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  rikの「糖尿病そして腎臓病」素人療法


  びっくり療法でダメになりかかった腎臓を癒した参考記録



○はじめに
○オシッコに尿糖が出る!
○オシッコに蛋白が出てきた!
○腎臓について私がわかったこと
○腎臓について私がわからないこと
○腎臓を大事にするための食事や生活習慣
○参考記事


○はじめに


 この度、私は自分の腎臓に大きな問題があることがわかりました。
 尿糖が出る問題にについては数ヶ月をかけて、何とか自己改善をしたのですが、その後になって尿蛋白が出るようになってしまったのです。そこで、何とか尿蛋白についても尿糖のときと同じように、自分自身で治そうと工夫をしてみました。
 健康会の皆さまのご参考として、その記録をここに残しておきましょう。

 ただし、私は医療関係者でもないし、薬剤の専門家でもありません。
 私は、エンジニア(電子・パソコン関係)ですから、医学用語や人体の構造などについては詳しくないのです。もしかしたら、考え方や記述などに大きな間違いがあるかもしれません。
 また、身体には個人差があります。したがって、私の経験が必ずしも皆さんのお役に立つとは限りません。
 私は、自分自身の責任でしたことですが、ふつうはやはり信頼のできる病院に行って、専門の医師から指示を受けるのがよいのではないでしょうか。

 自分自身の体調の改善には、

   食べているもので、具合の悪いものがあるか?
   生活習慣で、具合の悪いことがあるか?

などを考えました。
 つまり、「食養」を行うとともに、「生活習慣の見直し」をしたのです。

 むろん最初のころは、まったく方針や処置がわかりません。
 尿糖や尿蛋白が出ても、知識がないので「何をどうすればよいか」がわかりません。
 尿が「甘い香り」がしたり、尿に「泡が多く」なるにつれて、心配が多くなるばかりです。身体の変化とともに、いわゆる「一難去ってまた一難」というような状態でした。そんな中で、何とか自分自身の身体がなった状態の傾向から、その対策を暗中模索した次第なのです。

 そしてその間に、薬はいっさい使用しませんでした。
 薬は、短期間に煩った症状でしたら劇的に効果があるでしょう。しかし、長期的になってしまった高血圧や糖尿病には、あまり効果がないでしょう。いたちごっこというか、いわゆる追いかけごっごのような状態になってしまうからです。
 やはり、長期的に煩った症状には、食物や生活習慣で時間をかけて当たるべきと考えました。

 私の場合、薬や医療器らしきものの使用は、尿蛋白を調べる市販の「試験紙」と尿の「計量カップ」、そして「簡易血圧計」「体重計(ヘルスメーター)」くらいでしょう。
 むろん、医師にはかかりませんでしたので「医師からの指示」はいっさいありません。
 すべて、自分自身が調べたり考えたりしたことの「傾向・対策」メモによって、自分自身の自己責任において行ったことです。その「傾向・対策」に関しては、このページでわかりやすく説明をする予定です。

 そんなわけでこのページは、あくまでも全体が参考資料なのです。
 そこで、間違いのないように「びっくり療法でダメになりかかった腎臓を癒した参考記録」というような補足的な説明をサブタイトルとして付けておきました。実際には私自身の体験記なのですが、かなりユニークな内容であるからです。
 なお現在の時点では、まだ下記の内容は完成をしていません。(2006年10月26日現在)


○オシッコに尿糖が出る!


 単に糖尿病というのではなく、私は腎臓そのもの自体を大事にして、修復していこうと考えました。
 高齢になると、つまり老いてくると、どうしてもインシュリンの分泌が少なくなるようです。
 そこで、さらにそれが理由で、どうしても食後に尿糖が出てしまいます。さらに、他の原因で尿蛋白まで出てくることもあるでしょう。腎臓の機能が衰えかかっているからです。

 尿糖は、ふつう食後2時間くらいで正常になるようですが、糖尿病の気(け)がある場合には、半・半日(はんはんにち=6時間)くらいも、尿に糖が残ってしまうことがあります。
 もしも、100mg/dl以上も出るようでしたら、何とかしないといけません。そのようなときは、一度専門医で、血液中の糖、つまり血糖値なども正式に測るほうがよいでしょう。

 私は、気長に次のようなことをやってみました。

・ 生水を飲む

 現代人は生水を飲むことがなくなったようです。
 もはや、水道の水は生水とは言えません。また、ペットボトルに入って売られている水も、生水ではありません。甘みや香りの付けていない「日本の銘水」などとして売られているものも、いわゆる生水ではないのです。なぜならば、法令によって高温殺菌をしているからです。

 人間の身体は何万年もの間、清涼な生水を飲んできました。ペットボトルに入った清涼飲料水などは、昔はなかったことでしょう。したがって、生水を飲まないと身体の細胞や組織、そして血液などはおそらくダメージを受けて弱っていくはずです。

 私は、地下水を飲んでいます。
 ただ、そのまま飲むと枯れ葉剤や殺虫剤などの化学薬品が含まれている危険があります。そこで、それらのものを濾過して飲みます。99.999パーセントの安全な生水になる濾過器を使用しているのです。
 しかし、残りの0.001パーセントの危険は、諦めています。

 生水の他にも、西瓜(すいか)や胡瓜(キュウリ)などの多量に水分を含んだ果物や野菜がよいでしょう。
 ただし、その場合には化学肥料や除草剤を多く使用していない作物、そしてポストハーベイのされていないものを選ぶ必要がありますので、注意をしてください。

・ 一度にたくさん食べずに、少しずつ時間をずらして食べる

 腎臓の負担を軽くするために、大食いはしないようにします。
 しかし、そのようにすると何となくひもじい思いが続きます。そこで、週に一度くらいは思い切って大食いをするんです。例えば、妻とシェーキーズに行ってピッチャー(1.8リットル)を二人で飲み、ピザの食べ放題などをします。すると、案の定、尿糖が出てかなりの時間、戻りません。
 そのくらいなら、血管を痛めてしまう心配がないと考えたからです。

・ カロリーの高いものは食べない

 ピザの話をした後で、ちょっと恐縮ですがカロリーの高いものを多く食べないようにします。
 むしろ、ベジタリアンに近い食事が日々の状態です。したがって、私の家の台所にあるレンジですが、肉と魚のグリルは使ったことがありません。ついでながら、電子レンジもないのです。最初のころに使った結果から、健康について考えた結果なんです。

・ 運動不足にならないように注意をする

 歩くことが、私の場合には好ましいようです。
 晴れた日は、ゆっくりと4キロメートルほど歩きます。そのときのことは、記事にしたりすると楽しいものです。

 上のようなことを行った結果、尿糖の値が何とか正常値に戻った次第です。


○オシッコに蛋白が出てきた!


 上記のような日々の注意をしたり、久しく糖分をひかえることによって、ようやく尿糖が出なくなった。
 しかし、その後その代わりと言ってはおかしいが、なぜか尿蛋白が出るようになってしまった。
 もしかしたら「前立腺肥大症の手術」などで、腎臓に大きな負担をかけたためかもしれない。
 試験紙(新ウリエースBT「尿糖・尿たん白用」)で見ると、

   尿糖は、検出限界以下(5mg/dl未満)
   尿蛋白は、多めの尿蛋白が検出されました(100mg/dl)

である。
 そして、この尿蛋白がなかなかなくならない。
 食べものを注意することによって、 「少し検出(30mg/dl)」にはなったが、それが数ヶ月続いた。なお、まったく尿蛋白が出なくなったのは、さらに数ヶ月後のことであった。


 「糖尿病性腎症」というのがある。
 いわゆる糖尿病(インシュリン非依存型)の合併症で、糖尿病による血管の障害によって糸球体がおかされて起こる病気。糖尿病が10年、20年と続くうちに腎臓が次第におかされて機能が低下してしまい、蛋白尿が出るようになる場合である。

 糖尿病性腎症を治す特効薬は、現在のところありません。
 そこで、糖尿病の発症がわかった時点で、血糖コントロールを徹底的に行ってまず糖尿病の進行を防ぎ、糖尿病性腎症が併発しないように努力する必要があります。
 もしも、併発をしてしまった場合には、食事療法を心がけるのがよいでしょう。
 私は、そのようにしました。
 食事療法はとくに難しいことはなく、塩分蛋白質の摂取を減らして、さらに余分なカロリーを摂らないようにします。そのようにしたら、あまり問題もなく、やがて治ってしまいました。私の場合、

   味付けに、塩はいっさい用いない(台所に塩を置かない)
   蛋白質はなるべく少なめにする(なるべく肉や魚を食べない。食べるときは鶏肉)
   体重を毎日量って、少しずつ減らしていく(増えていた場合は、食べ過ぎたと反省をする)

ことをしただけです。
 そのようなことを日々することによって、数ヶ月後には尿糖・尿蛋白ともに「検出限界以下」(尿蛋白は5mg/dl未満・尿糖は25mg/dl未満)になりました。
 その間、薬はいっさい用いませんし、医師にかかっていませんから、むろん注射などもしていません。


○腎臓について私がわかったこと


腎臓は血液から尿を濾過して、尿管から膀胱に送る。そして、膀胱から尿は体外に排泄される。
 尿の分泌と排泄を行う器官を「泌尿器」と言い、それらは腎臓尿管膀胱尿道などである。

・ 腎臓は、身体に不要な老廃物を尿として膀胱に送り体外に排出するとともに、必要なものは再吸収をしているらしい。
 また、ビタミンDの活性化をしたり、さまざまなホルモンを分泌して血圧を調整する。さらに、赤血球の生成を促したりもしているようだ。
 つまり、腎臓は非常に重要なデリケートな働きを持っている器官なのである。

・ 昔から、人体で重要な内臓を漢方では「五臓六腑」と言った。
 それは、心臓・肝臓・肺臓・腎臓・脾臓(ひぞう)の五臓と、大腸・小腸・胃・胆・膀胱(ぼうこう)・三焦の六腑である。三焦には、上焦・中焦・下焦があるが、具体的には何のことか(私には)わからない。

・ ふつう、1日に1.5リットル程度の尿が出る。(同じくらいの発汗があるので、摂取する水分の半分ぐらいがオシッコとして出ると考えられる。)

・ ふつうは、血液中の血球や蛋白質はいったん濾過されるが、再吸収される。したがって、それらのものが尿に出てこないのが正常である。
 尿の大部分はで、有機成分(尿素・尿酸・脂肪・糖など)やミネラル(食塩・カリウム・カルシウム・リンなど)がほんの少し混じっている。

・ 腎臓病については、自覚症状がわかりにくいようだ。しかし、次のような場合は疑ってみる必要がある。

   顔や上まぶたのむくみ(夕方になると足にむくみが移動する)
   口の渇き
   血圧の上昇
   血尿
   蛋白尿(尿が泡立っているときには、蛋白が出ていることもある)
   尿量の減少

・ 透明なコップに尿を取って明るいところで見ると、小さい老廃物が多量にあるときがある。そのようなときは、白血球などが含まれているらしい。


○腎臓について私がわからないこと


・ 最初のころは、腎臓の糸球体が破壊されるというようなことを大事件と考えた。
 そして、そんなことは「よもや自分にはあるまい」などと思っていたのである。しかし、そのような症状は多くあって、それが進んだために腎臓が機能をしなくなってしまい、透析になってしまった人も多いということだ。

 入院をした総合病院の主任看護師(男性)は「前立腺の組織の一部が破壊して出てくる」と説明をしてくれたが、もしかしたら私の場合、実際に出てきたのは腎臓の一部で、それが糸球体だったかもしれない。

 いまだに不思議である。
 毛細血管が細い糸ミミズ状になって尿から出てきたが、糸球体の大きさがわからないので、それが何であったかがわからない。おそらく、破壊した糸球体がボーマン嚢を通して膀胱に貯まり、さらにカテーテル(当時は前立腺肥大症のために尿道カテーテルを使用していた)を通して、尿中にあったのだとも考えられるのだが。


○腎臓を大事にするための食事や生活習慣


・ かけがいのない腎臓を大事にしよう!
 そのためには、まず食事療法の実践や生活習慣の見直しをしてみよう。いわゆる薬に頼るのは、それらが効果のないときにしたい。

・ 実際にやったのは、自己暗示や精神的な部分が含まれる健康法である。
 したがって、個人差がかなりあるでしょう。
 「気持ち」とか「気分」で治すと言ったら、誤解をされるかもしれません。それらは、言い換えれば「自己暗示によるホメオスタシス」とでも言えるでしょうか。「手当て」という言葉が、いまだに医学に残っていることを考えると、精神的なことも大切なようです。
 例えば、白隠禅師の「なんその法」やワイル博士の方法、そして桜沢如一の考え方なども含んでいるからです。

・ 付属的な生活習慣として、「手指の握り・開き」や「足の裏揉み」・「足の指拡げ」なども行いました。

・ なぜ食事療法が必要か?
 腎臓に負担をかけない食事をして、腎臓の機能を長持ちさせるためです。

 腎臓病には特効薬がありません。
 そこで、腎臓に負担をかけない食事に切り替えてみました。例えば、蛋白質の摂取を減らすと、腎機能の悪化する速度をゆるめることができる場合もあるからです。蛋白質のほかにも、塩分・カリウム・リンなどは腎臓の機能を悪化させるので、注意が必要です。

蛋白質は、身体の細胞を作っている主成分です。
 また蛋白質は、代謝によって細胞組織の栄養やエネルギーに変換されます。そしてそのときにできる残りかすが窒素化合物で、腎臓から排泄されます。したがって、腎臓病が進んだ人は老廃物が身体に蓄積をしてしまい、尿毒症になります。
 そのような場合、尿毒症にならないようにするために、蛋白質を控えるのです。

塩分(ナトリウム)の制限
 塩分を摂りすぎると腎臓の負担を大きくして、血圧を高くします。そしてその結果、動脈硬化を引き起こすのです。

カリウムの制限
 血液中のカリウムが増えると不整脈になって、心臓を停止させてしまうことがあります。
 カリウムは、いも類・バナナ・メロン・アボガド・海草類・ポテトチップ・チョコレート・ナッツ類などに多く含まれています。

リンの制限
 腎機能が低下すると血液中のリンが増えてしまって、健康を維持できなくなります。
 リンを多く含む食品は、シシャモ・いわし丸干し・するめなどの魚介類、チーズ・ヨーグルト・牛乳などの乳製品、肉・卵など。

蛋白質の摂取量が、腎臓病治療のポイントと言います。
 尿蛋白が出るときは、ふつう蛋白質の摂取を控えなければなりません。しかし、ネフローゼ症候群のように尿に蛋白質が出てしまうときは、蛋白質を制限してはいけません。その場合、失われてしまう蛋白質を補わなければならないからです。
 自分が、そのいずれのケースであるかを知らないと、食事の内容を決めることができません。

 その後、わかったことがあります。(2006年10月27日(金)の前後)
 大戸屋で生そば・鶏カツ定食を食べ、さらにミスタードーナッツでアメリカンコーヒーを2杯とドーナツ数個を食べると、その2時間後には尿蛋白が境界値を超えて、200mg/dlくらい検出。つまり、すでに体内の蛋白質が多すぎるところに、さらに摂取をしたためと考えられる。
 そんな状態だから今後しばらくは、なるべく蛋白質を取らないようにしたらよいのではないか。

食塩水分についても、かなり注意が必要である。
 顔や身体にむくみが生じていないとき、血圧が高くなっていないとき、そのようなときは食塩を厳しく制限してはいけません。なぜならば、逆に体内の塩分が不足して低ナトリウム血症になるからです。
 水分についても、むくみがないときには制限をしなくてもいいでしょう。尿量を少なくしすぎると、やはり問題があるからです。尿の排泄能力が落ちたときには、むろん余分な水分は摂らないようにします。

体力を維持するためには、どうしてもカロリーが必要です。
 蛋白質をコントロールしながら、体力を維持するためにはカロリーを糖分や脂肪で補うようにしなければなりません。


○参考記事


 次に覚えをメモとして残しておきましょう。
 必要に応じて、後で整理をして他の箇所に移す内容が多く含まれています。

・ 参考にした「ことわざ」や「言い伝え」には、次のようなものがありました。

 「笑う門には福来たる」……ベルクソンが『笑』に書いているようなことも考えました。
 笑うことは、精神的にもよいことではないでしょうか。いっぽうでは、何となく心臓や胃腸などの内臓、そして血管の働きをよくするようです。また、内分泌なども促すようです。

 「病は気から」……現代医学では盲点になりがちな「身体の不都合な異常を精神面でも考える」という意味があると思います。

 「まぶたのむくみに腎臓病あり」……瞼(まぶた)が浮腫(むく)んだら腎臓病を疑ってみるという昔からの言い伝えです。

 「小便が多量だったり、回数が多くなったら腎臓が悪い(ことが多い)」……多尿は糖尿病などからも起こるが、腎臓が尿を濃縮する機能の障害も考えられる。

 「身体がだるいときは腎臓病?」……腎盂腎炎や腎機能低下になると、疲れやすくなるようだ。

・ 「肝腎」や「肝心」という言葉。「要領」という言葉。
 病名や医学用語などを除くと、「肝」で始まる言葉はかなりあるが、「腎」で始まる言葉は少ない。
 「肝」で始まる言葉……
 「腎」で始まる言葉……

・ 看護には、精神的なものを含んでいると(私は)思う。
 もともと看護という言葉は、仏教用語であった。また、英語のnurseは本来「養う」とか「なぐさめる」というような意味であろう。さらに、ドイツ語のpflegeは「保護する」とか「手入れをする」という意味をもつ。
 そのようなことから、精神的なものを欠いた看護などは効果があまりないのではないか。

・ 私の行った総合病院や歯科医院では、治療中にも医師と看護婦が話をしていることがある。それとなく聞いていると、まったく治療とは関係のない世間話のような内容である。
 名著の誉れが高い石原明氏の『看護史』には、「患者と医師と看護師は、三位一体である。」と書いてあった。それが、どのようなことを意味するのか私には理解できないが、医師と看護師が単に患者という対象に向かって仕事をしているような感じを受けることがあるのは私だけであろうか。

・ 物理的な疾病というか、例えば盲腸炎や交通事故などのような突発的な場合は、近代医療にたよるのが早道である。
 しかし、精神的な問題を含む症状の場合には、石原氏の言う「三位一体」による治療でないと効果がないだろう。もしも、医者と看護士が単に患者をマテリアルのような対象としている場合には、神経質な患者に対しては治療の効果があまりないかもしれない。

・ 「摩訶僧祗律」(まかそうぎりつ)という古い書物には、病気の種類が四百四(404)病あると書いてある。
 しかし、現代では研究と分類が進んだために、さらに膨大な数になってしまった。

・ 私は自分なりに「手握り」「手かざし」や「足の裏揉み」なども実際にやってみた。
 医学の発達していなかった日々に、本能的治療として「舐(な)める」「吸う」「吹く」「噛む」「押す」「擦(こす)る」「摩(さす)る」「揉(も)む」「打つ」などの行為が行われていたようだ。
 「手当て」という言葉があるくらいだから、それらに効き目がないなどと言えないのではないか(と私は思う)。
 また、看護の「看」という文字が「手」と「目」の会意であるから、よくターゲットを見て手で何らかをしたのであろう。

・ 言うまでもなく、いわゆる医学的な医療の歴史は非常に短い。ヒポクラテスからにしても、たかだか3000年である。
 それ以前は、どうしていたか。
 私は、怪我をした野獣が穴の中などに静かに潜んで、回復を待っていたのと同じようなことを人類の祖先もしていたのではないかと思う。医療のない時代や近代的な薬のない社会では、そのようにするしかなかったであろう。
 現在でも、保護のない野生の動物などには病院もないし医師もいない。だから、自分自身で自分を癒すほかによい方法がないのではないか。そんなことも、考えてみたのである。


Kuroda Kouta (2006.10.01/2007.07.22)