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  護国寺駅周辺



はじめに
護国寺駅 場所
雑司が谷霊園
護国寺(大仏・大観音・魚籃観音)


はじめに

 なお、このページは「貴四鬼子母神」に含まれていたが、護国寺関係の内容が増えたので分離をして「護国寺駅周辺」として独立した一つのページにした。


護国寺駅 場所



雑司が谷霊園

 境内には、下のような地図がありました。




 護国寺の交差点は、学生時代やサラリーマン時代に都電に乗って前の交差点を大きくカーブして通りました。サラリーマン時代には、暇ができたらゆっくり来たいなどと思ったものです。そんなわけで、都立雑司ヶ谷霊園を抜け、さらに護国寺の裏から入って墓地を抜けてみました。
 雑司ヶ谷霊園の中をで歩いていて、何気なくふと見ると夏目漱石の墓があった。とくに、そこを尋ねたわけでなく、下の左図のような変な石碑があるのでわかった。道に面したほうが、裏側だったからである。そこで、裏の正面側に回ってみた。夏目漱石という人については知らないが、「こころ」の先生のことを思い出して、何となく懐かしい思いがした。

  


 下のように、ちょっと変わった墓があった。等身大の石像があり、何とも不思議である。墓碑に何か書いてあったが、関心がないので読まない。しかし、もしも本人がこの墓を訪れたら、どんな感じがするであろうか。親鸞檀林皇后のことから連想をして、私はそんなことも考えた。

(注) 親鸞は「自分が死んだら加茂川に流して、魚に食わしなさい。」と言い残したそうである。また、檀林皇后は「自分の死体は庭に捨てて、犬の餌にしなさい。」と遺言をした。そして、お二人ともに「墓などは、要らない」と言ったらしい。(と、私(黒田康太)は思う。)
 親鸞は浄土真宗の開祖。見真大師。檀林皇后は、嵯峨天皇の奥方だったと思う。
 しかし、後の人がご本人の言葉に反した。とくに、親鸞の場合は大違反。そのために、本願寺が東と西にできたり、築地のインド風の寺まで建った次第。




 上は実際の人物の模写のようですが、下はイメージ化したもの。しかし、同じような主旨でしょうか?




 また、下の写真のように、厳かに鳥居まである墓もありました。そして、よく見ると狛犬(こまいぬ)までいるではありませんか。墓の様式やデザインは、墓に入ってしまった人の生前の言葉やその遺族の考え方によって、大きく異なってくるのでしょう。




 しかし、墓参もなく壊れかかった墓も多いようです。墓が寂れて、荒れ果てているのです。さらに、管理費などを未払いのままにしておくと、下図のように、……




護国寺(大仏・大観音・魚籃観音)

 大本山護国寺の本殿は下の写真のように、さすが立派。しかし、何か催しがあるらしく、資材が正面に運びこまれていたので、下図のように側面から撮影。




 一部、補修工事らしき様子。屋根に覆いがしてある。右側の柱には、金色の文字で「大尊如意輪観世音菩薩」。




 後日、改めて行ったときの本堂の全容。




 全体の案内図。




 護国寺には大仏がおられた。




 後ろから見た大仏。




 大仏の奥には、鐘楼。




 鐘楼に関する説明文。




 大師堂。




 大師堂の額。




 大師堂の説明文。




 大仏さまの他に、本堂の裏には大観音さま。下の部分には、大きな文字で「霊廟」と書いてある。




 少しお姿を大きくすると。(さらに大きくするときは、画像をクリック)

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 横から拝見すると。




 薬師堂。




 説明文。




 象塚。




 大仏さまの手前の六地蔵を右に入ったところ。大師堂の左手の一段高くなった植え込みに子供大の魚籃観音がおられた。




 茂みの中で、正面から撮りにくく少し左から。




 お顔の部分をアップで。




 手に持っている籠には、鯉が入っているみたい。




 仁王像もあった。




 塔もあったが、三重や五重になったものではない。多宝塔というらしい。




 「不老」と書いた額をかかげた山門があった。私感ではあるが、目を細めて下の写真を見ると、何だか顔に見えてくるので不思議。




 境内に富士山があったので、登った。JR武蔵境駅の南にある杵築大社の富士山よりは大きく、ちょっと登るのがしんどかった。まず、登山口。




 そして、一合目。右側の標識に注目していただきたい。




 途中、険しい道が続く。下の写真は、下から写したせいか、傾斜がわかりません。




 そして、山頂




 富士山の下には、なぜか下のような「烏の歌」の碑があった。




 本坊のそばには、珪化木。一億五千万年と書いてある。




 そして、楽しい一時(ひととき)を過ごして、護国寺の山門(仁王門)をくだった。
 鬼子母神も護国寺も、参拝の行路が逆になったみたい。でも、私はそんなことは頓着しない。




 山門(仁王門)の説明。




 山門(仁王門)の額。




 右側の仁王。




 左側の仁王。




 裏の右側。




 裏の左側。




 帰りは、東京メトロ護国寺駅から市ヶ谷で乗り換え、聖蹟桜ヶ丘まで直通。地下鉄は、安全に速く移動ができるので有りがたい。私は事故やテロにあったことが、まだ一度もないからです。

(注) 多摩市一ノ宮に住んでいる大五郎さんの奥さんは、中野坂上のオフィスに行く途中で地下鉄車内でサリンガスを吸ってしまったそうである。そのときは何でもなく、帰宅をしたが後遺症が残ってしまったみたい。最近になっても、吐き気がしたりして体調が優れない。
 体内で浄化ができないものは恐ろしい。
 例えば、ストロンチウムなどは半減期が長いので、骨に付着すると死ぬまで苦しめられることになる。事故は避けられないので仕方がないかもしれないが、食べものや飲み物には注意をしたい。

 とにかく、とても楽しい半日であった。
 なお、歩いたところは、ここ を見てください。私は、いつも航空写真で見ることにしています。鳥瞰図のようで、とても印象が残るからです。クリックをするか、左のスケールで縮尺を変更できるので便利です。


Kuroda Kouta (2007.05.11/2010.11.27)