総トップページにジャンプ

  多摩市の寺院(多摩十三仏霊場の詳細を含む)



はじめに
聖蹟桜ヶ丘駅 場所
観蔵院
除夜の鐘
観蔵院七福神(多摩市東寺方)
延命寺
観音寺
観音寺六観音
明観寺
阿弥陀寺
高西寺
智願寺
成満寺
真明寺
宝泉院
大乗寺
高蔵院
壽徳寺
阿弥陀堂
大福寺
妙櫻寺
東福寺
吉祥院
(番外)区王山薬王寺
(番外)林海庵
(番外)地蔵堂
参拝データ


はじめに

 多摩市の寺院を巡って、参拝をします。多摩市内ですから、前を通ったりしたことがあっても、わざわざ入って参拝などをしなかったところが多くあります。また、行ったこともなく知らない寺がありました。我ながら、まったく驚きです。灯台下(とうだいもと)暗しとでも言うのでしょうか。燭台は周辺や遠くを照らしますが、直下の地点は明かりが届かないので暗いままという意味のようです。
 参拝をするために行く順番をいくつかのブロックに分けましたが、それは私の都合であって、とくに意味はありません。さらに、市内にある神社などの参拝については、別の機会に計画をしています。

 多摩市にあるすべての寺院と、その地番を以下に示しておきましょう。

真明寺(真言宗智山派) 一ノ宮1-38-1
観蔵院(曹洞宗) 東寺方1-3-15
大乗寺(日蓮宗) 和田1505
高蔵院(真言宗智山派) 和田728
宝泉院(真言宗智山派) 東寺方495
寿徳寺(曹洞宗) 桜ケ丘4-26-3
延命寺(時宗) 関戸5-24-3
観音寺(真言宗豊山派) 関戸5-31-11
阿弥陀寺(浄土真宗本願寺派) 桜ケ丘1-24-2
高西寺(曹洞宗) 連光寺2-24-1
成満寺(真宗大谷派) 連光寺4-20-2
大福寺(曹洞宗) 貝取1-55-1
吉祥院(真言宗智山派) 豊ヶ丘1-51-2
東福寺(真言宗智山派) 落合2-1-15
妙櫻寺(日蓮宗・妙櫻教会) 南野1-3-1
永山阿弥陀堂 永山1-9-8
林海庵(浄土宗) 和田1529-10


聖蹟桜ヶ丘駅 場所



観蔵院

 瑠璃光山観蔵院には毎年のこと、私たちは除夜の鐘を突きに行きます。部屋から5分程度で行ける距離です。むろん、ふつうの日に朝・昼・晩の3回鳴る鐘も聞こえます。山門は立派ですが、参道が細いようです。左隣には、自動車整備工場があるのです。




 それでも、落ち着いた雰囲気の本堂。




 「多摩十三仏霊場としての仏」の「1番の不動明王」がありました。




 本堂の前には、水子地蔵もあります。




 山門に入るところ、左側には例によって下の文字が示されている。




 山門の左右には、やはり例によって。

  


 道元禅師の像も、さらにやはりのこと。




 本堂の裏には、あまり大きくはないが墓地があります。そして、その墓地の外れには観音さま。高いので、外の道からも見えます。




 墓地の入り口に庭があって、そこに弁天さま。




 ついでながら、この墓地から私の部屋が見えます。つまり、私の部屋から鐘の音が聞こえるばかりでなく、観音さまも見えるはずなのです。




 また、境内には「観蔵院七福神(多摩市東寺方)」とともに、小さい石造がいくつかあります。
 鈴を抱えた小僧。もしかしたら、木魚を枕にして居眠りをしているのかもしれない。




 掃除をする小僧。本当の箒(ほうき)をもっている。




 二柱の福神さま。七福神とは、別におられます。




 2008年1月17日(木)、たまたま参拝に行ったら、本堂の大掃除をしていました。ものすごく大きな掃除機で内部の清掃をするらしい。最初に見たときは、何とも不気味な光景であった。




除夜の鐘

 永山駅前に住んでいたころは、町田市小山田の大泉寺に除夜の鐘を撞きに行った。しかし、聖蹟桜ヶ丘駅前に越してきてからは、私たちの毎年の恒例行事として、妻とともに観蔵院に鐘を撞きにいく。むろん、毎日のように一日に三回、鐘の音が聞こえる。しかし、毎年の大晦日に除夜の鐘を自分で撞くのは気持ちがよい。鐘楼には、一人ずつ上がる。




 前の大泉寺では、先着順に108枚の番号札を配って、それでお終(しま)いであったと思う。しかし、観蔵院では108人に干支の楊枝入れなどの記念品を配るが、鐘は全員が撞ける。とても有りがたいシステムである。また、もともと除夜の鐘は、12月31日(大晦日の夜)深夜0時を挟んで寺院で撞かれる鐘。しかし、大晦日の11時半くらいから初めてくれ、元旦の午前3時ごろまで鳴っている。

 除夜の鐘は、元来108回撞かれる。この108という数である。
 眼(げん)・耳(に)・鼻(び)・舌(ぜつ)・身(しん)・意(い)の「六根」に対して、好(こう)・悪(あく)・平(へい=どちらでもない)の3つがあって、6×3で18種類。そして、この18種類に浄(じょう)・染(せん=汚れている)の2種類が18×2で36種類。さらに、前世・今世・来世の三世があるので、36×3で合計108となるという。つまり、それが人間の煩悩の数。

 また、別な意見もある。それは、一年の月数12、二十四節気24、七十二候の数72のそれぞれを足した数108。つまり、1年間を表す。またさらに、「四苦八苦」を取り払うために、4×9+8×9=108とも言う。

 私は、そんなことを考えながら鐘を撞く。そして、『水滸伝』のことなどを考える。中国の宋時代、宋江(そうこう)たち108人の豪傑が梁山泊(りょうざんぱく)に集まって活躍するが、最後は悲壮な運命が待っている。この物語も何らかの関係があるのではないか。あたかも、『東海道五十三次』が『華厳経』と関係があるかもしれないように。


観蔵院七福神(多摩市東寺方)



延命寺

 関戸古戦場をちょっと入ったところにあります。「延命」とは、寿命を延ばすことでしょうか。しかし、寝たきりのままの延命では、ちょっと困りますね。




 門を入ると落ち着いた佇まいの本堂。




 本堂の右手にある「多摩十三仏霊場としての仏」の「2番の釈迦如来」像。




 堂々とした文字で、「無量壽」と書いてあります。




観音寺

 観音の名前をもっている寺です。立地条件からでしょうか、意外に山門や境内は狭い。




 そんなために、通りの反対側にも地蔵群があるのか。もしかしたら、土地開発のために寺社領を通って道が作られたのかもしれない。
 なお、この六地蔵については、観音寺六観音を参照してください。




 観音寺の境内。ほぼ真ん中にあって、木陰になっているのが、「多摩十三仏霊場としての仏」の「5番の地蔵菩薩」。横から見たところ。




 観音寺の境内には、観音菩薩でなく「多摩十三仏霊場としての仏」の「5番の地蔵菩薩」です。




 本堂を斜めから写しました。




 本堂の右端の窓の下にあった和歌二首。




 右の御詠歌は、柱にもあった。どちらかと言うと、私は上の書式よりも下の書式のほうが好き。上が金文字などを用い、字体も精力的であるのに対して、下は清楚で何となくすっきりしているから。もっとも、そのようなことには個人の好みの問題もあろうが、……。「しんにょかい」とは、「真如界」のことであろうか。




 左の窓の一部が切り抜いてあって、そこから覗くと閻魔大王。




 その由来。




 観音寺には、相沢五流と相沢伴主との父子の墓があるという。私は、寡聞なのであまり聞いたことがないが、…… でも、かつて自分のペンネームを「三流」(フルネームで、大乞多三流)としようとしたことがあるので、「五流」という実名には興味をもった。
 なお、ついでながら私の「三流」とは「多摩川」「大栗川」「乞田川」のことである。




観音寺六観音



明観寺

 桜ヶ丘一丁目の住宅街の中にある住宅のような建物の仏栄山明観寺。




 その右側の塀に貼ってある掲示というか看板。




阿弥陀寺

 個人のお宅のようなこじんまりとしたお寺です。「多摩十三仏霊場としての仏」はありません。また、後にある阿弥陀堂とも関係がないようです。




 前の掲示板には、すばらしい言葉がはってありました。




 額に入っている寺号は、何とも達筆で美しく書かれています。




 実際には、左の建物と右の建物がつながっているのです。新旧折衷とでもいうのでしょうか。




高西寺

 山門の前にある石碑には、「曹洞宗 神明山 高西寺」と書いてあります。




 山門には、左右に仁王さま。

  


 山門の裏には、由緒ある龍が。




 その龍の故事来歴。




 落ち着いた佇まいの本堂。




 「多摩十三仏霊場としての仏」の「8番の観音菩薩」です。




 最後に、堂々とした額をアップでもう一度ご覧(ろう)じろ。




智願寺

 川崎街道に面してあるのだが、今までに気付かなかった寺。もしかしたら、最近になって建てられたのかもしれない。「真宗大谷派(東本願寺)智願寺」と看板がある。左側が川崎街道。向こうが「向ノ岡」三叉路交差点。さらに聖蹟桜ヶ丘駅方面。




 入り口は、西側端になっている。




成満寺

 多摩市のかなり外れにあって、「多摩十三仏霊場としての仏」はありません。境内は、広々としていて境界を越えると米軍のゴルフ場に続きます。松の前の紅葉が美しい。




 堂々とした本堂です。色合いも、なかなか落ち着いています。




 本堂の右横には、「親鸞聖人行脚(あんぎゃ)のお姿」という札がありました。上の写真で、小さく写っているのがおわかりでしょうか。




 かつて、時の鐘に使われたもののようです。ただ置いてあるだけで、もはや鳴りません。




真明寺

 野猿街道が川崎街道と交差して、府中四谷橋にいく途中にある。数年前までは、周囲が水田であったが、現在はすっかり宅地になったようだ。しかし、寺に入る小道は昔のままで狭い。左側には墓地、右側には石材店がある。




 上の道を突き当たると寺。簡単な山門がある。




 本堂は、高床式になっていて堂々としている。屋根上の鯱(しゃち)の形も見事。




 「多摩十三仏霊場としての仏」の「10番の阿弥陀如来」です。




 水子地蔵もありました。何となく子どもが、他の水子地蔵よりも歳たけているみたい。




 左手は、白い堂。右には多宝塔。達筆な額の文字を見て下さい。




 もう一つ見事な額がありました。金ぴかなので、何となく厳かで、尊い感じです。




 少し離れたところから見た堂宇。




宝泉院

 前を通るバスに乗ると、停車場案内とともに「大観音」の広告スピーチが入ります。数年前にはありませんでした。最近になって、鎮座在(ちんざましま)したようです。寺の入り口の石柱(左のほうに見える黒っぽい石)には、「真言宗智山派 慈眼山宝泉院」と彫ってあります。




 左から二柱目の変わったスタイルの地蔵。亀に乗っておられる。




 左手に門があって、本堂が見える。




 入って正面、本堂の額。




 「多摩十三仏霊場としての仏」の「3番の文殊菩薩」です。




 かなり大きな観音があります。下の台座には、「慈眼観音」となっていましたが、「慈眼」はこの寺の山号ですから、教典にはましまさない御名かもしれません。




 観音もそうですが、この寺の像は大きく見せるために台が高いようです。下の薬師如来と弘法大師も高い台の上に鎮座在(ちんざましま)しておられます。




 文字がでかいので、お姿がよくわかりません。そこで、弘法大師のお姿。




 薬師如来のお姿。




 境内には「ぼけ封じ薬師」があって、そこには次のように説明がありました。老化予防に参考になるようです。御真言が書いてあるので、有りがたいことです。




 仏足石もありました。




大乗寺

 ここにも、「多摩十三仏霊場としての仏」はありません。後ろには、多摩の奥山であったところ。まだ、未開発なので緑が多い。もしかしたら、保全地区かもしれない。




 誰もいないようで、ひっそりとしていたので中を覗く。奥には、ご本尊さまが。




 後ろの十二社神社のほうから見ると、堂々たる堂宇を建築中。何となく、寺も景気がいいみたい。




高蔵院

 表札には、「和中山高蔵院」と書かれています。門の中に、山門があります。




 真言宗智山派のお寺ですが、そうするとこの祖師は……




 「多摩十三仏霊場としての仏」の「7番の薬師如来」です。




 本殿は鉄筋コンクリート作りです。




 その内部を覗いてみました。




 額の文字は、なかなか達筆ですが、私にはその寺号を知らなければ読めません。




壽徳寺

 寿徳寺は、分譲住宅として開発された「桜ヶ丘四丁目」という地番にありますが、その周辺は住宅が少なく、木々も多くあって昔のままの状態が残っているようです。




 「多摩十三仏霊場としての仏」の「12番の大日如来」です。




 境内には、水子地蔵もありました。




 前庭は、見事で落ち着いた佇みです。




 裏の山続きのところには、三体ごとの地蔵様が二つありました。




 薬師如来も在(ましま)した。




阿弥陀堂

 永山駅の近くにあります。回りは、すでに開発されて病院や駐車場。




 「多摩十三仏霊場としての仏」の「9番の勢至菩薩」。端正なお姿です。




 堂の中を覗くと、さらに堂があって阿弥陀如来がましますらしい。




 境内には、石像が積まれていました。おそらく、多摩ニュータウン開発時に今までの場所には居られなくなったためでしょう。




 最初に「祈念碑」と書いてあるのはわかります。以下の本文は、拓本にでもしないと私には読めません。目も悪いからです。




 狭い境内から東を眺めました。すると、回りは建物や駐車場がいっぱい。左上に角が見えている白い建物は消防署。赤い文字で書いた防火の標語が、窓に貼ってあります。右に迫ってきているのは、日本医大永山病院。度重なる病棟の増築をした結果です。すぐ向こうに見えるのは、トヨタカローラのサービスステーション。
 そして、丘の上にそびえているのが、公団の賃貸住宅「諏訪二丁目ハイツ」。右にある木が、二枚下の写真の「唯我独尊の欅」。




 まわりの開発に、我関せず。唯我独尊で残っている欅(けやき)。すでに、上の写真の説明のように回りは建造物でいっぱい。後ろにもある駐車場の車は、さらに高いところに止まれます。




大福寺

 ちょっと行きにくい場所なので、いったん唐木田の福祉センターまで行って、そこから尾根幹線沿いに歩きました。




 静かな佇まいの本堂。




 「多摩十三仏霊場としての仏」の「6番の弥勒菩薩」。禅定に入っているお姿です。




 大きな板の表札です。額になってはおらず、大木から切り出した自然の板のままです。




 何となく、寺院にはそぐわない石像。下の台には、三行に分けて「切り込まれた形 時空」「1995」「渡辺隆根」とありました。私は、ここのところ「私の仏教(サマリー)」で「時空」を研究していますので、ちょっと驚いた次第。




妙櫻寺

 尾根幹線を恵泉女子大学のほうへ少し入ったところ。




 アップで見ると。右の石碑で、日蓮宗だということがわかる。




 「多摩十三仏霊場としての仏」は「13番の虚空蔵菩薩」。




 額の文字は、なかなか見事。二文字目は、何と読むのだろうか。




 内部を覗くと、きらびやか。




東福寺

 白山神社のすぐそばにあります。




 札所の案内がありました。「多摩八十八ヶ所霊場 第十三番札所」。これは、多摩市で作られて、いま回っている「多摩十三仏霊場」ではありません。
 後ろにある高い建物は、ベネッセです。現時点(2007年11月)では、多摩市にある超高層建物は私の住んでいる「聖蹟桜ヶ丘ビュータワー」とこのベネッセの2軒だけです。




 「多摩十三仏霊場としての仏」の「4番の普賢菩薩」。なごやかなお顔で瞑想をなされています。




 寺の掲示板。弘法大師の「教王経開題」がありました。




 額には、山号と寺号が合わせて書いてあり、しかも左から右へ。とても美しい書体で、しかも親切です。




 本殿の扉は、ぴったりと閉まっていました。しかし、何とか少しこじ開けて内部をパチリ。




 墓地のほうへ向かう通路。右の柱に、真言がかいてあります。




 上の写真の突き当たりを裏門のほうから見たところ。




 墓の一角には、不要になった墓石が置いてあります。おそらく、管理費を払わなかったり、行方不明になった遺族でしょう。道側に老いてあるのは、処分のときに搬出する都合なのでしょう。いちばん手前にある石には、面白い文言があります。その奥の町田さんの墓のスミエさんは赤い文字ですから、その時点では生きていたのでしょう。さらに、その隣の土方さんは日野市に本家をもっている家系ですが、やはり行方不明もいるのでしょう。




吉祥院

 小田急と京王がパラレルで走っている南の豊ヶ丘一丁目にあります。手前にある川は左のほうへ流れて、乞田川に合流します。




 山号が掲げてある額ですが、私はとても上品な字体と思います。




 「多摩十三仏霊場としての仏」の「11番の阿□如来」(□は「門構え」の中に「人」が三つ)」。ただし、私は読めません。清掃をしているご婦人に聞いたり、また若いお坊様に聞いたのですが、やはりわかりませんでした。何となく「あしゅくにょらい」と読むんじゃないかとも思います。




 本堂です。




 鐘楼もあって、除夜の鐘は賑やかだということです。




 メモリアルホールです。玄関のガラスには、紅葉の木々が映っています。なお、さっき如来名を尋ねてわからなかった若い人は、僧侶の形をしていましたが、おそらくここの係員だったのかもしれません。




(番外)区王山薬王寺

 多摩市の案内にない小さな無人のお寺。所在は、多摩市諏訪三丁目12。むしろ、残っている墓を守る祠(ほこら)とでも言ったほうがよいかもしれません。それでも、額には「医王山薬王寺」。もしかしたら、名前から由緒があるお寺だったかも。むろん、「多摩十三仏霊場としての仏」はましません。
 なお、この薬王寺については「聖蹟桜ヶ丘駅・永山駅周辺」の「馬引沢」に説明がありました。




(番外)林海庵

 多摩市の和田に、「浄土宗 林海庵」がありました。「宗」を名乗っているので、新興宗教ではなさそうです。建物のデザインはともかく、その活動は何となく一般の寺と似ているようです。




 表札を見ると「庵」となっていて、「寺」を名乗っていません。




(番外)地蔵堂

 「和田中学通り」を西に曲がって高蔵院へ向かう交差点に、無人の小さな地蔵堂がありました。




 その屋外には、お揃いの白いずきんをした七柱のお地蔵さま。




 しばらく行くと、個人の家の塀をくり抜いて、小さなお地蔵さまがありました。塀のブロックの大きさから、かなり小さいということがおわかりでしょう。




参拝データ

 私が回った順番とその所在。
 2007年11月8日(木曜日)
観蔵院 「多摩十三仏霊場としての仏」は「1番の不動明王」
延命寺 「多摩十三仏霊場としての仏」は「2番の釈迦如来」
観音寺 「多摩十三仏霊場としての仏」は「5番の地蔵菩薩」
阿弥陀寺 「多摩十三仏霊場としての仏」はましません。

 2007年11月9日(金曜日)
成満寺 「多摩十三仏霊場としての仏」はましません。
阿弥陀堂 「多摩十三仏霊場としての仏」は「9番の勢至菩薩」
(番外)区王山薬王寺 「多摩十三仏霊場としての仏」はましません。

 2007年11月12日(月曜日)
高西寺 「多摩十三仏霊場としての仏」は「8番の観音菩薩」
(番外)林海庵 「多摩十三仏霊場としての仏」はましません。
大乗寺 「多摩十三仏霊場としての仏」はましません。
真明寺 「多摩十三仏霊場としての仏」は「10番の阿弥陀如来」

 2007年11月14日(水曜日)
宝泉院 「多摩十三仏霊場としての仏」は「3番の文殊菩薩」
壽徳寺 「多摩十三仏霊場としての仏」は「12番の大日如来」
(番外)地蔵堂
高蔵院 「多摩十三仏霊場としての仏」は「7番の薬師如来」
吉祥院 「多摩十三仏霊場としての仏」は「11番の阿□如来」(□は「門構え」の中に「人」が三つ)
東福寺 「多摩十三仏霊場としての仏」は「4の普賢菩薩」

 2007年11月16日(金曜日) 南大沢駅から歩く。
妙櫻寺 「多摩十三仏霊場としての仏」は「13番の虚空蔵菩薩」

 2007年11月16日(金曜日) 唐木田福祉センターから歩く。
大福寺 「多摩十三仏霊場としての仏」は「6番の弥勒菩薩」

 2011年4月13日(水曜日)
 智願寺 今までに気付かなかった寺。もしかしたら、新築をしたのかもしれない。

Kuroda Kouta (2007.10.05/2011.12.04)