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  菊池寛の試み


○はじめに
○文章の工夫とスタイル
○文中の啓蒙
○言葉の可能性
○創作のヒント


○はじめに

 菊池寛は、実に精力的に文章を試みた人だと(私は)思う。そして、実に多くを学べる文章を残してくれたと、日ごろから(私は)感謝をしている。


○文章の工夫とスタイル

 文章の工夫が、あらゆる箇所に見られる。また、そのスタイルについても斬新さが見れる。

 会話の部分に、最近では「。」を付けない。
 例えば、
 「私も、そう思います」
のようにである。
 しかし、古いものはたいがい
 「私も、そう思います。」
のようになっている。
 例えば、菊池寛『新今昔物語』ではちゃんと「。」を付けていた。

 会話文「……」の代わりに、(……)を用いる例が『新今昔物語』69ページにあった。


 現在形と過去形の文を巧みに用いている。
 例えば、『新今昔物語』79ページ。


 読みやすくする工夫がなされている。
  そつじなお願いだが……(『新今昔物語』82ページ)
  こんな大金をそつじには……(同83ページ)
 下の行は、ひらがなが続いて読みにくいので、「そつじ」には傍点が付けてある。読者への配慮であろう。
 なお、「そつじ」は「卒爾」または「率爾」と書き、「にわかなことや有様」を言う。つまり、「だしぬけ」とか「突然」という意味。さらに、「軽率なことや有様」。「そつじながら」と言えば、「突然で失礼だが」という意味。「そつじながら、お尋ねします」などと使う。


○文中の啓蒙

 文章の中で、読者に対して知識をそれとなく教えてくれる。読者への啓蒙サービス精神が盛んな人であったのかもしれない。

 <現在の菓子が、くだものに変わったのは、室町の末期以後である。>(『新今昔物語』96ページ)


○言葉の可能性

 新しさやマンネリを感じさせない努力をしていることがわかる。
  様子 → 容子
などとしている。(『新今昔物語』96ページ)


○創作のヒント

 創作のヒントを与えてくれる作品がある。

 例えば、『三人法師』。
 そこから、「三人のホームレスが昔を述懐する。互いに恨みをもつ関係であった。(じゃんけんのグー・チョキ・パーのような構図にする。)」と言うように。


Kuroda Kouta (2007.12.28/2007.12.28)