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 rikの「前立腺肥大症」一部始終



はじめに


 この度、前立腺肥大症で入院・手術をしました。
 健康会の皆さまのご参考として、その記録をここに残しておきましょう。

 ただし、私は医療関係者でもないし、薬剤の専門家でもありません。私は、エンジニア(電子・パソコン関係)ですから、医学用語や人体の構造などについては詳しくないのです。もしかしたら、記述に間違いがあるかもしれません。

 また、記述したお名前については、健康会のグループ以外の方々については個人を特定することができないように工夫しました。つまり、先生は甲・乙・丙・……、看護師さんはA・B・C・……、入院患者などその他の関係者はい・ろ・は・……のようにしたのです。
 例えば、「甲先生」、「Aさん」、「い氏」のような書き方をしました。
 そんなことをご了承ください。

 内容は、次の6つの章から構成されます。

    オシッコがでない!
    二週間ぶりの通院
    合併症ではないだろうか?
    手術前に自分自身で行う努力
    入院の九日間
    退院後の通院と反省
    完治しないまま
      rikの「院内感染の話」

 退院後の注意事項は、ここ にあります。
 また、参考資料として下記を添付しました。

    身体の内部がブヨブヨになって入院?
    歯周病と糖尿病は同じ穴の狢か?
    自炊と外食、飲み水などについて
    はめまらとむしむだ
    病気は病気を呼ぶらしい?
    飲料水について
    似て非なるもの
    あなたが中高年の男性ならば?
    オシッコの話=前立腺肥大症の参考
    ダブルパンチ=糖と蛋白
    病の器でも、くさらないぞ!
    身体の異変が勃発=合併症に注意!
    スリム化=減れば減るもの
    ひたひたとおろおろ=ウロバックの観察
    標準体重と肥満度=本当にできるかなぁ?
    太っていること=デブのハンディ?
    野獣のように=ホメオスタシス回復法
    ペットボトルvs水道水=いずれがよいか?
    私が知った親友たち=糖尿病と歯周病
    薬と自癒=理工式健康法
    味気ない生活=慣れてもともと
    なるべくしてなる?=わかっちゃいるがやめられない!
    もじゃもじゃピーター=ほっておくとどうなるか?
    サイレント・キラー=糖尿病にご用心!
    アロリンのお陰=何とか回復・カムバック
    ガンにならないためのライフスタイル=今後のテーマ
    



オシッコが出ない!


 前に大倉先生が話していたのと、まったく同じ症状であった。
 突然に、尿が出なくなってしまうのである。
 健康会の仲間への参考情報として、一部始終をここにメモをしておこう。

 土曜日にサウナには行かなかったが、毎度のことで妻とシェーキーズでピッチャー1.8リットルを半分ずつ飲み、ピザやカレーを腹いっぱい食べた。前日の日曜日には、家で清涼飲用水やビールなどを大量にがぶ飲みしたのである。
 そして、その晩のことだ。

(1) 不思議なことにオシッコが出ないのである。明け方までに何回かトイレに行ったが、ほとんど出ない。
 次第に苦しくなってくるので、2006年6月19日(月曜日)、妻の出社後午前5時すこし前に119番電話をして、救急車に来てもらった。
 大倉先生から聞いていた症状を思い出して、朝まで待つのがおっかなくなったからである。
 また、泌尿器科の病院が近くになかったことにもよる。
 さらに、救急車を一度体験をしておきたいなどと考えたことも事実だ。

 救急車は、15分くらいで来てくれた。
 しかし、それからである。なかなか発車をしない。先方の病院を電話で問い合わせ、探しているわけである。30分ぐらいしてから、ようやく出発をした。そして、総合病院のERに運び込まれた。

 その間、私はカバンを持って、すべて自分の足で移動をした。担架にかつがれる必要は、まったくなかったからだ。ただ、オシッコがしたいという感覚だけが、異常にリアルに迫ってきて、身体中から汗が噴き出してくるのである。

 救急車は、交差点を通過するときはサイレンを鳴らした。そして、マイクで他の車に何かを言ったりしていたようだ。しかし、到着をしてしばらくすると救急車にいた4人の人は帰ってしまった。
 とくに、救急車の利用料金を払う必要もないようだ。

(2) 救急の先生は、整形外科の担当であり、応急処置をするがうまくいかないかもしれないと言いながら、カテーテル(管)を通してくれた。それが幸いにもうまくいって、すぐに楽になった。

 いちおう入院というのだろうか、9時まで仮眠、そして泌尿器科の外来で改めて診察を受けた。
 何となく無愛想なおっかない先生であったが、私のなされた処置は間違ってはいなかったようだ。ちょっと調べて、帰ってもよいと言った。帰る前に、カテーテルの使い方などを看護婦さんから学んだ。
 つまり、カテーテルを付けたままの退院となったのである。半日足らずの入院であった。

 自動払い機で支払いをして、病院から最寄り駅まで20分ほどかけて歩いみた。
 途中の薬局で院外処方の薬を買った。2回ほど乗り換えて聖蹟桜ヶ丘へと戻る。

 お昼少し前であったが、妻が心配をして帰ってきた。
 そして、私がすでに部屋に戻っているのでびっくりしたようである。数日間は入院をすると、考えていたからであろう。

(3) つまり、バルーンカテーテルを入れて尿が通り、楽になった。
 そのために、お昼ごろには帰宅することができたのである。
 薬は、次の2種類が出ていた。
  ハルナールD錠(前立腺肥大症によって生じる排尿障害を治す)
  クラビット錠(細菌による感染症の治療をする)

(4) しかし、なぜかバルーンカテーテルの先に栓をすると苦しくなってしまう。おそらく、圧力が膀胱にかかるためであろう。したがって、3日目からはウロバック(URO BAG:尿を貯める袋)を常に付けておくようにした。
 そんな状態で、とくに異常もなく一週間が過ぎた。

(5) 6月26日(月)一週間目の検診に行った。
 バルーンカテーテルを抜いてもらい、支払いをして帰る。次回の診察日は、1ヶ月後となっている。このときに、「しめしめ元に戻ったぞ!」などと考えたのは、愚かな私の大間違い。

 なぜならば、帰宅をすると状態が前に戻ってしまったからだ。
 つまり、ふたたび前に入院をしたときの苦しさである。
 電話をすると、もう一度救急車で来てくれというではないか。しかし、昼間だったので救急車は呼ばずに、這々(ほうほう)の体(てい)で電車とバスで病院にふたたび行った。
 午後4時ごろに、汗だらけになって着いたのだったろうか。

(6) そして、再びバルーンカテーテルを入れてもらい、何とか苦しさをのがれた。甲先生は私が「過敏症」であると言った。ふつうの人は、そのまま治ってしまう状態のようであったからだ。
 それでも、何とか午後6時ごろには帰宅できた。

(7) それからは、カテーテルにウロバックを付けたままの状態である。
 日々の生活には何かと不便であるが、痛くなってくるのが恐ろしいので仕方がない。
 今日は、7月5日(水)である。二回目の処置から、すでに9日目になっている。
 何のことはない、1回目の週と同じ状態を余儀なくされているのではないか。
 いったい、これからどうなっちゃうんだろう。もしかしたら、大倉先生のように障害者の○級というのになって、わずかではあるが手当が支給されるのかもしれない。

 この次にカテーテルを抜くときの心配もある。
 そのときは、数日の入院をお願いするつもりである。もしもさせてくれないときは、近くのホテルにでも泊まることを考えている。
 「過敏症」ということがわかったのは、私にとって「青天の霹靂」であった。
 ますます、そのために心配が大きくなるばかりである。



二週間ぶりの通院


 今日は2006年7月10日(月)である。
 二週間ぶりで、総合病院に予約をしてある通院日だ。
 さて、どうなることやら。
 現在、午前5時になろうとしている。
 しかし、もはや一眠りをするわけにはいかない。7時にスタートをするために、寝過ごしてしまう心配があるからだ。

 妻は、桜ヶ丘駅からタクシーで行けばよいと言って、費用をくれた。でも、途中で具合の悪くなったことを考えると、電車とバスのほうが私は安心であるから、そうしよう。そして、最寄り駅からミニバスに乗ればよい。

 ぼつぼつスタートの支度にかかるか。
 髭を剃って、着替えをしよう。身体は昨日風呂に入って、ちゃんと洗ってあるのでOK。

(8) 10日(月)午前6時30分部屋をスタート、電車とバスで7時30分少し前に病院に到着。泌尿器科は8時35分から受付であるが、すでに来て待っている人も数人いた。
 上の肌着が汗で濡れているので、着替えてさっぱりとした。8時35分からの窓口に予約券を出して、9時10分に終わった。とくに検査のようなことは、まだ何もしない。甲先生は、カテーテルの状態を調べたらしい。

(9) 今までに何をやったか。そして、これから何をしようとしているか。
 そのことについて、下記にまとめてみよう。それは、これからの検査など。

2006年6月19日(月) (初回)救急車でER。カテーテル(管)とウロバック付ける。
6月26日(月)(通常) (2回目の1)カテーテル抜いて帰る。
6月26日(月)(再び行く) (2回目の2)痛みのためふたたび行って、カテーテルを付ける。
7月10日(月) (3回目)検診。カテーテルの状態を調べたらしい。

以下に予定が書いてある。

7月24日(月) 検体検査。造影一般室。

 この「逆行性尿道造影」については、同意書を提出するのであるが、それに次のようなことが書いてあった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 症状・疾病名 前立腺肥大症

1 逆行性尿道造影とは

 前立腺肥大症や尿道狭窄などが疑われる場合に尿道の状態をよく調べるために行います。
 仰向けになった状態から体を斜めにして、尿道から造影剤をゆっくり注入し、レントゲン撮影をします。造影剤注入時多少尿道や下腹部に傷み、違和感が生じることがありますが、できるだけ力を抜くようにすると造影剤がスムースに入り、監査はすぐに終わります。

2 逆行性尿道造影に伴い起こりうる合併症の可能性及び危険性について

 検査後、尿に血が混ざったり、排尿時に痛みますが、ほとんど1日程度で治ります。
 普段より水分をたくさんとって下さい。

3 その他
 この検査(処置)に関連して、緊急の場合あるいは医学上の立場から処置を変更する場合があることを予めご了承ください。
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 何となく気の小さい私にとっては、恐ろしい検査のようではあるが、仕方のないことであろう。この検査の後の状態が恐ろしい。2日ほどの入院が必要ではなかろうか。

(10) 検査までの2週間が問題である。
 たまたま1週間後の17日(月)が祝日になっているために、2週間になったのかもしれない。

 今日は2006年7月24日(月)である。
 4回目の通院、いよいよ待望の検査の日になった。

(11) まず、レントゲン室で造影剤を注入して検査をした。
 その結果については、とくに説明がないので何がどうなっているかは明確でない。ただ、それでも何となく尿道という管が、すでにぐちゃぐちゃになっているような感じがする。

(12) バルーンカテーテルとウロバック

 これらについては、基本的な説明がまったくなかった。
 2週間して、看護婦や助手の言葉から、うすうす次のことが何となくわかったのである。
 まず「付けっぱなしはダメ」ということ。つまり、楽ではあるが膀胱が機能をしなくなってしまうらしい。私は、仏教の『ジャータカ物語』であったか、「井戸に逃げ込んで上から落ちてくる密をなめている泥棒の話」を思い出したのである。

 次は、落差がないとダメという事実。それは、わかり切ったことだが具体的に腎臓との落差を実際よりも大きくした場合、さほどでもない場合、いろいろと実感をした。

 例えば、寝るときである。床に寝ているのであるから、ウロバックを平たく置いても布団1枚分の落差しかない。それでも、実際の身体の構造がそうなっているので何とか正常に作動をする。
 しかし、ERに担ぎ込まれたときは軽量ベッドではあったが、その下のほうに取り付けてあったので、落差が大きくなって効果も大きかったようだ。つまり、寝ているうちに通常の排出よりも落差が大きいので、楽にどんどん尿が出ることになる。

 なお、この時点では、カテーテルの中に2本の管があるとは気づかなかった。ただ、中心に1つの穴が空いているパイプと単純に考えていたのである。そして、3つの機能がある太いカテーテルのことは、手術をするまでまったく知らなかった。

(13) やはり手術で治すのがよいらしい。

 とにかく、色々なことが次第にわかったが、やはり手術で治すのがよいようだ。なぜならば、カテーテルを抜いた後は尿管が広がっているので、とても気分よく尿の排出ができる。
 しかし、2時間もすると身体が戻ってしまうらしい。尿が細くなる。つまり、尿管が本来の太さにでなく、ぐちゃぐちゃになった状態に戻ってしまうらしい。そして、尿の出も悪くなってくる。
 前に愚かにも「しめしめ」と考えたときと同じように、物事は甘くないようだ。

 この今回(4回目)の通院は、午前8時前から午後4時ごろまで、病院内にいたことになる。昼食は、病院の食堂を利用したのであるが、そこは先生や看護師たちとも共同の設備になっているようだ。

 結局は、午後3時ごろにカテーテルを再び付けてもらった。詰まってしまうことが、やはり心配であったからだ。いったい、どうなっちゃうんだろうか。 何となく、もはや自分自身の身体が手術をしないと治らない状態になっていることをつくづくと思い知らされた。
 それでも、とても楽しい一日であった。



合併症ではないだろうか?


 この度の前立腺障害で、いろいろなことがわかった。

 2006年7月31日(月)である。とくに診察日ではないが、入院スケジュール問い合わせのことで、病院に行ってみた。
 8時前後、早めに着いたので、地下の食堂で朝食をした。今日は診察の予約がないので、気分的にも楽である。

(14) 泌尿器科の受付で、スケジュールのことを尋ねてみた。
 診察カードを預かって、先生に聞いてみるということであり、小一時間ほど待たされた。そして、中年の看護婦さんの説明から、私なりに何となくわかったことがら。

 私は、非常に軽い前立腺肥大症であり、もっと重度の人がいるので、順番はしばらく待てということである。おそらく、後回しの部類に入っているのではないだろうか。同じ前立腺の人でも、ガンの人がいるからだ。
 そうはいっても自分自身としては、カテーテルでは何かと不便であるし、なるべく早くやってもらいたい。また、ときどきオチンチンの先が痛いこともある。

 そして、さらに糖尿病が進んでしまって、全身がだるいのである。
 しかし、諸般の事情を考えると、糖尿病は自分自身で治してしまったほうが早いみたいでもある。
 とにかく、手術を待って何とか前立腺を削ってもらうことにしよう。

(15) 8月2日(水)朝起きると、いつもいっぱいになっているウロバックが空である。あわててトイレに行って、わかったこと。
 オシッコは、ウロバックに来ずに、膀胱に貯まっていたのである。
 そして、勢いよくカテーテルと尿道との間からオシッコがほとぼしり出た。もしかしたら、カテーテルが詰まっていたのかもしれない。初めてのことである。

 まったく、何のためのカテーテルかわからない。9時頃になっても、こんな状態が続いていると、予約してある歯医者にも行けないのではないだろうか。(結局、歯医者の予約は電話をして取り消した。再開をしたのは退院後)
 いろいろと予想外の問題が出てきて、なかなかスムースにはいかない。それでも、さらに次のようなことがわかってきたのである。

(a) 自分の身体が、過度の過敏症であること。
 したがって、痛さや苦しさにはふつうの人以上に耐えにくいことであろう。

 しかし、自分自身の身体をコントロールして正常に保つこともできるようだ。
 例えば、30歳代のときに大島へ旅行をしたときの帰りの船である。海が荒れて大揺れになったが、全員40名ほどの若い人たちの中で、私だけが船酔いをしなかった。

(b) 常不敬菩薩のようなことをしているのではないか。つまり、他人に対するおせっかいである。自分自身のことをなおざりにして、……

(c) ちょっと、パウロの体験と似ているのではないか。
 この辺から、誰に話してもわかってはもらえない内容だろう。

(d) 釈迦の説法のように、誰かを相手に話しかける方法が非常に効果的とわかった。大群衆の前でも、例えば
 「シャリープトラよ! ……」
のようにである。
 これも、何のことかわかってもらえないだろう。ただ、自分自身の覚えにしかならない。

 今回の前立腺肥大症は、私にとっても大いに人生の勉強になっている。
 自分自身が治す気になって、努力をしなければならない。そして、あまり神経質になりすぎてはいけないのではないか。気分的にも、明るい希望を持つべきであろう。

 8月7日、月曜日である。
 今日も診察日ではないが、いちおう泌尿器科の窓口に行ってみた。
 担当の甲先生は休みであったが、受付の看護婦は診察をしていくとよいと言った。しかし、先週お小言をいただいた年増の看護婦さんもいたので、私の状態が大丈夫であることを確認して診察はやめた。

 その看護婦が言うには「手術もあることだから、しばらく我慢をすれば大丈夫」というので、安心をしたのである。少々痛かったり、血液が尿に混じるのは、よくあることだと言ったから。
 結局、その日も食堂で朝飯を食べただけであった。血圧を測るのを忘れてしまったからである。

 今日は8月20日、日曜日である。
 明日は、2週間ぶりで病院へ行くのであるが、予約の日としては1ヶ月ぶりになるわけだ。
 さて、どうなることやら。……



手術前に自分自身で行う努力


 2006年6月19日(月)に救急車でERに運び込まれてから、すでに2ヶ月近くになる。その間に、カテーテルを通してもらった以外には、とくに治療らしいことをしていない。つまり、手術のための入院待ちをしているらしい。

 私が過敏症のために、ずっとカテーテルを通している。したがって、血糖値の検査や尿の検査をする間がなかった。そんなために、病院側ではすでに私が重度の糖尿病であったとしても、そのことは正式には知っていないはずだ。

 そんなこともあって、この入院待ちに間に何とかして糖尿病とその合併症などを改善しておこうと思って努力をしてきた。したがって、入院待ちが多少長びいてもかまわない。その間に、次のような工夫をしてきたし、今後も努力をするつもりであるからだ。

 まず、体重を減らす努力をした。
 そして、2ヶ月間で25kg近く痩せた。100kg近くあった体重が、75kgを割り込んだのである。その結果、血圧もだいぶ下がったみたい。すでに最高180前後・最低100前後だったのが、最高140前後・最低90前後になっている。
 それから、口腔内の清潔化に努めた。歯周菌を何とかして増やさないための努力である。食事をしたら、すぐに口腔内の清掃をする。それでも、合併症のためだろうか、前の差し歯がぐらぐらするときがあったりする。

 むろん、尿糖・尿蛋白検査用試験紙(新ウリエースBT)による試験を毎日行う。まだ蛋白は出ていないが、尿糖がすでに「500mg/dL」というようなべらぼうな値が出ちゃっているので、心配でたまらない。
 他に、日和見菌が活動しないように努力をする。
 また、イルヘルスの状態にならないようにもしなければならない。


(16) きょうは、8月21日(月)。ほぼ1ヶ月ぶりの診察である。
 ずいぶんと診察間が長いように思うのだが、他の人のを聞いていると誰でもがそのようである。

 まず、いままでのカテーテルを抜いて、新しいのに入れ替えてくれた。
 そのときに、抜いたのはずいぶん汚れていたり、元のほうで詰まっていたりしたようだ。そして、私の場合は1ヶ月はもたないと言っていた。体内でできる老廃物が、非常に多いからであろう。しかし、カーテンで仕切られていて自分自身では何も見えない。甲先生が看護婦と話しているのを聞いていて、何となく理解をするしかない。

 膀胱の中で老廃物ができるのだろうか。
 とくに腎臓が悪くなっているなどとは、甲先生は一言も言わない。そのような状態を見ても、平気なのである。よくあるケースで、私のがちょっと過度であるくらいの感じだ。

 手術は9月11日に入院をして、12日に行うそうである。
 しかし、帰りに

・血液検査  ビーカーに5本もサンプルを取った
(とくに私の場合、まだカテーテルが通っているためか尿の検査はしなかった)
(なお、血圧自体の測定もなかった)

・レントゲン  胸部だけ

・心電図   両手・両足と胸部に電極を付けた

を行ったのであるが、その結果

・重度の糖尿病である

・かなりの高血圧である

・腎臓にすでに障害がある

などの事実が判明すると、手術をしても効果がないということになるらしい。
 そのようなことは、甲先生がチラッと口走ったことからわかった。
 血液を精密に検査すると、具合の悪いことがわかってしまうのではないだろうか。いまから、そのことが大いに心配である。


(17) 今日は8月24日(木)である。
 来月の11日入院、そして12日手術というスケジュールが実現するかどうか心配である。しかし、養生だけは怠(おこた)らないようにしている。
 糖尿がなかなか出なくならないので諦めていたが、それでも計ってみた。すると、驚くことにまったく糖が出ていない状態である。蛋白も、ほとんど出ていない。試しに昼食後30分でも測ったが、信じられないことにまったく出ていなかった。

 つい5日ほど前には、500mg/dlもあった尿糖が、検出限界以下(25mg/dl未満)になっている。
 人間の身体のホメオスタシスの素晴らしさに、つくづく感心をした。
 病気になったり怪我をした野獣が、静かなところでじっと動かずに回復を待つということを前に何かの本で読んだことがあるが、どうやら本当らしい。

 注意や養生をしていると、ある日突然に治ってしまうらしい。
 今後は、出ないように食生活や生活習慣に留意をすればよいのである。
 とてもうれしくなってしまった。

 体重も75kgを割ったので、最大が180前後・最少が100以上の血圧も何とか正常に戻った。さらにムリのない程度に体重を減らしていこう。


(18) 今日は9月8日(金)である。
 総合病院の入院係から電話があった。
 11日(月)から二人部屋に入院とのことだった。ずいぶん長く待たされたので、私はやれやれと思った。

 でも、心配のこともある。
 本当に手術をしてもらえるのだろうか。最近の状態から言うと、尿の中に糸球体ではないかと思われる毛細血管が破壊して流れ出てくる始末だから。それは、まだ赤くてイトミミズのさらに細いような格好であるときと、すでに腐敗をしかかって灰色になっていることがある。

 糸球体の破壊について、私は次のように考える。
 間違っていないだろうか。心配である。

 腎臓にある糸球体の役割は血液の濾過で、老廃物や有害な物質を血液から取り除いて、体外に排泄するために尿とする。赤血球や蛋白など大きな分子は糸球体の編み目を通過しないが、水成分や尿素窒素などの老廃物は分子の大きさが小さいので尿の方へと濾される。

 高血糖が続いて糸球体の機能を損ない、この濾過能力が低下するのが腎症。やがて、蛋白などが漏れだして簡単な試験紙法による尿検査でもわかるようになる。さらに進行すると、糸球体の破壊が進み糸球体からの尿毒物質の排泄が困難になり、腎不全状態となってしまう。

 しかし、糸球体は腎臓の片方に100万個もあるという。少しくらい破壊しても大丈夫なのではないかと私(rik)は思うのだが。さらに、蛋白や尿糖が出ていないので、部分的に糸球体が再生をしているのではないかと思うのは、ちょっと甘い推測だろうか、……

 そしてその結果、今から注意して養生をすれば、人工透析になどはならないと思うのだが。何でも気楽に考えて、心配をあまりしないというのが私の性分である。
 もっとも、そんなために現在の状態があるのではあるが。

(なお、上を書いた時点では、剥げ落ちたカケラはてっきり腎臓の糸球体と考えていたのであるが、後になって前立腺の中にある毛細血管ではないかと考えるようになった。そのことに気づいたのは、退院の少し前のことである。
 人体図鑑にあるような編み目の毛細血管が体表にあるとばかり思っていたのであるが、そもそも糸球体自体も体表にあるのではない。
 看護師のトップの人の言葉から、そんなことに気づかなかった愚かさを悟った次第。)



入院の九日間


(19) 入院日

 2006年9月11日(月)である。
 入院日なので、少し早めに行って入院窓口で受付をすませ、午前10時に入院部屋に案内される。そこは、こじんまりした二人部屋であった。

 渡された「入院される患者様へ」という資料を見た。
 しかし、私の担当をしてくれるAさんの苗字は、ふつうでは読めないでしょう。また、その上にある「簑」という字も読める人は少ないと思う。「簑笠(みのかさ)」の「みの」であるし、蓑虫(みのむし)の「みの」でもある。もしかしたら、健康のテレビ番組をやっている人の苗字も、この「簑」かもしれない。

 簑も笠もいまでは着ないし、虫もミノムシと片仮名で書くので読めないのがふつうであろう。私は松尾芭蕉の七部集の一つに、たまたまこの字があったので覚えていた。「初しぐれ猿も小簑をほしげなり」というのである。
 また、与謝蕪村にも「春雨やものがたりゆく簑と傘」というのがあったと思う。ただ「春の雨が降っている中を簑を着た人と傘をさした人が、何かを話ながら通っていった」という何気ない内容ではあるが、……

 そんなわけで、読みにくい文字には、ぜひふりがなを振って欲しいところである。もしも、小さいルビにするのが面倒であったら
  振仮名(ふりがな)
のようにカッコに入れていただいてもよいだろう。

 さらに、できたら写真を付けてくれるとうれしい。その費用が受益者負担ということであれば、私は1000円くらい高くついてもかまわない。やはり、わかりやすく親しみやすいほうが、患者サイドにあっては好ましいのではないか。

 そんなことを考えていると、しばらくして同室のい氏が夫人とともにやってきた。その人は、かなり進行したガンらしく、どこかの病院から紹介をされてきたようだ。

 入院日には採血や検尿をしたり、執刀の先生や麻酔科の先生からの説明があった。麻酔科の先生から、血液中の糖が少し高いと言われたので、もしかしたら明日の手術が取りやめになるのではないかとビクッとした。
 しかし、何とか通って計画通りにしてもらえそうなので、やれやれと胸をなで下ろした次第。

 一日のスケジュールがほぼ終わったところで、夕食前にシャワーを浴びてオチンチンの回りの局所をはじめ、清潔にした。
 なお、この日の昼から食事が出たが、病院食なので何となく味付けが薄かった。それでも、家で私が作っている食事より、なお濃い感じである。そして入院をしている人は、とくにカロリーを消費する運動をしていないためであろう、分量は非常に少なかった。
 食事についての記録は、ここ を見てください。


(20) 手術日

 今日は私の手術日である。
 隣のベッドのい氏が一番目の手術であって、朝一番で用意を始めた。実際にはカーテン越しで見えないのであるが、車椅子に乗せられて注射をされたみたいであった。
 すると、すぐに大きな鼾(いびき)をかきはじめた。まったくものすごく、雷鳴が轟くほどである。しばらくして、そこへ執刀する甲先生が患者の様子を見に来たのである。
 そして、大きな声で言った。むろん、私にはそのときの先生の表情や回りにいた人などの状態は、まったく見えないのでわからない。

 「こんな状態では、手術はできない!」
 すると、年配の看護師が答えた。
 「さっき、肩に筋肉注射をしたら、鼾が始まったのです。」
 先生は、
 「それならよろしい」
と言ったようである。

 い氏は、その後も夜間に大きな鼾をかくことがあった。
 その鼾は、聞いているとまったくものすごく、もしかしたら無呼吸症状群かもしれない。ふつうの人ならば同室で寝られないほどの響きである。
 しかし、私は「眠りと鼾と死の研究」をしているので、まったく平気であった。むしろ、音の観察ができるので有難いと思った。それは、一時間くらいで止むことが多かったし、たとえ寝られなくても昼間にうたたねができるので、睡眠不足にはならなかったからだ。

 その後、ご本人からも奥様からも、鼾のことは一言もないので、おそらくふだんはかかないのであろう。
 鼾が原因ではないだろうが、い氏の手術は少し長びいたようである。
 したがって、午後からの私の順番も少し遅くなった。

 午後になって、やはり肩に注射をされてから、私の場合は車の付いた担架のようなもので、Aさんが手術室に運んでくれた。手術室に運び込まれて麻酔の注射をされると、残念ながら意識を失ってしまった。そして、痛みなどはいっさい感じなかった。

 手術がすんだときに、甲先生が削り取った肉片を見せてくださった。みそ汁の椀にいっぱいくらいの小さい細切れが入っていたのでびっくりした。
 また、先生は
 「合併症もなかったようだ」
とおっしゃった。
 私は、感謝をするとともに、何となくやれやれと思った。

 ふたたびAさんに運ばれて、病室に戻ったのであるが、それ以後は退院日まで、手術をした箇所に関しての痛みはまったくなかった。よほど優れた技術で手術をしてくれたのであろう。

 でも、管は付いたままであった。さらに、点滴などもなされていて、いわゆる移動式の車付き柱と一体になっている。
 点滴は手術前の午前9時ごろからされているが、記憶にある生まれて初めての体験であった。「アセテートリンゲル液 ヴィーンF注」と書いてあった。
 そもそも入院についても、幼いころにジフテリアをしたときの記憶以外にはないのである。
 そんなわけで、カテーテルや点滴などもおっかなくてビクビクしている次第。

 私は、6月19日に救急車でERへ運び込まれてから、6月26日の診察日にいったん管を抜いてもらい帰宅をした。
 しかし戻ってしばらくすると、ふたたび元の状態になってしまったので、うろたえるようにして病院に戻って管を入れ直してもらった。
 ふつうの人は、たいがい平気なのであろうか。
 甲先生は「敏感症のようだ」と言った。私は、自分自身が敏感なのか鈍感なのかよくわからない。
 しかし、私にとって尿が出ないのは死ぬほど苦しいものである。

 そして、それから手術の間の数時間を除いて、いつも管が入りっぱなし。
 そして、見ると今までの管よりもさらに太いのである。何となく、いやな予感がしたが、その後2回も死ぬような苦しみがその管で起きたのである。

 なお、この日は点滴をされて、一日中食事はなかった。


(21) 術後1〜2日目

 まだ尿道には管が入ったままである。
 この間に、2回ほど苦しいことがあった。

 一回目の苦しさ

 夜中に何となく尿がしたくなって目覚めると、ベッドのそばでAさんがしゃがんで、じっとウロバックを見ている。まったく真剣な表情だったので、どうしたのかと思ったが黙っていた。ふつう尿がバッグに流れ出ているときは、尿意を催さないのであるが、その晩はオシッコがしたかった。

 そこでそのことを言うと、もう一人の看護師を連れてきて処置をしてくれた。Aさんが新人であったのかもしれない。
 看護師が言うには、
 「尿管を通すと、そのように感じるものです。座薬を入れてみましょう」
 そして、座薬を入れてくれた。すると、なるほど楽になった。まだ、膀胱にかなりの余裕があったからであろう。

 しばらくして、ふたたび苦しくなってきた。
 すると、また座薬である。
 私は、「膀胱がいっぱいになって管が詰まっているときは、座薬では楽にならない」と思ったが、苦しいなりに自信がなかったので黙っていた。
 すると、圧の関係であろうか、詰まったものが流れ出たようであった。そして、一気に楽になった。

 そのときに、通院をして3ヶ月ほど使っていた管よりも今のもののほうが太いので、なぜかを聞こうとしたら「先生のいるところでお話をしましょう」とAさんでない看護師が言うので、仕方なく黙ってしまった。楽になったが、次にまた起こるであろうことが、何となく心配であったからだ。

 二回目の苦しさ

 その次の晩である。
 やはり、膀胱がいっぱいになったようで苦しい。今度のものは、何となく大物であるような気配を感じた。そこで、いろいろな心配が出てきたのである。
 座薬を尻にねじ込まれても、今度はダメだろうと思ったからである。
 さらに苦しくなって、ベッドからころげ落ちたり、トイレに駆け込むときに移動式の車付き柱と一体になって転んでしまって、膀胱が破裂をしたときのことを考えたのである。

 前の日に汚物処理室に襁褓(おしめ)を捨てたときに、そこの出入り口にある段差で、すんでのところで転ぶところであった。その幅が狭かったせいかもしれない。最近は、転びやすくなっているので、気をつけようと思ったばかりであった。とくに、スリッパを履いた場合は危険である。
 また、移動式の車付き柱を牽いた状態では、ちょっとした凹凸でも不安定で危ない。

 さらに、私の場合はこの前立腺肥大症の手術のために、短期間で血圧を大幅に下げた。
 そのために、膀胱に尿がパンパンに溜まることによって、ふたたび血圧が元の高い値に戻ってしまうのではないか。そして、その結果、脳梗塞や心筋梗塞になる危険性も考えられる。上の血圧が200を超え、下の血圧が120くらい以上から、そろそろ危なくなってしまいそうだ。
 血圧も、かなり上がってきているような気がした。

 そんなことを考えると、とても不安になった。そして、何となく妻の声を聞いておきたかったので公衆電話のところへ行こうと思った。そんなわけで、少しでも早いほうがよいと思って、うろたえつつも下は襁褓のままで行こうとしたら、ナースステーションから「そこは公道だから、おしめではダメです」と大きな声で注意をされた。

 その瞬間に、エレベータの前のテーブルで話していた若い4人の視線をいっせいに浴びた。若いせいもあろう、すべての人が私を軽蔑をして、笑いものにしたようだ。

 そんなときにも、まったくのんきなことを考えたのだ。
 管が身体から取れたら、そこの書庫ケースにあった吉田ひろゆきの「Y氏の隣人」や白土三平の「カムイ伝」シリーズを読もうと思っていたが、それができなくなってしまったなぁなどということが脳裏をよぎったのである。
 自分が興奮状態に入ると、一瞬に脈絡のない人生の些細なことをいろいろと考えるようだ。
 もしかしたら、死ぬ前にも同じような体験をするのかもしれない。

 さらに、バカバカしい話であるが。
 何となく『後拾遺集』にある和泉式部の「あらざらむ この世のほかの思ひ出に今ひとたびのあふこともがな」(私は(重病なので)もはや生きていられないでしょう。だから、あの世での思い出のために、もう一度あなたに会いたいのです。)というのまでが、ふと脳裏をよぎったのである。
 苦しくなってくると、つまらないことを多く思い出すという体験をここで生まれて初めてしたことになる。

 仕方なく、部屋に戻ってゆかたになってもう一度電話のところに行って妻と話をした。
 転んだりして膀胱が破れ、かなり重傷になるか、さらに死んでしまうかもしれないと。そんな状況にあるために、もう一度声を聞いておきたかったんだ。……

 すると、妻の鋭い声が還ってきた。
 「あなたは、いまどこにいるのですか?」
 「○○病院だよ」
 「誰もいないのですか?」
 「どうも私のケースは、わかってもらえないらしい」
 「ふだんは聡明で、正しい判断のできるあなたが、いったいどうしたのですか? すぐに、看護師さんにその事情を話しなさい」

 そこで電話を切り、ナースステーションで「部屋に来てください」と言ってから部屋に戻った。そして、もう一度さっきのおしめスタイルになった。座薬を入れるようだったら、太い管であっても力(りき)んで放尿をしてみようと考えたからだ。
 そのときの増してきた苦しみでは、恥や遠慮はもはや無関係だと思ったからである。

 すると、事の成り行きを知ったのかもしれない。かなり経験のあるような看護師がすぐに来てくれた。私は、真剣に「何か大物が詰まってしまい、苦しくてしかたがない」と言った。
 その人は、すぐに事態を察したのであろう。
 大きな注射器をもってきて、管を外してそこに差し込み、吸引をしてくれた。すると鷹の爪くらいの大きさのカケラが3つも続いて出てきたではないか。私はびっくりしてしまった。いつも自宅で詰まってしまったときに見るカケラの200倍くらいの大きさであったから。

 すっかり楽になったので、やはり妻の言ったことは正しかったと思った。
 その看護師は、受け皿に入れた私の異物をもって帰った。部屋からはまったく見えないが、ナースステーションの前で誰かと話していた。よく聞き取れないが、おそらく甲先生であったようだ。
 そして、次のようなことを話したのではないだろうか。

 「よくできたじゃないか」
 「……」
 「もう、一人前だな」
 「……」
 「洗浄をしてもいいよ」
 「……」

 看護師ができる医療範囲と医師が行う行為とのことなどについて、私は知らない。しかし、誰でもそういう気持がするのですと言って、膀胱がいっぱいになっているのに、尻に栓をされるようなことは患者としてこりごりであった。

 先生との会話で看護師のほうも、何と言ったかが私にはわかるような気がする。しかし。それは想像のまた想像になるので、「……」としておこう。
 それからは、朝まで二度と管に詰まることがなく、安らかに眠れた。

 なお、術後2日目の午前中昼前に、背中にある麻酔処理に用いたチューブや絆創膏などを外してくれた。
 また、点滴もやめ、膀胱に生理食塩水を送るのも終えた。
 点滴の液には「点滴静注(静脈注射)」、生理食塩水には「生食」と書いてあった。「生食」とは、ふつう「生のままで食べること」であるから、ちょっと不思議な略名だとも思った。


(22) 術後3日目

 午前10時45分、甲先生が尿道の管を抜き去ってくれた。
 シャワーに入って身体を洗い、小便をしてみると勢いよくカケラを伴って出て、何とも至福感と爽快感でいっぱいだ。しみじみと今回の手術のありがたさを思った。

 私の病状は、比較的に軽かったかもしれない。
 それに比べて隣のベッドのい氏は、かなりの重傷であるようだ。よく甲先生が見に来る。他の病院から紹介されたことも原因であろう。
 その状況はカーテンで仕切られているので、私にはまったくわからない。
 しかし、物音と声でかなりのことは想像ができる。

 こんなことがあった。
 おそらく、看護師の移動式道具台から何かが落ちたのであろう。甲先生が、それを目ざとく見つけたのである。そして、看護師に
 「何か落ちたみたいだよ」
と言った。
 看護師は、しゃがんでベッドの下などを見ていたが、
 「何も落ちていません」
と言って、そのままになってしまった。

 翌日、私は私の部屋の隅で白い絆創膏を見つけた。
 そして、それを巡回に来た男の看護師に返した。そのときに、つい
 「目が鋭い先生ですね」
と言ってしまった。
 すると、その看護師は誇らしげに
 「頭は、もっと鋭い先生ですよ」
と私に教えるように、真顔で言った。
 私は、そんなわけで「すばらしいチームが構成されているんだなぁ」と安心をしたのである。

 い氏の病状は、ガンがかなり進んでいるらしい。
 しかし、その割には落ち着いている。また、クリシチャンであるのだろうか、いつも心の冷静を保っておられる。私ならば、おそらく人生に対して投げやりになってしまうような状態なのに、体力のリハビリなどにも余念がない。私は、つくづくと感心をさせられる。

 最初のころに、看護学校の実習生とトラブルがあったようだ。
 このことも見たわけではないので、よくわからない。声だけが聞こえただけである。
 それは、その実習生が単独でい氏を見に来たことに始まった。そして、その行為が越権であったらしい。
 しかし、本人に注意をするのならともかく、看護師や学校の責任者に同じことを繰り返し7回ほど話している。「本人の名前が出ないようにしてほしい」というようなことを言うのではあるけれど、まったく逆効果であった。
 その実習生は、その後い氏の看護チームを外されてしまったからだ。

 私は、い氏は戦前の人ではないかと思う。
 「いまどきの若いものは、……」というような発想が、何となく感じられるからである。確かに、い氏の言っていることは正論であろう。それなのに、まったく逆の結果になってしまう。「いまどきの若い者は、……」などという言葉は、エジプトのピラミッドにも象形文字で書かれているそうだ。

 日本の社会構造も大きく変貌をして、看護師の仕事をする人も少なくなっていくだろう。
 やがては、フィッリピンなどの外国から応援を求めなくてはならなくなるのではないか。そんなときに、やはり若い人に対する指導や注意のしかたは、戦前の方式ではダメじゃないだろうか。
 叱られていた学生の無念そうな顔が、ありありと見えるような気がした。

(23) 術後4〜6日目

 最初の出だしには出血のために赤い尿になるが、とても快調。
 ときどき大きなカケラが出てくるが、そのときには痛くも痒くもない。いままでの管と違って、削った後の前立腺は余裕のある太さになったからであろう。そして、尿道自体はかなり柔軟で大きなものでも楽に通してしまうみたいだ。

 退院の前の日だったろうか。
 午前5時50分ころにドタンという大きな音がして、ドアのところに仰向けに妻が倒れたと思った。しかし、よく見ると妻ではなく、向かいの部屋の高齢の女性であった。私は慌てて、ナースコールのボタンを押した。

 後頭部をかなり強く打ったようである。もしかしたら、単に転んだのではなく、脳しんとうを起こして倒れたのかもしれない。いずれにしても、本来の治療のほかにも処置がかなり必要になるのではないだろうか。

 トイレの構造や廊下の安全対策、そして他にも高齢者にとってはかなり危険な場所がある。私は、いつも細心な注意をもって配膳の返却や歯磨きなどを行うようにしていた。また、時計をもっていない生活習慣なので尿の計量の都度、時刻を見に行かなければならなかった。
 計量をした時間も記録するのであれば、トイレの中に時計があればよいなぁと思った。

 退院が間近になったし、管を抜いているからもはや詰まる心配はないであろう。
 そんなために、心にゆとりができたようだ。
 そこで、前にい氏が話していたことを私なりに考えてみた。私が漏れ聞いた範囲から推測をすると、い氏は養護老人ホームの経営をしていたり、施設のオンブズマンなどをやっているようだ。そんな背景がある人なので、ちょっと私のような場違いの人間が言うのは僭越かもしれないが、……

 現代社会における 奉仕の仕事 についてである。


 なぜ術後1〜2日目の「2回目の苦しさ」のときに、切実になったのだろうか。
 そのことについては、そのときに脳裏をよぎったことがあるからだ。
 それは、「女宇餅」という小説 のあらましを思い出したことによる。もっとも、その小説は発表をする段階までには至らなかったのではあるが、……

 また、退院が近づくと、ひねもすすることがとくにないので、食事が楽しみになってきたことも事実である。
 そして、配膳をする台車の音が近づくと、急に食欲が湧いてくるのであった。
 お恥ずかしい話ではあるが、パブロフの実験の犬と同じである。そんなことを考えながら、お陰様でずいぶんと回復をしたものと感謝をした。


(24) 退院日

 術後4日目(土)・5日目(日)・6日目(祝日)が、連休になっているので、経理の関係で退院日が平日の火曜日週初めになったのかもしれない。
 支払いを済ませて、午前10時半に帰宅した。
 まったく幸福な気持でいっぱいである。

 なお、支払いの金額に対しては3割負担であるが、10割の金額について考えてみても、甲先生の技術や看護チームの行きとどいた体制のサービスに対しては、考えられないくらいの割安の費用であった。
 この総合病院に希望者が多いのも、宜なるかなである。

 私としては、自分自身の前立腺の内部の問題で管を詰まらせてしまって、Aさんほかの看護師に大きな迷惑をかけてしまったことを申し訳なく思っている次第。
 私の場合は、手術前に自宅で小さいカケラを10回ほど管に詰まらせ、また病院で術後に小さいカケラで1回、そして超大きなカケラで1回、膀胱がほぼ一杯になってしまって計12回ほど苦しい思いをした。

 そんなわけで、今回の入院は非常に有意義であったが、またこりごりでもある。
 今後は、もっと勉強をして何とかホメオスタシスの範囲で自分自身の身体を治したいものである。



退院後の通院と反省


(25) 退院後は、思ったよりも経過がよくて順調に回復をしているらしい。

 そう言えば、手術のとき、その後の入院期間中、そして退院後も、いわゆる傷口が痛むというようなことは、いっさいなかった。先生が見せてくれた削り取った肉片は、かなりの分量である。その削られた部分の切り口が、まったく痛まないというのは、よほど優れた技術で切削手術をしてくれたのであろう。ありがたいことだ。

 笑っても、力んでも少しも痛くない。
 まったく不思議であるが、とにかく甲先生と手術をしてくれたスタッフの人たちに、心から感謝をしている。私にとっては初めての大手術であったから、びくびくしていたし、術後も痛みが大きいと考えて心配・憂慮をしていた。
 後になってみれば、ちょっと「麗姫(りき)が杞憂して、それを後で後悔した」喩えにも似ているので、我ながらお恥ずかしい次第。

 10月2日(月)の午前10時半に、退院後の最初の通院をして、甲先生の診察があった。
 まだ、少し腎臓や膀胱、そして前立腺部分に負担があるらしいが、順調に回復をしているということだ。
 そして、次回は11月27日(月)に来いという。それまでに、異常があったら随時外来に来るようにとも言われた。考えてみれば、2ヶ月である。それは私にとって、べらぼうに長い期間でもあるが、それでもその間に何もないことを心から祈っている。

 窓口で支払いをすまし、前回に依頼をしておいた保険会社に提出する「入院・手術証明書(診断書)」を受け取った。
 そこの「合併症」欄には「なし」とあったので、いろいろと心配をしたことは取り越し苦労だったのかもしれない。私が小心のために余計な心配をしたのであろうか。
 しかし、細心の注意をすることは、ムダではない。

 一段落をしたら、糖尿病の予防の指導を受けるために、近くの内科医に通うことを考えている。
 そこは、妻が市の健康診断を受けたところで、私が以前検診を受けたところとかなり違う。
 私が受けたところは、新しいビルに最新設備を備えて、新たに開院をしたところであった。その先生は、ちょっと血圧が高いと言って、食事療法や運動療法の指導をまったくしないで、すぐに血圧降下剤を出そうとした。そんなわけで、私はその医院に二度と行っていない。
 後日、大五郎さんたちも行ったというが、他の人に聞いてもそのようであった。

 今回の私の体験でわかったことであるが、体重を2割ほど落とすと、血圧が正常値になってしまう。
 個人差もあるだろうが、そんなものではなかろうか。
 また、長期間でなった高血圧や糖尿病などは、薬で治すのではなく、生活習慣などで治すのがよいのではなかろうか。薬は短期間の症状に用い、長期の療養には食事療法・運動療法などを行う。薬には、思ってもいなかった副作用の心配などがあるからである。

 妻が行った病院は、あまり薬を出さずに、いろいろと指導をしてくれるらしい。
 内科医であっても、先生によって、考え方がかなり違っているようだ。


(26) 今日は、10月13日、金曜日。

 私はキリスト教でもないし、特別な宗教にも入っていない。だから「13日の金曜日」などは、まったく気にしない。
 しかし、そんな些細なことに対して、気にしない人ばかりでもないらしい。
 この度は、A−7病棟の706号室に入院をしたのだが、あとで廊下を歩いてみてわかったことである。

 701から718まである病室に、なぜか704号室・710号室・714号室がなく、15室であった。「4」が縁起が悪いということで抜かしたのかもしれないし、またナース ステーションや診察の部屋などに割り振ってあるのかもしれない。
 10号室がないのは、階数が直感的にわかりにくくなるためかもしれない。まさか、「霊」を嫌ったのでもあるまい。なぜならば、「苦」につながる9号室がちゃんとあったから。

 そんなことよりも、手術をしてもらった9月12日(金)から数えて、ちょうど今日で1ヶ月目である。
 無事に1ヶ月間が過ぎたので、やれやれである。
 その間の注意として、手術の前日にもらった「説明書(手術・麻酔・検査・処置)」には、

・ 尿失禁:……しばらくは尿が漏れやすくなります。
 後失血:術後約1ヶ月までは突然血尿が出ることがあります。

 また、退院の前日にもらった「退院療養計画書」には、

・ 術後1ヶ月経つまではアルコール摂取はしないで下さい。
 また、自転車・バイクなどの乗車、重い物を運ぶことなども行わないで下さい。

という記述があったからだ。

 そして、それらの記述を完全に守って、何とか1ヶ月が過ぎた。
 お陰様で、オシッコが素晴らしい勢いで出るようになった。甲先生は「二十歳ほど若返ったような気がするか」と言われたが、私は若くなったというよりも、爽快感と至福感でいっぱいである。カップで計量をすると、多いときは200mlから250mlくらい出る。色も次第に薄くなって、何とも気持がよい。

 手術後3週間くらいまでは、ときどきカサブタ(瘡蓋)のようなものが欠け落ちるのでしょう、それが流れ出てくるのに伴って出血があった。しかし、つい先日からは尿の中に小さなカサブタがあっても、出血をしなくなったみたい。次第に傷口が、元来の状態に戻っていくらしい。
 かなり大きな手術であったにもかかわらず、手術中も入院期間中も、そして退院をしてからも傷口が痛むことなどは一回もなかった。そこを押してみても、笑っても、まったく平気である。そのように優れた方法で手術をしてもらったことに、心から感謝をしている。

 後にも先にも、苦しかったことといえば、入院中と自宅で膀胱にオシッコがパンパンに貯まったときだけである。
 手術を受けてから、まったく問題はないが、日々の注意などを敢えて記述をすると次のとおり。

・ オシッコをしたくなってから、あまり時間がもたない。「説明書」にあったので注意をして、早めにトイレをするようにしている。そのために、まだ一回も「お漏らし」はしていない。

・ ちょっと体力を失ったみたい。ムリをしないようにしているせいか、治っても入院前のように半日で20キロメートルくらい歩こうというような気力がなくなった。

・ 身体の清潔に注意して、膀胱炎などにならないように努力。
 若かったときにはビンビンしていたオチンチンも、還暦を過ぎたころから元気がなく、だいぶ小さくなったようだ。そんなわけで、ともすると皮が被ってしまう。だから、1日に1回は風呂かシャワーで、まくってよく洗う。そして、パンツやシャツ、その他の普段着を取り替える。それらの洗濯は、自動乾燥のときに高温で滅菌ができるようになっている。

 なお、靴と靴下は厳寒の時期までは履かない。
 しかし、足の指間の清掃は、とくに入念にしている。

 市の健康会の中でも、ずっと元気であった私が救急車で運ばれたり、入院をして手術を受けたりすることに驚いた人がいる。もしかしたら、私が健康について日ごろ偉そうなことを言っていたので、溜飲を下げた人がいたかもしれない。しかし、5年前に会が発足をしたときの挨拶で、私が

 「予防と注意をすることによって、病院に通ったり、入院をしないようにしたいと思います。ただし、歯の治療・メガネの検眼・盲腸・前立腺、そして事故は除きます。」

と言ったことを覚えてくれていた人がいた。
 ほっとしたと同時に、やれやれと思った次第である。


(27) 今後のテーマ

 通院・入院と手術・そして退院後の療養、これらは私にとって大きな勉強になった。
 また、その間に発見をしたこともずいぶんある。そんな意味で、今後のことも考えておきたい。私の次回診察日までは、2ヶ月もの期間があるので、現時点で健康会の皆さんに中間報告と考え方の説明をしておくのがよいでしょう。

 救急車で運ばれた日の1週間ほど前に、市販の「尿糖・尿たん白試験紙」(新ウリエースBT)で測ったら、尿糖が500mg/dl以上出ていた。そして、尿蛋白は「検出限界以下」であった。(その時点で、血液中の値についてはわからない。)
 その後、がんばったので手術日の1週間ほど前には、尿糖が25mg/dl以下になった。その代わりというか、尿蛋白が「少し検出」(30mg/dl以下)になってしまった。もしかしたら、腎臓に負担がかかったためかもしれない。

 なお、かなり高かった血圧も、20kgほど減量をしたら何とか正常値になってしまった。
 そんな状態の中で、手術は計画どおりしてもらえた。

 尿に蛋白が出た場合の食事療法は、「蛋白質を控えて、むしろ糖を取る」ということらしいが、とても自分自身ではできないので、一段落をしたら内科の医院へ通う計画である。いままでの食事療法とまったく逆のことをするので、不安でもあり自信がないからである。

 体調が戻ってきたので、今後は「空気」「水」「糖」「塩分」「動物性蛋白質」などに注意をしたいと思う。
 空気は、住んでいる部屋が12階であるから、比較的きれいなのかもしれない。
 しかし、掃除をするときの埃(ほこり)やダストのことが心配であった。そこで、掃除機をエレクトロラックス社のクリーナー(Z5954 Oxygen UPGRADE)という排気がきれいなヨーロッパ製のものに交換をした。

 また、水については私のところが団地でないので、旧来の地下水が来ている。だから、夏は冷たく、冬は暖かい。そして、味もなかなかいい。しかし、周辺にはゴルフ場がたくさんある。そんな心配から、ハーレーの浄水器を利用し始めて久しくなる。
 実際に安全であればいいのだが、……

 すでに、10年以上も前から台所には砂糖と塩がない。
 それどころか、味噌・マヨネーズ・トマトケチャップ・バター・マーガリン・ジャム・ママレードなども置いてない。
 塩は「海の精」というのを買うが、それは風呂に入れるためと歯を磨くために用いる。風呂には1回に1合程度、歯みがきには小さじ1カップ程度である。
 砂糖はないが、チェルシーという飴を常備している。それは、もしも低血糖になってしまったときにだけ、舐めるためである。

 しかし、今までは不勉強で愚かだったために「清涼飲料水などに砂糖が入っている」ことや、よもや「食パンにかなりの塩が入っている」ことなどを知らなかった。そんなために、大いに反省をして清涼飲料をいっさいやめたり、菓子パンはむろんのこと食パンも食べなくなった。

 動物性の蛋白質も、原則としてやめたい。しかし、手術後は傷口が癒着しないのではないかとの心配のあまり、外食で食べるようにしている。近くの大戸屋で「シマホッケ定食」や「生そばと鶏カツ定食」などである。
 蕎麦にはルチンがあるなどと言う人もいるが、それは花から抽出されるので、麺にはないのではないか。私は、ルチンのためではなく、そのセットがサッパリしているので、いつも食べるのである。
 しかし、「動物性の蛋白質を取らないと傷が治りにくい」かどうかなどということには、本当は私も不勉強のために何も知らないので根拠がないのである。

 さらに、今後の研究テーマとして、早急に

・ 歯周病と糖尿病との関係(互いに合併症の傾向があるかないか)

・ 水虫などの皮膚病と糖尿病との関係(合併症の傾向があるかないか)

・ 気力や老い・老け込みと糖尿病との関係(合併症の傾向があるかないか)

などを調べていきたい。
 それらは、自分自身のことであるとともに、三田さんの場合にも当てはまるからである。
 さらに、

・ ガンにならない食事と生活習慣(なるべく化学薬品などを摂取しないで、自然食をする。)
 化学薬品症候群を避けて、身体のホメオスタシスをいつも正常に保つ。

などを考えている。
 『考経』にある「身体髪膚のくだり」や『論語』の「曾子が言った臨終の言葉」などを持ち出したら、古くさいシーラカンスのような人間だと言われそうではあるが、実際には現在でも同じ状況なのであろう。
 どうぞ、皆さんもお大事に。


  完治しないまま

 

 退院後は約9ヶ月に、4回通院をしました。手術後、正常に戻ったかどうか尿の検査をするためです。その間には裸になったり、実際にオチンチン周辺の検査をされたことは一度もありません。カップに取った尿を毎回検査しただけです。

・ 平成18年(2006年)10月2日 基本料70点+検査料74点=144点(本人支払い額430円)
  この日は、他に保険申請の提出証明作成のために、文書料4500円を支払う。
・ 平成18年(2006年)11月27日 基本料70点+検査料74点=144点(本人支払い額430円)
・ 平成19年(2007年)1月31日 基本料70点+検査料74点=144点(本人支払い額430円)
・ 平成19年(2007年)4月4日 基本料70点+検査料74点=144点(本人支払い額430円)

 費用から考えて、大きな検査ではないことがわかります。
 O先生は、一回目に尿に異常があったので、ちょっと不思議に思ったようです。なぜならば、先生は私の尿がすでに正常に戻っていると考えていたらしいからです。そんなわけで、「もう一回検査をしましょう」と言って、次回になったのです。

 しかし、そんなことを何回か繰り返して、現在に至りました。最後の4月4日には「身体に異常がなければ、もういいでしょう。」と、何となく匙(さじ)を投げ出されてしまった感じ。
 そして、いまだに完全には治っていないらしい。
 おそらく、私の体内に寄生した細菌の死骸や老廃物が、まだ尿の中に含まれているためのではないでしょうか。それが何か、具体的なことを先生が話してくれませんのでわかりません。

 しかし、ここのところ何となく体調が優れないのは事実です。
 もしかしたら、カテーテルの挿入期間が長かったので、すでに手術前に前立腺か膀胱、もしかしたら腎臓に、細菌が寄生をしたためかもしれません。実際に、カテーテルをしていた期間(入院する前の)に、尿中に赤い微少な毛細血管のようなものが、流れ出してきたことが多くありましたから。

 退院後の身体の事情は、ちょっとトーンが異なりますので、ここ を参照してください。



身体の内部がブヨブヨになって入院?


 お恥ずかしい話ではあるが、「生まれて初めての救急車」を経験した。
 そして「もしかしたら、この世からサヨナラかもしれない」とも、救急車で運ばれているときに考えたのである。

 いまだに医師からの明解な原因説明がないので、自分なりに考えると「身体の内部がブヨブヨになる原因不明の病気」で緊急入院をしたらしい。もしかしたら、糸球体の先端に血液が回らなくなっていたのかもしれない。

 臓器に血液が回らなくなる原因不明の病気が増えているようである。
 それは、「虚血」という恐ろしい症状。おそらく、近年の急激な食生活の変化によるためであろう。さらに、「自己家畜化」というようなことに原因があるのではないか。
 いずれにしても、現時点では理由がよくわからないのである。

 さいわいに人生のグッドバイをしなかったので、ここに「通管と閉管=オシッコの場合」というようなテーマで、簡単に私なりの考えをまとめておこう。
 しかし、これはまったく私が個人的に考えた医学。
 もしかしたら、間違っているかもしれません。専門の人がいたら、間違いを指摘していただきたいと思う。
 つまり、私が意味する通管(つうかん)と閉管(へいかん)についてである。

 通管は、入り口があって出口のある管。そして、閉管はいずれか一方の管である。例えば、口から肛門までは、非常に長いが一連の通管である。しかし、オシッコの管や盲腸自体や毛穴などは閉管。

 そして、閉管の病気は通管のそれよりも治りにくいので、平素からならないように注意をしなければならない。なぜならば、通管はそこ自体がいわゆる身体の外部と言ってもよいが、閉管は身体の内部に作られた外部であるから閉じていて、なかなか治りにくいのかもしれない。

 アトピーなども、皮膚や毛穴に関係をする閉管系の病気であろう。
 しかし、ここで取り上げるのはオシッコの管である。専門的には、尿管という部分らしい。
 さらに、女性はさておいて、男性の場合で考える。その上、精液のことなどは話が複雑になるので、ここではことさらに触れない。

 オチンチンの先の穴から管をずっと入っていくと、やがて行き止まりになってしまう。それ以上、先がないらしい。つまり、閉じたパイプなのである。見たわけではなく、想像であるから間違っているかもしれない。

 その行き止まりの部分には、糸球体がある。子宮ではない。
 「糸球」と書いて「シキュウ」と読む。むろん、女性にも付いている器官である。そのシキュウは、非常に細い精密な器官で、別系統でありながら、血管と尿管の先とが絡み合っているらしい。

 体内側のパイプには血液。閉じたほうの尿管には尿が流れる。そして、互いに結合はしていないものの血管中の不要物を尿管側に洩れ伝えるという神がかり的な微妙な働きをするという。もしも、その機能がいかれると、血液を尿の中に抽出してしまうのである。

 したがって、永年アルコールや刺激物などを摂っていると、両方で機能をするというシキュウ全体がダメになってしまうらしい。私の場合は、シキュウが完全にブヨブヨになって、すでにダメになっているようだ。
 そのようなことを何となく医師が看護師に話しているので、聞いていて大いにショックを受けた。

 さらに、そのシキュウの作用自体は、自分自身の身体でもコントロールできない。
 常に排出の濾過作用が行われているからである。カテーテルを通して、数時間見ているとその様子がよくわかる。誰でも四六時中、オシッコを生成して、それが膀胱に垂れ流しなのである。
 見ていると米粒の10分の1くらいの大きさの赤い血液が流れ出ることがある。おそらく、濾過の機能がおかしくなっているのだろう。

 そのような常時の抽出コントロールができなくても、実際には膀胱に貯まった尿を我慢することで、生活に支障をなくしている。したがって、膀胱に尿を貯蔵できる大きさで、ふつうトイレに行く回数が決まる。
 しかし、その膀胱も加齢とともにダランとしたボテボテの張りのない何となく袋状のものになってしまい、オシッコを貯める機能が衰えてダメになってくる。その結果、トイレに近くなるのである。

 この「通管と閉管の理論」については、私の「生死(しょうじ)に関する考え方」の基本をなすものである。したがって、改めて別なところでも述べるであろう。ドーナッツやミミズのような簡単な管から、複雑になっていった進化の過程の変化とともに、生と死に関する問題が出てきたことを言わなければならないからである。

 いずれにしても、歳をとると通管よりも閉管のほうに問題が生じやすくなるようだ。
 通管に支障をきたして死ぬ人は、ごちそうを食べた人や贅沢をした人に多いようである。しかし、いっぽう誰もが加齢とともに、閉管が原因で死ぬようになるからである。

 そんなことも考えると、歳はとりたくないものである。



歯周病と糖尿病は同じ穴の狢か?


 糖尿菌というのがあるかどうか知らないが、一部の貧しい地域を別にして、現代社会を崩壊していく恐ろしい現象である。むろん私も、その中に入っているので、近い将来が心配でならない。

 いっぽう歯周菌は愚かな菌で、身体全体から比べると非常に小さいが、自分の至近距離、つまり内部を食い尽くすことによって、生きながらえている。身近つまり口腔内にあるすべての歯をダメにすれば、自分自身が生きられないことはわかっているはずであるが、それでも自分の滅ぶこともわからずに、幻影でもって意味のない総攻撃をかける。

 しかし、自分が滅ぶ前に何とか生き残るためには、糖尿の人の血液に入り込むことを考えるらしい。おそらく、そんなことをしても相手がすでに汚れているので、共倒れであろう。
 その状態は、エイズや肝炎の数倍も重度な大病人の出来上がりとも言ってよい状態ではないか。

 私は歯周病であるし、糖尿病の気(け)も大いにあるので心配だ。
 歯周病と糖尿病には、互いに意外な関係があるので注意が必要です。
 歯周病は、単に口の中だけではなく糖尿病や動脈硬化などの生活習慣病とも関係をしているからです。

 糖尿病になると歯周病になりやすいということは事実であるが、逆に歯周病が糖尿病を引き起こす原因にもなる。なぜならば、歯周病が進むと歯と歯茎の間に「歯周ポケット」という隙間ができて、その部分が炎症を起こし、歯周病菌や毒素が体内の血液中に流れ込んでしまうからです。そして、それらが抗原となって白血球を活性化して、次々と肝臓や脂肪組織から炎症成分を分泌します。
 考えてみれば、それはとても恐ろしいことですね。

 炎症成分の一つであるTNF-αは血糖値を下げるインスリンの効きを次第に悪くしてしまい、糖尿病を引き起こす原因となるのでしょう。さらに、炎症成分インターロイキン-6(IL-6)は、肝臓からさらに別の炎症成分CRPを分泌させるので、心筋梗塞のリスクをますます高めてしまいます。

 つまり結論として、歯周病を治療すれば、糖尿病を改善したり、心筋梗塞のリスクを低減することができるのです。
 したがって、すでに歯がぐらついていたり、口臭や歯茎の腫れがあって、しかも糖尿病を患っている人は、すぐにでも歯周病の治療を始めなければなりません。
 そんな場合は、よろしく願います。
 お大事に。



自炊と外食、飲み水などについて


 かつて私は、食べ物や水について、きわめて厳密であった。なぜならば、健康に影響があると考えたからです。しかし、ここのところ自分が病んでしまうと、そのような配慮がなぜか億劫になってしまった。

 そして、厳密な配慮をしてもあまり大きな効果はないんじゃないかとも、一方では考えるようになったのだ。つまり、面倒になったので考え方も甘くなったみたい。

 そこで、自分でいちいち玄米食など作るのをやめて、手軽な外食をするようになった。また、肉食を忌諱することもなおざりになった。つまり、ベジタリアンを放棄したのである。

 考えてみると実に今までは、細心の注意をしたものである。
 その手数や時間もバカにならないほどであった。わかってみると、食事に対して労力をかなり費やしていた。第一、食事をするということ自体がかなりの重労働である。そんなことも、今回の出来事でわかった。

 実際には住んでいる同じ建物(同じ番地の傘なしで行けるところ)に、ずいぶんと食堂がある。利用をしないほうが、もったいない。例えば、

(1) ビルディ(軽洋食のレストラン・日替わりランチは飽きない)
(2) ラ・クレア(スパゲッティやアイスクリームなどもおいしい)
(3) マクドナルド(桜ヶ丘に2軒あるが、ソフトアイスのある店)
(4) 中華料理店(名前は忘れてしまったが味付けがさっぱりしてる)
(5) クレープの店(美しくておいしいクレープとコーヒーが飲める)
(6) 風(ふう)(健康食志向の料理、富士山の見えるくつろぎの場)
(7) スターバック コーヒー(地上階フランス式の屋外テーブルあり)

などである。

 それぞれ食事やコーヒーが飲める。そして、それなりにおいしいのである。とくに、ビルディではプラチナ・カードなるものを作ってくれた。「熟年層のお客様5%OFF」である。同伴をした若い人も適用をしてくれるというので、何ともありがたいことではないか。

 私は午前10時半ごろ、または午後3時ごろに行く。すると、ほとんどガラガラで客がいない。したがって、とても落ち着いた雰囲気のなかで、落ち着いた食事ができる。

 また、今までは飲み物も無農薬で安全に育てられたコーヒー豆や紅茶などを仕入れて、自分で湧かしていた。しかし、それも面倒になって各種のドリンクを2リットル入りペットボトルで買うようになった。
 1日に10リットルほどを消費するので、大型のボトル5本である。とても重いので、キャリングカーを牽いていく。途中にエレベータはあるが、階段はまったくないので楽である。

 飲料水は種類が多いので、何を買うか迷うときもある。
 例えば、コーラーのボトルには「愛されて120年」などと書いてあるし、黄色い液体のボトルには「レモン210個分のビタミンC」などとある。いずれも本当かどうかわからないが、何となく信頼ができるような感じもする。

 それから、ポカリスエットのような飲料である。
 ポカリスエットは数年前に大岩先生と旅行をしたときに、いつも先生が携行しておられたので、その存在を知るようになった。

 飲料水については、いま私なりにまとめているので、後日その結果を発表する計画です。なぜならば、中には開封後に室内の常温で数日間も放置しても、カビ一つ生えない種類のものもあるから。おそらく、多量の防腐剤を混入してあるのだろう。
 現時点では、面倒なので開封をして24時間以内にそのまま飲んでいる。それが、実際に1週間後にも腐らない液体かもしれないが、……



はめまらとむしむだ


 老化予防の一環として、「はめまら」と「むしむだ」には、とくに心がけなければならない。

 つまり、まず「歯」と「目」と「まら」に注意をしなければならないんだ。
 具体的に言うと、「歯」は「虫歯」や「歯周病」である。高齢者になってくると、歯の数も次第に減ってしまいがちである。
 「目」は、ふつう悪くなるばかりである。そして、白内障や緑内障にもなりやすい。糖尿病を患っていると、失明の恐れもあるだろう。
 「まら」は、オチンチンのこと。そして、男性は老いてくると、ほとんど前立腺がいかれてしまう。

 いっぽう、老人になると何を言っても、回りから無視されることが多くなる。適当に扱われる他、ひどいときは存在そのものがムダのように言われる。「父母恩重経」などにあるとおりで、まったく情けない。

 また、横井也有が53歳のときに書いた俳文『鶉衣(うずらごろも)』の後編にあたる「嘆老辞」に、次のような記述があった。その記述とは、かなりショックなもので

 <耳もとおくなり、眼はかすみ、四肢のふしぶしは痛むようになってしまいました。老人と話をして、まどろかしく感じたり、また老人をうとましく思ったのは、つい先日のような気がする>

とあります。
 つまり、自分自身が老いたことを改めて認識をしたというのです。

 そんな記述を読むと、実は「私も以前は老人を見て、鈍いのでうとましく思った」が、もはや自分がそうなっているので驚いてしまう。まったく横井也有の書いているとおりです。
 若いころの奢(おご)りは、いつの間にか少しずつ失われていくようです。

 さらに、「方丈記」、「徒然草」、そして旧約の「伝道の書」などの記述には、愕然としてしまう。そして、まったく当を得ているのが残念でもある。
 したがって、自分で自分自身の空間を築くしか、救いはないであろう。
 いかがなものか。



病気は病気を呼ぶらしい?


 最近になって、バカに身体がしんどい。
 以前のハツラツサが、なくなってしまった。
 何をするのも面倒くさく、一気に老人になってしまったみたいだ。

 入退院を繰り返したのだから、当然かもしれない。
 そして、まだ検査をしていないから、自分自身でも何が何だかわからない。来週になって「造影検査」というのをするので、万一の事故のときの覚え書きのようなものを書かされた。だからそのかなり大きな検査の結果で、すべてがわかるのかもしれない。

 でも、考えてみた。
 ここのところ、食生活と飲み物との変化である。とくに、飲み物はすべてが市販の「ポカリスエット」や「ダカラ」などの清涼飲料水やアミノ酸飲料・そしてウーロン茶などである。いずれも、甘みは少ないので糖尿については安心をしていたのだが、……

 「ハーレー」で濾過した水で氷塊をつくり、そこに「ハーレー」で濾過した水を入れて飲まなくなってしまった。ここのところ暑かったりするので、氷を水枕に使ってしまって、ちょっと足りなかったことにもよる。
 そして、いずれの清涼飲料水もほのかに甘くて飲みやすく、とてもおいしいので身体(体液)にもよい効果があるのではないかと考えたからだ。

 でも、心配になったので今までは月に一回だった「尿・蛋白試験紙」「新ウリエースBT」というので、久しぶりに確かめてみた。すると、驚いたことに「蛋白」はべっちょなかったものの、「糖」がものずごい。つまり、「蛋白」が(1)(ほとんど検出されず)であったのに、「糖」はすでに(5)(多めに検出)でとっくに(4)(少し検出)を過ぎてしまっていた。

 しかたないので、清涼飲料水と比べてあまりおいしいとは言えない「生水」にまた戻してみたた。
 そして、一日して「ウリ」さんではかってみたら、……



飲料水について


 身体にとって、水が大切なことはわかります。
 血液の機能を分担したり、体組織を構成したりするからです。
 そんな大切な水ですが、あまり注意を払わない人もいます。
 私も無頓着でしたが、最近になって注意をするようになりました。

 ふつう、水道水を「ハーレー」という浄水器で濾過をして飲み水に使ったり、料理に用います。しかし、最近になって飲み水としてペットボトルに詰まったものを買うようになりました。
 何となく安全そうで、健康にも優れているように思えたからです。

 私が利用しているものに書いてある説明を一例としてあげてみましょう。

<サプリメントウオーターAMINO SUPLI+9 KIRIN
人間がつくれない9種類の必須アミノ酸がいちどに摂れる・アミノサプリナイン
人間のカラダ=11+9 人間のカラダは、20種類のアミノ酸でできています。そのうち11種類が体内で作ることができる非必須アミノ酸、9種類は体内で作ることができない必須アミノ酸です。
いちどに摂れる+9 9種まとめて摂れるから、体内で効率よく働きます。しかもWHO(世界保健機構)などが設定する必須アミノ酸の最高バランス「アミノ酸スコア100」という基準に基づいて独自に配合!
現代人が手軽に摂取して、基礎から健康な身体を作るサプリメントウオーターです。
名称 清涼飲料水  原材料名 砂糖、塩化Na、香料、クエン酸、クエン酸Na、スレオニン、フェニルアラニン、リジン、ロイシン、バリン、ヒスチジン、イソロイシン、メチオニン、トリプトファン>

 このインプットは、なかなか大変なので、少しずつインプットして10種類くらいはするつもりですが、ここではそれ以前の問題です。

 それは、その製品にあるメリットばかりを記述していて、デメリットや危険性について、まったく記述がないことです。
 例えば、

 「常用を長期間行うと、糖分の摂取過多になりますので注意をしてください」

などのようなコメントです。
 なぜならば、原材料名の最初に砂糖とあるのも心配だからです。

 それを食べ物の例で言えば、「玄米が健康によい」などと軽率にいうような場合と似ているでしょう。確かに、その通りなのですが危険な例外があります。それは、白米用に生産をした米を玄米に精米をしたときです。農薬を蓄積した胚芽の部分が、そのまま残っているからです。
 そして、テレビなどでブームになったときに出荷される玄米が、ほとんどそのような製品であるという事実です。

 そのような製品を食べると、健康によいどころかアトピーや身体のかぶれなどの症状を起こすからです。さらにひどいのは、原因不明の嘔吐などを起こす場合があるようです。
 水の場合は、いったいどうなんでしょう。



似て非なるもの


 前回の健康会で「前立腺肥大症」と「前立腺ガン」との違いについて話題になった。女性会員Fuさんからの質問であったので、なぜそんなことを知りたいのかを聞いてみた。
 すると、彼女の行っている教会の神父さんが、いま前立腺で入院をしているという。

 そこで、私もにわか勉強をして、何とか答えるのではあるが、……
 もっとも、勉強などと言っても、病院の受付にあった武田薬品工業の無料のパンフレットによるもので、わずか12ページの小型冊子であり、それを参考にしたゆえに、この説明もいたって簡単なものである。
 でも、知らないよりはずっとよいのではないか。

 前立腺は男性だけにある器官で、前に立っているから「前立腺」という。(のであろう。これは、パンフレットに書いてあるのではなく、私の考えです。)
 その前立腺がいかれちゃうと、「オシッコが出にくい」「トイレが近くなる」「オシッコの量が減っちゃう」などの結果があらわれます。

 そして、その症状の原因として

(1) 前立腺肥大症

(2) 前立腺ガン

が考えられます。

 上にある(1)と(2)は症状が非常に似ていますが、まったく異なった病気なのです。しかし、併発をすることもあるので注意が必要です。もしも、ダブル状態になると、身体はけちょんけちょんになってしまうでしょう。
 おそらく、私の場合がそのようです。

 私は、(1)の前立腺肥大症にかかっているのは事実です。なぜならば、医師がその手術の必要性を言うからです。そんなわけで、入院の申し込みをしました。
 そして、手術の前後に(2)の前立腺ガンの有無もわかるでしょう。
 さらに、糖尿病・高血圧による失明の可能性などが、次々と明らかになるのは早晩の問題です。

 前立腺ガンは、かつては医師が肛門から指を入れて固くなっている箇所を直接に確認をしたそうです。しかし、現在はPSA検査で簡単に調べることができるそうです。
 PSA検査はPSA(前立腺特異抗原)の性質を利用したもので、簡単で精度の高い検査法と言われます。この検査でガンの可能性があると判断された場合は、二次検査として超音波検査と直腸診を行うそうです。
 そのようにして、前立腺ガンの結果がわかるのです。

 いずれにしても、これらの症状は高齢の男性に多いことでも似ています。しかし、最近では50歳代前後から症状が出てくるようになって、それが若年化をしているとも言います。
 (1)(2)ともにならないためには、日常の食生活や生活習慣に関する注意が必要のようです。
 私は、かつて食生活や生活習慣をなおざりにしたために、最近になって病気に見舞われたんじゃないかと反省をしています。

 いくら信仰があつくても、前立腺やガンには事情が通じなくて、あまり効果がないようです。
 その証拠に、フランチェスコはその末期に全身がガンに犯されていました。もっとも、アシジのフランチェスコ自身ではなく、ポルノ俳優ミッキー=ロークのことです。そして、後に整形で顔の形まで変わってしまったローク自身のことではなく、ガルバリーノ監督が作った映画の主役でのことです。



あなたが中高年の男性ならば?


 ここのところ、私は前立腺の関係で、何かと身体の調子が悪かった。
 そこで、基本的なことを調べてみた。そして、その内容をわかりやすくするために、いくつかをQ&Aの形でまとめて記述しておこう。

(前立腺肥大症問答)

Q 1日に10回以上もオシッコをする。つまり、すぐにトイレに行きたくなるようになった。

A 頻尿の状態です。

・ 健康な男性の1日の尿量は、1500ml前後。
・ 膀胱の容量は、約200ml。
・ 夜間はホルモンの関係で、ふつう排尿はしないようになっている。

Q 最近になって、夜間に数回オシッコがしたくなって目覚める。寝不足気味になってしまった。

A 夜間の頻尿は、前立腺肥大症の症状の一つ。
 しかし、前立腺ガンの場合も同様な症状がある。
 前立腺肥大症と前立腺ガンは、いずれにしても泌尿器科で早めに治療をしなければならない。

Q オシッコが毎回だらだらと時間がかかるようになった。

A 健康な人のオシッコは約15秒。
 前立腺肥大症の人は40秒くらい。
 この時間がかかる現象を遷延(せんえん)性排尿という。

Q オシッコをしても、尿が出きれないような感じがする。

A 排尿の時間が長びいたり、途中で排尿がとまったりしたら、泌尿器科で診察を受ける必要がありそうです。

Q オシッコの中に血が混じっている。

A 前立腺肥大症では、血尿はそれほど多い症状でない。むしろ、腎臓ガンや膀胱ガン、尿路の悪性腫瘍などが疑われる。
 いずれも、泌尿器科で精密検査をしなければなりません。

 お大事に。
 お互いに。



 オシッコの話=前立腺肥大症の参考


 前立腺肥大症のことを考えて、知っていたほうがよいオシッコの簡単な話をしよう。

・オシッコは血液に含まれる不純物が、腎臓で濾過されてできる。

・腎臓は左右に2個あって、血管は腎臓の内部で細かく枝分かれする。そして、その先端は肉眼では見えないくらいの細い毛細血管になっていて、糸球体(しきゅうたい)と呼ばれる濾過装置がある。

・つまり、糸球体は血液中に混じっている終末代謝産物や不要水分などを濾過する。これが、尿になる。
 なお、この糸球体は一人の人間に200万個もあるという。

・蛋白や糖が尿に出るときは、腎臓か尿路に障害があると考えられる。
 つまり、オシッコをちゃんと作れるかどうかは、腎臓の働きにかかっているのだ。腎臓の調子が悪くなると、尿素などが血液中に増えてきて危険な状態になるので注意が必要。

・オシッコがしたいというのが、脳の働きによる場合もある。
 脳は心理作用に左右されやすく、興奮をしたり、強いストレスにかかると排尿中枢が刺激される。その結果、膀胱に尿がたまっていなくても、オシッコがしたくなる。

 例えば、試験の直前にトイレに行きたくなったり、バス旅行で次はいつトイレに行けるかなどを心配すると尿意をもよおす。そのようなときは、水を飲んでいるか飲んでいないかにはあまり関係がない。

・できたての尿は、きれいである。
 しかし、尿には蛋白質の破片、尿素、尿酸などが溶けているので、空中では細菌が繁殖しやすい。尿素はアンモニアや硫化水素に変わって、おなじみの臭(くさ)い臭(にお)いになる。
 砂漠の遊牧民がラクダの尿で顔を洗っているのをテレビで見たことがあるが、やだなぁと思ったことを覚えている。そして、私たちの生活が素晴らしい状況であると改めて有難く感じた。

・尿の色は、身体の状態によって変化をする。
 ふつう、淡黄色または黄褐色である。尿量が多ければ色は薄く、朝一番の尿は凝縮しているので濃い。

 まだまだあるが、取りあえずこの辺で……



 ダブルパンチ=糖と蛋白


 数ヶ月前から、身体の具合がおかしい。
 妙に疲れてしまうんだ。

 そこで、もしかしたらと考えて尿の検査を自分でした。
 すると、何と糖と蛋白とが出ているではないか。まったく、驚いてしまった。自分自身では健康だと思っていたのだが、日々のちょっとした不注意が、やがて必ず身体に影響するということをダブルパンチで知らされた。

 蛋白の量はさほどでもないが、糖のほうはものすごい値になっている。
 すでに500mg/dlくらいであるから、かなりの重傷である。数ヶ月前までは、体調が何でもなかったのが、急におかしくなった。血液を測定すればいいのではあるが、ちょっと自分ではできない。血液中では少しずつ増えていくものが、尿試験紙ではがくっと増えるようだ。

 そして、そのようなことが原因になって、前立腺肥大症などの症状が表面化したのではないだろうか。
 糖尿病は「サイレント・キラー」などと言われて、自覚症状がないままに進むということを初めて体験した。そして、知らないうちに合併症を起こして、廃人にさせられるのではないかということも理解できた。考えてみれば、まったく恐ろしい病気である。

 かつて、医療講演会で聞いたり、医学書で読んだとおりである。
 そのときは、ちょっと脅かしのような感じを受けただけであったのが、今回は本当にその通りであると、自分自身で大いに納得をしたのである。

 何とかしなければならない。
 現在私は前立腺肥大症の手術待ちであるので、できたらその間に治してしまおう。
 なぜならば、泌尿器科の先生は「あなたの症状はいちばん軽いほうであるから、手術の順番はかなり先になるでしょう。」などと呑気なことを言っているからである。

 私自身としては、いくつかの病状が併発しているので、まかり間違えば失明にでもなりかねないと心配する。しかし、病院では重度の糖尿病であることをまだ知らないので、自分で何とかしなければならない。
 つまり、前立腺肥大症は糖尿病の合併症の一つであったらしい。

 最初に考えたことと、事情は逆なのである。
 そこで、まず何とかして自分で糖尿病を治すことにした。
 その一部始終は、この文章も含めて「糖尿病からの脱出記」として、手術が終わって退院をしたら、別にまとめる計画である。ここでは、私が勘違いをしていた理由を記述しておくので、ご参考にしていただきたい。

(1) 糖尿病になっていないなどと思っていた理由。

・長い間、ずっと穀物・野菜食をしてきた。
 自宅では肉や魚の調理をしないし、食べたことがなかった。

・ 健康には、かなりの留意をしたつもりである。とくに食べ物に関しては、化学薬品に対しては配慮を怠らなかった。

・台所には、塩・砂糖・バター・マヨネーズ・トマトケチャップなどが置いてない。また、天ぷら油などもない。天ぷらはしないからだ。

・とくに塩分の摂取には注意をした。塩分がかなり入っているものは、なるべく食べないようにした。例えば、市販の食パンなどである。
 また、たまに佃煮などをいただくことがあったが、もったいないと思いながら、そのまま捨ててしまった。自分が身体によくないと考える物を他人に差し上げるのは、やはりよくないと考えたからだ。

・化学的洗剤は食器洗いにも、洗濯や風呂にも用いなかった。
 シャンプーやリンスなども市販のものは使わずに、自然丸というメーカーの石鹸を利用している。

・炎天下で、一日に20キロメートルくらい歩いてもへっちゃらだった。日々健康で、いわゆる病気など20年間に一度もしなかった。

(2) 糖尿病になった理由。

・食べる量が、かなり多かったみたい。
 シェーキーズのピザ食べ放題やピッチャーのがぶ飲み。

・外食時にハンバーグなどの脂肪を取りすぎた。
 また、ポテトなども揚げたものを大食いした。

・清涼飲料水などの砂糖を含まれているものを常用した。

・いつの間にか、水を飲む量が増えていた。喉が渇くためであろうか。したがって、オシッコの量も増えていたのに気付かなかった。
 健康な人が1日に1.5リットルとすると、その5倍程度のオシッコをしていたのである。当然、水分はもっと飲んでいのだろう。それを習慣としてしまって、つい見逃してしまったのだ。

 その他、いろいろと思い当たるふしがある。お恥ずかしい次第。



 病の器でも、くさらないぞ!


 加齢とともに、身体の調子はどんどん悪くなってしまうようだ。
 でも、そんなことは当然で、気持ちまでくさってしまってはいけない。
 ある程度は、ちょっと考えればわかることで、知らず識らずに「すっぱいぶどう」にはなりたくない。気持ちだけは、どんな状況でも冷静でありたいものだ。「自己防禦のからくり」とも言うらしいが、サワーグレープの例を一つだけあげてみよう。

 男性の場合である。
 「あなた、オシッコの出の勢いが悪くなったり、一回の出の量がだいぶ少なくなりましたねぇ?」
 「いいえ、……」
 ふつう、そんなふうに答える。

 自分では、高齢になると筋肉も弱くなり、また膀胱の容量も小さくなるなどと間違って考えているので、それが当然なことと思っている。
 だから、還暦を過ぎた男性は、それを誰にでもある当然のことと自分なりに錯覚をしているので、漫然とした気持ではあるが憤然と答える。
 そして、そんなときに冷静になって、オールド=パーのことを思い出す人はいない。ウイスキーじゃなくて、その瓶に貼ってあるラベルにレンブラントが描いた似顔のことです。

 しかし、泌尿器科の正しい解説を見ると「高齢になって、仮に80歳を越えても、健康な人のオシッコは若い人と同じように弧を描いて出て、それなりの量があるし、だらだらと続いて出ることはない」と言う。
 つまり、何となく自分自身で自分自身の状況を仕方のないこととして、当然であるなどと勝手に考えているのだ。健康でさえあれば、加齢とともにオシッコが近くなったりはしないというのが、医学的な正解というか常識である。

 そんな状況だから、加齢とともにいろいろな問題が増えるばかり。
 実際には、些細なことでも考えることによって、自分自身が問題だらけの存在になってしまう。今までの社会が、いわゆる老人対策などというような問題を意識していなかったので、ますます問題が表面化をしたり、悪化をしていくのではないかと心配をする。

 そんな状況で、つい還暦を過ぎたころから体調が何となく悪く、気持ちがくさってしまう。

 話は変わるが、ペットボトルなどの飲み物である。
 中には、開栓後コップに入れておくとカビの生えるものもある。しかし、いつまで経っても変化もなく、さわやかな種類のものも見受けられる。
 それは、「どうぞ、いつでもお飲みください」と言っているようだ。

 しかし、実際はどうであろう。
 ふつう、たいがいのものは空中の細菌によって変化をするだろう。パスツールだったっけ、閉じたフレスコの実験がある。空気に接していても変化が見られないのは、そのための薬品が入っていることになる。
 そして、その防腐剤は人体に有害ではないだろうか。

 そのような意味でも「くさらないこと」ということが、逆に健康や安全に対する一つの危険目安にもなるのではないか。
 ちょっと意味のわかりにくい意見になっちゃったが、……



 身体の異変が勃発=合併症に注意!


 更年期という言葉があるが、とくに女性が閉経した後の数年を言うらしい。しかし、ここでは男性の場合にも考えてみよう。
 男性は、ずぼらで不注意な性格の人が多いので、とくに注意をしなければならないからだ。また、自分自身の身体について、総合的に考える智恵があまりなく、個別に事象をとらえてしまう傾向も少なからずある。そしてそれが、問題をますます大きくする。

 つまり、浅はかな男性は全体的に問題をとらえようとしないのである。
 私の場合で、例をあげてみよう。

 還暦を過ぎて、だいぶたってから何とも身体の具合が悪い。
 歯周病(歯槽膿漏)になったり、目がどんどん悪くなる。そこで、歯科医に定期的に通ったり、眼科で検眼をして眼鏡を作り直す。また、血圧が上がってしまって、ふらふらするようなときさえもある。

 これらに個別に対処して、あわてふためく。
 ちょっと考えればわかりそうなことであるが、なかなかわからなかった。私の場合は、すべてが糖尿病の合併症(余病)であったらしい。
 そして、その糖尿病が進んでいることに対しても、まったく不注意な話であるが、なかなか気付かなかった。

 つまり、

(1) 歯と口腔内に問題が起こる。
 もたもたしていると、総入れ歯になっちゃう。

(2) 目が次第に悪くなる。
 眼鏡の交換ならまだよいが、やがて白内障・緑内障、さらには失明などの危険性がひそんでいる。

(3) 前立腺肥大症になっちゃった。
 この現象が出たのは、いたしかたないだろう。しかし、糖尿病にも原因が少なからずあるとは考えずに、個別にとらえていたのである。

 (1)(2)(3)については、昔から「はめまら」というではないか。
 そんなことさえ、うかつにも思い出せなかったのである。

(4) この他にも、いろいろあるが個人的な問題で、あなたの場合と異なっているかもしれない。また、何ともミットもないことが多いので、ここでは省略をする。
 何が言いたいかというと、常日ごろから不注意であることが、やがて大変なことになるということです。

 さらに症状が進んで、人工透析になってしまったり、失明などをするがいやだったら、そんなことの対策を早めにしなければならない。
 「一病息災」という言葉は、「無病息災」のもじりではあるが、なかなか事実を告げているので、宜(むべ)なるかなである。

 お大事に。お互いに。



 スリム化?=減れば減るもの


 いまホームページの整理や修正をしている。
 あまり発展をしなかったホームページや、読んでもらえないブログなどを廃止しようとしている。1年前の大きさを100とすると、ようやくその25パーセントを整理した。つまり、75パーセントにスリム化したわけだ。全体の半分のその半分を減らしたので、だいぶすっきりとした。

 不要と思われるものや訪問客の少なかったものは、どんどんと削除をしてしまった。
 そして、現時点では全体の大きさが、以前の約4分の3くらいになったところです。今後さらに努力をして、5分の1くらいの大きさに縮小をする計画である。

 自分自身で用いる必要な記録は、ハードディスクの中にWordで作成をしたり、ホームページビルダーで疑似ホームページにしておく。そのようにすると公開をする必要がなくなるので、プロバイダにお世話になる必要もなくなる。
 つまり、アップロードの手数とその費用とが不要になってしまうのだ。

 もともと、日記などは他人に見てもらう必要もあるまい。また、わざわざホームページに記録をしなくても、尋ねられたときに個別に答えればそれでよい。考えてみれば、読まれないブログなどは、犬の遠吠えと同じことではないか。

 現在、私は病気療養中である。
 やはり1年前くらいから、次第に体重が減ってきた。そして、この8月で以前の25パーセントほど体重が減ってしまった。つまり、目方が4分の3になってしまったのだ。ずいぶんと軽くなって、ふらふらするときもある。

 そうすることによって、糖尿病や高血圧が完治するらしい。
 そんなわけで、いままではホームページと同じ割合で体重が減ってきた。
 今後は、どうなっていくのだろうか。



 ひたひたとおろおろ=ウロバックの観察


 尿は、きれいか?
 私は、ウロバックという人工膀胱を付けている。なぜそんな不細工なことをしているかというと理由がある。つまり、尿道の一部に異常ができてしまって、カテーテルという管を入れておかないと、詰まってしまうからだ。
 いわゆる閉尿の状態になると、拷問にかけられたくらい苦しい。その苦しさは、まだ経験をしていない人には、おそらくわからないだろう。

 尿が作られるのは我慢できないらしい。
 誰でも水分を飲むと、ふつう直ちに尿が膀胱に漏れ出す。オシッコをしたいときの我慢は、膀胱に溜まったものを我慢するので、尿が作られること自体は制御できないのである。

 したがって、体外に出たカテーテル部分とそれにつないだウロバックを見ていると、ちょっと水を飲むと間もなくバックの入り口で水が滴り落ちる。それを見ていると、ふつうは清々しくなるほどの美しさである。色もほとんどないし、雫(しずく)が光って、ひたひたと落ちているからだ。

 あたかも山奥の源流で、したたり落ちる水のようである。
 かつてテレビで多摩川の源流をさかのぼっていく番組があった。どんどん川に沿って登っていくと、最後はしたたり落ちる雫になっていた。私は自分自身の尿を2時間ほど見ていて、そのことを思い出したのである。

 したがって、健康な状態のときの尿は清潔であろう。
 しかし、である。もしも、体調が崩れると尿の中には赤血球の死骸や蛋白の破片が含まれるようだ。また、糸球体が異常になった人の尿には、ときどきおろおろとごみ状のものが溶け出している。
 さらに、前立腺が異常になっていると、血尿や老廃物・異物などの混入が起きていることがある。

 そんなことはふつう、体内であるから観察ができない。
 私のように特殊な事情にあるときに限って、何時間でも観察ができるので興味深い。
 最初のころは、赤色の血液の小さい断片などがあったが、自分自身で注意をして養生をすることによって、見た目ではあるが尿はずいぶんときれいになった。

 しかし、試験紙で測定すると尿糖と尿蛋白とが出ている。蛋白はさほどでもないが、糖は重症である。
 結論を言おう。
 糸球体が正常である人。健康な人。糖や蛋白が出ていない人。
 そのような人の尿は、おそらく飲めるほど清潔であろう。

 それに反して、健康でない人の尿は一般には清潔な状態があっても、ときには老廃物が多く含まれていて不潔なときがあるようだ。
 そんなわけで、いま尿がどのようにして作られるかなども勉強中である。今回の合併症のお陰で、カテーテルとウロバックが付いて部屋から出られない状態になってしまったが、自分自身つまりミクロコスモスの研究ができるので、興味深いことが多く飽きない。

 じゃ、また。



 標準体重と肥満度=本当にできるかなぁ?


 身体の状態を定量的に判断するときに、標準体重と肥満度を用いる。
 日々の活動で身体が消費するカロリーと、食事で摂取するカロリーとを比べて、食べたカロリーのほうが多いと余るので、体脂肪になってしまう。そして、それが体重を増すことになる。

 そこで、いったい身体がどうなっているかの目処(めど)が必要になる。

 その式と私の場合の数字は、

  標準体重(kg)=身長(m)×身長(m)×22
           =1.64×1.64×22≒60(kg)

  肥満度(%)=(体重(kg)−標準体重(kg))/標準体重(kg)×100
          =(75−60)/60×100≒25(%)

である。
 そして、肥満度が20%以上であると「太りすぎ(肥満)」である。
 ±10%以内で標準であるから、私はさらに10kgくらい体重を減らさなければならないことになる。
 なんとか頑張って、実現をしたいものだ。



 太っていること=デブのハンディ?


 考えてみると、太っていることはいいことでない。
 スポーツをするにしても、太っているとハンディがあって不利である。太っていて有利なスポーツは、相撲と水泳くらいであろう。

 また、高齢になるとデブのハンディによるリスクはさらに増大する。
 肥満者の死因を調べると、ほとんどすべて太っていない人よりも多い。肥満者のほうが死ににくいのは、結核くらいしかない。それと、病気ではないが肥満者は自殺が少ないという。

 そんなわけで、高齢になっても肥満であるのは、いいことではない。
 なぜならば、常に重い物を持ち歩いているのと同じことになるからである。筋肉や内臓が衰えていく時期に、脂肪だけが身体に蓄積されるのだから、負担が大きくなって体調が崩れていくのは当然だろう。

 そこで、少なくとも標準体重になることに努力をするべきだ。
 太っているかどうかの指標は、前回の「標準体重と肥満度」を参考にしてほしい。



 野獣のように=ホメオスタシス回復法


 だいぶ前に「病気になったり怪我をした野獣が、静かなところでじっと動かずに、ただ回復を待つ」ということを本で読んだことがある。それは、どうやら本当らしい。第一、野獣には行くべき病院もないし、薬を求めるためのドラッグストアもないからだ。

 私も、そんな野獣の方法を学んで、自分自身の身体を治している。
 今のところは、血圧を下げることと尿糖をなくすことに成功した。

 血圧は、体重を減らすことによって簡単に実現をした。もっとも、その体重を減らすことは、そんなに簡単ではなかったが、……
 とにかく、上が180から200付近、そして下も100から110くらいだったのが、

                   2006/ 8/21 12:54
   最高血圧 114  最低血圧 81  脈拍数 73
            [mmHg]         [bpm]

となっていた。

 あまり簡単に下がったので、びっくりした。
 何回やっても、それより少し高い値になるだけである。
 体重も75kgを割ったので、さらにムリのない程度に減らしていこう。

 尿糖のほうは、ちょっと手強かった。
 何回測定をしても糖尿がなかなか出なくならないので諦めていたが、根気よく計っていた。すると、驚いたことにまったく糖が出ていない状態になったのである。そして蛋白も、ほとんど出ていない。

 用心深い私は昼食を摂って、その20分後にも測ってみた。
 すると、ふつう食後に必ずといってよいくらい出ていた尿糖が、やはりまったく出ていないのである。ちょっと不思議であったが、昼食の量が少なかったためかもしれない。
 いずれにしても、やれやれである。

 つい5日ほど前には、500mg/dlもあった尿糖が、検出限界以下(25mg/dl未満)になっている。感慨無量であり、人間の身体のホメオスタシスの素晴らしさに、つくづく感心をした。
 今後は、なるべく出ないように注意をしていけばよい。出ても、慌てることはないのだ。

 そんなわけで、腎臓がまったくダメにはなっていなかったことに、ひとまずほっとしたのである。もしも腎臓が悪くて透析に入ると、年間で1500万円くらいの費用がかかるという。3割負担としても、実際には500万円を超える出費になるので、困るなぁと思っていた矢先。

 さらにこれで、何とか失明の危機も逃れられたのかもしれない。
 人工透析のことを考えると、めしいてしまうことは「一難去ってまた一難」の状態であったから、油断ができない。
 くれぐれも、注意を怠らないようにしよう。
 自分自身のすることが、すべて自分自身に戻ってくるわけだから、……

 そんな中でわかったことは、注意や養生をしていると、ある日突然に治ってしまうらしいということ。
 今後は、血圧が高くなったり、尿糖が出ないように、食生活や生活習慣に留意をすればよいのである。
 とてもうれしくなってしまった。



 ペットボトルvs水道水=いずれがよいか?


 私は、水道水をハーレーという濾過器を通して飲んでいる。
 多摩市の水道水は、昔からの地下水である。団地部や新興住宅地域は、江戸川や相模川から引いた水を用いているらしいが、旧関戸区域は未だに地下水を汲んでいる。

 だから、夏は冷たくて冬は暖かい。
 水の味も、かなりよいようだ。
 そんなわけで、ほぼ完全に有害物が除けるハーレーを使うことによって、直接に飲む水のほかに、煮物などにも利用している。有機化合物やトリハロメタンの心配がないからだ。

 飲み水には、その水で作った氷塊を入れて飲む。
 だから、とてもおいしい。

 以前は、手軽だということでペットボトルの清涼飲料水を用いた。しかし、後でわかったことであるが、砂糖を少しずつ摂ってしまうという問題がある。
 そして、その少しずつ摂取するということは、身体に大問題があることがわかった。
 つまり、やがて糖尿病になってしまうだろう。

 緑茶やウーロン茶のような砂糖の入っていないものならば、あるいはよいかもしれない。それでも、おそらく防腐剤などが含まれているだろう。
 食品や飲料水に入っている化学薬品などにも、注意が必要だからである。
 糖分ではなくても、化学薬品を少しずつ摂取すると、やはり問題が発生することが明白であろう。

 そんなわけで、私は化学薬品を避けるとともに、いわゆる生水を飲むことにしている。
 皆さんは、どのようにしていますか。



 私が知った親友たち=糖尿病と歯周病


 彼らが仲のよいお友達どうしとは、つい最近まで気付かなかった。
 前に本で読んだことがあるが、実際に身にしみて感じないと理解ができないことが多い。最近になって、つくづくと思い知らされた。
 まったくうかつであったことを反省している。

 それは、糖尿病と歯周病が「お友達の関係であり、互いに無二の親友」のような形で、私たちの人体に巣くうということだ。糖尿病の親友には、他にも網膜症、腎症、神経障害、さらには高血圧や高脂血症、そして肥満などがあって、複雑な交友関係をもっているらしい。

 しかし、特に歯周病とは仲がよいみたい。
 何となく、歯周病は親友というよりは、糖尿病の子分のような格好だと思う。
 歯周病のある人は糖尿病であることが多いし、また糖尿病の人は歯周病にかかっている場合が多いからだ。そして、糖尿病を治すと歯周病も治ってしまうことが多いという。

 いずれにしても、どちらを先にするかが問題である。
 思い切って親分である糖尿病のほうを先に退治してしまうのが、よいのかもしれない。
 私は、どちらの病気にもずいぶんと長い間、知らず識らずにお世話になってしまった。
 この辺で、何とかしてお別れをしたい。



 薬と自癒=理工式健康法


 自癒(じゆ)という言葉があるかどうか知りませんが、ホメオスタシスの力で回復することを意味します。つまり、自分のもっている力で、自分の身体を治癒することです。

 私は、薬は短期的に用いるべきであって、長い期間でわずらった病気には好ましくないと考えます。なぜならば、長期間用いると効能が弱くなってしまったり、副作用などがあるからです。

 また、死ぬまで一生飲み続けなければならないという薬にも、何となく抵抗を感じます。水や食べ物は、むろん生きるために必要でしょう。しかし、インド蛇木のような血圧降下剤を別として、ほとんどの薬が化学物質なのではないでしょうか。
 化学物質の恐ろしさについては、薬といえども私がかねがね言い続けているような心配があるからです。

 したがって、糖尿病や高血圧などのように長期間でかかった病気に対しては、やはり期間をかけて食事療法や運動療法などで治すのが、いちばんよいのではないでしょうか。

 そのように考えて私は、とくに病院に通わずに薬を用いないで、糖尿病と高血圧を治しました。
 かなり個人差はあるでしょうが、私の場合は問題の病気について、いろいろと勉強をすることによって、何とか回復できたのです。
 病気という相手を知れば、次に自分自身の身体のことを考えながら対峙します。よく勉強しさえすれば、孫子ではありませんが「百戦危うからず」でしょう。
 そしてそのときに、自分が絶対に快癒するのだというような自己暗示も必要です。

 すべてが自分のことです。
 自分自身でしなければ誰もしてくれません。

 <自分で自分のためにやらなければ、誰があなたのためにやってくれるか?>

 有名なラビであったヒレルの言葉です。



 味気ない生活=慣れてもともと


 言葉どおり、味気ない生活である。
 何とかホメオスタシス、つまり自然治癒力とでもいうか、自力で「糖尿病」と「高血圧」からカムバックできた。この二つの病の回復については、まったく病院に行かなかったし、薬も飲まなかった。
 つまり、自分なりに試みたわけである。

 それどころか、前立腺肥大症の手術があるので、何とかそれまでに治しておきたいという一心であった。
 とくに採血をする検査をまだしていないので、先生はその辺の事情を知らないはずである。血液を採って血糖値を測るのは、おそらく手術の直前であるからだ。

 そんなわけで、いろいろと勉強をして得た知識をすべてに行った。そして、何とか血圧もOKになったし、尿糖も出なくなったのである。本当に、やれやれである。これで、何とか問題なく手術をしてもらえるのではないだろうか。
 まかり間違えば、手術の前に内科に入院させられて、まず糖尿病を治療するなどということになるかもしれないのだ。そんなことを恐れていた。

 そういう背景のもとであったから、生活は大いに変わった。
 そして、実際に味気ない生活になったのである。

・ 清涼飲料水などは、いっさい飲まない。
 つまり、糖分の含まれているものはすべてやめてしまった。おいしくても、砂糖を少しずつ摂取をするからである。

・ 料理には、塩と砂糖を使わない。
 ただし、「海の精」という塩を歯磨きのときに使う。また、風呂に入るときには、1合ほどの塩を湯に入れる。

・ 運動はとくにしないが、立ち居振る舞いをこまめに多くする。
 ふとんの上げ下げ、部屋の掃除、その他ちょっとしたことでも面倒くさがらずにする。

・ ……(まだ、いろいろとあるが個人的なことも多いので、省略をします。)

 以上のようなことに努めているが、それがふつうだと思えばよいのである。ことば通り味気ない生活になってしまったが、それに慣れてしまえば、もともとなのであろう。
 私は、あきらめがよいのかもしれない。



 なるべくしてなる?=わかっちゃいるがやめられない!


 意志の弱い私には、なかなかできなかったことがある。

・ 化学薬品症候群から逃れること
 外食などをすることによって、体内にかなりの化学薬品を摂取してしまった。

・ 甘い食べ物・辛い食べ物を避けること
 吉祥寺おざさの最中や、仙川かつやのカツ丼を食べることが多かった。
 いずれも多量の塩または醤油プラス砂糖が入って、よい味になっている。

・ 外食で肉を食べる
 マクドナルドのビックマック、ケンタッキーのフライドチキン、吉祥寺いせやの焼き鳥・レバ刺しなど、……

・ 清涼飲料水や栄養ドリンクを常用する。
 清涼飲料水や栄養ドリンクには、かなりの砂糖が入っている。それを毎日飲んで、少しずつ摂取していたのだ。

・ 食パンや菓子パンを食べた。
 うかつにも塩が多量に含まれているのに、なかなか気付かなかった。

・ 牛乳を飲んだり、卵を食べていた。
 なお、牛乳と卵については、改めて別なところで理由を言うつもりである。

・ 酒を大量に飲んだ。
 吉祥寺のいせやで焼酎を飲んだり、シェーキーズでピッチャヤーを飲んだ。
 また自宅では、暑い季節にはほとんど毎日のようにビールを水代わりにしていた。

 その他いろいろあるが、あまりみっともいい生活ではなかったようだ。
 聞いていただくのも恥ずかしいことが、ずいぶんたくさんあるのです。
 今となって、大いに反省をしている。



 もじゃもじゃピーター=ほっておくとどうなるか?


 「もじゃもじゃピーター」という本がある。
 ものぐさのピーターは、爪も切らないし、髪も伸ばしたまま。
 やがて、爪は伸び放題、髪は地面に付くほどの長さ、大変なことになる。

 この本は、海軍で有名だった「いとうようじ」さんがドイツに行ったときに見つけて、帰国後翻訳をした。いま、私は「いとうようじ」さんの漢字綴りを正確には覚えていない。
 「伊藤」か「伊東」だったかも、「ようじ」というお名前も忘れてしまった。

 ご子息には会ったことがあるが、ご本人には面識がないからだ。
 でも、海軍の技術将校であられた高橋勘次郎さんが、よく話題にしていたのを覚えている。戦後、いちはやく電子メーカーを設立して、成功をされたからである。

 千葉御宿の「月の砂漠」博物館のある近くに「いとうようじ」さんの記念館があって、そこにその本が置いてあった。なかなか説得力のある内容で、小学校のテキストとしてもよいだろう。
 大岩先生の東北大時代の同級生であるご子息に、かつて案内をしていただいたことがある。

 それはともかく、ほっておくと伸びるものは何とかしなければならない。手入れというか、メンテナンスが必要になるゆえんである。
 
 例えば、

(1) 爪が伸びる。

(2) 髪の毛が長くなる。

(3) 前立腺が大きくなる。

のような場合である。

 (1)は、自分で切ればよい。簡単だからである。

 (2)は、ちょっと自分自身ではできない。そこで、床屋さんに行って、散髪をしてもらう。むろん、費用がかかる。

 (3)は、もはや自分自身ではいかんともしがたい。
 したがって、専門の病院で手慣れた医師に手術をしてもらうしかない。内視鏡を見ながら、身体の一部を削るなどということは、素人にできることでないからだ。



 サイレント・キラー=糖尿病にご用心!


 「サイレント・キラー」という言葉をご存じですか?
 相手に気づかれないように黙って忍び寄り、一気に目的を達成する殺し屋のことです。おそらく、イメージとしては黒い衣服を着ているのでしょう。カフカの『審判』に出てくるように、二人コンビになっているのかもしれません。

 糖尿病は、恐ろしい病気でもある。
 なぜならば、自覚症状がなく進行するからです。放置しておくと、他の重大な病気も併発して、どんどん悪化していく。そして、取り返しのつかないことになってしまう。

 一気に、合併症の心筋梗塞などで殺されることもある。
 しかし、じわじわと苦しめられることも多い。
 例えば、その非常に多いパターンは、失明をしてしまうことである。またその前後に、同時に人工透析になるのも時間の問題であろう。さらに、おまけとして壊疽から、足の切断などということにもなってしまう。

 でも、早めに気が付けばキラーから逃れられて、治るようでもある。
 私は、「糖尿病の食事療法」をやってみた。
 そして、何とか治って失明の危機もまぬがれたようだ。

 ここに、その発見方法と対策を記しておきましょう。

(1) 定期的に尿の検査をする。

 薬局に尿糖試験紙というのがある。
 さらに、尿糖と尿蛋白とが調べられるものもあるので、ついでに蛋白も見ておくのがよいでしょう。なぜならば、糖尿病の最初は尿糖が出るが、進んでくると蛋白が出てくるようになる。

 私の場合、体重を大幅に減らすとともに、清涼飲料水などの甘い飲み物をやめたら、しばらくして尿糖は出なくなった。しかし、蛋白質が次第に少しずつ出るようになってしまった。

 そのようになると、最初の食事療法と異なってくる。蛋白質を避け、むしろ糖分を摂るように注意をしなければならない。まったく、逆の食事になってしまうので、かなり配慮が必要である。
 糖を避け蛋白をとり続けると、ますます悪化をしてしまう。

 なお、実際には尿の中の糖ではなく、血液中の糖を調べる必要がある。しかし、自分で血液を調べるのは面倒であるから、近くの医院に「かかりつけ医」のような形で、定期的に通うとよいでしょう。

(2) 身体が疲れやすいときは、生活に注意をする。
 食べても食べても、何となく身体が重いなどというときには要注意。おそらく代謝がうまくいっていないからでしょう。
 また、身体が標準体重以上であるときは、何としてでも減らさなければなりません。体重が多いままだと、血圧なども高くなってしまうからです。

(3) 甘い物と塩からい物は食べない。
 むろん塩は摂取しないようにする。とくに塩分は高血圧にも関係があると言います。佃煮、塩辛、漬け物などにも配慮が必要です。

 いっぽう、糖分もとくに摂る必要がありません。また、飲み物も砂糖が入っている清涼飲料水などはやめたほうがよいでしょう。なぜならば、長い間飲み続けると、少しずつ摂取をしてしまうからです。

(4) 化学薬品を食べないようにする。
 化学薬品について注意をするとともに、遺伝子組み換えやポストハーベイの植物にも注意が必要。
 体内に入った化学薬品などは、原因不明の複雑化を身体にもたらして、まったく快復を望めなくしてしまうことがあるからです。

 以上は、私の場合のパターンですが一般的なことでもあるようです。
 むろん個人差があるので、一概には言えませんが、皆さんも気をつけてください。
 お大事に。



 アロリンのお陰=何とか回復・カムバック


 臼井さんが「アロリン」という名前を付けてくれた。
 ミキサーで作るアロエとリンゴとの生ジュースである。

 私は、これを常用することによって、何とか重度の糖尿病から回復をしたみたい。そして、日々の生活が以前のようにカムバックできるかも?

 アロエベラは、タキイと坂田とで買ったものを2年以上もかけて養生をして、化学薬品を取り除いた。たいがいのものは観賞用として売られていて、農場で化学肥料が多量に用いられているからだ。そのまますぐ食べてしまうと、アトピーなどの複雑な症状を起こす。

 キダチアロエは、知人からいただいたものであるが、やはり長期間の養生をした。アロエベラよりもちょっと苦さが強いようだが、それはそれでなかなかおいしい。小さい葉のときは、アロエベラとキダチアロエを少しずつ混ぜて用いてもよいでしょう。
 アロエの成分は、もしかしたら体内に蓄積している毒物を取り除いてくれるのかもしれない。便秘などにもならないし、そうかと言ってお腹がくだったこともない。いわゆる快腸なのである。

 大きくなった葉(というか枝かな)を次々と取っていくと、やがてなくなってしまいます。しかし、次々と新株が育つので不足をしたことはない。まったく、費用のかからない素晴らしい健康法である。

 なお、リンゴのほうはとくに低農薬で作った青森や長野などの生産者と契約して、年間を通じて仕入れている。だから、リンゴだけを食べるときも、洗っただけでそのまま皮をむかないでも、何とか大丈夫。
 とてもみずみずしくて、おいしい。

 皆さんも、ぜひアロエやリンゴを活用してください。



 ガンにならないためのライフスタイル=今後のテーマ


 ちょっと古いが、1988年9月26日に新宿の紀伊国屋ホールで行った講演のカセットテープをもっている。講師は、国立がんセンターの総長であった杉村隆さんである。

 私は、その後そのテープを100回くらい聴いた。
 実は、ガンはある時期を過ぎてしまうと治ることがなく、山を駆け下りるように悪化するとか、最後になって死ぬ前には激しい痛みがあるなどということを聞いて、恐ろしくなってしまうんだ。

 私の好きな作家に、非常に清純な作品を多く残した外村繁(とのむら しげる)がいる。私小説であるが、『夢幻泡影』(むげん ほうよう)というのがある。金剛般若経から取ったことばであるが、外村は滝井孝作の『夢幻抱擁』からヒントを得たという。

 奥さんが、ガンで死ぬまでの経過を切々と書いている。非常に苦しんだあげく、あっけなく死んでしまう。読んでいて、やりきれない気持になる。
 外村自身も、その後ガンで亡くなっている。
 少し古い作品であるが、やはり実際のガンに対する闘病生活を垣間見て、私は恐ろしくなってしまう。

 そして、いつもガンにはなりたくないと、つくづく思う。
 また、日本耐がん協会の「ガンにならない7箇条」については、すべて実践をしようと、いつも心がけてはいるのだが、……
 そんなわけで、かなり前から注意をしている。

 人間の身体には数十兆個の細胞があるという。この数は、地球上のすべての国民の人口が数十億であることを考えると、非常に大きな数である。
 小指の先ほどの大きさであっても、10億個くらいの細胞があるという。
 何とも、すごいもんではないか。

 そして、それらが卵子という一つの細胞から倍、倍と増えてできたことを考えると、まさに摩訶不思議である。人間の身体は自然の中で、非常に高度な複雑きわまる仕組みになっていることに気づく。
 人間の身体自体が、一つの自然界におけるハーモニーではないだろうか。

 そんなわけで、糖尿病、高血圧を何とか解決したので、さらに歯周病、目の問題などを済ましたら、ガンについても改めて勉強をしようと考えている。
 なぜならば、「ガンにならない7箇条」などの他にも、生活習慣で見直さなければならない問題があるような気がするからである。

 例えば下記の化学薬品症候群なども、そうではないだろうか。

http://blue.ap.teacup.com/riko/33.html



 このレポートをアップロードしたら、さっそく玉木さんから メール をいただいた。



Kuroda Kouta (2006.06.19/2007.05.20)