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  布田駅周辺



○はじめに
○布田駅 場所
○(新・旧)甲州街道付近
○園福寺
○常性寺
○国領神社=千年藤
○野川沿岸
○祇園寺
○野草園
○池の上神社
○斎藤倉庫と名倉接骨
○虎珀神社
○祠(国領町五丁目交差点)
○椿地蔵
○新しい造形と古い稲荷


○はじめに

 布田駅を下車して、歩いてみたところをメモしておきましょう。今後も、北は深大寺の辺りまで、南は多摩川まで、布田駅周辺のプチさん(プティ散策)をしてみましょう。
 なお、布田天神は調布駅が最寄りです。


○布田駅 場所

 調布駅を中心にして、高架の工事をしています。実際に、電車を走らせたまま工事をするのですから大変です。




○(新・旧)甲州街道付近

 布田駅を北に行くと旧甲州街道、そして少し先にバイパスになった(新)甲州街道。
 旧甲州街道には、前に妻と花木をよく買った花屋。




 そして、(新)甲州街道の下布田交差点。西(立川方面)を見たところ。以前は、右側のビルの位置にアニーというレストランがあった。そして、その隣(北)には小型飛行機を作る製作所。そのころは、車で三鷹市と多摩市の間を通勤していたので、妻とよく行った。
 なお、ふとんの丸八は当時(15年くらい前)のまま。




○園福寺

 本誓山無量寿院園福寺。おごそかな響きの山号・寺号。旧甲州街道沿いにある門柱。明治元年は1868年だから、100年は1968年、つまり昭和43年。




 しかし、本堂などは超近代的。




○常性寺

 やはり、旧甲州街道沿いにある。「三鷹通り布田駅前交差点」の北東角。
 後に示した額からわかるように、「医王山」と「成田山」という二つの山号があるみたい。
 なお、右にある掲示板には、

 <理想を失う時に老いが来る>

と書いてあった。




 入って右側のお堂。一願地蔵堂というらしい。




 左側のお堂。その左は、受付と売店。




 真ん中が、本堂。雪がまだ解けきっていない寒い日であったが、葬式があるみたい。




 本堂の額。井の頭の「黒門」が来て、千社札を貼っているのがおわかりでしょうか。




 境内には、不動尊ほか多くの石像がある。




 一枚岩から切り出した小さい六地蔵。




 馬頭観音塔。




 その説明文。




 本堂の内陣には、後ろに千体仏があった。




 本堂の裏側にある広いスペースには、斎場がある。この日は、葬式があった。




○国領神社=千年藤

 新甲州街道の南側に面して、千年の藤で有名な国領神社があります。かつて、祖母のお祓(はら)いをしていただいたことがあります。下は、甲州街道側から見た本殿。




 中に入ると右側に石柱。




 本殿を別なアングルで見ると。




 本殿の内陣を覗くと。




 千年藤であるが、ちょっと時期が遅かったみたい。ほんの少しが咲き残っていた。




 藤棚の様子。上の写真とは異なった季節に撮影。




 藤棚の説明文。




 藤棚の下には、小さな井戸があった。




 入って右手(西)にある神輿(みこし)舎。




○野川沿岸

 国領神社から新甲州街道を越えて、北に行くと野川。大橋から上流(西)を見たところです。




 その大橋の南に一風変わった三ツ木工務店。何が変わっているかというと、事務所が木造。そして、看板も大きな板。最初(10年くらい前)に見たときは、奇異に感じた。




 野川を少し上流に行くと、又住(またずみ)橋。その角に、石龍本店。おそらく、墓石などを扱っているのでしょう。そこに狸の像が二つ。いずれも、腹が出ている。そして、オチンチンの下にあるキンタマが異常にでかい。俗に、「狸の金玉、八畳敷き」と言われるように。
 卑猥な諺(ことわざ)だが、「狸の睾丸、八畳敷き」とも言い、狸の陰嚢(いんのう)が非常に大きいことから言うらしい。実際に、そうなんだろうか。そんな諺から、「大きく広がった状態」の譬(たと)えに用いる。




 しかし、この石龍本店にはキンタマ以外にも、下のような女性の像が二体。




 下の女性は、前にオートバイが置いてあった。だから、正面から撮れない。その代わり、後ろの扉のガラスに写るようにして撮った。




 「不老」の福禄寿か寿老人があった。後ろは、狸。柱に穴の開いているのは、何となくエッチな想像をかもすかも。




○祇園寺

 かなり由緒のある寺らしい。しかし、何となく寺らしくなく、神社風の佇(たたず)まい。もしかしたら、神社と合体しているかも?




 その本堂の額。




 その内陣。




 本殿の手前にある薬師堂。




 薬師堂の額。




 山号が虎珀山ということがわかる。西に500メートルくらい歩くと、虎珀神社がある。おそらく、何らかの関係があるのでしょう。




 かつて、中西悟堂が住職であったことがわかる。
 中西悟堂(なかにしごどう 1895〜1984)は、天台宗の僧。昭和9年(1934)に、日本野鳥の会を結成。自然保護運動に尽力。




 入り口を内側から見たところ。寺には、何となくそぐわない石像が建っている。




 祇園寺の前にある神社。名前もないし、地図にも書いていない。単に小さい祠(ほこら)に鳥居を付けたものだろうか。かなりの広い緑地になっているのだが。




○野草園

 蛍の養殖などもしているらしいが、冬季は休園中。4月から開園と表示。




 突き当たり(北端)から柵の向こうを見ると、農業高校の南端であることがわかる。




○池の上神社

 中央高速の北側に隣接して、小さな神社がある。池の上神社というのであるが、近くに池などはないようだ。もしかしたら、かつてあったのかもしれない。




 その額である。




○斎藤倉庫と名倉接骨

 三鷹通りを南に下り、中央高速道の下を抜けると、斎藤倉庫がある。もしかしたら、その手前の東京中央容器かもしれない。そこにトラックが停まっていた。下の部分を開いて下げ、屋根の部分を折りたたんで持ち上げると、大きなスペースになる。そして、そこには空瓶が積んであって。とくに珍しいことではないが、そのビンのメーカーである。




 それは、私の郷里の「たつの市」(かつては、龍野市と書いた)にある醤油メーカ。薄口の醤油で、有名である。「ヒガシマル」という。




 そして、佐須町の交差点を右折(西に曲がる)。すると、昔からの名倉接骨院があった。




○虎珀神社

 祇園寺の山号は、虎珀山。この神社に、関係があるのかもしれない。




 本殿の上の彫り物が、非常に凝っているようだ。




○祠(国領町五丁目交差点)

 国領町五丁目交差点の北東角に小さな神社というか、祠があります。神社の名前は、祠にも地図にも書いてありません。




 鳥居をくぐって、アップでパチリ。




 左側には、古い碑が二つ。




○椿地蔵

 「椿地蔵前」交差点の南西角に、古くから椿地蔵があります。バス停も、かつて「椿地蔵」だったと思いますが、今は「地蔵前」となっていました。五本あったシロハナヤブツバキが、現在は二本だけ残っています。




 保護のためでしょうか、全体が金網に囲まれています。




○新しい造形と古い稲荷

 椿地蔵から西に歩くと、エスパシオカメリアとうマンションがあった。そこにある石の造形。




 また、このマンションの表示も何となくハイカラではないでしょうか。




 さらに西に歩いて、「布田三丁目」バス停を右に曲がって少し行くと、取り残されたような稲荷。横の電柱には、「調布市布田三丁目32」という地番表示。




Kuroda Kouta (2008.02.07/2010.03.06)