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  身近にある川


○はじめに
○大川とその周辺の小川
○大谷戸川
○乞田川
○大栗川
○乞田川と大栗川区間
○大栗川と多摩川の合流地点(交通公園・バードウオッチ)
○多摩川
○浅川
○程久保川
○日野療護園と落川交流センター


○はじめに

 私が散歩をする身近にある川について、以下に示しておきましょう。
 しかし、それらの川は別な川に合流をしたり、それから分流する小さい川を含めると、もっとあるのではないでしょうか。
 身近にある川ですから、今後も「プティ散策」の度に、デジカメ写真や思いついたことなどを追加していこうと考えています。 整理や追加をすることも、何となく楽しみだからです。

 いま私の住んでいるところは、かつて水田が多くありました。それが、多摩ニュータウンの開発と前後して、急速に宅地になりました。したがって、すでに灌漑用水なども不要になってしまったり、埋め立てて遊歩道になったりしているところが多いのです。
 例えば、下の写真はそれぞれの水田に水を配る分水路でした。しかし、もはやその流域には田圃は一つもなく、住宅がぎっしりです。




 先日、上の分水路のところを通ったら、すでに埋め立てられてしまいました。(2007年11月12日)
 しかし、土で全体を埋め立ててしまったら、大雨が降ったときの配水ができません。したがって、おそらくは暗渠になっているのでしょう。そのための大きなマンホールがあるからわかります。
 しばらくすると、そのマンホールの高さまで舗装をして、道を広げるのでしょう。



 上の分水路は、私の住んでいるところから西に3分ほど歩いたところです。大雨が降ったとき以外には、もはや水は流れません。
 2008年1月1日(火曜日)、小野神社の参拝から帰る途中、上記の場所を通ったら、かなり工事が進んでいました。それとともに、向こう側に新しく小さなマンションが建ったのがおわかりでしょう。




 2008年1月17日(木曜日)、下のような状態になっていました。




 下の写真のように分水路は、とうとう跡形もなくなりました。そのままそこは、歩行者用の通路になったわけです。工事中だった突き当たりのアパートも完成をして、入居者募集の幟(のぼり)が立っています。(2008年2月5日、火曜日)




 灌漑用水を廃止してしまっても、水が流れているところもあります。下の写真は、小野神社前の「せせらぎ通り」で写しました。



 むろん、もはや田圃の用水ではありません。新たに開発された住宅街の中を流れているからです。この地点でもすでに、物置があって左の独身者アパートと右のカラオケ・スナックの間をかろうじて流れます。そして、少し行くと暗渠になってしまいます。

 それでも、身近な川には鳥や魚が健在のようです。
 いちばん下に地図があって、その左端にある「でっぱり」が後で述べる交通公園です。なお、右のほうにある鉄橋二つは、「JR南部線」と「武蔵野線の貨物専用区域」です。



 上の絵のほかにも、ダイサギ、コサギ、アオサギ、カワセミ、ヤマセミ、オオタカなども健在です。
 下は、いわゆる淡水魚というのでしょうか。すでにタナゴなどはいないようです。




 なお、河川改修がなされる前の乞田川は暴れ川と言って、大水の度に流れが変わっていたみたいです。今では、たいがいの川はまっすぐな形になっていますが、道路を直線にするよりも河川改修のほうが大変だったと思います。
 その間の事情は、下記の説明版などでわかるでしょう。



 パルテノン多摩の展示場にあった図ですが、上図の左側を見ると、かつての乞田川の流れがわかります。すでに川は真っ直ぐになっていますが、前に流れていた部分の一部分が、今では道や公園になって残っているので、当時の流域が想像できます。


○大川とその周辺の小川

大川のはじまり

 このように大川は、暗渠を抜けたところから見えるようになります。
 この暗渠の向こうは、ずっと聖蹟桜ヶ丘の駅周辺の地下を流れているはずです。おそらく、スクエアの西側の小川に続いているのではないでしょうか。
 大川などと言いますが、多摩市内を流れるいちばん小さい川のようです。もともと、農業用水ではなかったのでしょうか。




 上の写真を写した場所から、下流のほうを見ると。




ろくせぶ公園の北側

 ろくせぶ公園の北側を通りに沿って流れる大川。
 右岸(道のある側)にある電信柱の後ろにある赤っぽい屋根の二棟(ふたむね)、その後ろにある高い塔が私の住んでいる建物。この写真では10階と11階が、チラリと見えるだけ。
 なお、「ろくせぶ」は「六畝歩」と書いて、面積を表しています。どのくらいの広さかを知りたいときは、その公園に行ってみるとわかるでしょう。




大河原公園(新大川橋公園)

 下の写真の手前には、小さな小高い山があります。この写真は、その天辺(てっぺん)から写しました。ですから、何となく見下したアングルになっているでしょう。
 左側の小屋はトイレ。そのトイレの左に時計柱があります。
 なぜ、そんなことを書くのかというと、日常は時計を身につけない習慣の私は、必ずここで時計を見るからです。また、トイレは、前立腺肥大症を手術する以前には必ず寄りました。オシッコが、何となく近かったからです。しかし、最近では交通公園までは大丈夫。

 なお、右の対岸には警視庁管轄の警察犬訓練場があります。そして、事件のときに犬はここから出動するのです。




 上の写真の前方(奥)に見える橋、つまり鎌倉街道にかかっている「大河原歩道橋」を降りたところが「新大川橋」で、そこから逆にこちら側を見たところです。




 もうすこし、右(北)に行って公園を眺めた新大川橋公園。いちばん左が川、まんなかの青いところは、歩道です。右の小屋は、逆向きに見たトイレ。




鎌倉街道下を流れる大川

 川は、左側を流れています。
 右側にある石は、後で付けたものです。最初はなくて、ホームレスの人たちが二・三人ここで暮らしていました。それを防止するために、わざわざ石を貼り付けたようです。姑息なことはすぐやる行政ですが、抜本的なことはいつまでたってもしないようですね。




小さいベンチ

 鎌倉街道のトンネルを過ぎると、大川は住宅街の下を流れます。南側の住宅の車庫のところから、下を流れる川を写しました。向こうが北、川は左から右に流れています。小さい木の椅子があって、私はいつも休憩をします。




大川の川尻、大栗川に合流

 学校の下のところで、人工的な淀みが作られています。そして、川の清掃をする人がいました。




 同じ場所ですが、桜の季節には花盛りになって、花びらが流れに落ち水面が色づくほどです。




 やがて水門がありますが、これは大栗川側の水位が高くなって、大川側に流れ込まないようにするためのものでしょう。なぜならば、大川側には調整池がないからです。
 大栗川には、多摩記念病院の裏に広い調整池が沼のような状態であったのですが、最近になって大きなマンションができました。したがって、その調整池はなくなってしまいました。今後は、大雨などはあまり降らないから、安心ができるのでしょう。




○大谷戸川

 桜ヶ丘公園と大谷戸公園(多摩市馬引沢北公園)の谷地から流れ出ている短い川で、数キロで乞田川に合流する川がある。
 源流は、公園内の湧水によっている。しかし、地下に鉱物が含まれているようで、赤い色素が染み出てきている。もしかしたら、隣接する元陸軍の製造工場からかもしれない。そこでは、化学兵器や細菌兵器を作っていたと、だいぶ以前に古老から聞いたことがある。




 それでも、川は次第に大きくなって菖蒲池などがある。




 その池を下流側から見ると、「しょうぶ池」と碑が立っているものの、雑草が茂っている。




 やがて、公園の南端に行くと小さい池になっている。




 そこから暗渠で流れ、しばらくすると川になる。




 その川は民家の間を流れ、それでもきれいな水のようである。




 下のトンネルの向こうが乞田川である。そこで、合流をしているのである。




 乞田川側から見た大谷戸川。水門の向こうが前の写真のようになっている。




○乞田川

 乞田(こった)という名前の由来。
 農民たちが山林を田に開発したいと殿様に願って、許されたといういわれがあるとか、……
 この川自体は、河川整備をする前は、洪水のたびに「暴れ川」と言われるほど流域を荒らしそうです。
 下の写真は、乞田川と大栗川が合流する地点を下流側から見たところ。



 つまり、後ろに1キロメートルほど行くと多摩川に合流。
 上流に向かって、左が乞田川。右が大栗川です。
 なお、聖蹟桜ヶ丘の市街地は右奥のほうですが、この写真には写っていません。

 下の川は大福寺の前を流れて、釜沼橋の下流、そして大橋のちょっと上流で乞田川に注いでいます。大雨の場合に、排水をしないといけないので、かなり深くなっているのがおわかりでしょう。





 乞田川が永山駅の辺りを流れるときに、そこに合流する短い川があります。何という名前の川か知りませんが、諏訪神社の前から下ってくる川です。その川は、さらに馬引沢から流れてくるようですが、実際には諏訪神社のところから暗渠になってしまいます。
 下の写真は、諏訪神社の橋の上から上流を見たところ。何となく金属が含まれているらしく、赤い色の水が流れ込んでいる。




 同じく、橋から下流を見たところ。少し行って、諏訪下橋のところで乞田川と合流します。





○大栗川

 大栗は大きな栗ともいうし、また大きな庫裏(くり)が上流にあったとも言う。
 標識には、「一級河川 おおぐりがわ」と書いてありました。したがって、「おおくり」でなく「おおぐり」と言うのが正しいようです。



 上の写真は、乞田川と合流する少し上にある大栗橋から上流を撮ったもの。中央に見えるノッポ(超高層)ビルが、私の住んでいるところです。12階ですから、真ん中よりちょっと下です。


 大栗川の河川改修をして、だいぶ小魚が上流まで上がるらしい。私の住んでいる南側の付近でも、コサギやダイサギのほかにアオサギも見れるようになった。




 下の写真は、ダイサギの飛翔。上の写真とともに、ピンボケ。なぜならば、距離がかなりあるのでズームするとボケてしまったり、シャッター速度があまり速くないためにブレてしまうようだ。





○乞田川と大栗川区間

 河川管理境界の標識では、「乞田川」になっている。
 下の写真をご覧ください。向こうに見える橋は、向ノ岡大橋です。つまり、左の下流方向に行くと多摩川に合流。右は、乞田川。そして、左のほうから大栗川が流れ込んでいます。そして、ここから多摩川までが標識では「乞田川」となっていることがおわかりでしょう。




 しかし、いっぽうでは「大栗川」ともなっています。桜ヶ丘記念病院に渡る報恩橋です。そこには、「おおぐり川」とあります。向こう岸(右岸)には、漢字で「大栗川」。




 多摩川方向に右岸を下っていくと、小さな水門がありました。




 乞田川と大栗川が合流して流れる区間に桜ヶ丘記念病院があります。その少し先、右岸を行くと堤防は上の写真のようにとぎれていました。最近になって、ぐるっと戻れるように道を作って、車が病院に入れるようになったようです。
 病院の本館は、かつて木造で厳かな建物でした。しかし、現在は下の写真のように立て替えられています。そして、病院の規模も大きくなって「在宅サービスセンター」なども併設をしました。ぐるっと回れる道は、その「在宅サービスセンター」に資材を搬入するためにあるようです。



 なぜ、そのようなことをくどくどと言うかというと、上の二点を「自己福音書」の

    「嬰ハ短調の曲

に利用したからです。


危険区域

 右岸の突き当たり付近の右側(南)の斜面が、危険区域になっています。大雨や地震によって崩壊がしやすいからです。



 上の写真にある危険区域の標識。




 すでに駐車場の上は、崩壊防止の工事が行われています。




サイロのある風景

 かつての牧場です。O-157などの問題があって、久しく前に閉鎖をしてしまいました。私は、まだ牛がのどかに草を食べているのを何度も見ました。





○大栗川と多摩川の合流地点(交通公園・バードウオッチ)

 大栗川と多摩川との合流地点です。しかし、もしかしたら乞田川と多摩川との合流地点と言ったほうがよいのかもしれません。
 とにかく、下の写真の先で、多摩川になるのです。突き当たりは管理事務所になっていて、子どものための交通公園などもあります。左側の堤防下には、テトラポリスが置いてあるのがおわかりでしょうか。
 右の遠方にあるのは、稲城市のゴミ焼却場の煙突です。




 下の写真は、子どもの交通公園の一部です。レールの両端を見るとおわかりのように、もちろん電車は走っていません。しかし、ときどきチンチンが鳴って、赤いランプが交互に点滅をします。




 管理事務所です。
 車道がありますが、ここに一般の車が入ってくることはありません。工事や作業の車が、特別に入る以外は子どもたちの自転車を車にみたてて安全教育が行われるのです。




 交通公園の先では、「多摩川」と「大栗川を合流した乞田川」とが合流しています。堤防の道は、ここで終わっています。





○多摩川


 言わずもがなの多摩川。
 下の写真は、いつも私たちが休憩をする場所。水は淀み(よどみ)になっていて、大きな鯉(こい)などを初めとして、魚や川エビたちが本流から取り残されてしまう。夏には、そのまま干上がってしまうときもある。
 臼井さんが、撮ってくれた写真です。




 2007年9月7日(金曜日)の台風による大水があった後の写真。むろん、当日は堤防のところまで水が流れていた。この写真は、数日過ぎてから上記の場所と同じ位置から撮影。




 下の写真は、上と同じ場所から、下流方向を眺める。川幅いっぱいに流れて、もはや中州などはない。
 だいぶ先に、京王線の鉄橋が見えるだろうか?




 川は、滔滔(とうとう)として流れる。しかし、流域にあるものを押し流す。
 下の写真は、上流から大木とまではいかないが、かなり大きな木を押し流して来た。どうやら、すでに立ち枯れた木のようで、やれやれ。




 なお、この濁流の中に一本だけ残った若木があります。
 詳細は、身近なアルバムの「木の変容」にある「○川の中に生えた木」をご覧下さい。
 その木は、何となく「風前の灯火」という感じなのですが、……

 水が少ないときは、アオサギなどが来ています。下の写真は、上の階段状のところから望遠機能を使って撮影したものです。対岸に犬の散歩をさせている人も、写っています。アオサギのところまでは70メートルくらい、対岸の人には100メートルくらいあるでしょうか。




 下は、京王線の鉄橋。堰(せき)を見ると、ふだんの10倍くらいの流量である。
 しかし、台風のときは鉄橋の線路がつかる寸前のところまで水があった。橋脚などは、まったく見えなくなっていたのである。つまり、鉄でできたガード部分だけが残るくらい。
 三っつ目と四つ目の橋脚に、流木などが引っかかっているのがおわかりでしょうか?




 関戸橋、京王線の鉄橋の上流には、府中四谷橋がかかっています。10年くらい前にできたのですが、とても便利になりました。この橋のないときは、高幡不動まで橋がなかったからです。




 多摩川の堤防で、出会った大五郎さん。




 大五郎さんに写してもらった私。同じ日なのですが、着ているものが違います。すでに、堤防には冷たい風が吹いているのですが、……




 鎌倉街道は、多摩川を関戸橋で渡ります。交通量が増えたので、かつてあった橋と平行して新しい橋を造り、それぞれ反対側の車線にしているのです。そんなわけで、なぜか歩道は上流側の新しい橋のほうに、しかも片方しかありません。それはそれで、仕方ないでしょう。
 下の写真は、橋の下です。



 左の古いほうの橋桁のところに、荷物が置いてあるのがわかりますか。私は水辺まで、この空間を歩くことがあるので、いつも見る光景です。実際は、さらに左のほうの写真では見えないところにテントがあって、ホームレスの人が住んでいるのです。つまり、青いシートでくるまれているのは、彼の財産です。
 そして、手前の橋に書いてある「PSU」というのが、その人の名前でしょう。つまり、表札なのです。
 そこを通るときには、彼は私のことを仲間と思って声をかけてきます。私の風袋が、何となくホームレスに見えるからでしょう。

 関戸橋を聖蹟桜ヶ丘側に渡ると、駅はすぐ近くになります。
 橋の下には、アヒルがいました。互いの動作から、夫婦か恋人のようです。なお、右のほうにあるカバンは私のものです。




 多摩川は、定期的にメンテナンスをしているようです。
 大型の重機を河床に入れて、かなり大がかりな工事をしています。むろん、一時的に水路を変更します。クレーン車と橋の間にある水色のホースは、水路の水をバイパスしているところです。




 ふだん、草原になっているところも河床の基礎は万全です。上流の高幡不動や下流の狛江などは、洪水のときに堤防が決壊したことがあります。しかし、この辺りは今までは大丈夫。



 上の写真の電車です。途中に白い部分がありますが、そこは電車の最後部です。つまり向こうの下りとこちらの上りがすれ違っているところなのです。そして、そこにあるものは対岸にあった「さくらサンリバー」というボーリング場の看板です。


 多摩川の河川敷には、花畑がいくつかあります。
 下の写真は、一ノ宮の河原にあるチューリップ。




 関戸橋の下流側下にあるコスモス畑。向こうが、下流です。真ん中に小さく見える塔は、稲城市大丸にあるゴミ処理場の煙突。





○浅川

 浅川は、二つある。北浅川と南浅川です。
 その二つの浅川は、八王子市役所の北西で合流して一つになっています。
 また、南浅川はJRの高尾駅の北側を流れています。そんなわけでしょうか、高尾駅はかつて「浅川駅」という名前でした。そして、その八王子方に「東浅川駅」という皇室専用駅があったのを子供心に覚えています。


○程久保川

 下流で浅川に注ぎ、さらにすぐ多摩川に合流する。多摩動物公園の少し上に源を発する小さな川ですが、それでも一級河川。




 標識には、程久保川が多摩川に直接流れ込んでいるように書いてあるが、実際は浅川に入ってから。




 いちばん手前が程久保川、その向こうが浅川。そして、ずっと向こうに多摩川の本流。水門のあるのが、おわかりでしょうか。




 程久保川の畔にある一本の桜の木には、紅白の花が咲きます。




○日野療護園と落川交流センター

 いつも程久保川の川沿いに歩いているときに、注意をそそられる施設。もしかしたら、自分にも関係があるのかもしれない。「東京都日野療護園」と書いてある。




 入り口を入ると、中は広々としている。




 程久保川の左岸から見た療護園。




 療護園の奥にある「日野市立落川交流センター」。




 門を入ると小川が流れていて、橋がかかっている。左側(門を入って右側)にはテニスコートが何面かあって、若い主婦たちで賑わう。




 庭には小山がある。いつも高幡不動から浅川の右岸の堤防に沿って歩くときに、右手に見える。何をするところかわからずに、一度入ってみたいと思っていた。




Kuroda Kouta (2007.08.01/2008.03.19)