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  飛田給駅周辺



○はじめに
○飛田給駅 場所
○いかだ道
○道生神社
○稲荷神社
○近道と甲州街道の眺め
○調布飛行場と掩体壕
○味の素スタジアム
○オリンピックマラソン折返し地点
○金剛寺
○神明社
○車返団地入口交差点


○はじめに

 飛田給駅は、「味の素スタジアム前」とも言います。


○飛田給駅 場所

 スタジアムがあるので、開催日には多くの人が集まります。したがって、設備は大きくとってあるので平素は何となく広々しています。




○いかだ道

 いっぽう、とくに何もなかった駅なので畑も残っています。駅の南に隣接する土地が、いまだに畑です。




 この畑のこちら側に、「いかだ道」というのがありました。旧「品川道」です。




 その標識。




 標識の側面に書かれている説明文。




○道生神社

 小さい社(やしろ)ですが、山車庫(だしこ)が二つもありますので、祭りのときは賑わうことでしょう。




 こじんまりとした本殿。




 本殿の前には、左右に狛犬。いままで気付かなかったが、左右はスタイルが違う。右は子犬を抱いている。そして、左は手毬(てまり)で戯れている。どこの狛犬も、そうだったのだろうか。

  


 ひっそりと出番を待っている山車(だし)。




○稲荷神社

 とくに名前もないようです。また、地図にも載っていません。地番で言うと「調布市白糸台六丁目38」のところにありました。




 その本堂です。と、言っても建物は一つだけ。




○近道と甲州街道の眺め

 味の素スタジアムを含めて、さらに広いエリアを関東村と言った時代があった。米軍が接収していた時代のこと。そのころは、むろん中には入れない。そこで、車は少しでも近道をするために塀越しの道を走った。その道であるが、いつの間にか一方通行出口になってしまったようだ。




 甲州街道の南側に変った形の建物があった。メモリアルガーデンとなっているが、ふつうのマンションだろうか。もしかしたら、高齢者の施設かもしれない。




 やはり甲州街道の歩道沿い。アヤメが咲いていた。(2008年5月4日、日曜日)




 かつての関東村時代の面影がそっくり残っている。中央の木は、かなり以前からそのままあったと思う。




○調布飛行場と掩体壕

 かつて関東村と呼ばれ、米軍に接収されていました。飛行場は小型機専用になって、今でもあります。その他の区画は、公園や運動場、そして味の素スタジアムに変りました。公園の一角に掩体壕(えんたいごう)が残っています。たくさんあったのですが、今は二つだけ。下は二号。なお、かつては「えんぺいごう」と言った記憶があります。




 一号のほうには、当時を想定した絵が描いてありました。




 その説明板。




 折角ですから何とか読めるようにしました。




 その続き。




 続き。




○味の素スタジアム

 最初は東京スタジアムと言ったが、味の素スタジアムと言うようになったらしい。




 さらに近づいて見ると。




 甲州街道とスタジアムの間には、食堂街がいっぱい。




 サッカーの行われない日には、コンサートなどがある。




 コンサートの日は、派手なスタイルの人が多い。




○オリンピックマラソン折返し地点

 1954年(昭和29年)の東京オリンピックのときのマラソン折返し地点の記念碑。




○金剛寺

 旧甲州街道「車返団地入口」交差点の北東角に、「天台宗神明山金剛寺観音院」があります。




 山門の左側に貼ってあった標語。




 右の「天台宗神明山金剛寺観音院」石柱の下にあるご詠歌。




 門前の仏たち。




 観音院の本堂。




 本堂の額。




○神明社

 金剛寺観音院の西隣に接して神明社があります。




 神明社の本殿。




 筆塚ではないだろうか。




 小さい祠が、三つ並んでいました。




○車返団地入口交差点

 旧甲州街道の車返団地入口交差点から、北を見たところ。金剛寺観音院と神明社が並んでいることがおわかりでしょう。この道を後ろ(南)に向かうと、京王線のガードをくぐって車返団地です。




Kuroda Kouta (2008.05.02/2010.03.07)