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  観音寺十一観音



はじめに
持蓮観音
一如観音
蛤*観音(*は虫偏に利)
多羅尊観音
瑠璃観音
岩戸観音
水月観音
施薬観音
円光観音
持経観音
龍頭観音


はじめに

 五日市線の武蔵引田駅、そこから南東1キロメートルくらいのところにある観音寺には、十一柱の観音がまします。いずれも、ユニークなお姿でしたので、ここに記録をしておきましょう。
 なお、観音寺については「武蔵引田駅周辺」を参照ください。


持蓮観音

 蓮をお持ちになっている観音さま。




一如観音

 一如(いちにょ)とは、仏教の言葉です。唯一で絶対の真理のこと。真如は異なる形で現れますが、一つのものであることを言います。つまり、一体であることです。なお、真如(しんにょ)も仏語で、ありのままの姿を言います。永久不変の真理や根元的な実体。実相と言ってもよいでしょう。




蛤*観音(*は虫偏に利)

 蛤*(*は虫偏に利)は、ハマグリです。ハマグリに乗っておられる観音さま。




多羅尊観音

 多羅(たら)は、多羅樹のことでしょう。「うちわやし」とも言いヤシ科の常緑高木で、高さは約20メートル。葉は手のひら状で、インドで古くから葉を短冊状に切って、鉄針で経典を書きました。




瑠璃観音

 瑠璃(るり)は、サンスクリット語で「vairya」の音写。七宝の一つで、青・赤・緑・紺・紫色の美しい宝石。「瑠璃も玻璃(はり)も照らせば光る」とは、「すぐれた素質や才能をもつものは、どこにいても目立つ」ということです。瑠璃観音は手に瑠璃の入ったケースをお持ちのようですね。




岩戸観音

 岩戸は石戸とも書き、「いわと」と読みます。岩屋の入り口にある堅固な岩でできた扉のことです。万葉集(167)に、「天の原岩戸を開き」とあり、また(419)は墳墓の入り口の戸で「岩戸割る手力(たぢから)もがも手弱き女(おみな)にしあればすべの知らなく」とあります。




水月観音

 水月とは、言葉通り水と月のこと。水面に映る月影を言います。水月観音は、三十三観音の一つで補陀落山(ふだらくせん)水辺の岩上で、水面の月を眺めている観音さま。




施薬観音

 施薬は、薬を施すことでしょう。デザインの意味が、ちょっとわかりにくいかもしれませんね。




円光観音

 円光とは丸い形の光のことで、仏や菩薩の頭の後方から放たれる後光。それが一段と大きいことで、イメージを表したのでしょうか。




持経観音

 持経は、経を持っているということでしょう。巻物を持っておられますが、座布団の部分も経かもしれません。




龍頭観音

 龍頭は「りゅうず」「たつがしら」などと読みます。観音さまは龍に乗っておられます。




Kuroda Kouta (2009.11.13/2014.03.29)