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  調布駅周辺



○はじめに
○調布駅 場所
○調布駅付近
○さくら稲荷
○蓮慶寺
○大正寺
○電通大
○布田天神社
○調布卸売センター
○池上院
○深大寺温泉ゆかり
○カルメル会修道院
○サレジアンシスターズ・星美幼稚園
○行法寺
神代植物公園
深大寺
○深大寺小学校
○青渭神社(あおいじんじゃ)
○農業高校
○白衣観音
○おわりに


○はじめに

 ここのところ代替療法を二つ実施したので、何となく足の調子もよい。今日(2007年6月4日、月曜日)、9時に予約してある近くの歯科医に行った。終わってから、聖蹟桜ヶ丘駅のルパ前のベンチで休んでいた。
 すると、優雅な奥さんがこちらを見て、会釈をしてから店に入った。私は、見覚えがあるものの誰かがわからない。店では、予約をしていたのであろう、かなり大量の食パンを受け取っている。そこで、はっと思いついたのである。
 そのでっぷりと太り気味の人は、夏のスーツを着ていた。いつものスタイルと違ってわからなかったのだ。その人は、喫茶店で使うパンを仕入れていたダーツの奥さんであった。ふだんから愛想が悪いという評判で、実際にそうであったので、私にとっては意外でもあった。

 さて、今日はどこへ行って何をするか。そこで、足慣らしのために「調布深大寺」付近を歩いてみようと考えた。それでも、注意をしてバスの通っている道や、緊急の場合にはタクシーが呼びやすい順路を選んで、初夏の散策を実施。まだなったことはないが、何かの拍子で突然に膝が痛くなり、歩けなくなってしまうことを心配しながら。

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○調布駅 場所

 京王線調布駅で下車。駅と駅周辺では、かなり大がかりな工事をしている。おそらく、本線と相模原線に分岐するこの駅は、当然のことであろうが、高架になるであろう。現在のように、地上の平面上で上り下りを相互に走らせる方法は、危険でもあり効率も悪い。きっと北野駅のような構造に、近々調布駅もなるのではないだろうか。

 後方に見える大きなクレーン。そして、右(西)に見えるのは新しいビル。その前にある丸い穴の空いている建物は交番である。駅を除くほとんどのものが、新しくなりつつある。つい数年前には、北口を出ると右正面に古い小さいビルがあり、その正面の壁には「布ビノ」と浮き出しの表示があった。「調」と「レ」の部分が、剥げ落ちていたからである。




 下の写真は、調布駅のホーム端から八王子方向を見たところ。まっすぐ(西に)行くと、府中・聖蹟桜ヶ丘・高幡不動方面である。左に分岐すると、多摩センター・南大沢・橋本方面。




 なお、上の写真には左前に小さく文字が書いてあるビルがある。そこは、「調布東山病院」で前田三郎さんの知人が透析をしていた。
 南口を出ると、市民会館。イングリッド=ヘブラーのピアノ演奏会に何回か妻と一緒に行ったことがある。その市民会館の前には子どもの遊び場があって、変な形の造形がある。何となく、蛸(たこ)をデザインしているのだろうか。




○調布駅付近

 北口を出て少し行くと、布田天神のほうに商店街がある。




 上の道に説明板があった。「近藤勇と新選組ゆかりの道」と書いてある。




 また、この通りには鬼太郎とねずみ男の像がおいてあった。調布に水木しげるが住んでいたのかもしれない。

  


 さらに行って、甲州街道を渡ったところが下の写真。左が大正寺であり、新宿方面を見ている。手前側には、電通大がある。




○さくら稲荷

 小さな稲荷が、調布駅の東口のすぐ近くにあります。二階にシャノアールがある高橋ビルの東側です。この稲荷の右(南)は、上布田自治会館となっています。




○蓮慶寺

 調布駅の東口を出たところ、旧甲州街道に面してあります。




 かつての山門が、山門の左側に残されています。




 本堂。




 鐘楼。




 蓮慶寺の由来など。




 日蓮の坐像があるそうです。




○大正寺

 甲州街道沿いにある石柱。門柱にしては、なかなか立派なものだ。




 下図は、その大正寺の入り口道路脇にある小さな「天上天下唯我独尊」。お釈迦様の故事が、そのまま手洗いになっている。もしかしたら、手を洗うのではなくお姿に水をかけるのかもしれない。




○電通大

 電気通信大学。大岩さんが1年間通ったそうだ。京王多摩川の料亭の二階に下宿をして。しかし、東北大学に転校をしてしまった。




○布田天神社


 有名な布田天神社です。ボロ市(古着などを売る市(いち)が立つ日)などは賑わいをみせるが、ふだんは何となくひっそりとしている。




 次に示す写真は、布田天神社の本殿です。最近になって、建て替えられました。右側のトレイ台に置いてあった「生命(いのち)の言葉」の五月と六月は、それぞれ

  天地(あめつち)の神のめぐみしなかりせば
    一日一夜(ひとひひとよ)もありえてましや 本居宣長『玉鉾百首』

  風そよぐならの小川のゆふぐれは
    みそぎぞ夏のしるしなりける 藤原家隆『新勅撰和歌集』

とありました。




 上の本殿の額。




 その内陣。




 その唱え言葉。「神拝詞」と言います。




 由緒です。




 本殿に関する説明文。




 並んで、「太閤の制札」に関する説明文。




 青銅の牛もいました。菅原道真の故事に因んで作られたというようなことが書いてありましたが、私には何(なん)のことかわかりません。多くの人が、鼻のところを触(さ)るみたい。光って真鍮の生地(きじ)が見えます。




 布田天神の奥に、ひっそりと祠がありました。「金比羅神社 大島神社」と書いた提灯が下がっています。何のご利益(りやく)があるのでしょうか。




○調布卸売センター

 下図は調布卸売センターです。なぜ、ここにこんな写真があるのか。卸売りセンターを利用したことはないが、前にパソコンをやっている男の子がいて、質問を回答するためにうかがったことがある。
 また、この写真を撮った位置に、小津産業という紙問屋があって、チラシの用紙買ってカットしてもらったことが何回もあった。その小津産業は今はなく、跡地が広場になっている。倉庫などは、東京競馬場のそばの高速道路下に移ったようだ。




○池上院

 天台宗池上院。




 本堂は南向きに建っていて、後ろの高台に墓地がある。




 本堂の額。




 内陣。




 左手(西)に地蔵さま。右(北)に入っていくと、斜面になった墓地。




○深大寺温泉ゆかり

 住宅街にある天然温泉の黒湯。




○カルメル会修道院

 調布卸売センターから北に向かって、ちょっと行く。すると、崖線(がいせん)の坂を登り切ったところに、下のような門がある。ものものしく、厳重な警戒をしているらしい。私は、府中の刑務所を思い出しました。




 いったい、何の建物でしょうか。しかし、その入り口は下図に示すようになっているんです。
 これも、ものものしいのであるが、入り口には「カルメル会修道院」と書いてあります。修道院が、なぜ厳重なんでしょうか。それは、外部との接触を避けるためなのです。
 全体は覚えていませんが、前に見た映画です。事情があって、一人が女子修道院から逃げ出すのです。大富豪の娘だったかもしれません。それをアランドロンかジョンレノンだったか忘れましたが、外部から応援をするのです。その娘は走って逃げるのですが、他の数十名の女性も、いっしょになって逃げ出すというような断片を覚えています。
 やはり、刑務所と同じように出たくなってしまうところかもしれません。
 ここのところ『修道士カドフェル』というシリーズ番組をテレビでやっていますが、修道院の中は何となく窮屈なようです。また、内村鑑三も修道院ではありませんが、教会の内部事情を悪く書き残しています。




 カルメル会はカトリック修道会の一つですが、観想を旨としてカルメル山の修道僧を祖とします。後に跣足(せんそく)カルメル会が成立して、多数の神学者・神秘家を輩出しました。
 それはともかく、その後2009年の暮れになって周囲を通ったら、西側の塀に下の掲示。神さまの土地でも、市の条令に従うようです。地図には「女子跣足教会カルメル会修道院」とありますが、正式には「東京カルメル会女子修道院」のようですね。




○サレジアンシスターズ・星美幼稚園

 「SALESIAN SYSTERS 扶助会聖母会」とあって、下に「聖心修道院(修練院)」「扶助会聖マリア修道院」「聖ヨゼフ修道院」。なお、「SALESIAN」は「サレジオ会の」という意味。
 サレジオ(Franciscus Salesius フランス読みではフランソア・ド・サール 1567〜1622)は、フランスのカトリック司教。聖人。教皇からの枢機卿就任要請があったが断って、生涯ずっと司教として聖なる生活を送った。神に対する愛が、宗教生活の根本であることを説き、聖女シャルタルと協力して「女子サレジオ修道会」を設立した。




 奥(東)の地続きに、星美幼稚園。同じ修道院の経営のようです。




○行法寺

 神代植物公園の北に隣接する日蓮正宗大宣山行法寺。




 中に入ると左手に玄関。




 その上に掲げられている額。




神代植物公園



深大寺



○深大寺小学校

 右側の石柱には、「旧弘道学舎 開校明治六年四月十五日」。そして左側に「調布市立深大寺小学校」。周囲の塀が、何となく城のような感じ。




 南側の道路には、「深大寺東参道」。




 南側の道路から見た深大寺小学校の見事な塀。




青渭神社(あおいじんじゃ)

 深大寺の境内を出て、東へ行くと青渭神社(あおいじんじゃ)があります。




 中に入ると、本殿。




○農業高校

 青渭神社の向かい側が、東京都立農業高校神代農場。ここの面影は、昔(50年くらい)も今も、ほとんど変わっていません。そして、この季節でも私は蚊に刺されました。




 入り口を入ったところに、案内図がありました。




 農業高校の中には、山葵沢(わさびざわ)が昔からあります。右側の奥から水が湧き出していて、数列の山葵が見えるでしょう。




 昔は淡水魚がいた養魚場は、すでに使っていないようです。農業の一部として水産をする時代が、すでに終わったのかもしれません。




 農業高校の一部には、かなり深い谷底に崖線から湧き出た池がありました。50年以上の昔と、あまり変わっていません。




 農業高校を出て坂を下り、仙川沿いに行くと辰巳堂の工場がありました。その事務室で、「小割れ煎餅」という製造工程中に壊れた煎餅(せんべい)をよく買ったものです。しかし、行ってみると、なぜか工場は止まっていました。どこかへ移転したのだと思って聞いてみると、3月に閉鎖をしたといいます。繁盛はしていたものの、後継者がいなかったためらしい。
 調布にあった徳力精工(ノコギリを作っていたみたい)、日光ペン、マンボー(ライスカレー)なども、すでになくなっている。ペンなどというものは、もはや需要が少ないのかもしれない。なお、日光ペンの後にはマイクロソフトの大きな建物になっている。




○白衣観音

 調布駅から南に15分くらい歩くと、京王閣競輪場、そして多摩川。その多摩川の畔には、昔から白衣観音がましました。




 下のような絵が描かれて、古くから名物であったようです。




○おわりに

 聖蹟桜ヶ丘まで帰って、やれやれ。腹が空いたので、大戸屋に寄った。生そば付き鶏カツ定食を食べていると、外の通りを大倉さんが歩いているのが見えた。ただそれだけで、話はしなかった。
 大倉さんは膝がかがんでしまったが、とても九十歳には見えない。




 上の写真は、大戸屋から写したもの。道向こうのセブンイレブンの前を杖をついて大倉さんが歩いておられる。なお、手前中央にある半円形は塩入れの蓋。右は、紙フキン。そして「SON」とあるのは屋外に付けた下のカメラ屋のテレビアンテナである。
 ついでながら、向かいに「3.6M」とあるのは、京王ストアとアートマンの搬入口。

 私は、『徒然草』の第百五十二段にある

 <西大寺靜然(じゃうねん)上人、腰かゞまり眉白く、誠に徳たけたる有樣にて、内裏へ參られたりけるを、西園寺内大臣殿、「あな尊との氣色や」とて信仰の氣色ありければ、資朝卿これを見て、「年のよりたるに候」と申されけり。
 後日に、尨犬(むくいぬ)の淺ましく老いさらぼひて、毛はげたるをひかせて、「この氣色尊く見えて候」とて内府(だいふ)へ參らせられたりけるとぞ。>

というくだりをなぜか思い出した。
 とにかく、とても楽しい半日でした。


Kuroda Kouta (2007.06.04/2009.12.23)