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  芦花公園駅周辺



○はじめに
○芦花公園駅 場所
○世田谷区立武蔵丘小学校
○烏山福祉作業所
○芦花公園駅前郵便局と世田谷給田郵便局
○公団住宅
○北口の公団住宅
○ロカとウテナ
○正一位稲荷大神
○長泉寺
○医王寺
○念仏堂・薬師堂
○烏山神社
○世田谷文学館
○永井荷風のシンプルライフ
○蘆花恒春園
○八幡神社
○蘆花恒春園の木々(木の変容)
○環八通り
○世田谷美術館
○砧公園
○砧公園から用賀駅(上用賀遊歩道)


○はじめに

 芦花公園は、徳冨蘆花を記念して作られた公園です。徳冨蘆花(とくとみろか 1868〜1927)は、本名を徳富健次郎と言い、小説家でした。小説「不如帰」や随筆「自然と人生」を発表。トルストイに心酔して、晩年はキリスト者としての求道的生涯を送ったそうです。


○芦花公園駅 場所

 特急も急行も停まらない駅です。南口は、駅前で再開発中。電車の右手(東)が新宿方向。




 ちょっと遠くから見ると。再開発中であることが、おわかりでしょう。




○世田谷区立武蔵丘小学校

 現在では珍しくなってしまった畑の中にある小学校。杉並区との境にあるためであろうか、かなり大きな文字で「世田谷区立武蔵丘小学校」と書いてある。




○烏山福祉作業所

 袋小路になったような位置ではあるが、美しい建物。




 その内部を覗いても、梁の部分がアーチになったりしていて何とも素晴らしい。費用もかかったことであろう。




○芦花公園駅前郵便局と「世田谷給田郵便局(比較参考用)」

 昔から郵便局には、立派な建物が多い。ここもそうである。二階にもマークがあるので、おそらく自社ビル?ではなかろうか。




 ついでながら、旧甲州街道沿いにあると「世田谷給田郵便局(比較参考用)」。本来ならば、「千歳烏山駅周辺」か「仙川駅周辺」に記さねばならない郵便局であるが、ここに入れてしまった。この建物も、なかなか立派。やはり、もしかしたら建物全体が郵便局のものかもしれない。何となく。




○公団住宅

 駅北口前にあった五階建ての公団住宅は、すっかり建て替えられて景色まで変わってしまった。




 右は、芦花公園駅。散歩道が、広々とした空間を作っている。




 高い木の向こうが、芦花公園駅のホーム。




 ちゃんと保育園もある。「世田谷区立保育園」。上は、住宅になっている。




○北口の公団住宅

 駅の北口にも、公団住宅がある。現在は、すべて空家。建て替え中である。中にブルトーザが入って、水を撒きながら破壊中であった。




 塀に貼ってある「建築計画のお知らせ」。




○ロカとウテナ

 「ロカ」というと、まず私は新約聖書に出てくるルカを思い出す。聖路加病院の「ロカ」である。そして、ウテナというと、「蓮の台」の台(うてな)を連想する。つまり、お釈迦さまが乗っている台(だい)である。駅の北側に、「グリーンヴィラ・ロカ」というマンションがあった。でも、「ロカ」が蘆花だとは、うかつにもしばらくは気付かなかった。




 これは、駅の南側。漢字で「芦花公園」。したがって、わかりやすい。しかし、前にある「ブリッサ」が何を意味しているのであろうか。




 とどのつまり、私には下のような看板がわかりやすい。でも、午前中で休業中。




 下の写真の真ん中にある表札は、ウテナ本社。左側の路地を入ったところ。右側の建物と奥のマンションは関係がない。




 上の写真の左側の小道を入ると、すぐ左手にふつうのマンション。その入り口には、「株式会社ウテナ本社」とある。




 つまり、道に面してのマンション。そのマンションと歩道との間には、池が設(しつら)えてある。私たちは、左側の小石が敷き詰めた歩道を歩く。




 そして、池には見事な鯉(こい)。よく子どもたちが捕ったり、いたずらをしないものだ。もしかしたら、守衛が見張っているのかもしれない。




 左側の門は、ウテナの会長の家だそうだ。表札を見たが「ウテナ」でも「台」でもなく、平凡などこにでもある姓名だった。どうやら「ウテナ」は、社名らしい。右のモダンな建物は、世田谷文学館。




○正一位稲荷大神

 芦花公園駅北口から、北に少し歩くと甲州街道。そこに、正一位稲荷大神があった。「大神」であって、「大明神」ではない。山谷運送さんの本社営業所車庫の敷地内にあるので、もしかしたら自家用のものかもしれない。しかし、何となく鳥居なども手作りのようで、とくに私の関心を引いた。色合いも、後ろにあるコーラの自動販売機などよりも、むしろあでやかである。




○長泉寺

 石柱には、「曹洞禅宗萬年山長泉寺」。芦花公園駅の北東100メートルくらい。甲州街道の手前、旧道に面してあります。建築計画中である表示と故事来歴の書いた立て札、そして合掌という標語がありました。




 寺の故事来歴。




 標語。




 本堂は、もはや使われていないようです。




 参道をまっすぐに入ったところの仮堂。




 古い梅の木ですが、それでも満開。




○医王寺

 石柱には、「真言宗智山派医王寺」。しかし、正式には「明星山遍照山医王寺」。




 医王寺の故事来歴。




 本堂。




 本堂の額。




 本堂の内陣。




 墓地の入口にあった六地蔵。




○念仏堂・薬師堂

 世田谷区南烏山二丁目にある念仏堂・薬師堂。




 内陣の仏さま。




 上の写真の右側に。




 境内にある寝釈迦。




 入り口右側に並ぶ馬頭碑など。




○烏山神社

 念仏堂・薬師堂の南100メートルにあります。




 鳥居に取り付ける額ですが、落っこちる危険があるのでしょう。下に置いてありました。




 堂々として、落ち着きのある本殿です。




 本殿に掲げられた額。縦に三文字ずつ、二行に「白山宮御嶽宮」とあります。「御嶽宮」は、合祀される前の名称。




 教育委員会の烏山神社由来。




 社務所の烏山神社由緒など。教育委員会のものより詳しい記述がしてある。




○世田谷文学館

 芦花公園駅から南に400メートルほどで、世田谷文学館。入り口は左手に古風な民家があって、近代的な建物と調和がとれている。文学館には、折々の企画があって興味深い。きょう(2008年3月2日、日曜日)は、永井荷風をしていた。




 入り口のところから、民家の蔵を見る。




 中のロビーから、ガラス越しに民家の庭を見る。




○永井荷風のシンプルライフ

 まず、「荷風スタイルに学ぶ」という張り紙。




 当日の入場券。




 永井荷風の食事道具。




 永井荷風の食事スタイル。




○蘆花恒春園

 徳冨蘆花を記念する小さい公園です。その中にある「蘆花記念館」。




 『みみずのたはごと』にある「恒春園の名の起り」の立て札。




 蘆花恒春園の説明。




 蘆花恒春園の全体図。ただし、北を上にした。




 母屋。




 茅屋(ぼうおく)。購入時には、かなり荒れていたみたい。




 蘆花恒春園の南端から木の間ごしに西を見ると、ガスタンクが二つ。




 同じく、蘆花恒春園の南端から木の間ごしに東を見ると、ゴミ焼却場の煙突。




○八幡神社

 蘆花恒春園の北端に八幡神社がある。




 後ろに奥の院を控えた本殿を斜め(南東)から写す。




 本殿の額。




 八幡神社のいわれ。




○蘆花恒春園の木々(木の変容)

 この公園にあった木々。八幡神社の入り口にあった枯れ木。そのまま帽子を被(かぶ)せて、スカート状の台を付けたらしい。おそらく、ご神木であったのだろう。




 やはり、八幡神社にあった根の多い木。




 何らかの事情でだいぶ上まで土を盛られ、そして数年後にふたたび土を除かれた木々。つまり、地面の高さが前に戻ったのだろう。その間に、幹から根が出たみたい。




 根の部分が、丸くなってしまった木。




○環八通り

 環八側の蘆花恒春園入り口。南端にある。




 同じく、そこを歩道橋上から見たところ。




 その歩道橋から北を見る。つまり、八幡山駅・高井戸駅方向の眺め。




 その歩道橋から南を見る。つまり、砧公園方面。




○世田谷美術館

 蘆花恒春園から砧公園までは、歩くとしんどい。環八通りに沿って、2キロメートル以上もあるからだ。




 芝生にあった私には何が何だかわからない造形。




 この女性の像は、見事なプロポーションだと思う。




 この男性についても然り。




 ついでに、オチンチンの部分をアップ。




○砧公園

 環八通りに面した入り口のドルメン。




 奥のほうに紅白の梅があった。




 公園の北に接してある世田谷清掃工場。




 歩道橋から北を見る。午後になって曇ってきたみたい。




 歩道橋から南を見る。夕方近くなって、陽射しが弱い。




 環八通りの西側に砧公園がある。




○砧公園から用賀駅(上用賀遊歩道)

 東京都世田谷区の砧公園から東急田園都市線用賀駅まで、「上用賀遊歩道」を通って歩いてみました。途中に石でできた玉座がありました。




 おそらく、かつては水路だったのでしょう。そのような造作がなされています。




 住宅街の道路にも、水路が生かされています。




Kuroda Kouta (2008.03.02/2010.03.06)