総トップページにジャンプ

  三鷹駅周辺



はじめに
三鷹駅 場所
北口と独歩碑
北口付近
南口駅前の商店街
作左部幸秋先生の書展
山本有三記念館
法専寺
八百定
井の頭病院
連雀通り
神明社
神龍山開宮寺井口院
福寿殿の七福神(三鷹・井口院)
八幡大神社
禅林寺
曙住宅


はじめに

 三鷹は、私にとっても懐かしい場所。むろん、駅もそうである。まだ小学生のころであったが、三鷹事件のときに見に行ったりもした。子ども心に、何ともすごかったのを覚えている。
 また、かなり以前に開発された「南井の頭田園住宅」の面影なども残っています。
 ついでながら、1983年(明治26年)までは三鷹村は神奈川県でした。1917年(大正6年)に京王電気軌道(現在の京王電鉄)によって、三鷹村に電気が供給されるようになったといいます。


三鷹駅 場所



北口と独歩碑

 三鷹駅南口は、昭和30年代の面影がすっかりないほどに近代化・立体化されてしまった。しかし、北口はいまだにロータリーがあって、平面のまま、かなり昔の景観を残している。




 駅交番の横にある国木田独歩の記念碑は、周囲の工事のために取り残された感じ。
 ちょっと読みにくいが、「独歩詩碑 山林に 自由 存す」と書いてある。私が小学生のころに見たのと同じようだが、回りには雑木林のような小さい山林さえも、もはやなくなってしまった。




北口付近

 北口を出て、右(東)に行く通りがある。この道にも、すっかり高い建物が並んだ。




 しかし、上の植木を積んでいるトラックの少し先に、かなり古いタイプの店があった。
 書いてある文字については、「別のページ」で改めて紹介しようと思う。




 また、歩道には多くのベンチがあるのだが、なぜか全部小さい。一人しか座れない大きさである。




 そして、この通りの突き当りが五叉路。(ただし、三叉路という言葉はあるが、五叉路は?)
 そこに、かつて平沼園という施設があって、プールや卓球場などを公開していた。高校時代に、何回か行ったことがある。現在は、すでにプールはない。しかし、奥のほうに体育館「HIRANUMAEN TAIIKUKAN」が建て替えられて残っている。




 そして、入口のところには五階建ての「NOVE HIRANUMAEN」というマンション。右下にあるのは、私のカバン。




駅前の商店街

 昭和20年代のことである。
 駅を降りると、右前に「赤鳥居」があった。まだ、線路は高架にはなっておらず、北口もなかったと思う。むろん、「第九」などという喫茶なども、なかったろう。しかし、このストアは戦後間もなくの時期から、何となくあったように記憶している。
 ご存知の方は、ご教示いただきたい。




作左部幸秋先生の書展

 毎年、駅前のビルにある展覧会場で作左部幸秋先生の書展がある。私はそれが楽しみで、入院をした年以外は、ほとんど行っている。
 「無」と「空」とが書かれた大きな屏風(びょうぶ)があった。




 いちずに、書のことを考えておられる。書家であられるので当然かとも思うが、その深さに私は尊敬をしている。




山本有三記念館

 玉川上水の南側に古くからありました。




 いわゆる「路傍の石」です。




 石の説明。




法専寺

 三鷹通りが新道にクロスするところにある真宗大谷派法専寺。




 本堂の額。




八百定

 法専寺の南に戦後からあった八百屋。現在はビルになっている。




井の頭病院

 新道の南に面して古くからある精神病院。




連雀通り

 日赤(日本赤十字病院)の南側から日本無線の前を通って、久我山方面に抜ける道路を「連雀通り」という。三鷹市の上連雀と下連雀を通り抜けているからであろう。
 「塚」というバス停があるが、おそらくいわれのある塚があったのであろう。
 三鷹中央病院という緊急病院が、かなり古くからあったみたい。




 かなり古くからある材木屋。「材木田吉」という看板が出ている。まだ小学生のころに、よく父と日曜大工の材木を買いに行った。




 三鷹市芸術文化センター。大岩さんは、「げいせん」と言っていた。私は、最初その意味が何のことかわからなかった。




 その道の反対側(北)にある家。ばかでかく前に、駐車場があって門がある。屋敷も堂々としている。駐車場は、契約者専用となっているので、おそらく来客用の駐車場であろう。




 「三鷹市八幡前」交差点から、西方向を見る。角にある長谷川自動車は、戦後からあるみたい。




神明社

 三鷹中央病院の向かえ側、井口院の隣にある神社。行って見ると小さいが、私が子どものころ(昭和20年(1945年)代)には、秋の縁日のときに賑わったものだ。なお、左隣には井口院の入り口の山門が見える。




 中に入って、その本殿。




神龍山開宮寺井口院



福寿殿の七福神(三鷹・井口院)



八幡大神社

 「八幡前」信号とバス停がある交差点。そこには、古くから八幡大神社がある。




 入ると、すぐ右手に日露戦後記念碑。




 そして、突き当たると本殿。




 この神社の説明板。「連雀」という言葉のいわれがある。もっとも、元の場所でのいわれは書いていないが。




禅林寺

 八幡大神社の隣(東)に、禅林寺がある。森鴎外と太宰治の墓があった。
 参道は、駐車場を兼ねているようだ。




 山門。




 その額。




 山門をくぐると、右手に森林太郎(森鴎外)の遺書の石碑があった。




 突き当りが本堂。




 本堂の裏手に墓地がある。
 森林太郎の墓。




 太宰治の墓。毎年、桜桃忌のときは賑わうという。「津島」は、太宰の本名だったと思う。




 この日(2007年12月26日、水曜日)の午前中は、たまたま二口の葬式があった。左右に同じような式場がある。




 死体を置く零安所も、ちゃんと二つあるようだ。かなりはやっている寺じゃないだろうか。




曙住宅

 曙住宅は、現在でもある。かなり以前に、三鷹市「上連雀660番地」だったと思う。


Kuroda Kouta (2007.12.05/2009.10.11)