総トップページにジャンプ

  魚籃観音の研究



はじめに
研究の目的
研究の対象
魚籃観音が見られる寺院
(1) お姿の拝顔ができて、写真撮影がOKのところ。
 護国寺 文京区大塚五丁目 (掲載ページは、貴四鬼子母神(雑司が谷霊園・護国寺を含む)
 徳源禅院 文京区本駒込三丁目 (掲載ページは、白山駅周辺
 一乗寺 台東区谷中一丁目 (掲載ページは、日暮里駅周辺
 長円寺 足立区千手四丁目 (掲載ページは、魚籃観音(長円寺)
 蓮乗院 新宿区若葉二丁目 (掲載ページは、国立競技場駅周辺
 宗円寺 新宿区市ヶ谷山伏町 (掲載ページは、牛込柳町駅周辺
 清岸寺 渋谷区幡ヶ谷二丁目 (掲載ページは、幡ヶ谷駅周辺
 功運寺 中野区 (掲載ページは、東中野駅周辺
 福寿院 中野区(掲載ページは、中野新橋駅周辺
 観音寺 国分寺市西町二丁目 (掲載ページは、国立駅周辺
 高幡不動尊 日野市高幡 (掲載ページは、高幡不動尊
 福泉寺 西東京市下保谷 (掲載ページは、保谷駅周辺
 平等寺 戸田市笹目六丁目 (掲載ページは、西高島平駅周辺
 西光院 川口市戸塚二丁目 (掲載ページは、東川口駅周辺
(2) 三十三観音など他の観音さまといっしょにおられるところ。
 大恩寺 (掲載ページは、三十三観音(大恩寺)
 宝蔵寺(尾崎観音・観音堂) (掲載ページは、秋川駅周辺
 香林禅寺 (掲載ページは、百合ヶ丘駅周辺
(3) 寺院でない場所にまします魚籃観音。
 田中石材店 (掲載ページは、牛込柳町駅周辺
 秋村造園 (掲載ページは、椎名町駅周辺
 溝の口にある個人のお宅 (掲載ページは、溝の口駅周辺
(4) 墓地や仏壇に祀(まつ)られている魚籃観音。
(5) 外国で個人のお宅に祀(まつ)られている魚籃観音。
(6) 拝顔できても、写真撮影が禁止されているところ。
 明治寺 三柱 (掲載ページは、新江古田駅周辺
(7) 魚籃観音がおられるということで、訪問をしたが拝顔できなかったところ。
 魚籃寺 (掲載ページは、白金高輪駅周辺
(8) 実際に訪問をしていないが、堂宇に魚籃観音がおられるところ。
 円沢寺 港区南麻布2-14-14
 貞林院瑞正寺 東京都葛飾区東金町5-46-5
 万満寺 千葉県松戸市馬橋2547
(9) どの観音さまかわからなかったところ。
 浄真寺 (掲載ページは、九品仏と三十三観音(浄真寺)
(10) 小さい魚籃観音
 龍源寺 (掲載ページは、白金高輪駅周辺
(11) ちょっと変わった魚籃観音
 動物ねむりの里 (掲載ページは、多摩センター駅周辺
魚籃観音がご詠歌になっている福昌寺
魚籃観音の見られる場所を探す
写真の大きさについて
千社札・散華札のこと
魚籃観音・馬郎婦観音の読み方
魚籃観音と馬郎婦観音
魚籃観音を引用したり登場させる文献
 三荘太夫(さんしょうだゆう)
 孫悟空と魚籃観音
 魚にのったかんのんさま
 日本の地方民話
仏・仏典についての研究
観音・観音経・観音信仰についての研究
三十三観音の研究


はじめに

 大げさに「研究」というほどでもないが、いろいろと調べてみた。
 このページを作成するに当たって、渡邊五郎先生にいろいろご指導いただいた。また、多摩市立図書館の伊野氏は、親切なアドバイスをしてくださった。その他、多くの人のアドバイスや知識をいただいて、何とか私にも魚籃観音のことが少しだけわかってきた。

 魚籃観音(ぎょらんかんのん)は、知名度が高いわりに文学などに、あまり多くは出てこない。青空文庫になっている作品の中にも、わずか6件だけである。馬郎婦観音が11件であることを考えると、非常に少ないと思う。単に、「観音」という語なら、全部で279件あった。ただし、「魚籃観音記」は現時点で青空文庫に入っていない。(2010年6月28日現在)

 菊池寛『新今昔物語』の最後に置かれた『好色成道』を読んで、私は心から感激をした。魚籃観音とは書いてなく、菊池寛は「これは、きっと自分が祈念していた虚空蔵菩薩で、仮りに女の姿を成して、自分の学問を励ましてくれたのであろう」と、後の天台座主に言わせている。
 そして私も、そのようなストーリを作ってみたいと考えたのである。そんなわけで、魚籃観音を現代風のストーリとして、「陝右(せんゆう)の人たち」というタイトルで、何とかまとめてみた。

 ついでながら、『新今昔物語』の最初にある「六宮姫君」は、芥川龍之介の「六の宮の姫君」とともに、私は大いに感激した。そこで、下記「三ノ宮の乞食」なるストーリをまとめようとしている。
  「無の研究(『三ノ宮の乞食』)」シリーズ(現在未完・連載予定)
 そんなことが、老化予防の一環として非常に有効だと考えたからである。


研究の目的

 「そんなことをして、いったい何になるんだ?」と聞かれてしまうと、アウトである。つまり、自分の人生の一部として、自分なりに研究をしているからだ。とくに、世間に発表をする目的はない。また、世間の意見と異なっていても、自分自身の感覚で正しいと感じたことは、それでよいのである。つまり、結局は自分のための研究なのである。
 おそらく、『歎異抄』に唯円が書き残した師の言葉「弥陀の五劫思惟(ごこうしゆい)の願いをよくよく案ずれば、ひとへに親鸞ひとりがためなりけり」と、同じ心境であろう。不遜と思われても致し方のない所以である。
  岩波文庫『歎異抄』(金子大栄校訂)p74 唯円は「聖人のつねのおほせには」と、わざわざ断り書きをしている。

 また、日蓮は『御書』に「八万四千の法蔵は我身(わがみ)一人(いちにん)の日記文書なり」と書き残されている。この言葉も、私にとって身勝手かもしれないという謗(そし)りを免れる方便になるであろう。
  手持ちの『編年体 日蓮大聖人御書』の「三世諸仏総勘文教相廃立」p1226 ただし、最初に「日蓮之を撰す」とある。
  なお、この章には「生と死と二つの理は生死の夢の理なり妄想なり顛倒(てんとう)なり………」などの重要な概念が多く記されている。

 つまり、いずれにしても研究の目的が人生の目的になっていて、その人生の目的がいまだに理解できていないことが何となく事実で、曖昧になってしまう懸念があるのかもしれない。だから、おそらく読んでくださっても、あまり参考にはならないでしょう。


研究の対象

 このページでは、主に木仏・金仏・石仏などで、簡単な祠や厨子に入っておられるもの、あるいは境内(屋外)にあるものを対象とした。本尊として本堂の奥に祀ってあるものや絵画は、必要があれば補足的に扱うことにした。
 それが、やがて寺宝になったりすることがあるが、商品である期間のものも原則として扱わなかった。また、美術作品として優れていても、刺青(いれずみ)などは掲載しなかった。

 最初は東京都内のものを対象にする考えであったが、実際に探してみると思ったより少ない。そこで、ちょっと足を伸ばして東京近郊の場所も含めることにした。


魚籃観音が見られる寺院

 魚籃観音のまします寺院は多いかもしれない。しかし、私はいつ行っても見れる観音さまを対象としている。秘仏などと言って、一年に数回しか見れないものもある。そのようなものには、あまり興味がない。また、写真を撮らしてくださらない寺院や博物館などにも、めったに行かない。

 そんなわけで、東京都内にまします魚籃観音は少ない。
 ただし、ここで言う東京都内とは私のような高齢者でも簡単に行けるところであって、島嶼部などを除いている。つまり、大島や八丈島などには行っていないのである。

(1) お姿の拝顔ができて、写真撮影がOKのところ。

 護国寺 文京区大塚五丁目 (掲載ページは、貴四鬼子母神(雑司が谷霊園・護国寺を含む)




 徳源禅院 文京区本駒込三丁目 (掲載ページは、白山駅周辺

<l


 一乗寺 台東区谷中一丁目 (掲載ページは、日暮里駅周辺




 長円寺 足立区千手四丁目 (掲載ページは、魚籃観音(長円寺)

<l


 蓮乗院 新宿区若葉二丁目 (掲載ページは、国立競技場駅周辺

<l


 宗円寺 新宿区市ヶ谷山伏町 (掲載ページは、牛込柳町駅周辺

<l


 清岸寺 渋谷区幡ヶ谷二丁目 (掲載ページは、幡ヶ谷駅周辺

<l


 功運寺 中野区上高田一丁目 (掲載ページは、東中野駅周辺




 福寿院 中野区本町三丁目 (掲載ページは、中野新橋駅周辺




 観音寺 国分寺市西町二丁目 (掲載ページは、国立駅周辺




 高幡不動尊 日野市高幡 (掲載ページは、高幡不動尊

<l

 二柱(内一柱は、撮影禁止)。高幡不動尊の写真が撮影できる一柱は、境内(屋外)にある青銅製。他の一柱は奥殿に展示されている像である。
 境内にあって撮影ができる高幡不動尊の魚籃観音をYouTube上の「魚籃観音」にした。


 福泉寺 西東京市下保谷 (掲載ページは、保谷駅周辺



 平等寺 戸田市笹目六丁目 (掲載ページは、西高島平駅周辺

 都営地下鉄三田線の終点西高島平駅から荒川を渡って、少し行ったところにある。地番は、埼玉県戸田市になる。

<l


 西光院 川口市戸塚二丁目 (掲載ページは、東川口駅周辺

 武蔵野線の東川口駅から500メートルくらいのところ。

<l


(2) 三十三観音など他の観音さまといっしょにおられるところ。

 大恩寺 (掲載ページは、三十三観音(大恩寺)




 宝蔵寺(尾崎観音・観音堂) (掲載ページは、秋川駅周辺




 香林禅寺 (掲載ページは、百合ヶ丘駅周辺

 魚籃観音のお姿は、ふつう魚籃を手にもっていたり、あるいは魚に乗っています。しかし、この香林禅寺の魚籃観音は籠などをお持ちにならず、素手で魚を胸に抱(だ)いています。ちょっと変わったデザインとも言えるのではないでしょうか。




 三十三観世音菩薩の全体がどのようなお姿かを示しておきましょう。まず、左から一枚目。




 二柱目から、四柱ごとに八枚になります。二枚目は、二番目から五番目まで。




 三枚目は、六番目から九番目まで。




 四枚目は、十番目から十三番目まで。ここに、魚籃観音はまします。




 五枚目は、十四番目から十七番目まで。




 六枚目は、十八番目から二十一番目まで。




 七枚目は、二十二番目から二十五番目まで。




 八枚目は、二十六番目から二十九番目まで。




 九枚目は、三十番目から三十三番目まで。これで終わりです。




(3) 寺院でない場所にまします魚籃観音。

 魚籃観音の像が、企業や個人のお宅の室内や庭にあったりします。また、博物館や美術館でも見られます。そして、像ではなく絵画や掛軸のこともあるでしょう。さらに、背中にその刺青(いれずみ)をしている人もいるようです。しかし、ここでは誰もが簡単に見ることができて、寺院でない場所にある像について記しておきましょう。

 田中石材店 (掲載ページは、牛込柳町駅周辺




 秋村造園 (掲載ページは、椎名町駅周辺




 溝の口にある個人のお宅 (掲載ページは、溝の口駅周辺

<l


(4) 墓地や仏壇に祀(まつ)られている魚籃観音。

 個人の墓地や個人のお宅の仏壇などに、魚籃観音が祀られている場合があります。
 青山霊園には、等身大の魚籃観音を祀った墓地がありました。

<l


 お顔の部分をクローズアップすると、メランコリーなご表情をなさっていることがわかります。




 右手には魚籃(魚籠=びく)をお持ちになっています。その中には、大きな魚が入っています。しかし、鯉(こい)というよりか何となく鯛(たい)のような格好をしています。




 個人のお宅の仏壇などにも、魚籃観音が祀られている場合もあります。この写真は、その一枚です。あまり大きくはありませんが、美しいお姿の魚籃観音で、右手に魚籃(魚籠=びく)をお持ちになっています。そしてその中には、輝いている大きな鯉(こい)が一匹入っているみたい。




 そのお顔の部分をアップ。とても上品で、和やかな表情をなさっていることがわかります。胸にある飾りから、ていねいな造作であることも、おわかりでしょう。




(5) 外国で個人のお宅に祀(まつ)られている魚籃観音。

 
イギリスに在住するフレンチ裕子(ゆうこ)さんのお宅にある陶製の美しい像です。
 香港に住んでおられたころに、お顔がご親族の方とそっくりなこの観音さまと巡り合って求めたられたそうです。しかし、その方もすでに亡くなってしまいましたが、この観音さまを見るたびに懐かしく想い出されると言っておられます。
 目尻が上がっておられ知的な感じがします。また、左胸があらわになって、何となくなまめかしさもあるようです。左足下には、魚籃があって魚の尾がはみ出しています。

 陶製の仏像は、あまり多くなく私が記憶している範囲では、
  湯河原福泉寺の首大仏(名古屋藩主徳川義直の子三友が自分の母を偲(しの)び、供養をするために作ったと言われる。しかし、すでに肩から下の部分は紛失をしてしまった。)
  世田谷山観音寺のマリア観音(夢違観音などとともに、陶製のマリア観音が数柱ましました。)
くらいです。



<l


 お顔は、とても上品です。




(6) 拝顔できても、写真撮影が禁止されているところ。

 明治寺 三柱 (掲載ページは、新江古田駅周辺


(7) 魚籃観音がおられるということで、訪問をしたが拝顔できなかったところ。

 魚籃寺 (掲載ページは、白金高輪駅周辺


(8) 実際に訪問をしていないが、堂宇に魚籃観音がおられるところ。

 円沢寺 港区南麻布2-14-14
  御本尊は、絵院名地蔵尊。魚籃観音菩薩の体内佛に、十一面観音の尊像があると言う。かつて北面の武士の念持仏だったらしい。

 貞林院瑞正寺 東京都葛飾区東金町5-46-5
  二柱あって、一柱は高村光雲作。

 万満寺 千葉県松戸市馬橋2547
  古くから知られているようだが、像高25センチメートルの鋳造。


(9) どの観音さまかわからなかったところ。

 お姿の損傷が激しく、いずれが魚籃観音か私にはわからなかった。
 浄真寺 (掲載ページは、九品仏と三十三観音(浄真寺)


(10) 小さい魚籃観音

 
龍源寺 (掲載ページは、白金高輪駅周辺
  境内にひっそりと佇んでおられた半メートル足らずの小さい魚籃観音さま。もしかしたら、一葉観音かもしれない。しかし、乗っておられるものの右端を見ると、木の葉というよりも魚の尻尾に似ているのではないだろうか。おそらく、魚の部分の彫刻を省いたのでしょう。




(11) ちょっと変わった魚籃観音

 魚籃観音のお姿は、ふつう魚籃を手にもっていたり、あるいは魚に乗っています。魚籃に入っている魚は、鯉(こい)と言いますが、必ずしもそうではありません。実際に、うなぎ観音などがあるからです。また、足元の魚も、大きいものや小さいものがあります。さらに、龍にのっている観音さまもいます。
 ここにあげた観音さまは、おそらく龍のような想像上の動物に乗っているのでしょう。つまり、頭が龍で身体が魚のようです。向かって右後ろにあるのが、尻尾かもしれません。何となく足元の姿は、水中にいるようなデザインですね。
 しかし、もしかしたら三十三観音のうちの龍頭(りゅうず)観音かもしれません。でも、金魚や鯉、さらには熱帯魚、大きなアロワナなどはともかく、龍を飼っている人はいないので、ちょっと変わった魚籃観音と考えたほうがよいでしょう。動物ねむりの里は、ペットなど飼っていた動物の供養をするところだからです。

 動物ねむりの里 (掲載ページは、多摩センター駅周辺

<l


魚籃観音がご詠歌になっている福昌寺

 稲田堤駅・京王稲田堤駅周辺にある金剛山福昌寺。そのご詠歌は、図のようであった。そんなわけで、実際に確認したのではないが、おそらくご本尊か脇侍が魚籃観音であられるか、あるいは本陣に魚籃観音が別におられるのかもしれないと思った。

 本堂の柱にあったご詠歌。「まよふみ」は「迷う身」、「ぎょらん」は「魚籃」のことでしょう。もともと「魚籃」は「魚を入れる篭(かご)、つまり魚篭(びく)のことですが、ここでは三十三観音の一つである「魚籃観音」を意味します。そのお姿は、手に魚の入ったか篭を持っていたり、大きな魚に乗っていたりなされます。魚籃観音は、悪鬼や羅刹(らせつ)などの害を除いてくださいます。また、「みみょう」は「美妙」のことで、言葉で言えないほどに美しいことです。と、私は考えるのですが。もしかしたら、間違っているかもしれません。




魚籃観音の見られる場所を探す

 都内にあって魚籃観音を見られる場所は、いざ探してみると少ない。そこで、ヤフーの知恵袋に次のような質問をしてみた。




 しかし、回答は期待はずれであり、残念であった。なぜならば、どなたかがベストアンサーに選んでくださったものの下記の「凄いサイト」というのは、このページ自体のことであったから。




写真の大きさについて

 ふつう、私は「400×300」ピクセルを用いる。縦長のときは、「300×400」となる。

<l

 本当は、その倍ぐらいの大きさ(面積は4倍になる)のほうが、はっきりするでしょう。しかし、すべての写真を大きくすると、表示時間を大幅に増やしてしまったり、またプロバイダにある記憶領域を激減させてしまうデメリットが生じます。そこで、大きくできる写真は、その右下に「<l」と表示して画像をクリックしたら大きな写真が出るようにしました。


千社札・散華札のこと

 寺の本堂や山門には、遠慮なく千社札が貼ってある。自分が来たことの履歴にもなるので、好ましいことかもしれない。しかし、堂全体が汚くなったりするので、貼ることを禁止しているところもあるので注意が必要。




 絵の入った千社札も、ときどき見かける。しかし、絵だけのものは珍しい。高幡不動尊の仁王門 左側のうん形仁王の右の柱。「陜右の人たち」の札。絵がほとんどで、文字は「陜右の人たち」だけ。陜右(せんゆう)は中国の僻地で、かつて魚籃観音が教化におもむかれたところである。
 なお、下の千社札は「散華札」と同じ形をしている。

 「散華」(さんげ)は、「散花」とも書いて「花を撒(ま)いて仏に供養すること」。実際には、四箇法要(しかほうよう)の一つ。梵唄(ぼんばい)のあとで、シキミの葉あるいは花を散布する。あるいは紙製の蓮華の花びらを「花筥」(けこ)に入れて、それを散布した。
 「散華師」(さんげし)は、「散華僧」とも言って法会のときに散華をする役の僧。散華師が、道場内を歩きながら行う行道散華と、着座のまま行う次第(しだい)散華とがある。撒かれた散華の花は、参拝者たちが拾って持ち帰ることができる。




 曹洞宗治龍山桂福禅寺。(掲載ページは、加住事務所周辺
 たまたま行ったら、ちょうど観音堂がご開帳であった。右前にいる作務衣(さむい)姿の数人のおばさんが、鈴(りん)を鳴らしながら和賛。続いて、赤い衣の僧の講話などがあった。「観音さまは、せむいしゃ(施無畏者)と言って、衆生(しゅじょう)の恐怖心を取り去ってくださる」「観音さまは、利益を求めずに自分よりも相手の幸福を願う」など、ありがたいお話しがあった。




 観音堂の式典のときに散布された札(散華札)。私は六枚も拾った。その大きさは、ふつう縦9センチメートル、横7センチメートルで、蓮の花びらの形をしています。




魚籃観音・馬郎婦観音の読み方

 魚籃(ぎょらん)とは、魚を入れる篭(かご)のこと。魚篭(びく)・魚籠(びく)である。ふつう竹で編んである。後にあげる『西遊記』に、観音さまが篭を編むくだりがあった。魚籃観音の「籃」の字が竹かんむりであることから、理解できる。しかし、竹かんむりでなく、草かんむり「藍」(らん・アイ)となっているものも多い。間違えたのであろうか。あるいは、かつて縦のドット数が足りないために、竹かんむりを省略したのかもしれない。
 また、「濫」(らん・みだれる)の字のものもある。例えば、
  浪華土佐特曹紀秀信画図『増補諸宗 佛像図彙』東都書肆
の画像タイトルには、そうなっていた。




 しかしさすが、魚卵観音となっているものを私は、まだ見ない。


 馬郎婦観音は、一般的に「めろうふかんのん」と読まれているようだ。しかし、現代では「ばろうふかんのん」と読むほうが、むしろ妥当かもしれない。また、中国語のYouTube「魚籃觀音」(観という字は、古い字になっている)を見ると、「馬郎」を「まぁらん」「マーラン」と発音しているみたい。そんな意味では、「まろうふかんのん」がよいのかもしれないが、このページでは仮に「ばろうふかんのん」とする。

 仏教の言葉は、何となく読みがむつかしい。経典自体も、呉音と漢音があるからである。さらに、さかのぼってインドではサンスクリット語、いわゆる梵語が用いられていた。また、古くはパーリ語で書かれた。それらを中国語に翻訳するときに、まずいろいろな問題が生じる。訳者によって、「観自在菩薩」になったり、「観世音菩薩」になったりする。
 ブッダ(梵語のbuddha)ご自身の漢訳にも、「仏陀」や「浮図」「仏図」「浮屠」などがあるくらいだから。なお、『西遊記』の編訳本では、「浮図」「浮屠」はすべて「ブッダ ストーパ」つまり「仏塔」を意味する言葉として用いていた。さらに、「浮図」には、仏寺・僧侶などを意味することもあるらしい。

 それらが、日本語になるときにも問題が生じる。そのようなことは、仏教以外の外来語にもいえるのではないか。「Mattheus」つまり「マシュー」はラテン語であるが、それを最初のころは「馬太」と書いて「マタイ」と読んだ。「ばたい」でも「めたい」でもない。
 ルカなども固有名詞になったが「聖ロカ病院」は「ルカ」でなく「ロカ」と書かれ、現在でもそのままである。


魚籃観音と馬郎婦観音

 まず、魚籃観音と馬郎婦観音の意味について考えてみたい。


 ふつう、仏や観音には性別がないが、馬郎婦観音は女性の姿をした観音である。
 中国、唐の時代に外来思想である仏教が浸透しつつあったが、地方の若者は仏教には耳を傾けようとせず、武芸に励んでいた。そんなある日、どこからか妙麗な一人の魚売りが現れたのである。若者たちは自分の妻にと競い合って、それぞれが求婚した。すると、女は
 「一夜で『観音経』を誦えられるようになったら、その人の妻になります。」
と言う。
 二十名も、誦えることができたので、次に『金剛般若経』にした。すると、十名になった。その十人には、
 「『妙法蓮華経』全二十八品を三日間でできた人の妻になります。」
と約束した。

 結局、馬(ば)という若者だけが、全二十八品を見事に唱えたのである。そして婦人を花嫁に迎えた。ところが、婚礼の宴席が終わらないうちに、花嫁が息絶えてしまったのである。仕方なく、悲しみのうちに花嫁は美しい姿のまま葬られた。
 そして数日後、老僧が現れて、花嫁を埋葬した場所を案内させた。老僧はその場に着くと、錫杖で棺を開いた。中から一連の金の鎖状の骨が出てきたのである。


 魚籃観音は三十三観音の一つであるが、中国で生れた観音。そして、馬郎婦観音と同じとされる。中国唐の時代に魚を売る美女がいて、観音経・金剛経・法華経を暗誦する者を探していた。この三つの経典を暗誦する者と結婚することになったが、あえなく亡くなってしまった。ストーリから、法華経を広めるために現れた観音さまと考えられる。魚籃観音は、馬郎婦観音と同体して信仰されるようになった。


 映画ではあるが、馬郎婦の位牌と墓碑の写っている場面があった。
观世音传奇之马郎观音09(ending)
 位牌は4:22くらいに「馬郎婦之霊位」として、その後で墓碑は「馬郎婦之墓」となっている。
 そして、この映画では魚籃観音を「魚女子」と字幕にしていた。


魚籃観音を引用したり登場させる文献

 魚籃観音について書かれた文献を調べてみた。しかし、引用をしているのは、古くは
  「早川賢譲 編 仏教小説 読切物語 壱冊拾席 連夜説教 三荘太夫」
があり、また物語に登場するのは、
  『西遊記』(上・中・下)(呉承恩 作・伊藤貴麿 篇訳、岩波)
くらいである。
 他にも探せばあると思うが、ここでは上記の紹介をしておきましょう。


 三荘太夫(さんしょうだゆう)

 明治時代の本であるが、魚籃観音について書かれている。私が知っている範囲で、魚籃観音に関する引用記述のいちばん古い本。三荘太夫(さんしょうだゆう)は、私たちが知っている「安寿と厨子王」の山椒大夫と同じ人物である。
 「早川賢譲 編 仏教小説 読切物語 壱冊拾席 連夜説教 三荘太夫」
というタイトルが付いている。
 その中の魚籃観音に関する記述。




 その続き。




 孫悟空と魚籃観音

 『魚籃観音記』はいざ知らず、『西遊記』(上・中・下)(呉承恩 作・伊藤貴麿 篇訳、岩波)や『孫悟空』(宮尾しげを、講談社)を読むと、仏や観音と孫悟空たちのエピソードがある。もともと物語なので、なかなか面白い。孫悟空と沙悟浄と猪八戒が玄奘三蔵を助けて、唐の太宗皇帝の命によって西の国に五千四十八巻の経を求めにいくという内容。孫悟空が觔斗雲(きんとうん)を飛ばしても、仏の手から出られなかった話などがあるが、観音の話も数ヶ所にある。その一つ。

 霊感大王との戦いである。形勢がよくないので、孫悟空は観音さまに助けを求める。すると、観音さまは篭(かご)を編んでいる。篭ができると、その篭を雲の上から川に下ろす。すると、金魚が入っている。その金魚は天の蓮池にいたが、お経を覚えて大水のときに逃げ出して、川の主になったもの。それを元に戻して、問題は解決する。
 このときの観音が魚籃観音である。1570年くらいの著作であるから、仏教が興ってからかなり経っているので、中国でも仏教の知識が普及していたのでしょう。なお、日本に仏教が伝来したのは538年と言われます。
 むろん、玄奘三蔵の時代にも中国に経典はあった。しかし、それらは小乗であるので大乗の仏典を取りに行ったのである。経本や原典(大乗)が貴重であった時代のストーリであるから、現代の考え方では理解しにくいところがある。


 『西遊記』(上・中・下)(呉承恩 作・伊藤貴麿 篇訳、岩波)の目次は、次のようになっている。
(上)
一 美猴王(びこうおう)の誕生  猴は「さる」の意味
二 さとりの道の修行
三 如意金箍棒(にょいきんこぼう)  箍は「たが」のこと
四 大いに天宮をさわがす
五 蟠桃会(ばんとうえ)をみだす
六 二郎真君との一騎打ち
七 八卦炉(はっかろ)を逃げ出す
八 経を取る人をもとめて
九 江流児(こうりゅうじ)
一〇 命を奉じて取経の旅にのぼる
一一 双叉嶺(そうしゃれい)
一二 両界山で悟空を弟子とする
一三 白馬
一四 けさぬすびと  「けさ」は袈裟
一五 黒風山上(こくふうさんじょう)の乱闘
一六 高老荘(こうろうそう)
一七 八戒(はっかい)の弟子入り
一八 黄風嶺(こうふうれい)
一九 霊吉菩薩(れいきつぼさつ)の法力(ほうりき)
二〇 流砂河(りゅうさがわ)
二一 人参果(にんじんか)
二二 天地を袖のなかに
二三 三仙島に法をもとめて
二四 孫行者を破門する
二五 ふたたび花果山(かかざん)に帰る
二六 黄袍郎(こうほうろう)  袍は「わたいれ」
二七 白馬まで奮起する
二八 孫行者の再起
(中)
二九 平頂山(へいちょうざん)
三〇 宝ものの交換
三一 金角と銀角
三二 盛りくらべ
三三 宝林寺
三四 国王の霊
三五 烏鶏国(うけいこく)
三六 三蔵がふたりに
三七 紅孩児(こうがいじ)  孩は「ちのみご」
三八 三昧真火(さんまいしんか)
三九 善財童子(ぜんざいどうじ)
四〇 黒水河(こくすいが)
四一 車遅国(しゃちこく)
四二 雨乞(あまご)いくらべ
四三 法術くらべ
四四 通天河
四五 陳家荘(ちんかそう)
四六 魚籃観音(ぎょらんかんのん)
四七 まぼろしの楼閣
四八 火攻め水攻め
四九 お釈迦さまはやっぱりご存じ
五〇 子母河(しぼが)
五一 再度の破門
五二 悟空のにせもの
五三 六つ耳のサル
(下)
五四 火炎山
五五 芭蕉扇(ばしょうせん)の秘密
五六 震天動地の大合戦(だいかっせん)
五七 小雷音寺(しょうらいおんじ)
五八 黄眉童児(こうびどうじ)
五九 稀柿衕(きしどう)
六〇 朱紫国(しゅしこく)
六一 烏金丹(うきんたん)
六二 魔法の鈴
六三 鈴くらべ
六四 盤糸洞(ばんしどう)の女怪
六五 黄花観の道士
六六 小子城(しょうしじょう)
六七 清華洞の怪
六八 皆がみなまで和尚
六九 分弁梅花の計
七〇 隠霧山(いんむざん)
七一 三人の孫弟子
七二 まぐわ会
七三 九頭のシシ
七四 寇員外(こういんがい)
七五 寇家の大難(たいなん)
七六 ついに経を取る
七七 決末


 『孫悟空』(宮尾しげを、講談社)の目次。
悟空の誕生
悟空大あばれ
雑役人
悟空とお釈迦さま
八戒と悟空
沙悟浄あらわる
人参果
金角銀角
お腹のふくれる川の水
羊力虎力鹿力の三大仙
金魚のばけもの霊感大王
滅法国
金平府の燈籠
西天到着


 『西遊記』(上・中・下)(呉承恩 作・伊藤貴麿 篇訳、岩波)から、仏教に関係のある部分を抽出すると、下のようなくだりがあった。
(1) 孫悟空が最初に尋ねた師は、菩提祖師(須菩提祖師とも言う)である。おそらく、須菩提(すぼたい)のことで、釈迦の四大弟子の一人であった。
(2) 燃燈古仏が出てくるが、釈迦の出現を予言した仏である。(上p71)
(3) 普陀落伽山の観世音菩薩(観音菩薩)は、孫悟空に「楊柳の花甕を猿の頭に投げ打つ」と言う。しかし、結局は太上老君(たいじょうろうくん)の投げ下ろした金剛琢(こんごうたく、金剛套(こんごうとう)とも言う)で、孫悟空は脳天を打たれて捕らえられる。(上p80)
(4) 玉帝は、困って釈迦如来に援助を求める。釈迦如来は、阿儺・迦葉(かしょう)を従えてやってくる。(上p93)
(5) 釈迦如来と観音菩薩の会話。釈迦如来は観音菩薩に緊箍児(きんこじ)を三つ手渡す。(上p98) 沙悟浄・猪悟能、龍(白馬)が玄奘三蔵の弟子になる。
(6) 大乗経典を求めるために、太宗が玄奘三蔵をインドへ送り出す。(小説ではそうなっているが、実際には玄奘が願いを出しても許されず、いわば密行をしたのである。)
(7) 観音禅院に泊まる。(上p159) 老和尚に袈裟(けさ)を貸すが、熊の精に盗まれてしまう。それを観音菩薩に取り戻していただく。
(8) (7)とは異なる別の老和尚、つまり烏巣禅師(うそうぜんし)から「多心経一巻」を伝えられる。(上p204)
(9) 霊吉菩薩の法力で、妖怪を取り押さえる。(上p216~217)
(10) 観音菩薩は、沙悟浄を帰らせるために、恵岸尊者(えがんそんじゃ)をつかわす。(上p235~236)
(11) (観音)菩薩が「甘露水」(かんろすい)で、仙樹を生き返らせた。(上p271)
(12) 須弥山(しゅみせん) は、仏教の世界観。世界の中心にある山で、古代インド語の「Sumeru」を漢字の音訳にした。(中p19)
(13) 孫悟空が、観音菩薩に悪態をつく。西遊記の作者(ここでは、呉承恩)が観音菩薩を女性としている。観世音は釈迦よりも以前の過去仏。したがって、性を超越している。観音は、救う相手に合わせて、三十三通りの変身をする。(中p60)
(14) 孫悟空が、「お陀仏(だぶつ)にしてくれる。」というくだりがある。原本がどうなっているかわからないが、もともと仏教の言葉。(中P82)
(15) 仏殿という言葉が出てくる。(中P83)
(16) 「人ひとりの命を救うのは、七層の浮図(ふと)を建てるにもまさる」という言葉が出てくる。ここで、浮図は仏塔を意味すると編訳者は書いている。しかし、高幡不動尊の五重塔の額「金剛浮図」は、渡邊五郎先生の言うような別の意味かもしれない。(中p113)
(17) お陀仏。死人を意味する言葉として、原文でも使っているのだろうか。(中p132)(中p155)(中p226)(中p331)などにもある。
(18) 文殊菩薩とその御座用の青毛のシシが出てくる。(中p133)
(19) 善財童子が出てくるが、ちょっと異なった性格になっている。(中p160) 善財童子は、華厳経(けごんきょう)入法界品(にゅうほっかいぼん)に登場する菩薩。
(20) 観音菩薩が、恵岸(えがん)をともなって出てくる。(中p164~167)
(21) 智淵寺という寺。(中p194)
(22) 三蔵が、多心経をとなえる。(中208)
(23) 「人の一命を救うは、七層の浮屠(仏塔)をつくるにもまさる」と三蔵が口ぞえをした。(中p242) 浮屠には「ふと」と振り仮名が付けてある。(16)のときと、意味は同じでも文字が異なっている。
(24) 魚籃観音が出てくる。他の箇所のように観音菩薩とせずに、ここではさざわざ魚籃観音と言っている。(p257~269) 篭を編んでおられ、金魚を掬(すく)われたからであろうか。
(25) 大ガメが、「いつ人間になれますか、……」と尋ねる。輪廻転生の考え方であろう。(中p269)
(26) 釈迦如来と十八尊の羅漢が登場する。(中p300) そして、次のような冗談を言う。「手もとがすっからかんになった羅漢たちが、あっけらかんと雲間に立っていると、……」(中p302) このようなニュアンスは、原文にもあるのだろうか。
(27) 孫悟空が、観音菩薩に諭(さと)される。(中p343)
(28) 釈迦如来と観音菩薩が登場する。(中p362~363)
(29) 霊吉菩薩の再登場。(下p16)
(30) 美しくやさしい婦人の意味で、「女菩薩」(にょぼさつ)と女性を呼ぶ。(下p25)
(31) 四大金剛、つまり北を溌法金剛・南を勝至金剛・東を大力金剛・西を永住金剛が、牛魔王を取り囲んだ(下p48)。
(32) 弥勒菩薩が助けにくる。(下p73~p80)
(33) 観音菩薩が助けにくる。(下p161)
(34) 毘藍婆菩薩に助けを求める。(下p192) 藍は、竹かんむりでない
(35) 観音菩薩と善財童子が老婆と幼子になって、アドバイスをする。(下p216)
(36) 天竺国玉華県に入る。(下p266)
(37) 閻魔王と地蔵菩薩が出てくる。(下p336)
(38) ついに経をとる。(下p339以下)
(39) 接引仏祖が出てくる。(下p343)
(40) 三蔵は現の身体を脱ぐ。(下p344) 極楽や天国に入る前には、現在の身体を脱ぐ川があるらしい。
(41) 釈迦牟尼仏(仏如来)は、八菩薩・四金剛・五百羅漢・三千掲諦などを召し集めた。(下p345)
(42) 阿難と迦葉がいちゃもんをつけて、賄賂を要求する。(下p346)
(43) 無字の経などで騙されたが、最終的には次の経典を得る。(下p351~352)
 涅槃経(四百巻)・虚空蔵経(二十巻)・恩意経大集(四十巻)・宝蔵経(二十巻)・礼真如経(三十巻)・大光明経(五十巻)・維摩経(三十巻)・菩薩経(三百六十巻)・首楞厳経(三十巻)・決定経(四十巻)・華厳経(八十一巻)・大般若経(六百巻)・未曾有経(五百五十巻)・三論別経(四十二巻)・金剛経(一巻)・仏本行経(百十六巻)・菩薩戒経(六十巻)・摩喝経(百四十巻)・瑜伽経(三十巻)・西天論経(三十巻)・仏国雑経(千六百三十八巻)・大智度経(九十巻)・本閣経(五十六巻)・大孔雀経(十四巻)・倶舎論経(十巻)・正法論経(二十巻)・五竜経(二十巻)・大集経(三十巻)・法華経(十巻)・宝常経(百七十巻)・僧祇経(百十巻)・起信論経(五十巻)・宝威経(百四十巻)・正律文経(十巻)・維識論経(十巻) 唯識ではないらしい
(44) 最後の「結末」の章で、物語は終わる。(下p354)
 三蔵は、「栴檀功徳仏」。孫悟空は、「闘戦勝仏」。猪悟能は、「浄壇使者」。沙悟浄は、「金身羅漢」。白馬は、「八部天竜」になる。


 魚にのったかんのんさま

 「西本鶏介ぶん・石倉欣二え」の絵本。日向国(ひゅうがのくに)の漁師四十右ェ門(よそうえもん)が観音の配慮で嫁を迎えることができたという民話。その観音が、魚籃観音。




 日本の地方民話

 YouTubeに宮崎県の民話として、
  まんが日本昔ばなし 「魚藍の観音」
というのがあった。内容は原話からかなり発展をしているが、参考までにあげておきましょう。


仏・仏典についての研究



観音・観音経・観音信仰についての研究



三十三観音の研究



Kuroda Kouta (2010.05.02/2014.03.31)