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  羽村駅周辺(羽村市動物公園を含む)



はじめに
羽村市動物公園
禅林寺など西口周辺
羽村堰
羽村市郷土博物館


はじめに

 羽村は、ちょっと行きにくいところだと思っていた。しかし、分倍河原から南部線と青梅・五日市線を乗り継ぐと簡単に行けることがわかった。



 上の写真は、羽村駅東口。ここから動物公園まで、まっすぐな道が一本。20分ほど歩いて、突き当たりが動物公園である。バスもあるが、待ち時間間隔が長いので、待つのが大変。そこで、往きはたいがい歩くことになる。
 駅反対側の西口からは、郷土博物館に行く。
 途中で、玉川上水と多摩川を渡る。多摩川にかかった橋は、歩行者と自転車専用で、非常に長い。何となく、ちょっとパストラーレと言った感じのするところか。


羽村市動物公園

 羽村市で経営をしている小さいが素晴らしい動物園である。
 サバンナ園や子どもたちが小動物に触れる「なかよし動物園」、そして日本池や芝生広場などが整然としている。
 いつごろだったろうか、前にカンムリバトを見に行ったことがある。




 犬と猫の名前がついているプレーリードッグとミーアーキャット。下は、プレーリードッグ。




 下は、ミーアーキャット。




 いずれも、その外見上は「あまり犬や猫に似ていない」ようにも思うのだが。
 白いオオカミがいた。犬とちょっと似ているが、シンリンオオカミという。白いのは、珍しいのではないか。小屋の中を見ても、一匹しかいない。ちょっと寂しそうである。また、前のときよりも何となく老いたようにも見える。




 なぜならば、下の写真が三年前に行ったときのもの。そのときは同じ檻に、黒いのが一緒だった。




 やはり、動物は次々と死ぬらしい。係員に聞いたら、前にいたカンムリバトはみんな死んでしまったという。死んでも、予算の関係があるので、すぐには後を補充でいないらしい。
 下の写真は、アミメキリンである。このアミメキリンも、かなり高価なものではないだろうか。




 フンボルトペンギンである。
 日本の暑い夏に、氷ではなくセメントの住まいの中で暮らす。もしかしたら、故郷(ふるさと)を思っているのかもしれない。しかし、すでに故郷で生まれたのではなく、すでに日本に帰化してしまっているのかも。




 ワライカワセミがいた。かなり大きく、ふつうのカワセミの2倍くらい。しかし、やってくる原産国の違いであろうか。多摩動物公園のワライカワセミとは、色や模様がちょっと異なっているようだ。




 カラフトフクロウである。実に堂々としている。ときどき、目をカッと見開いて睥睨(へいげい)する。やはり、猛禽類だけのことはあろう。




 写真に撮ったときにカワセミやフクロウの縮尺が違うので、大きさがわかりにくいかもしれない。
 実際には、フクロウはワライカワセミの2倍くらいの大きさである。しかし、長さが2倍であるので図体はかなり大きく見える。実際の大きさが知りたいときは、「動物図鑑」を見るか実物を見ればよい。

 この動物園のアイドルは、どうやらレッサパンダらしい。住んでいる小屋などの待遇を見ると、何となくわかる。非常にのびのびとした場所にいて、大きな別室までもっている。ジャイアントパンダと同様に、やはりササ(笹)が好物らしい。




 ちょっと裏に入ったら、ヒガンバナが咲いていた。彼岸の時期だからであろう。白いのも多くあって、なかなか見事である。




 芝生広場には、蒸気機関車が展示されていた。ふつう貨物用のD51が多いのだが、ここでは旅客用C58である。赤く塗った箇所などを見ると、なかなかセンスや趣味がよいようだ。




 しかし、蒸気機関車の裏にあるセメントの怪獣はいただけない。何ザウルスかわからないが、ちょっと太りすぎではないか。現代人の肥満をいましめているのだろうか。




 この動物園には、センシヴィルで鋭い人がいるようだ。ちょうど、一人が立って入れるくらいの三方だけの檻があって、後ろから出入り自由。そして、写真が撮れるようになっている。その前面の標識には、「人間」とあった。しかし、何となく後ろめたいので、私はその檻の写真を撮らなかった。

 「日本池」の中を仕切って、フラミンゴがいた。下の写真には写っていないが、手前のほうにアオサギがどこかからやってきているようだ。




 「スタディホール」の裏にも、下のような小さな池があった。




 私が驚いたのは、下の写真。大げさな表示タイトルが愉快ではないか。実際に、その小さな小屋の中には、いろいろな動物がいた。




 次と、その次にある説明を読んで欲しい。







禅林寺など西口周辺

 西口から羽村堰に向かって歩くと、「馬の水飲み場」跡があった。おそらく、道が坂になっているので、登り切ったところで馬に水を飲ましたのであろう。説明版に何やら書いてあったが、面倒なので読まなかった。また、説明版の写真も撮っていない。動物園にあった「地震予知動物観察所」と同様に、立派な表示でわかりやすいと思った。




 さらに行くと、禅林寺の山門。落ち着いた佇まい(たたずまい)である。




 赤い幟(のぼり)の立っている山門をちょっと入ると、すぐに本堂があった。




 下の写真は、禅林寺の説明。
 読んでみると、この寺は鎌倉の建長寺や円覚寺など、いわゆる鎌倉五山とも関係があるので、由緒のある寺らしい。




 禅林寺のそばに倉が二つもある家があった。




羽村堰

 有名な堰であるが、かつて街道を自動車でよく通っが、わざわざ寄ったことはなかった。もしかしたら、小学生のときに遠足で来たかも知れない。いずれにしても、記憶が朦朧としているので、改めるために来てみたのだ。堰(せき)の手前には、玉川上水の工事に当たった玉川兄弟の像がある。




 下の写真が、人工の用水である。この日は、先日の台風の影響で水が濁っていた。
 この流れは、かつて新宿の淀橋浄水場まで行って、都民の飲料水になっていた。その淀橋浄水場の跡に、西新宿のビル街ができた。ヨドバシカメラも、その辺りで始まったのであろう。




 下の図は、多摩川から分流をする取水口である。つまり、玉川用水の源流ということになる。源流という言葉が間違っていたら、玉川用水の起点と考えたらよいだろう。




 下は、取水口の多摩川側の堰である。




 取水口を遠方から眺めると、下のようになっている。羽村堰下橋から、それでも望遠の機能を使って写したもの。




 昔の治水に「牛枠」というものがあった。その復元したものが展示されている。




 「牛枠」の説明文。




羽村市郷土博物館

 羽村駅から西へ向かって、歩いて20分ほど。途中、玉川上水と多摩川を渡る。
 数年前に、「多摩の博物館めぐり」という企画に参加して行ったことがある。なかなか落ち着いた雰囲気の場所。建物自体も、何となく厳か。
 「多摩川とともに」「玉川上水をまもる」「農村から都市」「中里介山の世界」というテーマの展示と「屋外展示」があった。中里介山(なかざとかいざん)は羽村に生まれ、どでかく長編の『大菩薩峠』という小説を書いたらしい。
 羽村市郷土博物館は、多摩川の畔(ほとり)にあり、川の治水に関する資料なども多い。




 市内にあった建物の一部が、ここに移築された。旧門などもある。下の写真からおわかりのように「赤門」という。この門の向こうのちょっと高いところは、多摩川の堤防である。




Kuroda Kouta (2007.09.26/2014.03.28)