【カーソルを内部に入れると、なぜかチラチラします。外に出してください。】
 左の文章は、縦書きの見本としてここに載せました。
 短歌ですが、「ケィオス」一九六三年八月号(「コスモス」の若手グループの同人歌集)に載っていたものです。思えば、四十年も前でずいぶんと昔のことです。
 私が作った二十首ほどの短歌に、三木アヤ先生がタイトルを付けてくださり、十五首を抽出してくださいました。また、語法の間違いも正していただいたのです。お元気なころの先生の今もなつかしい思い出です。私を含め、みんな歳をとってしまいました。しかし、多摩川の様子は、今もあまり変わっていません。


   雲と水と光

うねうねと細く続ける多摩川の水少なくて白く光りおる
春の日の澄みたる空に飛ぶ雲の影は川面をわたりてゆきぬ
砂ぼこり強き堤防の斜面に雑草がいち早くあおき芽ふきぬ
堤防より眺めし川面はしらしらと光りておりぬ春の日ざしに
尾の長き水鳥の群むらがりて浅瀬の上に餌をあさるらし
川の面に春の日受けて銀色のナイフのごとく鮎の稚魚光る
水枯れしままの下流の鉄橋を機関車が貨車牽きて渡りぬ
貨車牽きし機関車の編成 ながながと渡りてゆきぬ赤き鉄橋を
銀色の鋭き錐の刃のごとき光残しつ飛行機は基地へ向く
砂利積みしトラックが数台のろのろと水枯れし河床(かしょう)を這(は)いておりぬ
川の土砂満載せしトラックがきしみつつ去りてゆくとき水が滴(したた)る
多摩川の枝流(しりゅう)の流れゆるやかに青くよどみて水すまし浮く
生活に疲れ果てたるかたちして老人のおり土手の日だまりに
春の日に独り水涸(か)れし川床(かしょう)を歩めば石はかたかたと鳴る
多摩川のうねりて続く上流は赤し 大きな陽(ひ)が沈みゆく

 なお、若干の追記をしておきましょう。

(一) 三木アヤ先生の第二歌集『白蝋花』の
「記憶帖一」に
「鼻の病気他少々のことは我慢して黒田康太よ職をやむるな」
また、「記憶帖四」に
「オバキューのエプロンせるは君の二世良きパパとなりをり黒田康太よ」
とあります。
 前のお作品は、私が重度の鼻炎になって苦しんでいたときにいただいた先生からのメッセージです。
後のほうは、名古屋の東海銀行のコンサルタントとして先生が活躍をされていた時代に、長男と先生をお訪ねしたときのお作品でしょう。
先生の短歌には、非常に人間味のある心やさしい言葉があります。次の短歌もそうでしょう。
「萬華鏡三」にある
「彫刻家・萩原碌山は若く死にき それゆゑ愛は芸術といふ」
です。

(二) 若かっただけに、おかしな部分がたくさんあります。しかし、先生はあまり細かなことをおっしゃりません。感性を大事になされたからです。
つまり、「……をり」と書くところを「……おり」でも見逃してくださいますし、また「水鳥の群が群がっている」ような同義反復でも大目に見てくださるのです。
さらに「支流」を「枝流」としたり、「河床」を「川床」とするような私のわがままも許してくださったのです。

(三) ここでは、本文の部分は読みやすくするために、ふりがなをかっこに入れて補いました。
また、字余りや字足らずがあって未熟な作品のゆえに、読みやすいように半角の空きを補ってあります。
お恥ずかしい次第です。

(四) 縦書きの文章は、小さい「テキスト入力」枠の中で行い、また小さい縦書きプレビューで確認をするのですが何とも操作性が悪く、大きな作品には適応するのが無理なようです。
そんなことがわかりました。
 また、チラチラするのはまだバグがあるからでしょう。