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  唐木田から京王堀之内まで



はじめに
唐木田駅付近
二反田公園
秋葉神社
尾根幹線沿い
長池公園
浄瑠璃姫の池
四谷見付橋
せせらぎ緑道


はじめに

 梅雨の間の曇天(どんてん)でしたが、小田急多摩線の終点・唐木田駅から京王堀之内駅まで歩いてみました。京王堀之内駅に近くなって、ちょっと右膝が痛くなりましたが、それでも久々にルンルンの楽しい散歩でした。
 私の住んでいる聖蹟桜ヶ丘から唐木田駅に行くのは、ちょっと大変です。
 そこで、聖蹟桜ヶ丘10時発の福祉センター行きの送迎バスを利用しました。無料ですし、40分ほどで行けて便利だからです。地図でおわかりのように、唐木田駅のすぐ近くです。
 そのバスは、たいていガラガラ。下の写真では、私(いちばん後ろにいて、この写真を撮っている)の他には、大五郎さん(右側にふんぞり返っている)一人。その他、バスに乗っているのは運転手(見えない)と車掌(いちばん前)。つまり、合計4人。




唐木田駅付近

 地図では唐木田駅が終点であるので、線路が終わっています。しかし、実際には尾根幹線の「多摩市総合福祉センター前」信号と「大妻学院」信号の間に「唐木田大橋」というのがあって、その下まで車庫の部分が伸びているのです。
 下の写真は、その唐木田大橋の上から撮影しました。
 最初に述べたように、曇天で空の色があまりよく撮れてはいませんが、……
 下に銀色で並んでいるのが電車。向こうに見えるのが、多摩清掃工場の煙突です。




 そして、大妻学院。11時近かったのですが、学生がちらほら出入り。表札には「大妻学院多摩校」とありますが、女子大社会情報学部と女子高校があるようです。




二反田公園

 その広さが二反ということでしょう。反(たん)は、面積の単位。約10アールの広さです。10畝(せ)とも言い、300歩(もとは360歩)です。ついでながら、多摩市関戸に「ろくせぶ公園」というのがありました。それは、おそらく「六畝歩」ということなのでしょう。




秋葉神社

 秋葉神社と言いますが、実際にはいろいろな神々を合祀した場所のようです。
 向こうのコンクリートの構築物のところに、小田急多摩線が走っています。




 次のような立て札がありました。




 位置から考えて、下の赤い小さな祠(ほこら)のことを言っているのでしょう。




 どこからか、野の地蔵さまたちも運ばれたようです。




 高台の場所を利用していますが、向こうではクレーンが稼動しています。まだまだ、開発が続いているからです。




尾根幹線沿い

 尾根幹線を橋本に向かって、左側の歩道を行くと大和証券。建物の丸くなった部分には、大きく「大和証券グループ 多摩研修センター」と書いてあります。




 そして、その隣が三菱銀行。下の写真は、まったく銀行らしくない建物ですが、おそらく超大型コンピュータの置いてある事務センターなのでしょう。




 銀行の先の交差点を渡って、尾根幹線の右側の歩道に出ました。そこに、かつて三菱自動車があって大型バスやトラックの写真が見れたからです。しかし、三菱ふそうの棟は閉鎖をしてしまい、乗用車の会社だけが残っていました。
 したがって、かつて何回か見た写真は残念ながら見れませんでした。

 さらに行くと、東京都の水道局の塔がありました。
 もしかしたら、未だに地下水を汲んでいるのでしょうか。あるいは、尾根幹線の下に上水道があるので、その関係なのかもしれません。




 しばらく行くと、まだ多摩ニュータウンが開発途中であったころによく通った道の断片が残っていました。その道は、尾根幹線ができたためにかなり上の位置なので、橋になっています。そして、その橋の上の道は車や人はめったに通りません。
 どうなっているかというと、尾根幹線の手前のほうに曲がってつながっています。しかし、そこは柵をしてあって、出てこられません。つまり、左側の道路で中央分離帯があるので入るだけの道だったのです。橋を右に行くと、左にカーブしてやはり尾根幹線の登り斜線に出ます。つまり、向こうから来て入るか、その道から左折して出るしかないのです。




 以上のように地形などを言葉で説明をすると、何ともわかりにくいものです。
 そこで、改めて上空から見てください。「百聞は一見(いっけん)にしかず」などと言い、上からの鳥瞰図で見るわかりやすさは格別でしょう。しかし、ヘリコプターをチャーターして見たりするのは費用もかかって大変。
 だから、私はいつも無料の航空写真を見るのです。
 その方法は、このページの最初に記述したGoogleの地図を利用します。地図の ここ をクリックして、モードを「航空写真」にすればよいからです。
 なお、見れない部分はマウスの左ボタンで画像全体をドラッグして位置をずらします。
 
 何で、そのような無駄な道路を造ったかというと、おそらく行政協定のためでしょう。
 写真の橋を右に行ったところに、米軍のアンテナがあるのです。戦後しばらくしてGHQの時代に建てられ、ずっと以後も使っているようです。もしかしたら、横須賀と福生の基地を結ぶ電波中継所かもしれません。そんなために、メンテナンスくらいしか使わない道でも、今まで堂々と残っているのでしょう。
 その道を行ってみましたけれど、民家はなかったようです。

 そう言えば、現在の国道16号線も戦後にできた当初は、「行政協定道路」と言いました。やはり、米軍が物資を福生の基地に運ぶのに自動車や戦車を走らせたためでしょう。
 ついでながら、この尾根幹線をさらに5分くらい歩くと、戦車道路というのがあります。
 その道路は、森に囲まれて大きな環状になっていて、私はその一部、つまり尾根幹線から多摩美術大学のところまでをよく歩きます。車は、まったく走っていない安全な林道です。(もしかしたら、追いはぎなどが出るかもしれないが)
 この道は、戦前に日本軍の戦車を試運転した道路なのです。町田の方向には、現在でも市民プールのところまで、桜並木などを含めて残っています。


長池公園

 尾根幹線の左側をさらに行くと、長池公園の南通用口があります。
 尾根幹線の歩道は広くて歩きやすいのですが、ほとんど人は歩いていません。そんなわけで、幹線側から公園に入る人は少ないのでしょう。
 私は、いつもここから入ります。五・六年前は、この柵を乗り越えたのですが、今は左側に少しの隙間が作ってあるので難なく入れます。




 上の入り口から入ると、すぐに林を抜けて浄瑠璃姫の池に出る道があります。入り口から、ちょっとした坂になっているが、階段があるのはここだけで、後は緩やかな木漏れ日の道になっています。真冬でも歩けるので、何回か行ったことがあります。
 右の石には、「長池ネイチャーセンター ←入口」と書いてあります。




 林道へ入らずに、まっすぐ行きます。すると、長池公園では里山クラブとうのがあって、「米作り」や「炭焼き」などをしています。




 長池とうような名前からわかるように、池がいくつかあります。下の写真は、そのいちばん大きな池です。




 なお、上の写真が上流を見た方向で、正面の山の上にあるのが米軍の電波塔です。もしかしたら、小さいのでおわかりにならないかもしれませんが、……
 下の写真は、いわゆる池としてあった部分のいちばん下流側です。




 夏にはギンヤンマなどが飛び交う昔ながらの光景を残しているので、何となくなつかしい思いがします。
 この辺りが開発されているときに、吉祥寺から相模原へ抜けるために何回か車で通っているからです。


浄瑠璃姫の池

 長池の奥に、つまり南に浄瑠璃姫の池があります。




 そこには、浄瑠璃姫の碑が建っています。




 その裏には、悲しい故事来歴。




四谷見付橋

 池が終わると落差があって、上に大きな橋があります。
 四谷見附橋といい、1913年(大正2年)に作られたものを解体して運び、ここに再現をされました。アメリカのカーネギー社の制作とあります。当時は、まだ日本の橋を造る技術が不足していたのでしょうか。




 その由来の説明がありました。ちょっと読みにくいですが、特徴が書かれています。なお、変な人物が写っていますが、この写真を撮影したときの私の姿なんでしょう。




 さらに、下のような橋の上を走っていた都電の騎乗などを復元した実物がありました。




 そこから右手を見ると、人工池の向こうの高台に長池団地が続いています。なかなかモダンで住みやすそうな住宅ですね。




せせらぎ緑道

 長池の水は、この人工池の中を通って、せせらぎ緑道沿いに京王堀之内駅そばまで流れます。
 下図は、せせらぎ緑道の案内板です。




 住宅の中に流れをうまく取り入れたものと感心します。
 下は、その流れはじめです。




 しかし、団地の中に入ると、川は形作られてしまいます。




 そして、道を橋で渡ったりもするのです。




 上の写真を撮った右側が、かつての相鉄ローズというスーパでした。私は、冬の日などに身体を温めるため、よくそこで休んだことがあります。当時は、真冬でも半ズボン・開襟シャツだったからです。何枚か上にある「四谷見附橋の由来」という石に写っている姿と、冬でもまったく同じなのです。
 相鉄ローズは、ギガマートという名前に変わっていました。前のロゴというかマークは、バラをデザインしてあって色合いもなかなか素敵だったことを思い出します。もしかしたら、撤退してしまったのかもしれません。相鉄とは、おそらく相模鉄道のことでしょうから、多摩地区に進出はしてみたけれど思わしくなく、事業が費えて(ついえて)しまったのかもしれません。

 橋を渡ると、日枝神社がありました。小さな神社ですが、おそらく由緒のあることでしょう。




 本殿も、ひっそりとしています。




 そして、ふたたび川は住宅の中を流れます。




 掘り割りというか、泳ぐほどの大きさではないがプール付きの家もあって下図のとおり落ち着いた佇まい(たたずまい)。見事な蓮の鉢を置いてある家も、何軒かありました。(鉢が見事で、蓮は咲いていませんでした。)




 そして、川尻(かわじり)です。
 ここから暗渠(あんきょ)になって、太田川に注ぎ、少しいって大栗川に合流をします。
 右のほうにうっすらと見える建物が、京王堀之内駅前にあるsanwaデパートです。




 この辺りで、ちょっと膝が痛くなってきました。
 京王堀之内のバスターミナルに、ちょうど聖蹟桜ヶ丘行きのバスがいたので、これ幸いと乗って帰りました。260円でしたが、途中に健脚だったころ歩いた風景を見れたので、とてもなつかしく思った次第です。
 とにかく、楽しい半日でした。
 もしも機会があったら、また歩いて再発見をした記事を書き足していきたいと思います。自分自身が、まだ「生きている証明」のために。


Kuroda Kouta (2007.07.13/2014.03.28)