総トップページにジャンプ

  吉祥寺駅周辺(井の頭自然文化園を除く)



はじめに
吉祥寺駅 場所
井の頭公園周辺
井の頭自然文化園
松本訓導の碑
駅の北口
ロジャース
小ざさ
いせや
武蔵野公会堂と水口医院
前進座
ソーラハウスと父の恩人宅
東急デパート付近
DELL
月窓寺
秋祭り
安養寺
武蔵野八幡宮
光専寺
蓮乗寺
東京女子大と宮田重雄宅


はじめに

 「吉祥寺」は、「きちじょうじ」と読む。「きっしょうじ」ではない。「吉祥天」の「吉祥」であるから、「きっしょう」でも「きちじょう」でもよいのであろう。そういうことは、よくある。例えば、「秋葉原」。「あきはばら」と言わないで、「あきばはら」という人がいる。「秋葉神社」の「秋葉」であるから、「あきば」が正しいのかもしれない。しかし、地名が「あきはばら」と呼ばれていたので、それが正しいのである。

 国分寺には、かつて「国分寺」と「国分尼寺」(こくぶんにじ)があった。高円寺には、「高円寺」という古刹(こさつ)がある。また、永福町駅のそばには、駅名になった「永福寺」がある。
 しかし、吉祥寺には「吉祥寺」という寺がない。
 都内には、諏訪山吉祥寺という大きな寺がある。地下鉄の本駒込駅(私は都営地下鉄三田線の白山駅から行くことが多い)を出て、ちょっと北へ行ったところ。もしかしたら、このページの吉祥寺は、火災や震災のときに一時的に疎開をしてきた寺があったのかもしれないし、寺がなくても住民が移住してきたのかもしれない。

 吉祥寺には、長らく住んでいたので、いろいろと懐かしい場所がある。住んでいたところは、井の頭公園池の南側、大盛寺のそばである。そこの地番は、「井の頭四丁目24番16号」でしたが、以前は「牟礼431番地」と言った。
 吉祥寺駅周辺については、今後とも追加をしていきます。
 なお、ページが大きくなったので「井の頭自然文化園」は別にした。


吉祥寺駅 場所

 JR吉祥寺駅と井の頭線の吉祥寺駅がある。井の頭線は、始発駅。北口を出て振り返り、駅建物を写した。二階部分にJR中央線が走り、ユザワヤと書いてある下辺りの二階から、井の頭線が南(向う)へ走っている。




井の頭公園周辺

 住んでいたところから、駅に向かって北に100メートルほど行くと、井の頭公園である。もと、プールのあった場所。そして、木々の間に弁天さまが見える。




 その弁天さまを池にかかっている橋から見たら、下記の写真の眺め。




 弁天さまの上の大盛寺の前には、頭だけが蛇になった老人の像がある。故事来歴などは、まだ調べていないのですが、「龍神」ではないかとも思い、とても興味があります。市の説明には、明和四年(1767年)作の「宇賀神」とありました。



 このようなお姿は、想像の産物と思う。しかし、実際には下のようなものがあった。
 生きている宇賀~です。

http://youtu.be/BnUqbwPm018


 大盛寺の参道の入り口に、黒い鳥居があります。昔から「黒門」と言って、石井組の呼称にもなっているようです。私が住んでいたころには、駅の東側に「赤門」がありました。




 井の頭公園の池の南側の閑静な住宅街に、鳥居がある。最近になって行ってみたら、下の写真のような表札が出ていました。




井の頭自然文化園



松本訓導の碑の説明

 井の頭公園の万助橋ちょっと下流の左岸にある松本訓導の碑に関する説明板。




 そして、その碑。




駅の北口

 まずダイヤ街。東急のところから、ちょっと入った位置。東に向かって。突き当たりを右に行けば、駅。私が学生であったころから、あまり変わっていないようだ。




 いつも「いせや」(北口の仮店舗)に行くときには、ふつうJR吉祥寺駅東端口、つまり中二階のユニクロを通って、1階のCD店の中から出る。井の頭線でダイレクトに行くよりも、都内から帰りに寄ることが多いからだ。すると、出た正面には金色の手足がマネキンが置いて、ドキッとする。何の店だかわからないが、この姿はちょっと変わっているので、かなり印象に残る。




 駅を出て少し北に行くと、五日市街道。そこを歩いていると、奇妙なデザインをした門のある家(小さいビルと言ったほうがよいか)があった。その左側の顔は、どこかで見たことがあるんだが、…… 原画は、誰の何という作品なのだろうか。




ロジャース

 よく妻と一緒に買い物に行く「ロジャース」。中国人のご主人が、久しく経営をしている。かつて、トイレットペーパーが悪質な業者によって買占めされ、市場になくなってしまったことがある。20年くらい前のことだったろうか。そのときには、ご主人ががんばって店にトイレットペーパーを常備してくれた。




小ざさ

 中学生(杉並区立宮前中学校)のときに同級生だった伊神旦(いがみあきら)さんが、かつてやっておられた小ざさ(おざさ)。羊羹(ようかん)や最中(もなか)を売っている小さなお店。しかし、いつも行列が並んでいる。私は、甘いものを食べなくなってので、ここのところ寄らない。旦(あきら)さんが、だいぶ前に亡くなってしまったのも、その理由の一つ。
 現在は、ちょっと写真に見える息子さんが店にいる。亡くなる少し前に、旦さんが来て「葉山マリーナ」にヨットを買ったので、遊びに来てくれと言われたことがある。しかし、残念なことに一度も行ったことがなかった。




いせや

 よく行く井の頭公園バス通りにある焼鳥屋の「いせや」である。まだ高校生のころに、同級生だった鈴木正信さんに教えられて行ったのが始めて。昭和30年(1955年)ころの話である。それから、ずっと同じ味が続いているようだ。2007年いっぱいはビル新築工事中であるため、北口の近鉄裏で下の写真のような仮店舗を営業している。




 いつも、焼酎ストレート(梅割り)と煮込み、そして焼き鳥6本(レバ・ハツ・シロ各2本、たれ焼き)をいただく。酔っていい気持ちになって、そこからJRのガードを北に抜けて水道道路を西に向かってみることもある。しかし、すでに赤門はなくなっている。井の頭線のガード下にあった飲み屋なども、まったくない。時代が大きく変わってきたようだ。
 下の写真は、新しいビルが建った2008年。店の面影は残してあるようだ。




武蔵野公会堂と水口医院

 どちらも、なつかしいところ。とくに、水口医院では妻が次女の出産をしている。武蔵野公会堂は改装がなされているものの、昔のまま。




 水口医院は、すっかり建て替えられてモダンになった。




前進座

 駅寄りにあった赤門は、すでに中野ビジネスになってしまっているようだが、前進座は、昔の位置にあるようだ。東から西に向かって、その全容。ずっと先のほうに、吉祥寺駅の井の頭線ガード。実際に歩いてみると、かなりの距離があった。若いころの感覚とは、大違い。




 その幟(のぼり)の立っているところから、内部を見る。地下に入っていく入り口もあるようだ。




ソーラハウスと父の恩人宅

 前進座のところを北に行くと、五日市街道。そこを北に入ると、街道に標識のあったソーラハウスというのがある。おそらく、公営の設備だろうか。行ってみると、老人が集まって話をしていた。その手前に、かつて父がお世話になったH氏のお宅がある。右側の洋館作りの応接間に、ピアノがあったのを覚えている。




 まったく木が茂ってしまったみたい。ご子息は、大学の教授をしておられるが、別のところに住んでいるようだ。おそらく、母上がお一人で生活をしておられるのではないか。
 この道の突き当たりにソーラハウスがある。屋上の太陽発電が、ちらっと見えるでしょう。




東急デパート付近

 すっかり近代化をした吉祥寺ですが、東急デパートの裏に一軒だけ昔のままの家がありました。中には頑固そうなおっさんがいて、デジカメを向けたらジロリと見られた。




 この家の裏(北)辺りが、古くからある体操で有名な藤村。女子中学と高等学校があります。だいぶ拡張をして、道のこちらがわ(南)も学校の建物です。




 吉祥寺はアートの町のようです。ビルの壁一面に絵が描いてありました。




 単なるブロック塀にも。




 そうかと思うと、おそらく武蔵野市が運営している自転車置き場の看板も見事なアート。




 東急デパートの前からダイヤ街西入口を眺めると。縦に書いた古い看板のほかに、「東急チェリーナード」という名前が付いているらしいです。




DELL

 現在使っているDELLの「DIMENSION 8400」は、ここの店で買った。買ったというよりは、担当のお兄さんが、そこにあるパソコンからインターネットで注文をしてくれたのだ。そんなことができない私に代わって、すべてをやってくれた。とても親切で、助かった。
 なお、天下のDELL直営店としては小さな店舗、それもビルに建て増しをしたような奥行きのない狭い空間である。しかし、いつの間にかなくなってしまった。




月窓寺

 古くからある寺のようです。おそらく「がっそうじ」と読むのでしょう。門の上にある額には「雲洞山」(ただし、左から右へ)とあり、左側の石柱には「月窓禅寺」とあります。駅前通りの西友前にある通用門です。いかにも、中国風の造りですね。




 本殿です。




 下のお堂には、市重宝の白衣観音が在(ましま)すようです。しかし、残念ながら中は見れません。そこで、おばさんに立ってもらったのですが、なぜか目を瞑っているようです。




 下記の説明をお読みください。




 その代わり、三蔵法師は屋外に立っておられます。ちゃんと笠をかぶっておられますが、雨が降れば濡れてしまうでしょう。




 上の三蔵法師の説明版です。




秋祭り

 月窓寺と西友デパートの間の道路で、小さな秋祭りをしていた。




 お神輿は、サンロードを練り歩いて帰ってきたところみたい。




安養寺

 豊山派安養寺。五日市街道の北側に面してある。左側には消防署、右側には病院が建っているので、間口が狭くなってしまった。それでも、古くから信仰が篤く由緒のある寺らしく、右側の柱には「○○八十八ヶ所第壱番」と彫ってあります。しかし、○○の部分がはっきりしません。もしかしたら、「武州」かも。




 中に入ると、堂々とした堂宇。




 本殿の内部を覗いたら、きらびやかであった。




 庭の片隅に、「除暗」の像があった。




武蔵野八幡宮

 まだ幼いころに、お祭りに来たことを覚えている。青梅街道の反対側から見ると、昔の面影がそのまま。




 上の写真をズームして、撮り直してみると。




 本殿は、改修されて色鮮やか、堂々としている。




 左側(西)にある建物の屋根には、立派な鯱(しゃち)があった。右側にもむろんある。




 境内には、「都天然記念物キハタ」というのがあった。




光専寺

 月窓寺・光専寺・蓮乗寺は、それぞれ駅前通り・五日市街道・吉祥寺通りに面している。しかし、裏の墓地のところで、いずれもつながっていることがわかった。




 本堂。




 本堂の額。




 水子地蔵尊。




蓮乗寺

 日蓮宗蓮乗寺。落ち着いた雰囲気。表門は閉じているので、この横の入り口から入る。




 下のような標語があった。




 堂々とした日蓮の像。




 静かな雰囲気をたたえた本堂。




 「仏種山」の「仏の種」とは、なかなか意味深長な言葉。




 吉祥寺通りに面している正門は、いつもぴったりと閉じている。




東京女子大と宮田重雄宅

 善福寺公園へ行くときは、吉祥寺駅北口からバスに乗ります。そして、東京女子大前で降り、その塀にそって歩く。すると、善福寺池の「上の池」と「下の池」の間にある道に出る。




 帰りは吉祥寺駅まで歩きます。そのときに、宮田重雄の家の前を通った。今はどうなっているのかわかりませんが、門の位置を変えたようです。以前交差点の角に門があったときは、そこを目印にしたものです。もっとも、そのころは自動車を利用していたのですが。



Kuroda Kouta (2007.06.07/2012.01.23)