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  分倍河原駅周辺



はじめに
分倍河原駅 場所
分倍河原駅前・付近
「美好町公園」と「美好水遊び広場」
旧甲州街道を西へいなげやと花屋
大きな門と旧家と社(やしろ)
美好町の交番と風呂
高倉塚古墳
浅間神社
八雲神社と板碑
美好町・分梅町間踏切り
光明院
本宿町一丁目交差点付近(市川緑道・神殿川緑道)
府中崖線分梅町緑地
日枝神社
浅間神社(支社)
緑道(分梅町三丁目50)
法輪寺
片町文化センター
武蔵府中税務署
高安寺
高安寺の干支本尊(八本尊)
高安寺の仁王門
長福寺
花蔵院
善明寺
甲州街道沿い
下河原緑道
番場公園と番場宿
新田川緑地
芝間公園と芝間稲荷神社


はじめに

 「分倍河原駅」は、同名で京王線とJR南武線にあります。ほぼ直角に交わっていて、京王線のホームから改札を通って下ると、南武線のホーム。乗換えが、とても簡単にできる駅構造です。改札口は京王線とJRとが同じで、ただ一つ。


分倍河原駅 場所

 京王線のホームです。駅の東側にある踏切りから見たところ。後ろが、府中駅になります。つまり、右側のホームが上り新宿方面。




 京王線の分倍河原駅の下に、JR分倍河原駅。下の写真は、JRの上りホーム。つまり、川崎行き。上(のぼ)りが、東京都から神奈川県。下(くだ)りはその逆で、神奈川県から東京都。そのように東京都に下(くだ)る路線は、あまり多くないのではないか。他にも、あるのだろうか。相模線は、どうであろうか。




 上りホームの先端(川崎方面)部分。ホームが極端に狭くなっている。その上、蔦(つた)がホームに侵略してきている。向こう(立川方面)に見えるのが、跨線橋。その先が京王線のガード。




 南武線のホームから、新田義貞の銅像を望遠で写す。ただし、後ろ側。正面は「分倍河原駅前」の写真で見てください。




 駅に登る階段にはスロープが付いています。自転車で上り下りができます。右側が南武線のホーム、京王線は向こうの高台にホームがあります。




分倍河原駅前・付近

 駅の南側にロータリーになって、新田義貞の銅像があります。素晴らしいフォルムなのですが、ただ馬の下にあるものに何となく不自然を感じませんか? 雲が漂っているようにも見えるのですが、そうでないようにも。おそらく、銅像の重量に対する安定を考えた構図なのでしょう。




 それはともかく、「新田義貞公之像」の故事来歴は下記をどうぞ。




 「新田義貞公之像」の前が、片町公園。つまり、馬の前方に小さい公園があって、いちおうきれいなトイレもある。また、企業バスやサントリー工場見学者用バスの発着場にもなっている。




 その片隅に、単なる石の造作がある。




 しかしよく見ると、何となく味わいがあるのではないか?




 新田義貞公の前が東芝のビル。その一角に稲荷大神。前にある板には、「これから先は、会社所有地に付無断駐輪を禁止します。……府中東芝ビル管理事務所」と書いてある。後ろのでっかいビルが建つ前は、東芝の社員アパートがあった。




 小さいながらも、立派な額が鳥居にかかっている。




 開放的な稲荷大神のご本尊。




 京王線の分倍河原駅西側に隣接して、「森のカフェ」がありました。駅から1分ほどのところです。




 さらに少し行くと、「屋敷分開田ビル」というのがありました。「分倍河原フラッツ」というマンションに、わざわざ表札が付けてあります。




「美好町公園」と「美好水遊び広場」

 「府中市美好町公園」と「美好水遊び広場」は、隣接してある。




 公園の一角に、「少女」の像。しかし、やぶにらみというか眇(すが)めのような感じで、ちょっとおっかないような気もする。




 カラフルな動物たち。しかし、何となく郷愁のようなものを感じる。




 西側には、浅いプールがあって夏季は親子連れや子どもたちで満員。




旧甲州街道を西へいなげやと花屋

 いなげやがありました。




 いなげやの前に、彫刻。下に書いてあったタイトルは、「すこやけく」となっています。




 いなげやの隣には、花屋。




大きな門と旧家と社(やしろ)

 旧甲州街道に面して、大きな門が二つありました。西へ向かって、まず北側。鬱蒼(うっそう)と木々が茂っていたので、最初は神社と思いましたが、個人のお宅のようです。




 そして、次はすぐに南側。外から見ると、門も中にある建物も、何となく寺に似ています。しかし、やはり個人のお宅でした。キエフの門ほどの大きさはありませんが、それでも個人のお宅としては、この門は大きなもんじゃありませんか。




 最近は少なくなってしまいましたが、旧式のタイプの家です。ちょっと旧甲州街道を北に入ったところ。




 上の旧家の家のそばに、小さな社がありました。かろうじて、残っているようです。




美好町の交番と風呂

 いなげやの道を北に行って、甲州街道とクロスするところの北東角にある。そのまま直進すれば、大滝英雄さんのお宅がある。




 「美好湯」は、こちら側の角。




 サウナもあるので、前に妻と何回か行った。




高倉塚古墳

 この地区に、古くから人が住んでいたことがわかります。その一つが発掘され、下の写真のように埋め戻されています。




 説明文。




 周辺にある古墳の分布。




浅間神社

 入り口です。




 入り口の右側には、庚申塔。




 本殿。




 本殿の額。




 本殿の左側に、小さな社。そして、その左には、さらに小さいのがある。




 道路に出て、奥の院を写す。




 奥の院の奥(西)に山車庫(だしこ)があった。




八雲神社と板碑

 美好町と分梅町の間にあるJR南武線の踏切り北に位置します。かつて、この前の通りを自動車で通勤していましたが、一度も参拝をしたことがありません。そこで、きょうは張り切っていたのです。




 しかし、行って見ると本殿は修理中。参拝もできません。




 その掲示と奉賛のお願い。「かってながら一口、一万円以上」と書いてあるので、私にはちょっとムリなようです。




 そこで、本殿の隣にある小さい祠に参拝をしました。




 通りに面して、板碑がありました。




 その説明文です。




 後日(2008年7月25日、金曜日)に行ってみたら、本堂はだいぶ完成していました。




美好町・分梅町間踏切り

 JR南武線の踏切り。南(関戸・町田方面)を見たところ。航空機の燃料を横田基地に運んだタンカーが、おそらく空になって川崎方向に戻っていく。




 踏切りの上から、分倍河原方面を。さっき過ぎ去ったタンカーの最後が、小さく見える。




光明院

 真言宗光明院の山門。




 山門の左側に六地蔵。右から、大定智悲地蔵。大徳清浄地蔵。大光明地蔵。清浄無垢地蔵。大清浄地蔵。大堅固地蔵。「大」が付かないお地蔵さまもおられる。ここの六地蔵セットは、珍しい名のお地蔵さまばかりだ。




 本堂は、超近代的な造り。




 境内には、弁財天さま。




 そして、不動明王。




本宿町一丁目交差点付近(市川緑道・神殿川緑道)

 日電の大きな工場の北側一帯です。このトンネルは、南武線の下をくぐりぬけます。




 府中日新郵便局。ポストは、まだ古いタイプ。




 郵便局を過ぎると、「新川緑地」とある。




 しかし、同じ川の下流は「新田川緑地」となっている。なお、下の地図は南北が反対なので注意が必要。




 河童の置物が合った。




 自転車でも北側の高台と行き来ができるように、専用道がある。




 その下を流れる小川。




 少し下って、日電を過ぎたころ。




府中崖線分梅町緑地

 分梅町緑地。東方向を見たところ。




日枝神社

 住宅街の中にある神社。というよりも神社があって、回りがすっかり住宅になった感じ。そして、そのときに新たに立て直されたのかもしれない。




 本殿は、外の建物の中に入って大切にされている。




浅間神社(支社)

 支社という言葉が妥当かどうかは、私にはわからない。JR南武線南側に沿った住宅街の中にある小さい社(やしろ)。




 小さい本殿は、外囲いに入れられて大切にされている。




 ふつう額のある場所には、見事な龍の彫り物。




 鳥居の裏側には、下のように刻まれていた。




緑道(分梅町三丁目50)

 本宿町一丁目交差点から南に向かって中河原まで行く大きな道、つまり鎌倉街道が中央高速をくぐる手前東側に、緑道があります。




 いつも、私は入ったところの右側のベンチで休むのですが、この緑道の名称が表示されていません。ただ、入り口左側の民家との境の柵に、地番の表示板があるだけです。




法輪寺

 ちょっと寺のイメージが薄い感じです。




 右側の柱。




 左側の柱。




 そして、額。本堂というよりか、何となく玄関。




 帰りしなに遠くから、法輪寺のスナップ。




片町文化センター

 京王線の線路の横。




武蔵府中税務署

 だいぶ前に、新しい庁舎ができました。ものすごくでっかい建物で、遠くから見ても実に堂々としています。




高安寺

 分倍河原駅を降りて、ちょっと歩くと龍門山高安寺。幼稚園も経営している大きな寺です。旧甲州街道沿いの門。




 その額。




 門を入ると左手に、小さな大仏がありました。「小さな大仏」とは、「アントニム(反義語)」ともちょっと違って、「トゥトロジー(同義反復)」の反対の意味。




 そして、突き当たりに観音堂。




 そして、その観音堂の額。




 右(西)に入ると仁王門。右側にあるのは、高安寺の干支本尊(八本尊)。また、この仁王門の彫刻などは、高安寺の仁王門をご覧ください。




 仁王門の額。




 下の縁起を読むと、「由緒のある古刹(こさつ)」だということがわかるでしょう。もしかしたら、「由緒のある古刹」などというのは「トゥトロジー(同義反復)」かもしれませんが。




 その堂々とした本堂です。




 本堂の額。




 そして、この本堂を裏から見たところが下図で、かなり大きな幼稚園です。




 境内には、ボケ封じの像がありました。私は、ここのところ記憶力が薄らいできたので、一心になって祈りました。像の下の金色の部分には、「南無ぼけ封じ地蔵菩薩」と書いてあります。




 ぼけ封じ地蔵の下の部分。




 また、どこにでもある道元禅師の像。




 墓の奥にあった三界万霊等(塔でない)にましましたメランコリックな表情をなされた仏。もしかしたら、近在の野の仏様を集めたところ。




 高安寺の西端には、「弁慶硯の井」があります。その故事来歴については、最初の「縁起」にある「みどころ」を見てください。




高安寺の干支本尊(八本尊)



高安寺の仁王門



長福寺

 旧甲州街道北側に面して、時宗長福寺があります。宮西町四丁目のところですが、入り口は狭い路地になっています。




 だいぶ入ってから、改めて山門。




 山門の額。山号は、「古木山」。




 本堂は、六角形をしています。




 長福寺の沿革。




 六地蔵がましました。




 六地蔵の説明板。




花蔵院

 長福寺の反対側に真言宗花蔵院。つまり、旧甲州街道の南側に少し入ったところになります。




 山門は、隣のビルに建て付けてあります。




 山門には額でなく、表札。




 本堂は、鉄筋コンクリート造りのモダンな建物。




 左手に、聖徳太子。おそらく、像が祀ってあるのでしょう。




 額には、ただ「聖徳太子」。




善明寺

 花蔵院の南東100メートルくらいのところに、天台宗善明寺があります。左側の石柱から、大黒天がおられることがわかります。ここの場所は、南武線と武蔵野線に挟まれて三角形になったところ。しかし、武蔵野線はトンネルになっているので見えません。善明寺は「分倍河原駅周辺」ではなく、本来ならば「府中本町駅周辺」になるのでしょうか。




 境内はなかなか落ち着いた雰囲気です。




 右側の厳かな堂ですが、金属製の仏さまが入っているのかもしれません。




 その額。




 突き当たりの本殿です。




 本殿の額。




 境内には、小さい社もありました。




 前を通るときに、この石に意思があるのではないかと何となく思いました。




甲州街道沿い

 弁慶坂の説明がありました。




 甲州街道の旧道沿いには、今も古い建物がいくつか残っています。 この建物は、料理屋さん。




 下は、会社。中には、事務員がいました。私が覗くと、女子社員が何となく睨みつけるような感じでした。土蔵もありますが、事務所の裏は古い時代の木造になっていて、住居に使用しているようです。二階の部分を見ると、おわかりでしょう。




 下のお店は、どうやら古いデザインで新しく建てたもののようですね。向こうに見えるのは、府中駅前のノッポ(超高層)ビルです。




 そこの交差点が高札場。つまり、旧甲州街道と府中街道が交差するところ南西角。まずは、その説明。




 その高札場の現地です。




下河原緑道

 甲州街道の旧道を府中に向かいますと、下川原緑道があります。かつて、砂利を運ぶ鉄道が走っていたところです。




 その砂利を運ぶ鉄道のいわれ。




 この路線は、完全に廃止されてしまい、現在は専用歩道になっています。しかし、だいぶ東にこの路線と平行して走っていた砂利運搬路線は、やはり単線で何となく軽便鉄道の感じがしますが、今でも乗客専用線となって営業をしています。西部是政線です。




 かつては、上の写真のようだった路線は、レールなどを取り外して、現在は下の写真のような専用歩道になっています。したがって、自動車は走れません。しかし、自転車はスイスイ。
 なお、上の線路の先には多摩川があって、その先に見える小さい連山は『万葉集』に歌われた「多摩の横山」です。そして、左側の蒸気機関車は、もしかしたら「C12」かもしれません。私が小学生だったころ(と言っても、50年以上昔のこと)、武蔵境駅でC12型タンク機関車が待機しているのをよく見受けたからです。




番場公園と番場宿

 長福寺のほぼ東隣に空き地があって、ガランとした簡単な公園になっています。




 おそらく、その周辺は宿があったのでしょう。下のような説明がありました。タイトルは、「宿場番」ではありません。日本語には、横書きと縦書きを交えて書くときの不条理が、いまだに残っているようですね。




新田川緑地

 かつて川だったところの一部を緑地として保存。上流側は、暗渠で緑道になっています。




 二重に金網の柵をした施設。




 中を覗いてみると、蛍の飼育場。




 それでも川は、何となく昔の面影を残している。




 暗渠になっている構造の説明。




 藤棚もあって、落ち着いた雰囲気。




 「釣り」という子どもの像がある。釣竿をもっていることが手の形でわかる。




 事実上の池尻。ここから、ふたたび暗渠になる。




 暗渠は、前方の住宅街の下を通っている。しかし、暗渠の上には家が建てられないのだろう。




芝間公園と芝間稲荷神社

 公園の孤独だろうか。広い公園には、老婆がただ一人。




 ひっそりかんとした芝間公園。




 芝間公園から南へ歩いて、しばらく行くと芝間稲荷神社。




 こじんまりとした本殿。




 その内陣。




Kuroda Kouta (2007.06.07/2010.11.26)