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  稲城駅周辺



はじめに
稲城駅 場所
稲城駅付近
京王相模原線と武蔵野線
神化児童公園
三沢川とその支流
北辰妙見尊
妙見寺
駒沢女子大学・短大・女子高校
常楽寺
常楽寺十六羅漢
常楽寺八金仏
稲城市役所付近


はじめに

 京王相模原線稲城駅の周辺を散策してみよう。


稲城駅 場所

 京王相模原線の稲城駅です。聖蹟桜ヶ丘駅から稲城市立病院経由でバスが出ています。しかし、本数が少ないので、ちょっと不便かもしれません。下の写真はバスロータリー、つまり南側から駅を見たところ。右(東)が調布方向です。




 駅の改札通路から、調布方向を見ました。線路は右に大きくカーブ。前に見えるのは、常楽寺の墓地。




稲城駅付近

 駅のすぐ下に、蔵がある古い家があった。板塀で囲まれていたり、土蔵があるので、おそらく旧家であろう。この辺りは、京王相模原線が通るまで、まったくの田園地帯であった。現在は、後方のような高層マンションが増えてきた。




 鶴川街道の神王橋を過ぎたところで、ふと見られている気配を感じた。よく見ると、窓に外向きに置いてある額であった。左の柱に「額装」と書いてあるので、そのような店かもしれない。




 稲城駅の北に下ったところ。入り口の門が二重になっているので、何となく落ち着いた感じのマンション。




 その立派なマンションの前に教会。意外に質素な建物である。




 左側(西)の入り口には、集会の看板。そして、「ご用の方は」のブザーがある。




京王相模原線と武蔵野線

 京王線の上を武蔵野線が走っています。武蔵野線は府中本町から多摩川を渡ると、トンネルが長く続きます。しかし、この地区は短い区間で高架になっています。京王線は、右手(南)に走っています。

 この武蔵野線は、見ていると貨物の専用線です。客車は、新車が回送されるときに走ります。また、団体専用の場合には、客を乗せた状態で走るそうです。しかし、ほとんどは下の写真のようにコンテナを積んだトキ。あるいは、空のトキです。
 その他には、米軍のジェット燃料を積んでいるのでしょう。タキ。タキの場合には、空であるかどうかは見た目ではわかりません。おそらく、川崎方向に走っているタキは横田の基地から帰ってくる空の車両ではないでしょうか。

 かつて、南武線をED16に引かれて走っていた奥多摩興業のセメント原料車ホキは、この武蔵野線を走っていないようです。以前は稲城長沼の待避線に停まって、時間調整をしているのを見かけたものです。最近は、どうなっているのでしょうか。そもそも、セメントの原料を奥多摩から川崎まで運ぶというシステムが変ってしまったのかもしれません。それでも、南武線を一連のホキを牽いたEF65が走っているのを最近になって、見かけたことがあります。

 なお、トキ・タキ・ホキなどについては、「車両や駅など」にある「ト・ワとム・ラ・サ・キ、「トラ」とは何か?」を参考にしてください。




 京王相模原線に乗り入れた都営地下鉄の車両。上のガードは、武蔵野線。




神化児童公園

 武蔵野線の下にある何のことはない小さな児童公園。とくに、設備も変っていない。ただ、そこにある彫像は何を意味するのであろうか。




 また、入り口にある神化(じんが)という言葉。いったい何を意味しているのであろうか。機会があったら、もう少し調べてみたい。私は、ある推論というか仮説をもっているのだが、……




三沢川とその支流

 鶴川街道と平行して三沢川が流れています。新田橋となっていますが、稲城市の地図では「砂場の橋」です。ここをずっと行くと、京王相模原線稲城駅前を経由して多摩ニュータウンに入ります。




 三沢川に流れ込む支流。もはや川ではありません。




 そこを遡っていくと、ご覧のとおり。ちょろちょろと水が出ています。向こうは、三沢川。いったい、どこからくるのでしょうか。




 この三沢川では、魚に対する配慮もしているようです。流れを階段状にして、少しずつ溯上できるようにしてあります。




 上とは別の方式で、魚が溯上できるようになっています。




 稲城中央橋の上流。魚が休めるように、広い部分が作られています。




 稲城中央橋の下流。もはや流れは急でなく、ゆったりとなりました。




 さらに下って馬橋のところから、下流方向。左に、稲城市役所。右には、梨畑が見えます。




北辰妙見尊

 もしかしたら、妙見寺が管理をしている神社かもしれない。石柱には、「武州百村 北辰妙見宮」とある。しかし、稲城市役所でくれた地図には、「北辰妙見尊」となっている。




 階段をしばらく上がると、広場になっていて中鳥居がある。その前に、しめ縄。そして、右から「広目天王」「増長天王」、そして「持国天王」「多聞天王」の名前が書いてある。




 「蛇より行事」の説明文。




 本殿。




 本殿の額。




 筆塚があった。




 筆塚の由来。




 本殿の広場から、新宿方向の眺め。




 本殿の広場から、眼下の眺め。高架になった武蔵野線を走る貨物列車が見える。下には京王相模原線がクロスしている。




妙見寺

 北辰妙見宮を両端から挟んだ格好で、古刹の妙見寺がある。山門の横には、石柱に「天台宗神王山妙見寺」と刻まれている。




 山門の額。いちばん左の「山」という字のデザインがすばらしいではないか。




 本堂。裏には竹が、うっそうと生い茂っている。




 本堂の額。木魚が置いてあってので、叩いてみた。




 本堂の柱には、ご詠歌。「ふるさとに そのなもたかき くわんぜおん ちかいはよもに ひびくまつかぜ」。




 本堂の内陣を覗くと。きらびやかな仏さまがまします。




 鐘楼。




 そして、石灯籠。例によって、不可解なデザイン。その意味を知っている人は、教えていただきたい。




駒沢女子大学・短大・女子高校

 稲城駅と若葉台駅の中間、京王相模原線の南側の丘の上にあります。京王線の下をくぐって、その入口にある案内板。ぐるっと回った左上の丘に、校舎の一部が見えます。




 かなり大きな施設で、その全体は下図をご覧下さい。校内のバス停に貼ってあったもの。




 西のほうから眺めると。




 さらに、遠くから。




常楽寺

 京王相模原線稲城駅に隣接してあります。下り橋本方面へ向かう電車に乗っていると、右側に常楽寺が見えます。とくに、大きな観音さまは目を楽しませてくれます。
 なお、「常楽寺十三羅漢」と「常楽寺八金仏」は別ページになります。
 稲城駅から道沿いに下っていくと、高い塀があって中が見えません。ただ、二つの建物の屋根が堂々と見えました。そこで、デジカメを持ち上げて狙いをつけてパチリ。墓地の一角でした。




 道なりに行くと、立派な山門。




 右の柱には、山号寺号。そして、左には「一隅を照らす」(ひとすみをてらす)。それは、最澄(伝教大師)の言葉だったと思う。




 門の右側。ガラスが反射して、全体が撮れない。




 左側も。




 本堂。本堂の前には、金色(こんじき)の「常楽寺八金仏」。




 本堂の左手横に観世音菩薩。




 その右に釈迦如来。




 だいぶ後ろに下がって、観音堂を写す。




 観音堂の額。




 観音堂の内陣。




 観音堂の柱にご詠歌。「とうとさや たまのよこやま きぎふれて ひかりかがやく みほとけのかげ」。
 「たまのよこやま」は「多摩の横山」で、「赤駒(あかごま)を 山野に放し捕(と)り不得(かに)て 多摩の横山 歩(かし)ゆか遺(や)らむ」のように『万葉集』(巻二十(四四一七) 宇遅部黒女)にも出てくる言葉。




 観音堂を守る神将たち。右側。




 同じく、左側。




 右側の観音をアップ。




 観音堂の左横にある蓮池の観音。




 観音堂のさらに左横に大きな伝教大師。下には、「根本伝教大師尊像 瞻仰宗信」。「瞻」の「ハ」と「言」は、「ハ」「ユ」「口」のようになっていた。




 本堂の前には、「伝教大師童形御尊像」。




 由緒のある地蔵。上に説明がある。




 その説明文。




 「黒田家の墓」。花が絶えていないので、何となく親しみがある。




 裏山の墓地にある大きな観音。橋本行き(下り)電車の右の車窓から見える。下には、縦二行に「殉国英魂供養塔」「慈眼平和観世音」。




 鐘楼。回りには十六羅漢が並んでいる。それぞれのお姿は、「常楽寺十三羅漢」にあります。




常楽寺十三羅漢



常楽寺八金仏



稲城市役所付近

 鶴川街道と市役所通りがクロスするところに、下のような門があった。




 その門の左側、そこに大きな石に「稲城梨唄」が記されている。




 そして、さらに稲城長沼駅方面に向かうと、となりが「清王園」という農園。梨畑は、反対側にもある。おそらく、古くからやっている梨園の経営者のお宅であろう。




 稲城市役所の付近に、下のようなマンホールの蓋(ふた)があった。銀杏(いちょう)の葉をデザインした見事な図案である。市の花は「梨」、市の木は「イチョウ」ということからの配慮であろう。なお、右下に写っているのはデジカメで写している私の影。




Kuroda Kouta (2008.04.07/2010.10.22)