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  稲田堤駅・京王稲田堤駅周辺



はじめに
稲田堤駅 場所
稲田堤駅と京王稲田堤駅付近
京王稲田堤駅
バス停
小さい祠
金網ハウス
稲田公園
水族館
多摩川とバス終点
野戸呂稲荷神社
檻に入った地蔵と檻に入っていない狐
八雲神社
三沢川城下橋
三沢川の新指月橋と支流の指月橋
多摩自然遊歩道の一つの入り口
新三沢橋から南下
長松寺
法泉寺
子之神社
福昌寺
玉林寺
菅北浦緑地・菅小谷緑地
「くらら」と「ひょうたんを吊るした家」と「地蔵尊」
「読売ランド遠景」と「名無し神社」と「危険崖」
薬師堂
寿福寺
フルーツパーク


はじめに

 このページには、JRの「稲田堤駅」とともに京王相模原線の「京王稲田堤駅」を含みます。かつて含まれていた「京王よみうりランド駅」は、ページの内容が増えたので別個になりました。なお、何回かに分けて写真を撮っていますので、日付は全体には統一されていません。また、デジカメの初期セットもしていませんので、プロパディの日付も間違っています。為念。


稲田堤駅 場所

 JRの稲田堤駅です。何となく、国鉄時代の駅の構造ですね。




稲田堤駅と京王稲田堤駅付近

 JRの線路際に、変った形の建物。「星の子愛児園」という幼稚園でした。




 京王稲田堤駅の近くには、「学校法人平山学園 菅幼稚園」があります。かつて、デニーズがあったところの隣です。パンダと象は騙し絵(だましえ)で、何となく立体的に見えます。もしかしたら、本当に奥行きがあるのかもしれません。次回に行ったときは、よく見てくるつもり。




 京王線のガード下は、有効利用。左側から入ると駐車場になっている。




 JR稲田堤駅と京王稲田堤駅との間の商店街には、路地もある。入ってみると、パーマ屋さんや飲み屋。




 突き当たりに貼ってある芸術作品。アルバイトの張り紙がないほうがいいのに。




 パーマ屋さんの広告。せっかくのセンスが、野暮ったい張り紙で台無し。それにしても、縮毛矯正ショートが1万6千円とは、なかなかの費用ですね。洗っても落ちない眉アイラインは、いったいいくらなのでしょうか。もっとも、私にはまったく関係がありませんものの。




京王稲田堤駅

 京王稲田堤駅の入り口。何のことはない、ガード下が改札になっている。




 外側の川崎街道に面しているところ。むろん、空けておかない。「養老の瀧」が入っている。電車は、向こうに進むと橋本方面。




 川崎街道に面する入り口。スーパーができたので、入り口は申し訳程度。




 京王稲田堤駅の下りホーム。ホーム自体がだいぶ曲がっていることがわかる。先方は、多摩川を越えて調布方面。




 同じく下りホームから、永山・橋本方面。左の山並みが、よみうりランド。




 駅の構造を外から見ると。かなり高いところにホームを持ち上げたことがわかる。




バス停

 川崎街道に面して、バス停があります。京王ストアの南には、川崎街道を超えてバス停。ロータリーになっている。DACという大きなホールがある。




 しかし、すぐに閑静な通りになっちゃう。上の写真の少し行った左側には、蔦(つた)で一面に覆われた建物があった。




小さい祠

 JR稲田堤駅から多摩川に向かって北に歩き、少し路地を入ったところに、小さい祠(ほこら)がありました。右にゴミ置き場、左に倉、そして奥にはマンション。地番は、川崎市多摩区菅稲田堤二丁目9−19です。




 向こうの奥にあるマンションよりも小さいのは仕方なくても、右の倉よりずっと小さく、左のゴミ入れよりもさらに小さい。もしかしたら、蕗の下の神さまがましますのかもしれない。




金網ハウス

 小さい祠の先には、金網ハウス。建物全体が細かいメッシュで囲まれている。何か意味があるのだろうか。それとも、デザインなのだろうか。




 バックのところ。ちょっと見にくいが網がわかるでしょう。鳥は入れませんが、蚊は通ってしまうくらいの網目ですよ。二棟あって、それぞれの名前が英字で綴られている。




稲田公園

 多摩川の右岸沿い(南側)に、稲田公園がある。公園になっている場所とグラウンドがある。向こうでは、日曜少年野球をやっていた。きょうは、2008年4月27日、日曜日。




 東屋であるが、この手前の広い場所では家族のバーベキューが行われていた。日曜日だからであろう。向こうの高いところは、多摩川堤防右岸。堤防上の自動車道路になっている。




 水源地。おそらくポンプアップをしているのであろう。上流があるので、もしかしたらサイホンかもしれない。




水族館

 小さいながらも水族館。淡水魚の小さなプールが三つある。




 手前のプールには、「おさかなポスト」。家で飼わなくなった魚を引き取るところ。生態系を壊すので、川には放流しないでほしいと書いてある。下のほうに、小さい金魚が何匹かいた。




 下のような表示板もあった。なかなかわかりやすい。




多摩川とバス終点

 多摩川です。向こうの建物に「京王閣」と書いてあるのが、おわかりでしょうか。鉄橋は、京王相模原線。人は、上流の多摩川原橋か下流の多摩水道橋を渡らなければなりません。上流は2キロメートル、下流は4キロメートル。そんなに歩かないと、渡れる橋がありません。京王閣の競輪開催日は、数人でボートを借りて渡る方法もあるようです。




 バスも、ここで終点。そこで、つげ義春さんのマンガのように客を負ぶって渡る商売もできそうですね。何となく哀れな話ですが。「石を拾う人」や「鳥を売る人」など、つげさんのテーマはこの対岸に多いようです。




野戸呂稲荷神社

 JR南武線の南側、京王相模原線の西側の地域に、野戸呂稲荷神社があります。




 鳥居の額は屋外であるため、文字が見えにくくなってしまいました。下半分がかろうじて読める程度。




 内陣を覗くと、さらに小さい鳥居があって。




 屋外の狐は、なぜか金網の檻(おり)に入っていました。狐が、逃げてしまうのでしょうか。

  


檻に入った地蔵と檻に入っていない狐

 JR南武線の踏切りを北に向かって越えると、4柱の地蔵がありました。不思議なことに、ここも隣にゴミ置き場。そして、地蔵の前には厳重な柵が付いて檻になっている。




 府中街道を越えたところ。川崎市多摩区菅551です。ここは、竹で柵があるが開放的。もしかしたら、個人のお宅の内部かもしれない。後ろが、川崎街道になっているから。




八雲神社

 京王線をくぐって南側に行くと、八雲神社(やぐもじんじゃ)。




 鳥居にかかっている石の額。




 奥まったところに本殿。




 八雲神社のいわれ。




 神楽殿にはシャッターが下りていて、近代的な造り。庭に生えている松の木が、素晴らしい。




三沢川城下橋

 三沢川にかかる「しろしたばし」です。こちら側は自然地域ですが、対岸は新興住宅街。この橋も、何となくモダンにできています。




 「しろしたばし」のこちら側。自然保護地区になっていて、緑が残っています。向こう側には、新興住宅。そして、京王相模原線の高架が走っています。




 「しろしたばし」を下流側から見たところ。




 その少し下流に、小さな水門。三沢川の流れが増えたときに、逆流を防ぐためにこの水門を閉めて、水が住宅街に流れ込むのを防ぎます。




三沢川の新指月橋と支流の指月橋

 三沢川の上流については、「京王よみうりランド駅周辺」にメモをしました。このページでは、穴澤天神社の少し下流、つまり稲城市から川崎市多摩区に入る辺りから記述しましょう。まず、三沢川の新指月橋上流。




 この新指月橋の上流側・右岸に水位計。白は、「水防団待機水位」。黄色は、「はん濫注意水位」。そして、赤は「避難判断水位」。




 同じく新指月橋から下流を見たところ。この先は、流れにほとんど変化がないでしょう。




 三沢川から分岐した川があります。少し南を流れるています。そこには、指月橋があります。下の写真は、北を見たところ。川は、左(西)から右(東)へ流れています。駅は、先。寿福寺は、後ろの方向。




 右に石碑があるのがおわかりでしょうか。その石碑のアップ。「指月橋塔」と彫ってあります。




 そして、橋の袂(たもと)には下の張り紙。しかし、「指月」の意味が少し違うようです。もともと、「指月」とは仏教の言葉で、月を指差すことのたとえを言います。子を背に負って、母親が「お月さん、きれいだから見てごらん」と言うと、いつまでも子どもは月を見ないで母親の指を見ているというのです。




多摩自然遊歩道の一つの入り口

 三沢川の右岸に、「多摩自然遊歩道案内」があります。そこも、一つの入り口だからです。つまり、そこは小沢城址への登り口。まず、地図をご覧下さい。




 図の下のほう(北)で、三沢川が支流と別れるところに、赤く現在地と書いてあるのがおわかりでしょうか。そこが一つの入り口です。右にある標識の赤い矢印の下には、「小沢城址入り口」。




 そこから見た三沢川の上流。




 同じく、三沢川の下流。




新三沢橋から南下

 JR南武線稲田堤駅から商店街を少し南に歩くと、新三沢橋。三沢川の左岸から下流に向かって撮影。右の向こう(南東)に向かう道は、川崎街道。つまり、向こう(前方)が溝の口・川崎方面。




 そこから、さらに南に向かうと右側の足元から小さな「Welcome」に見られていることに気付く。平山さんのお宅である。その姿や表情は、何となく前谷惟光の『ロボット三等兵』に似ているようだ。




 やはり右側。開放的な花屋さんがあった。安藤農園というらしい。もしかしたら、お百姓さんが経営をしているのかもしれない。左側にある髑髏(されこうべ)くらいの大きさのものは石に穴を空けたもので、そこに盆栽の木を植える専用の鉢(はち)らしい。




長松寺

 稲田堤駅を南に500メートルほど行くと、延命山長松禅寺があります。その山門の横には、六地蔵。




 改めて、正面から山門。左側の石柱には、「延命山長松禅寺」。




 本堂。




 そして、本堂に掲げられている額です。「延命山」と書いてあるのですが、この「延命」という山号には何となくご利益(りやく)があるような感じがします。




 額をクローズアップしてみると、なかなか見事なものです。




 額の右横と柱に同じ内容のご詠歌。柱のほうを示しておきましょう。




 本堂の内陣を覗くと。




 もう一度、本堂を外に出て横(南)から眺めると。右側が前。やはり、堂々としています。




法泉寺

 法泉寺の山門は、工事中です。土台を取替えているらしい。右の八角系の石には、「大谷山法泉寺」。




 本堂。




 本堂の柱には、ご詠歌。




 菊の紋ですが、16枚なので由緒があるのかもしれません。




子之神社

 法泉寺と福昌寺とに挟まれた格好で、子之神社(ねのじんじゃ)。




 鳥居に掲げられた石の額。




 階段を上がると本殿。




 子之神社のいわれ。




 本殿に関する説明。




 さすが、本殿の額は美しい。左から右に書いてあって、何とも由緒正しい。




 本殿の右の柱のところに、ご神木があるのがおわかりでしょうか。その由来。




 神楽殿は、近代的な造り。




福昌寺

 金剛山福昌寺の山門。




 福昌寺の案内板。




 本堂。上の部分に、山門の庇(ひさし)が写ってしまった。




 本堂の額。




 本堂の柱にあったご詠歌。「まよふみ」は「迷う身」、「ぎょらん」は「魚籃」のことでしょう。もともと「魚籃」は「魚を入れる篭(かご)、つまり魚篭(びく)のことですが、ここでは三十三観音の一つである「魚籃観音」を意味します。そのお姿は、手に魚の入ったか篭を持っていたり、大きな魚に乗っていたりなされます。魚籃観音は、悪鬼や羅刹(らせつ)などの害を除いてくださいます。また、「みみょう」は「美妙」のことで、言葉で言えないほどに美しいことです。と、私は考えるのですが。もしかしたら、間違っているかもしれません。




 本堂の内陣を覗くと。このお寺の菊のご紋も、何かいわれがありそうです。




 下の通りには、光明会館というのがあった。おそらく、定期的に信徒が集まるところでしょう。




玉林寺

 北側の道にある門。「玉林禅寺」という石柱が立っている。実際には、「洞雲山玉林禅寺」。




 意外に質素な山門。




 本堂。




 文化財に関して記された立て札。




 本堂の内陣。内陣に千社札が貼られているのは珍しい。




 観音に関するご詠歌。




 立派な堂に入っておられる水子地蔵さま。




 観音堂。




 観音堂の額。山号の「洞雲山」と書かれている。




菅北浦緑地・菅北浦緑地

 この付近には、緑地が保全されています。




 道端に湧水もありました。




 上の湧水に関して、下のような注意がしてあります。




 実際に、玉林寺のところから入って、薬師堂までの林道を歩いてみました。ウグイスが鳴いていたりして、静かな木漏れ日の道です。




 前の写真の奥に見える階段を登っていくと、調整池のようなところが見えました。しかし、そこを過ぎると静かな林道。




 「菅北浦緑地」に隣接するような形で、西側に「菅小谷緑地」があります。その入り口。




「くらら」と「ひょうたんを吊るした家」と「地蔵尊」

 菅仙谷を歩いていたら、「くらら」があった。




 よく見たら、前に福竹書店で学習テストの採点をしていた加古勇さんが関係していた企業の経営。多摩センターのビルなどとともに、ずいぶんと大きくなったものである。




 そして、菅の小島さんのお宅には「ひょうたん」が吊るしてあった。どれも形が違うが、いったい何に使うのであろうか。すでに、中には駒が入っているのかもしれない。




 (川崎市)多摩区菅仙谷一丁目3-19に地蔵尊があった。




「読売ランド遠景」と「名無し神社」と「危険崖」

 寿福寺を下がってきて、「菅仙谷一丁目8」から見た「よみうりランド」。
 ただし、曇った日なので空は灰色。「Paint Shop Pro」の「調性」→「カラーバランス」→「RGBカラー」で、青色の背景にした。右に登っていくコースターに、人が立って乗っているのがわかりやすいように。




 名前のわからない「菅仙谷一丁目4」にある神社。もしかしたら、個人のものかもしれない。




 それでも、小さいながら本殿。




 危険な崖。「菅仙谷一丁目3」の周辺。




 危なっかしい道路際は、駐車場になっている。




 しかし、宅地となったところは土砂崩れの危険性を承知の上で、ギリギリまで有効利用。




薬師堂

 JR稲田堤駅から南に向かって歩くと、薬師堂があります。その入り口。



 上がったところに、簡単ないわれ。




 そして、獅子舞についての説明文。




 本堂です。




 本堂の額。「薬師堂」じゃなくて「薬師尊」。




 奉納相撲でも行われるのでしょうか、立派な土俵になった舞台があります。
 かつて、兵庫県のたつの市(元龍野市)にも、私は同じような土俵があったのを覚えています。そこは、野見宿禰(のみのすくね)という伝説上の人物が祀られていました。垂仁天皇の命により、当麻蹴速(たいまのけはや)と力比べをして勝ち、相撲取りの祖とされています。そして、そこはその場所だったということです。
 また、野見宿禰は皇后の死に際し、殉死の代わりに陵墓に埴輪を立てることを進言しました。そして、土師臣(はじのおみ)と称して子孫は天皇家の葬儀をつかさどったということです。
 もしかしたら、ここにもそんな伝説があるのかもしれません。




 下の説明文には、上に示した「菅獅子舞と薬師堂」です。




 上の左側にある建物の内部。獅子舞に使う道具でしょうか。




 境内には、「日露戦役忠魂碑」が建っていました。




 さらに、ご神木もありました。




寿福寺

 落ち着いた古刹です。梅林も有しています。




 寿福寺の入り口。右の石柱には、「仙谷山寿福禅寺」と書いてある。




 少し行くと山門。山門の左手に延命地蔵が立っておられる。




 山門の額。「仙谷山」ではなく「仙谷霊山」となっている。




 文化財に関する掲示。




 本堂。実に堂々としている。




 本堂の額。文字の色が、ちょっと独特。




 本堂の左手(南)には、大慈閣。




 大慈閣の額。




 額の隣には、ご詠歌。




 境内にある池。大きな鯉がいた。




フルーツパーク

 川崎市営です。県の農業研究などを行っている施設を一般人が見学ができるようにしたのでしょう。「フルーツパーク」とは、素敵な名前ではありませんか。いつも空いていて、心がやすまります。




 温室の外にも、花が咲いていました。




 温室の全貌。




 温室の手前には大きな噴水があって、勢いよく水を放っています。




 フルーツパークから見たよみうりランド。左の二本は、上から落っこちるの。そして、右は日本一のジェットコースター。真ん中は、回転をさすものでしょう。なお、手前の芝生はサッカーの練習場。自動的に水を撒いていました。




Kuroda Kouta (2007.10.05/2010.04.04)