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  武蔵境駅周辺



はじめに
武蔵境駅
駅周辺
獣医大
杵築大社


はじめに

 武蔵境駅には、かつて南口がありませんでした。
 その南口一帯は、同級生だった高橋もっちゃん(高橋元久さん)のお父さんの畑だった。私が小学生だったころは、まだ南口がなく、一面が農地だった。おそらく、商店街や宅地になる前に、もっちゃんが相続をしたのだろう。
 武蔵境の西武是政線の先には、C11が停まっていることが多かった。まだ、多摩川から砂利を採取していた時代で、貨車の牽引や移動に使っていたみたい。


武蔵境駅

 高架になって、西武是政線のホームがJRから独立しました。
 かつて、この下辺りには砂利運搬などの貨物用C11が待機していました。




 先頭車両です。湘南電車などでかつて流行をした二面窓の面影がいまだに残っています。




駅周辺

 駅前通には、いまだに昔の面影が残っています。
 この道を木炭自動車の関東バスが進入してきた時代があります。




 大岩さんとだべったロイヤルホストのあるビル。2階の明るい部分がそうです。




 交番の裏辺りに日通があって、貨車が数両置いてありました。
 道の向こうのビルが建っているところに小さな自転車屋があって、ダメになったベアリングをもらいました。銀ヤンマを捕るしかけを作るためです。
 うんと向こうにバス、が踏切を右折しようとしています。
 戦後間もなく、まだGHQがいたころには、なぜか東京駅と武蔵境駅の間に大型トレーラーバスの路線ができました。そのころも、その踏切を右折していました。大きかったので、大変だったようです。




獣医大

 獣医大、日本獣医畜産大などと言いました。写真の看板には、「日本獣医生命科学大学」と書いてあります。




 小学生のころに、秋の文化祭を見学に行ったことがあります。
 そこには、馬が解剖されて真っ二つに切られ、水槽の中に展示されていました。今でも、それは強烈なインパクトで記憶に残っています。


杵築大社

 まだ子どものころに、よく遊んだ懐かしい場所です。本殿は改築されていますが、昔のまま。




 小さな富士山があるので、よく登りました。
 やはり、当時は信仰の対象になっていたのでしょう。




 登り口の前にある池。上の標識は、下の写真で左端にちょっと写っています。




 鬱蒼(うっそう)としている登山口。一合目です。




 どこかのグループが参拝登山をした記念でしょう。
 「登山三○三度」とあります。「○」は「拾」のような感じがします。運悪く笹でわからなくなっています。
 西洋の古い絵で、裸の女性のへそ下三寸のところに木の葉っぱがあるのを見たことがありませんか。




 頂上にある社です。電球があるのは、夜間でも参拝者があるためかもしれません。




 麓(ふもと)の池に不動尊がいるのがわかりますか。木の左側です。




 富士山の全貌を写したものです。




 富士山の裏側には、かつて泥鰌(どじょう)のいた池がありました。しかし、すでに埋め立てられてしまって、池はありません。地続きの学校が、すぐそばまで建て増しをしたようです。




 本殿と道を挟んで、水神の社があります。




 かつては大きかった池ですが、埋め立てられて小さくなってしまいました。




 池尻の向こう側には、貨物自動車の駐車場。




Kuroda Kouta (2007.10.05/2010.09.03)