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  多摩センター駅周辺



はじめに
多摩センター駅 場所
豊ヶ丘の賃貸住宅
駅付近の道路と建物・ベネッセ
中和田天神
帝京大学
最照寺
大塚八幡神社
フェステ
八幡神社
馬場跡
清鏡寺(大塚観音堂)
天然温泉(スタンド)
恵泉女学園
多摩南野ゴルフ
奥州古道(中尾道)
一本杉公園
動物ねむりの里
福祉センターから戻る
武蔵野音大楽器博物館
厚生年金会館とパルテノン裏
旧富沢宅公園
ライブセンター(草花)
白山神社・多摩大美術館
埋蔵文化財センター(土器)
サンリオピューロランド
極楽湯
ヨ5101のある家
前の住宅公社
多摩市博物館(パルテノン多摩内)
中沢池公園


はじめに

 多摩センター駅周辺のメモです。今後とも、追加・補足をしていきたいと考えています。


多摩センター駅 場所

 駅南口の地上階に、バスターミナルがあります。西側から東側を見たところで、突き当たりはスーパー千歳屋。聖蹟桜ヶ丘駅行きは、その前から左側(北)まで、数路線が出ています。




 下の写真は、多摩モノレールの駅です。南に向かっての終点ですから、ここからはレールがありません。そこに止まっている黄色い車両は、路線をメンテナンスする工事用の車両でしょう。




豊ヶ丘の賃貸住宅

 2013年9月17日、聖蹟桜ヶ丘のビュータワーから、下記に引っ越しをする。
 206−0031 東京都多摩市豊ヶ丘1−40−2−505
 この住宅は、豊ヶ丘北公園と地続きで、公園の地番(豊ヶ丘1−40)の中に、住宅がある。

 ついでながら、携帯電話は 080−4106−1939
 なお、豊ヶ丘の住宅は「永山駅周辺」でなく「多摩センター駅周辺」とする。

 妻が取ってきて、植木鉢に植えたオオイヌノフグリが咲いた。




 なお、デジカメの写真も、そのままの大きさで張り付けることにした。ちょっと大き目だが、縮尺をする面倒がないし、解りやすい。ヤフー・プロバイダーのエリアが大きくなったことで、可能になったことでもある。




 ついでに、ベランダから右下(西方向)。




 左下(東方向)。




 妻の平常の姿。




駅付近の道路と建物・ベネッセ

 駅から北に向かう道路。上り坂になっている。突き当たりはパルテノン多摩。




 下は、丘の上プラザです。イトーヨーカ堂などが入っています。




 上の建物の斜め向かいにある三越デパートの前にあるライオン。




 駅の南西に、朝日生命のビルがあります。




 駅の南東にあるベネッセのビルは、超高層で遠くから見えます。




 駅から少し行って、右折して郵便局(本局)のところからみた南北に走る道路です。ずっと行くと、尾根幹線に交差をします。左側にある青いシートは、新しくできる建物の基礎を作っているところです。左手が、中央公園になっています。




中和田天神

 「中和田天神」バス停を降りると、その前にあります。鳥居の額には、「天満宮」。由緒には、「中和田天満宮」とあります。バス停には、聖蹟桜ヶ丘駅行き。




 入り口。梅が満開です。(2010年2月23日、火曜日)




 右側(東)には、中和田天神倶楽部。




 鳥居。




 鳥居の額。




 由緒が建っていました。




 二重の屋根が付いた本殿。




 本殿のアップ。




 神社の右側(東)にあった湧水。




 中和田天神のすぐ近くに見事な枝垂桜(しだれざくら)があったので、ここに「おまけ」。




帝京大学

 野猿街道にある帝京大学の東門。




 入り口が、たくさんあるみたい。




 正門。




 通用門。




最照寺

 真言宗智山派八幡山最照寺。野猿街道に切り取られたような感じ。




 右(西側)の坂道を北側へ回ると山門。




 本堂。




 本堂の額。




 六地蔵があった。右手裏(東南)に見える屋根は、大塚八幡神社。




大塚八幡神社

 南側の入り口。




 本殿。




 神楽殿。




 山車(だし)庫。




フェステ

 グーグルの地図には、「ホテル野猿」となっているが、実際に行って見ると。




 そして、その入り口には……。私は、フェステからフェステバル、そしてモッザーニ(L.Mozzani)を思い出した。「ラリアーネ祭」(フェステ・ラリアーネ)というギター曲があるからです。イタリアのギタリスト兼作曲家、ヴァイオリンまで作った人らしい。




八幡神社

 地図によると、下記の場所です。しかし、個人のお宅の塀の中で、参拝ができません。




 付近は宅地開発が、急激に進んでいます。ちょっと離れたところから。




 神社がある別の宅も、付近にありました。




馬場跡

 馬場跡の石碑があった。




 その隣りに祠。




清鏡寺(大塚観音堂)

 曹洞宗清鏡寺・大塚観音堂(十一面観音、御手(おて)の観音)の入り口。




 前半の階段。




 階段の上には、山門でなく手水(ちょうず)だった。




 手水小屋のよこには、きれいな簡易トイレがあった。




 右手(南)には、かなり大きな堂宇。




 不動の滝。




 後半の階段。




 本堂。後ろに見える建物は帝京大学。




 本堂の庇飾り。




 小さい池。




 境内には、釜があった。何に使うのであろうか。




天然温泉(スタンド)

 かつて、ボーリングをしていたときに用いた塔があった。




 その横(北側)には、タンクなどの設備類。右の電柱には、「塩釜温泉 観音の湯」とある。




 スタンドと書いてある。もしかしたら、源泉を販売するのかもしれない。




 すこし南に、小さな小屋があった。表札には、「天然塩釜温泉 組合家族風呂」。左の柱には、経文が筆で書かれているようだ。




恵泉女学園

 尾根幹線に面して、恵泉女学園大学・大学院がある。




多摩南野ゴルフ

 尾根幹線の多摩南野交差点を南に200メートル。多摩南野ゴルフと言っても、打ちっぱなしの小さな練習場。その東側の道路に回ってみる。かつて、この辺りは谷間(たにあい)になっていて、新築の家がものすごく高いところに建っていたのを覚えている。




 しかし、多摩南野ゴルフの駐車場内に小さな神社があった。




奥州古道(中尾道)

 多摩南野ゴルフの東側の道のさらに上、細い古道が残されている。




 その説明文。




 その古道の東側は、開発をされて大企業の運動場になろうとしている。




一本杉公園

 よく整備されている野球場。




 管理事務所。




 スダジイに関する説明文。




 内部の地図。




 公園内の眺め(一)




 公園内の眺め(二)




公園内の眺め(三)




公園内の眺め(四)




動物ねむりの里

 一本杉公園の西側、小野路集会所から管理事務所に行こうとすると、「動物ねむりの里」とう案内板があった。実際には、「町田市小野路5330−3」である。多摩市内にある案内板。道向こうが、一本杉公園。




 手前に戻ると、道の右側に石仏。




 続いて墓。しかし、寺院はない。




 その隣には、小さな南野公園。




 さらに行くと、木漏れ日の道が100メートルほど続く。そこで、町田市になる。




 すぐに、右側に動物ねむりの里。




 合同供養碑 ねむりの塔。




 上にまします観音さま。

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 龍に乗った観音さま。魚籃観音の一種であろうか。

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 そのお顔。




 お足元のアップ。




 梟(ふくろう)の像。




 入り口から内部を除くと。入り口の右側にいる犬は置物。




 この日、帰りは「豊ヶ丘六丁目」バス停から聖蹟桜ヶ丘駅行きバスで帰った。黄色くなった部分と赤くなった部分があって、美しい紅葉である。(2010年11月11日、木曜日)




福祉センターから戻る

 2007年6月29日、金曜日。梅雨の間の曇天で、まったく青空がなかったが多摩センター駅周辺を散策した。まず、多摩センターまで行った経路を説明しておきましょう。
 聖蹟桜ヶ丘駅10時発の福祉センター行きの送迎バスに乗る。無料です。いつもは観光用のデラックスバスであるが、なぜか路線バスの前部に垂れ幕と「福祉Bコース」という表示板を付けた車両になっている。後で運転手に聞いたら、排気ガスの都合で新車両ができるまでという。予算の節減ではなかったので、やれやれ。それでも、若いバスガールが乗っていた。聖蹟桜ヶ丘をスタートすると永山駅、多摩センター駅経由で40分ほどで到着。
 下の写真は福祉センターの偉容である。大型バスは、そのまま左側の茶色の部分に入って止まる。右の道路は、尾根幹線の下り車線。登りは20メートルほど離れて平行している。




 そこから多摩センター駅に向かって北に行く途中に、メタセコイヤ通りというのがある。




 牟礼にあったメタセコイヤ。浅川の林業試験所(現在は高尾の多摩森林科学園)でもらった。50センチメートルほどの苗木。
 鉛筆の大きさだったサボテンが、背の丈よりも大きくなった。そのサボテンは、かつて三分割した。一つは、ブーゲンビリアの片割れとともに、大岩さんの家に行った。
 しばらく行くと弦巻公園がある。




 桜並木が二列になっていて、満開のときは見事。中央は芝生のグリーンベルトになっていて、広々としている。上の写真は西の方向を見たところ。
 この道の東はずれにある何となく顔にも見えるコンクリート製の四阿(あずまや)。




 この地域は、すっかり開発されて、素晴らしい環境になっている。
 しかし、私は吉祥寺から相模原へ行くときに、車で何回もこの辺りを通り抜けた。現在の唐木田の辺りである。やはり、当時からすでに東京国際カントリークラブがあって、それを迂回するか、あるいは中を現在の多摩丘陵病院の辺りから斜めに入って大泉寺のほうに通り抜けたものだ。その道は、アサザ池の手前で道が崩落したために、すでに通れなくなってしまった。
 下の写真は、30年くらい前の光景だろうか。左(この写真の先方)に行けば、ゴルフ場であるという標識が出ていた。何回も通って、なつかしい道である。しかし、この場所はすでにない。




武蔵野音大楽器博物館

 この通りに面して、武蔵野音大パルナソスがある。そして、その中に楽器展示室。江古田キャンパスにある楽器博物館の分室らしい。




 弦楽器、つまりヴィオール族などのかなり古式なものがあった。




 ピアノハープ。宮殿で使っていた美術品的な楽器。装飾がしてある。




 三穴式の三本のファゴット(バズーン)。ヴィヴァルディの時代のものであり、三本の楽器の下には、それぞれ
    19c前    19c F.Wassinger作    1910年頃 Heckel作
    Wien     Austria           Germany
と書いた札が付いていた。




 音大の楽器展示室を出て多摩センターに向かう途中にヴァイオリン工房があった。




厚生年金会館とパルテノン裏

 厚生年金会館と言った時代には、よく利用をした。現在は、ウェルサンピア多摩というらしい。何でもわかりにくい英語風になっちゃうので、うんざり。




 パルテノンの裏。右に見えるのが福武書店の超高層のビル。これも今は、ヴェネッセアというらしい。何とも安っぽい名前ではあるが、多摩市にある超高層ビルは私の住んでいる聖蹟桜ヶ丘ビュータワーとこのビルだけ。今のところ。




 向うに写っている池を向うから見ると、……。




 下の写真は、パルテノン多摩の屋上の模様。浅い人工池もある。




 人工池の反対側(南)を見ると、それでも木々がいっぱい。




 人工池の流れの蹲い(つくばい)に書かれていた「吾ただ足るを知る」の文字。実際は文字の上の部分まで水が流れている。ちょっと写真ではわかりにくいかもしれないが。




 上と同じものを水がないときに写しました。


この「吾ただ足るを知る」(吾れただ足ることを知る)と同じものをときどき見かけます。例えば、
  東松原駅周辺
にある正法寺です。

 人工池の周辺を歩くカルガモの親子




旧富沢宅公園

 年金会館の裏手に旧富沢家がある。
 富沢さんは、私の大学同学部同科の先輩。卒論を指導いただいた野本尚志先生から紹介いただいて、生前は何回かお目にかかった。富沢政○というお名前だったが、○の部分は忘れてしまった。最初のときに、説明をしていただいたのだが、……
 長く市長をやっておられたが、最後は聖蹟記念館の工事で贈賄を問われて失脚をした。そして、その後しばらくして亡くなってしまった。




 美しい池がある。しかし、家を移築したときに公園として作ったものかもしれない。
 今日は、ギンヤンマはまだ飛んでいなかったが、シオカラトンボ赤トンボがいた。赤トンボは、アキアカネではなっく尾が真っ赤な種であった。




 反対側(上の写真の向こう側)から池と門を望むと。




 旧富沢宅の立派な門である。




 通りには、少し北よりに裏門もある。




 二枚上の写真の門の左側に見える説明版。なお、上の黒い部分に写っているのはデジカメをかまえていた私。




ライブセンター(草花)

 ライブセンターと言っても、小さな植物園。なかなか落ち着いた雰囲気なので、ときどき行く。




 バオバブの木があった。日本では気候の関係で大木にはならない。しかし何となく、根本のところが大岩さんの言った言葉を思い出す。




 温室内の通路。




 通路から本館、そして本館を出るとロッジがある。




 さらに行くと、水琴窟があった。やってみたら、とても涼しい音がする。




白山神社・多摩大美術館

 ニュータウンになった土地に白山神社があったので、ここに移転をしたとのこと。




 白山神社の裏門。




 なお、白山神社については、「多摩市の神社」にも記述があります。
 白山神社の北に、多摩美大の美術館がある。以前は、民間の美術館だったが採算がとれなかったので、どうやら美大に譲渡をしたらしい。




 近くに行って見ると。




埋蔵文化財センター(土器)

 多摩地区の土地整備をしたときに発掘した埋蔵物を保存展示してある。




 入口のアップ。




 原始時代の家屋の復元もあった。




 土器の中には、あどけない顔をしたものもある。




 何とか再現をした埴輪もあった。




 埋蔵文化財センター(土器)には多くの出土品が展示されているが、ここにも非常に興味深い土器などがある。私は下の「土偶」を見ていると、何となく心のノスタルジアを感じる。




 上の「土偶」の説明文。




 顔のデザインである「人面装飾付土器」があった。これも、なかなか興味深い。




 上の「人面装飾付土器」に関する説明。




サンリオピューロランド

 駅から南に歩き、イトーヨーカ堂の入っている丘の上プラザを左折して、突き当たりがサンリオピュアーランドです。




 その前に行って見ると。なかなか見事な建物です。




極楽湯

 よく行く温泉です。サンリオピュアーランドの南隣。




ヨ5101のある家

 貨車を住宅の一部にしている家があった。




 アップで見ると、何となく物置に使っているようにも見える。




 ワラ16687もあった。




 そのナンバー。




 旧式の信号機も添えてあった。




 同じ旧式の信号機。




前の住宅公社

 前に住んでいた高層住宅の見える青木葉交差点。




多摩市博物館(パルテノン多摩内)

 次の写真は、多摩センター駅から、緩い傾斜を上って向かったパルテノン多摩前面の偉容である。




 多摩市博物館は、「歴史ミュージアム」という名前に変わっていた。
 そこには、多摩ニュータウンができる前の状態や軍事施設の資料などがある。
 下記は、私がよく歩く戦車道路の説明。




中沢池公園

 駅の西に少し歩くと、中沢池公園がある。島田養育園を過ぎて、ゴルフ場の前といったほうがわかりやすいだろうか。公園を入ると小さい川の中州に四阿(あずまや)がある。
 ちょっと腰掛けて休んだのであるが、なかなか静かで落ち着いた雰囲気。




 さらに、緩やかな坂を上がっていくと時計台があって、菖蒲(しょうぶ)や蓮(はす)の畑がある。しかし、その季節でないので、下の写真のように雑草が一面に茂っていた。




 まだ、デジカメをもっていなかったのかもしれない。あるいは、写真がなくなってしまって(ノートパソコンのハードディスクを修理して)残念である。記憶としては、稚児化粧(ちごけしょう)という菖蒲(あやめ)は、白くふさふさとした大輪。2002年7月3日(水)に行ったときは、すでにほとんどの種類が咲ききって時期遅れであったが、稚児化粧だけは真っ盛りであった。
 古いタイプの水車小屋が復元されている。動力になる水は、川から直接に得るのではなく、樋(とい)を流れ落ちる本式のものである。




 公園のいちばん奥には中沢池がある。釣りを楽しむ人がちらほら。この日、銀ヤンマの回遊が見られた。さらに、連チャン(雌雄がつるんでつながっている)も見られた。めずらしいことである。




 公園の中を流れる小川。
 おそらく、乞田川の源流の一つかもしれない。残念ながら、島田養育園のところから暗渠(あんきょ)になっているので、どう流れているかが私にはわからない。



Kuroda Kouta (2007.06.29/2015.03.23)