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  車両や駅など



はじめに
いちばん前
踏切(踏み切り)の嘘のような話
駅名の変更
京王線のルーツ
京王線聖蹟桜ヶ丘駅
京王線調布駅
京王多摩動物公園線
京王線の立ち往生
京王線と井の頭線(軌条幅)
軌条幅のまとめ
私鉄の新幹線?
京王線・井の頭線中古車両の行方
多摩都市モノレール
京浜急行
東急世田谷線
都電荒川線
JR神田駅ホームから
JR武蔵境駅の工事
貨物列車
五日市線
JR八王子駅のディーゼル機関車
ト・ワとム・ラ・サ・キ、「トラ」とは何か?
吉祥寺前バス停
高尾山ケーブルカー
江ノ電
大きくなった窓
パンタグラフと枕木
廃枕木の利用
枕木の最後
パンタグラフの数
都営地下鉄大江戸線
地下鉄ホームの安全柵
ホームの曲がり


はじめに

 「駅周辺シリーズ・駅間シリーズ」に入れにくい身近に見た鉄道の車両や駅などを、ここにメモっておきましょう。あまり系統だった記述ではありませんが、もしかしたらいろいろな思い出になるかもしれないから。


いちばん前

 私は、なるべく電車のいちばん前に乗る。そして、運転席の後ろから前方を見ている。なるべくならば、どこにもつかまらない。ちょっと足を開いて、カバンで身体のバランスを取りながら何とか立っている。むろん、前方を見ている。すると、目にいいらしい。第一、いろいろな発見や景色があるので楽しいではないか。自分が運転をしているわけではないので、あまり疲れない。




踏切(踏み切り)の嘘のような話

 電車に乗っていちばん前、つまり運転席の後ろから前方を見ていると、踏切がたくさんあることがわかります。京王線は、「京王多摩川から橋本までの区間」、そして「高架になった区間」を除くと、実に大小の踏切がある。そして、それらが黄色と黒色のだんだら模様の竹ざお一本で道路を遮断していることを考えると、危険を伴う何とも原始的な感じがします。
 もっとも、京王線はもともと路面電車のような路線だったので、いたしかたないのかもしれません。

 下の写真は、京王線分倍河原駅先端(府中方向)です。上り各駅停車が、発車をしようとしています。しかし、特急は時速80キロメートルほどでこの踏切りを通過をするのです。何となく、現時点の踏切りの心細さを感じるのは私だけでしょうか。科学や技術が発達した時代に、竹竿一本で済ましてしまうのは、どうもアナクロニズムのようです。戦争末期のように物資がない時代ならば、竹でもよいかもしれませんが。




 初期の鉄道には、踏切が反対に付いていたそうです。つまり、線路のほうに踏切があって、人や荷車が線路を越えているときには、電車が停まって待ったといいます。それを私が実際に見たわけではありませんが、鉄道歴史の本に書いてありました。
 上の写真の場所も、そのようにしたら事故は起こらないでしょう。

 アガサ=クリスティ原作 ポワロシリーズ『猟人荘の怪事件』(1991年イギリス映画 デビット=スーシェ主演)の中に出てくる田舎の駅。その駅で、駅長の自転車が盗まれるのですが、駅舎に続いて踏切があります。その踏み切りはふつう線路側に遮断機が下りていて、汽車が通るときには歩道側になります。もっとも、時代設定があまり厳密でないようですが、列車は蒸気機関車が牽引しているので、かなり古い時代の光景のようでした。


駅名の変更

 駅名は、電鉄会社にとっても重要な問題らしい。
 例えば、土地分譲などをするときには駅名によって売れ行きが異なってくると言う。私の住んでいるところは、かつて「関戸」と言った。それが、多摩ニュータウンや民間の大規模分譲地が発売されたときに「聖蹟桜ヶ丘」と改められたようだ。
 西部是政線の「多磨墓地前」という駅も、外国語大学・警察大学・榊原病院などが関東村に移ってきた前後に、「多磨」になった。つまり、「墓地」を駅名から除いたことになる。
 井の頭線に「代田二丁目」という駅があった。今は代田五丁目にあるのだが、駅名は「新代田」になっている。昔の都電並みの駅名では、好ましくない時代になったのかもしれない。現在の代田二丁目にある小田急線の駅は、「世田谷代田」となっている。
 東急に「多摩川遊園」という駅があった。遊園地がなくなってので、「多摩川」になっている。しかし、多摩川のように流域の長い川を一つの駅で、そのまま駅名にしてしまうのは誤解があるかもしれない。


京王線のルーツ

 京王線と井の頭線は、同じ会社の経営です。しかし、車両そのものは規格が違っています。それに関しては、「京王線と井の頭線(軌条幅)」をご覧ください。
 京王電鉄のルーツに関する資料が、パルテノン多摩の展示場にありました。




京王線聖蹟桜ヶ丘駅

 聖蹟桜ヶ丘駅ホームから、上り(新宿)方向を見る。かなりカーブをしているのがわかる。
 50年くらい前のことだろうか。八王子に向かって多摩川を渡ったところに、こぢんまりとした関戸駅があった。それが、京王の分譲地や多摩ニュータウンの最寄り駅と言うことで大いに発達した。
 むろん、調布から橋本までの京王相模原線ができる前のことである。




 車両のいないときにホームから上り(新宿)方向を見ると、レールが短い間でほぼ直角に曲がっていることがわかる。なぜならば、多摩川を直角に渡るためである。つまり、聖蹟桜ヶ丘駅は多摩川とほとんど平行になっている。
 



 聖蹟桜ヶ丘駅ホームから下り(八王子)方向を見たところ。ホーム自体も、八王子寄りがかなりカーブをしている。



 結局、聖蹟桜ヶ丘駅を中心として路線は直角に曲がっていることになる。
 そのことは、地図を見るとよくわかる。しかし図面には記述がないが、実際には西方に2つの銀行がある間のところまで、プラットホームは伸びている。
 そんなわけで聖蹟桜ヶ丘駅では、ドアとホームの間に大きな隙間ができる部分がある。日頃から、注意をしておかなければならない。とくに、電車を降りるときには落っこちないように!。




京王線調布駅

 下は、調布駅ホームから八王子方面を見たところ。 相模原線の橋本方面は、左にカーブしてほぼ直角に曲がる。写真からわかるように、近く工事を開始しようとしているのがわかる。
 なぜならば、左の橋本方面から来た上り(のぼり)車両は、本線の下り(くだり)路線を超えなければならない。もっとも原始的に危険な構造をしているからである。そのために、かなりの時間ロスも生じているだろう。しかし、北野駅では高架が完成したが、いまだに上りが下りをまたぐ方式である。運行本数の少ないときには、問題がないのかもしれない。




京王多摩動物公園線

 高幡不動駅で見た京王線のワンマンカーです。
 そのために、少しでも手数を減らす工夫が「行き先表示板」。行き先を変えずに、そのままでいいんです。つまり、「高幡不動←→多摩動物公園」のようになっているからです。
 ご覧のように、車両の横には動物たちの絵が描いてあります。ただし、ちょっと古い6000系車両。現在の特急などは、すでに9000系。
 レールの状態を見ると錆(さ)びていて、まったくこちら側には走っていないことがわかります。もっぱら、ここと動物園駅との間をひねもす往復する専用車両なのでしょう。




京王線の立ち往生

 台風の日に、明大前を過ぎたところで倒木を除くために立ち往生をしてしまった車両のいちばん前から写す。
 20分ほどで、走れるようになった。そのときに、運転手は車掌に何と言って相図をしたかわかりますか。「じゃ、行くよ〜」と言ったので、ちょっと私は驚いた。




京王線と井の頭線(軌条幅)

 私は、吉祥寺によく行く。
 そのときは、聖蹟桜ヶ丘から明大前までは京王線、そして明大前で乗り換えて吉祥寺までは井の頭線に乗ります。同じ京王電鉄の経営路線ですが、乗り心地がちょっと違います。京王線に比べて、井の頭線は揺れが激しいのです。
 よく考えてみれば、それは同じ会社でも「路線の幅」(軌条幅)が異なるためです。
 レールの幅を調べてみると、(調べると言っても、実際に自分が直接に計ったわけではありません。金属製の巻き尺でレール幅を測ったりすると、信号が誤動作をしたり、感電をするので絶対にしてはいけません。)
 京王線      1067ミリメートル
 井の頭線    1372ミリメートル
 京浜急行    1435ミリメートル
 新幹線      1435ミリメートル
 です。
 そして、京王線は9000系で車両の幅が2845ミリメートル、井の頭線は1000系で2864ミリメートル。したがって、常識で考えると足の割合に身体が大きく、当然ながら不安定きわまりない。(なお、車両自体の長さは、20メートルのものが多い。)

 1435ミリメートルが「標準軌」で、それよりも狭いものを「狭軌」(きょうき)といいます。
 JRは、新幹線が標準(広軌)であるのに対し、ほとんどの在来線が1067ミリメートルの狭軌です。
 私鉄で標準(広軌)を用いているところは、私の知っている範囲で京浜急行。乗ってみると、その走り方で何となくわかる。

 京王線は、都電の軌道幅(軌条幅)と同じ1372ミリメートル。かつて、京王電軌鉄道と言った時代には、都内に乗り入れる計画だったらしい。都営と乗り入れができるのは、軌道の幅が同じ規格だから。
 そんな次第で現在は、都電と同じ軌条幅である都営地下鉄との乗り入れが実現している。

 下の写真は、調布駅の下り先端(西端)。都営地下鉄の車両が、乗り入れて来ている。そして、さらに橋本まで走る。
 話はちょっと違うが、いま(2007年12月)調布駅は大工事中。ここで、本線と相模原線が分岐しているので、駅舎ごと改築するらしい。すでに、上にブリッジのようなものができている。実際に稼動をしながらの工事であるから、大変だと思う。
 前にやった北野駅の似た工事のときにも、まったくすごいと思った。しかし、今回は車両の走行量が、北野駅の倍以上であろう。そんな状態の中での改良工事に、私はものすごいバイタリティーを感じるのである。




 駅舎だけでなく、駅周辺の建物も工事が盛ん。下のアフラックのビルは、つい最近完成した。市役所の隣にも、ものすごいビルがすでにあるのに、……。
 ついでに下の写真で、電車の架線を見ていただきたい。
 相模原線は一本、それに対して本線は電車の本数が多いので二本、おわかりだろうか。本線のほうの上の吊り線には、黄色い絶縁物がかぶせてある。工事に対する安全のためであろう。それはともかく、この写真の右方向に少し行ったところで、本線はまっすぐ八王子方向、相模原線は左(南方向)にほぼ直角にカーブをして、多摩川を渡り、多摩センターを経由して橋本に向かう。




 どうやらこの電車が走るのは、架線からプラス1500ボルトを集電して、モーターを回してレールにマイナスを流すようです。したがって、架線には電車を走らせるだけの電流容量がなければいけません。だから、とくに電線でなくても電流が通じればいいのです。




 閑話休題して、……。
 戦前に八王子市にあった市電も、もしかしたら京王系列の経営だったかもしれない。
 井の頭線は、他の会社線を買収したので軌条幅が京王線とは異なっている。もしかしたら、小田急系だったのかもしれない。下北沢駅で、乗り換えのときに改札がいまだにないことなどを考えると、……(2007年1月)

 一般には、「軌道の幅が広いほうが走行時に安全」であるといわれる。
 しかし、そもそも幅が1メートル少ししかない線路に長さが20メートルもあって、幅が3メートル近い車両が乗っているのだから、安定性は記述的にもなかなか難しいものと思います。

 なお、今はない八王子市の市電の写真が、八王子郷土博物館にありました。
 それをデジカメでパチリ、そしてここにパクリ。「追分町を走る市電 昭和のはじめ」とコメントが付いていました。




軌条幅のまとめ

 以上の軌条幅について、改めてここにまとめておきましょう。
   1067ミリメートル(狭軌)……JR(在来線)・井の頭線(京王)・小田急・西部など
   1372ミリメートル……京王(井の頭線を除く)・都電・都営地下鉄
   1435ミリメートル(標準軌)……京浜急行・新幹線


私鉄の新幹線?

 京王相模原線は、最初のころ高速をうたい文句にして「新宿・橋本間」に特急を走らせました。しかし、当初に計画をしたほどには利用者の伸びがなかったのでしょう。いつしか、京王相模原線の特急はなくなってしまいました。
 京王相模原線は、調布から京王多摩川の区間を除いて、すべて新設の路線です。高架やトンネルになっていて、いわゆる踏切は一つもありません。調布から京王多摩川までの区間は、京王閣競輪場や旧京王遊園があった関係で、古くからありました。つまり、京王多摩川が終点だったのです。東急の溝の口駅のように多摩川を渡って終点ではなく、多摩川を渡る前で終点だったのです。
 それを延長して、橋本まで開通したのです。
 そんなわけで、踏み切りは本線とともに調布駅西の大踏切り、そして農道のような小さい踏切り二つ、合計三つがあるだけです。この踏切がない区間ということで、高速が実現するのでしょう。

 稲城駅と若葉台駅の間。駒沢女子大学入口から高勝寺坂を少し登ったところ。必ずしも周囲の環境によって、線路は高架になっていません。道と線路が同じ高さで、平行しているところもあります。




 そして、むろん民家もあります。線路ができたために、回り道をしなければ下の国道へは出られなくなってしまいました。




 そのような苦情の恐れのある場所は、下のような苦肉の策のトンネル方式。むろん、自動車は通れません。しかし、子どもの通学やバス停まで出るのは、それでもじゅうぶん。このような歩行者専用のトンネルもあるのです。




京王線・井の頭線中古車両の行方

 京王線・井の頭線には次々と新しい車両が導入されている。古い車両は、いったいどうなるのだろうかと思っていた。それが、一枚のポスターではっきりした。(2010年4月)




 上のポスターでは、ちょっと文字が小さくて読みにくい。そこで、九枚の写真に分散をしてみた。
 北陸鉄道




 松本電気鉄道




 わたらせ渓谷鉄道




 一畑電車




 上毛電気鉄道




 伊予鉄道




 高松琴平電気鉄道




 岳南鉄道




 富士急行




多摩都市モノレール

 多摩都市モノレールができてから、南北の移動が便利になりました。
 しかし、当初に考えたほど利用者がなく赤字だそうです。そこで、ボディにも色を付けないのかもしれません。また、広告主を探しているのでしょうか。
 下の写真は、多摩動物公園駅の構内から写しました。




京浜急行

 京浜急行は標準軌です。したがって、高速走行が可能。その代表的な配色は、印象的。
 しかし、永年慣れしたんだこの色もぼつぼつお終(しま)いかもしれない。(2006年9月に記述)。品川水族館に行った日、大森海岸で写す。




 同じタイプの車両が、逗子方面へ。




 おそらく、近日中に車両の模様替えがなされるかもしれません。下のようなデザインの車両も走っているからです。立会川にて、品川方面行きの車両。




東急世田谷線

 京王線下高井戸駅から三軒茶屋駅まで、短い路線である。
 都電荒川線と同様に、現在も残っている昔の路面電車。しかし、現在は専用路線となっているところが多い。下は、三軒茶屋駅。二両編成のスマートな車両が、発車時刻を待っている。




 三軒茶屋駅を出ようとした車両。もしかしらた、入っていくのかもしれない。駅の出口には、もう踏切。




 赤い車両もあった。いずれも二両編成のスマートなもの。何となくヨーロピアンでもある。
 京王線の下りホームが右側にある下高井戸駅。三軒茶屋行きの始発駅。




 東急世田谷線のカラーはさまざまであるから、すれ違ったときなどはよいコントラスト。松原駅の三軒茶屋方向から。(2008年3月17日、月曜日)




都電荒川線

 残っている唯一の都電。下は、終点の三ノ輪駅。樋口一葉記念館に行った日に写す。




 三ノ輪駅から出て行ったところ。左側を走っているのでわかる。降車ホームは、前方の右手にある。つまり、手前は乗車ホームである。




 三ノ輪橋が終点です。着いたのは、昼ころだった。




 終点といっても、その界隈には下のような光景が広がっている。




 今後も、この路線図を見て研究をする必要がありそう。例えば、「あらかわ遊園」などにも行ってみたい。




 道路の信号によって、止まる場所もある。前方が赤信号で、信号待ち。トラックが走っている。




 参考までに、古い時代の都電。飯田橋方面からの早稲田行きだと思う。




JR神田駅ホームから

 神田駅下りホームからお茶の水方面を見たところ。
 山手線や京浜東北線はまっすぐ行くが、中央線は左に曲がって進む。すこし行くと、いまだに万世橋駅の短いホームの残骸が残っている。機会があったら、写真に撮りたい。




JR武蔵境駅の工事

 当然のことかもしれないが、現在の鉄道を走らせながら工事をしている。
 駅全体を高架にしようという計画であろう。下の写真は、二階の通路から見た立川方面。この写真を撮ってから、しばらくして武蔵境駅で降りたら、すでに左側のホームだった。(2007年10月18日のこと) おそらく、完成した直後のようである。
 乗り換えた西部是政線のホームは、だいぶ前からすでに二階にできあがっている。
 昔のように、JR下りで降りたら反対側のホームに西武線が止まっていて、改札無しで乗り換えられたほうが便利であったことは事実。




 下のような工事中の路線を特急(あずさ)が疾走していく。
 事故がないので、ありがたい。列車は最後部を写したもので、向こうに走っている。向こうとは、立川方面である。つまり、松本か白馬行きの車両だったらしい。ちょっと、ピンぼけちゃった。




貨物列車

 貨物の専用線があります。下の写真は、府中市と稲城市との間にかかっている是政橋から、多摩川の上流(西)を写したもの。向こうには武蔵野貨物線の鉄橋が見え、貨物の長い編成が電気機関車に牽かれて南に向かって走っています。電車が走っているのは、現在のところ府中本町までですから、この区間の武蔵野線は貨物列車専用線になります。武蔵野線の手前には南武線が走っていますが、橋を渡ったところで武蔵野貨物線とは大きく離れてしまいます。
 ついでながら、左にある高い煙突は稲城ゴミ焼却場。画面中央に見えるのは、聖蹟桜ヶ丘ビュータワー。私の住んでいる部屋があるところです。




五日市線

 拝島から武蔵五日市まで、単線です。




 上の電車が、拝島駅で出発待ち。




 多摩川橋梁。「橋りょう」とあります。




 右窓から見た多摩川。




 東秋留駅に入ろうとしている。駅は、待ち合わせのために複線になっている。




 拝島の基地に置いてあった工事用車輌。「ユニオン建設(株)」となっている。




JR八王子駅のディーゼル機関車

 八王子駅には、かつて蒸気機関車の機関庫があった。今でも、その面影は残っている。
 しかし、蒸気機関車はすでになくなって、ディーゼル機関車が数両待機しているだけである。電気機関車も置かれていることは少なく、むしろ立川駅に多くが待機するようである。
 下の写真は、南口の外から見たDE101594。後ろには、そごうデパートがある。




ト・ワとム・ラ・サ・キ、「トラ」とは何か?

 八王子駅には、長くつながれた貨車が止まっていることがある。
 この駅には操車場などはないので、編成替えをするためではない。単に特急など他の車両をやりすごすためだろう。いわゆる、通過待ち。それでも、そんなときは私の観察の絶好の対象となる。
 貨車には「ト」と「ワ」がある。無蓋車と有蓋車。つまり、「トラック」と「ワゴン」の略。
 そして、その後に「ム・ラ・サ・キ」大きさが付く。「ム」は14〜16トン程度の軽い荷物、そして次第に大きくなって、「キ」は重量物。または、長尺物。
 例えば、「トラ」と言うと屋根のない貨車で、ちょっとでかいタイプ。
 「ト・ワ」と「ム・ラ・サ・キ」、そんなことを知ったら、貨車の編成を見るのがとても面白くなった。
 例えば、「ホキ」というのもある。「ホ」は「ト」でも「ワ」でもない。でも、「キ」が付いているので、何となく大きいんじゃないか。実物を二つ示しておこう。
 まず、ふつうの「ホキ」。どうやら、砂利かセメント原石を運ぶらしい。




 そして、レールを運ぶ「ホキ」。これは、2台で数本のレールを運ぶ。つまり、長いレールを切らずに運ぶのである。




 以上は、日本の国鉄(JRの前身)のお話。
 アメリカの鉄道業界では無蓋車を「ゴンドラ」、有蓋車(ワゴン車)を「ボックスカー」と呼んでいるらしい。


吉祥寺前バス停

 都内に、諏訪山吉祥寺という大きな寺がある。地下鉄の本駒込を出て、ちょっと北へ行ったところ。その前にあるバス停。
 よくいくJRと井の頭線がある吉祥寺とは、まったく関係がないらしい。その吉祥寺には、「吉祥寺」という寺はない。おそらく、火災や震災のときに一時的に疎開をしてきた寺が、かつてあったのかもしれない。




 ここにある諏訪山・吉祥寺の由来。




高尾山ケーブルカー

 高尾山には、ケーブルカーがあります。
 斜面の錯覚がありますが、この車両は山上に向かっているのです。つまり、前方が山上です。下っているのではありません。下っている車両は、すでにすれ違って後方にいるのです。




 わかりにくかったら、軌条間にあるケーブルと車両が左側通行であることを考えてください。
 写真に写っている車両には、向こう側にケーブルが付いていて、すれ違った車両とバランスを保ちながら、引き上げられているのです。

 上りと下りは、目の錯覚でわかりにくいものです。
 下の写真は、登っているのでしょうか? それとも、下っているのでしょうか。




江ノ電

 江ノ電の江ノ島駅。向こうは腰越駅、鎌倉方面。海の方向は、右方向と先方に当たる。




 クラシカルなスタイルの江ノ電の車両。龍口寺の道路面へ、出てこようとしているところ。




大きくなった窓

 幼稚園の子どもの絵を見ますと、電車の窓が大人の頭くらいの大きさに書いてあります。しかし、かなり昔の車両でも、窓は頭よりもだいぶ大きかったのです。そこのところが、ちょっと錯覚をするのでしょう。
 しかし、最近になって一段と大型化をしました。材料の強度が改善されたことのほかにも、経費の問題もあるからでしょう。下の写真のように、すでにドア間にある窓は一つになってしまいました。




 むろん、同じ編成の車両の前面も一面です。かなり以前、流線型のEF55型電気機関車でも3面、そして湘南型の電車が二面窓になったときは、斬新なデザインで感心をしたものです。昭和30年代には、東急や京王なども二面窓を採用したので、長らくお馴染みになりました。
 西武鉄道の是政線では、まだ二面窓が見られます。(2007年10月現在)




パンタグラフと枕木

 パンタグラフとは、そもそも菱形、つまり「◇」を意味する言葉です。
 電車や電気機関車の屋根にあって、架線から電力を取り入れる部分です。集電装置の一方式と言ってよいでしょう。ポール式のものが菱形になって、長く続きました。しかし、最近になって「く」の字型のものが増えてきたようです。コストが安く、性能や強度も十分だからでしょう。
 しかし、そうなってもやはり「パンタグラフ」と言うようです。




 もう一つ、パンタグラフ。京王線の調布駅。八王子駅方の先端。しかし、この車両は最後部で新宿行き。何が言いたいのかというと、この「くの字」タイプのパンタグラフは、昔の電車のポールなどのように方向転換をしないということです。つまり、どちらの方向にも走れる。何となく、この状態で右に走ると、引っかかるように思うのだが大丈夫。
 それから、細かいことだけど架線が二本になっていることがおわかりでしょうか。そのことは、
    京王線と井の頭線(軌条幅)
のところでも、述べましたが、……。




 それでは、枕木(まくらぎ)をご存じでしょうか?
 かつては、腐りにくい栗の木に防腐剤を浸み込ませて使っていました。しかし、現在でも一部分の箇所、クロッシングあるいはポイントというのでしょうか、レールが分岐する部分には、いまだに木製が使われているようです。もしかしたら、プラスチックかもしれません。また、規格外の設置には木製のものを使っているようです。下の枕木は、京王線分倍河原駅のガード部分です。




 下に現在のコンクリート製の枕木を示しておきましょう。ただし、載せてある三本は使用済みの枕木です。台として下にある二本が、使用済みの木製のもの。なお、写真が斜めになっているのは小田急線の経堂の保線区にあったのを金網越しにデジカメのレンズ部分を金網の隙間から差し込んだからです。




 やはり、木製でない素材になっても、枕木というようです。それはともかく下の未使用木製枕木を見ると、表面に防腐剤を染みこませるための切り口があったり、割れにくいように丸い金属板の箍(たが)が打ち込んであるなどの工夫を改めて知ることができます。




廃枕木の利用

 実際には、木製の枕木がコンクリート製のものに次々と交換されています。メンテナンスの費用が軽減できるからでしょう。したがって、まだ比較的に新しいものが不要になります。そこで、再利用のために売却されているようです。
 多摩市くるまぼり公園南にある新興住宅の垣根に利用されていました。それまで線路の下にあったことが、釘痕(くぎあと)でおわかりでしょう。




 また、京王線国領駅から光照寺の「ほほえみ七福神」に行った帰りに、柴崎の民家の垣根に古い枕木が下のように利用されていました。




 その後、国分寺の殿ヶ谷戸庭園に行った帰りに、慶大グランドまで歩いた日(2008年2月21日、木曜日)。貫井北町の住宅にあった。完全に埋められているが、何となく歩きやすそう。ただ、曲がり角の丸い板は、どうやら枕木ではないらしい。




 高尾の初沢町。高乗寺のほうに、ゆるやかな坂を上がっていく途中右側の清水さん宅。一本でなく、数本をセットとしたので素晴らしい。右側の門柱を示したが、左のほうにもある。




枕木の最後

 使用後の枕木が放置されていて、ただ腐るのを待つだけ。京王高尾線の山田駅から300メートルくらい南の大林寺に入る参道のある道にありました。




 聖蹟桜ヶ丘駅南口にある農家の野菜売り場です。ふたたび畑にすることを考えて、石を敷き詰めたり、枕木を敷いたりしています。コンクリートで全面を固めてしまうと、都合が悪いからです。




 裏のほうは、すでに腐っていて、土に還るのも間近なのではないでしょうか。




パンタグラフの数

 パンタグラフは集電装置であるから、電力が多く必要であるときには、一編成の車両にもたくさん付いているようだ。その規格や路線の状況、そして乗客の数などによって一概には言えないだろうが、数台に一つという程度。
 下の写真は、橋本駅から茅ヶ崎までの相模線の車両。橋本駅で撮影をした「茅ヶ崎行き」だが、この時間は四両編成。そして、パンタグラフは一つ。編成の割には、少ないのではないか。
 もっとも、編成が小さくても最低一つはある。例えば、京王線の東府中発の「東京競馬場行き」は二両編成のときがあるが、それでもパンタグラフが一つある。もしもなければ、集電ができなくて走れないからである。
 十両くらいの編成で、不必要なパンタグラフを折りたたんでいる場合もある。また、予備のためだろうか、一両の車両に前後二つのパンタグラフをもっている形式もあるようだ。そんな車両を都営新宿線で見かけることがある。たいがい、一つは折りたたんでいる。




都営地下鉄大江戸線

 「光が丘」を起点として、6の字のように「都庁前」まで走っています。したがって、都庁前が終点の感じになりますが、そこから飯田橋方面と六本木方面に乗り分けることもできます。車輌は予算の関係だったのでしょうか、かなり小型のものです。また、路線にも急カーブの箇所があるようです。運転は、ワンマン方式。




 中は、おにぎり型になっています。




 パンタグラフも小さく、低くなっています。そして、屋根をへこませて据え付けたようです。




 その結果、架線もかなり低くなっています。他の路線の相互乗り入れがないのに、地上集電方式にならなかったのが不思議なくらいですね。




地下鉄ホームの安全柵

 都営地下鉄三田線のホームには、安全柵が付いています。すべての駅に、この施設があるのでしょうか。また、東急と乗り入れになっていますが、東急側ではどうでしょうか。ふだんは線路に落ちないように、柵が閉まっています。




 電車が来ると、むろん扉は開きます。




 乗降客が乗ってしまうと扉が閉まり、発車します。なお、この車輌は東急線から相互乗り入れした編成です。




ホームの曲がり

 ホームの曲がりに、気付くことがあります。ホームは、まっすぐのほうが安全ではないでしょうか。考えてみれば開業時には二両ほどで走っていた電車が、長い20メートル級車輌10量編成になったので、そのようなことになったのでしょう。また、新しい地下鉄の駅なども、土地の関係で仕方のないことかもしれません。
 京王線新宿駅、始発3番ホーム。先頭のほうで、左右に曲がってしまいました。




 しかし、同じ線路の反対方向を見ると車止めまでずっと直線。最初はまっすぐだったのが、延長をするときに直線にできなかったことが、何となくわかります。




 新線の京王線新宿駅。つまり、都営地下鉄と相互乗り入れをしているホームです。向うが初台方向ですが、最初から直線にはできなかったようです。




Kuroda Kouta (2006.03.10/2010.05.23)