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 配信メモ(3) 2005年01月から2005年04月分


○なせばなる? (2005.04.29)
○政治と宗教  (2005.04.27)
○捕らぬ狸の?  (2005.04.25)
○レオタードでラインダンス!  (2005.04.22)
○BGM作曲法?  (2005.04.20)
○転生人後 (2005.04.18)
○井の頭公園花見>歩く>仙川サウナ  (2005.04.15)
○†グガー†考  (2005.04.13)
○たまたま多摩  (2005.04.11)
○14歳  (2005.04.08)
○いよいよナウサ  (2005.04.06)
○モーツァルトと武者小路実篤の友情 (2005.04.04)
○新年度 (2005.04.01)
○『ユダの福音書』  (2005.03.30)
○FFFTP (2005.03.28)
○何となく爬虫類の勉強? (2005.03.25)
○何となく無関心・無気力・無感動 (2005.03.23)
○何となく道真と西行  (2005.03.21)
○別れられない理由? (2005.03.18)
○老人? (2005.03.16)
○スパイダーソリティアとハノイの塔 (2005.03.14)
○親子の電話 (2005.03.11)
○戦争映画・『私は貝になりたい』と『かくも長き不在』 (2005.03.09)
○どらくろのらくらぱくりぱくらる (2005.03.07)
○二号さん?  (2005.03.04)
○三年目の浮気? (2005.03.02)
○お元気ですか? (2005.02.28)
○多摩の横山=多摩のゴルフ場 (2005.02.25)
○すっぱい葡萄? (2005.02.23)
○Norton の LiveUpdate?  (2005.02.21)
○確定申告はお済み? (2005.02.18)
○傳子 (2005.02.16)
○一駅(ひとえき)の楽しみ (2005.02.14)
○二年目?  (2005.02.11)
○簡単な買い物? (2005.02.09)
○パソコン買いそびれ? (2005.02.07)
○コリオレーナス (2005.02.04)
○ヒポクラテス (2005.02.02)
○システムに似たプログ? (2005.01.31)
○地獄は一定すみか  (2005.01.28)
○画像処理について(続き) (2005.01.26)
○画像処理について (2005.01.24)
○メパチクチパク (2005.01.21)
○老化現象の言葉? (2005.01.19)
○驚きのタブレット! (2005.01.17)
○ヵヮィィ子 (2005.01.14)
○ホームページの動向? (2005.01.12)
○不思議な現象! (2005.01.10)
○二号さん? (2005.01.07)
○音の書展 (2005.01.05)
○初詣 (2005.01.03)


○なせばなる?


 どこのサイトだったっけ。
 もしかしたら、招待をしていただいたユダさんのいる「来てね」だったかもしれない。
 そこに、誰かが「必死にすれば、何でもできるもんだ」という意味合いのことを書いておられた。

 私もそう思う。そして、道元のことを「えじょう」が記した『正法眼蔵随聞記』の言葉を思い出す。それは、

   <切に思ふこと、必ず遂ぐるなり>

というものすごい言葉。
 しかし、そのくだりは岩波の版にはない。それが入っている版と、そうでない版があるのだ。
 したがって、もしかしたら「えじょう」が書いたのでなく、筆写をした人が付け加えたものかもしれないと、私は思う。
 それはともかく、自己暗示をかけることも、ときには必要。

   <なせばなるなさねばならぬなにごともならぬは人のなさぬなりけり>

という和歌調の諺(ことわざ)もある。
 上杉鷹山の作という人もいるが、もしかしたら熊沢蕃山だったかもしれない。
 すべてが精神的なことだけでは、物事が解決するとは限らないだろう。
 しかし、物質だけでもダメだ。「健康」に関しては、とくに……。

 翌檜(あすなろ)ではなく、「今この一瞬になろう」と考えるほうがよいということがわかった。
 道元並みの考え方が、ぼつぼつできるようになるかもしれない。(2005.04.29)


○政治と宗教


 「政治」と「宗教」には疎いので、あまり言わないことにしている。しかし、つい聞かれたときにはつられて話してしまう。そして、後になって大いに後悔をするのである。「後悔先に立たず」ということは、中学生のころから知っているのですが、いったいなぜそうなるのでしょうか?
 また、中国の『四倉提要』「儒家類」にあると言い、一節には『傳子(ふし)』ともいう「病は口より入(い)りて、災いは口から出(いず)る」という有名な言葉を忘れるわけがない。それは、健康のグループで耳に胼胝(たこ)ができるほど、互いに言っているからだ。

 従軍慰安婦が、30万人いたという人もいます。しかし、そうじゃなくていちばん多い時期に3万人だったともいう。そして、彼らが非常に惨めであったという人もいるし、反対に彼らは女性のアクメやエクスタシーをその体験で初めて知って至福だったとさえ言う人もいるらしい。
 そんなことを何時間も、とうとうと議論をする。中には、多いときには3000万人もいたという人や反対に30人しかいなかったと言った人まで出る始末。そして、そもそもそんなシステムはなかったなどとも言い出す。それは、「那智の収容所」などについても、問題になったことだ。

 ここでまた話が変わるが、そう言えば戦後のパンパンガールは何だったのであろうか。
 まだ、小学生のころであったから、実物を見ることは見たが、よくわからなかった。何となく敗軍慰安婦のように、子供心に思ったもんだ。GHQ御用達ではないかとも、信じたりしたんだ。

 【菊池寛が引用している『独軍がもたらしたもの』というサンプルを学んで仕上げたもので、パンパンとその背景、そのもたらしたものの一例について、私が実際に知っていることをフィクション風に記録したものが、青空ライブラリの「自己福音書」にある『カンムリバト』】
 まったく、何が何だかわからない。歴史学者ならともかく、私にとっては今さら数はどちらでもよく、もっと基本的なことを考える必要があるようだ。古くはカサノバの『回想録』などを読むと、当時の戦場には、上級将校が奥方でない女性を連れていくことが多かったみたい。
 あまり政治的な議論には自信がない。そこで黙っていればいいんだが、言われるとついやっちゃうのが、幼いころからの悪い癖。もしかしたら、自分自身の中に「天の邪鬼」という別なものが住んでいるのかもしれない。不思議なことだが、実に我ながら困ってもいることである。

 【中学生のころの原稿ですが、ポーの短編『ウィリアム・ウィルソン』や『告げ口心臓』を読んで、そこにあるムードだけ(イントロや難しい記述を何としてでもいっさい避けて、やさしい表現だけで単刀直入に)何とか出してみようと思った。意味の薄い面倒くさいことが嫌いだからだ。
 そこで、天の邪鬼の存在とその結果例として、実際にした疑似体験、つまり「実仮想空間」の中で綴ったものが、幼稚ではあるが青空ライブラリの「自己福音書」にある『セレナーデ』】

 政治ばかりではない。宗教についてもよくやってしまう。
 どうも、生来おっちょこちょいなのかもしれない。
 まったく、我ながらやになっちゃうんだ。

 前に十二使徒の一人が女性だったと言ったら、クリシチャンの人に怒られた。聖書には、そう書いてないという。しかし、私はレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』の復元図を詳細に調べて、かねがね不思議に思ったことと、ふとした大発見をついでに喋ってしまったのだ。
 ヴァチカンで2000年もの間に書き直された文献よりも、もっと自分なりに納得ができる現実が知りたかっただけである。その私の発見当時、報道などで問題になった新興宗教の教祖の周りにいた女性グループを考えれば、原始宗教ではおそらく、さもありなんと考えたからである。

 そして、ダ・ヴィンチの絵のイエスにしなだれかかっている女性はおそらく「マリハム」だろうと私は想像した。それを聖書では、後に「マグダラのマリア」などと言い換え、出てくるところまで変えてしまったようだ。そして、その意見を言ったために、私は異端者扱いになってしまったのである。

 太宰治の『駆け込み訴え』や映画『ジーザークライスト・スーパースター』などに感心して、自分なりに福音書を復元しようとしたことも、正直言って事実。また、実際にやってもみた。
 なお、私は太宰が好きでも、映画がとくに好きというわけでもない。とくに尊敬する作家もいないし、すばらしい映画と言ったらフランス映画「かくも長き不在」くらいでしょう。また、スエーデン映画「短くも美しく燃え」というのも、時間が余ったときに何となく見てちょっと好きです。

 つまり、「本」もとくに多くは読んでいないし、「映画」はほとんど見ない。だから、自分の知っている非常に限られた狭い範囲の母集団でのことしか言えない。博学の人から見れば、ずいぶんと偏っていて不思議に思われるだろうが、こちらの事情はそれが事実だから仕方がない。
 ついでながら、筑摩書房の「太宰治全集」を学生時代にすべて読んだことがある。それについても、ここに記しておきましょう。文自体を「技巧に走った薄べったいもの」とは思わなかったが、あまり上手ではないが、ともかくわかりやすい素敵な文だと感心をしたことを覚えている。

 【とくに女性の立場で書かれた『斜陽』などは、なかなかよくできているように思った。芹沢光治良の『愛と死の書』などの作品とともに感激をして、『土佐日記』ではないが、真似をしてみようと思って青空ライブラリの『回想創造法』を作ってみた。】

 太宰の、『吾妻鏡』と対応させながら進めていく『右大臣実朝』というのが、今でも強く印象に残っています。非常に高度な書き方で、インパクトが強かったからでしょう。そして、そんな書き方も何とか自分なりに勉強をして、実際に何か作品でやってみたいとさえ思ったことも事実です。

   <吹く風は涼しくもあるかおのづから山の蝉鳴きて秋は来にけり>

を今でも記憶している。そして、その中に自分が入ってしまい、よく佐助から化粧坂(けわいざか)をとおって葛原山(今の源氏山)へ登り、海の白波を眺めたものだ。
 <割れて砕けて裂けて散るかも>というほどではなく、穏やかな材木座の海岸と小坪の磯を見たものだ。つい先日も長谷観音の境内からやってみたが、若いころの感激がまだ残っていた。ただし、由比ヶ浜、材木座の海は昔のままだが、小坪の磯には厨子マリーナが建ってしまった。

 そのときに、なぜか何となく実朝の気持ちがわかってくるような気がした。将軍職を和歌に逃避せざるをえない心の葛藤。もしかしたら、乃木希典や森林太郎も、そんな気持ちが心のどこかに少しあったかもしれないとまで、いつも思いがつい馳せていったのを今でも鮮やかに覚えている。

 すでに老いてきて鈍くなったせいでしょうか、私はとくに最近になって何を読んでも感動することが少なくなった。また、あまり書物を読まなくなりました。眼が悪くなって、面倒であるからだ。すぐに眼が疲れてしまい、いやになってやめる。実は、パソコンでもまったく同じ状態なのです。
 それでも最近の大型の読書を言えといえば、先週読み終えた『14歳』13巻なのです。しかし、原文の内容自体を自分なりに勝手に解釈し、それに大いに感激をすることで、大満足なのです。そんな意味で、久々に読んで大いに勉強になった内容です。皆さんは、読みましたか?

 図書の批判は、さまざまです。日本の代表的古典ともいわれている『徒然草』もそうです。確かに「中学生のテキストくらいしかない内容」で、それを優れた日本の古典と言ったら、恥ずかしい作品なのかもしれません。そう言ってしまえば、芥川龍之介『侏儒の言葉』のとおりなのです。
 私も、熟読をして何となく、芥川の言うことがわかるようになってきました。しかし、文章がうまいとか、そうでないとか言うまえに、その書かれていることが自分自身にとって共感ができるかどうかということを私は大きな問題としています。だから、ふつうの人の読み方とは異なっています。

 内容が中途半端でもよいし、途中でぶっきれていても、それなりにいいんです。『邪宗門』のような小説は、むしろ余韻があって自分自身が大きくその世界に入っていけますので、私にとっては素晴らしい結末なのです。おそらく芥川龍之介の試みを効果的に受け止めたのでしょう。

 ある意味では、西尾さんや安良岡さんよりも、別な正しい解釈を自分がしているように『徒然草』について思うことがあります。誰も言わない最終段(第二百四十三段)「八つになりし年、……)などの考え方と解釈などは、気付かないのか、世間を恐れて誰も言わないのでしょう。
 30年ほど前に安良岡さんがやったNHK古典朗読のときのことです。13回続きの連続放送であったが、100段近い抽出の中に最終段はありませんでした。しかし、そうかと言って最終段に関するコメントもなく、立場上からでしょうか、とくに言うのを避けているとしか思えないのです。

 そんな細かいことよりも、その作品全体から得られるものは、私の人生を非常に豊かにしてくれます。そんなんでいいんじゃないでしょうか。もっとも若くて、美しくて、素敵な女性には、「その文章も、当然のことながら素敵でないといけない」のかもしれませんが、……
 とくに、これから文筆業を始めようとする場合には、……。 しかし私のように、これから死ぬだけが大きなテーマとして残されたものが、そういう未来のある人に何かをいうこと自体が失礼で、間違っているのかもしれませんね。でもつい、やっちゃって、ロキさん、ごめんささい。
 いつもロキさんに何かと教えていただくのに、ここでも天の邪鬼を出してしまって、申し訳ありません。何となく、ロキさんのように若々しく、溌剌としている人がうらやましいんです。また、いつも下記にある「星の記憶」や「海の回廊」を読んで、自分なりに大いに学んでいます。

 いくら優れた文章でも、その中に自分が入れなかったら仕方ない。だから、いつまでも飽きのこない文章で、読めば読むほど自分の中に入ってくるものでないと、読んでも人生のムダ時間になるだけ。そして、たいがいの本がそんなもんでないかなぁということにも気付きました。
 したがって、原文の修正をできる本が自分にはふさわしい。前に三島由紀夫の『金閣寺』という作品の気に入らない部分を考えてみたが、紙に書き写すのだけでも面倒くさい。そこで、最初から自分で作ってしまうことにした。妻からも、不遜なことをしてはいけないと言われたので。

 また、本の上に赤いボールペンで加筆をしたいところだが、そうすると私が死んで子どもや親戚が見ると大変なことになる。また、古本屋に行って誰かに買われると、私の名前も書いてあるので恥をかくことになる。変なことをする尊大な人間がいたものだと思われてしまうからです。

 自分としては、自分自身の人生の勉強のためにしたことが、誤解をされて不満分子の腹いせのようにとられかねない。そんな意味で、「思ふ事言はぬは腹ふくれる技」(正徹本の第十九段)なのかもしれないと思って、一流作家の作品を利用した推敲や添削による学習はやめてしまった。

 できあがったものが、すでに実在する場合には、後からすることは何となく不躾で批判がましいからだ。また、批判や批評は当事者の能力の7倍まで可能らしい。したがって、誰でも総理大臣や大企業の経営者、そして学者や文学者などよりも、弁論では上にいることになる。
 つまり国の運営などは、いとも簡単なのである。また、小説なども、すいすいと書ける。しかしそれは、実際にその立場にないときである。政治家でないときは、政策は簡単にでき、小説家でないときは、大作家の文章のまずさがよくわかる。自分が当事者でないと、無責任だからだ。

 さらに、批判や評論の能力が優れている人がいる。例えば、ピアニストの演奏などについての評論であるが、それでは「あなたが手本に弾いてくれ」と言ってもムリなことは明白。なぜならば、もしもそれが現実であれば、その人がその道の専門家にすでになっているであろうから。
 政治や小説についても、自分ができないからこそ評論がしたいし、文句を付けたい。そんなことを言うのなら選挙に立候補をして、代議士になればいいと言われそうだ。そんな意味で、代議士はムリとして、文や絵、音楽などは下手であっても、自分自身のできる範囲でやってみることにした。

 毎日見ていると、どうも気になってしまうものがある。例えば、妻の顔などにも長く連れ添ってみると、いろいろな発見をする。最初は気にならなかったが、目つきがどうも悪いとか、口元がちょっと嘲笑をしているようだとか、次々と……。私には『金閣寺』の文章なども、そうであった。

 【話を戻していただき、その「マリハム」が「大庭加奈子」に憑依(いい意味での)して、書きかかった支離滅裂な手記があります。途中で投げ出して未完のままなのだが、『RIKOホームページ』その他にある「(編集中ページの) 内容閲覧」。
 ただし、そこに入るのにはパスワードが必要。そのパスワードは riko123
 このことは、数日前にすでに言ったのであるが、ここで言いたいことは次の「なお」以下のこと。

 なお、その部分(ページ)は Word で作りました。なぜならば、「ホームページビルダーでは、小説や詩などはとても作れない」ので、私はふつう Word を使っています。皆さんは、どのようにして文章を作りますか? むろん、この Outlook Express では、この程度のメモしか作れません。
 だから、いつも私は、仕上がってから最後にそれをメモ帳に貼り付け、さらにホームページビルダーに移すという面倒くさい手順でした。しかし、上記の文はまだ仕上がってないので Word のままなのです。それでも、ホームページビルダーから Word のままページとして呼んでいます。

 つまり、ホームページを作るときにホームページビルダーで作成したページとWordで作成したページを混ぜているのです。それは、どちらもHTMLになるので当然のことと考えます。しかし、そのHTMLが互いにかなり癖のあるものなので、考えられないような問題も発生するのです。

 わざわざ途中にメモ帳を使うのは、単にフィルターとして用いるためです。不思議なことに、ホームページビルダーと Word では、HTML タグ自体もかなり異なっているんです。やってみると、Wordは直接に関係のない不要なタグまで、大量生産をしてくれるようで実用にはなりません。
 そんなために、そのページでは少しばかりデザインが異なっているのがおわかりと思います。もうちょっと、ホームページビルダーがちゃんとしたものであればいいのですが、……  安いだけが取り柄の製品みたいですから、仕方がないのでしょうか。】

 もう一度、ここで改めて再々閑話休題して。
 とにかく、政治と宗教は苦手なんだ。従軍慰安婦が3000万人いたとしても、また3人だったとしても、歴史学者でない私にはどちらでもよい。宗教学者でない私には、十二使徒が実際には二百人いて、すべて女性であったとしてもかまわない。
 政治は何ともしがたいが、宗教は簡単です。どれにも入らないで、自分自身の気に入った宗教を作ればいいのですから。信教の自由をうたった国だから、今のところ問題はないでしょう。そこで、私は「システム教」というのを密かに作って信奉をしているんです。もっとも、一人だけですが……

 そんなことよりも、自分自身の「健康」や「老化予防」を日々実行し、そして「安心立命」について極めたい。そして、あなたにも「健康」であってもらい、「老化予防」をなさられて、「安心立命」を確保していただければ、まず当面はそれでよい。
 とまぁ、そんなふうに考えたら無責任であろうか?
 アナトール・フランスの「永遠の子供」ではないが、……
 いい歳をして。(2005.04.27)


○捕らぬ狸の?


 日本人一人当たり、1年間に平均して4キログラムの化学薬品、環境ホルモン、界面活性剤などを食べているという。というよりか、食べさせられているのである。また、日本中に3億人以上の病人がいるという。一人で数口をやっているので、総人口よりも多くなってしまうんだ。
 そこで私は一大発奮して、広報をする決心をした。「何とか病まない方法」を30年がかりで考え出したからである。その結果を世に公表して、少しでもお役に立ちたいと思ったんだ。そんなわけで、2年前に多摩市の健康サークルでホームページを作成するのを引き受けた次第。

 しかし、である。やってみると、誰も見向きもしない。ホームページを読んでくれないのだ。最初1年間で100万回くらいのヒット数を考えた。国民を少なく見積もって1億人とすると、誰にでも非常に大切な「生死にもかかわる問題」なので、100人に1人くらい見るだろうと考えたから。
 つまり、1年の間に100万人の人が1回くらいは訪問してくれるだろうということだ。
 しかし、アクセスカウンタが2年間でやっと20000程度であるから、1年間で1万人くらいしか見ていただけなかったことになる。まったく、当初の計画が狂ってしまったので驚いている。

 なぜならば、計画の100分の1しか達成していない。当初から勢い込んだ割りには、ムダなことをしてしまった。おそらく、私がダラダラとやっていて、多くの時間をホームページ作成にかけなかったことが原因かもしれない。また、技術が幼稚であって、魅力がなかったのであろう。
 そんなわけで、いままでの方式が根本的に間違っていたことに気付いた。つまり、今までに試験的にやった健康に関する経験などは、あまり多くの人には理解をしていただけなかったからだ。むろん、数少ないが特定の人から、励ましのメールなどをいただく。それは、有難いことではある。

 若い世代も含めて、「健康に満ちあふれた社会」にしたいと思っているのは今も事実ではある。でも、方便が間違っていた。だから、何とか見てもらえる方式を考えなければならない。そんなために、今までの方針を変更する必要が生じた。2年目を過ぎた愚痴と反省とである。
 「本来ならば、国や行政がするべきことを個人が自分の費用でもってするというのは愚かなことだ」と私に注意をしてくれる人もいることはいる。しかし、行政がしないからこそ、誰かが言うべきではないか。今のままでいくと、皆が病むどころか、国が疲弊してしまうのは明白でしょう。

 求められもしないのに、せっせと向かっていくのはムダが多い。解ってもらえないのである。ちょうど、宗教の勧誘員のようなものであって、いくら「あなたが健康になる」と言ってもダメなのである。私が声を大にして皆に、「日常生活を改め、食生活を改善しよう」と言っても、馬耳東風。
 ……どころか、「悔い改めよ、狭い門から入れ」と言っているようにさえ聞こえるので、誰も聞きたくもないらしい。実際には「食生活の反省をして、その原点に戻る必要がある」のだが、それをしたくないという気持ちが大きいのだ。つまり、全体で滅びに向かっているということなのです。

 事実は事実として、受け入れなくてはいけない。しかし、相手側のことを私が非難するほど、自信がないのである。もしも私が、立正大師(日蓮)の1万分の一くらいの信念と勇気があったら、そうはならなかっただろう。しかし、私は優柔不断でちゃらんぽらん。まったく自信がない。
 そこで、すでに少なくても問題がある人の中に入っていく。それは、とくに私を求めているのでなくてもよい。例えば、Q&Aサイトの「健康・病気・運動……」などというサイトを見てみると、結構かなりの人が病んだり、暗中模索してアドバイスを求めている。そんな事実も、わかった次第。

 あれやこれやで、3年目からは方針を変えてみよう。
3年目からというのは、この5月の連休明けである。2年前のお雛様の日に、パソコン一式を買ったのではあるが、実際に何とか動かせるようになったのは連休明けだったからです。
 問題の欠陥だらけのホームページは http://www1.ttv.ne.jp/~riko/ です。すでに、容量は1ギガバイトになり、約3分の一ほどの大きさになったことはなったのであるが……。しかし、計画をしていた連休明けの2ギガバイト増設は、当分の間、新しい方式を模索するために見合わせることにした。

 本当のことを言うと、2ギガバイトの増設ではとても足りない。そこで、音楽や朗読などは MP3ファイルに変換をするという単純な面倒くさい作業があるので、やだなぁとも思っていたところ。また、本文つまり「健康」と「老化予防」と「安心立命」については、現在の10倍くらいになる予定。
 そして、もしかしたら全体で10ギガバイトくらいになるので困ったなぁと考えていた。なぜならば、現在の1ギガバイトちょっと超えの状態でもホームページの動きが重くなって仕方ない。皆さんのパソコンの事情もあるが、サーバー側の問題も大きいのです。その他に基本的な問題がある。

 例えば、根本的な設計思想が間違っている「Windows」で皆さんや私のパソコンが動いているという事実。技術革新が急速であるから、それを非難するわけにはいかないが、ムダな設計が多すぎる。まだ2年間しか接しておらず、BIOS(バイオス)などを調べたわけではありませんが、……。
 しかし、OS(オーエス)にUNIX(ユニックス)系のものを利用したら、もっとよいシステムになるんじゃないかと常々思うのは、私ばかりでしょうか。もっとも、「健康」の問題のように、国中で間違った方向へ進み、改善のないままに先へ先へと進むばかりの暗中模索だから仕方がないかも。

 そんなことも考えると、「転進」することは大いに意味があるのかもしれない。
 大きくするのは簡単ではあるが、その「収拾」はかなり難しい。
 それは「個人」の場合も、かつての「国」のように大変だ。
 Tama さん、皆さんはどう考えられますか?(2005.04.25)


○レオタードでラインダンス!


 「rikwhi」を始めるに当たって、モデルが必要なんです。
 レオタードでラインダンスをするのですが、実際には踊らなくてもいいんです。ただ、レオタードを着た正面からの1ポーズが、デジカメで必要なんだ。
 そこで、まず妻に頼んでみた。すると、妻が言うには「あなたは、私がプロポーションがよくなく、さらにだれ乳で、お腹でっぱりだと知っているでしょ。それよりも、スタイルのよい○○さんの奥さまに頼んでみたら?」と、素っ気なく断られてしまった。
 なるほど、スポーツクラブに夫婦で来ている○○さんは私の知人だ。そこで、ご主人に恐る恐る話してみた。するとその後、○○さんからもメールが来なくなってしまった。何となく、○○さんも奥さまからいやだと言われたらしい。当然のことだろうか?

 そこで、今度は△△さんに頼んだ。△△さんの奥さんはちょっと無理だが、お嬢さんはとても美人だ。そして、観光地のおみやげやに置いてある梅辰人形のお子さんのマリアンよりも、もっと目鼻立ちが優れて知的である。お母さんが、フランス人だからだ。
 しかし、その後何とも返事がないので、やはりダメだったんだろう。どうも肖像権などと言って、後で問題になるので、慎重にしなければならない。誰も見てくれないホームページのうちはいいんだが、ちょっと訪問者が増えると、必ず問題が起こるらしい。
 鴨長明の『発心集』に出てくる「そんぴん」のことをふと思い出したりもしたけれど、何と言っても仕方がない。そこで、デジカメで取るよりも面倒くさいが、アニメ人形で作ってみた。しかし、何とも手数がかかる割りには、作品が少しもぱっとしないのである。

 なお、マンガで作ったモデルは、大きさの修正をしないといけない。左足から身体、左手、頭、右手とやっていったのだが、面倒くさくなって右足はしなかったんだ。そこで、右足がちょっとでかくて不格好なんだが、おわかりでしょうか。手抜きでごめんなさい。
 白土三平や横山光輝のマンガには、よく手前にある指などが、顔の大きさになるほどの遠近法効果を使っている。しかし、私のは方向が違うので何とも変な感じ。やはり、そんなふうに見えるんじゃないかとも考えたのだが、一つずつ仕上げるしかないようだ。(2005.04.22)


○BGM作曲法?


 きのう、市のサークルの人がやってきて、「お前はどうやって作曲をするのか」と聞かれた。
どうやら、ホームページに入れる音楽のことで、曲の作り方が知りたいらしい。最近になって音楽の著作権が、あちこちで喧(かまびす)しく言われるようになったからでしょう。
 作曲と偉そうに言うほどのものではないが、私はホームページに使うBGM(バックグラウンドミュージック)をすべて自作した。なぜならば、知人のホームページで問題になったところがあるからだ。その人のホームページには、つい最近になって「jasrac」と明記してあった。
 かなりの費用を払ったらしい。それでも、その曲を私が聴いたときに、演奏も曲自体も大したことはないと思ったことも事実です。だから、誰かに聞かれたら作ったほうが早いと正直に言う。しかし、きのう来た人は、何となくすべて私に作らせようという魂胆のようだった。

 そこで、次のようなことを言っておいた。だいたい3つの方法があるんだが、……

(1) セサミ・ストリーム法

 紙に線を5本書いて、胡麻をパラパラと撒く。白ゴマと黒ごまの比は、1:5。
そして、それを鉛筆で修正・加筆しながら旋律を作る。

(2) ガリバー・スイフト法

 小説に書いてあることを参考にして、手でピアノを滅茶苦茶に弾いてみる。
そして、たまたま素敵な旋律になったら、それを書きとめる。

(3) マイ・フェアレディ法

 あらかじめ和音などの基本的なものを固めておき、それに次々と装飾をする。
そして、、何とか社交界でも通用するようなものに仕上げる。

 そして、実際の音は、実際には自分で弾くか、実際に誰かに頼んで弾いてもらう。実際には弦楽四重奏でやりたいところだが、実際はピアノで簡単に済ましてしまう。実際には誰かに頼むとなると、実際は楽想の注文などがなかなか難しいからだ。
 妻に頼んだりすると、技巧的に難しかったりする部分をあまり練習などしないで、テンポを大幅に遅くしてしまう。その曲よりも、人間が先にあるという考え方だから仕方がない。そこで、シンセサイザや自動的に音を作ってくれるソフトを利用することになる。
 もしかしたら、『青空の創作ページへようこそ!』にある「BGM 作り方 扱い方」が参考になるかもしれません。(2005.04.20)


○転生人後


 きょうも、3時に起きた。年寄りになったせいか、朝が早いんだ。
 でも、いつも始めるパソコンができない。なぜかというと、きょうはメインプロバイダがさっきまで工事をしていたからだ。グローバルIP化の変更切り替え作業のためである。
 これで、メインサーバーの IP が決まったので、やれやれというところだ。
すでに、ホームページは当初計画していた3ギガバイト(約3000MB)のうち、1ギガバイトをちょっと超えたところ。後、2ギガバイトの増設であるが、何となくめんどくさくなった。
 原稿というか、資料はすでに3ギガバイト分以上もっているんだが、今まで2年ほどやってうんざりしてしまった。どうも、ホームページの作成には、あまり熱が入らない。他にしたいことがたくさんあるし、パソコンの作業は、人生にとって何となくムダが多いような気がするからだ。

 無意味だとは言わないまでも、私にとっては「猿のマスターベーション」みたいに思う。2年前には、まったくやり方がわからなかったんだが、それでも一つずつ覚えて、それから自分なりにシコシコと続けているから。しかし、頭が痛くなったりして、あまり気持ちがいいもんでないなぁ。
 つまり、パソコンを始めてから何となく鬱陶しい。散歩や動物園、植物園、公園などに行くのが好きな私は、どうも机にへばりつくパソコンの作業は好きでない。好きでないというよりか、眼が疲れちゃって、いやになっちゃうんだ。そこで、すぐに外に遊びに行くことを考える。
 メールも面倒だ。Windows におまけに付いていたバグだらけの Outlook Express というのを使っているが、これはまったく不便なものだ。Windows のおまけでなく、Internet Explorer のおまけなのかもしれない。また、Office に付いている似たような名前のものもあることはある。

 いずれにしても、英文のワープロを踏襲したものであるから、そこにどってんとしたゴシックの日本語文字を打つのは行間が詰まって、まったく見にくい。見にくいというよりも、醜いのだ。さらに、悪いことに自動的にスペースや改行が入ってしまう。それも、いまだにあるバグである。
 英字の場合には、文字自体が上下に出入りがあるので、まだ読みやすい。つまり、「i」や「t」は上に出ていて、「g」や「y」は下に出ているのである。また、語と語の間は空いていて「Sheisagirl.」などとは書かない。そのような配慮が、日本語の文章では裏目に出てバグとなるらしい。
 また、メモ帳でも同じであるが、右端の切り返しがうまく作用しないことがある。ぶっ切れてしまったり、変な改行をするんだ。つまり、変なところに改行をわざわざ入れる。そんなために、もはや意味段落や形式段落などはパソコンをするときに、日本語から失われてしまったらしい。

 じゃ、Outlook Express をやめて「手裏剣などのしっかりしたメーラーにすればいいんじゃ?」と三木先輩は言う。それは、言われなくてもわかっとる。しかし、それのやりかたを覚えるまでが面倒なので、今さら買い換える気がせんのだ。金などは、大したことではないんだが、……
 「きょうは、いいお天気ですね。
みなさん、どこかへ行く?
私は、これから多摩動物園に行きます。じゃ」
 上のようなメールが打てたら、何と幸福だろう。私にはそれが、できない理由がある。もっとも、このサイトでない別なところでは、チャットのようなこともしていることは、してるんだ。私だって、だらだたと長いのは面倒だし、あまり好きでない。むしろ、禅問答のようなほうが好きだ。

 「天声人語」という新聞記事がある。一人の人が、朝日新聞に毎日べんべんと書いているそうだ。
 毎日新聞の主筆をなさって、サンデー毎日の編集長もしたりしていたT 先生に聞いた。しかし、私はそのことで、T 先生のお陰で今日まで大変なことになってしまったんだ。
 一昨年(2003年)のお雛様の日(3月)にパソコン一式を買って、Windows が何とかわかるようになったのが五月連休明け。そして、やっとメールの仕組みもわかり、それを話したら T 先生は「必ず見るので毎日よこせ」と言ったんだ。どうやら娘さんのパソコンで見ているらしい。
 そして、どうせくれるんなら「まとまったテーマで、少なくとも天声人語くらいの論旨であるべきだ」な〜んて平気で私に言った。しかたなく、私は「毎日は無理だが、月・水・金だけは何とか頑張ってみます」とお茶を濁しておいたが、それから2年間1回も休まずだらだらと続けている。

 あなたのところに、このような変なメールが週3回行くのは、そんな理由があるからなんです。
新聞社で主筆だった人は、文章も満足にできないこの私のメールを見て、メールじゃなくて原稿用紙に誤字や論旨の間違いを正して、送ってくれるんで有難く感謝している。
 論旨はともかく、天声人語と同じくらいの長さにしなくちゃいけないのは、なかなか大変である。
しかし、先週 T 先生にお目にかかったときに、「長いだけが能じゃない」と言っておいた。そして、「天から褌(ふんどし)、長崎から強飯(こわめし)の意味を改めて話した。
 だから、今後は短くてもよろしいということの約束を取り付けた次第。
やれやれ、今後はちょっと手数が省けたもんだとうれしくなっちゃった。なぜならば、他にいろいろしたいことが、いっぱいあるからだ。その中に「転生人後」の研究もあるんだ。(2005.04.18)


○井の頭公園花見>歩く>仙川サウナ


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●グルミューについては、『RKOホームページへようこそ!』の下にある「語句・人名など覚え」に概説。
 また、グルミューの詳細については、「健康のページ」を参照してください。

●音楽の話の内容は、『青空の創作ページへようこそ!』の「BGM 作り方扱い方」にあります。
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 どうぞ、皆さまも皮膚とその下にあるグルミューを大切にしてください。
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 きのう T 先生から電話があり、私に「聞きたいことがある」と言う。そこで、吉祥寺のルノアールで会った。本当は東郷青児のボア(まだ、あるかなぁ)か、水口医院前のシェモア(これはある)にしたかったのだが、T 先生はどちらも知らないという。
 話の内容は、T 先生の娘さんの娘さん、つまりお孫さんが作曲をするので、「RIKOホームページ」を見たそうだ。しかし、「よくわからないので尋ねてくれ」ということだ。お孫さんから見れば、シーラカンスのような老人には直接聞きたくないらしい。

 とにかく、音楽の話は何とか無事済んで、やれやれだ。
 そして、吉祥寺駅で T 先生と別れたのが、お昼ちょっと過ぎ。それからそこで、私は1人になってから非常に悩んだのである。その悩みとは、……
 いせやに行って「チュー」と「レバ刺し」と「煮込み」そして「焼き鳥」6本(レバ、ハツ、タン各2本)をやるか、やらないかという問題。(レバはブタの肝臓、その生のものがレバ刺し、ハツは心臓、タンはタングェの略でブタの舌) 私の50年来の定番。

 しかし、大決心をしてやめたのである。なぜならば、ユダさんのメールに「歩く。はや歩きで脂肪を燃焼。」とあったから。本当は「チュー」2杯をやったら、仙川までを歩く自信がなかったのである。また、飲んでしまうと風呂にも入れないだろう。
 そこで、ぶらぶらと井の頭公園へ出て花見をしながら、池尻の弁天橋(神田川の始点)から東京女子大前、牟礼の三鷹台団地東側、北野、中央高速下、白百合女子大、桐朋学園と歩いて、仙川のスーパー銭湯のサウナに入った。

 そんなわけで、吉祥寺から仙川まで、約6キロメートルを歩いた。ただし、だらだらとゆっくり歩く。その理由は、私の見た目はかなり太っているが体脂肪率が低く、実際には「激やせ」で脂肪がないからだ。非常に珍しい体質ということらしい。
 ユダさんの言うように「脂肪燃焼」をする必要はないんだ。すでに、脂肪はふつうの人よりも少ないんだから。BMWなどを単純に計算して、健康診断の結果を指導する若い医師がいた。まったく無知な指導をしてくれるので、困ったもんだ。

 サウナの効用は、前にメールを差し上げたように、体内からの老廃物と化学薬品、環境ホルモン、界面活性剤などの除去である。次に皮膚をきれいにして、丈夫にすることだ。サウナ10分と水風呂1分のサイクルで、3回もすればじゅうぶんである。
 また、体重を減らす効果も大きい。しかし、妻は1ヶ月に1回くらいはシェーキーズに行ってピッチャーを飲もうと言い出す。私は逆らうのが嫌いだから、その通りにする。すると何のことはない、体重は完全に元に戻るか、または逆に増えているんだ。

●ついでに、サウナを利用する人に大切な情報。

 90度くらいのサウナ室に10分くらい入る。そして直ちに15度くらいの水風呂に入る。そのときである。そのまま、どっぽんと入らないでいただきたい。
 つまり、身体に水をかけてから入るんだ。水を汚さないためでない。自分自身の身体を大切にして、長持ちをさせるためである。そうしないと、グルミューが死んでしまって、どんな丈夫なスポーツ選手でも、必ず死ぬかよいよいになっちゃうんだ。

 それは、時間の問題である。気持ちがいいのと健康によいのとは、まったく別のこと。マリファナや麻薬は気持ちがいいが、健康にはよくないでしょ。もっとも、気持ちがいいかどうか確かめてないので、ちょっと無責任な意見かもしれないが。
 例えてみれば、衝突したときを考えるとわかる。自転車にぶつかったときの怪我、電車に轢かれたときの死体、すいぶん違うと思う。自転車の場合は生きているので痛い。しかし、やがて治る。電車は、たいがい身体が分断されてしまってアウト。

 私は電車で人を轢いたことがないので知らないが、「鉄道員」のお父さんが轢いたような状態でも、何とか縫い合わせれば、お棺に形として収まるだろう。しかし、新幹線であったらどうだろうか。作業員が実際にはねられたことがあるらしい。
 その状態は、人体が細かくなっちゃうんだ。お寿司に乗っている刺身くらいの肉片に分解してしまって、もはやアリババの弟でも形を元に戻せないだろう。何で、そんなことを言うのかというと、グルミューについて新幹線をする人が多いから。

 知らないままに細かく分断されて、すでに死んでしまっている人が多い。私は、自転車クラスで何とかすべて生き返らせたが、「鉄道員」で機能をしなくなった人がかなりいる。中には新幹線で、もはや回復を望めない人もいるようだ。

 ちょっとわかりにくいので、補足をしよう。シャワーをしても、自転車だから間もなく治る。しかし、多量のかぶり水だと「鉄道員」の電気機関車で、ダメージが大きい。さらに、どっぽん新幹線だと致命傷。水全体のもつ熱容量と人体との関係だ。
 グルミューについては、すでに失われてしまった機能ということで、まるで考えない医者がいる。私も、瀕死の重傷だったグルミューを回復したら、それまでの持病がすべて治って、かれこれ25年ほど内科の医者にかかったことがない。(2005.04.15)


○†グガー†考


 「†(グガーマーク)」について、イグナティウス・デ・ロヨラは面白いことを言っている。
 つまり、物事は「論理で考えるのではなく、研ぎすました直感」を大切にして、正しく判断をしなければいけないということだ。
 私は、だいぶ以前からイエズス会の創始者であるロヨラの『霊操』を愛読して、いつもなるほどと考えている。キリスト教自体をまったく信じていないのだか、この書の内容は非常に優れていて、信用に値するからだ。
 この本には「霊」の字が入っているが、死後の世界や魂(たましい)のこととは関係がない。
むしろ、人生の生き方と問題への対処のしかたである。そんなために、思い切りが悪く鈍い私には、日常でも大いに役立っている。
 例えば、「道に麦わらが十字架の形になって落ちていたら、何かの暗示か?」と考えることについても書かれている。ロヨラは、そんなことは気にすべきでなく、たまたまそんな形になっただけだから、そのことは考えなくてよいと言う。

 私は、聖書に書いてある十字架自体もあまり信じない。
ふつう、「十字架は、もともと刑罰の道具だ」などと言われるが、しかし私の学説ではもっと深い意味をもっているのだ。簡単に言うと、女性を表す象形文字ではないか。
 図が必要であれば、『RIKOホームページ』の「おわり」にある「図形問答・図形なぞ」を見て欲しい。長さと太さの関係で、十字架も太くなると赤十字の形になってしまう。しかし、もともとは楔(くさび)状の縦棒と横棒だったらしい。
 つまり、中央の原型が発達し細くなって左方の十字架になり、反対に太くなると右のお馴染みのマークである。それは、女性の本能である「恨み・嫉妬」などの具現であるとともに、いっぽうでは「愛・慈しみ」などの表れであるのかもしれない。

 あまり、大きな声で言えないが、本当のことを言えば、その二つは女性の横向きの上の口と、縦向きの下の口を示しているのだ。そして、本来の動物のような発情期を示す兆候を失った人間は、横向きのほうを赤く塗ったりもするのだ。
 チンパンジーやオランウータンなどは、人間の本来の姿をいまだに残しているので、その時期には下の口が赤くなるとともに、お尻も赤くなって、外部に発信をする。そんな単純なことでも、かたくなに認めようとしない人たちが学者の中にもいる。
 20年ほど前に、このことを妻に話したら、それから口紅を塗らなくなった。ちゃんと考えると、人間がずいぶんと露骨なことをしてることがわかったらしい。妻が言うには、ご主人と死別した親しい友が、急にお化粧をくどくするようになったということだ。

 ついでながら、キリスト教が考えている十字架についても述べておこう。
イエスの背負った十字架は節(ふし)のない檜のような素直に伸びた「アメリカ山法師」と呼ばれる花水木(ハナミズキ)の木(トゥトロジーご免!)であったらしい。
 十字架の実物を見たことがないので、ことの真偽はわからない。共観福音書などを何回も読んでみたが、十字架自体については書いていないようだ。「レバノンで取れた杉製」だとか、「ナザレにいた大工が作った」などという具体的なことが、である。
 しかし、ハナミズキはイエスを磔(はりつけ)にしたことを大いに悔いて、その後は節だらけの曲がった木になってしまい、二度と十字架には用いられないように自ずからなったという。人間はピラトのように頑固だったが、植物はとても素直であるらしい。

 いま『14歳』という本を読んでいる。恐ろしいのと忙しいので、あまり進まないが、何とか第7巻に入ったところだ。1巻から7巻まではB5判のもの、6巻から13巻までは新しく出た文庫版のものです。B5判7巻と文庫版6巻とが一部重複部分もあるが、繋がっているんだ。(2005.04.13)


○たまたま多摩


 私は、満州で生まれた。しかし、物心がつかないうちに台湾、鎌倉と次々に引っ越したらしい。だから、引き揚げにはならなくて、幸福だった。
 台湾では総督府の官舎にいたということだが、その建物などに覚えはない。池があって、その中に入り、裸で大きな魚をつかまえたのを覚えている。胸に抱き込んだときに、背丈くらいあって恐ろしかった。
 回りで、大人が見守っていたんでしょう。何でも食用の鯉が放してあったらしい。4歳くらいのことであろうか。始め鯉が暴れたので、誰かが助太刀をしてくれたようだ。

 鎌倉の思い出は、小学生になるちょっと前だからたくさんある。
佐助の化粧坂(けわいざか)に大きな毛蟹がいて、とても恐かった。今思えば、せいぜい10センチくらいなのだか、切り通しの水が、しみ出た崖にはい出ていて不気味だった。
 そういえばその当時、題名は忘れたが「海の彼方に薄霞む、……帰ってみればこは如何に」という歌があった。私は「臼が住んでいる国」が実際にあって、そこから帰ると「恐い蟹」がいるものとばかり思っていた。

 その後、兵庫県の龍野というところに「疎開」をして、敗戦後に父の仕事の関係で三鷹の上連雀に来た。疎開というのは「空襲」を避けるために、地方に行くことである。空襲とは、アメリカのB29という飛行機が「焼夷弾」を落とすことだ。
 その焼夷弾とはメラメラと地上のものを焼き尽くす、いわば原爆の幼い孫のような爆弾。
当時、疎開の歌というのがあって「太郎は父の古里へ、花子は母の古里へ」などと歌った。また、戦後は「リンゴの歌」や、かなり後に「岸壁の母」などが流行った。

 三鷹の上連雀の六軒長屋(曙住宅)から牟礼(今の井の頭4丁目)に移り、その後は転々とした。
そしてやがて、たまたま多摩市在住の先輩の勧めがあって引っ越して来た。そして、いいところなんで居座ってしまったんだ。でも、市内では何回か引っ越しをした。
 最初は、多摩センターの住宅供給公社の高層、そして永山ハイツ、永山駅前の諏訪アパート、そこから今いる公団の賃貸住宅に移った。すべて、新築のところに引っ越したことになる。
新しいもの好きな、ちょっとおっちょこちょいの性格のためだろうか? (2005.04.11)


○14歳


 楳図かずおの『14歳』という本の第5巻から第13巻までを買った。文庫版の大きさではあるが、9冊で5000円以上もした。
 そんじゃ、その第4巻まではどうしたのか? 実は、初版当時のB5判の本を第1巻から第7巻まで、すでにもっていたんだ。つまり、B5判第7巻と文庫版第5巻とに、かなりの重複があるが、全部が続いたことになる。

 この本の内容は、実にすばらしい。
 1990年に書かれた本ではあるが、遺伝子組み合わせで作られたニワトリのささみから突然変異をして成長をしたチキンジョージ博士が、まだ出来たてのころ学習するのであるが、ちゃんとCD-ROM らしきものから次々と知識を得る。
 前に読んだ『漂流教室』(新書判全11巻)などよりは、もっと雄大で話の進展が逼迫しているように思う。
 もっとも、現時点では『14歳』のB5判第4巻までしか読みなおしていないんだが、…… 内容が非常に空恐ろしく、また難しいセオリーが含まれているようだ。

 したがって、私の能力では1日に1冊くらいしか読めない。
 恐いのだ。あまりにも、深遠な内容が含まれているからである。やはり前に読んだ『イアラ』(新書判全5冊)のときもそうであったが、この『14歳』は一段とスケールが大きく難解である。
 例えば、第4巻ですでに位相力学の「クラインの壺」や、ルイス・キャロルの『不思議な国のアリス』が出てきてしまう。
 そんなわけで、『まことちゃん』(全23巻)などよりも、かなり難しい。『まことちゃん』は20巻までもっているが、後の3巻は誰かに貸したまま、いまだに戻ってこない。
 むろん、『まことちゃん』の第1巻よりもその前の作品と言われている『アゲイン』(全6冊)も持っているんだ。

 『洗礼』『おろち』『怪』『猫目小僧』『イアラ』などとうのも素晴らしい作品であるが、それでも内容は『14歳』に比べると、私にはわかりやすい。もっとも、楳図かずおの作品には論理のカタストロフィーやスレッショルドみたいなところがあるから、鈍い私にはわかりにくいのかもしれない。
 それでも、かつて『イアラ』(全6巻)の内容は、息をつかせないほどに私を興奮させた。

 アートデザイナになった私(黒田康太)の娘が、独立して出て行くときに捨ててくれと言って、前の『14歳』B5判7冊を残したのである。その後、その初版本第7巻まで読んで、何とか続きを読みたいと思っていた。しかし、絶版になっていた時期があり、買うことができなかった。
 今年の正月に、高尾に墓参りに行ったときのこと。
 初沢にある黄色い家の前に、たまたま楳図かずおが出ていた。そこで、ちょっと立ち話をした折りに、文庫版が出ているということを知らされたのだ。

 私は、自分の生涯において、それほどは読書を多くはしていないと思う。
 本当は、ロチのように私も読みたくないのだ。とくに眼を悪くしてからは、読書が苦手。しかし、パソコンをやるよりも眼にやさしいので、注文していた9冊が来たので、うれしくてしかたがない。
 いま、すでに持っていた1巻から読み直している。
 そして、その1巻の途中で、その素晴らしい内容に改めて愕然とした。前に読んだときも、そうであった。娘が独立をしたときであるから、すでに10年以上も前であろう。

 このような優れた内容の本を読んでいると、自分の知的空間の小さいことをつくづくと知ってしまう。
 しかし、学ぶことが多くあるので少しずつ読んでいきたい。実のところ、私も小説やマンガアニメを作ったり、作曲をしなければいけない立場だからだ。
 それは高齢者、例えば養護老人ホームに入所している方々の「生き甲斐」や「楽しみ」のために彼らが作る見本にするためのものである。したがって、プロのものと比べると質がかなり落ちるのはやむをえなく、むしろ当然のことなのかもしれない。

 とにかく、優れた作品から学んで、私も何とか見本としても耐えられるものを残したいと思う。
 『14歳』を読んだ人がいたら、どうぞ感想をメールしていただきたい。どうしたら、こんな素晴らしいものが作れるのかも知りたいんだ。

 実に他愛のないものだが、仲間に唆(そそのか)されてサンプルのために、私も下記に「小説らしきもの」と「音楽らしきもの」を作ったところなので、どうもつげ義春や楳図かずおのような優れた作品を読むと、気後れがしてその衝撃が大きいんだ。
 つくづく素人の作るものとプロの作品の違いを知って、ちょっとばかり自己嫌悪がしてきちゃった。
 また、素人の限界というものもわかってきたところ。
 それでも、開き直って「これは商品ではないんだ!」と言ってみるか。(2005.04.08)


○いよいよナウサ


 だいぶ暖かくなったみたい。皆さま、お元気?
 ずっと冬の間は、週2回サウナに行っていた。
 高幡不動の山の上にあるサウナ、よみうりランドの床屋付き銭湯のサウナ、そして仙川にあるスーパー銭湯サウナなど、日によって行き先を変える。飽きちゃわないためと、いつも誰かに会って、暇人と思われたくないためだ。
 サウナの「よいところ1」と「よいところ2」をここに簡単に紹介しよう。
 最初、タイトルを「サウナよいよい」としたのだが、どうも「よいよい」という言葉のイメージが悪いので、逆さまにして「いよいよナウサ」というタイトルにした。

・ サウナのよいところ1

 汗をかいて、身体の老廃物を出す。
 冬季は発汗をしにくいので、どうしても体内に毒物が蓄積する。
 化学薬品、環境ホルモン、界面活性剤などを体外に出すためには、汗をかくのが手っ取り早い。
 ヒポクラスのアドバイスによって、秋口には植物性の脂肪を多量に摂っているので、どうしても体内が汚れているからだ。

・ サウナのよいところ2

 石鹸を使わずに身体が清潔になる。そして、グルミューを回復できる。
 90度くらいのサウナ室に7分ぐらい入る。そして、すぐに15度くらいの水風呂に入るんだ。
 そのようなことを数回すると、皮膚が伸びたり縮んだりして、垢が取れやすくなる。指でこすると、ムルムルと剥けて気持ちがいい。そんときに石鹸は、使わない。
 なお、石鹸は化学製品の入っているものは絶対にダメ。風呂に備え付けてあるものなどを使うのは、私にとっては命がけだ。私は、とくに有害な香料などの入っていない昔のタイプの石鹸を求めて使う。
 それも、身体の脂ぎる部分、例えば頭髪と顔を洗うだけ。

 その他、サウナの効用はたくさんある。軽い持病などは、なおってしまう。サウナの発祥の地といわれているフィンランドでは、「サウナで治らない病気は、治らない」と言う。
つまり、ガンなどはサウナで治らないので、なかなか根治ができないらしい。

 なお、サウナと健康に関する記述は、『RKOホームページへようこそ!』の「おわり」にある「健康Q&A」にいくつかありました。例えば、

Q どうしたら身体から化学薬品などを取り除くことができるか?
Q 皮膚を丈夫にするには、どうしたらよいでしょうか?
Q サウナ、水風呂は身体や皮膚によいか?
Q サウナに入るのは健康によいですか?

などです。
 また、グルミューは、『RKOホームページへようこそ!』の「健康のページへ」から「健康とは何でしょう?」に進んで、

○グルミューが機能しなくなった日本人

というところに簡単な説明がありました。
お大事に。(2005.04.06)


○モーツァルトと武者小路実篤の友情


 モーツァルトの『ピアノソナタ』(全18曲)と『幻想曲』(2曲、ニ短調とハ短調)をイングリッド・へブラーのCD版で聞いてみた。なかなか素晴らしいもんだ。へブラーは、妻も大好きなピアニストなので、よく二人で演奏会に行った。
 最初のときは、ピアノ協奏曲『戴冠式』のジャケットにある貴族の令嬢風の美しい人を想像していた妻は、実際には中年の落ち着きを見せて、ドレスではなく普段着のような姿でステージに現れたへブラーに、ちょっと期待はずれで驚いたようだ。
 でも、へブラーの演奏を聴いて、妻もちょっとピアノが弾けるので、納得をしたんじゃないか。

 私は、へブラーの弾くモーツアルトが大好きだ。
 とくに、『ピアノソナタ第8番』(ケッヘル310のイ短調)は何とも美しい。さらりと弾くのである。それは彼女が、やはり引き慣れているためでしょう。
 しかし、私はふと長谷川さんのメールを思い出した。薄幸なディヌ・リパッティのことである。そこで、その版も改めて聞いてみた。すると、まるでへブラーのとは違うんだ。
 それは、「一陣の風が吹き抜ける」とでも言ったらよかろうか?
 その中にリパッティの哀愁と、彼自身への人生の撞着のようなものが感じられる。それが、あたかもモーツァルトのそれと重なっているのが不思議だ。みずみずしいとでも言ったらよかろうか。へブラーの円熟とは、ちょっと違う素晴らしさである。

 前にいただいたメールにバッハの『カンタータ第147番』のこともあった。
 ピアノソナタを聴きながら、そのことを思い出した。聖母マリアのエリザベツ訪問記念日用のもので、『ルカの福音書』第一章39節からの内容である。
 合唱で、

 <心と口と行いと生きざまは、なべてこれキリストの証たらざるべからず、
恐れを去り偽善を捨てて言い表すべし、キリストこそ神にして救い主なれ。>

とある。
 しかし、これはパウロの『ローマ人への手紙』の一節を流用しているようだ。
 そして、キリスト教自体をあまり信じていない私が、それでもバッハの音楽を聞くと、何とも神妙になっちゃうんで、我ながら不思議でもある。

 「心」と「口」と「行い」とが、あった文章を学生時代に読んだことがある。
 そんなことも、ふと思い出したのである。そこで、図書館に行って調べてみた。インターネットで調べるのは、疲れるからだ。するとやはり、あった。武者小路実篤の『友情』である。
 それは、

 <僕はもう少し強く友のために尽し、友のために思い切ろうと努力した。しかし今その点について自慢をしようとは思わない。自分は口と行いと手紙とでは友のために尽した。しかし心では自分はその女のことにますます無頓着になれなくなった。>

というくだりである。
 そしてさらに、夏目漱石の『心』に思いが馳せたのだ。
 何となくストーリの展開方法が互いに似ているためであろうか。しかし、漱石の「先生」の心はいまだにわからない。
 つまらないことを細々と覚えていて、次々と思い出すのは、いったい何故だろうか。

 今週は、ウイルヘルム・バックハウスの弾いたベートヴェンの『ピアノソナタ』(全32曲)を聴こうと思う。
 最近のピアニストではなく、ウイルヘルム・ケンプやバックハウスが聞きやすい。
 そして、後者のほうがドライであって、私は好きなんだ。中でも「ワルトシュタイン」と「テンペスト」、そして「ハンマー・クラビール」が楽しみだ。(2005.04.04)


○新年度


 新年度という感じは、あまりしない。なぜならば、だいぶ以前から年金生活者になっているからだ。
 そして、とくに事業は何もしていない。したがって、決算などをする必要も、帳簿を新たにする必要もない。何とも気楽なもんである。かつては、この季節になると確定申告の準備をしなければならなかった。そして、5月の連休も何となく気持ちがせわしかった。

 しかし現時点でも、投げ出したホームページだけは何とかしないといけない。
 そもそも、市のサークルで始めたことだが、私以外のパソコン担当者はすでにいなくなってしまったからだ。
 (T)会長は死んでしまったし、(N)さんはアルトハイマで完全に呆けちゃってダメ、そして(O)さんは入院中、私だけが取り残されたようで、まったく運が悪いのか。

 なんとかしないといけない。
 ホームページでも大きく広げるときは簡単で、全体で約1000メガバイト、つまり1ギガバイトになったが、だが、これを収拾をするとなるとなかなかうまくいかない。

 ふと、Tamaさんのメールを思い出した。
 個人も国家も、同じような理屈だろうか。だって、国家は個人の集まりだもの。
 侵攻するときは簡単でも、転進、つまり撤退をするのは、なかなか大変なものだ。
 このメールも、やめちゃうと本当はいいんだが、いきさつ上やめられない。
 やっぱり(K)君も投げ出したなどと言われるので、2年前に約束をした月・水・金だけは何とかがんばって出しているんです。(2005.04.01)


○『ユダの福音書』


 もう40年以上も、以前のことだろうか?
 まだ、眼が健在で仏教経典や聖書などを勉強したころのこと。
 「常不敬菩薩」と「イスカリオテのユダ」が何となく気の毒になった。常不敬菩薩は救われるが、イスカリオテのユダは救われない。
 そこで、「ユダ」を小説に書こうと思ったことがある。
 しかし、ちょっとおっかなかったので、梗概メモだけを残してやめてしまった。なぜならば、親しい先輩が教会の長老になっていたり、義姉が長年カソリックの敬虔な信者であったから。その上、遠い親戚に枢機卿までいるんだ。

 2年前にパソコンを初めて、Word が使えるようになったところで、メモを取り出してぼつぼつ再開をした。
 しかし、今度はアポクリファとかグノーシス、さらにはヘレチク(異端者)と言われるのを承知で作りかかったのだが、でも、やはり自信もなく気後れがして途中で頓挫。

 今までは、三木アヤ先生(北原白秋、宮柊二の弟子だった)と高守先生(大新聞社の編集長で、論説委員でもあった)から文学の指導をいただけたのだが、三木先生はアルトハイマになっちゃい、高守先生はご病気で療養中。だから、どうしてよいかわからなかったことも理由の一つ。

  そんなことで、すっかり忘れていたんだが †ユダ† さんから、何回かメールいただいて、そのことを思い出した。そこで、我ながら恐る恐る見直してみたんだが、途中で投げ出したので作品としては、まだまだ完成がほど遠い。
 そんな投げ出した状態のものが、「青空ライブラリ」の(インターネットに関することがら)にある

  パスワードの設定例

で見れることは見れる。
 ただし、パスワードが必要だから、もしも見るんなら

  riko123

と入れて[OK]をクリックしてください。

 そこには、以前ずらずら〜っと作品があったのですが、今はそれが一つだけ未完で残ってます。
 つまり、「ジューダスの福音書」というのがそれ。おっかないので、私の名前ではなく「大場加奈子」(おおばかなこ)というペンネームで発表をしようと考えました。
 当初は、ホームページすべてを Word で作り始めた。だから、ご覧いただくのも Wordのままで、ホームページビルダーで作成をしたトップページ(HTMLになっている)から、直接に Word原稿を呼んでいます。
 以前は、むろんトップページも Wordだった。

 しかし、ホームページビルダーには「折りたたみ機能」がないから、まず小説や詩などはできない。文章作成ということでは、ホームページビルダーの「見出し機能」などはまったく役に立たんのです。そして、だいぶ後になって Wordでは大きなホームページができないということがわかったんだ。

 したがって、ふつうの原稿は Wordで校正、その後メモ帳に移し、さらにホームページビルダーに読み込むという面倒な手順で作成をする。いっぺんにできたら、何といいことでしょう。ホームページ作成ソフトで、アイディアプロセッサ機能のあるものは、ないんだろうか?

 なお、そんな事情で閲覧者側からの編集はできませんから、為念。
 よろしく。(2005.03.30)


○FFFTP


 ホームページの転送プログラムを変えた。
 IBM のホームページビルダーに付いているFTPには、なぜかいまだにバグがあるようだ。タイムスタンプが間違ってしまう。そんなことは、よくあることだ。したがって、自分自身で何とかしないといけない。
 ホームページビルダーには「縦書き機能」や、前にTamaさんが言っておられた「アンケート」など、いまだに多くの問題があるようだ。それでも、ベストセラーになったのにである。
 私は何となく、戦時中に高性能小型戦闘機や超ドドド級戦艦を造ったメーカー製の乗用車のことをふと思った。欠陥車として問題になっているからだ。
 天下の Wordにさえ、「縦書き袋とじ」のページ設定がいまだにできないことを考えると、あまり多く用いられない機能に関しては、期待をしても仕方のないことかもしれない。
 そして、問い合わせをするよりも、別の方式を試みることが時間のロスにならないのである。電話でオルゴールを聴いているのは、言うまでもなく時間のロスだから。

 意外に必要なことさえも満足にできない世の中なんだなぁ。
 「健康の神話」や「健康の非常識」がいまだに信奉されているように、誰も文句を言わないのが私には不思議でたまらない。慣れてしまうと不便でも危険でも平気なんでしょうか。鼻歌を歌いながら、当該欠陥乗用車に乗っているようなもんだ。

 転送プログラムをフリーソフトの「FFFTP」というのにして驚いた。
 ホームページビルダーのものよりも素晴らしいのである。仕様が洗練されていて、さすが多くの人に使われているものだと納得をした。作成をした曽田さんという人の高潔な人格までが、その作品ににじみ出ているようだとも思った。
 そんなことで、今後はフリーソフトの中からも定着をしたものを選んで使うという方針にした。
 そのほうが、時間的にも費用的にもムダがないからです。(2005.03.28)


○何となく爬虫類の勉強?


 ここのところ、ある目的があって爬虫類の勉強をしている。
 実際には、爬虫類から両生類にわたる分野なのであるが、なかなか面白いことがわかった。
 「恐竜は滅びてしまった」と書いてあったが、本当だろうか。

 詳しい人がいたら、教えてください。
 何となく不思議なことだから。(2005.03.25)


○何となく無関心・無気力・無感動


 歳をとると、無関心・無気力・無感動になっちゃうのだろうか?
 それとも、そのような結果を生じる食べ物や空気・電波などの影響があるのだろうか。最近になって、世間のことに関心がなくなってしまった人が目立つようだ。また、自分自身があることに関係をしていないと、まったく面白くないという人もいる。

 しかし、一方ではテレビなどに熱中する。
 競馬や競輪、宝くじなど人為的に作られた傍観者にしかなれないものにも、かなり人気がある。その中には、自分が単に不特定多数としてしか組み入れられていないのに、である。
 私はテレビが嫌いだから、あまり見ない。
 また、勝負事も嫌いだから、あまりしたことがない。

 なぜならば、競馬や競輪は自分が走るものでないから。馬主であったり、ロイヤルボックスにいるのならともかく、大概の人は少ない持ち金を投じて、少人数の金持ちを作るために必死になっている。その理由がわからない。
 その仕組みを考えてみると、何とも愚かで空しいものだ。

 とくに最近になって、情報操作がなされているものは……。
 何となく食べ物について行われていることと同じような犯罪的行為が、報道や娯楽についても目立つ。だから私は、特定の人だけに利益があるようなシステムにはなるべく近づかない。
 何となく不思議に思えても、仕方がないからである。(2005.03.23)


○何となく道真と西行


 毎年この季節になると、菅原道真と西行のことを何となく思い出す。
 おそらく、それは梅と桜からでしょう。
 そして「帰ってきた死後の世界」と、「これから行く死後の世界」について考えてしまう。
 つまり、道真については「現世と死後の世界とを行き来したこと」、また西行については「西方の極楽浄土を信じて目指していたこと」についてなんです。

 いくら時代が古いからと言って、本当のことでしょうか?
 何となく不思議なことですね。
 もしかして、道真でなく篁(おののたかむら)だったかもしれませんが、…… どうも最近、何となく記憶が薄らいできたようです。

 もしも、何となく興味をもっておられる人は、http://www1.ttv.ne.jp/~riko/ を参照してください。
 いずれも、「安心立命とは?」の「なぜ心が落ち着かないのか?」にあったと思います。(2005.03.21)


○別れられない理由?


 「ホームページビルダー9」をもう一つ買ってみた。
 一万円以上もしたらちょっと躊躇するであろうが、非常に安く 3540円だったからである。また、ついでに「Paint Shop Pro」も 「9」にバージョンアップをした。
 実はホームページビルダー「本体」は、とくに必要がなかったのである。
 私が必要なのはオリンパスのデジカメで撮った「QuickTime」ファイル形式(.mov)を Windows Media Player で読める「.aiv」か「.wmv」に変換がしたかったのだ。

 むろん、「QuickTime 有料版」にすれば、出力として変換できるようだが、そのためにはクレジットカードが必要になる。前に富士通で作ったものが、ヤフーで使えなかったので、もしも申し込んでから支払いができないと、別なクレジットカードを新たに作る必要が出てきて面倒なのでやめた。
 それに、出力のときに大きさが変えられるかどうか、どうも QuickTime の説明でははっきりしない。

 フリーソフトの「MOV2AVI」というのを利用すると、同寸の「.avi」ファイルに簡単に変更ができる。
 しかし、そのためには QuickTime の全機能をインストールしておかなければならない。それでは、いったい何のために何をしているのだろうか。
 さらに、やってみると画像の解像度があまりよくないようだ。つまり、ぼやけてしまうんです。

 そこで、Flash MX を利用する方法などいろいろと考えたのだが、どうも大がかりになって採算効率が悪く、操作性もよくない。いちばんいいのは私の場合、ホームページビルダー付属の

  ウエブビデオスタジオ

を利用するのが簡単で安上がりだ。画面の大きさや「.avi」「.wmv」も簡単に指定できる。
 実際に、今まで何回もやってわかったからだ。

 なぜならば、すでにノートパソコンにホームページビルダーがインストールしてあるからだ。
 そこで、それがマニュアルにも「単体のソフトとして利用できる」と書いてあったので、その部分だけをノートパソコンからデスクトップに引っ越しをしようとした。
 そして、実際にやってみたんだ。

 しかし、「.dll」ファイルを次々にコピーして異動をしたのだが、その一つにホームページビルダーにはむろんのこと、実際に動いている Windows 本体にもないものがあるのだ。隠しファイルを含めて、すべてを探してみたが、どうしても見当たらない。
 不思議なことだ。別れられないのである。なぜであろうか?

 そこで、7つほど「.dll」ファイルをコピーしたが、その時点で諦めた。
 「使用許諾契約書」を見ると、リバースエンジニアや切り離して使うのはいけないと書いてある。だから、もしかしたら切り離しにくいように、意図的に作ってあるのかもしれない。
 前に三木先輩に聞いたときは、別のマシンにインストールしてもユーザ登録をしなければ問題がないとアドバイスをいただいたことがあるのだが……。

 そこで、そんなことをいろいろと試みてみたんだ。
 また、ホームページビルダーの文書に「個人で利用するときは、携帯用にもインストールしてよい」というような記述もある。ただし、同時に使わなければという条件付きであったが。
 それで、そんなことを始めてみたのだが何とも面倒なので、新たに買ってしまった。

 3540円を節約するために、数時間もムダにするのは惜しいと考えたからだ。
 また、最近のソフトは絶えず情報を制作元に送っているので、複製などをするとすぐにわかってしまう。もしかしたら、トラブルになるかもしれないとも考えて、新たに買ってしまった。
 そうすれば、文句はあるまい。

 しかし、今度は時間の余ったときにその本体側から、徐々に不要な部分を切り離してみようと思う。
 やはり、ホームページビルダー付属の「ファイル転送」や「アニメータ」などは必要がないからである。
 ファイル転送は、いまだにタイムスタンプに不都合のあるホームページビルダー付属のものよりも、フリーソフトの「FFFTP」のほうが確実で、性能もすばらしいからだ。

 また、GIFアニメを作るときに透過画像にしないと背景に白が出てしまう。
 だからホームページビルダー付属のものは、面倒なのでやめてしまった。なぜならば、そんなことも含めて Paint Shop Pro のものを使ったほうが簡単だからだ。いちいち事前にアラファンビューを通さなくても、簡単にできるようでもあるから、……

 なかなか「帯に短し襷(たすき)に長し」である。
 本体から別れられなくて、引っ越しできなかったから、今後は何とか整理だけでもしておきたいところだ。
 横井也右の『老嘆辞』だったか(どうか記憶に自信がないのですが)「老いてきたら身の回りを整理しておかなければならない」というのがあった。

 また、有吉佐和子(だったかどうか、どうも違うようである)か誰か女性が書いた『戒老録』という厳めしいタイトルの本にも、そのようなことが書いてあった。
 皆さんは、いかがでしょうか?(2005.03.18)


○老人?


 最近になって、何となく疲れちゃうんだ。とくにパソコンをやると。
 どうも、1280×1024 ピクセルの大きな画面で、大量の画像処理を行うのが原因らしい。やはり、目が疲労するんじゃないだろうか? かつて、何回も眼精疲労になったことがあるので、どうも目が弱いようだ。眼が疲れると、頭まで痛くなっちゃう。
 文字を打ち込むメールなどは、ブラインドタッチができるので、それほどでもないが。

 そこで、いつも 2時間くらいでやめちゃう。その代わり、いやいや本を読むんだ。
 不思議なことに、読書なら半日やっていても快適に続く。CDや旧版のLPレコードなどを流していると楽しい時間が過ごせる。
 読みたいと思って買っておいた本が500冊くらいあるだろうか。
 また、LPでも捨てかねて保存してあるのが200枚くらいある。次々と本を読んだり、音楽を聞いていくと、新しい発見があるので不思議だ。(2005.03.16)


○スパイダーソリティアとハノイの塔


 高性能のデスクトップといえども、使っているうちにだんだんと重くなってくる。
 大型の画像関係ソフトをいくつもインストールするからだ。

 ハードディスクの空きはじゅうぶんにあるのだが、やはり全域のウイルスチェックやデフラグなどに時間がかかってしまう。そこで、大好きな「スパイダーソリティア」ではあったが、他の数種類のゲームとともにアンインストールをしてしまった。つまり、削除をしたのでもはやすることはできない。
 人生の持ち時間が惜しいからというよりも、少しでも内部をすっきりさせてウイルスチェックやデフラグの時間を減らしたかったからだ。

 ご存知でしょうか? 「ハノイの塔」というゲーム。
 64枚の円盤を中継棒を経由して異動するんだが、1回に1秒をかけると3万年くらいかかるという。当然のことながら、一人の一生ではできない。そんなゲームが、インドの僧院で修行をするために用いられているという。
 本当でしょうか?(2005.03.14)


○親子の電話


 パソコンで Windows を始めてから、早いもので三年目に入った。
 機種の選択などは、大岩先生にずいぶんと指導を受けた。そして、設定などについては、三木先輩に教えてもらった。知らないことばかりで、まったく大変であった。ちょっと外国の見知らぬ土地に行ったような感じがしたものだ。

 きのう電話があった。
 「大岩です」という。最初は何のことかわからず、ちょっと戸惑ってしまった。
 息子さんが、電話をくれたのであり、内容は

 「父親が日赤の集中看護室に入院した」

という。
 声が似ていたので、最初は本人と錯覚をしてしまい、なぜ「人ごとみたいな話し方をするのかなぁ」などと不思議に思った。鈍い私は「大岩先生の息子です」と言ってくれなかったので、まごついてしまったんだ。

 前に技術的な質問があって三木先輩のお宅に電話したときも、おっちょこちょいの私はとちった。
 電話に出たのが息子さんとは気付かずに、トラブルの内容を告げていたのである。しばらくして、相手が息子さんとわかり、謝ったんだ。だって、最初に電話で「三木です」と言ったんだもの。
 やはり、声がそっくりなので、「三木先輩の息子さんです」とでも言ってくれないと、私はわからないんだ。
 親子は、性格や顔つきは異なっているが、声は何となく似ていることが多いんですね。 (2005.03.11)


○戦争映画・『私は貝になりたい』と『かくも長き不在』


 きのう、健康センターで戦争映画の話題が出た。
 何で、こんなところで、こんな話をするのかわからなかったが、問われるままに答えた。「いままでに、いちばん印象に残った日本映画と洋画は?」
 そして、不思議なことに気付いた。それは、「なぜか私の印象に残っている戦争映画には、戦場の場面がほとんどない」のだ。

 一つは、『私は貝になりたい』である。
 この映画を5年くらい前に、もう一度見たいと思っていたら、フランキー=堺が死んだときに哀悼番組としてやった。なかなかものすごい映画である。
 もう一つは、『かくも長き不在』」というフランス映画。そして、そのおまけとして『ヒロシマ、私の恋人』

 「かくも長き不在」というのは、学生のころに見た映画だが、その題名も配役も、すっかり忘れていた。
 そこで、映画の記録を見たり、図書館で調べて何とか探し当てた。それが置いてあるビデオレンタルショップを探すのも大変だった。探し当てたときは、何ともなつかしい青春のころの「私の恋人」に会えたような感じがしたのを覚えている。
 同じマルグリッド=ディユラスがシナリオを書いた「ヒロシマ、私の恋人」というのも、なぜか印象に残っている。主演は岡田英次で、なかなか素晴らしい映画だった。今さらながら、こんな素晴らしい観点の映画を作ったフランスをさすがと思うのである。この映画の日本でのタイトルは『二十四時間の情事』となっていた。(2005.03.09)


○どらくろのらくらぱくりぱくらる


 ここのところ、著作権の問題が問われるようだ。
 力の不均衡な相手どうしで、争いが生じている。
 松下とジャストなどは、その後どうなっているのだろうか。新聞やテレビを見ないので、あまり成り行きは知らない。ただ、購入したデスクトップに最新の「一太郎」を入れるのを何となく諦めてしまった。

 かつて、著作権などはあまり問題にされなかった時代があった。
 私が、まだ幼いころである。「のらくろ」という陸軍生活をテーマにしたマンガである。
 それが、大流行をすると次々と同じようなものが出て、「のらくら海軍」やさらに「どらくろ」などが大流行。後者は「のら犬の黒吉」ではなく、「どら犬の黒助」だったのではないかと思う。

 そういえば、大場のぼるや謝花凡太郎や田河水泡が描く人物像やタッチは、まったくと言ってよいほど互いに類似していた。だから、すべて同じ人の作品と考えてしまうほど、区別がつかなかったのである。
 そして、子どもには作者が誰であってもかまわなく、面白ければよかったのである。何ともおおらかな、そして古きよき時代であったかもしれない。

 価値観は、時代によって大きく異なる。
 かつて、アメリカのある洲で酒を飲むことが犯罪になった時代があった。「禁酒法」が制定されていたからだ。また、最近の版では削られたようだが「シャーロック・ホームズ」が、疲れをとるために午後になると日課のように麻薬の注射をするのをワトソンが「健康に悪いからやめるように注意をした」というくだりがある。

 私はバージニア=バートンの「小さいお家」とともにヘレン=パンナーマンの「チビクロサンボ」を今でも持っている。長男が幼稚園のころに買い与えたもので、その長男が成長をして家を出るときに、捨ててくれと言われたが惜しかったからだ。
 いま見ても、なかなか面白い内容なのではあるが、……
 しかし、人権の問題から考えると「チビクロサンボ」のほうは絶版をしなければいけなかったようだ。

 それはともかく、実際に自分がいまやっていることについてである。
 「健康」や「老化予防」のPRとともに、「創作シアター」(仮称)というのを作って、人間の愚かさを揶揄したいとも考えている。そのときの登場人物や背景、そしてバックに流す音楽などである。それらについて、ちょっと心配になってきたことがあるのだ。
 いちおう自作を建前とするが、数が多いので他からの引用も免れない。そこで、2年前にパソコンを始めるときに、著作権のことについて学者や先輩たちに尋ねたことを思い出した。 著作権や肖像権については、前に出版社からくどくどと説明を受けたのでよく承知をしていたからだ。法律や判例に詳しい人がいたが、パソコンの大ベテランの三木さんの言葉がとくに印象的であった。

 「いちいち細部までを読んでいられないソフトの使用許諾契約書で問題が起こったときや作成したホームページに使った画像や音楽などで問題が生じたときは、いったいどうしたらよいでしょうか?」と私が尋ねたら、彼は「知らなかったと言えばよい」とあっさり答えたのである。
 なるほどと思ったことを覚えている。つまり、言ってみれば開き直るのである。考えてみれば「使用許諾契約書」などをじっくりと読んでみたら、当然のことながらそのソフトを使用できない。あまりにも一方的なことばかりで、まったく我慢がならないからである。そして、世の中には何とムダなことが多いものかと、つくづく驚いてしまうんだ。

 さらに考えてみれば「学ぶ」という言葉は、元来「真似をする」つまり「まねぶ」から来たそうだ。
 学問や技術は真似られるほうが、大いに活気づいて発展をするのかもしれない。かつての日本もそうであったが、つい先日まで日本の技術を徹底的にコピーして、同時に日本の音楽などは一切禁じていた国があった。そんな国でも相手国、つまり日本自体も含めて短期間に、その関係が大きく変わるもんだなぁ!

 唯円は、「親鸞は自分自身が考えたことなど何もない」と『歎異抄』に、親鸞自身が言ったと書いている。
 また、「真似るよりも、真似られたほうが幸いである」とは、何となくアポクリファ的発想で不謹慎かもしれないが、パウロが言いそうな言葉でもあるが、いかがなものだろうか? 
 先日、三木先輩のホームページを拝見したら、右上に「jasrac」と記してあった。(2005.03.07)


○二号さん?


 私がまだ現役のころ、当時総理大臣をしていた人は「二号さん」が十人くらいいたそうだ。
 実際に三号、四号と言ったかどうか、またその真偽も調べたわけではないので定かではない。そのころ、金はあったものの仕事に追われてしまい、私は女性に関心をもつ暇がなかった。そして、やがて気がついたときには重度の糖尿病。いったん死にかかったために長い期間を闘病に費やして、やっと治ったときにはすでに五十代半ば。
 そんなわけで、機会がなかったのである。
 しかし、考えてみれば現在の妻(別に離婚した人がいるわけではない。クサンチッペさんよりはマシだろう)一人にいろいろと煩わされたので、そんな機会のなかったのがむしろ幸福であったかもしれない。

 ところで、パソコンである。
 いままでのノートがもたもたするので、思い切ってデスクトップを買った。とても動きが軽くてサクサクと動いてくれ、すっかり気に入ってしまった。しかし、いままでのノートも使っています。例えば、このメールを作成するのに。

 三次元画像を作るのに Windows 付属のペイントでは心細いと思って、Paint Shop Pro というのを使い始めた。とても性能がよいのであるが、これがまた慣れるまで大変である。大型ソフトのために、どこにどんな機能があるかが、まったくわからないからである。つまり、操作法を覚えるのが一苦労。

 今月から新しい作業に入らなければいけないのであるが、なかなか計画的には運ばない。
 なぜならば、デジカメで撮った動画が Windowsムービーメーカーや、私のフラッシュではまったく読 めないのである。以前は一齣ずつをチマチマと変換したのだが、どうも面倒くさい。
 しかたないから、拡張子「.MOV」を「.AVI」に一括して変更する方法を3つほど考えてみた。

 ホームページビルダーに付属していた「ウエブビデオスタジオ」を利用する方法、変換ソフト「MOV2AVI」 を利用する方法、そして「QuickTime プロ」を利用する方法だ。しかし、3番目はアップグレードするときに、クレジットカードの支払いしかできないと書いてある。前に富士通で作ったものが、ヤフーでは使えなかったことを考えると、どうもダメらしい。新たに別のものを用意するには、時間がかかりすぎるのだ。

 ヤフーのときも何とかいう制度(ジュリエット、タブレット、ウオッシュレットに似ていた言葉)を理解して、銀行で手続きOKになるまでに2週間ほどかかった。そして、やっと有料ホームページの確保ができた次第。その間、数回銀行に足を運んでわけのわからない説明を聞き、何となく忘れかけたころに連絡があって、やれやれとほっとした。
 その間のことは、『青空の入門・創作ページへようこそ!』にある「ホームページの始め方」に記述しておいた。忘れないためにである。

 二番目にあげた変換ソフトは、画質が極端に悪くなってしまうのが欠点である。
 また、ウエブビデオスタジオは QuickTime のインプットを受け付けるものの、なぜかアウトプットに拡張子「.AVI」ファイルを作ることができない。
 いろいろと調べてみると、いずれのものも「帯に短し襷に長し」である。

 やはり、新しいパソコンは何かと大変ですね。
 前のノートが起動していても、一向に「我存じず」であるが、そのノートに接続をしたスキャナやプリンタがONになっているときには、なぜか自動的にLANを構築してくれる。どうもその辺の理屈がわからないので、私は戸惑ってしまうんだ。

 「マルチタスク」はいいんだが、「マルチユーザー」は複雑になって面倒くさい。
 ルーターハブで2台ともインターネットに何とか繋がっているのだから、ノートの記述を見ながらデスクトップで作業をする。そのほうが、わかりやすいし面倒な操作が必要ないからである。大型機ならともかく、十数万円のパソコンにも大幅なタイムラグの生じるマルチユーザなどが本当に必要なのか?

 「二号さん」を持ってみると、結構いろいろと覚えなければならない。
 高性能マシンをその性能を損なわないようにして維持するのは、なかなか老化予防のためにもいいことかもしれない。いくらパソコンが複雑だと言っても、人間関係のそれと比べると雲泥の相違だ。とくに男女間の問題などは、いいときはいいが、悪いときは悪い。
 どこかのコンチェルンの社長さんが、踏んだり蹴ったりになっているように……。(2005.03.04)


○三年目の浮気?


 皆さま、お元気ですか?
 お陰様で身体はとても健康なんですが、ここのところ気持ちが何となく滅入ってます。
 だいぶ前のことだが「三年目の浮気」という映画がありました。ご存知ですか。三年もすると、何事も飽きちゃうんだそうだ。愛(いと)しかった恋人、その結果として妻になった人にもです。

 おっちょこちょいで、めんどぐさがりやの私は三年ももちません。
 妻に、ではない。パソコンの作業にである。
 実は一昨年のお雛様の日に、初めて買ったノートパソコンで Windows を知り、ちょうど今日で二年になりました。そして、この一週間前に大型デスクトップを買ったのです。ノートパソコンに飽きたのではなく、ノートパソコンでは処理しきれなくなってしまったので、どうも仕方なかったからだ。

 ほんとうは、ホームページを作ったり、パソコンをすること自体に飽きちゃったんだ。
 しかし、仲間の手前、やめられないのである。「やっぱりできないんだ。偉そうなことを言っても、実力がないんだ」と、市の健康サークルの連中に馬鹿にされたくないのである。
 そんな状態のときに、あなたに「三年目の浮気」でなく「二年目の嫌気(いやけ)」を聞いていただきたい。

 なぜ、やんなっちゃったかというと、がんばって作ったホームページを誰も見てくれないのである。計画をしたよりも、まったく訪問者が少ないので、つい愚痴を言いたくなる。還暦をだいぶ過ぎたおっさんが何もわからないままに始めた内容の薄いものであるから、むしろ仕方がないのかもしれない。
 さらに、デスクトップに「インストールするソフトの仕様許諾契約書」と「頻繁にくるウイルス」と「大型ソフトの独自的な操作性」については、まったくもううんざりである。
 ムダな時間が、かなり費やされるからである。

 ホームページは「健康」と「老化予防」と「安心立命」がテーマであったが、まず最初に「インターネット」について学び、それをまとめた。そして、次に「ホームページの作り方」についていろいろと勉強をした。絵や動画などの作り方もである。天の邪鬼な私は、「絵を Excel で描く方法」なども自分なりに考えたのである。

 さらにまた、音楽の勉強をして簡単な作曲がパソコンでできることもわかった。
 そして、それらの手順をすべてホームページに記述した。なぜならば、忘れっぽい私には覚え切れないからである。
 また、ノートやメモに書いておいたのでは整理ができない。目次や索引を作るのなら、いっそパソコン内の文書の検索をしたほうが早いからである。そんなわけで、それらの内容で300メガバイト近くなってしまったのである。

 次に、「フラッシュ」の使い方を調べてみた。これが、また大変であった。それでも、Tama さんがご一緒してくれたので、とても心強かったんだ。
 その上、「小説の作り方」のための「文章技法」などもまとめた。つまり、『創作シアター』のための「台本の作成方法」までの内容になってしまったのである。そのために、次の300メガバイトがいっぱいになった。

 すると、もはや実際の動画をテストする空きエリアがない。そこで、もう300メガバイトを確保した。そんなことを次々としたために、すでに全体で1000メガバイト、つまり1ギガバイトを超えてしまったんだ。だから、何となくホームページが5つある。しかし、あまり見る人がいない。自分の必要で次々としたことではあるが、おそらく内容的に魅力のないムダなものだからだろう。

 これが、私の「二年目の嫌気」に関する愚痴なんだ。
 「石の上にも三年」という言葉を思い出して、恥ずかしい限りです。
 長々と読んでくださって、ありがとうございました。(2005.03.02)


○お元気ですか?


 皆さん、お元気ですか?
 お陰様で、私はとても健康、新しいパソコンのこともあって、日々楽しい毎日です。
 もう、2月も今日で終わり、いよいよ春がくるようです。
 昨日、多摩川の堤防へ行ってみたら、すでにオオイヌノフグリが咲き始めていました。毎年、自然が同じ状態なのに驚くとともに、自分自身は何となく寒さに耐えにくくなっていくような感じがしないでもありません。
 皆さんは、いかが?(2005.02.28)


○多摩の横山=多摩のゴルフ場


 かつて万葉集で、「多摩の横山」と歌われた地に私は住んでいる。
 いちめん田圃だったところと、小高い山々だったところを開発して住宅にしたのだ。「関戸」という小さな駅だったが、分譲をするのに具合が悪いので「聖蹟桜ヶ丘」になった。
 すでに小田急線に「桜ヶ丘」という駅があったので、「聖蹟」を冠したらしい。そのころは小田急と京王は同じ扱いの路線だった。下高井戸という駅には改札などなくて、そのまま乗り換えができた。高校時代には悪いのがいて、箱根から50円くらいで帰ってきたようだ。

 つまり、現在も地名は残っているものの関戸という何もないところだったが、しいて言えば明治天皇が兎狩りや鮎漁にきたくらいだろう。その聖蹟が、大変化をした。
 ゴルフ場が沢山あって、素晴らしい環境の土地だと言う人もいる。私の住んでいるところの近くにも、

  府中CC(カントリークラブ)(南西5キロメートル)
  東京国際CC(南南西5キロメートル)
  桜ヶ丘CC(東2キロメートル)
  多摩CC(東3.5キロメートル)
  東京よみうりCC(東南5キロメートル)
  よみうりCC(東南6キロメートル)
  米軍のゴルフ場(東1.5キロメートル)

などがある。

 また、日本百選に選ばれた湧水もある。地下水がどのように流れているか知らない。しかし、多摩川の伏流水があるので、やはり……。
 団地になっているところは江戸川の水を利用しているが、私の地域ではいまだに、水は地下水を利用している。したがって、水がとてもおいしい地域と言われている。

 私は、引っ越しと同時に「ハーレー」という浄水器を付けた。そして、水道水はそのままでは決して飲まないようにしている。なるべく水分は果物や野菜から取るのである。
 問題は、高台にある米軍のリクレーションセンターである。学徒動員をした古老の話では、風船爆弾などを作らされたという。そして、化学薬品や生物兵器の研究もしていたらしい。その後は米軍が接収して、現在もそのまま埋めて放置をされているようだ。(2005.02.25)


○すっぱい葡萄?


 新しいパソコンが来た。さっそく梱包を解いて、机の上に置いてみる。「置いた」というよりか、鎮座ましましたのだ。バカでかいというか、何とも図体が立派なのである。
 本体は幅が20センチ、奥行きが50センチ、そして高さが45センチほど。そして、画面も負けず劣らず幅42センチ、高さ35センチもある。その中で1280×1024ドットで利用できる優れもの。

 さっそくにやってみると、今までのノートが嘘みたい。まったく早いのである。応答が早いというよりか、サクサクと動作をする。まったく、この「サクサク」という言葉がぴったりなのだ。
 さずがに、4つもあるCPUはすばらしい動きの実現をしてくれるようだ。現物を見ずに、ただ説明員の話から決めた機種だっただけに、私はとてもうれしくなってしまった。

 実は、まだサラーリーマンの時代に、将来はコンピュータを自宅に持ちたいという夢をもったことがある。それは、昭和30年代のころだ。そして、今考えるとその頃に考えたものの百倍以上の性能をもったものが来たことになる。
 20年近く前に、現役のころに使っていたMS-DOSのマシンと比べると仕様は格段に上がっているからだ。
 「そのようなことはよくある」ことだ。
 例えば、サンジェルマンのビニール袋を3つほど持っていたら、紫式部や清少納言の時代ならば家宝になって、嫁に行くときにはさぞ誉れが高かったことであろう。

 引き続いて、光ファイバーの接続を申し込んだ。しかし、説明員の話が何のことだか理解できない。
 しかたないので、いったん申込を諦めて、とりあえずルーター・ハブ方式でインターネットに接続をしてみた。しかし、今までのノートとのネットワークがうまく構築できない。
 ノート単独で動いていたときは、勝手に組み込んでくれたLANではあるが、……

 どちらも、まず問題なくインターネットと接続はできるのではあるが、互いのネットワークが構築できないのである。そこで、LANも仕方ないので諦めた。2〜3日ほどあれこれ確かめると、おそらく解決することであろうが、どうもめんどくさい。
 そんなわけで、前からあるノートとこのデスクトップをそれぞれに特化をして使うことに決めた。

 新しい 4CPU は、三次元やフラッシュなどを駆使し、ムービーを作成するのに使おう。
 サワーグレープではないが、めんどくさいので変な諦めかたと特化をしたものだ。できないのではないが、時間をそれにかけるのがバカらしいのである。
 「そのようなことはよくある」ことだ。
 例えば、私の知人のある団体の理事長は自動車のカーナビを使ったことがないという。つまり、その使い方を知らないのである。そして、私にそのことを誰にも漏らさないでくれと頼んだ。

 また、内田百間(門構えの中は日でなく月)の短編に、ウナギの蒲焼きの食べ方が書いてあった。
 通になると、うなぎ自体は食べずに捨ててしまうのである。そして、つゆだけを飯にしみこませて食べるという。まったく、変わった理屈である。

 私がローカルエリアネットワークの構築さえもできず、そしてブロードバンドルーターのインストールも満足にできないのは、それらを学んでまで続けるのが面倒なためであり、とくに必要はないからである。
 そんなことに数日を費やするのは、何とも我慢できない。「我慢できない」のは、道具に翻弄されているようだからだ。
 しかし、創作シアターはぼつぼつ完成をさせていかないと、仲間の手前、ちょっと具合の悪いことになるようだ。そんな意味では、ファイト満々であるが。(2005.02.23)


○Norton の LiveUpdate?


 どうも、ここのところうまくいかない。
 何回も「再インストールをしろ」と出てくる。とくに、何かをした覚えはないがメッセージが出て、先に進まない。始めは、Norton側のサーバーが込んでいるのではないかと思ったが、そうではないらしい。

 そして、何とか問題を解決したのではあるが、かなり長々とした作業だった。
 アンインストールしてから、改めてインストールをする本格的な作業であるが、待ち時間が多いので途中で不安になったことも事実である。
 そんな作業のときに、なぜかふと私はマイケル=ジャクソン氏のことを考えたり、さらにはフランケンシュタインの映画を思い出したりもした。

 出来上がって、びっくりした。
 なぜならば、いままでとまったく異なる LiveUpdate 画面のデザインになっていたからだ。つまり、ほとんどその箇所について、全部の入れ替えを行ったらしい。
 それでも、何とか解決をしたのでやれやれである。

 ツールの使い方に苦労をしたり、ツールに翻弄される愚に、私はうんざりしている。
 いっそやめてしまいたいところだか、仲間との手前上そうはいかない。また、偉そうに『創作シアター』を始めるんだとも言ってしまったからだ。

 ウイルスが囂(かまびす)しくなって久しい。
 ほんとうに困ったことである。Nortonさんのサーバーもぼつぼつ限界にきているんじゃないだろうか。
 でも、すぐに大型・高性能に変更をするだろう。するとまた、しばらくして容量が足りなくなるわけで、追いかけごっこのような様相だ。そして、その中に私たち全員がいるということにも、かなり問題がある……
 私たちのパソコンの中でも、ウイルス対策のプログラムやテーブルが膨大になっている。

 無菌室のような状態を望んでいるわけではないが、それでももう少しムダのないシステムにならないものか。誰が何のためにするかわからないが、世の中は利害関係があり、なかなか難しいようだ。
 日本の社会を少しでも混乱させるほうが、大きなメリットのある誰かが…… (2005.02.21)


○確定申告はお済み?


 所得税の確定申告に行って、いま帰ってきた。日野税務署であるが、満願寺という不便なところにある。申告自体は単に還付請求であるから、まったく問題はない。
 ひところのように5月末と合わせて、年に2回も確定申告があった時期はかなり大変な作業だったが、いまは30分もあれば書類ができてしまう。

 ふれあい橋という歩道橋を渡るのであるが、川の上は肌がきりっと引き締まるほど冷たくて気持ちがいい。上下とも下に木綿の一枚だから、計4枚しか着ていないからだ。
 おまけに靴を履かず、ゴム草履である。冷えるのは体に悪いという人がいるが、1時間くらいだったら冷やすのが健康によいのかもしれない。
 帰りに高幡不動尊に寄って、参拝をした。境内はがらんとしていて、誰もいなかった。(2005.02.18)


○傳子


 福祉会館の談話室に行った。
 そこで「パソコンをやめてしまいたいところではあるが、やめるにやめられない事情がある」と言ったら、「なぜだ?」と言われた。

 そこでしかたなく、『傳子』(ふし)にある「「病従レ口入 禍従レ口出(「レ」は「レ点」(漢文でいう)です)」(病は口から入り、禍(わざわい)は口から出る)なんだ」とこれもまた、お茶を濁しておいた。
 ほんとうの理由は、……(2005.02.16)


○一駅(ひとえき)の楽しみ


 新宿行きの各停に乗ると一駅で中河原である。また、逆に乗れば百草園(もぐさえん)。
 最近は足が弱くなった。そこで、そのいずれかの一駅を乗る。そして、多摩川の堤防に沿って帰る。いずれも4キロメートルくらいであろうか。

 しかし、中河原から歩くよりも、百草園から歩いたほうがずっと楽だ。
 百草園からのときは、まず程久保川に沿って歩き、しばらくしてから多摩川の堤防に出る。途中景色の変化が多いので、何となく疲れが出ないのかもしれない。カワセミやアオサギを見つけるチャンスもあるので、とても楽しみだ。(2005.02.14)


○二年目?


 パソコンを始めて2年目になろうとしている。一昨年のお雛様にこのパソコンを買って、Windows をひもとき、苦労をして何となくわかるようになった。そして、下記のようなホームページを5つ作成し、やはり何となく現在のホームページが、あまり意味を持たない理由がわかった。
 必死で作ったホームページであるが、さっぱり計画をしたようにはいかない。文字型のホームページがダメな理由がわかってきた。つまり、あまり読んでもらえないのである。

 当初の計画では、「健康」に関する非常に大切なことをていねいに記述をするので、100人に一人くらいは目をとおしてくれると考えた。つまり、国民を少なく見積もって100,000,000人(1億人)として、その1パーセント、つまり1,000,000人(100万人)を予定していた。1年間でである。

 よく聞くマンガのベストセラーでも百万単位だし、前に出版をした私の本も合わせるとそれに近い数字であったからだ。
 しかし、ホームページではアクセスカウンタが 20,000 をちょっと超えただけ。
 2年間であるから計画をした成果の100分の1しか達成をしていない。そこで、もう今までのホームページは、ほどほどにしようと考えた。
 つまり、投げ出したのである。

 では、何をするか?
 市のサークルの連中が見て面白いというような内容に変更をしよう。それは、今までのホームページと趣向を変えて「実仮想空間」の中に訪問者が置かれるようなシステムだ。なぜならば、市のサークルの連中は自己本位な人が多く、自分自身以外のことには、あまり興味を示さない。そして、情熱や生きがいというようなことには、ほど遠くなってしまったようだ。

 だから、工夫が必要なのである。仏教風「待機説法」に似ているか?
 何のことはない。子どもたちが夢中になってやっているゲームなどとちょっと似た空間である。そのためにはグラフィックと音楽を駆使しなければならない。

 そこで、ものすごい高性能なデスクトップを買ったわけだが、まだまだ自分自身の技術力がないので、わからないことだらけ。グラフィックと音楽については、だいぶ前から勉強をしてきたのだが、……
 さてさて、どうなることやら。
(1) http://www1.ttv.ne.jp/~riko/  健康・老化予防・安心立命など
(2) http://rikinf.hp.infoseek.co.jp  みなさんのギャラリー(つまり、このホームページ)
(3) http://rikinf.web.infoseek.co.jp  パソコンを始める人のために
(4) http://www.geocities.jp/rikwhi/  Flash を始める人のために
(5) http://www.geocities.jp/riknny/  新しい様式のテストページ?
(2005.02.11)


○簡単な買い物?


 月曜日に吉祥寺に行った。そこにある専門店で、デスクトップを買った。間口2間ほどで、奥行きが2メートルほどのとても小さな店であり、店員は一人しかいなかった。
 客は5人も入れば、いっぱいである。つまり、立ち食いそばのスタンドにも似ている感じ。むしろ、それより狭い。奥の1メートルもない台の上に、数台のパソコンが並べてあった。
 なぜそこで買ったかというと、医師会の久保先生が斡旋をしている機種であり、また先輩の三木さんが使っているパソコンであったからだ。
 何にもわからない私に、店員はよく説明をしてくれたことも買った理由である。

 そして、今日来たのだから22万円もするものを17万円に負けてやると言う。うれしくなってしまい、行きつけた店でいっぱいやって、いい気分になった。
 すべて受注生産なので、今日から製作に入るそうだ。海外の工場で作って船で輸入をするらしい。(おそらく中国かマレーシアあたりであろうと思う。)

 とにかく、買い物ができてよかった。
 次は、光ファイバーとの接続である。この申込もどこでどうすればよいのかわからない。その店で、思い付いたBBにしたいと言ったら、ADSLの会社から電話があった。
 私のところは、超高層ビルである。したがって、光ファイバーは管理組合の許可がいると言う。なかなかめんどうなことである。
 めんどうなことが嫌いな私は、なぜ世の中が不必要なほどに複雑なのかがわからない。(2005.02.09)


○パソコン買いそびれ?


 きのう、近くの家電大型店にパソコンを買いに行った。大金を持参して行ったのであるが、結果的には買わずに帰ってきた。
 いまもっている富士通ノートのファンモーターが、ガタガタ言い出したことと、重いグラフィックをするとアームレストのところまでが熱くなるためだ。つまり、放熱がすでに満足にできないためであろう。

 そんなわけで、妻といっしょに勇んで買いにいったもののデスクトップが何となく複雑で、説明員の話ではわからない。FMVのデスクトップは馬鹿でかいハードディスクが付いていて、どうやらテレビを見て録画をするという目的をかなえているようだ。
 日曜で込んでいたからかもしれないが、質問の多い客は買わなくてもよいという感じがしないこともない。光ファイバーとの回線のことなども店員には答えられないようだった。

 せめて、自分の目的に必要充分な仕様のパソコンが欲しいものである。
 仕方ないので、きょうは都内の別な店に行ってみよう。(2005.02.07)


○コリオレーナス


 前に見た(テレビで中継録画だが)有名なシェークスピアの悲劇『コリオレーナス』のことを何となく苦し紛れに思い出した。それは、ギリシアの英雄が凱旋をするのであるが、美しい妻や母との時もないままに、再び遠征をするようなストーリだった。
 悲しい結末になるのだが、その詳細はよく覚えていないのである。
 それを知ろうと思えば、シェークスピア全集を見ればよいのだが、そんなことは私にとってどうでもよい。

 私が見たソ連だったか北欧のアカデミア国立歌劇団の振り付けである。
 ギリシア時代なのに、背広を着ていたり、革ジャンパーなど、さらにサンダルではなく、ちゃんと革靴を履いている。女性は、超近代的なドレスを着て、帽子まで被っていたようだ。
 いずれにしても、時代感覚を無視したわけであるが、その内容はすばらしいものであった。

 いったい何が言いたいのか?
 つまり、いま考えている創作シアターの登場人物たちに着せる服、それらの時代考証ができないので、とりあえず現代風の姿のまま、動かしてみたらどうか、という横着な考えが出てきたのだ。
 いかがなものでしょうか? (2005.02.04)


○ヒポクラテス


 二月に入り、一段と寒くなったようです。
 皆さんは、お元気でしょうか? お陰様で、私はとても元気。
 寒いと保温がしにくいので、どうしても体温の維持が難しくなってきます。つまり、ホメオスタシスが正常に機能をしなくなるんです。
 ヒポクラテスは、「冬季には少々脂っこい物を食べて、体温保持をするように」と書き残しているようです。
 この季節は、とくに健康に注意をしてください。
 お大事に。(2005.02.02)


○システムに似たプログ?


 「プログ」というのが増えてきた。ロキさんの素晴らしいデザインを見て、何となくやってみたくなるのは、私だけではないでしょう?
 しかし、その実態はわからない。まだ、定着していないのかもしれないからです。つまり発展途中のもの。
 もしかしたら、「ブログ」かもしれない。「BLOG」と書いてあるのを見たこともある。また、「ウェブログ」と言った人もいた。

 そういえば「システム」という言葉も、最初はよくわからなかった。まだ1960年代ころだったと思う。ウイナー『サイバネティックス』という本を読んだときには「系」という字に訳されていた。例えば「自己保全系」など。「システム」という日本語が、当時はまだ定着していなかったからだ。

 とにかく、いまホームページを作ろうとしてがんばって学習している内容は、あまり含蓄のあることではなく、言ってみれば単に「道具の使い方」をうんうん言って調べているようなものだ。
 それがまた、とてつもなく広がってしまって、何とも大変なことであり、もっと簡単な方法はないかと、つくづく考えているのだが、…… 今さら、やめるわけにはいきません。

 プログはどうでしょうか? (2005.01.31)


○地獄は一定すみか


 ここのところ、何となく怪しげなメールが頻繁。そして、ノートンで引っかかるウイルス付きも多い。
 まったく困ってしまう。おそらくドメインを取ったことと、大手サイトに ID とメールアドレスを公開したこともターゲットになった理由だろう。
 一方では、次々となされる Windows 自体の更新とウイルス対策テーブルの追加、それらはちょうど追いかけごっこの様相だ。
 どなたかがインターネット社会を「汚らわしい世界」とも仰有ったが、自分もその中に入っているので、あまり偉そうなことは言えない。ちょうど、肥だめにいる蛆(うじ)が互いに相手を汚いと考えるようなものか?

 最近、つくづくと驚いたことも事実。ある大手のQ&Aで見かけた質問である。

  「父親がそばに来ると臭(くさ)くてたまらない。何とかならないか?」 

 おそらく、それは若い娘さんであろう。宜(むべ)なることである。
 そして、その回答がすごい。いったい何が回答者をして、そのような投稿をさせたかも不思議である。無記名になっているが、サイト運営者には氏名も年齢も住所もわかっているのであろうが、それでも何ともへっちゃらなんである。

  回答。「そんな人間は、早く死んでもらうことです。その実現方法は、……」

とあった。
 話はちょっと逸(そ)れるが、「蛆」という字と「姐(あね)さん」とが同じ旁(つくり)だと言うことを考えると、さもありなんと思うのは、私だけでしょうか?

 そんなわけで、つくづく私は「……、とても地獄は一定(いちじょう)すみかぞかし。」と思うのです。
 なお、このくだりは http://www1.ttv.ne.jp/~riko/ の「自己福音書」にある『小石』の最後の部分から引用をしました。
 『歎異抄』の世界に興味のある方は、お読みください。(2005.01.28)


○画像処理について(続き)


 ソフトをいくつか用意しておきます。

(1) 立体の図形製作のみに特化したソフト
(2) 平面座標を扱うソフト(フラッシュ)
(3) 動画専用の3Dソフト

 そして、(1)で各ポーズを作ります。
 それをパックが平面でOKのときは(2)、バックを立体としたいときは(3)に載せて使います。
 しかし、いずれの場合も平面の画面上で擬似的に立体化をしているのですから、あまり厳密に考えてもしかたのないことです。

 上の(1)と(2)と(3)を兼ね備えたソフトもありますが、高価で仕様が複雑になっています。30万円くらいして使い勝手が複雑なので、最初から手が出ません。
 現在、私は(1)と(2)はそれぞれ1万円以下、(3)は無料のものを使っています。そして、そのような工夫をすると手数がかからないことが何とかわかってきました。

 つまり、それぞれのソフトのよいところだけを生かして使うのです。むろん、(1)と(2)もフリーソフトがありますので、それらを使えばすべてがタダで可能になるでしょう。(2005.01.26)


○画像処理について


 先のメールで Tama さんが述べられていましたが、現時点での私の画像処理についての考え方を返答しておきましょう。
 面倒なことが大嫌いな私は、なるべく少ない手数で画像処理をしたいと考えています。
 そこで、いろいろなツールから利用できる部分だけを何とか組み合わせて効率よく進める方法を調べています。

 ライスカレーを作るときに、こだわってニンジンやタマネギを栽培したり、ニワトリやブタを飼育したりしません。まして、ルーを求めるためインドのデカン高原の辺りやネパールまで探検をしようなどとは、とてもできない相談です。
 そうは言っても、ボンカレーや中村屋のカレーパックを買ってくるという方法も好みません。つまり、どの辺から自作をするかという問題になるのです。
 そしてそれは、自分自身で納得をすればよいでしょう。(2005.01.24)


○メパチクチパク


 アニメーションの専門用語で、目をぱちぱちとしばだたせるのを「メパチ」、口をぱくぱくと開け閉めして話すのを「クチパク」と言う。
 やっとその方法が、何とかフラッシュでできるようになった。
 しかし、どうもマンネリで何となく幼稚である。そこで三次元の映像にしなければならないことに気が付いた。

 そういえば、ディズニーでも昨年の「くまのプーさん」が最後で、以後のミッキーマウスなどはすべて三次元の映像になったようだ。
 そこで、フラッシュのほかに三次元ソフトをインストールした。それがまた膨大なもので、ライトウェーブ・サンディー(28万円)にも勝るとも劣らない性能のものだ。したがって、何とか操作ができるようになるだけで、数ヶ月かかってしまうだろう。

 前にやったフラッシュのような簡単なものであればよいのだが、そうはいかないらしい。
 しかし、作者のご厚意で無料で使わせていただいているのだから、何とかがんばってみたい。(実際には、あつかましい私も感謝の気持ちで郵便振替で数千円を送ったのだ)
 だんだんいろいろな人との関係も出てきて、抜き差しならない状態になってくるらしい。(2005.01.21)


○老化現象の言葉?


 「めんどくさい」「疲れた」「どっこいしょ」である。これらの言葉は、どうも老化の始めのような感じを受ける言い方。だから、私は「めんどくさい」と「疲れた」をなるべく言わないようにしている。
 なぜならば、自己暗示をかけてますますそうなることが多いからだ。

 しかし「どっこいしょ」は「六根清浄」からきた神聖な言葉だから、やはり必要かも知れない。
 それでも、ちょっと大げさであるから、私はなるべく「よいしょ」ぐらいにする。(2005.01.19)


○驚きのタブレット!


 フラッシュや三次元CGのために、インプットツールとして A4版のタブレットを買った。そして、いろいろとびっくりしたことがあるぞ。考えてみれば当然のことだが、無知な私はそれに今まで気が付かなかったのだ。
 なぜ、このパソコンを始めた2年ほど前に、それを知って買わなかったかをつくづくとぼやいて反省した。

 タブレットやデジタイザ、そしてスキャナなど私が学校で教えていた時代には専用機器だった。だから、タブレットも図形を描くためのツールとばかり思っていたのだ。それが、単にドライバを組み込むだけで Windows を起動してから、終わるまで使えるのだ。あったり前のことと言えば、まったくそうなんだが、鈍い私はそれに気が付かなかっただけだ。

 画面と同じ絶対座標の上でポイントできるので、今までのマウスの相対座標加速式に比べても操作時間が短くて済む。ペンの扱いに慣れると、おそらく半分以下の時間ですむだろう。
 専用マウスも付いていたが、おそらくほとんど使わないだろう。私はペンですべてを済まそうと考えているからだ。むろんペンもマウスもコードレスなので扱いやすい。
 赤外線方式ではないようなので、人体にもあまり問題はなさそうだ。

 なお、おまけにごちゃごちゃ付いているソフトの中に「水彩」があった。それは、何とも素晴らしいものである。なぜならば、私が今まで使っていたバージョンと異なっていて、Windows 枠がないのだ。つまり、画面全体をカンバスとして利用できる。ツール表示域もかなり大きいのだが移動ができるし、折りたたむこともできる。そんなことで、さっそく古いのと交換をした。

 この操作法の簡単な「水彩」で描いた図形をフラッシュや三次元CGに持ち込むのがいちばん手数がかからないかもしれない。そんな方法を再発見できたのでうれしかった。
 画面いっぱいに構図を十数個描いておいて、ビットマップにしておいたものを必要な都度、切り出してジェイペグにすれば、手数が省けていいかもしれない。

 なお、付属しているアドーブのフォトショップエレメントやプロクリエートのペインタークラシックは使わない。操作が面倒なのと、それを理解するのが大変だからだ。
 また、私も老いてきたので、あまりムダな時間を使いたくないからだ。このパソコン自体もムダなことと言えないこともないが、それは愚かであったために、引っ込みが付かなくなったので仕方がない。

 考えてみるとこの「水彩」は小学生用らしい。説明にもそのように描いてある。練習用に「塗り絵」が付いている。どう見ても小学生低学年または幼稚園の図柄だ。だから、私にもわかりやすい。
 そう言えば、私の愛用している「キューブミュージック」という作曲ソフトも小学生用だ。「児童・生徒用マニュアル」というのが付いていて、とてもわかりやすい。
 しかし、ピアノソナタなども作曲できるし、弦楽四重奏などにも挑戦をした。
 この「水彩」、正しくは「水彩LITE」も大いに期待に応えてくれそうで楽しい。(2005.01.17)


○ヵヮィィ子


 いまアニメの勉強をしている。そして、主人公になる「ヵヮィィ女の子」のデザインを考えています。しかし、センスがないのでなかなかうまくいかない。
 そこで考えたのが、基本的なデッサンの学習と人体の構造についての理解を深めることなんです。
 しかし、もっと簡単な方法はないのでしょうか?(2005.01.14)


○ホームページの動向?


 最近は大手会社のホームページに、フレーム方式が少なくなったようだ。
 ふつう右側のページにメインを置いて、左側に目次のような項目を置くのであるが、検索などをして訪問をすると、片側のページだけが表示される関係でコントロールがおかしくなってしまうことがある。
 また、非常に細かいボタンを用意したものと、逆にそうでないものがある。

 原則として、前の画面に戻るときは左上にある緑色の矢印「戻る」ボタンを利用する。もしも、そのボタンが効かないときは右上の赤い「閉じる」ボタンをクリックしてください。「新しいウィンドウ」にジャンプしたときは「戻る」ボタンがないからです。
 なるべく操作を簡単な標準作業にしておいて、ムダな手数をかけないようにします。

 あるホームページはボタンが多くて複雑ですが、何だか内容自体はあまり豊富でないような感じがします。
 そんなときに、私はある女性を思い出します。その女性はお化粧をいつもしていて細かい部分まで仕上げています。目張りを入れたり、爪を染めたりもしているんです。
 しかし、その人の部屋は非常に汚いのです。なぜならば、パソコンの調子が悪いときに見てくれということで、行ったときに私は室内をつぶさに観察したのです。

 物が雑然と置いてあり、ドライバーや懐中電灯などもどこにあるかわからない状態でした。その人自身、よく観察すると肌着などもあまり着替えていないようでした。(2005.01.12)


○不思議な現象!


 最近になって、とても不思議な現象に気付いた。
 私が先生と読んでいる数人が、いずれも度忘れが激しくなっているようだ。もしかしたら、食べ物や水のせいかもしれない。さらに、度忘れどころかアルツハイマー症になってしまった人もいる。

 Tama さんは、いかが? また、Tama さんの回りの方々はどうでしよう?

 揣摩憶測の類かもしれないが、何者かによって意図的になされていることかもしれない。明確な証拠はないが、そのようになると大きな利益を得る国や組織があることは事実であろう。
 かつて自分の国を売った政治家や自分の国の民を滅ぼした英雄がいたので、そんな陰謀が絶対にないとは言えないのではないか?(2005.01.10)


○二号さん?


 パソコンも2年近く使っていると、どうも疲れてくるみたいだ。調子の悪いことがあったり、エラーをすることもある。いつも、メンテナンスをしているのに。
 そこで、二号さんが欲しくなってくる。ちょうど、老いてもたもたしてきた妻に何となく哀れみと疎(うと)ましさを感じるように。
 しかし、考えてみるとそれは身勝手かもしれない。せっかくに慣れたパソコンであり、ブロードバンドで利用しているかぎり、性能も何とかである。

 確かにキーボードなどは、ちょっとふにゃふにゃになっている。「K」などは、もう文字が読めなくなっているほどだ。すでに、1ギガバイトのホームページを作ったので、その利用回数は驚くほどのものであろう。また、メール以外の文書などにもずいぶんと使っていることも事実だ。
 そんな次第で、補助的にもう一台が必要になってきたようだ。このパソコンと別系列のプロバイダで光ファイバ回線にしようと考えている。

 ルーターなどを利用しないで、まったく別の回線を用いるので、すっきりとしたシステムになるはずだ。
 そんなことで、数十万かかるので妻に相談をした。すると、私の計画に大賛成で大いに安心をしたが。しかし、次のようなことを言われた。
 「老いても情報を発信できることは、すばらしいことですね。でも、あなた自身の予備はできないので、あまり無理をしないほうが、いいんじゃないでしょうか?」

 いつも、私が「こんな面倒なことはやめてしまおうかな」とグチを言うのを聞いているからだと思う。ずるずると深みに嵌っていく自分自身を何となく哀れに思う。
 とりもなおさず、一号さんだけでも扱いきれない状態なのに、何が二号さんですかと言った気持ちがないでもない。(2005.01.07)


○音の書展


 千字文でいろいろとご教示をいただいた作左部幸秋先生から、お年賀を兼ねた『書』の発表会のご案内をいただいた。サブタイトルに「音の書展 テーマ『音』」とある。
 19日(水)から23日(日)まで、午前10時から午後8時までであるが、毎日いずれも午後1時から「音の競演会」があるそうだ。

それは、

 19日(水) 落語 柳家はん治(落語家)
 20日(木) 日舞 幸保 安紀子  仕舞 本川 交
 21日(金) 小唄 山口 瑠美(歌手)
 22日(土) 琴 金 美千代  朗読 濱野 暁美(女優)
 23日(日) 三線 金城 ヤス子  三線 野田 伊津子

となっている。
 毎年、すばらしい書の作品が見られる。去年はテーマが「方丈記」だったか。それが、今回から「音」を伴ったので素敵な企画だと思う。私も AV 化が説得力には必要だと考えていた矢先だから、……
 ぜひ、行って見たい。
 あなたも、行けたら行って見て、聞いてください。
 場所は、中央線三鷹駅の南口前にあるコラルビルの5階、「三鷹市美術ギャラリー」です。(2005.01.05)


○初詣


 元旦の日に、

(1) 春日神社(多摩市連光寺)
(2) 諏訪神社(多摩市諏訪)
(3) 愛宕神社(多摩市愛宕)
(4) 貝取神社(多摩市豊ヶ丘)
(5) 小野神社(多摩市一ノ宮)

を参拝をした。
 春日神社と小野神社は古来からの由緒ある場所であるが、諏訪神社、愛宕神社、貝取神社は多摩ニュータウン開発に伴って移転をしたために現在の場所になった。でも、それなりにそれぞれのご利益(りやく)があるかもしれない。
 サイトの皆さんの健康と発展を祈願した。(2005.01.03)



Kuroda Kouta (2004.08.20/2007.09.08)