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  南平駅周辺



はじめに
南平駅 場所
北野神社天満宮
雑木林と小川
堀之内緑道・小山・耕地整理の碑
秋川沿い(犬と馬)
延命寺
善生寺
お釈迦さまと十大弟子
超簡単ミニ七福神(日野市・善生寺)
若宮神社
八坂神社
寿徳寺
石橋供養仏堂
熊野神社
南平丘陵公園
田中稲荷
東京薬科大学を出てトンネル二つ
南平駅から多摩動物公園駅まで


はじめに

 南平駅周辺をプチさん(プティ散策)してみましょう。
 2006年の入院・手術をする前には、よく歩きました。例えば、京王相模原線の京王堀之内駅から北に歩き、途中薬科大に寄って、さらに南平駅まで歩いたものです。しかし、入院・手術以後は、あまりそのような長歩きはできません。身体が、だいぶ衰えたからでしょう。また、体力のほかに膝が痛くなったりするからです。そんなために、小さい範囲で歩くようになりました。


南平駅 場所

 京王線・南平駅。北口ですが、南口も似たようなもの。改札口が地下にあって、駅らしくない小さい駅です。私は、かつてここから聖蹟桜ヶ丘駅まで歩いて帰りました。もっとも、往きはここまで電車で来て、歩くことが多いのですが、……。




北野神社天満宮

 小さな社(やしろ)ではあるが、Google地図には「北野神社天満宮」となっている。日野バイパス(root20)「日野郵便局南」交差点の南西300メートルほどのところ。実際には、南平駅よりも高幡不動尊駅のほうが近いが、川崎街道の西にあるのでこのページに含めた。




雑木林と小川

 南平駅を降りて北に行くと淺川。さらに少し行ったところに、雑木林が残っている。
 手前には清らかな小川が流れ、そして畑。何となく田園風景が残っている。しかし、後ろのほう(つまり西側)から宅地化の波が押し寄せてきているようだ。




 しかし、その西側でも何らかの事情で残っている場所もある。おそらく、山のように盛り上がっているので、古墳か何かがあるのだろう。




 浅川の北には、小さい川であるが清流が流れている。田の用水らしい。そんな川であるが、魚や鳥などがいる。そばに行っても逃げない。人に慣れてしまっているのだろうか。




堀之内緑道・小山・耕地整理の碑

 この地域は、「川辺堀之内」。かつては小川が流れていたのでしょう。細い堀之内緑道になっています。




 何となく田園風の小山がありました。前項の写真と同じ場所ですが、稲がたわんで木々も青々としている夏の景色です。この小山の向こうは、ゴルフ練習場になっています。日野市東豊田一丁目21から見たところです。




 「豊田・堀の内耕地整理の碑」。あった場所は、「日野市東豊田二丁目19」です。




 「豊田・堀の内耕地整理の碑」の説明文。




秋川沿い(犬と馬)

 秋川沿い左岸を歩くと、犬の運動場があった。つまり、高幡橋を北に向かって渡り、左折をして少し行ったあたりである。




 その隣(西・秋川上流側)には、白と黒の子馬




延命寺

 日野市市川辺堀之内595にあります。淺川の北側、高幡不動駅と南平駅の中間くらいでしょうか。現在、本堂を新築する準備中のようです。その建築計画表が塀に貼ってありました。なお、延命寺には、日野七福神の「寿老人」がまします。
 入り口です。背景の建物は、境内ではありません。




 平和観音。




 その説明。




 七福神の寿老尊堂。




 いちばん奥に、落ち着いた佇まいの本堂。




 六道地蔵。




 その説明。最後にある短歌を見ると、どうやらこの世とあの世があるらしいということがわかる。




善生寺

 大久山善生寺。日野市東豊田2-26-3にある日蓮宗の大きな寺です。吹上大仏や日野七福神の「大黒」がまします。門が二つあって、右側の門には「お釈迦さまと十大弟子」と書いてありました。




 右側の門を入ると、左に「お釈迦さまと十大弟子」像。




 さらに行くと。




 本堂を斜めから見たところ。正面は、図の右側。




 本堂の額。




 大黒堂。右に日蓮像。




 日蓮像のアップ。




 鐘楼。手前の灯籠は、人並みの大きさ。




 上の写真の右手の庭。その造形。




 左手の「手」。




 ちょっと異形の大黒さま。俵に乗っていなくて、二本足でお立ちになっている。




 ずいぶん高いところに大仏さま。




 後日(2010年2月20日、土曜日)に高幡不動駅からバスで妻と行ってみました。外側の道から入ったので、階段を登る必要はありませんでした。道路から撮影。




 近くからアップで、お顔を撮影。




 横顔。




 後ろの道路側。時計が組み込まれています。




 台座の下の部屋。




 部屋の左側。




 部屋の右側。涅槃の図がありました。




 象の像。




 寺小屋・小学校の跡地。この地区の発祥の地でもある。記念碑の手前に、牛と二宮金次郎。牛は、学問の神である天神さまと関係があるのだろうか。




お釈迦さまと十大弟子



超簡単ミニ七福神(日野市・善生寺)



若宮神社

 善生寺の少し北西に若宮神社。その南にある入り口。




 西側の入り口。




 本殿




 本殿の




 参集殿




八坂神社

 南平駅と高幡不動駅の間(あいだ)、どちらかというと高幡不動駅寄り、そして北野街道と京王線の間に八坂神社




 本殿




 本殿の




寿徳寺

 八坂神社の少し西。石柱の正面には、「真言宗智山派平水山寿徳寺」。




 八角系の本堂




 本堂の。扉に描いてある蓮のデザインが見事。




 本堂の手前にある仏足。実物大とすると、かなり大きな足。雨上がりで上に水が溜り、賽銭の一円玉が光っていた。




 境内には、六地蔵もあった。




石橋供養仏堂

 小さい川の畔(ほとり)に石橋供養仏堂




熊野神社

 今となっては、住宅街の中に取り残されたような感じがする熊野神社




 




 北側にある入り口




 一の鳥居は、だいぶ離れたところにある。正面に見える山の上が熊野神社。




南平丘陵公園

 急勾配があるので、ちょっとしたミニ登山。いちばん高いところは、塀越しに多摩動物公園。チンパンジーの小屋の上あたり。なお、Googleの地図には、単に「南平緑地」となっている。(2008年8月29日現在)




 案内図。何となく図の南北が、逆のような気もする。




 管理事務所




 管理事務所の前にある「対話」という像。




 ひょうたん小池池尻




田中稲荷

 南平駅南にある「正一位田中稲荷大明神」。おそらく、宅地開発される前は言葉通り「田の中」にあったのでしょう。




 よく見ると、かなりていねいに作られている(ほこら)であることがわかる。




東京薬科大学を出てトンネル二つ

 東京薬科大学の薬草園には興味がつきません。そんなために、よく見学に行きます。むろん、帰りにもバスがあります。しかし、私はいつも南平(みなみだいら)まで歩いていました。銀杏が黄色くなっています。この道を行って先にある「とうやく隧道」を抜け、左折します。2つのトンネルを抜けるのです。実際には右にトンネルが2つ、左に1つ、全部で4つのトンネルがあります。




 上の道を行くと「とうやく隧道」があります。その中を通って、向こうから写しました。入口は丸く、出口は四角いトンネルです。




 左折して、北に向かうと「堀之内第三トンネル」。これらのトンネルができる前は、大変でした。とくに、京王堀之内駅に出るためには、「かたくり園」の中を通ったりしなければなりませんでした。




 上記の入り口のアップ。左下の銘板には、「堀之内第三トンネル 完成 1994年3月 東京都」とあります。
 その前は、ずいぶんと長い間にわたって工事中でした。




 トンネルの内部には、天井にファンがあります。おそらく、安全対策なのでしょう。装置の側面には「JF」と書いてあります。もしかしたら、「ジェット・ファン」なのかもしれません。




 トンネルを抜けたところを左に行くと、京王電鉄の研修所。そこの研修生でしょう。京王電鉄の制服を着ていて、学生にしてはちょっと大人っぽい。おそらく、4月に採用された社員のようです。




 公園には、赤と黄色に色づいた樹木。




 急速に開発された宅地、そんな中に小さい墓が取り残されてしまいました。




南平駅から多摩動物公園駅まで

 南平駅から、南に向かってダイクマのところの川崎街道を越え、平山三丁目住宅を抜け、平山台小学校(交差点)。トンネルの手前です。トンネルに入らずに、そこを右折します。そして、平山小学校をぐるりと回るように道を行くと、やがて多摩テックの南端に沿い、東端を進む。そして、しばらく行くと多摩動物公園駅。そんなコースを行ってみました。(2007年12月14日、金曜日)

 程久保六丁目に倉風の建物がありました。
 こちらがわの鼠色の部分に何か書いてあると思ったのですが、単なる汚れだったようです。

  


 光塩カソリック修道院です。おそらく最初に建てられたときは辺鄙(へんぴ)なところだったのでしょう。現在は、光塩女子学院も経営しています。




 道のほうから全体を写すと下の写真。右の高台にあるのが、女子学院ではないでしょうか。




 やはり程久保六丁目に、秋葉大権現社がありました。なお、多摩動物公園駅の北東200メートルくらいのところにも、同じ名前の神社があります。したがって、もしかしたらその前社(まえやしろ)なのかもしれません。




Kuroda Kouta (2007.10.05/2010.04.04)