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  高幡不動尊



はじめに
高幡不動尊の仁王門 場所
宝輪閣(お札所)
高幡不動尊の堂宇・境内
五重塔
休憩所
魚籃観音
定慧観音
文永の板碑
山門(知足庵門)
知足庵門の彫刻
五部権現社
大日堂
仏足・茶筅供養塔・水琴窟
観音
お鼻井戸・湧水・池
鐘楼堂
弁天池・自動車祈願所
高幡不動尊の裏山
新しくできた聖天堂と太子堂
山内八十八ヶ所巡拝
高幡不動尊の文学碑
高幡不動尊の植物
高幡不動尊の墓地(勝五郎の前生藤蔵の墓・墓地のエレベータ)
高幡不動尊の外周(金剛寺別院)


はじめに

 高幡不動駅から参道を歩いて、川崎街道をわたると高幡不動尊。大きな不動さまがおられるので、ふつう「高幡不動尊」と言います。正式には、「高幡山金剛寺」。四季を通じて、参拝者の多い古刹(こさつ)です。京王線「高幡不動」駅前の参道商店街。




 歩道には、ところどころに下のようなタイルが貼ってあります。




 季節によって、いろいろな催し。だるま市をしていることもあります。




 NHKの大河ドラマだったと思う。新撰組が流行(はや)った時期に、描(えが)かれた看板。上の写真の道路反対側の店が売っている「近藤センベイ」らしい。近藤勇の肖像である。




高幡不動尊の仁王門 場所

 堂々とした門です。ふつうの寺の山門に当たる場所にあるのですが、ずっと奥の大日堂の前に山門があるので、仁王門と言うそうです。




 川崎街道に面している仁王門。門から境内を見ると。




 左側のうん形仁王の右の柱。でん正の千社札の下に「陜右の人たち」札。陜右(せんゆう)は中国の僻地で、魚籃観音が教化におもむかれたところ。




 仁王門横にある境内の案内図。




 同じく年中行事。




宝輪閣(お札所)

 仁王門を入ると、右手に宝輪閣(お札を渡す所)。左は、護摩を焚く不動堂。




 「旗かけの松」。誰かが旗をかけたのであろう。




高幡不動尊の堂宇・境内

 高幡不動尊の「せいたか童子」と「こんがら童子」。実際には、不動尊の左右にいる「脇侍」です。

 「脇侍」は、「脇士」「夾侍」「挟侍」などとも書いて、「きょうじ」「わきじ」とも言い、「脇立」(わきだち)と書くこともあります。本尊の左右に控えている、少し小さな仏像です。阿弥陀如来には、観音菩薩と勢至菩薩、釈迦如来には文殊菩薩と普賢菩薩のことが多い。
 私の知っている範囲で、せいたか童子とこんがら童子が脇侍になっているところは、
  高井戸駅周辺
にある吉祥院(遍照寺)くらい。
 また、せいたか童子とこんがら童子たちが不動明王の眷属として「八大童子」になって守るのが、
  目黒不動尊(泰叡山瀧泉寺)
に、また不動明王とともに「八大童子」が釈尊を守護している像が、
  北野駅周辺
の天龍寺にあった。




 高幡不動尊の不動尊像、いわゆるご本尊のお姿です。




 下は、高幡不動の本殿です。左奥に見える赤い建物が宝殿。




 右側の宝殿には、修理を終えた不動尊が二柱の童子とともに鎮座ましましています。山門から奥の院へ向かういわばメインストリートになっています。




五重塔

 メインストリート左側の石垣の中を下ると、そこは休憩所になっていて、その上に五重塔が建っています。この日は境内がガランとしていますが、初詣などには歩けないくらいの人が出ます。



 当然のことながら、五重塔の屋根は五枚あり、それぞれの角は四ヶ所。よく見ると、その二十ヵ所に何かがぶら下がっている。それは「風鐸」(ふうたく)であると、渡邊五郎師から教えていただいた。大きな風鈴(ふうりん)であるから、強い風が吹かないと鳴らない。魔除けの効果があるということらしい。
 風鈴も、一種の魔除けである。医療が進んでいなかった貧しい時代には、風鈴の音(ね)によって心が癒された。とくに、夏の暑い時期に野良仕事をして疲労困憊すると、病気になりやすい。そこで、風鈴の音が心を癒してリフレッシュしてくれた。活気を取り戻す、そんな意味もある。
 五重塔の額には、「金剛浮図」と書いてあることも、師から学んだ。「浮図」(ふと)は「仏陀」と同様に、「ブッダ」の古い当て字。




 一階部分にまします本尊。タイ国の観世音菩薩さまです。




 右側の胎蔵曼荼羅。




 左側の金剛界曼荼羅。




 後ろ、つまり南西側の山内八十八ヶ所巡拝のコースから見た五重塔。西隣りでは、新しい大師堂を建設中。セメントの基礎ができたところ。




休憩所

 この五重塔の地下には、休憩所。そしてそこには、千体仏があります。また、下のような釈迦三尊像ですが、その背後には金色の小さな仏さまが、たくさん在(ましま)す。私は、金剛般若経に書かれているように、私たちの「毛穴の中にさえも、仏さまが無数にいる」というくだりを思い出すのです。




 五重塔の下が、広々とした休憩所になっています。そこは、お茶のセルフサービスなどもあって落ち着いた感じです。また、釈尊の生涯レリーフなどもあるので、私はいつもそこでしばらく休みます。素敵な観音さまもおられて、くつろげる感じのところだからです。




 本尊のミニアチュアもありました。




 そして、おっかない本来の大黒もいました。古い時代のもので、米俵ではなく荷葉(かよう)に乗っておいでです。




 弁財天です。




 お姿を大きくしてみると、お頭(つむ)の上に鳥居があるのがわかるでしょう。




 これは、等身大の弘法大師像です。




 弘法大師の部屋には、五大明王の彫刻があります。軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)は、南方に配され、一面に三目八臂(はっぴ)で武器を持っている。




 大威徳明王(だいいとくみょうおう)は、西方を守護して毒蛇や悪竜などを征服する。頭・腕・脚が六つずつあり、剣・鋒・輪・杵(しょ)を持っている。




 金剛夜叉明王(こんごうやしゃみょうおう)は、北方を守護し、悪魔を降伏させる。三面六臂で、中心の面は五眼である。火炎を背負っている。杵・箭(せん)・剣・弓などを持っている。




 降三世明王(ごうざんぜみょうおう)は、東方に位して、三世にわたる三毒を降伏させる。ふつう三眼で、四面八臂で火炎を背に負い、大自在天と烏摩妃(うまひ)を踏みつけている。




魚籃観音

 休憩所の横というか、五重塔に行く階段横の植込みの中に小さい魚籃観音がまします。




 横からお姿を拝見すると、魚に乗っておられるのがわかるでしょう。




 魚籃観音のご詠歌が、稲田堤駅・京王稲田堤駅周辺にある福昌寺本堂の柱にありました。
 「まよふみ」は「迷う身」、「ぎょらん」は「魚籃」のことでしょう。もともと「魚籃」は「魚を入れる篭(かご)、つまり魚篭(びく)のことですが、ここでは三十三観音の一つである「魚籃観音」を意味します。そのお姿は、手に魚の入ったか篭を持っていたり、大きな魚に乗っていたりなされます。魚籃観音は、悪鬼や羅刹(らせつ)などの害を除いてくださいます。また、「みみょう」は「美妙」のことで、言葉で言えないほどに美しいことです。と、私は考えるのですが。もしかしたら、間違っているかもしれません。





 正面には回れない写真の撮りにくい位置におられますが、前斜めアップを一枚。




 お後ろも。




定慧観音

 山門から奥の院に行くメインストリートの左側には、「定慧観音」(じょうえかんのん)が在(ましま)す。実に堂々としておられ、ふつうの人の背丈よりもかなり大きなお姿です。

 境内の案内地図には「大観音」となっています。三十三観音の中にも、ましまさない珍しいお名前の観音さまです。「三学」つまり「戒・定・慧」(かいじょうえ)の後の二文字に由来するようです。左手には、蓮華をお持ちです。そのようなことを後日、渡邊五郎師から教えていただきました。




 もっと右横から。




 左横から。




 少しアングルを変えて、大きくしてみました。




文永の板碑

 文永の板碑がありました。文永八年(1271年)。




山門(知足庵門)

 大日堂の右手には、「知足庵」という茶室もあります。山門の右柱には、「茶室 知足庵」。




 左柱には、「鳴り龍 拝観」。




 そして、額には「十善花開処」と書いてあります。慈雲尊者の言葉で、海軍大将伊藤祐享(いとうすけゆき=後の元帥)が書いたものです。




 山門の上には、「竜に乗った仙人」などの彫刻がありました。




知足庵門の彫刻



五部権現社

 二重に囲まれた五部権現社殿。




 その説明文。




大日堂

 大日堂は、いわゆる本堂です。




 近づいてみると、落ち着いた感じで「奥の院」のようでもあります。




 大日堂の額には、「金剛」と書いてあります。




 右側の入り口には、「菊のご紋」が付いています。




仏足・茶筅供養塔・水琴窟

 仏足石があった。非常に大きく、ジャイアント馬場よりもでかい。




 茶筅(ちゃせん)の供養塔。




 水琴窟。




観音

 大日堂の左手から墓地へ入る道の左側に観音さまがおられます。しかし、観音さまのお名前が表示してありません。




お鼻井戸・湧水・池

 お鼻井戸。




 その説明立て札。




 湧水がある。




 水が貯まって、小さい池になる。水は、あまり濁っていない。




鐘楼堂

 通行禁止になっている上り口。急階段なので危険。




 左側に立っている立て札。




 そこで、山内八十八ヶ所巡拝のコースから。




 後ろの正面から。撞木が下がっているのがわかる。




弁天池・自動車祈願所

 山門の右手にある弁天池。小さいながらも水鉢に植えた紅・黄色・白の蓮が、見事に咲きます。もっとも、黄色は睡蓮(すいれん)のようですが。




 弁天池よりも外側、つまり川崎街道から入ったところに「交通安全祈願殿」があります。この堂宇の前で、神主さんが自動車にお祓いをするのです。もしかしたら、神主さんでなくお坊さんかも?




 交通安全祈願殿の額。「降魔殿」(ごうまでん)と書いてあるみたい。




 交通安全祈願殿の内陣。




 弁天池の手前には、土方歳三の碑。




高幡不動尊の裏山

 南側の裏山には、「山内八十八ヶ所巡拝」があります。下の写真は、その第一番、第二番、そして第三番です。




 下の写真はその最後の第八十八番目。そこだけが建物になっていて、弘法大師がおられます。




 その第八十八番目の建物の内部が、下の写真。「心なき言葉は人を苦しめる。心よりの言葉は人を救う」と書いてあるのが、おわかりでしょうか?




 第八十八番目は、新しく建て替えられるようです。そのための仮小屋が建てられました。(2010年3月29日)




 仮八十八番の中。




 仮八十八番の外。




 仮八十八番の裏。




 裏山は、入り口が五重塔の横から入るのですが、「西国八十八ヶ所巡り」にとどまらずハイキングコースにもなっています。




 その入り口には、下のような標識があって、地図も設けられていました。




 標識には「東京都立 多磨丘陵自然公園」とあり、その範囲は下の「かたらいの路」のようになっています。つまり、多摩動物公園の外側を通って多摩テック、平山城址公園そして長沼公園を経由しています。部分的には何回も行きましたが、とてもよいコースです。とくに、東京薬科大学の中には平山城址公園から柵越えで入れるので、そのことを帰りに門のところで守衛さんに言えば問題がありません。少なくとも、今までの私の場合には。




新しくできた聖天堂と太子堂

 2011年に五重塔の裏側に聖天堂と太子堂ができました。とても似た構造の建物です。
 聖天堂は、しまっていました。




 その額。




 太子堂。




 その額。




 太子堂は、内部に入って参拝できます。




山内八十八ヶ所巡拝



高幡不動尊の文学碑



高幡不動尊の植物



高幡不動尊の墓地(勝五郎の前生藤蔵の墓・墓地のエレベータ)



高幡不動尊の外周(金剛寺別院)



Kuroda Kouta (2006.03.10/2011.11.26)