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  高幡不動尊の墓地



はじめに
墓地
カタコンブ、望ましい墓地、大涅槃像。
勝五郎の前生藤蔵の墓
墓地のエレベータ
別旅墓地


はじめに

 寺だから、かなりの墓地があります。現在の墓地中央から、北を眺めたところ。




 同じく、南を。




墓地

 今までの墓地を増やそうとしているようです。南の端は行止まりになっているので、一段と高いところの分譲を始めています。そのために、エレベータを設置したようです。曙橋駅周辺の東長寺にあるエレベータと比べると、かなりイメージが異なっています。
 むろん、大きな仏像や観音像を作ると住宅街からも見えてしまいます。そこで、大きな涅槃像(寝釈迦)などを作って、共同墓地にしたらどうでしょうか。高尾駅周辺にある高乗寺は、見事に解決しています。今までの方法で分譲をしていたら、いくら広い土地でも足りないからです。高乗寺の大仏・大観音をご覧ください。
 これからの社会構造や家庭崩壊などを考えると、低価格の永代供養が望ましいでしょう。
 下記の「吉祥寺の集合墓地」の僧による読経(どきょう)を参考にしてください。「また、共同墓地のようなところがあって、たまたま僧侶が定時読経(どきょう)をしていた。」というところです。私は、何とも清々しく感じました。



 本郷通り(吉祥寺・六義園・旧古川庭園・飛鳥山公園)


カタコンブ、望ましい墓地、大涅槃像。



勝五郎の前生藤蔵の墓

 程久保小僧の勝五郎、その前生という人の墓。その案内板が、新しく建てられた。もしかしたら、墓の分譲を始めた時期と、前後しているのかもしれない。




 説明文。




 実際の墓。




墓地のエレベータ

 墓地の奥のいちだんと高いところに、さらに墓地を分譲するためにエレベータが作られたみたい。おそらく、高齢者や車椅子の人のための近道であろう。エレベータというよりも、何となく工事現場の運搬機のような外観。




別旅墓地

 高幡不動駅の北口を出たところに、小さい墓地があります。住宅地の中で、若宮愛宕神社の裏と言ったらよいでしょうか。近くに正専寺がありますが、その寺の墓地ではありません。




 表札が出ているので、見ると高幡不動尊の墓地です。番地が「日野市大字高幡字別旅」となっています。現在は、地番変更がなされて「別旅」という地名はありません。私は、何となくこの地名が墓にふさわしいように思いました。
 なお、ついでながら少し行ったところには、かつて「土方」という姓の家が数件しかなかったと言います。つまり、その周辺には土方家一族以外には、誰も住んでいなかったのです。




 後日(2011年9月)に、渡邊五郎師からいただいた『江戸名所圖繪』(繪には糸偏がない)コピー2ページ分(408~411ページ)には、次のような記述があった。
 <別旅明神(わかたびみょうじん) 金剛寺より三町ばかり東の方(かた)、別旅邑(わかたびむら)にありて、此地(このち)の産土神(うぶすな)とす。則ち金剛寺奉祀(ほうし)の宮社たり。傳へ云ふ、金剛寺の本尊不動明王の脇士(きょうじ)二童子を彫刻せし異僧、その像を造り終る後、立去らんとす。近里の道俗(どうぞく)喜悦のあまり、其後(そのあと)に従ひて此地まで来(きた)りけるに、件の異僧は忽(たちまち)にみえずなりぬ。貴賤奇異とし、此地に一社を建立(こんりゅう)し、別旅明神と称す。地名も又別旅邑といふとぞ。>


Kuroda Kouta (2010.04.13/2011.09.07)