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  上野駅周辺



はじめに
上野駅 場所
東京文化会館
上野御徒町駅 場所
アメヤ横丁
摩利支天(徳大寺)
鈴本演芸場
西郷隆盛の像
彰義隊の墓
蜀山人(しょくさんじん)の碑
時忘れじの塔
小松宮の像
東叡山寛永寺清水(きよみず)観音堂
花見の賑わい
正岡子規の野球碑
ラジオ体操ひろば
寛永寺上野大仏
大灯籠
天海僧正毛髪塔
花園稲荷神社
弁天堂
弁天堂の供養塔
不忍池(しのばずのいけ)
森鴎外記念碑
外周トイレ
護国院大黒天
寛永寺
浄名院(八万四千体地蔵)
上野公園北部
上野東照宮
上野動物園
東京国立博物館
入谷鬼子母神(真源寺)


はじめに

 このページには、いわゆる上野駅と都営地下鉄「上野御徒町」駅も含めて記述します。また、「上野動物園」と「東京国立博物館」は、別ページになります。
 上野駅周辺には、たくさんの名所があります。




 まず、上野恩賜公園。上野御徒町駅のほうから中央通りを行って、突き当たりの交番の左側から階段を上がります。卵形で背の高さくらいの大きな石です。




上野駅 場所

 JR上野駅の中央口。かつて、石川啄木が「そ(訛り)を聞きに行く」と言ったのは、中央口の前のホールであろう。




 上の写真の左手前に、碑があった。




 JR上野駅の不忍口(しのばずぐち)。




 京成上野駅。生い茂った木の後ろくらいが、西郷さんの銅像。




 京成上野駅の前の坂を北に登ると、JR上野駅の公園口。




東京文化会館

 公園口の前に、東京文化会館。




上野御徒町駅 場所

 上野御徒町駅は、上野駅と少し離れています。しかし、都営地下鉄で上野公園や上野動物園に行くときには、ここが便利です。
 地下駅なので、アートなどが壁に展示してある。そんな中の一つ。家守(やもり)は、ヤモリとハエについての考察。




 その説明文。




アメヤ横丁

 通称アメヤ横丁。大きなビルが建ったが、その入り口は変わらない。




 平日お昼ごろの賑わい。




摩利支天(徳大寺)

 摩利支天山下谷徳大寺。




 入り口にあった縁起。




 本堂の額。




 本堂の内陣。




 妻恋地蔵尊。




 日蓮大聖人。




 浄行菩薩。




 その説明文。




鈴本演芸場

 落語定番鈴本演芸場。何人かが並んでいた。




 前にある出し物の看板。(2010年5月31日)




 入り口の左右にライオン。その左側。




西郷隆盛の像

 上野公園の入り口を南から入っていくと、右上に西郷さんの銅像。




 そこには、「敬天愛人」の碑(いしぶみ)もある。上の写真の左側にあるのが、それ。その写真を撮ったんだが、写している自分が写っていたり、読んでいるおじさんがいて、ちょっと読みにくい。




 広場から東を見たところ。向こうに見えるのは、東京国立博物館でしょうか。




彰義隊の墓

 少し行くと彰義隊の墓。まず、彰義隊とは何?




 参拝者もなく、ひっそりとしていた。




 「菅公詠梅」という碑もありました。そこには、
<東風(こち)吹かば においおこせよ梅の花 あるじなくして春な忘れそ>
とありました。




蜀山人(しょくさんじん)の碑

 時代が下って、蜀山人(しょくさんじん)の碑もあります。




 その説明。




時忘れじの塔

 ちょっと離れて、動物園のほうに行くと「時忘れじの塔」がありました。時計まではまっていますので、何となく意味がありそうです。




 故事来歴に関する説明が裏面にありました。




小松宮の像

 小松宮の像。何だか台のほうが大きく、堂々としていて立派な感じがします。




 そして、そのいわれ。




東叡山寛永寺清水(きよみず)観音堂

芭蕉の句、
 <花の雲 鐘は上野か 浅草か>
の上野は、東叡山寛永寺の山である。
 時の鐘は、江戸時代に市中で暮らす人たちのために、一斉に設けられた。上野の山から、浅草はあまり離れていないので、浅草のほうからも聞こえてきたらしい。そして、この句になったのかも知れない。

 観音堂です。西郷さんの銅像横から行くと、観音堂の下の道路に出ます。この建物は、京都清水寺の懸崖造り本堂、つまり清水の舞台を模しているそうです。




 観音堂の下には、水が流れていました。




 このせせらぎの横を登ると、参道になっています。狭い参道が、渡り廊下の下をくぐるのも、何となく不自然な構造ですが。




 そして、本殿です。




 裏に回って、道路から見た入り口。2枚上の写真を反対側から見たところ。ちゃんと、参道と書いてあります。




花見の賑わい

 2008年4月3日(木曜日)、上野大仏を探訪に行くと、花見の賑わいであった。すでに、桟敷が用意してある場所がある。夕方かは、酒が入って盛り上がり、ものすごいだろう。




正岡子規の野球碑

 正岡子規の野球碑が新しくできたようだ。




 その説明文。




ラジオ体操ひろば

 ラジオ体操の記念碑があった。




 下にある説明文。




寛永寺上野大仏

 お顔だけの大仏さま。ちょっと不気味な感じがしないでもありません。下は、その大仏パゴタ。




 大仏パゴタの説明文。




 お顔だけが残った大仏さま。ちょっと、メランコリーな表情をなさっている。
 私は、この大仏さまを見ると、湯河原にある「首大仏」のことを思い出します。




 大仏さまの略記。




 最初のころの大仏さま。




大灯籠

 上野大仏の裏に、大きな灯籠があった。私は、これほどまでに大きな灯籠をみたことがない。




天海僧正毛髪塔

 やはり、まず天海とはどんな人物だったか?




 柵で囲まれた墓。




 上の写真をズームアップすると下。新しい花があるので、参拝者があるのだろう。しかし、一般人は入れないようだ。説明版も入り口の扉の中にあったので、斜めに写した次第。




花園稲荷神社

 有名な穴稲荷があるので、一度行ってみたいと思っていました。まず、そのいわれ。




 公園の方からの入り口です。




 入るとすぐに鳥居の連なっている坂を下ります。




 穴稲荷の本殿。




 しかし、稲荷全体の本殿はなかなか見事。




 穴稲荷そのものです。




 右の穴の中に、ご本尊はましますご様子。しかし、暗いのでわからない。




 上の場所に入る入り口。入って左に曲がると、2枚上の写真になるんです。




 不忍池方面の入り口です。突き当たりが、5枚上の写真になります。




弁天堂

 弁天さまですから、池の中にあります。この橋を渡ったところから、島になっています。




 弁天堂の説明です。




 不忍池(しのばずのいけ)の碑も、弁天堂の中にありました。




 弁天堂の一角にある大黒天堂。




 島になっている弁天堂の裏手には、名前のわからない小さな社(やしろ)。
 左の木の間に見えるちらっとした白い部分は、動物園とその水生分園を結ぶモノレールの線路。




 弁天堂の境内には、碑が多く建てられています。 「芭蕉翁」の碑もありました。しかし、私は各種の「供養塔」に興味を引かれました。そこで、節を改めてそれらを見ていきましょう。




弁天堂の供養塔

 実にたくさんの供養塔があります。魚塚というのがありました。




 魚の中でも、河豚(ふぐ)は別格でしょうか。「ふぐ供養碑」が見事です。




 すっぽんもあります。「スッポン感謝之塔」となっているのがおわかりでしょうか。




 鳥塚というのは、かなり大きなものです。




 上の鳥塚の説明。左にある文字の部分を拡大した。




 食べられる動物を料理する包丁の塚もありました。




 食べられてしまう動物とは関係がない「扇塚」があります。




 さらに、「めがね之碑」というのまでありました。




不忍池(しのばずのいけ)

 池の畔(ほとり)から弁天堂を見た光景。もはや、蓮の花は散ってしまった。そのかわり、葉が見事に繁っている。




 池の西を見ると東天紅。おそらく中華料理店であろう。かつて、何かの機会に行った覚えがある。




森鴎外記念碑

 上野公園の外周を歩いていたら、森鴎外の記念碑があった。




 右側の説明文。(英文の部分はカット)




 現在はホテルの中庭になっていて、そのホテルの入り口にある看板。




外周トイレ

 森鴎外を過ぎて坂を登り、ちょっとオシッコがしたくなった。すると、そこに小さなトイレ。公園に入ればあるのだが、外周にもあって清潔である。なるほど文化レベルの高い地域である。私の住んでいる多摩市では、そんなことは少ない。歩いていてオシッコがしたくなると、たいがい銅像や記念碑がある。




護国院大黒天

 上野公園の北西はずれに護国院大黒天。本堂。




 その説明文。




 本堂の額。




 楽堂。つまり神楽殿。




 本殿内にある千手観音。




 同じく、弁財天。頭の上に、鳥居があるみたい。

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寛永寺

 東叡山寛永寺の南側にある山門。本堂の正面に当たる。




 少し先に、東側にある山門。自動車が出入りする。左(北)側に、幼稚園がある。




 本堂(根本中堂)。




 本堂の額。




 本堂の解説文。




 了翁禅師。




 その説明文。




 慈海僧上の墓。




 その説明文。




 鐘楼。




浄名院(八万四千体地蔵)

 東叡山浄名院。寛永寺と山号が同じである。その門。




 本堂。




 本堂の内陣。




 寺の縁起。




 地蔵堂。




 江戸六地蔵の一つ。




 お顔のアップ。




 「江戸六地蔵」の説明文。




 「八万四千体地蔵」の説明文。八万四千という数は、「八百万」つまり「やおよろず」と関係があるのだろうか。




 「八万四千体地蔵」の眺め一。




 眺め二。




 眺め三。




 眺め四。欠けた地蔵も多い。




 現在は整備中である。番号を控えて、仮に置いてある。




上野公園北部

 下の写真は、上野駅と鶯谷駅の中間にある両大師橋という鉄道の跨線橋を渡ったところにある輪王寺の両大師堂です。でも、両大師が誰と誰であるかは忘れた。




 そして、その隣が国立博物館。「レオナルド・ダ・ヴィンチ−−天才の実像」という出し物をやっていたが、私は興味や関心がないので入りません。そういえば、昭和49年(1974年)に「ミロのヴィーナス」(ジョコンダ婦人像)が来たときも、とうとう行きませんでした。
 反対側にある東京都美術館は「ロシア絵画の真髄」というのですが、それも見たいとは思わなかったので、前を通り過ぎただけでした。
 おそらく、国立と都のどちらもが無料でも、私は入らないでしょう。




 さらに行くと、法隆寺宝物館があります。その実際の入り口が、下にある旧・因州池田屋敷表門に当たります。しかし、実際には横のほうから入るようになっているようです。この古い門は、閉ざしたまま。




 下の建物は、明治時代から有名な「奏楽堂」です。しかし、それも道の反対側にある東京芸大の中に新しく大きく建て直されました。現在は、小さい催し物などに使っているようですよ。




 奏楽堂をズームアップしてみると。落ち着いた雰囲気と色調。




上野東照宮

 動物園の入り口を過ぎて、しばらく行くと上野東照宮です。その入口の門は、あまり大きくありません。




 左で、おばさんの見ている案内板。ただし、下の英文の部分はカット。




 下は門を入ったところの参道で、両側に燈籠(とうろう)が並んでいます。




 下の写真は、東照宮の本殿です。燈籠は、ここで終わっています。
 向かって右側に「長崎・広島原爆の火」というのがあって、灯火が燃やされていました。




 いちおう、下のような故事来歴が掲げられていたので、示しておきましょう。
 吉宗というと、私は、どうしても松平健という人を思い出します。「暴れん坊将軍」です。しかし、慶喜(よしのぶ)というのは、どんな人か存じ上げません。




 美しい形の五十の塔ですが、木の緑に覆われていて、全体を写せませんでした。
 でも、感じは何となくおわかりでしょう。物の一部を隠すのが高度な「芸術」の方法ではないでしょうか。ストリップなどでも、すべてをべろんと見せてしまったら、もはやエロ・グロ・ナンセンスの範疇であって、芸術の域ではないのかもしれません。




 本殿の横の売店で、「東照神君徳川家康公御直筆写」という巻いて箱に入った一枚の紙を求めました。そこには、次のようにあります。
 <人の一生は重荷を負って遠き道を行くが如し、いそぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。心にのぞみおこらば困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基。怒は敵と思え。勝つことばかり知って負くる事を知らざれば、害、その身に至る。己を責めて人を責むるな。及ばざるは過ぎたるより勝れり。慶長八年正月十五日 家康>


上野動物園



東京国立博物館



入谷鬼子母神(真源寺)

 法華宗真源寺。「おそれいりやのきしぼじん」などと言う。その門。




 説明文。




 本堂。




 境内の右手にある福禄寿。




 お姿をアップ。




Kuroda Kouta (2007.10.29/2012.01.01)