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  つつじヶ丘駅周辺



○はじめに
○つつじヶ丘駅 場所
○金龍寺(金竜寺)
十六羅漢
生れ年守護仏
○るんびに幼稚園
○寿林寺
○光源寺
○延浄寺
○遊歩道と水源
○春清寺
○常楽院(工事中)
○稲荷神社


○はじめに

 つつじヶ丘駅周辺のアルバムです。


○つつじヶ丘駅 場所

 つつじヶ丘駅は、かつて金子駅と言いました。現在では、閑静な住宅街になっているところが多いようです。その北口。




 つつじヶ丘駅の南口は、まだあまり開けておりません。最近まで農地だったところをバスのターミナルや自転車置き場にしたようです。もしかしたら、相続税の物納だったかもしれません。




 北口の前の通りを行くと、甲州街道に突き当たります。




 ホームの西端から八王子方を見たところ。右側の二本が本線で、先が終端になっている左側は引込み線です。




○金龍寺(金竜寺)

 つつじヶ丘駅から北に行き、すぐ突き当たって大雲山金龍寺。甲州街道を渡ると、その山門。朱色なので、いちだんと目立ちます。開山八百年という古刹(こさつ)です。(寺の案内には、「百」の字には人偏(にんべん)があって「佰」となっていました。)




 山門の額。「大雲山」と右から左に書いてあるらしい。赤色を背景に、金色の達筆が映える。




 山門の先に本堂。本堂の前に、道元禅師がおられるのが、おわかりでしょうか。




 わかりにくいので、道元禅師をズームアップ。




 本堂の額。何と読んで、何を意味するのであろうか。




 金竜寺の縁起。




 本堂の左手には、慈母観世音菩薩。




 上の慈母観世音菩薩台座下の堂には、やはり金色(こんじき)の慈母観世音。ただし、下の扉が開いていないときは、ご尊顔を拝することができない。




 本堂の右手に、十王石窟。上には閻魔大王。他の十王は、ガラス越しに拝顔できる。




 十王石窟の説明文。




 大きな石灯籠もありました。




 露光という像。「ろこう」と読むのでしょうか? 最近、このような子どもの像が、あちこちの寺で見受けられるようになりました。私の部屋から5分の観蔵院にもありました。




 本堂と居住区の渡り廊下の下には、池。鯉がたくさんいました。また、蓮の季節用の鉢があります。




 山門の左手に、「定」が二枚吊り下げられていました。今どき、どういう趣旨で吊るしてあるのでしょうか。ちゃんとした高札場のような屋根付きの小屋が、下の二枚のために建てられています。
 なお、高札場については、「分倍河原駅・府中駅周辺」にある東京都教育委員会の「府中高札場」解説を参考にしてください。




 上の読み方。




 少し大きめの板に書いてある「定」




 その読み方。




 上の資料を含む掲示板にあったデータ。上の高札の他にも、徳川家の位牌があるという。そういえば、山門にあった紋は「五三(ごさん)の桐」。




 文化3年(1806年)の地図に、すでに書かれていた。




 また、伊能忠敬の地図にもあるという。
 伊能忠敬(いのうただたか 1745〜1818)は、江戸中期の地理学者で測量家。蝦夷(えぞ)から始めて、全国の実地測量を行って、日本最初の実測地図を作製した。





 そして、安政4年(1857年)の大江戸地図。




十六羅漢



生れ年守護仏



○るんびに幼稚園

 金竜寺が経営をしている幼稚園。門などの作りは、あまり厳かではない。




 入り口左側に張ってある名称の由来。




 金竜寺の奥(北端)から見たるんびに幼稚園。




○寿林寺

 調布市西つつじヶ丘二丁目にある浄土真宗平原山寿林寺。道の北側は、三鷹市です。落ち着いた住宅街の中に、近代的な建物。




 その右側の側面。住宅としての機能も十分らしい。




 正面から見た内陣。




○光源寺

 本願寺派浄土真宗光源寺。寿林寺の隣にあって、ここも近代的建物。




 最近は椅子の置いてあるところがほとんど。かつてのように正座をさせられて、痺れるようなことはなくなったようだ。




○延浄寺

 浄土真宗本願寺派延浄寺。山門に時計が付いているのが珍しい。中にも、同じサイズの時計があった。




 山門の手前に、下のような石碑がある。なかなか素晴らしい言葉だと思う。




 延浄寺の本堂。




 満州開拓民の「不忘の碑」がある。




 この「不忘の碑」の両端にある文章を参考のために。

 


 裏の墓地に行ったら、「倶会一処」があった。




○遊歩道と水源

 延浄寺から春清寺まで歩いている途中に、「中仙川遊歩道」と「東京都水道局三鷹中原一号水源」がありました。遊歩道は、おそらく川の流れていた後でしょう。




 また、現在もこのような場所に水源があるのも不思議です。かつては、少し西にある野ヶ谷からの湧水などが豊富であったから、そのときの名残りでしょうか。




○春清寺

 つつじヶ丘の真北の方向に、1キロメートルくらい歩くと大原山春清寺がある。実際の地番は、「三鷹市新川四丁目4」であるが、最寄り駅はつつじヶ丘であろう。仙川から杏林大学病院方面行きのバスが走っている道路に面してある。その道(114号)が、中央高速道(三鷹料金所)の下をくぐる手前である。
 いちばん右の石柱には、「柴田勝重公菩提所」とある。続いて右の門柱に「禅」とあり、左に「大原山春清寺」。続いてお馴染みの「葷酒山門」があって、「公認春清学苑幼稚園」の看板。学苑というから、もしかしたら他所に学校も経営しているのかもしれない。
 なお、境内にありました七福神については「ミニ七福神(三鷹・春清寺)」をご覧下さい。




 山門である。左に「五用心」の掲示額。




 山門の額。堂々とした見事な文字。右に「当山三十四世 大寛」、そして押印があるが、もしかしたらお名前の部分を私が読み違えているかもしれない。




 「五用心」(五戒)である。まったく、そのとおりだと思う。




 すっきりとした三重塔。




 三重塔の隣には、金色(こんじき)の大仏さま。色彩などから見たお姿は、何となくスリランカ風。お名前は、「多摩大仏」。




 横からのお姿を拝見すると。




 さらに、アップでご尊顔を仰ぐと。




 もう一度、三重塔とともに遠景で見ると。




 本堂。




 本堂の額。




 鐘楼。




 台座の下に、「印度仏跡巡拝記念」とあった。




 墓地の一角に、小さいが寝釈迦があった。もしかしたら、瑪瑙(めのう)でできているのかもしれない。




 柴田勝重の墓所。




 柴田勝重の説明。




 帰るときに、もう一度振り返ってみると。満開の桜に、本堂は隠れてしまう。




 左(東)に目を移すと、幼稚園。




○常楽院(工事中)

 つつじヶ丘駅のすぐ南側(西つつじヶ丘四丁目)にある天台宗常楽院は、新築工事中。
 看板には、「江戸六阿弥陀仏 第五番」とある。




 更地になって、建築の骨組みを組み上げているところ。




○稲荷神社

 常楽院の隣にある稲荷神社。




 額には、「正一位稲荷大明神」とある。天上には、井の頭「黒門」の千社札が貼ってある。




 稲荷神社の内陣。




Kuroda Kouta (2008.02.08/2010.03.06)