています。それでも、そのほうを選んだのですからよいのです。知らないでしないのと、知っていてしないのでは、ずいぶんと違うようです。何事も人生でやって後悔をするのと、しなくて後悔をするのとの違いが、かなりあるのではないでしょうか。

 鈍い私にも、ようやくブログがトラックバック付きの掲示板だということが見えてきました。そして、それは他人よりも、自分のことに関心ある人の心理を実によく捉えたシステムだとわかったのです。さらに、いろいろとやってみて、そのよさや利便性を調べておきましょう。いちおう、ここに私なりに簡単な中間報告まで。
 皆さんも確かめて、結果を教えてください。


○2006年3月2日(木) お子さん・お孫さんのいる人は?


 お子さんやお孫さんのいる人は、次のようなことも考えてね。

http://www.geocities.jp/rikwhi/a2_bijutu/douga/kaiwa_all.gif

 いまは、食べ物の中に化学薬品・環境ホルモン・界面活性剤などが多量に入っています。それらが、複雑に作用をするんでおかしくなっちゃう。生きていても血管や血液が傷んでしまったり、死んだときには、日々食べたものの中に、多量に入っていた防腐剤が身体中に蓄積していて腐らない。
 だから、一人暮らしの老人が死んでもミイラ化しちゃって誰も気づかない。死体が腐らないので、ドライアイスは必要がなくなったと、葬儀屋さんが言っていた。
 高齢者は、もはや仕方がない。若い世代は、そんなことになってはいけない!


○2006年3月1日(水) 私の右足を治してちょうだい!


 管理人が面倒くさがって、直してくれないのです。
 私は、ダンサーですからプロポーションはいいんです。しかし、右足はばかでかくて、そしてまがっているんです。どなたか、直してくださらないでしょうか?
 また、本当は10人くらいでしたいんですが、やはり管理人は「面倒なので私の小さいので、ごまかしている」んです。それも、できたら……

http://www1.ttv.ne.jp/~riko/line_dance.html


○2006年2月28日(火) いったい、これは何じゃい?


 いったい、この影絵は何をしているところなんじゃい?
 どうしても知りたかったら、『RIKOホームページ』の「おわり」にある「図形問答・図形なぞ」をご覧(ろう)じあれ。




○2006年2月27日(月) 多摩川と玉川上水


 私のところから、多摩川まで5分ほどで行ける。そこで、いつも行って川の流れを眺めている。そして、いろんなことを思い出し、しばらくは佇(たたず)んでいるんだ。
 また、堤防をてくてくと歩くこともある。しかし、堤外に入って歩くことのほうが多い。なぜならば、堤防は舗装道路になっていて、足に心地よくない。堤外(堤防の内側)は、川の流れまで草が生えていたり、砂利がたまっている。そこで、足の裏に何となく心地がいいんだ。

 多摩川でなく、玉川上水というのもある。これは、吉祥寺に行ったときは、よく久我山まで歩く。また、玉川上水駅(西武線)からずっと津田塾大学のある鷹の台まで歩いたりもする。玉川上水駅までは、高幡不動駅(京王線)からモノレールで行く。それも眺めがよく、大きな楽しみである。国立(くにたち)音楽大学の図書館にも、よく行くんだが、その中の雰囲気は何とも楽しい。
 昔は、食いはぐれた人が週に一人くらい玉川上水に入水をしたという。私は土左衛門を何回も見た。そして、水死にはなりたくないと子供心に考えたものだ。

 太宰治の実物は、川に落ちた子どもを救ったものの自分は殉職してしまった松本訓導の碑のある少し下流のドンドン橋のとこで上がった。あまり膨れあがっていなかったので、やれやれ。同伴の山崎何とかと言った女性は、少し離れて二人を縛った紐を解かれ、すでに「こも」が被されていた。
 そのころは、まだ雑木林が多く残っていて、そこでも、年に数回の首吊りがあった。夏にカブトムシやクワガタを捕りに行って、お目にかかったこともある。私は、首を括(くく)って死ぬのもいやだと思った。一度だけ、その実物を見たんだが、白目(しろめ)が恐ろしい状態になっていた。やだやだ。


○2006年2月26日(日) 満艦飾とヌートリアの思い出と


 こないだ、先輩の指導を仰ぐために久我山に行った。すると、のたまわくには、「お前の『日々のメール』は、ゴテゴテと満艦飾であるのは、いったい何故か?」と。
 仕方がないので、ある人(明治に、財閥であった人の孫になる人)にケシカケられ、非常に「たくさんのサイト」作っちゃった」と弁解をした。むしろ、ソソノカ されたと言ったほうがよかろうか。そこで、サイトに合わせて、

 「1の日」から「10の日」まで次々と、

  「健康」→「老化予防」→「安心立命」→「HP作成」→「小説や文学」→「哲学や宗教」→「多摩地区の話題」→「笑いなどの話題」→「音楽や作曲など」→「短歌や詩」の各テーマ

とやるんだ。そして、一巡をしたらまた反復。」
と言ったら、あきれて

 「お前は、長生きをするぞ!」

と仰有る。まったく、バカにしたような言い方だった。
 そこで、私もなるほどと思い、気を紛らわすために、二駅を歩いてみた。久我山から井の頭公園駅までである。はじめ、神田川沿い、それから牟礼方向にちょっと入った。

 宮柊二先生のお宅の前を通ったが、寄らなかった。そこでも私はバカにされているからである。それから、中学生のときに同級生であった小松さんを訪ねたが、留守であった。その小松さんは、俳優というか芸能人になっている。そう言えば、井の頭沿線には、西永福の友達の家の隣が池部良、浜田山のM 先輩の隣組に菅井キン、その他たくさんいるようだ。

 また、神田川に戻り三鷹台のところ、つまり川が井の頭線を越すところ、そこで感慨無量になった。ヌートリアの思い出があるからだ。
 ヌートリアを知っていますか? 戦後の時代だったが、毛皮をとるために養殖をした人がいた。金網を張って、100匹くらいいたんだが台風のときに、ほとんどが逃げちゃった。そこで、1匹つかまえてもっていくと、確か20円くれた。そのころの20円は大金で、いまの2000円くらいになるだろうか。私は頑張って追っかけたが、1匹も捕まえられなかった。
 まだ、10円札に国会議事堂が書いてあった時代だ。
 でも、長くなるので、今日は哲学や宗教に入らずに、この辺で……(^_^;)


○2006年2月25日(土) 『小説神髄』?


 小説の神髄が書かれているらしいが、実際には読んだことがない。何となく、タイトル自体がうろんくさい感じを受けたからだ。それでは、ここで何を言おうとしているのか?
 何でもそうだと思うが、基本的なことがある。そして、その基本全体をマスターしちゃうと、後が楽である。逆に、基本的なことを理解しないままに進むと、後が大変。

 私は理工系の出身だから、小説などについては基本的なことばかりではなく、それ以前のこともあまりわからない。しからば、インターネットやホームページのことである。正直言って、エンジニアだったわけではるが、インターネットやホームページについては、まったく理解できないのである。私は、鈍感なほうであるのだろうか。

 「何のために、何をやっているか」がである。

 何人かの人が、「やめちゃったほうが、いいんじゃないか?」と言うような忠告を遠回しに言ってくれた。でも、今やめるわけにはいかないんだ。妻が貯金を下ろして、富士通のノートパソコンやDELLのデスクトップを買ってくれたからである。わからないのならば、放棄をしたほうがよいという理屈があるならば、実に困ったもんだ。

 小説などを私が模索しないほうがよいと言う以前に、自分自身の人生なども、もうやめてしまったほうがよいと言う結論が、目の前に待っているからだ。

 なお、「坪内逍遙」と『小説神髄』とについては、それぞれ簡単な説明が、『RKOホームページへようこそ!』の下にある「語句・人名などの覚え」にありました。みっともない形のものではありますが、……


○2006年2月24日(金) デジカメ写真の整理?


 皆さんは、デジカメ写真をどのようにしていますか? 溜まる一方の画像をサムネイルなどにしたところで、後で探すのは大変です。そこで、私は整理をしています。研究用に使うものが多いので、あらかじめ分類をしてしまうのです。

(1) 動物に関するもの
(2) 風景や構築物など
(3) 人物やその像、仏像なども含みます
(4) 掲示板や案内書のコピー

などのように分類して、HPに張り付けておくんです。すると、後で取り出して使いやすくなるために、とても便利です。

 とは言っても、まだそれができていません。なかなか時間が、取れないからです。何でもそうですが、歳をとると身の回りのことを減らさないと、忙しいばかり。趣味や道楽も、それが多いと「病膏肓に入る」ような状態になってしまいますね。
 何かよい方法は、ないのでしょうか。


○2006年2月23日(木) 身体の衰えは仕方がないか?


 老いてくると、身体が衰えてきます。これは、何とも致し方がないことでしょう。ブッダの時代もそうであったらしく、そのようなことを見て、出家をしたといいます。「四門出遊」の一つです。ある日、ブッダは老人を見てうとましく思い、心が萎(な)えてしまったと言います。「生老病死」を考えると、安心立命などはかなり遠いところにあるということがわかります。
 そこで、何とかしたいと考え、信仰の問題などが心に浮かんできます。しかし、簡単に言うと、信仰などで安心立命が得られるわけには、まずいかないでしょう。

 なぜならば、私はあまり宗教の内容を信じてはいないからです。宗教間で争ったり、信者間でトラブルがあったり、なかなか問題があるようです。
 最終的には、一人が一つの宗教になってしまうまで、意見の対立などが続くのではないでしょうか。いろいろ考えてみると、ずいぶんムダなことを人間はしているようです。
 心が満たされないままに死んでいくのは、非常に恐ろしいことです。私は「こころ」が脳にあるとは、思っていません。また、ひと昔以前のように、心臓にあるなどとも考えていないのです。

 旧約聖書の言っていることから思いついたことで、そのことを知ったときは愕然としました。そして、そのために、死後の心配までするようになってしまいました。「パパラギ」という本には、「考える」こと自体が、「重い病気」であるとしてありました。
 それはともかく、一日も早く「安心立命」を確立したいと考えます。
 皆さんは、いかがでしょうか。


○2006/02/22 00:54 人口統計予測の危惧!


 日本の人口統計の予測表を見ると、次第に高齢者が増えていくのがわかる。その表を見ると、将来に関する危惧がいろいろと起こってくるのは、私だけであろうか。
 これは、なかなか難しい問題です。総務省統計局『国勢調査報告』などによる科学的な予測であるから、ほぼその通りになるであろう。大事故や大虐殺がない限り、それは必然的な成り行きであろう。

(1) 人口の年齢別分布は、ピラミット型が好ましいと言われてきました。なぜならば、男女の数がほぼ同じであって、配偶者が得やすいこと。また、若い人が多くいないと社会の構造が維持しにくいことなどが理由です。

(2) 寿命については、間違った概念があります。
 今年生まれた赤ちゃんが、平均寿命を生きられるなどと考えたら、大間違いでしょう。日本の場合、幼児の死亡率が減少したことで、平均寿命を大きく押し上げたのでしょう。言うなれば、未開国に今までは死んでしまった病気に対して、命が助かる薬を配布したような状態なんです。
 有吉佐和子さんなども30年前くらいに指摘をしていますが、いまだに行政を始め、学者も間違った解釈をしているのが不思議です。それはまた、ちょうど日本の技術が世界的に高いのと似ています。一部の人々が優秀なのであって、すべてがというわけでありません。それでも、全体で見ると高いレベルを保っているのです。

(3) おそらく、高齢者を何らかの形で、減らさざるをえない状況になるでしょう。つまり、現代楢山節考なのです。実際には、もしかしたらすでに、公然の秘密として、どこかの老人施設の一部で、……
 そうしないと営業が成り立たないからです。つまり、現代社会では金を基準に考える習慣に毒されているからです。そんなわけで、生命倫理や生活規範となるような価値観が、希釈されてしまっているので、それらが改めて必要なのです。
 その前に、貧富の差による差別が非常に激しくなってくるのではないでしょうか。そして、その混乱の最中に考えられなかった事件が次々と発生する可能性があります。

 そこで、私は日本の社会を根本から是正するために、「青空ライブラリ」などを始めたのです。もしかしたら、もはや間に合わないかもしれません。それでも、やらないよりはよいでしょう。
 具体的な解決は、いずれ改めて報告することにしましょう。


○2006年2月21日(火) 健康の日の「青春」


 10日間の一巡をして、今日は「健康がテーマ」の日。しかし、バカの一つ覚えのように、「『何はダメ』『何じゃなくてはいけない』などと、何となく脅かしたり、恐怖を煽るような書き方のメールはよせ」との先輩からの忠告。だって、現代社会の事実だから、しょうがないじゃないか。
 そこで、今日は著作権を侵害して、次の詩を示しておこう。有名なウルマンの『青春』という詩である。

      青 春   サムエル・ウルマン作

  青春というのは、人生の一時期ではない。むしろ、それは心の持ちかたをいうんだ。
 紅顔の少年、その紅色(くれない いろ)の唇、しなやかな身体(からだ)ではなく、
 意志の力強さ、想像力の豊かさ、沸々(ふつふつ)と湧(わ)き上がる情熱をいうのだろう。

  青春というのは、人生の深くに潜(ひそ)む源(みなもと)の清々(すがすが)しさだ。
 青春とは、臆病を退(しりぞ)ける勇気や、マンネリを捨て去る冒険心のことだ。
 20歳の青年よりも、60歳の老人のほうが青春の状態にあることさえある。

  年を重ねただけでは、人は老いない。人が老いるのは、理想を失うときだ。
 歳をとると皮膚に皺(しわ)が増える。そして、情熱を失えば心は萎縮(いしゅく)する。
 苦しみ・恐れ・諦(あきら)めによって気持は土になり、精神は塵(ちり)になる。

  60歳であろうと、はたまた16歳であろうと、心中には不思議なものに興味をもつ気持、
 子どものような未知への探求心、人生への興味と喜びがある。
 あなたにも私にも、目に見えない中継所が心の中にある。

  他人から、あるいは神から、美しさ・望み・勇気・インスピレーションなどを受けられれば、
 まだあなたは若い。インスピレーションを失って、精神が雪のような皮肉で固まり、
 氷のような悲憤で閉ざされたら、たとえ二十歳であろうと老人である。

  姿勢を正して、希望を持ち続けるならば、八十歳であろうと、青春のままだ。


○2006年2月20日(月) ホームページの「リンクの皆さま」


 遅蒔きながら、先輩に言われて、何とかホームページにリンクの欄を作りました。でも、デザインが野暮ったいので、ちょっとお恥ずかしい次第ですが、……
 そこで、歌人 三木アヤの短歌集のホームページへリンクできるようにもなりました。『RKOホームページへようこそ!』の「おわり」にある「リンクの皆さま」から「アヤの短歌」のバナー(表札のような絵)をクリックしてください。
 なお、三木アヤ先生は19歳で北原白秋主催の「多磨」に入会し、その後、宮柊二さんたちと「コスモス」を創立して60有余年の作歌人生を歩まれました。同時に臨床心理を専攻し、ユング派の心理カウンセラーで箱庭療法の技法の普及にも大いに貢献しました。その奥行きの深い、人間味の味わいある短歌を鑑賞してください。

 なお、皆さまの中でホームページを持っていらっしゃる場合には、「リンクの皆さま」ページに紹介ををさせていただきたいと思います。その場合は、3行くらいの説明とバナーをお願いいたします。


○2006年2月19日(日) MIDIの製作お願い!


 「青空ライブラリ」の最後のほうにあるように、
   「チマローザ ピアノソナタ全集」
   「珠玉のスカルラッティ ピアノソナタ集」
をMIDIで作ることにしました。

 ピアノが弾けないからです。また、当時の鍵盤楽器が現在のMIDIピアノ音に、非常にマッチすることがわかったからです。おそらく、このコンプリートな全集が完成したら、関孝弘さんのピアノなどとともに、世界で初めての企画ではないでしょうか。

 しかし、ここのところ『平家物語』の考証で時間が取れません。モタモタしていて進まないのです。日本で最初の本格的な訳の内容を目指しているからです。探してみましたが、優れた『平家物語』はあまりないようです。吉川英治や菊池寛のものを調べたけれど、まったく私が考えているものとは違います。
 例えば、菊池寛の訳です。これは、文学としては最高のものであると私も思います。しかし、文学を味わうのではないライブラリを私たちは目指しているのです。簡単に言うと、人生の指針となって、一生涯有意義なものです。

 さらに言うと、若いときに読んだら「違法な手段で金儲けなどをしてはいけない」ことを知ったり、「驕れる者は、久しくない」ことを認識したりして、自分自身の人生の指針になるような内容です。

 また、例えば刑務所に入ったり、失業をしているときに読んだら、今までの人生の誤謬を悟って、再出発ができるような勇気が出てくる内容なのです。
 そんな意味の『平家物語』を作っているので時間がかなりかかる作業になっちゃいました。そのため、簡単な作業であるMIDI採譜に関する時間が取れなくてできません。
 どなたか、分担をしてくださらないでしょうか? 「青空ライブラリ」の製作スタッフとして。


○2006年2月18日(土) 笑いの話題(^_^;)


 「8の日」で、実際は「笑いの話題」の日である。しかし、ここのところ笑える話題がかなり少なくなったようだ。実際に世の中に起こっていることで、茶番のような感じのものがあるが、私は論(あげつら)うのが好きではない。
 そこで、こないだ健康会のときに話題になったことを記しておきしょう。誰かが「金があったら、何でもできる」というような意味合いの愚かしいことを言ったときに、何人かが反駁して意見を言いました。私も、求められて言った言葉の中に「ないものはない」という言い方で発言をしました。
 すると、誰かが勘違いをしたのです。つまり、私の家に「何でもある」んだと思ったようです。

 二重否定のしかたは、なかなか難しくて、とくに若い人は勘違いをするようです。ついでながら若い人は「受け身」と「尊敬語」の「られる」などもわからないようです。「旧約」の解釈を間違ってすることがあるからです。
 話をもどして、大きな屋敷に住んでいて、庭にある池に1匹100万円もする鯉を数百匹泳がせて、葉巻をくゆらせ「わしの家にないものはない」と言うのと、貧乏人のところに借金取りが来て言うのとは違います。つまり、扉を半開にして小声で「ないものはありません」と言うのとは、意味が違うんだということを言って、誤解のある表現は、お互いにやめましょうということになったんだ。

 お見合いのときなどに、「結構で、ございます」などと仲人が言ったので、期待をして待っていると「あのときに『結構でございます』と言って、あのときにお断りしたのですが、……」というようなことが、しばしばあります。
 「二重否定」はブーリアンや記号論理学でも難しい問題になっています。「ド=モルガンの定理」などと似たわかりにくさを、そこに含んでいるのではないでしょうか。
 詳細は、『RKOホームページへようこそ!』にある「インターネットの入門」をクリックして、「情報はどのようにして、取り扱うの?」をご覧じろ(ごろうじろ)。(^_^;)


○2006年2月17日(金) 7つの川に沿った散歩


 ケーニッヒの「橋の問題」ではないのですが、次の文章の意味はおわかりでしょうか?
 部屋から出て、エレベータで1階に行きます。そして、南に1分ほど歩くと大栗川。その左岸を下流に向かって、3分ほど歩くと、右から乞田川(こったがわ)が合流します。さらに、下流に向かって行くと今度は左から大川が流れ込んでいます。それらが合流して、さらに5分ほど下っていくと、そこは多摩川。つまり、多摩川の右岸なのです。

 そこから堤内(堤防の外側)を右岸に沿って、上流に向かって、歩きます。およそ20分も行くと、左から浅川が注ぎ込んでいます。そこを遡っていくと、同じく左から程久保川。程久保川の右岸を5分ほど行くと、やはり左から落川が注いでいます。その右岸を少し行くと、京王線の百草園駅。そこからは、電車で聖蹟桜ヶ丘まで帰ります。
 すべての川は、私の部屋から見て手前側の堤防を歩いたことになるんです。そして、2時間足らずの6キロメートルくらいの散歩で、7つの川の流れと会えたのです。

 くどくどと説明をしても、意味がわかりにくいです。そこで、いつも歩いたところをグーグルの「サテライト」(航空写真)で見るのです。そして、それがまた楽しい時間なのです。
 雨の日などは、実際に歩けません。そこで、そんなときに私は、思い切って多摩川の上流に向かって、水源地まで行ってみたり、あるいは海まで「サテライト」で下ったりもします。

 かなり以前、10年くらい前までは、実際に鶴見川を海にまで歩いたり、神田川や石神井川、善福寺川などを歩いたものです。鶴見川は、その水源地から海まで、3日がかりでした。むろん、途中で泊まったりはしません。電車で帰ってきて、翌日は朝早く、そこまで電車で行って続けるのです。実際に行く楽しさとは、別な楽しさが「サテライト」にもあるようです。


○2006年2月16日(木) 物の外側と内側


 きょうは、「哲学や宗教」などをテーマに取り上げる日であるが、この「6の日」は苦手である。なぜならば、私にはテーマに関する知識が少ないからである。そこで、今回は「物の外側と内側」というタイトルでもって、何とかお茶を濁そうというわけだ。「哲学もどき」のような内容で、何ともお恥ずかしい次第。
 物の内外、つまり自分自身のことと身の回りの物のことでうるさい人がいる。しかし、それはものの考え方についての誤謬ではなかろうか。

 例えば、ちょっと汚い例ですんません。
 それは、内側で接していたときは何でもなく、外側で接したり見たりすると、汚いと思う物。つまり、「うんこ」がそうである。美しい彼女の中にも、実は「うんこ」が多量に詰まっている。がんばって出しても、すぐに次のを作る。このように、内側にあるうちは問題がないものもある。しかし、いったん外側に出ると同時に、汚くて目につくものがあるんだ。
 だから、『今昔物語』の「平中と侍従の話」や、その菊池寛や芥川龍之介のストーリが、まったく面白いということを思い出す。同様なものに「うんこ」の他に、「人間の言葉」などにもその可能性と危険性があるのではなかろうか。

 また、相対的に考えると不思議なことがある。例えば人間は内側で果物、例えば柿を食うが、柿は外側で人間を食っているかもしれない。大自然の中で作られた宿命のような因果関係でもあるようだ。
 O先生は、かつて私に「人間の身体(からだ)なんて、しょせん汚いものを入れた皮袋にすぎないのですよ」と悲しそうに言ったことがある。そのとき、私は黙っていた。


○2006年2月14日(火) ホームページの検索


 皆さん、ホームページの検索をどのようにしていますか?
 サーフィンは楽しいものですが、なかなか目的に達成することができなくて、もどかしいこともあります。また、何となく時間が過ぎていくのが、老いてくると惜しいような気もします。そこで、最短コースで検索をすることを考えます。毎回同じ標準作業を作っておけばよいのです。

ホームページを検索するときのコツ

 やりかたによって、かなり時間の差異が生じます。語句をどのようにインプットするかをあらかじめヘルプで調べておくほうがよいでしょう。
 次から次へとページを進めてしまうと、戻れなくなってしまうことがあります。そして、迷子の状態になってしまうと、時間のロスが生じます。注意をしなければなりません。

自分のホームページ内の語句などを検索するときのコツ

 これも次第に大きくなってきますと、どこに何を書いたかがわからなくなってしまいます。私は、いま1ギガバイトを超えたところですが、すでに何が何だか、自分でもわかりません。実際には5つのホームページエリアをプロバイダから借りて、それらをハイパーリンクして、何とか全体を実現しています。そこで、自分自身のGoogleを専用に作っておくとよいでしょう。


○2006年2月13日(月) 安心立命に関する参考書?


 このごろ古典を下記の「青空ライブラリ」にインプットすることが多く、そんなときにふと思うことがある。
 『論語』から初め、『枕草子』『方丈記』『徒然草』とやってきた。そして、『父母恩重経』『歎異抄』『御書要文』などと続けたのだ。次に、『法華経』全巻と『聖書』から旧約「モーセ五書」と新約「ルカ福音書・使徒行伝」である。さらに、おまけとして貝原益軒の『養生訓』全巻を付けてみた。
 かなりの分量であったので、目が疲れてしまった。そして、運動不足のために、2キロ近く太ってしまったんだ。(^_^;)

 でも、懲りずに『平家物語』を手がけて、何とか主要な展開の44章をインプットした。「祇園精舎」から「小原御行」までである。いま少しずつ校正をしながら、アップロードをしてる。
 『平家物語』は、実によくできているストーリであって、私は「自分自身の安心立命」に関して大いに参考になった。つまり、「人生の目的」なども、しみじみと思い知らされたのである。単なるフィクションではなく、「歴史の断片」を捉えているということも、切実に教訓になる。

 人を虐(しいた)げたり、欺(あざむ)いて繁栄をすること自体が、怨みを買ったりするのでうまくいかない。「盛者必衰の理(ことわり)」であろうか。「奢(おご)れる人も久しからず」でもある。
 あまり野心をもたないで、自分なりに生きるのがよいのではないかと、つくづく思った。もっとも、仮に野心があったとしても、力のない私には問題ではなかろうが、……。


○2006年2月12日(日) 老化予防の方法?


 ここのところ、私も何となくボケてきたような感じがする。度忘れや記憶違いがあるからです。思い出そうとすると、頭が痛くなってくる。そこで諦めると、後でふっと記憶が甦ったりする。不思議なものだ。
 M 先生はアルトハイマ、O先生は植物人間であられる。ずいぶんとご指導をいただいたり、親切にしてくださった方々だ。そんなわけで、ぼつぼつ自分の番が回ってきても、おかしくない時期でもある。

 私は、なるべく体内に異物を入れないように注意をしてきた。化学薬品や界面活性剤、そして環境ホルモンなどである。それら物質は血液の中に入って、さらに細胞などの組織に蓄積をするようである。

 近年になって、私たちの身体は大きな変化をしてきたらしい。私はトマトやキュウリのことを思い出す。幼いころに食べた味のことです。今の物は、かなりあっさりとしていて食べやすい。先輩が言うには、栄養価も少なくなっているので、戦前に一個食べたのと同じ栄養価を取るためには、三個くらい食べないといけないと言う。
 そんなために、サプリメントが必要になったらしい。

 しかし、私はサプリメントを一切用いない。何となく成分が疑わしく、また胃腸をいちじるしく痛めるからである。そんなために、大食いになってしまった。お恥ずかしい次第。
 身体を維持して、かつ老化予防を実現するためには、仕方がないことかもしれない。そんなわけで、きょう(11日)も妻とシェーキーズでピッチャー1.8リットルをやって、スパゲッティの大食いをした。
 何となく、ここのところ、幸福感に浸されているような日々だ。
 また、「衣食足りて礼節を知る」のであるらしい。


○2006年2月11日(土) 缶ジュースとペットボトル


 つい先日、「健康のサークル」で話題になったテーマである。
 私は、あまり缶ジュースを飲まない。なぜならば、アルミなどがどうしても、内部の液体に溶け込んでいるのではないかという懸念があって、それを飲むと不都合が身体に生じるからだ。な〜んて偉そうなことを言うが、例外もある。それは、缶ビール。夏などは歩いていて酒屋や自販機があると、意志が弱いんで、つい買って、ふらふらと歩きながら飲んでしまう。
 ペットボトルの飲み物もあまり飲まない。何となく人工的に作った液体が、長期的には身体によくないんではないかと言った人が、仲間の化学者にいたからだ。

 長い期間を継続して、なってしまってから問題になることがある。「転ばぬ先の杖」ではないが、やはり予防については、くれぐれも注意が必要なのではないだろうか。国や行政がやってくれるなどと、考えてはいけない。後手後手に生じている問題を考えると、自分自身がしなければいけないのである。
 ヒレルの言葉に、

   <自分で自分のためにやらなければ、誰があなたのためにやってくれるか?>

というのがあった。
 皆さんは、どのように考えておられますか?


○2006年2月10日(金) 短歌入門


 「高齢者趣味コース」の一環として、「短歌のテキスト」を作らなくてはなりません。そこで、いろいろ考えてみました。その結果、優れた歌人を一人選んで、その作品を解説することにしたのです。北原白秋や宮柊二さんの「多磨」・「コスモス」の系統が、私にもわかりやすい。しかし、白秋とは話したこともないし、宮先生のは私にとって、ちょっと難しすぎる。
 そこで、三木アヤ先生の作品を用いることにした。幸いに先日、ご子息の許可を得られたからである。そして、4冊もある歌集を、すべて1冊ずつ贈呈してくださるという有難いことである。そこから秀歌を100首ほど選りすぐり、斎藤茂吉の「万葉秀歌」方式で進めたいと思う。

 そして、『三木アヤの宇宙』という名称の電子テキストにしておき、後日に機会があったら出版をしたい。
 宮先生のグループにいたころに一緒に勉強をした人は、いま大新聞の短歌欄の選者になったりしている。しかも、二人もだ。私は、あまり短歌についての知識や技術はないから、お呼びはかからない。それでも、自分自身の思い出として、また後輩の参考書として、いわゆる私の「記憶帖の一部」として、全力でとりかかってみたい。

 ちょうど、「平家物語」をすべてインプット終了し、少しずつ校正をしているし、「ピアノ三重奏曲」はモチーフがすべてできて、それをつなぎ合わせているところで、何とか一段落をしたからである。
 以下は、かつて三木アヤ先生のことを詠んだ、私の作品である。

    宇宙花(うちゅうか)

 コスモスのごとく咲きたる賑わいも記憶の外に失われゆく


○2006年2月9日(木) ヴィヴァルディの曲


 初めて「四季」を聞いたときは、びっくりした。現代音楽かとも思ったんだ。そして、その曲がヴィヴァルディだと知って、またもびっくり、信じられなかったほどだ。
 私が学生時代には、ヴィヴァルディの曲で知られているものと言ったら、ヴァイオリン協奏曲が2曲だけ。それも、ヴァイオリン教則本に、ピアノ伴奏の形で載っていたもの。確かイ短調のものと、ト短調のものだ。どちらも、さほど難しくないと言う。イ=ムジチが次々と出したために、あっという間に、ヴィヴァルディは有名になった。いわゆる、復活なのである。
 戸口幸策さんとは、何回か話をしたんだがロラン=ド=カンデの翻訳をするときには、まだ曲のほうが有名でなく、いろいろとご苦労があったという。

 私は「ファゴット協奏曲」、中でもRV.484 ホ短調のものが大好き。また、宗教音楽で声楽「ニシ=ドミヌス」などが身近に感じられる。それらを聞くと、鳥肌が立つほど興奮をしてしまう。
 そして、こんな音楽が永く忘れられていたことを不思議に思う。かつて、私はヴィヴァルディの一生をまとめたことがある。死ぬときは、モーツアルトと同じように寂しい埋葬で、墓にドサッと捨てられた。それこそ、「アマディウス」と同じくらいの作品ができてしまう。誰も、それを手がけないのも不思議である。
 おそらく、一連のそんなことが何となく忘れられてしまったという事実であったようだ。

 それはともかく、そんなことから私はファゴットという楽器に大いなる興味をもつようになった。
 そんなわけで、当時の6穴式のファゴットにときどき会いにいく。きょう(8日)も、武蔵野音楽大学の楽器博物館に、行ってきた。小一時間ほどいたが、私のほかには誰も来ていなかった。
 帰りに、パルテノン多摩の池で「吾唯足るを知る」のつくばいを見て帰った。


○2006年2月8日(水) 笑いの原点


 私の笑いの原点と言えば、ものの無かった時代ですが、やはり田河水泡の「のらくろ」ぐらいだったのではないでしょうか。今でも、よく覚えています。「本のページをめくるときに、1万人に1人くらい、指に唾をつける人がいる」とか、大陸で便衣隊のオオカミに言うセリフで「ポケットに手を入れて歩くものに、ろくなものはいない」などです。

 いま、少年漫画傑作集という本、大城のぼるの「愉快な探検隊」と謝花凡太郎の「まんが忠臣蔵」その他が含まれている全集を読んでいます。そして、よく見ると「探検隊」のブル君は「のらくろ」のブル連隊長、「忠臣蔵」の大石内蔵之助は「のらくろ」のモール大尉とそっくりなんです。顔かたちや性格、つまり吹き出しの中の文章などが、です。

 まったくタッチが同じで、あたかも田河水泡が書いたと言っても、知らない人はわからないほどです。まだ、著作権などについては、のどかな時代でもあって、あまり問題にはならなかったのでしょう。

 「のらくろ」については、湯浅粂策の「のらくら海軍」というのがありました。これは活動の場が軍艦であって、まったく絵のタッチなどは田河水泡と同じです。別な作者ですが、「のらくろ」の陸軍編・海軍編としてもおかしくありません。
 また、作者は忘れましたが「どらくろ」というのもありました。これも、のらくろと同じタッチでした。
 いずれにしても、私にとっては小学校に上がる前くらいの、笑いの原点に「のらくろ」がなっています。


○2006年2月7日(火) 多摩地区の「○」「凵v「トンボ」「チョウチョ」「トランペット」


 ここのところ、ホームページの作成やメールなどはサボって地図に凝っている。「Googleの地図」が、ちょっと古くて色彩が濃くないために、かえって目が疲れないようだ。
 上から見ると実に面白い。ナスカの絵ではないが、いろいろ発見がある。先ず○、これは私の住んでいる超高層の屋上にヘリポートがあるので、それがまず第一目印。航空写真のサテライトには、文字が一切なくて慣れるまでは、どこがどこだかわからなくなってしまうからだ。その他に、ガスタンクや、上から見ると丸い建物は珍しくない。

 京王の本社は、前から見ても、駅から見てもずいぶんと立派な建物だと思っていた。しかし、上から見ると不格好な凾フような形である。おそらく、土地の関係で、そうなったのであろう。新宿にある住友ビルなどとは違って、まったく回りに囲まれてしまった形のギリギリの大きさを実現した設計のようだ。

 多摩動物公園の上空から見ると昆虫館がトンボの形、そして別館のほうがチョウチョの形である。チョウチョの方は、何となく鳥にも見えるし、またトンボは飛行機みたいな感じもする。

 中央高速の国立インターチェンジは、まさしくトランペットの形。
 こないだ見ていて、何となく顔に見えた部分があって、ギョッとした。月や火星にあるギリシア彫刻のような端正な顔ではなく、もっとグロテスクな形である。怨念がこもっていて、何かを言いたいようにも思えた。

 多摩川の流域も、大きな模様を作っていて、ドラゴンに見える場所がある。
 やっていると、なかなか面白くて、飽きない。


○2006年2月6日(月) 仏は3度、イエスは7回?


 「仏の顔も三度」という諺(ことわざ)がある。名前がもしかしたら間違っているかもしれないが、次のようなことだと思う。
 コーサラ国のパセーナディ王の命を受けて、その子、ルリ王子がシャカ族の小さいカピラバスツ国を滅ぼそうとするのである。最初、2回は途中でブッダに出会ったので、遠慮して戦闘を中止をした。しかし、3回目はブッダに出会わずに、そのまま城を攻めて全滅させたというのである。ブッダもシャカ族の奢りに諦めを感じたのであろう。いつもの場所には、いなかったのだ。
 そもそもの事の発端は、コーサラ国王に奴隷を王女に仕立てて、妃としてシャカ族が差し出したことに始まる。そして、その子がルリ王子なのである。

 ルカの福音書に、

 <彼が一日に七回、あなたに対して罪を犯し、七回戻って来て『悔い改めます』と言ったとしたら、彼を許さなければなりません」>(第十七章4節)

とある。

 中村元や田上太秀の本や講話を聞いたが、手塚治虫のマンガのほうがわかりやすいから、史実と違ってしまったかもしれない。また、聖書は長たらしくて読むのが面倒である。だから、全体的に覚えている範囲でしか説明できないよん。(^_^;)


○2006年2月5日(日) 軍人についての小説はいかが?


 軍人たちについて小説を書くとすると、種が尽きないであろう。平家物語の人たち、アレキサンダー大王、ナポレオン、そして西郷隆盛や新選組など、まったく興味があるテーマばかりだ。
 小学生のころ、同級生に高橋もっちゃんがいた。彼の父親はラバウルに行って苦労惨憺をしたが、かろうじて生きながらえて帰還した。今村均大将の努力もあったからだ。私たちはおじさんと呼んでいたが、よく武蔵境の大きな農家の縁側で、ひなたぼっこをしているのを見た。しかし、ラバウルの惨劇の物語は、もっちゃんから聞いた。
 それがまったく臨場感があって、あたかもそこにいたみたいな感じがしたものだ。ちょうど、教会の牧師が天国や地獄に行って見てきたみたいに話すのと同じで、もっちゃんは又聞きで話した。

 そのころ、極東軍事裁判が進んでいた。子供心に、ずいぶんとおかしなことを見聞きした。裁判中に前に座っていた人の禿頭をピシャッと叩いたりした失礼な軍人でない変な被告もいた。また、饒舌に自分たちがしたことを正当化して話すものもいた。反対に、寡黙になって、罪が確定するのを待つだけの人もいた。そして、悄然として何も言わずに、絞首刑に甘んじていった。キーナンの前では裁かれたが、子供心に被告のほうが人間が上で、神々しくあったように思われた人たちも、中にはいた。

 私は、いままで誰も言わなかった新しく正しい観点から、戦史をまとめているが、極東軍事裁判自体が何となく茶番のような気がしてならないのだが、……。
 嶋田繁太郎の弁護をしたプラナンの言ったように「共同謀議ではなく、戦争の原因は日本国内の指導力の欠如」だと、私(黒田康太)も考えているからです。

 満州事変の勃発から敗戦までの間、
   日本(首相)  13人
   アメリカ(大統領)  3人
   イギリス(首相)   5人
   ドイツ(首相・総統) 5人
を、いったいどう考えたらよいのでしょうか。
 つまり、前後15代の内閣が交代をして、13人の首相が担当をした滑稽な一連の一部始終なんです。首相の他に30人の外相、28人の内相、19人の陸相、15人の海相、そして23人の蔵相、……
 いったい何が基本的方針だったのでしょうか。またこれほど多くの人が思想を統一して共同謀議をして、終始一貫をしたことなど、どうしてできたのでしょうか。

 ヒトラーやムッソリーニのようにちゃんとした(?)指導者が遂行をした戦争ならわかります。日本は好戦ムードと世論の無責任体制でやった感じが、私(黒田康太)には否めないのです。そして、「無効になったインドのパール判事の評決」や「スリランカの戦時損害賠償 放棄」などについて、今になっても感慨が深いんです。
 当時は、それを東条英機だけを悪者にするような愚かしい助平根性をもった国民になっちゃったのが、またそれで済ませようとする無責任体制に関して、学生ではありましたが疑問でなりませんでした。

 そんな観点で小説を書くと、この時代だからこそベストセラーにでもなるんじゃないでしょうか?
 私は目が悪くなっちゃったので、できません。どなたか、どうぞ!


○2006年2月4日(土) 「クッキー」はおいしいか?


 あなたは、「クッキー」をご存知でしょうか?
 先日、どなたかのメールでスパイウエアのことが話題になっていましたが、どうも常駐ソフトにはいろいろな問題がありそうです。

 クッキー(cookie)とは、私たちが訪問した大手サイトの所有者が、管理用に「私たちのパソコン内に作成するデータファイル」のことなんです。そうしておいて、2回目以後のときに、訪問者の名前を自動的に出したりできるようにするためです。
 ですが、これはとても便利なものではありますが、危険もはらんでいます。あなたの個人情報が記録されたcookieを必要のない者が盗み見ることも可能だからです。したがって、できる限りcookieはオフにします。

 でも、クッキーを制限する弊害として、cookieをすべて制限してしまうと、例えば、「教えて!goo」などをはじめフリーメール等へログイン出来ないことがあります。その際は、設定を緩める必要が出ます。つまり、設定を変更する時には、ブラウザの(ネット閲覧ソフト)の右下にある「プライバシー レポート」のアイコンをダブルクリックし、ウィンドウを開き、こちらよりcookieを必要な設定に変更できます。スライダーを用いて変更をするのですが、通常は2段階下げると支障なくログインができるようになるでしょう。

 ついでながら、ブラウザ右下に「地球マーク」もあると思いますが、ダブルクリックをすると、インターネットのセキュリティーのプロパティ画面が現れ、セキュリティーのタブで各種設定の変更が可能です。
 クッキー(cookie)とは何かを、一度試しながら覚えてみてください。私も、そうしました。


○2006年2月3日(金) 敵のない国?


 だいぶ、暖かくなりました。皆さんは、お元気ですか?
 私は、「安心立命」の一環として、最近になって、よく「敵のない国」ということを考えます。
 「仮想敵国」というのがあります。Tamaさんが、そのうちに教えてくれるでしょう。もしも、戦争をするときに、敵として戦うであろう相手のことを言うのです。
 自衛隊の内部には、今でも石原完爾のような人がいて、気楽に考えているのかもしれません。
 元海軍で、高級将校であられた今村さんとは、かつて同じチームで仕事をしたことがあるが、実に楽天家であられた。こんな人が作戦をしたら、勝ち目がないのではないかと思ったことが何回かあります。終戦少し前には、潜水艦に乗って、逃げ回っていたらしい。

 少なくとも、常に基本的な「敵の情報」を得ておきたい。通り一遍のことではなく、例えばベネディクトの『菊と刀』にあるくらいの細かいことまでを。女史が研究をしていたころ、何と日本では、カタカナ言葉さえも「敵性語」(適正語ではない)として忌み嫌って、物品の名称を変更したりしていた。今考えると、実に何とも愚かなことであったのではないか?

 また、孫子の有名なことばにもあるように「敵の本質」の研究も大切です。さらに、「敵の情報」を得ることも大切でしょう。孫子・筍子などの古典的な兵法から、マキャベリの論理、さらに、クラウゼビッツの「戦争論」まででわかることは、「情報量の多いほうが有利である」という論理・事実なんです。したがって、戦争では互いに少しでも多く、相手の情報を得ようとします。しかし、私は部外者であるから、国防のことはわからない。その代わりに、私にも恐るべき敵がいることはいる。

 それは、「老化」と「アルトハイマ」と「○○○」なんである。そしてそれらに対して、自分自身の戦略を作成している。あたかも、戦争末期の大陸進出などのように、もはや当初の目的を失ってしまっていたことを忘れたり、しないために。……


○2006年2月2日(木) 「最近の若い者は?」


 「最近の若い者は?」などと言い始めると、自分自身がかなり老化をしてきたのかもしれない。それは、単なる嘆きにしかすぎないからである。
 ギリシアの哲人は、「最近の若い人たちは……」などと、言ってはいけないと書き残した。さらに、エジプトの碑文からも、それが読み取られたそうである。また、旧約聖書の中の『伝道の書』にも、似たような言葉がある。
 さらに近くは、日本でも同じことを福沢諭吉や山本五十六が諫めているのです。「最近の若い者は」などと、言ってはいけないということをである。

 しかし、ここのところ、まったく新人類とでもいうか、彼らの考え方が理解できないのも、何となく事実でしょう。例えば、

   「どっこいしょ」「めんどくさい」「疲れた」とか、
   「知らないふり」「私には関係ない」「他人のことなど、どうでもよい」

というような発想は、古い時代の人には、まず理解できないであろう。古い時代でなくても、私にもよくわからない。

 いま、私は「この世でいちばん幸福になる方法」の模索・研究として、『清貧・安息への誘(いざな)い』というのを、まとめている。ぼつぼつ、私もこの世とお別れをするのであるから、その準備のために、……
 晩年のための老化予防でもあり、安心立命でもあるからです。


○2006年2月1日(水) 健康について目的と手段


 2月に、なりました。皆さん、お元気ですか?
 お陰様で、私は日々とても元気で、楽しく過ごさせていただいています。まったく幸福で、ありがたいことです。
 ご存知かと思いますが、キケロの言葉に、

  <君は生きるために食うけれども、食うために生きるのではない>

というのがあります。その言葉から、いつも私は、

  「お前は生きるために金が必要であるが、金のために生きているのではない!」

とか

  「お前は生きるために健康であると考えるが、健康のために生きているのではない!」

などと、思いが次々と馳せていきます。
 キケロ(Marcus Tullius Cicero 前106−前43)は、古代ローマ時代の哲学者で、政治家でもありました。才能があり雄弁でしたから、政界で相当な地位を築きました。しかし、後にアントニウスと対立して殺されました。

 私は、キケロの2000年ほど後の時代に生まれましたが、哲学者でも政治家でもありません。才能もなく、雄弁でもありませんので、貧乏です。しかし、現在○○○と対立して、殺されかかっています。
 それはともかく、社会全般が健康について無関心というのは、大いに困ったことです。また、未だに科学的でない方法やデマゴーグによって、健康を求めようという風潮にも、大いに困惑しています。
 本来ならば、国や行政が行うレベルのことを個人が自費でしようというのですから、何となく無茶な話かもしれませんね。頼まれもしないことを、せっせせっせとする茶番も、考えてみれば何となく恥ずかしいものです。


○2006年1月31日(火) 体内から毒物を取り除こう!


 長年にわたって、体内に取り込んでしまった化学薬品・環境ホルモン、そして界面活性剤などを少しずつ体外に排出しましょう。つまり、自分自身の「身体の浄化」をすることによって、ホメオスタシスを正常・強力にするわけです。
 方法はいろいろありますが、私のは至って簡単。例えば、手塚治虫の『ブッダ』(奇蹟の瞬間の巻)にあるような大げさな方法ではありません。つまり、ブッダがアッサジやミゲーラにしたような方法じゃないのです。もっと簡単なことが、いろいろと工夫をしてわかったのです。
 誰にでも、手軽・確実。アロエジュースなどで体内の内蔵から毒物を排出してしまったり、サウナで細胞内の老廃物を発汗したりする費用のかからない有効・安全な方法です。少しずつ繰り返してきたのですが、続けると言うことは飛躍的な好ましい結果をもたらすようです。

 5年前には、唐木田の福祉センターで、誰も信用をしなかったことです。しかし、私一人はずっと欠かさずに続けてきたのです。そして、グルミューが再生して、ホメオスタシスが強力になりました。そのために、内科の病気をしなくなって、暑さや寒さにも強くなったみたいです。私は、現役のころに重度の糖尿病と高血圧でしたが、ここのところ全快したようです。
 ただ、体内の毒物を除去すると、そのデメリットが生じることもあります。それは、孤独死をした場合、身体が間もなく腐敗してしまいます。最近、よくある死んでからも腐らないタイプの身体ではなくなってしまうのです。
 また、先輩と小山田の森を散歩して気付いたことですが、なぜか私だけ蚊に食われてしまうんです。先輩のほうは、まったく蚊が食わんのです。なぜでしょう? おそらく、蚊の好みに合う血液になるのではないでしょうか。


○2006年1月30日(月) 金儲けしたい人から金を得る?


 50年近くも前のことだろうか? 件名のようなことが、ふとわかったのである。そこで、実際にやってみたんだ。すると、不思議なほど次々と金が入った。
 その結果、横浜の黄金町で警察につかまって、上大岡の刑務所に半年以上も未決囚で入れられた。当局は、証拠隠滅を防止しようとしたらしい。実際には、輸出入に関する違法なビジネスで、その内容をすっかり変えてあるが、青空ライブラリにある『カンムリバト』として、自分自身用の記録が物語風に残してある。愚かな一連のことを忘れないようにするためだ。
 裁判の結果は、執行猶予が2年ほど付いた有罪であった。そのために、私は大学を2年も多くかけ、6年間で卒業したのである。しかし、実際に通学したのは、正味3年足らずであった。
 学生時代にそんな経験をしていたので、会社を興してから、問題はなかった。快調に進んで順風満帆、どんどんと会社は大きくなった。しかし、やはり別な問題があったのだ。

 ある年の定期検診で人間ドックに入ったときのこと。教授の医師は、私の命が1年も持たないと言う。そして、その以前に、つまり死ぬ前に、私が盲目になっていると言った。信濃町にあった大病院のことである。私は、すべてを諦めて仕事をやめた。命あっての物種だからである。金は、命を保つためにあり、死んだら金などはいらないと思ったからである。
 そんなことも『プロローグ』に、書いておきたかったのではあるが、……


○2006年1月29日(日) 異端なる芸術家の思い出?


 この間、三鷹市の大沢、調布市の深大寺、そして神代植物園の周辺を歩いていたら、かつて大岩先生と一緒にあちこちを歩いたことをなつかしく思い出した。
 大岩唯浩先生とは、三島や伊豆長岡、そして千葉方面など、十回以上も旅行をしたものだ。いずれも、先生が企画をして、私を誘ってくれたからです。気さくで親切な人だったから、人間嫌いな私も時として、現地集合・現地解散などという条件で一緒をした。そして、旅行中に大岩先生の鼻歌や口笛を耳にしたことが、何回かある。それは、散策の途中であったり、ホテルの部屋であったりもした。
 いずれも、クラシックの曲のようであるが、私が知らない曲もあった。もしかしたら、マーラーの交響曲の一部分であったのかもしれない。

 いままで、ホームページのBGM を作ってみた。いずれも小品であるから、旧約聖書のBGM としてはちょっと物足りない感じがする。
 そこで、今回はソナタ形式のものを作ってみることにした。「独奏ヴィオラのためのシャコンヌ」(仮称)が、やっと何とか完成をしたからだ。チマローザやスカルラッティのような単一楽章ではなくて、ヴィヴァルディのような協奏曲形式にしようと思う。全体で、20分ほどのこじんまりしたものではあるが、……
 とくに、ファゴット協奏曲RV.464だったかホ短調のものをサブモデルとしたい。そして「異端なる芸術家の思い出」というレクイエム(仮称)にして、イ短調で作曲をしようと思う。小さいモチーフ群が、執拗に次々と展開をしていく形式として、楽器編成は「ピアノトリオ」、つまりヴァイオリン・チェロ・ピアノで収めようと考えている。
 各楽章は、「第一楽章(Allegro grazioso)」と「第二楽章(Andante cantabile)」と「第三楽章(Allegro soave)」で構成、各7分程度を考えている。
 しかし、生まれて初めてのことで、何とも自信がない。誰か詳しい人がいたら、指導をしてください。


○2006年1月28日(土) 楽しかった半日


 きょう(27日、金)は、三鷹の駅前にあるギャラリーに、作左部幸秋先生の書展を見に行った。駅前の赤鳥居があり、そして三鷹事件で暴走電車が突っ込んだ辺りである。むろん当時の面影などは、まったくない。記憶の中に埋もれてしまったからだ。
 それはともかく、書展には「やわらぎをもって尊しとしとなす」というのがあり、素晴らしかった。だいぶ前に「青空ライブラリ」の『十七条の憲法』に入れたのを覚えていたからです。

 それから、三鷹の産業プラザに行って、NPO法人の女の子と10分ほど話をした。3年前にパソコンを始めるとき、指導頂いた大岩唯浩先生の消息を聞くためだ。
 帰りは、久々に調布まで歩いてみた。コモディ飯田と神代植物園入り口、そして布田天神社に手洗いがある。そんなことも知っているので、オシッコの近い私にも安心であった。(^_^;)

 深大寺から斜めに入って、卸売り市場の先の辰巳堂という煎餅工場で、いつものとおり、小割れ(壊れ)になったものを大量に格安で買う。不思議なことに、割れているほうが美味しいのである。
 それから、かねてから懸案事項でもあった三栄堂というそろばん教室で、わからなかった名前を改めて確かめた。そこには「手は体の外に出た脳である−−カント−−」とあった。この「カント」が3ヶ月ほど前から、誰であったかがわからなくて、気にかかっていたのである。

 ゲゲゲの鬼太郎、ねずみ男、そして一旦木綿に乗った猫娘の道を通って調布駅に出た。そこにあった子鳴爺は実際のものより、目尻が下がりすぎであるような気もした。
 とにかく、楽しかった半日である。


○2006/01/27 面会日の補足事項


 昨日のOPA7階のロビーでお話ししたことに関して、補足事項を忘れないうちに、ここに記しておきましょう。

(1) 『父母恩重経』の現代語訳は、まだできていないのです。私が、もたもたしていて、そこまで手が回りません。それより先に、原文を500冊分ほど揃えてしまいたいと考えているからです。ご免なさい。

(2) 話題になった『鼻行類』や『新恐竜』という本は、なかなか優れた内容です。私は、何回か読んでいますが、いつも楽しみと夢が限りなく続いて、つい時間を忘れてしまいます。
 Udaiさんは、同じ建物にある永山図書館で、簡単に借りられます。また、他の方々も住んでおられる区や市の図書館にあると思いますので、取り寄せて、ご覧になってみてはいかがでしょうか。何でも科学や学問というような小賢しい現代に、すがすがしい風を私たちの心に送ってくれるロマンのある内容だと思うのですが、……

(3) 『楢山節考』の深沢七郎さん、『一杯のかけそば』の栗良平さん、彼らについて詳しく言わなかったのは、私は他人の欠点を論(あげつら)うのが嫌いだからです。他人の弱みを、ことさらに言うのも好きでないのです。
 経緯(いきさつ)上とは言え、人を殺したり、詐欺師になっちゃった事情は、やはり困ったことです。心の奢(おご)りが、もしかしたら彼らにも、少なからずあったのかもしれません。事情について知りたかったら、『青空ライブラリ』の下のほうにある「やさしい小説入門」の「○文学賞を取ろう!」を参照してください。

(4) 最後に、なぜメールではなくホームページなのかという質問です。
 ちょっとうまく言えませんでしたが、検索や引用がホームページの中のほうが、私の場合、いたって簡単だという理由です。
 むろん、メーラーの中でも検索や引用はできます。しかし、テキストの保存方式が特殊なのと、私が扱い慣れていないためです。そのため、全文をいったんホームページに移します。それは、至って簡単な手続きです。
 悪い言葉で言うと、私の場合、このメーラー(ここに貼り付ける前の形)の文章は下書きなのです。
 また、目が悪いために自分自身がいちばん読みやすく、間違いのない様式、この日本語とも言えない段落や書式(ここにある文章の原形)ですから、書き直すのです。すると、「Internet Explorer」「ホームページビルダー」「Google」などの機能が、そのまま100パーセント利用できて、便利にもなるからです。


○2006/01/27 多摩という土地(^_^;)


 多摩に来てから、何年になるだろうか。
 最初、多摩センターにある東京都都市整備公団の高層マンションを買った。そして、数年後に永山のタウンハイツへ引っ越しをした。さらに、駅前の「諏訪ハイツ」そして現在の「ビュータワー」である。初めは分譲住宅を買ったのだが、しばらくしてその愚かさがわかったので、賃貸住宅方式に切り変えた。
 なぜならば、自分自身の身体自体がいわゆる宇宙からの借り物である。そんなものを入れるのに、わざわざ固定的な住宅を必要としない……などと、私なりに考えたのである。そうは言っても、すべて新築の住宅を選んで、引っ越した。

 『方丈記』にある文章にも、大いに考えさせられた。
 「がうなは、小さき貝をこのむ。これ、身知るによりてなり。みさごは荒磯に居る。すなはち人を恐るゝが故なり。我またかくの如し。身を知り、世を知れれば、願はず、わしらず。たゞ靜かなるを望みとし、愁へなきを樂しみとす」
というくだりなどである。そんな辺りから、大いに私の考え方が変わってきたんじゃないかと、我ながら思う。

 『徒然草』第十八段にある
 「人は、己をつゞまやかにし、奢りを退けて、財を有(も)たず、世を貪(むさぼ)らざらんぞ、いみじかるべき。昔より、賢き人の富めるは、稀なり」
 その他、何カ所もある。「ええい」貧乏でも、「心が豊かであれば、いいんじゃないか」などと、単純な私も、開き直って考えるんだ。

 私は、せっかく作ったホームページの訪問者が、ほとんどなく、仕方ないので毎日のように自分自身で見ている。その中でとくに、「青空ライブラリ」というところは、見ていると興味がつきない。
 「多摩という土地」については、またいずれかの機会に私なりの考えを述べようと思う。ここで、何となく億劫になっちゃったから。不真面目で、ごめんなさい。(^_^;)


○2006年1月26日(木) 新選組のふるさと歴史館


 ここのところ、「旧約・新約聖書」や「金剛般若経」などのインプットで、ちょっと疲れてしまった。パソコンを上位機種に変えて、音声によるインプット方式を採用するまで、ちょっとさぼることにした。
 そこで、今までに行きたかったところへ行く。時間がとれなくて、つい出そびれていたところだ。ここのところ、晴れて暖かい日が続くので、そういう計画ができて楽しみである。きょう(25日、水曜日)は多摩動物公園が休み。高幡不動尊に行ってから気づいた。そこで、新選組のふるさと歴史館に行ってみた。従来の「日野市ふるさと博物館」の建物である。

 展示テーマは、会館記念特別展「新選組誕生」というので、5月いっぱいまでやっている。受付でくれた同名の資料は、懇切丁寧・内容充実である。写真の他に、図や地図までついていて有難い。展示物は、初公開のものが多数あって、なかなか興味深かった。しかし、前に石田の土方歳三資料館にあったものも見受けられた。「新選組誕生」期間だけ、特別に借り受けた展示物だろう。

 この多摩地区との関係なども、大いにわかりやすく説明がなされ「新選組」がちょっとばかり身近に感じられるようになった。そして、彼らの大きなロマンに触発されて、小一時間ほど見学をした。いろいろな新しい発見があってうれしい見学であった。例えば、

(1) もっと大きな組織で、「新徴組」というのがあったということで、その組織に関しては忘れられ、記録が少ないということ。

(2) 私が多摩に来ることをすすめてくれた学校の先輩である富沢さんの何代か前の人が、新選組とも関係があったということ。

(3) 前に調べた関戸村(私の住んでいる辺り)にいた相沢伴主が、やはり何らかの関係にあったのではないかということ。

(4) ロキさんが言うように、「多摩の地が単なる畑ではなかった」ということがわかったこと。

などについて、驚きを伴った再認識ができて、とてもうれしかった。
 なお、従来ここにあった展示物は高幡団地の中に「郷土資料館」という名称でオープンして、そこに引き継いだということだ。私は、歩いていける範囲なので、来月にでも行ってみようと思っている。
 春に向かって、楽しみを次々と増やしていけるので、とてもよい楽しい半日であった。
 ロキさん、ありがとう。


○2006年1月25日(水) 電車の最前部で。


 私は、電車の最前部に乗るのが大好きだ。そこで、前方の景色が近づいてくるのを見ていると面白い。また、目のためにもよいという。だから、運転席の後ろのところに立っている。
 23日(月)は、まだ前日の雪が残っていたが、吉祥寺まで行った。DELL社の最上級パソコンの実物を見に行くためだ。
 その帰りの電車である。最前部、つまりホームの先の改札からずっと離れたところ、そこで待っていた。電車は、かなり遅れている。駅のアナウンスでは、到着をしたらすぐに発車をすると言っていた。運転手が最先端から渋谷方の端まで戻るにも、かなりの時間がかかるのに、そんなことはムリじゃないかと私は思っていた。しかし、到着した電車で何と車掌をやっていた人が、運転をして直ちに発車をした。両方ができる人であろう。
 そして、2つ目の三鷹台のところで、電車の中を通って、後ろから運転手がやってきた。全車両が貫通式であるから、通り抜けてくることができる。むろん、後部には別の車掌がいるはずである。その運転手は運転室に入って久我山から、運転を代わった。
 いっぽう、車掌であって運転手であった人は、久我山で降りて、下りの電車で、また吉祥寺に向かって行こうとしてる。つまり、電車の後端から前端まで、運転手が移る間の助っ人のような役目の運転手兼車掌もいるということらしい。

 まったく話は別であるが、台風のときに幡ヶ谷の手前で木が倒れ、電車が20分ほど止まったときがある。私は、やはり最前部にいた。運転手と車掌は、素晴らしいコンビで、インターフォンで連絡を取り合っていた。
 車掌からは、その工事の現場が見えないはずである。しかし、車内アナウンスは的確で、見事であった。運転手が逐一を車掌に説明しているからだろう。そして、工事が終了して発車をするときに、運転手が車掌に言った言葉。何とも親しみがあって、私はびっくりした。
 「じゃ〜、行くよ!」


○2006年1月24日(火) ノートンの入れ替え


 先日、ノートンの「Internet Security」の期間が切れちゃって、新しいのを入れた。
 どなたかのホームページを拝見したら、「日記」ところにスパイウエア6件を見出したというように書いてあったので、本当にびっくりした。スパイウエアもそうであるが、常駐プログラムはOSを重くするので、私は極力入れないようにしている。とくに、無料でダウンロードできるフリーソフトなどに入っていることがあるので、細心の注意を要する。
 私は青空ライブラリにある「モーセ五書」すべてを同時に編集したりすることもある。そんなときには、少しでも軽いほうがよい。そのため、人一倍の注意をしている。全体で、膨大なファイル容量だからです。

 自分自身の身体に少々の贅肉が付くのは見過ごしているんだが、パソコンのことになるとシビアである。ここのところ、インプット作業がかなりあったんで、先輩に「ちょっと、太ったなぁ」と言われてしまった。太って不要な肉が付くと、てきめんに身体の調子が悪い。パソコンも不要なソフトが入ると、何かと面倒なことが起こる。ハングアップなども悪い結果の一つであろう。いつまでもスリムで若々しくありたいものだ。


○2006年1月23日(月) 聖書の研究?


 安心立命というんだが、なかなかわからない。そこで、何となく始めたのが、仏教とキリスト教の勉強。なぜならば、古くから心の支えとなっているようだから。いまは、キリスト教をやっている。
 敬虔なカトリック信者である姉が心配をして、「いったいお前は、聖書の何を研究しているのか?」と言った。場合によっては、私を改心させて、救ってくれるつもりらしい。そこで、私は「

     ○なぜキリスト教なのか?
     ○神さまと創世記
     ○妬(ねた)む神と愛の神=旧約の神さまと新約の神さま
     ○神と人間と悪魔
     ●近親相姦の構図
     ●オナニーという言葉
     ○割礼の意味
     ○キリスト教の歴史
     ○イエスという人
     ○エゴーエイミー
     ○聖書の言葉
     ○ヒレルの言葉
     ●聖書の暗号
     ○キリスト教の愛
     ○イエスはいつも私のよろこび=『こころと口と行いといのち』
     ○作られた聖人?
     ○イエスの弟子たち
     ○イエスと民衆たち
     ○キリスト教と仏教
     ○キリスト教やユダヤと日本
     ●聖書の医者
     ○死海文書とグノーシス文書
     ●太宰治とキリスト教
     ○教典の大きさ

などに疑問があったので、自分なりにまとめています」と答えた。
 そして、「『私のキリスト教』にまとめているんです。と言ったら、「どの場所か?」というので、「『RKOホームページへようこそ!』にあります」と答えた。
 おそらく、また「お前は、興味本位だ」と言って説教をされるかもしれない。


○2006年1月22日(日) 私のお経に関する文学的なる考察?


 ここのところ、老化予防の一環として、教典の勉強をしている。実に素晴らしい資料で、今まであまり関心を払わなかったが、そんなことも大いに反省をした。だから、いろいろなことをする。パソコンに『法華経』を読誦(どくじゅ)させてみた。校正をするのが、2つの文書を見ながら目ですると、疲れちゃうからです。

 如是我聞(○にょぜがもん)。一時仏住(×いちじぼとけじゅ)。王舎城(○おうしゃじょう)。耆闍崛山中(×ぎくくつやまなか)。与大比丘衆(○よだいびくしゅう)。万二千人倶(○まんにせんにんく)。皆是阿羅漢(×みなぜあらかん)。諸漏已尽(○しょろういじん)。無復煩悩(○むふくぼんのう)。逮得己利(×たいとくおのれり)。尽諸有結(○じんしょゆうけつ)。心得自在(×こころえじざい)。

 「青空ライブラリ」にある『法華経』の冒頭であるが、○の部分は何とか通用するでしょう。しかし×の部分である。ちょっと本来の読みとは違っている。むろん、正しく読むように読みを登録すればよいのではあるが、面倒なので私はしない。全巻、そのような読みで我慢してしまう。細かい努力をするよりも、我慢をするほうが楽であるからです。
 古典文学や聖書など、そして自分自身で作ったホームページの文章は、まず98パーセントくらいまでは正しく読んでくれるから。これはこれでもよいと考えたのです。


○2006年1月21日(土) 1日1便。16小?


 ここのところ、私は1日に1便のメール、つまり毎日1通ずつメールを出さなければならない。また、1日に16小節の作曲をしないといけないことになっちゃった。
 「口は災いのもと」とか「病は口より入りて、災いは口から出る」などとは、よく言ったものだ。私の生来のおっちょこちょいから、始まったことで、ここで今さらグチっても仕方がない。先輩の言うには「お前のメールがなくなったら、よいよいにでもなったか、死んでしまったと思う」などと圧力をかける。そして、「作曲も、やはりお前はできないんじゃないかな?」などと言う。
 そんなわけで、私が元気であり、パソコンが故障しない限りは、当分の間は「1日1便。16小」が続きます。最近になって、目が疲れたり、足腰が弱くなったような心細い気もするんですが、……

 いっぽう、身体について言えば、1日に1便(べん)の「大」が必ずあって、とても快調です。しかし、オシッコのほうは1日に16回ほどあり、ちょっと多いのですが、いたって健康です。
 前立腺肥大になっちゃっているかとも思って、オシッコは必ずカップの中に採ってします。1回について100ccを切ると、問題でしょう。私は、まだまだ大丈夫なのですが、…… 新陳代謝がよくて、オシッコの回数が多くても健康な理由については、次の「1の日」つまり31日(火曜日)にでもメールをしましょう。
 むろんときどき、タンパクの検査と糖尿の検査も試験紙でしています。皆さんも、そうするとよいですよ。簡単な自己チェックですから。測定法の詳細は、「健康のページ」にあったと思います。


○2006年1月20日(金) 地図三昧


 ここのところ、私は地図三昧(ちずざんまい)なのである。
 数年前は、1日に20〜30キロメートルくらい歩いたのだが、最近になってやめてしまった。「高齢になってから歩きすぎると膝の軟骨が減ってしまって、歩けなくなってしまう」などと、注意をしてくれた親切な知人がいたからだ。それこそ「転ばぬ先の杖」以上の用心が、人生には必要なのでしょう。
 そんなわけで、地図を見る楽しみが増えた。飽きっぽい私ではあるが、2時間くらい見ているときもある。妻が驚いて、いったい何をしているかと見に来ることがある。株や、女性とのメールでも始めたんじゃないかと思うのかもしれない。何気なく後ろに来て、画面をチラッと見るようだ。そこには、航空写真の鳥瞰図があるので安心をするらしい。
 「ナスカの地上絵」などを見るよりも、多摩の地形を見てると飽きない。多摩の横山と言われていた場所が、切れ切れになってはいるが、緑色の区域で残っていて、一目でわかる。

 今のところ、私が地図を見る方法は、下記の3つ。

(1) ゴーグルの地図
(2) ヤフーの地図
(3) FMVに入っていた地図

 パノラマを見るには(1)と(2)。しかし、一長一短。ヤフーのは、航空写真が新しく美しいが表示範囲が狭い。640×480画面いっぱいで、左端にかなりの項目を常設してしまう。いっぽう、ゴーグルは1280×1024画面全体をカバーしている。しかし、距離の測定などは、今のところ(3)しかできないようだ。
 あなたも、地図を見る楽しみを発見してください。


○2006年1月19日(木) HP用のヴィオラ曲を作ってください!


 皆さん、お元気ですか?
 昨年の12月19日(月)に「誰かヴィオラを弾いてください」というテーマで、メールしました。それに関することなのです。
 その後、私の住んでいるところの数軒先に、「鈴木メソッド」というヴァイオリンやチェロを教える教室があって、話をしたら素敵な先生が弾くの(つまりヴィオラの演奏)を引き受けてくれました。しかし、お恥ずかしい次第で、まだ曲ができていない。だから、楽譜もないんです。

 そこで、今度は皆さんに次のお願い。つまり、誰か、「ヴィオラの曲を作ってください」というんです。HPのBGMに使いたいのです。本当は、自分でやって自分で弾けばいいんだが、年をとって無理なので、頼んじゃうほうが速そうなんだ。バッハ「無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ」のような感じの曲です。
 もっとやさしくてもよいのですけれど、下記の曲を参考にしていただいてもかまいません。
 「青空ライブラリ」の最後にある「ピアノ小曲集」中の『主旋律のない練習曲』というのです。それを弦楽器固有のギャラント・スタイルにしていただきたいと考えているからです。

 なお、それぞれの小節のテーマは「四季の風」となっていて、「風は南に吹き、また転じて北に向かい、めぐりめぐって再びもとのところに帰る。(『伝道の書』 第1章6)」のイメージで、

(1) 春のうららかな日の風
(2) 夏の執拗に吹く風
(3) 秋の木の葉を散らす風
(4) 小春日和(こはるびより)に暖かくそよぐ風
(5) 冬の粉雪(こゆき)を舞わす風
(6) 積もった雪に吹き当たる風

のようにしたいんですが、…… よろしく。


○2006年1月17日(火) 多摩の横山、どこの山、連山なのか、丘なのか?


 万葉集に「多摩の横山」の短歌がある。それは、巻二十 4417の

 <阿加胡麻乎 夜麻努尓波賀志 刀里加尓弖 多麻能余許夜麻加志由加也良牟>

というので、そのまま読むと

 「あかごまを やまぬにはかし とりかにて たまのよこやま かしゆかやらむ」

 そして、漢字に置き換えると

 <赤駒を山野に放し 捕り不得手て 多摩の横山 歩ゆか遺らむ>

となる。

 しかし、実際にはどこのことを言うのか、今調べているところです。聖蹟桜ヶ丘にある私の部屋から見える一連の山でもあるようだし、京王線のめじろ台というところにある碑のある辺りかもしれないのです。あるいは、それらが連なっているのかもしれません。誰か知っていたら、教えてください。


○2006年1月16日(月) 哲学や宗教のない健康?


 今までは、哲学や宗教などあまり勉強したことがない。また、健康や老化予防などの研究をしているときにも、そんなことはあまり考えたことがなかった。
 しかし、この度かつて読んだ手塚治虫の作品を丹念に読み直して考えを変えた。「ブラックジャック」を、テーマごとに分けた、秋田書店のシリーズ5冊ほどである。中でも「B.J生い立ち編」「不思議な病気編」の2冊は、大いに感銘を受けた。そして、医学というものの限界をブラックジャックほどの人でも、嘆いていることを知った。

 むろん、ブラックジャック(本名=黒男(くろお))が手塚治虫の創作中の人物であることは、私もわかっている。しかし、医学を学んで、医博であっても、実際の診断や手術をしていない人の思想ではないか。
 医学の大家で、実際の医療行為をしなかった作家には、貝原益軒がいる。何となく貝原益軒と手塚治虫が、私は基本的なところで、考え方が似ているように思うのだが。今後は、自分自身の健康のためにも哲学や宗教などを遅蒔きながら勉強しようと反省をした。


○2006年1月15日(日) 小説の中の自分、自分の中の小説


 小説を読んでいると、その中にいる主人公と同じ考えの自分を発見して、うれしくなるときがある。しかし、それでも細かいことで、納得できないときが多い。そこで、発見したことがある。
 自分が、納得ができるような小説を、自分で書けばいいのである。私は作家でもないし、また小説で稼ぎたいとも思っていないから、気楽でもある。だから、自分自身で納得ができればよいのである。あまり話題になる必要もないし、さらにベストセラーなど、まったく無縁で関係がない。私には、どうでもよいことだからです。

 なぜならば、自分自身が生きている証明を自分自身にできれば、それでよいからです。つまり、安心立命の一環です。でも、自分自身が読むためにホームページの『青空ライブラリ』に置いてある。だから、不特定多数の人が見ることもできて、ちょっとおっかないような気もする。実は、まだ作成途中で内容がお粗末だからです。


○2006年1月14日(土) めしい寸前? あしなえ間近?


 最初のころは、ホームページを一所懸命に作ったものだ。
 しかし、あまり見てもらえないので、とうとう諦めてダウンしてしまった。その代わり、自分自身で必要なものをインプット。
 そんなわけで、青空ライブラリというのを作成することにした。まだ、20分の1くらいしかできていないが、自分自身用とでも言えるような読みたい資料の図書館である。主に古典などではあるが、著作権の問題でちょっと心配だ。市販の図書を一冊丸ごとコピーしたのもある。むろん、原題を変えてあるが、「インターネットの入門」というのである。

 それはともかく、パソコンをやっていると、どうも身体の具合が悪くなるみたい。まず、目の問題。そして次は、足腰の問題。どうも、やってみるとライブラリは大変な作業である。皆さんは、どうであろうか?


○2006年1月13日(金) 何が安心立命か?


 いろいろと考えがあるだろうが、やはり先行きのことが心配である。したがって、安心立命の確立が、なかなかできない。九十を超えた先輩は、宗教に入ったらどうかとも言ってくれる。しかし、なかなか納得のできるような宗派はないようだ。

 そんなわけで、自分自身が安心立命できる考え方とでもいうか、独自の宗教を作っているところ。それは、私一人だけのもので、他の人には受け入れられないであろう。つまり、言ってみれば宗教は人の数だけあるのでしょう。自分で作るのが面倒な人は、既製服を買うように既存の宗派に入ったり、新興宗教に赴くのではないだろうか。
 実際に死んだ先のことまで心配をすると、納得ができないことが多いようだ。


○2006年1月12日(木) いま切実に欲しいんだが、手に入らないよん(^_^;)


 切実に欲しくても、私には無理。そこで、他の方法を模索してる。現実に欲しいのは、次の三つだが、……。

(1) ノアの箱船
 核シェルターでは、移動ができないという欠点がある。そこで、あまり大きくなくてよいから、ジェット機があればいいんだがなぁ。

(2) 逆時機
 タイムマシンみたいなもので、旧約聖書の書き始められたころ、書いた人たち(神さまと言われる)がもっていたはずのシステム。

(3) 大小機
 孫悟空の如意棒ではないが、棒じゃなくて自分自身がスイフトの作品のようになって、モアイの像やナスカ絵など簡単に作っちゃう。


○2006年1月11日(水) 自分自身の健康と『養生訓』


 ようやく『養生訓』のインプットが終了した。やってみると何とも大変な作業であった。見出しを付けたり、全体のフォーマットなども、わかりやすく調えてみた。
 校正のために、2回ほど読み直したのであるが、今まで気付かなかったような情報が含まれているので驚いた。江戸時代の記述であるが、斬新な内容も多いみたいだ。とくに、還暦を過ぎた人には、かなり大きな指針になると思う。変な先入観、例えば、「酒は、ほろ酔いでやめる」とか「セックスは、接して漏らさず」などと考えてはダメだ。

 私には非常に有意義なことが書かれているので、今後は現代語訳を作ろうと考えているのだが、……。
 皆さんもいかが?


○2006年1月10日(火) メールの文章とホームページの壁紙


 メールは何となく読みにくい。
 テキスト形式でインプットすると、行間が詰まってしまい、長い文章だと目が疲れちゃう。そこで、私は3行単位の変なインプットをしている。あまり長くならないように、ある程度いくと改行をする。つまり、原稿用紙に書く方式でなく、半紙に書くやり方である。
 もっとも、控えというか普通の文章にしたものは、下記の「日々のお便り」というところに残しておいて、後になって参考にするときに用いるんです。ホームページ上にもってきても見にくくてしかたがなかったので、罫線の方式で目が疲れない壁紙を5種類ほど自作しました。ご覧になりよろしかったらお使い下さい。

 見本デザインは、『青空の入門・創作ページへようこそ!』にある

   HP(ホームページ)作り方入門 → ホームページビルダー → ○文字が読みやすい背景の壁紙

に、色違いの5種類がにあります。
 なお、すべて私のディメンション8400のディスプレイの色に合わせてありますので、他のディスプレイでは薄くなったり、濃くなる場合があるかもしれません。そんなときは、簡単に修正できます。
 皆さんは、壁紙をどうしていますか?


○2006年1月9日(月) 「タンゴ・碧空・ゲッツイ」をご存知ですか?


 かなり以前に流行った曲で、碧空(へきくう)を「あおぞら」と読ませた素敵なタンゴがありました。確か、ゲッツイといった楽団か、その指揮者だったかの名前を覚えています。その音楽を「青空ライブラリ」のバックグラウンドミュージックにしたいと考えました。
 まだ、私が学生のころの曲ですから、すでに50年以上も前のことでしょうか。歯切れのよい明るい、それこそ碧空をイメージするピッタリの曲です。アルゼンチンタンゴではなく、ヨーロピアンかアメリカ製ですので、とてもモダンで癖のない旋律でした。

 演奏者の著作権はわかりませんが、作曲者の権利は消滅をしていると思われます。したがって、MIDIで鳴らしてみようとも考えているのですが、……。
 どなたか、楽譜をもっていないでしょうか。また、音楽そのものでしたら、採譜をしなければなりません。とにかく 小さなバンド編成で、BGMに加工をしたいと考えています。
 そんなわけで、よろしく願います。


○2006年1月8日(日) 青空ライブラリからのお願い


 「青空ライブラリ」を始めました。
 すでに、34の文書を収めようとしていますが、今年いっぱいで300冊くらいにしたいと思っています。
 現在は「養生訓」の校正をしていますが、やってみるとなかなか大変な作業です。そんなわけで、ボランティアで作業を分担下さる人がいないもんかなぁと考えています。つまり、私の余生では、ちょっと手に余る分量の作業だからです。
 また、皆さま自身の作品や研究発表なども、日本の文化に残していきたいと考えています。
 そんなわけで、よろしく。

 現状は、下記のとおりです。
 無料で古典や宗教書、そして短編小説や入門書などが読める!
 青空ライブラリ

 古事記  現代語訳で全巻です。計画中です。
 論語(ろんご)  読み下し文の全巻があります。

 枕草子  原文で全巻です。
 方丈記  原文で全巻です。
 徒然草  原文で全巻です。

 父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)  読み下し文で全巻です。
 歎異抄(たんにしょう)  唯円が師の親鸞について記した原文で全巻です。
 御書要文  立正大師(日蓮)の御書要文が全巻読めます。
 手抄き御書  いくつかのご文章を抜粋したものです。
 法華経(ほけきょう)  くまらじゅう訳の漢訳法華経が全巻あります。

 旧約聖書  モーセ五書
   「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」が全文であります。
   「ヨブ記」「ルツ記」などは、計画中です。
 新約聖書  ルカの文書
   「ルカによる福音書」「使徒行伝」が全文であります。
   パウロの書簡のいくつかについて、現在計画中です。
 Q資料 Qの福音書 先生の言葉  キリスト教の新約聖書ができる前の原始福音書です。
   「ルカの福音書」などの原典になったと思われる仮想資料です。

 コメニウスの百科事典から人間について  有名な古典的な百科事典の人間についての記述です。
 パンセ(瞑想録)  著作権(パスカルではなく翻訳をした人)の関係で、知人にフランス語からの直訳を依頼中。

 漢文入門  チンプンカンプンな漢文の入門です。
 千字文  千字文を作成するときのガイドになるでしょう。
 翁草抜粋  神沢杜口の著述の抜粋です。
 養生訓  原文で全巻です。現在校訂中、しばらくお待ち下さい。
 菜根譚  原文で全巻です。計画中です。
 言志四録  読み下し文で全巻です。計画中です。

 雨にも負けず  宮沢賢治の有名な詩です。
   原文を損なわないように注意をして、読みやすい形に変えてあります。
 十七条の憲法  聖徳太子の有名なお文章です。
   「和を以て貴し」などと言われるときのルーツなのではないでしょうか。
 教育勅語  現在でも参考になることが多いと言われているようです。
   そのような背景で、わかりやすい現代語に訳してみました。

 以下は長くなるので省略。詳細は下記の「青空ライブラリ」をどうぞ。


○2006年1月7日(土) 戦車道路一人歩き


 聖蹟桜ヶ丘から、町田市との境にある総合福祉センターまで、デラックスバスで美人のガイド付き、そして乗客は私一人、多いときでもせいぜい5人くらい、とても快適な20分である。むろん、無料である。そんなわけで、いつも利用をしている。
 唐木田のセンターによってお茶を飲み、それから出かける。まず、尾根幹線を西へ、南多摩都市霊園のところまで歩く。歩道を歩くのであるが、不思議なことに一人も歩いていない。神奈中のバス車庫と明日見ライフのところから、戦車道路に上がる。かつて、陸軍の戦車の走行試験をした道路である。

 そこをテクテクと、多摩美大まで歩く。その道路も、歩いているのは私だけ。何とも不思議なことである。ランニングをしている人がときどきいることもあるが、ほとんど私だけのことが多い。そんなわけで、平日の11時前後は唐木田から多摩美大まで、せいぜい5人くらいしか出会わない。距離にして、7キロメートルほどあるのだが。

 多摩美大では、守衛所・受付で秦教授を呼び出す。帰りのバスに教職員として乗るためである。たいがいは授業に出ていていない。そこで、守衛所の横から出ている20分ごとに発車するスクールバスで八王子まで出る。むろん無料である。そして、そこからは京王線の特急最前部に乗って桜ヶ丘駅まで帰る。いつも、歩道ではタイムスリップをしたような楽しさがある。


○2006年1月5日(木) 注文の多い利用利点


 最初、ホームページに関する「注文の多い」ことから、その「利用」もかなりあるものと考え、「健康」や「老化予防」について、いろいろと調べた。そして、ちょっとした注意や工夫で実現できることがらを発見した。さらに、それを発表することで、地域や社会の健康に役立つのではないかと考えた。
 しかし、結果的には思ったほどの訪問者がなかったので、すでにやめてしまった。「健康」に関する広報や発表などである。なぜ、それがわかるかというとアクセスカウンタの数字が増えないからである。アクセス解析などは面倒なので付けてない。いずれにしても、あまり見られていないホームページであることは事実である。
 そんなわけで、手持ちの資料が1万件くらいあるが、そのまま何もしないで、トレイに入れたままである。面倒なので、すでにアップデートを止めてしまったからだ。

 しかし、一方ではホームページに大きなメリットがあることに気付いた。その「利点」は、自分自身が使う覚えやメモにもってこいということが、やってみてよくわかった。それは、私にとって大発見でもあった。
 今まで、私は技師として仕事をしていたので、文学や哲学など、さらには宗教に弱い。そこで、自分自身の「文学」・「宗教」の勉強帳にしてしまって、自分自身で見ればいいじゃないのか。つまり、自分が作って自分が見ればよいのである。そのことは、ちょっと自分で料理を作り、それを自分が食べるのと似ている。自分の気に入る味付けをすればよいからである。


○2006年1月4日(水) ヤフーやゴーグルなどの検索?


 皆さんは何でネット=サーフィンをしますか? 私はいちばん使いやすい「Google」を愛用しています。いちおう、その性能に満足はしていますが、不都合な問題もかなりあります。
 例えば、「父母恩重経」を読みたいとします。そこで、窓に「父母恩重経」「原文」「全巻」と、並べてインプットします。その場合、カギ括弧は不要ですが、1文字分のスペースを間に置きます。すると、次々と多くの該当するホームページが出てきます。しかし、私が昨年の末に調べたら一つもありませんでした。そこで、仕方なく「父母恩重経」の全巻を一文字ずつインプットしたのです。

 ずらずら〜っと、たくさん出てきたホームページを調べてわかったことです。
 「父母恩重経の全巻を原文で読みました」とか「この週末、原文で父母恩重経を読もうと思う。般若心経は、全巻もう暗記しているのですが、……」
のようにホームページやブログに1行しかない記述のもの、そしてタイトルなども拾ってしまうからです。むろん、そこを見ても全文はありませんし、参考にもなりませんでした。
 そんなことが、わかりました。皆さんは、どうしていますか。


○2006年1月3日(火) 危ない場所?


 私は超高層マンションの12階に住んでいる。公団の賃貸住宅であるが、設備が整っているので有難い。建ってから7年近くになるが、事故もなかったし、まだ棟内に泥棒や強盗が入っていないのも何とも幸いである。定期的にガードマンが回ったり、入り口がロック式になっているからだろう。むろん、日中には受付もいる。
 しかし、先輩が言った。「お前のところは、危ないんじゃないか?」 どうも、地震のことを心配してくれているらしい。入るときに検討をして、揺れるときは腹になる位置を決めたはずではあるが、…… つまり、ちょうど全体の半分くらいな位置で、横揺れする大きさが、小さいはずと考えたからだ。

 先輩が言うには、ちょっとやそっとの地震ではないから、何階でもダメだという。私は、参ってしまった。
 少しでも「安心立命をしたい」と思って決めた筈の住まいだったんだが、どうも甘かったみたい。本当は田舎に行って、核シェルターなどを作れば、最初のうちだけは助かるんであろうが、貧乏のためムリ。先輩に言われてみると、何となくバカなことをしている自分自身に気付いた。


○2006年1月2日(月) 老化予防策?


 いま、老化予防の方法を研究しています。
 しかし、なかなかよい方法が見つかりません。体力がなくなっていくのは、仕方がないことと思うものの、記憶力が弱くなるのは大いに困ります。度忘れや記憶全体の欠落が何となく生じているみたいで、心配です。
 おそらく記憶の仕組みは、脳細胞に血液を蓄えておくような方法ではないのでしょうか。脳については、未だにわからないことが多くあるようです。人体でミトコンドリアや白血球のような、あるいは何となく大腸菌などのような異質系で個体様の感じがしないでもありません。
 脳細胞が失われても、それは入れ物の部分ですので、当然ながら再生をするでしょうし、そして人によって個人差があると思います。そこで、具体的に何をどうすればよいかが問題になります。
 どなたか、具体的な方法をご存知でしたら教えてください。


○2006年1月1日(日) 健康いろは?


あ  朝起きると、まず深呼吸!
い  いつも元気!
う  牛のように のんびり食べる
え  絵に描いた餅(もち)ではダメな健康法
お  おっかない肝臓ガン

か  限りある人生、気持は豊か!
き  気にすると、ますます悪くなるみたい?
く  苦しいときには、ちょっと断食
け  健康は日々の問題
こ  コレステロールを気にしない!

さ  砂糖の取りすぎ、気をつけよう!
し  死んでもすべて終わらない(らしいよ?)
す  済(す)んだこと、くよくよしない、気にしない
せ  性格は少しずつでも直したい!
そ  損(そん)なようでも健康食品

た  担架(たんか)で担(かつ)がれる ことのないように!
ち  血は身体(からだ)の活動源
つ  つい外食で栄養が偏(かたよ)る
て  店屋物(てんやもん)、カロリー取りすぎ注意する
と  鶏肉(とりにく)は太らないはず

な  ないものはない台所?
に  煮て食べるより、なるべく生で
ぬ  盗人(ぬすっと)の気持でサプリメント
ね  寝しなに熱燗(あつかん)
の  飲み食いは細心の注意で!

は  歯には歯間ブラシも
ひ  暇(ひま)なとき自分の持ち物 整理する
ふ  布団(ふとん)の上げ下げ自分でする
へ  屁が出るときは、水を飲む
ほ  ほとんど野菜食

ま  俎(=まな板)は日光消毒
み  耳の中、ときどき綿棒で清潔に!
む  ムリは身体(からだ)を損(そこ)なう
め  目の疲れ、身体(からだ)に影響するらしい?
も  もしかして倒れたときの準備する!

や  休み休みに本を読む
ゆ  湯の温度、温(ぬる)めのほうが よいみたい?
よ  よいよいにならぬ注意を常にする

ら  辣韮(らっきょう)は自分で漬(つ)ける
り  利口なようでもバカな脳
る  るんるん気持の健康サウナ
れ  レム睡眠、うまく合わせて体力回復
ろ  論より実践

わ  若くて死んだ美食家
(ゐ)  いつも空気は清浄に!
(ゑ)  海老(えび)・蟹(かに)・海胆(うに)・蛸(たこ) あまり食べない
(を)  お尻にはウオッシュレット
(ん)  うんと食べ、うんと睡(ねむ)って日々元気!

 詳細は、『RKOホームページへようこそ!』の「健康のページ」にあります。


Kuroda Kouta (2006.01.01/2007.09.10)