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  武蔵小金井駅・東小金井駅・新小金井駅周辺



はじめに
新小金井駅と付近
笠森稲荷神社
小金井天神
滄浪泉園
貫井トンネル
真明寺
貫井神社
くらぼね坂
幡随院
神明宮
はけの道
小金井神社
白伝坊の坂
西念寺
金蔵院
妙貫坂
武蔵小金井駅 場所
瑞連院
三光院
聖ヨハネ会桜町病院
玉川上水
海岸寺(小平市)
大松木下之稲荷大神(赤稲荷)


はじめに

 武蔵小金井駅・東小金井駅はJR中央線、新小金井駅は西武鉄道是政線。


新小金井駅と付近

 西武鉄道是政線の新小金井駅です。小金井市の東南端に位置します。路線は単線で、駅もあまり大きくありません。




 線路を南に向かって見たところ。単線であることが、おわかりでしょう。見えなくなりかけたところくらいが、二枚橋の鉄橋です。左にある線路は、建物の前で終わっています。しかし、かつては中島飛行機の工場まで引込み線になっていました。




 駅前を少し行くと、「るまん商」という看板がありました。私は何だろうと思って、よく見ると、……。実は前後に、「ま」と「店」。




笠森稲荷神社

 新小金井駅から小金井街道を東に少し行くと、笠森稲荷神社が右(南)にある。赤い色が印象的。




 本殿も朱色。




 鳥居は、37本ありました。それぞれに、寄進者の名札が付いています。




 屋根の上の鬼瓦は、ものすごくでっかくて、独特の形をしています。




小金井天神

 笠森稲荷神社のすぐ東に、小金井街道の左側(北)に面してある。




 その本殿。




 本殿の額。




滄浪泉園

 滄浪(そうろう)とは、ちょっとむずかしい表現ですね。滄浪は蒼浪とも書いて、あおあおとした波のことです。中国湖北省を流れる川の名でもあるそうです。
 『楚辞』に、
 <滄浪の水清まば以て我が纓を濯うべし>(
とあって、「滄浪の水がきれいなときは、冠のひもを洗うんだ。(しかし、濁っているときは足を洗う。)」ということで、「万事は時勢のなりゆきに任せるべきである」と言っている。




 上の門を入ると、石畳の道。早春の木漏れ日が気持ちよい。




 案内板を兼ねた注意書き。なかなかうまく書けていると思う。




 水琴窟があった。やってみると、何とも言えない清々しい音色。




 ていねいに構造図が付いている。とてもわかりやすい。いままで行ったところの水琴窟には、このような配慮はなかったみたい。




 はるか下のほうに、池がある。




 池の畔(ほとり)に行くと、はけがあった。少しではあるが、水が滾々と湧き出ている。




 落ち着いた東屋があって、しばらく休憩をした。




 なお、滄浪泉園の池の水は、外に流れ出している。下の写真のように民家の間を遊歩道に沿って流れ、すぐに野川に注いでいる。突き当たり200メートルくらい先の小高いところが、滄浪泉園である。つまり、下の写真は園外で写したもの。為念。




貫井トンネル

 かつて私が自動車を使っていたころには、このトンネルがありませんでした。だから、小金井で中央線を抜けるのは一苦労だったのです。ずいぶんと、便利になったものです。



 上の写真にある標識は、右(東)が「三鷹」、左(西)が「恋ヶ窪」となっています。そして、その通りが「連雀通り」。もしかしたら、三鷹の「上連雀・下連雀」と関係があるかもしれません。また、先(北)は「小平」となっています。トンネルの右にある木々の茂っている場所は、滄浪泉園です。

 上のトンネルの手前の下に、以前からあった道があります。高低差ができてしまったので、小さいトンネルになっています。左の木々が滄浪泉園。先(東)に行くと小金井駅です。




真明寺

 貫井神社の隣にある貫井山真明寺です。




 真明寺の本堂。何となく、落ち着いた風情を示しています。




貫井神社

 かつて、この神社の前にプールがあったので、よく覚えています。階段を上がると鳥居、石灯籠、赤い橋、そして本殿があります。




 貫井神社の本殿に掲げられた額。縦書きの額は、今になってみると珍しい。




 奥の院です。




 本殿の前にある池。亀や鯉がいました。池の中央にある石の上に、亀が甲羅を干しているのがおわかりでしょうか。




 本殿に進むために、池を渡る橋です。左右の池の大きさは、ほぼ同じくらい。湧水は、左側(西)の池に注ぎ込んでいる。




 湧水の一つです。ただし、立て札には「平成二年二月八日 水質調査の結果 飲料水(のみみず)として適しません」と書いてあります。




 由緒です。ちょっと読みにくいですけれど、何とか読める大きさにしてありますので、内容が必要な場合にはよろしく。




 かつてプールのあった場所です。水道水でなく、湧水をそのまま使っていましたので、とても冷たかったです。また、ときにはゲンゴロウが泳いでいたりしますた。奥にある建物は、「貫井 神楽殿」と表札がありました。また、右側の建物は私が高校生のころからあったものだと思います。




くらぼね坂

 貫井神社から西へ進むと国分寺市との間に「くらぼね坂」がある。ちょっと不思議な名称なので、注意を引いた。そこで、パチリ。でも、写真で見ると坂のように感じないことがある。先のほうに車が停まっている方向が北。そしてかなりきつい上り坂になっている。




 道の左側には、未開発のような場所が残っている。柵の中であるが東京経済大学、そして新次郎池があるという。機会があったら行ってみよう。



 しかし、この「くらぼね坂」を下ったところ、つまり南に行くと野川が流れていて、橋がある。その橋の名は「鞍尾根橋」。


幡随院

 格式の高いお寺でしょうか。一般の参拝を許していません。たまたま、きょう(2008年2月25日、月曜日)は葬式があったようで、多くの人が出入りしていました。しかし、本堂のほうへは入れないようです。
 子分が3000人もいたという小金井小次郎の墓(碑)がすぐ近くにありますが、ここは江戸初期の侠客だった幡随院長兵衛とは関係がなさそうです。




 門を入って少し行ったところ。




 等身大くらいの菩薩像。その光背が大きいので、びっくり。




 そして、よく見ると頭上にも小さな菩薩がまします。瓔珞(ようらく)などをなさっていて、なかなか素敵なスタイルです。




 奥にあるのが本堂らしい。でも、前にあるびろ〜んと長い建物があって、関係のない者は入れない。つまり、長い建物で受付をしなくては奥に行けない。




神明宮

 小金井市前原町三丁目にある小さな社(やしろ)ですが、何となく由緒がありそうです。自動車の通る道に鳥居がありますので、2.8メートルの高さ制限になっています。




 本殿の前も、車が行き来するようです。また、境内を駐車場に使っているようでもあります。




 本殿にかかっている額。




 おそらく、宮司(ぐうじ)が几帳面な人なのでしょう。わかりやすい掲示がしてありました。




はけの道

 はけの道から、北へ上がる坂に「むじな坂」というのがありました。




 その説明文。




 大雨が降ったときの調整池が、はけの道と野川の間にあります。もとは、田だったところです。




 はけの道から南に入る「はけの小路」というのがあった。




 その反対側(北側)には、「美術の森」。大岡昇平の小説『武蔵野夫人』は、この地をもとにして書かれたと書いてある。




 中に入ると、水琴窟がある。やってみると、涼しい音がした。




 「美術の森」の隣が、中村研一美術館。




 だいぶ武蔵小金井駅に近づいたところに、「はけの道果樹園」というのがあった。ブドウかブルーベリーを作っているみたい。中には大きなケヤキの木が一本残っている。向こうの松の大木は、寺ではなく民家の庭にあった。




小金井神社

 元久2年(1205年)に創建。菅原道真を祭神とする。小さい東口があった。




 本殿は、何となく厳か。




 境内には「日露戦役忠魂碑」があった。




 石臼塚もあった。




 祭神菅原道真の牛であろうか。




白伝坊の坂

 小金井神社から北に小金井街道に向かうと、小さい「白伝坊の坂」というのがある。小金井市中町四丁目18である。




 その柱には、下のような説明があった。




西念寺

 雲龍山西念寺は、近代的な建物です。




 裏の墓地には、変わった形の墓がありました。「寺畑家之墓」と書いてある両側には、ほぼ裸体の天女が上向きと下向きにいます。おそらく、空を飛んでいるところでしょう。




 小金井小次郎の追悼碑です。しかし、この墓地ブロックには「鴨下姓」が多く、続いて50柱くらいの墓がありました。




金蔵院

 天神山金蔵院の堂々たる山門。




 本堂の額の文字は「大悲殿」。いったい、何を意味しているのでしょうか。内陣にも、額があって「金蔵院」と書いてあるみたい。




 下は、薬師堂。




 薬師堂の説明文。




 境内には、ケヤキとムクノキがある。あまりにも大きいので、デジカメのサイズに入らない。そこで、通りに出て外から撮った次第。下にチラッと赤く見えるのが、本堂の屋根。手前の建物は、マンションらしい。




 そのケヤキとムクノキの説明。




 金蔵院の境内には、「開星稲荷」もありました。




 十字架のデザインをした石灯籠。




妙貫坂

 金蔵院から西へ道なりに行くと、南北になった小金井街道に突き当たる。そこに、妙貫坂がある。右側の小金井街道は、府中に向かっている。この坂の下で左に曲がるほうの道は、小金井街道の下をトンネルでくぐり、幡随院のほうへ向かう。




 妙貫坂の説明。柱の別の面に書いてある。




 柱のところから西を見ると、すぐ下に鳥居。




 眼科の遠方には、墓地と金蔵院が見える。




武蔵小金井駅 場所

 現在、高架にする工事が行われています。そして、下り(立川方面行き)だけがすでに高架になって、上り(東京行き)は在来線を走っています。やがて、すべてが高架になるでしょう。現在(2008年2月)の南口入り口は、まだ以前からの左奥にある緑の三角屋根です。




 上り電車は、まだ地上を走っています。上の写真の左側(東京方面)が、下の踏み切りになっています。




 北側に回って見ると、やはり工事が進められていることがわかる。踏切には、まだ地上を走っている上り(東京行き)電車。




瑞連院

 連雀道路の小金井市役所第二庁舎そばにある浄土宗瑞連院。
 山門は、左右にビルが建ってしまった。左手前にも、間もなく建物ができるでしょう。




 奥まったところに本堂。その西側から見たところ。右側(南)から参拝をする。正面からは、全景がアングルに入らない。




 本堂の額。




 落ち着いた佇(たたず)まいの庭。




三光院

 小金井市本町三丁目の住宅街の中に、ひっそりと三光院があります。門は固く閉ざされていて、中には入れません。その門の横には、「不老門」と彫った石柱がありました。
 なお、下の写真は前に何かがあったようです。おそらく、左手に持ったカメラのソフトケースがレンズの前に出てしまったのでしょう。




 横手の塀の外から写した、境内の様子。




聖ヨハネ会桜町病院

 小金井市桜町一丁目にあるクリシチャン系の病院。かなり大きな規模で、受付には中年の尼さんが二人いた。




 隣には、桜町聖ヨハネホームがある。




 病院の外に立っている聖ヨハネ像。




 近所には薬局が二軒。イサク薬局にするか、稲垣薬局にするか。




玉川上水

 桜並木で有名な玉川上水。小金井橋から下流(東方向)を見たところ。




 現在、小金井橋の架け替え工事をしている。その標識にあった浮世絵。「歌川広重 小金井橋夕照」。この絵からも、桜の名所だったことがわかる。




 「小金井堤の桜」の説明。




 一際(ひときわ)大きな松があった。




 その松に関する説明。




海岸寺(小平市)

 玉川上水を越えても、小金井公園は小金井市である。しかし、小金井公園の東は西東京市、西は小平市になっている。小金井市桜町二丁目の北側、玉川上水を越えたところに海岸寺がある。名前の由来は知らないが、海岸というイメージはあまりない。




 海岸寺の故事来歴。どうやら「海岸」のいわれは、書かれていないようだ。




 山門の説明。




 本堂とそれに連なった玄関。左手の松は、なかなか見事である。




 境内には、地蔵菩薩と観世音菩薩。




 上の二菩薩の横に、下のような祠(ほこら)があった。




大松木下之稲荷大神(赤稲荷)

 小金井街道を玉川上水へ向かって北に進むと、右側に大松木下(おおまつきのした)之稲荷大神があります。通称、赤稲荷。




 その故事来歴。




Kuroda Kouta (2008.02.15/2008.03.10)